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第1話
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布団の下に隠された秘密 第2話
夜中、夫が突然咳き込み始め、止まらなくなった。風邪をひいたようだった。私は急いで風邪薬を用意して飲ませると、そばで眠っていた3歳の息子、誠人に目をやった。夫から感染するのではないかと心配になり、彼を抱き上げ、家政婦の部屋へ連れて行くことにした。深夜にもかかわらず、佐藤さんは私の訪問にまったく嫌な顔をせず、むしろ手際よく息子を受け取ってくれた。その様子は、まるでこの瞬間を待ち望んでいたかのようだった。ふと見ると、彼女の目には微かな喜びが浮かんでいるように見えた。疑問を抱いた私は、もう一度目を凝らした。しかし、その時にはすでに彼女は普段通りの落ち着いた表情に戻っていた。きっと気のせいだわ。そう自分に言い聞かせ、その場を後にした。それから数日が過ぎ、ようやく夫の風邪も治り、誠人を再び自分の部屋で一緒に寝かせようと思った。ところが、誠人は私に触れられるのをひどく嫌がり、私が近づこうとすると佐藤さんの背後に隠れてしまう。黙ったまま、何も言おうとしない。佐藤さんは私をなだめるように言った。「この数日、私と一緒に寝ていたから、一時的に人見知りをしているだけですよ。数日経てば元に戻りますから、大丈夫です」と言った。しかし、誠人は以前、他の人と寝たことがあったが、こんなことはなかった。それなのに、なぜ佐藤さんと過ごした数日だけで、突然私を拒絶するようになったのだろうか？しかもこの頃、誠人は元気がなく、いつも眠そうにしている。さらに、食欲も落ちてしまい、以前の半分も食べられなくなっていた。
布団の下に隠された秘密 第3話
頭の中には、家政婦が子どもに薬を与えたり、密かに虐待していたというニュースが繰り返しよぎる。誠人が私の目の届かないところにいるのは、夜に佐藤さんの部屋で寝ている時だけだ。そのことを思うと、いてもたってもいられず、夜中にこっそりドアを開けて確認しようと決心した。夜中、私はそっと佐藤さんの部屋の前に行ったが、ドアを押しても開かなかった。鍵がかかっている！確か、前回は鍵をかけていなかったはずなのに？疑念がますます膨らみ、騒ぎを起こさないように予備の鍵を探し出し、真相を確かめることにした。ドアを開けると、部屋の中は真っ暗だった。佐藤さんも息子も姿が見えない。だが、ベッドの掛け布団が不自然に膨らんでいる。まさか、二人は……私は衝動的に布団をめくり上げた。すると、目に飛び込んできたのは、ベッドいっぱいに散らばったお菓子やおもちゃ、そして再生中のアニメが映るスマホだった。そして、その隣には、胸を半分露出させた佐藤さんが誠人を腕に抱いていたのだ！私が夜中に侵入してきたことに、彼女は全く予想していなかったようだ。驚きと恐怖がその表情に色濃く浮かび上がっていた。何が起こっていたのか、想像するだけで気が遠くなりそうだった。「あんた、何てことしてるんだ！」私は怒りのあまり、彼女の頬を思い切り平手打ちした。佐藤さんはバランスを崩して体を傾け、誠人はその腕からベッドに転げ落ち、大声で泣き出した。私は慌てて誠人を抱き上げ、その小さな背を撫でながら優しくなだめた。その時、物音を聞きつけた夫が駆けつけ、部屋の光景を目にして、顔色を変えた。「これは……一体何が……？」彼は驚きのあまり、状況を尋ねようとしたが、私は鋭い目で睨みつけた。「政司！これがあなたが選んだ『素晴らしい家政婦』よ！今すぐ追い出してちょうだい！」
布団の下に隠された秘密 第4話
「本当にわざとじゃなかったんです！私の子どもは遠く離れた故郷にいて、どうしても会いたくて……つい……」佐藤さんは突然私の前にひざまずき、涙ながらに言い訳を始めた。「子どもが恋しいからって、うちの子を自分の子ども扱いするの？私は助けを求めて雇ったのに、迷惑しかかけないんだね！」私は彼女の言葉を遮り、冷たく言い放った。それでも彼女はなおも泣きながら、「全部私が悪いんです！でも、家には養わなきゃいけない老人や子どもがいます。どうか解雇しないでください！お願いします……」と懇願し、私のズボンの裾を掴んで離さなかった。だが、私はそんな情けに流されるタイプではない。「今すぐ出ていかないなら警察を呼ぶわよ！」と、携帯を取り出しダイヤルしようとする仕草を見せた。その様子を見た夫が慌てて間に入り、「佐藤さん、うちの妻も無理を言う人間じゃない。とりあえず、今日は帰ってくれ。必要があればまた連絡するから」と、穏やかに場を収めようとした。佐藤さんは最後に私と息子を未練がましく一瞥すると、しぶしぶ家を去っていった。これで一件落着だと思ったのもつかの間、翌朝目を覚ますと、誠人が呆然とした表情で私を見つめていた。まだ寝ぼけてると思い、私は笑顔で問いかけた。「誠人、朝ごはんは何が食べたい？」しかし、息子はしばらくの間無反応のまま、ぼんやりと私を見つめているだけだった。徐々に不安が募り、何度も問いかけると、ようやく誠人は口を開いたものの、彼から漏れたのは「アー」「ウー」といった幼児のような音節だけだった。まるで、言葉を話し始める赤ん坊に逆戻りしたかのようだった。まさか、喋れなくなっちゃったの？その現実を受け止める間もなく、誠人は「あー」と数声漏らした後、体をベッドの上でモゾモゾと動かし、そのままおもらしをしてしまった。私は驚きのあまり息子を急いで病院に連れて行った。検査の結果、医師は「栄養不良が原因の可能性が高い」と言い、「必要なら入院して経過を観察することもできる」と提案した。
布団の下に隠された秘密 第5話
私はすぐに入院手続きを済ませ、このことを夫に知らせた。彼は「今日は仕事が遅くなるから、あとで行く」とだけ言った。病床のそばに座り、息子の顔を見ると、その青白さに加え、驚くほど痩せてしまったことに気づいた。一体いつからこんなに……考え込んでいると、突然ドアをノックする音がした。ドアを開けると、そこには佐藤さんが立っていた。どうして彼女がここにいるのか？私が不審な顔をすると、彼女はすぐに説明した。「旦那さんから聞いたんです。彼が残業で来られないから、私に手伝いに来てほしいって」私は何も考えず、「結構です」とだけ言い、ドアを閉めようとした。その時、誠人が突然うめき声を上げた。慌てて病床に駆け寄ると、近づくなり鼻をつく悪臭――。誠人がベッドでおもらしをしてしまったのだ。私が呆然としている間に、佐藤さんは手早く布団をめくり、嫌な顔一つせずに片付け始めた。その姿を見て、昨日彼女に早く出て行ってほしいと思っていた自分が少し恥ずかしくなった。今日こうして真心から誠人の世話をしてくれる姿を見ると、胸が少し締め付けられる思いだった。もしかすると、彼女は私が思っていたほど悪い人ではないのかもしれない。片付けが終わった後、私は気まずそうに「ありがとう」と声をかけた。彼女は軽く手を振り、「これが私の仕事ですから」とだけ言い、さらに「お昼ごはんを持ってきますね」と微笑んだ。今回は、その申し出を断らなかった。佐藤さんが去って間もなく、病室に看護師が巡回にやってきた。廊下ですれ違ったようだった。看護師は私にそっと尋ねた。「さっきの方、知り合いなんですか？最近、あの方はお元気ですか？」私は一瞬戸惑いながらも、「ええ、元気そうですよ」と答えた。看護師は安堵の表情を浮かべ、「それならよかった。以前、あの方のお子さんがここに数カ月入院されていたんです。でも、残念ながら最後は……助かりませんでした」と呟いた。「助からなかった……？」私は驚いて目を見開いた。
布団の下に隠された秘密 第6話
「そうなんです。その時、彼女はそれを聞いてその場で気を失ったんです。私が医者のほうまで連れて行きました。それ以来、彼女が元気に過ごしているなら、それで安心です」私は看護師がいつ部屋を出て行ったのかも覚えていない。ただ、頭の中が真っ白になっていることだけはわかった。佐藤さんと看護師の話が頭の中で交錯し、ぐるぐると渦を巻いている。いったいどちらが本当のことを言っているのか？看護師が私を騙す理由はないはずだ。でも、どうして佐藤さんはこのことを隠そうとするのだろう？昨夜の佐藤さんの奇妙な行動が頭をよぎる。もしかして……彼女は子どもの死を受け入れられず、心を病んでしまったのではないか？そう考えると、恐ろしい可能性が現実味を帯びてきた。慌てた私は、親友の鈴木美嘉に電話をかけて、病院に来てもらうよう頼んだ。万が一、佐藤さんが何かおかしな行動を起こしたら、私一人では対処できないから。時間がゆっくりと、しかし確実に過ぎていく。その間、私は不安が募り続け、携帯電話を手に取っては置き、佐藤さんに来なくてもいいと伝えるべきか悩み続けた。でも、それを言ったら彼女を刺激してしまうのではないかという恐れが足を引っ張った。ようやく勇気を出して電話をかけようとしたその瞬間、佐藤さんがドアを開けて入ってきた。私は慌てて携帯の画面をロックし、何事もなかったように振る舞った。佐藤さんは弁当箱を手に持ちながら、優しく言った。「適当に何品かを作ってきました。お口に合うかわかりませんが、どうぞ気にしないでください」「どうもありがとう。面倒をかけたね」私は笑顔で答えたが、心の中では不安でいっぱいだった。佐藤さんは料理を一品ずつ取り出し、テーブルに並べていく。その仕草も表情も普段通りで、何の異常も見当たらない。彼女が普通であればあるほど、私の恐怖心は膨れ上がっていった。不安に押しつぶされそうな気持ちを抱えながら、どうにか食事を終えた。幸い、佐藤さんは私が息子のことで食欲がないだけだと思ったのか、何も言わずに食器を片付け、帰っていった。佐藤さんが出て行った直後、美嘉が病室に駆けつけてくれた。
布団の下に隠された秘密 第7話
「どうしてこんなに遅いの？」私は不機嫌な目で美嘉を睨みつけた。「さっき私が何を経験したか、わかってる？」美嘉は何か言い返そうとしたが、誠人の顔を見た瞬間、笑顔が凍りついた。「最近、誠人は誰かと接触してない？」彼女は急に真剣な表情で尋ねた。その態度の変化に私は驚き、少し間を置いてから話し始めた。「ちょうどそのことを話そうと思ってたの。最近、家に奇妙な家政婦が来ていて…」それから、ここ数日間に起こった出来事をすべて話した。美嘉の眉間の皺は、私が話すにつれてどんどん深くなった。「あなた、呪われてるわ」彼女は眉をひそめた。「呪われてる？それってどういう意味？」「誠人、もう人間じゃないの。今や半人半鬼になってしまったのよ」その言葉を聞いた瞬間、私は頭が真っ白になり、無意識に否定した。「そんなのあり得ない！冗談言わないで」「冗談なんて言ってないわ。誠人の顔をよく見てみなさい。真っ白で、まるで紙みたいじゃない」彼女の言葉に促されて息子の顔を見ると、確かに彼の肌は恐ろしいほど白くなっていた。昼間はそんなことはなかったはずなのに。まさか、佐藤さんが持ってきた料理に何か関係があるの？美嘉はさらに低い声でつぶやいた。「誠人はもう転化されているのよ」「転化……？」美嘉は古い術法について話し始めた。それは、死んだ赤子の髪の毛や臍帯を媒介として使い、呪文で本来の魂を抑え、その赤子の遺灰を額に塗り、魂をその体に引き入れるものだという。さらに、赤子の生母の乳汁を与えて育てることで、その鬼の赤子を徐々に本体内で育て上げる。49日後には体を完全に乗っ取り、生き返るというのだ。その話を聞いて、私は恐怖で全身が震え、立っていられなくなった。美嘉は慌てて私を支えた。現実とは思えない話だったが、これまでの出来事すべてがその説明とつながってしまう。私は再び美嘉を見つめ、涙ながらに懇願した。「誠人を助けて……お願い、助けて……！」
布団の下に隠された秘密 第8話
美嘉は手を振りながら微笑んだ。「私たちは十数年の友人でしょう？見捨てるわけがないし、幸い、この件にはまだ解決の余地があるわ」「本当？」私は目を輝かせながら尋ねた。彼女は頷いて説明を続けた。「あなたが話した内容が正しければ、赤ちゃんの幽霊はまだ幼い魂体のはず。そのため、彼の魂体は誠人よりも弱い。母がそばで安心させてあげないと、不安で魂が散りやすくなるわ」「なるほど……」私は昨夜のことを思い出した。布団の中にあったたくさんの零食やおもちゃ――あれは佐藤さんが誠人を引きつけ、彼に親しみを持たせるための手段だったのだ。「じゃあ、彼らを接触させないようにすれば、それで問題ないってこと？」私の問いに、美嘉はこめかみを揉みながら首を振った。「そんなに簡単な話じゃないわ。それは第一歩に過ぎない。もっと重要なのは、赤ちゃんの幽霊の骨灰を見つけることよ」「骨灰？」「そう、誠人はすでに赤ちゃんの幽霊に転化されて、赤ん坊のような身体反応を示し始めている。でも、私たちが先に骨灰を見つけてそれを供養すれば、赤ちゃんの魂を輪廻に送り返せる。そうすれば、誠人も元通りになるわ」美嘉の言葉に、私は大きな安堵感を覚えた。心に光が差し込んだような気分だった。「でもね、彼女がこんな術を使う覚悟を持っている以上、骨灰は必ずとても隠された場所にあるはず。それに、彼女があなたの家に来た時期から計算すると、私たちには残された時間はあと5日しかないわ」「もし……もし5日以内に骨灰が見つからなかったら？」私は震えながら恐怖の中でその質問を口にした。「もし見つけられなかった場合、赤ちゃんの魂は輪廻に戻れず、ずっと誠人の体に取り憑くことになる。その場合、母の乳汁を与えられない状態では、二つの魂が一つの体に存在する異常な状態になってしまうわ」たった今燃え始めた希望の火が、一瞬で冷たい水を浴びせられたように消え去った。5日、あと5日しかない……
布団の下に隠された秘密 第9話
「心配しないで、私が何とかするから」美嘉は私の肩を軽く叩き、優しく慰めた。「じゃあ、今の私にできることは何？」私は彼女の手を掴み、必死に何か力になりたいと訴えた。「まずは誠人にまともな食事を与えること。彼の体質はもう変わり始めている。佐藤さんが持ってきたものは、生きている人が食べるべきものじゃない。そんなものを食べ続けたら、彼の体はいつか持たなくなるわ」彼女はそう言いながら、お札を私に手渡した。「これを持っていて。このお札なら、しばらくは誠人の魂を安定させられる」「でも、今一番重要なのは、あの赤ちゃんの骨灰を見つけ出すこと。この件については、師匠に法具を借りて探査する必要があるわ。その間、あなたは絶対に騒ぎを起こさないで」私は彼女の話に深く頷き、指示をしっかりと心に刻んだ。彼女が話し終えた後、急いで去った。夜が更け、佐藤さんがいつものように食事を持ってきた。元々は食欲をそそる料理に見えたが、今となってはその見た目にどこか不気味さを感じる。彼女が料理を並べ、誠人に食べさせようとした瞬間、私は立ち上がり、手で彼女を制した。「佐藤さん、医者が誠人に点滴をしたばかりで、1時間は様子を見るように言われたんだ。食事はまだ無理だって伝えられてたんだけど、先に言えなくてごめん」私は申し訳なさそうに微笑みながらそう言った。「そうなんですね。この弁当箱は保温できるので、ここに置いておきます。後で食べさせても大丈夫ですよ。誠人は今体が弱っているので、食事はとても大事ですから」佐藤さんは私と話していたが、目は誠人にじっと向けられたままだった。「でも、佐藤さんもまだ食べていないのでは？もしよかったら、持って帰っていいよ。その間に新しいものを買えばいいので」「だめだ！」突然、佐藤さんの声が鋭く上がった。しかし、すぐに気を取り直したのか、落ち着いた口調で続けた。「外で買ったものはあまり清潔ではありませんから、やはり自分で作ったものの方が安心です」私は何度も「そうですね」と頷き、いくつか無難な話題を振った。その後、ようやく彼女が納得したのか、料理を置いて部屋を後にした。どう見ても、この食事には何か問題がある――その確信が胸の奥で重く響いた。
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布団の下に隠された秘密 第18話
「それ！」師匠が力強く指差すと、佐藤さんと誠人の顔を覆っていた黒い気が一瞬で霧散した。誠人がゆっくりと目を開けた。その瞬間、私は狂喜し、誠人を抱き上げた。胸の奥からこみ上げる安堵感に涙が止まらなかった。「良かった……本当に良かった……」一方で、佐藤さんはその場に崩れ落ちた。彼女の目は焦点を失い、虚ろな瞳が空を彷徨っている。「なくなった……何もかも……全部なくなった……」「現実を受け入れて。あなたにはまだあなた自身の人生がある。自分のために生き直すこともできるわ」私は彼女を見つめ、真剣に言った。同じ母親として、それが私から彼女にできる最後の忠告だった。事件がすべて終わり、私は政司が用意した離婚協議書に署名した。彼の署名はすでにそこにあり、余計な手間が省けたのは幸いだった。離婚が成立した後、彼は泣きながら私の元を訪れ、もう一度やり直したいと懇願してきた。しかし、私は冷静だった。彼が私と息子を迷わず切り捨てた瞬間、私たちの間の絆はすべて断ち切られていたのだ。ギャンブラーに未来はない。
布団の下に隠された秘密 第17話
黄色いお札が佐藤さんに向かって真っ直ぐ飛んでいき、彼女は瞬間的に動きを封じられた。美嘉だ！彼女は師匠を連れてやってきた。「危なかった、危なかった！」美嘉は急いで駆け寄り、私を助け起こしてくれた。そして、私の顔中の傷を見て怒りをあらわにした。「この女、なんであなたをこんなひどい目に合わせるのよ」私は気まずくて、この傷が政司の仕業だとは言えなかった。彼女が最初から彼との結婚に反対していたのを思い出し、話題を変えることにした。「まず、このロープを解いてくれない？」自由を取り戻すと、目の前には佐藤さんと誠人が地面に横たわっていた。2人とも顔色が青ざめ、眉間には黒い気が漂い、時折流れていくのが見えた。「だめだ！邪気が体に入り込んでいる。美嘉、遺灰は一体どこにあるんだ？早く見つけなければ、もうどうしようもなくなる」師匠が振り返り、美嘉にそう告げた。その瞬間、私はふと以前気に留めなかった細かな記憶を思い出した。そして、即座に佐藤さんの元へ駆け寄り、彼女の服を引き裂いた。美嘉が驚いて目を見開く中、私は佐藤さんの下着から一握りの骨灰を取り出した。「まさか、どうしてここにあるって分かったの？」美嘉は驚愕した様子で私に尋ねた。以前、彼女の服を洗濯機に入れようとしたら、すごく強い口調で拒絶されたのを覚えてる。それで、全部手洗いしていたことに気づいた。先程、私が椅子に座ってバルコニーを見ていたとき、突然思い出した。彼女が干していた洗濯物の中に、ブラジャーだけがなかった。「遅い！説明している暇はない！師匠、お願いします！」私は骨灰を取り出し、師匠に手渡した。師匠は目を閉じ、口の中で呪文を低く唱え始めた。その時、佐藤さんが目を覚ました。彼女の目が私の手にある骨灰を捉えた瞬間、彼女は激しくもがき始めた。「私の子供を連れて行かないで！唯一の希望を奪わないで！私のすべてをあげるから、お願い！」彼女の声は涙で震え、その必死な表情は、ほんの少し前の私自身と重なった。「人間の秩序を強制的に逆転させることは、輪廻を乱すだけだ」師匠は目を閉じて静かに言った。「何の秩序だって言うの！これは私のたった一人の子供よ！私はもう二度と子供を産むことができないの！夫は私を見放し、姑は私を不運だと言った。でも私はただ、この子と平穏に後の人生を過ごしたいだけなの！
布団の下に隠された秘密 第16話
「ママを打たないで！」幼いけれど、どこか懐かしい声が部屋に響いた。振り向くと、誠人が意識を取り戻し、佐藤さんの腕から必死にもがいて抜け出すと、私の方へ駆け寄ろうとしていた。私の頬は腫れ上がり、涙と痛みで顔はぐちゃぐちゃだった。それでも、誠人に向けて泣き笑いのような笑顔を浮かべ、震える手を彼に伸ばした。だが、佐藤さんはその瞬間、誠人を再び抱き上げた。「何言っているの、私こそあんたの母さんだ！」「違う！放して！ママのところに行きたい！」誠人は叫びながら、佐藤さんの腕の中で暴れ、蹴り、私の方に来ようと必死だった。その声は泣き声に変わり、息が詰まるほどの嗚咽となっていた。佐藤さんは、抵抗する誠人の姿に苛立ちを隠せず、顔には焦りと怒りが浮かんでいた。「後はあなたに任せるわ」と政司に向かって吐き捨てると、「私は彼を連れて行く！」と冷たく言い放った。「やめて！」私は椅子ごと身を振り絞り、床に倒れて佐藤さんの行く手を塞いだ。そのまま地面に頭を押し付け、声を振り絞って懇願した。「お願いだから、誠人を放して。あなたの子供はもう亡くなった。彼を安らかに眠らせてあげて。誠人には何の罪もない……！」私は頭を床に何度も打ち付けながら訴え続けた。額から血が流れ、床に赤い痕を残していった。「違う！私の子供は死んでいない！そんなことを言うな！彼は死んでいない……ここにいる……」佐藤さんは誠人を力いっぱい抱きしめ、つぶやき続けた。「2人とも狂ってる」政司はつぶやいた後、私の手を掴んで、協定書に指紋を押そうとした。背後から突然、鋭い叫び声が響いた。彼が驚いて振り返ると、そこには瞳孔のない真っ白な目が彼を見つめていた。その瞬間、彼は恐怖のあまり気を失い、床に崩れ落ちた。佐藤さんは彼を救おうという意思はまったくなく、政司は彼女にとって使い捨ての道具に過ぎなかった。彼女は腕の中の赤ちゃんの幽霊を愛おしそうに見つめ、優しくなだめるように語りかけた。「いい子にしてね、ママはすぐにあなたに会えるのよ」彼女は玄関に向かって歩き出し、去ろうとしている。私はふとリビングルームの時計に目をやった。針は11時12分を指している。間に合わない！
布団の下に隠された秘密 第15話
「だから他人に私たちの子どもを害させるというの？」私は眉をひそめ、目の前の彼の病的で冷酷な姿に嫌悪感を覚えた。「そんな酷いことを言うなよ。佐藤さんの家はもうすぐ政府に回収されるんだ。賠償金をたくさんもらえるぞ。誠が彼女の元で暮らすのはいいことじゃないか。上手くいったら立ち退き費用の半分を俺にくれるって言ってるんだ。それに、そんなに悲しむことはない。後でまた新しい子どもを作ればいいだろう？」彼はまるで子どもを作ることが水を飲むほど簡単だと言わんばかりの口調だった。私は椅子に縛られていることが悔しくて仕方がなかった。もし自由だったなら、この冷酷で人間味のない男を殴り倒していただろう。幸いにも、彼は佐藤さんが誠人を使って自分の子どもを蘇らせようとしている真実を知らないようだった。私は賭けるしかなかった――彼の中に残るかもしれないわずかな良心に。「政司、あなたがいくら借金しているのかはもう問わない。この家をあなたに譲るわ。でも、誠人を返して。彼女は誠人を養子にしようとしているんじゃない。誠人の体を使って自分の子どもを蘇らせようとしているのよ！誠人が死んでしまう！」「誠人はあなたの息子なのよ！お願いだから助けてあげて！」一言一句、私は声を詰まらせながら言った。政司は一瞬動揺したように見えたが、すぐに大声で笑い出した。「こんな時でもまだ嘘をつくつもりか。そんな話、誰が信じる？それに、この家はどうせ俺が欲しいんだ。これが離婚協議書と家の譲渡契約書だ。この部屋から生きて出たいなら、さっさと署名しろ」彼は2枚の書類を私の前に投げつけた。彼の目には、もはや妻も子どもも存在しない。ただ、金と家しか見えていない。私は怒りを抑えながら笑った。「署名するわ！ほら！」彼は私があっさりと同意したことに驚いたのか、満面の笑みで私の右手の縄を解いた。右手が自由になったその瞬間、私は全力で彼の頬を平手打ちした。「政司、あんたは最低だ！人間じゃない！」政司は自分の頬に残る熱い手の跡を触りながら、怨みのこもった目で私を見つめた。その目は私を今にも飲み込んでしまいそうなほどの憎しみに満ちていた。彼は髪を掴み、力任せに私の顔を左右に叩きつけた。
布団の下に隠された秘密 第14話
目が覚めると、後頭部に鈍い痛みが広がり、昏倒する直前に政司に殴られたことを思い出した。ふと下を見下ろすと、自分が椅子にしっかりと縛られているのに気づいた。目の前では、佐藤さんが誠人を抱き、授乳している。目が裂けるほどの怒りで叫びながら、激しく椅子ごと揺さぶった。「放せ！誠人を放せ！私の子どもだ！」その瞬間、横にいた政司が反対の手で私の頬を叩いた。一撃は強く、頭がぼんやりとして視界が揺れる。私はその瞬間、全てが彼の仕組んだ罠だと確信した。佐藤さんを家政婦として紹介し、病気を装い病院へ通わせ、佐藤さんが家の中に潜伏しやすい環境を作り出したのは全て彼の計画だったのだ。彼の協力なしに、ここまで綿密に進むわけがない。胸の中で密かに思った。私が彼にすべてを打ち明けなくて本当に良かった。まだ逆転のチャンスはある――今はとにかく時間を稼ぐしかない。「なぜ！？」怒りと失望に打ちひしがれながら、私は叫んだ。結婚して8年、私は彼や家族に背くようなことは一度もしたことがない。それなのに、この裏切り――全身が震えるほどの怒りと悲しみが押し寄せる。「借金を返すのは当然だろう。お前が手伝わないなら、自分で方法を考えるしかなかった」政司は私をちらりと見て、苛立った声で吐き捨てた。「何ですって？また借金をしたの？もう賭け事はやらないって言ったじゃない！」彼の言葉は私にとってまさに青天の霹靂だった。結婚する前、彼はすでに100万円もの賭けの借金を抱えていた。それを彼の両親が苦労して返済した。彼自身も「もう二度と賭け事はしない」と何度も私に約束したため、私は結婚を決意したのだ。しかし、事実は、ギャンブラーの言葉など何一つ信じられるものではなかった。「俺がこんなにずっと運が悪いなんて信じられるか？俺はみんなから尊敬される人間になりたいんだよ！」彼はそう言いながら笑みを浮かべ、ポケットからサッカーくじを取り出した。それは私が病院で見たものだった。「お前、このくじで俺がいくら勝ったか分かるか？ハハハ、お前の何ヶ月分もの給料だよ！金を稼ぐのってこんなに簡単なんだぞ。佐藤さんと協力し始めてから、俺はツキが回ってきたんだ」彼はくじに夢中になって、それが世界で最も重要なものであるかのように、それにキスをした。
布団の下に隠された秘密 第13話
誠人の口角が少し荒れていたので、私は彼に水を飲ませようとした。しかし、うっかりしてコップを床に落としてしまった。身をかがめて拾おうとしたその瞬間、背中に冷たいものを感じた。何かがいる――そんな不気味な予感に、ゆっくりと振り返る。そこには、二つの血のように赤い瞳が私をじっと見つめていた。彼女は青ざめた顔のまま、じっと私を凝視している。佐藤さんだ!彼女は出て行っていなかった！この数日間、彼女はずっとベッドの下に潜み、赤ちゃんの幽霊が誠人の体を完全に支配するために機会を伺っていたのだ。その事実に気づいた瞬間、全身に鳥肌が立ち、恐怖で体が震えた。私が彼女の存在に気づいたことを悟ったのか、佐藤さんは「ククク……」と不気味な笑い声を漏らしながら、ベッドの下から這い出してきた。その光景に私は腰が抜け、地面にへたり込んでしまった。助けを呼ぼうと声を出そうとしたが、喉は凍りついたように何も発せなかった。必死で手足を動かし、ドアの方へ這って行った。半分体を起こし、ようやくドアノブに手が届いた瞬間――。突然、冷たい手が私のふくらはぎを掴んだ。振り返りたい衝動を必死に抑え、歯を食いしばりながら震える手でドアノブを回した。しかし、何度回そうとしても、ドアは開かない。その時、もう一つの手が足首を掴み、私を後ろに引っ張ろうとした。私は何か掴むものを探しても、滑らかな床では抵抗できない。そのままズルズルと引き戻され、希望を完全に失いかけた。だが次の瞬間、ドアが突然開いた。政司がバットを持ってドアの前に立っていた。その姿はまるで救世主のように見えた。私はその姿を見て、大喜びで叫んだ。「政司、助けて！彼女は怪物だ！」彼は一切の迷いを見せることなくバットを振り上げ、私の期待に満ちた視線の中で、私に向かって強く打ちつけた。視界が暗くなる中、私の目には信じられない感情だけが浮かんでいた。
布団の下に隠された秘密 第12話
これは私が初めて赤ちゃんの幽霊に憑依された誠人を目にした瞬間だった。恐怖で全身が凍りついた。しかし幸いにも、「それ」は周囲を探し回った末にミルクを見つけられず、再び深い眠りについた。その時になって初めて、私は胸をなでおろし、大きく息をついた。映画の中でしか見たことがないような場面が、まさか現実に起こるなんて。赤ちゃんの幽霊の恐ろしい顔が頭から離れない。もし、この化け物が息子の身体を完全に乗っ取って復活してしまったら――そんな想像をするだけで、全身が恐怖に震えた。だめだ！このまま見ているだけなんてできない！私は決意して立ち上がり、佐藤さんが以前使っていた部屋へ向かった。手がかりを探すため、部屋を狂ったようにひっくり返した。だが、何も見つからなかった。ただ徒労感だけが私の体を押しつぶし、力尽きて床に座り込んだ。その時、キッチンから政司が私を呼ぶ声がした。彼は食事を用意してくれたらしい。あの日以来、彼は私に対してやたらと優しい態度を取り、関係を修復しようとしている。しかし、私の頭は誠人のことでいっぱいで、彼の努力に応える余裕はなかった。「少し食べて。痩せたみたいだから心配だよ」政司は心配そうに私の皿に料理を取ってくれた。私は彼の言葉に答えることなく、上の空で食事を続けた。目は常にスマホの画面に向けられ、メッセージが来るのを待っていた。美嘉に全てを託しているのに、何の連絡もない状況が私をさらに追い詰めていた。そうして2日が過ぎた。誠人の状態はさらに悪化し、以前はほとんど昏睡状態だったのが、今では赤ちゃんの幽霊の姿で現れる頻度が増している。これ以上待てないと思い、私は慌てて美嘉に電話をかけた。「状況が明らかにおかしいわ」彼女はそう言った。「赤ちゃんの幽霊は母から離れ、乳汁の栄養がなければ弱まるはず。なのに、どうして活動が活発化しているの？これは何か隠された事情があるに違いない」彼女は明日こちらに来ると言い、「それまで頑張って」と励ましてくれた。電話を切った後、私は誠人を抱きしめた。心の中で焦りが募る。もし明日骨灰を見つけられなかったら、誠人を二度と取り戻せないかもしれない。
布団の下に隠された秘密 第11話
病院でのこの2日間、私は誠人にしっかりと食事を与え続けた。そのおかげで、彼の顔色は少しずつ良くなり、赤みが戻ってきたようだった。だが、その目は相変わらず虚ろで、呆然としたままだった。一方で、佐藤さんは焦りを隠せない様子になってきた。何度も手伝いを申し出てきたが、私はその都度、目立たないように断り続けた。あと3日……私は心の中で数えながら、焦りと不安を抑え込んだ。その時、美嘉からメッセージが届いた。法具を使って調査した結果、遺灰のおおよその位置が判明したという。それは、私の家の近く。思わず息を呑んだ。本当に佐藤さんが遺灰を家に隠していたのだろうか？その可能性が頭をよぎった瞬間、私は病院に退院を申請し、家に戻って調べる決心をした。退院手続きをしていると、ちょうど佐藤さんがやってきた。彼女の顔は青白く、まるで血の気が失せているようだった。手続きを終え、誠人を車椅子に乗せて病院を出ようとすると、彼女が慌てて追いついてきた。「まだお仕事があるでしょう？誠人の世話は大変だと思います。一緒にお家に戻りましょうか？」彼女は切実な声で提案してきた。私は車椅子に座る意識が朦朧している誠人を見ながら、心の中で冷笑がこみ上げた。彼女がすべての元凶なのに、わざと熱心なふりをしている。また何かを企んでいるだろう。「結構。会社に休暇を申請したので」と言って、私は振り返らずに去っていった。家に戻り、誠人をそっとベッドに抱き上げる。彼は目を閉じ、安らかな寝顔を見せている。まるでこれまでの不安や出来事など存在しなかったかのように、いつもと変わらない姿だった。ベッドの端に腰を下ろした瞬間、数日間無理に抑え込んでいた感情が堰を切ったように溢れ出した。涙が止められず、頬を一筋ずつ伝って滑り落ちる。私はそうしても理解できない、なぜ、なぜ私の息子が？涙の一粒が誠人の顔に落ちた。それを感じ取ったのか、彼は目をゆっくりと開け、口をもごもごと動かした。「ママ、泣かないで……」小さな手を伸ばし、私の涙を拭こうとした。目が覚めた！誠人が戻ってきた！ついに帰ってきた！まだ喜ぶ暇もなく、彼は突然目を閉じ、次に目を開けた時には、そこには瞳孔がなかった。白目だけが見え、恐ろしく不気味だった。「それ」は眉をひそめ、頭を左右に激しく振りながら、大きく口を開けた。その
布団の下に隠された秘密 第10話
夜遅く、夫が仕事を終えて病院に駆けつけてきた。病室に入るなり、私がテーブルの上の弁当をじっと見つめているのを目にした。「おい、今や弁当を見るだけで腹が満たせる時代になったのか？」彼は私の機嫌が悪いのを察して、わざと冗談を言った。その言葉に、私は思わず吹き出してしまった。不思議なことに、胸のつかえが少しだけ軽くなった気がする。「心配するなよ。医者もただの栄養不良だって言ってたし、もっと気楽に考えればいい」政司は私をそっと抱き寄せた。私は自然と彼の肩にもたれかかる。その瞬間、なんとも言えない安心感が胸に広がった。この人と一緒にいる限り、自分は一人ではない――そんな気持ちになった。これは私たちの子どもだ。だからこそ、たとえ話が荒唐無稽に聞こえたとしても、彼なら信じてくれるはずだ――そう信じたかった。言葉を慎重に選びながら、ついに私は口を開いた。「実は、誠人の病気は……」だが、その言葉が終わらないうちに、夫の電話がけたたましく鳴り響いた。政司は携帯を取り出そうとしたが、その拍子にポケットから一枚の紙片が滑り落ち、私の足元に舞い降りた。彼はそれを拾おうとしたが、私が先に手を伸ばして拾い上げた。それは高倍率のサッカーくじの券だった。本当に当たれば大金が手に入るだろう。券に印刷されている時間は、今夜の7時23分。つまり、彼は病院に来る前に、宝くじを買う余裕があったということだ。思わず苦笑いが漏れた。私が何を期待していたのか。自分が一番の愚か者だったのだ。「つばさ、聞いてくれよ。通りかかったから、ついでに一枚買っただけなんだ」彼は私が無言で顔色を変えたのを見て、慌てて電話を切り弁解を始めた。私はそのくじを指先で撫で続けながら、一言も口を開かなかった。彼はさらに何か言おうとしたが、私は手を上げてそれを制した。もはや何を聞いても無意味だと感じたし、彼と口論する気力も残っていなかった。「帰って」私は静かに言った。それでも彼は動かず、病室の中に立ち尽くしていた。イライラが募り、私はテーブルの上にあった弁当を床に払い落とした。「ガシャーン」という音とともに、中の食べ物が床に散乱した。彼は私のその行動を見て、何も言わず肩を落としながら部屋を出て行った。
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