「俺でさえこういうのを信じてるのに、何故あんたは信じないんだよ!あんたの会社の配置だって風水師に見てもらったんだろ?風水師に頼んだことがあるなら信じてみるべきだ!うまく説明できないけど、一度ゆみを墓守の元につれていけば分かるんだって!どうしても嫌なら、俺が連れていく!言っておくが、俺を止めたりとして、後になってゆみに何かがあったら、取り返しのつかないことになるぞ!」自分の子供のことであるため、森川晋太郎は少しでも油断できなかった。ゆみがずっとこのまま熱が下がらずにいると、体が持たなくなる。娘の為に、晋太郎は自分の信念に背いて妥協することにした。「お前は来なくていい。俺がゆみを連れていく。だが、もしあいつに変な様子が見られたら、今後絶対にそういう所に連れていくのを許さない!」「分かった!」露間朔也はきっぱりと答えた。電話を切り、晋太郎は杉本肇を呼んで、ゆみを墓地に連れていった。途中でゆみの熱が更に酷くなった。ゆみは墓地につくまでずっと晋太郎の懐でぐったりとしていた。車のドアを押し開け、晋太郎がゆみを抱えて降りると、黒い影が墓地の入り口に立っていた。小林さんは両手を後ろに組み、背を曲げて晋太郎を眺めていた。彼はまるで晋太郎が必ず来るとわかっていたかのように、異様に落ち着いていた。晋太郎は眉を寄せ、大きな歩幅で小林さんの前に近寄った。「熱か?」小林さんはゆみを見て、口を開いた。たった一目で分かったのかと、晋太郎は驚いた。「今日はずっと繰り返して熱が出ている」晋太郎は説明した。ここまできても、晋太郎は未だに疑いの目で目の前にいる人を見ていた。「ついてきたまえ」小林さんは淡々と指示しながら、振り向いて暗闇に包まれた小屋に向かった。晋太郎はゆみを抱えて肇と共について行った。ドアを押し開けると、強烈なお香とロウソクを燃やす匂いがしてきた。晋太郎は部屋の中を見渡した。潔癖な彼はゆみを抱えたまま、座る気はなかった。小林さんは気にせず、引き出しから数本のお香を取り出し、燃やしながら拝んだ。彼はゆみの前にきて、彼女の手を取り、掌の真ん中を親指で触った。「ゆみ」小林さんは急に口を開いた。ゆみは聞こえたようで、すっと晋太郎の懐の中で体を真っすぐに
話が終わった途端、部屋の中は急に陰湿な空気が漂った。寒い。ドアが開いているせいか?杉本肇は思わず体をさすった。小林さんは急に目つきが鋭くなり、玄関の方を眺めた。入江ゆみも小林さんに合わせてその方向を見た。患者衣を着た女性の霊が玄関に現れたが、小林さんの許可を得ていないので、彼女は入ってくることはできなかった。「入ってきたまえ」小林さんは彼女の入室を許可した。女性の霊は恐る恐ると頷き、森川晋太郎と肇の横を通って飛び込んできた。「来るのが早いね、飛行機でも乗ってきたの?」ゆみが不思議そうな顔で尋ねた。「質問が多いわね、小娘」「言葉を慎め!」小林さんは厳しい顔で注意した。女性の霊は慌てて口を閉じ、大人しくなった。「ゆみ、こやつの要件を聞いてあげて」小林さんはゆみに指示した。「煙魂よ、何か未練があれば言ってごらん。できることはしてやるが、ずっと私の周りを付き纏うことは許さん」ゆみは自分の意思に反してその言葉を口にしたようで、いつもの幼い声は威厳を帯びていた。煙魂?肇は理解できず、こっそりと晋太郎に尋ねた。「晋様、『煙魂』とは何ですか?」彼も分からなかったようで、晋太郎は難しい表情をするだけだった。「前も言っていたけど、私はお香とロウソクしか要らない。もう一度聞いてくれるなら、服がほしい」女性が答えた。「私が死んだ時、周りに人がいなかったので、患者衣のままだったの」「分かった」ゆみはふんわりとした柔らかい声で返事した。「叶えてあげる。生まれた時の干支、そしてお墓の位置を教えてから、帰るべきところに帰ればいい」「1973年4月8日生まれ、百青院墓地だ。よろしくね」そう言って、女性の霊はまた小林さんに礼を言った。小林さんが頷くと、女性の霊は部屋から出ていった。彼女が消えた途端、肇は明らかにあの肌寒さも無くなったように感じた。本当に奇妙だった!「ゆみ、よくできたじゃないか」小林さんは笑ってゆみを肯定した。「へへ、勝手に頭の中に浮かんできたのと、夢の中で仙人のお姉さんも言っていたので、覚えちゃった」ゆみは頭を掻きながら説明した。小林さんは頷き、晋太郎に言った。「お主が信じようが信じまいが、この子の道は決まっておる。
小林さんが渡してきたものを見て、森川晋太郎は眉を寄せた。「何だ、これは?」「牛の涙じゃ」小林さんは答えた。「お主はゆみの話が信じられないんじゃろ?ならばこれを目に塗って、自分で確かめるといい。百聞は一見に如かず。」晋太郎は静かに聞くだけで、何の反応もしなかった。このようないい加減なものを、彼は断じて気軽に自分の目に塗ることはない。隣の杉本肇が、代わりに小林さんが渡してきた牛の涙を受け取った。「これを目に塗ればいいんだろ?」小林さんは頷いた。「あまりたくさん塗らなくてよい。なかなか手に入らない貴重なもんじゃから。」「分かった」肇はビンの栓を抜き、恐る恐る少量掌に出し、自分の目に塗った。「外に出ないといかん」小林さんは注意した。肇は言われた通りに部屋をでようとしたが、一歩踏み出した途端、急に玄関の辺りに青白い顔が見えてきた。それは60代くらいの女性の顔だった。彼女の額には目立つ大きな凹みがあり、その凹みからは絶えず血が出ていた。普段は怖いもの知らずの肇でさえ、急に現れてきたこの「人」に驚かされた。彼は無意識に数歩下がり、晋太郎にぶつかった。「おい、何のマネだ?」晋太郎が不満そうに聞いた。肇は慌てて視線を逸らしたが、体中の血液が逆流でもしそうに感じた。「し、晋様、玄関に……」「何が見えたかはっきり言え!」晋太郎はイラついてきた。「お婆さんがいる。額に傷口があるお婆さんが」入江ゆみが肇の代わりに答えた。晋太郎たちは目線をゆみに向けた。「ゆみよ、怖くないのか?」小林さんは微笑んで尋ねた。ゆみは首を振り、「怖くないよ……」と答えた。肇は慌ててゆみに続いて言った。「そう、身長が150センチくらいのお婆さんがいる!」「うん!」ゆみは続けて言った。「そのお婆さんは、小林さんの部屋にお守りがあるから、怖くて入れないんだって」肇の顔色は段々と悪くなった。「こ、小林さん、もうこんなの見たくない。どうすりゃいいんだ?」肇はこれ以上見ていたら、その場で気絶してしまいそうな気がした。あまりにも怖すぎる!「案ずるな、数分後に効果が切れるから」晋太郎はそれ以上何も言わなかった。もし、ゆみ一人だけがソレが見えていたのなら、彼は疑
「肇は見てはいけないものを見た」森川晋太郎は答えた。「小林さんは、ゆみのその道は険しいものになると言っていた」「私にはその道がどれほど険しいものになるか知らないけど、小林さんの話から、ゆみは将来、大変な道を歩むことになると感じた」入江紀美子はため息をついて言った。晋太郎はその話を続けようとしなかったが、小林さんが言った、ゆみがよく熱が出ることや、霊眼を開いたことを紀美子に教えた。それを聞いた紀美子は複雑な心境になった。暫く沈黙してから、紀美子は長く息を吐いた。「今私ができるのは、ゆみを支えることだけだわ」「そうだな」晋太郎は話題を変えた。「戻ってきた?」「うん、朔也が迎えに来てくれて、これから夜食にいくところ」「腹壊すなよ」晋太郎は注意した。それを聞いて、紀美子は吉田龍介のことを思い出した。「串焼きは別に汚くなんてないわ。ただ調味料をたくさん使うだけ。あなたも試してみたら?」「君はそんなものを滅多に食べないはずじゃないか?いつから変わったんだ?」晋太郎が眉を寄せながら聞いた。「……人の好みは変わるものなの」2人は暫く雑談をしてから、紀美子は電話を切った。携帯をしまおうして、彼女はとあることを思い出した。「あなたはもう運転しないと言ってなかった?」紀美子は朔也に聞いた。「君の為じゃなかったら、俺は運転したくなかった」朔也は無力に答えた。「ほら、今めっちゃゆっくり走ってんだろ?」紀美子は言われてメーターを確認すると、時速は40キロだった。「こんなスピードで走ったら日が暮れるわ、やっぱり私が運転しようか」翌日の朝。紀美子が会社に行こうとした時、杉浦佳世子から電話がかかってきた。「紀美子、今日午前中ちょっと付き合ってもらえるかな……」「何だか落ち込んでるに聞こえるけど、どうかしたの?」佳世子の声が変だと気づいて、紀美子は焦って尋ねた。「会ってから説明する」佳世子は答えた。「分かった、今からそちらに向かうわ」20分後。紀美子は佳世子が住んでいるマンションの下に来た。佳世子は車に乗り込んですぐ、紀美子の腕を掴んだ。「紀美子、私は今すごく落ち込んでいるの」「子供の状況が良くないの?」紀美子は心配して尋ねた。「違
入江紀美子は杉浦佳世子の手を握り、これ以上言わないでと示唆した。狛村静恵はこれほどまで苦しめられ、心理的にも傷ついているはずだ。紀美子は佳世子がこんな疫病神と関わってほしくなかった。「ちょっと紀美子、何手を握ってるの?こんな女を罵って何が悪い?あんたがこれまでどれくらい彼女に虐められてきたか、忘れたの?」困った紀美子は彼女を引っ張ってその場を離れようとした。「佳世子、彼女がどんな人か分かっているでしょ?何でこんな時に彼女を刺激するのよ」「何か問題でも?」佳世子はますます腹が立ってきた。「あんなヤツ、見てて気に入らないのよ。彼女があんな姿になったのは天罰に違いないわ!彼女がやってきたことは、地獄に落とされても当然のことよ!」「彼女に報復されるのが怖くないの?」紀美子はさらに佳世子を説得しようとした。「せめて、腹の中のあかちゃんのことを考えてよ」「私に指一本でも触れてみなさい?」佳世子はいきなり声のトーンを上げた。「もういいでしょ!」紀美子は真顔で彼女の話を横切った。「そろそろ検査を受けに行かない?」「私はあんたの為に声を上げてるのに!」「私の為に声を上げてくれるのは嬉しいけど、今一番心配してるのはあなたの健康よ!」紀美子はそう言い放つと、彼女を引っ張ってエレベーターに乗った。少し離れた所にいる静恵は、佳世子の話が全てはっきりと聞こえていた。彼女の眼底には一抹の残酷さが漂っており、砕けるほど歯を食いしばっていた。恨んではいるが、今の彼女にはそれ以上佳世子に構う気力が無かった。今の彼女は、生き伸びることで精一杯だった。毎日監視されている!静恵は振り向いて外の空気を吸いに行こうとすると、急に目の前に一人の女性が現れた。その人はハイヒールを履いていて、静恵を上から見下ろした。「杉浦佳世子を知ってる?」女性は口を開いた。「あんたは誰?」静恵は眉を寄せながら尋ねた。「差し支えなければ、二人で喫茶店でも行かない?」女性は笑みを見せながら提案してきた。「彼女について、ちょっと話したいことがあるの」静恵は暫くその女性を見つめてから頷いた。「分かったわ」入院病棟の地下1階の喫茶店にて。「何故私に彼女の話を?」コーヒーを頼み、静
連絡先を登録して、加藤藍子はコーヒーも飲まずに帰った。狛村静恵は彼女の後ろ姿を見て、考えをめぐらせた。杉浦佳世子のような人の窮状に付け込むようなヤツは、痛めつけないと怒りは鎮まらない。しかも彼女は入江紀美子の一番の親友である。佳世子が報復を受けると、紀美子もそれなりのダメージを受けるだろう!紀美子が自分から全てを奪った以上、彼女に遠慮する必要はない!静恵は急に一つの佳世子への報復の策略を思い浮かべた。健康診断を終え、藍子は田中家に向かった。彼女が玄関に入ると、顔に怒りを帯びて飛び出そうとする田中晴に遭った。二人はぶつかりそうになり、藍子は慌てて口を開いた。「晴兄ちゃん?どうしたの、顔色がすごく悪いけど?」晴は彼女を見て、「何でもない、先に行くね!」と答えた。そう言って、晴は大きな歩幅で家を出て、車に乗り込むと猛スピードで去っていった。藍子は戸惑ったが、そのまま別荘に入った。リビングでは、晴の母が大きくため息をついていた。藍子は彼女の傍に座り、心配そうに尋ねた。「叔母様、また晴兄ちゃんと喧嘩したの?」晴の母は急に目元が赤く染め、藍子の手を掴んだ。「藍ちゃん、晴がもう完全にあの人たらしに取り憑かれてしまったわ!」「どういうこと?」「晴はどうしてもあのビッチと結婚したいと!止めようとしても無駄だと言っているわ!」藍子はため息をついた。「叔母様、佳世子が晴兄ちゃんとの子供を授かったこと、知ってる?」「何だと?!」藍子はもう一度言った。「私、さっき東恒病院で彼女と会ったけど、胎児検査を受けていたらしいわ。彼女は妊娠したみたい」晴の母は一瞬で顔が真っ青になった。「彼女はもう妊娠までしたのか?!」「そうなの」藍子は困った表情で答えた。「ただ、その子が一体晴兄ちゃんの子かどうか、分からないの」「どういう意味?」晴の母は焦って尋ねた。「私は裏でその人を調べたことがあるけど、彼女は以前よくバーとかで遊んでいたから、もしかすると他の人との子供ができた可能性があるわ。そして晴兄ちゃんと付き合い始めて……」「汚らわしい!」晴の母は思い切りソファの手すりを叩いて怒りを発散した。「息子にそんなとんでもない恥をかかせるなんて、絶対に許さないわ!」
入江紀美子と杉浦佳世子はエレベーターに乗って1階に降りた。病院のビルから出る途端、急に現れた人影が彼女達の道を塞がった。2人が反応できていないうちに、その人が思い切り佳世子の顔を打った。驚いた紀美子は慌てて佳世子を自分の後ろに引き寄せた。そして、いきなり現れて佳世子を殴った晴の母を見て問い詰めた。「何をすんのよ?」「何してるのか、だと?」晴の母はあざ笑った。「君の友達がうちの息子に黙ってどんな破廉恥なことをやらかしたかを聞きたい?」晴の母は大きく尖り切った声で言った。彼女の声に惹きつけられ、周りの人達が皆面白そうに見学している。佳世子は妊娠しているため、ただでさえ情緒の制御が容易でなかった。そんな彼女が顔を打たれた挙句に酷い言葉で罵られたことにより、怒りが一瞬で爆発した。佳世子は紀美子を押しのけ、晴の母に向かって叫んだ。「あんたに私を殴る資格などあるの?」「あなたのような破廉恥な女、殴られて当然よ!他の人との子供を作って、その責任をうちの息子に擦り付けた!晴は、決してそんなことを甘んじて受けるようなことはしない!」「私が他の人と子供を作ったですって?」佳世子は彼女が何を言っているかさっぱり分からなかった。「何の証拠もなしに人を侮辱するんじゃないよ!」「よくバーとか行ってたじゃない?」晴の母が佳世子に問い詰めた。「そこで他の人としたんじゃないの?」佳世子が反論しようとすると、紀美子に再度横から打ち切られた。「佳世子、こんな判断力のない人と喧嘩しても無駄だよ、行こう!」紀美子は佳世子を引っ張って離れようとしたが、晴の母もついてきて、絶えず佳世子を罵り続けた。佳世子は晴の母を殴り返したくて仕方なかったが、紀美子にきつく腕を掴まれていた。駐車場に着くと、紀美子は佳世子を車に押し込み、振り向いて晴の母に向かって言った。「その話は誰から聞いたのか知らないけど、佳世子はそんな人間ではないとはっきり言っておくわ!」「フン、あなたはあのビッチの友達だから、彼女の肩を持つに決まってるじゃない!」「あんた『ビッチ』何て口にしてるけど、それでも名門のつもりなの?教養のかけらもないわ!」紀美子はそう言いながら、晴の母に一歩近づいた。「さっきの喧嘩は恐らく沢山
「晴のせいじゃないわ!」杉浦佳世子は否定した。「もともと彼の母がそう言う人間なの。彼もきっと頑張ってくれてたはず!」そう言って、佳世子は入江紀美子の懐に飛び込み、力いっぱいに彼女を抱きしめた。彼女は紀美子の腹を擦って、悔しそうに言った。「紀美子、顔がめっちゃいたいんだけど、ちょっと腫れてないか見てくれる?」紀美子は笑いながら佳世子の顔を触った。「もうこんな時なのに、まだ顔のことを気にしてるの?本当に能天気だね」「だってきれいでいたいんだもん……それと、さっき私の肩を持ってくれてありがとう……」「何言ってるの?当たり前でしょ?親友だもの」家から出てきた田中晴は、憂鬱な気分で森川晋太郎の所を訪ねてきた。MK社・事務所にて。放心状態の晴がソファに横たわって、無力に天井を見つめていた。「またどうしたんだ?MKはお前のリハビリ施設か?」「母と喧嘩したんだ」晴は疲れた声で答えた。「佳世子のことでか、無理もない」晋太郎は淡々と言った。「無理もないだと?」晴は体を起こした。「そんな涼しい顔をしてないで、どうにかしてくれよ」「お前のプライドの問題を、何故俺が口を出さなきゃならないんだ?」晋太郎は手元の資料を読みながら、落ち着いた顔で言った。この時、事務所のドアが急に押し開かれ、鈴木隆一が焦った顔で入ってきた。「晋太郎!大変だ!佳世子が晴の母にぶん殴られたんだって!」「何だと?!」晴はすぐに立ち上がり、緊張して大きな声で聞いた。隆一は隣から聞こえてきた声に驚いた。「ちょっ、何でお前がここにいるんだ?」「俺がここにいちゃまずいのかよ?」晴は飛びついた。「一体どっからそんなことを聞いたんだ?」隆一は自分の携帯を晴に見せた。「ほら、ネットで話題になってるぞ!」晴は隆一から携帯を受け取り、動画を開き、自分の母が思い切り佳世子の顔にビンタを入れ、そして彼女を罵るのを見て、顔色が段々と悪くなってきた。彼は隆一の携帯を捨て、突風のように晋太郎の事務所を飛び出していった。晋太郎は絶句した。「お前ら、ここをどんな場所だとおもってやがる?井戸端か?!」しかし隆一は話を逸らした。「ところで、晴のやつはいつからいたんだ?あいつ、自分の母と喧嘩でもしにい
しかし、紀美子の子どもたちがなぜ晋太郎と一緒にいるのだろうか?もしかして、晋太郎の息子が紀美子の子どもたちと仲がいいから?紀美子は玄関に向かって歩き、紗子が龍介を見て言った。「お父さん、気分が悪いの?」龍介は笑いながら紗子の頭を撫でた。「そんなことないよ、父さんはちょっと考え事をしていただけだ。心配しなくていいよ」「分かった」玄関外。紀美子は子どもたちを連れて家に入ってくる晋太郎を見つめた。「ママ!」ゆみは速足で紀美子の元へ駆け寄り、その足にしっかりと抱きついた。「ママにべったりしないでよ」佑樹は前に出て言った。「佑樹、ゆみは女の子だから、そうやって怒っちゃだめ」念江が言った。ゆみは佑樹に向かってふん、と一声をあげた。「あなたはママに甘えられないから、嫉妬してるんでしょ!」「……」佑樹は言葉を失った。紀美子は子どもたちに微笑みかけてから、晋太郎を見て言った。「どうして急に彼らを連れてきたの?私は自分で迎えに行こうと思っていたのに」晋太郎は顔色が悪く、語気も鋭かった。「どうしてって、俺が来ちゃいけないのか?」「そんなつもりじゃないわよ、言い方がきつすぎるでしょ……」紀美子は呆れながら言った。「外は寒いから、先に中に入って!」晋太郎は三人の子どもたちに向かって言った。そして三人の子どもたちは紀美子を心配そうに見つめながら、家の中に入った。紀美子は疑問に思った。なぜ子どもたちは自分をそんなに不思議そうな目で見ているのだろう?「吉田龍介は中にいるのか?」晋太郎は紀美子を見て言った。「いるわ。どうしたの?」紀美子はうなずいた。「そんなに簡単にまだ知り合ったばかりの男を家に呼ぶのか?」晋太郎は眉をひそめた。「彼がどんな人物か知っているのか?」紀美子は晋太郎が顔色を悪くした理由がようやく分かった。「何を心配しているの?龍介が私に対して悪いことを考えているんじゃないかって心配してるの?」彼女は言った。「三日しか経ってないのに、家に招待するなんて」晋太郎の言葉には、やきもちが含まれていた。「龍介とすごく仲良いのか?」「違うわ、あなたは、私と彼に何かあるって疑っているの?晋太郎、私と彼はただのビジネスパートナーよ!」
「入江社長って本当に幸せ者だよね!羨ましい~!私はただの一般人だけど、この二人推したい!!」「吉田社長って絶対入江社長のために来たんでしょ。あんなに忙しいのに時間を作ってまで来るなんて、これって本物の愛じゃない!?」そんな無駄話で盛り上がるコメントの数々を見た晋太郎の顔色は、みるみるうちに暗くなった。「何バカなこと言ってるんだ!」晋太郎は怒りを露わにしてタブレットを放り出した。「この話題をすぐに消せ!誰かがまた報道しようとしたら、徹底的に潰す!」「晋様、入江さんの方は……」肇は焦りながら言った。晋太郎は目を細めて言った。「二人を見張らせろ!龍介が突然帝都に来たのは絶対に怪しい。会社のためじゃないなら、紀美子を狙って来たに決まってる!しかも、彼は離婚してるだろう。きっと子どものために後妻を探してるんだ!」「後妻を!?」肇は驚きの声を上げた。「入江さんの魅力ってそんなにすごいんですか……だって吉田社長ってあの地位の……」それ以上言う勇気がなくなり、肇は言葉を飲み込んだ。というのも、晋太郎の顔にはすでに冷たく怒りがはっきりと現れていたからだ。肇だけではない。晋太郎自身も、これ以上考えるのが怖くなっていた。龍介は有名な良い男で、礼儀正しくて、しかも温かみがある。こんな男が最も心を掴むのだ!彼は龍介の猛烈なアプローチを恐れているわけではない。ただ、紀美子がその優しさに押し負けてしまうのではないかと心配していた。しばらく考えた後、晋太郎は携帯を取り出し、朔也に電話をかけた。彼は龍介がなぜ帝都に来たのかを確かめたかったのだ。しばらくして、朔也が電話に出た。「また何か大事でもあるのか、森川社長?俺、今すごく忙しいんだけど」「龍介は帝都に何しに来たんだ?」晋太郎はストレートに言った。「何しに来たって、彼が帝都に来ちゃいけないっていうのか?」朔也は不満そうに言った。「もし何か理由があるとしたら、当然、Gに会いに来たんだよ!昼に俺たちと食事したんだ、いやあ、さすがに地位が高いだけあって、お前と同じくらい立派な人だったよ。性格に関してはお前よりずっといいけどな!そうそう、今夜はうちに来てくれることになったんだ!」朔也はこれを言うことで晋太郎を苛立たせ、紀美
「そんなに聞かなくていい!」紀美子は彼を遮って言った。「後でレストランのアドレスを送るから、直接きて」「分かった、分かった!」電話を切った後、紀美子は楠子のオフィスに行って、少し用事を頼んだ。その後、龍介と紗子をレストランへ誘った。帝都ホテル。最初に到着した朔也は、レストランで一番良い料理を全て注文した。紀美子と龍介はレストランに到着すると、すぐに個室に向かった。個室の中では、朔也がサービス員に酒を頼もうとしていたところ、紀美子と娘を連れた龍介が入ってきた。龍介を見た朔也は急いで立ち上がり、熱心に迎えた。「吉田社長、はじめまして!帝都へようこそ!」龍介は穏やかな笑顔を浮かべて言った。「こんにちは、朔也さん」「えっ、俺のこと知ってるんですか?」朔也は驚いて言った。「もちろん、Tycの副社長ですよね」「あんまり興奮しないでよ」紀美子は笑いながら朔也を見て言った。「興奮しないでいられるかよ!」朔也は顔に出てしまった表情を抑えきれず、「吉田社長はアジア石油界の大物だぞ!」と言った。「そんな大したことはないよ」龍介は言った。「そんな謙遜しないでくださいよ、吉田社長!お酒は飲まれますか?何を飲みます?」朔也は尋ねた。「申し訳ないけど、あまり強くないので普段からほとんど飲みません。今日は軽く食事だけでお願いします」「それならそれで!」朔也は納得し、そばでおとなしく立っている紗子に目を向けた。「こちらは吉田社長のお嬢さんですよね?本当に可愛いですね!」紗子は礼儀正しく頷き、「おじさん、こんにちは。私は吉田紗子です。紗子って呼んでください」と自己紹介した。「紗子ちゃん!」朔也は嬉しそうに笑顔で答えた。「俺は朔也だよ!よろしくね!」「立ち話はここまでにして、座って話しましょう」紀美子は言った。四人が席についた後、料理が運ばれてきた。食事中、誰も仕事の話は一切口にせず、和やかな雰囲気で過ごしていた。「吉田社長、午後はGに帝都の景色を案内してもらってください。退屈だなんて思わないでくださいね」朔也が言った。龍介は紀美子に目を向け、丁寧に「お手数をおかけします」と答えた。「そうだ、G。さっき舞桜から電話があって、今夜には帰るって。吉田
車の中で、晴は晋太郎に尋ねた。「一体、親父に何を言ったんだ?どうしてあんなにすぐに同意したんだ?」目を閉じて椅子の背に寄りかかり休んでいた晋太郎は一言だけ言い放った。「静かにしてろ」晴はそれ以上は深く追及せず、事がうまくいったことに感謝していた。家に帰ると、晴はこの朗報を佳世子に伝えた。佳世子はあまり感情を動かすことなく、だるそうに返事をした。「まあ、心配事が一つ解決したってことだね」晴は疑問を抱きながら眉をひそめた。「なんだか、あんまり嬉しそうじゃないね?」「歓声を上げろっていうの?」佳世子はため息をついた。「忘れないで、私の両親にはまだ説明してないよ」佳世子はしばらく沈んだ表情をしていた。両親がこのことを知ったらどう反応するのか、全く予測がつかないのだ。彼女の両親は性格は悪くないが、考え方は保守的だ。もし彼らが今、自分が未婚で妊娠していることを知ったら……佳世子はそのことを考えると、少し寒気がし、喜べなかった。「それは簡単だよ。時間を決めて、ちょっとギフトを買って、両親のところに行こう。俺が一緒にいるから、心配しなくていい」佳世子は適当に笑うと、ソファに縮こまり、何も言わなかった。午後。紀美子はオフィスで書類を見ていると、楠子がドアをノックして入ってきた。「社長、受付から電話があって、面会の申し出がありました」楠子が言った。「誰?」紀美子は顔を上げた。「吉田龍介様です」紀美子は一瞬驚いた。龍介?どうして、連絡もなしに来たの?紀美子は急いで立ち上がり、「すぐに上にお連れして!」と楠子に頼んだ。楠子はうなずき、振り向こうとしたが、紀美子に呼び止められた。「ちょっと待って!私が下に行く!」言うが早いか、紀美子はオフィスを出て、階下へ龍介を迎えに行った。階下では。龍介は紗子と一緒にロビーで待っていた。紀美子が出てくるのを見て、龍介と紗子は立ち上がり、紀美子に挨拶をした。「紀美子」龍介は笑顔で呼びかけた。紀美子は手を差し出しながら言った。「龍介君、紗子。事前に知らせてくれれば、迎えに行ったのに」「おばさん、お忙しいところお邪魔して申し訳ありません」紗子は微笑みながら言った。「気にしないで、忙しくないから
晋太郎は晴の父親の近くに歩み寄り、真剣な眼差しで花瓶を見つめた。「以前あなたが収集した骨董品より質は少し劣りますが、全体的には悪くないですね」「そうだね……」晴の父親はため息をついた。「どれだけ質が良くても、目に入らなければ人を喜ばせることはないものだ」晋太郎は晴の父親を見つめ、「田中さん、それは何か含みのある言い方ですが?」と尋ねた。晴の父親は手に持っていたブラシを置き、晋太郎にソファに座るように促した。そして壺を手に取って、晋太郎にお茶を注ぎながら言った。「晋太郎、今日わざわざ訪ねてきたのは、あの女の子のことだろう?」「そうです」晋太郎は率直に答えた。「晴は彼女のことが本当に好きなんです」「好きだという感情だけで、一生を共にできると思うのか?今はただの一時的な熱に過ぎない」晴の父親は冷静に言った。「田中さんは相手の家柄が気に入らないのか、それとも佳世子という人間自体が気に入らないのか、どちらでしょうか?」晋太郎は直球で聞いた。「晋太郎、君も知っている通り、俺は息子が一人しかいない。いずれ会社を継ぐのは彼だ。今、帝都のどの家族も俺たち三大家族を狙っている。この立場を少しでも失えば、元の地位に戻るのは容易ではない。だからこそ、晴には釣り合いの取れた相手を望んでいるんだ。すべては家族のためだ」「田中さんは晴の力を信じていないのですか?それに、二人が一緒にいられるかどうか信じていないのなら、むしろ自由にさせて、どれだけ続くのか見守ってみたらどうでしょう?もしかすると、あなたの言う通り、新鮮味が薄れれば自然と別れるかもしれません。おそらく、今反対すればするほど、彼らは反抗するでしょう。この世に反発心のない人なんていませんからね……」階下。晴と母親が少し離れたところに座っていた。彼女はずっと晴をにらんでいた。「何か私に言いたいことはないの?」晴は無視して、答える気はなかった。だが晴の母親はしつこく言い続けた。「どうしたの?昨日、あの女狐を叩いたことで、私を責めるつもり?」その言葉に晴は反応し、突然振り向いて母親を見て言った。「佳世子は女狐じゃない。最後にもう一度言っておく!」「じゃあどんな女だって言うの?!」彼女は声を高くした。「見てご
電源を入れた瞬間、多くのメッセージが届いた。すべて、翔太からのメッセージだった。静恵は一つ一つ確認した。「お前を救うのは問題ない。しかし、三つのことを約束しろ」「一、貞則が俺を陥れようとしている証拠(録音など)を必ず手に入れろ」「二、君は必ず執事を自分の味方につけろ。執事を抑えたら、貞則を倒す最大のチャンスが得られる」「三、貞則の計画と俺を狙うタイミングや方法を、先に必ず俺に教えてくれ。対応策を準備するためだ」メッセージを読み終わった静恵は急いで返信をした。「助けが必要だ!この携帯は絶対にバレてはいけないの。もし可能なら、貞則の書斎に録音機を隠すように手配して」一方、瑠美に無理やりジュースを飲まされていた翔太は、メッセージを見るや否やすぐに返信した。「任せてくれ。成功したら、メッセージを送る」翔太の返信を見て、静恵はほっと息をついた。これから、彼女は一人ずつ、地獄に突き落としてやるつもりだった!!……朝早く。晴はMKに呼ばれて、ぼんやりとした顔で社長室に入った。晋太郎がスーツを着ているのを見て、彼は困惑しながら尋ねた。「晋太郎、こんなに早く呼び出して一体何をするつもりなんだ?」「俺を連れてお前の親を説得したくないなら、帰れ」晋太郎は彼をちらりと見て言った。その言葉を聞いた晴は、目を大きく見開いた。「本当?本気で俺の両親を説得しに行くつもりか?」「同じことは二度言いたくない」「行こう!!」晴は興奮して言った。「今すぐ行こう!」車で、晴と晋太郎は後部座席に座っていた。「晋太郎、どうやって言うつもりだ?うちの母さんは話しにくいんだ」晴は落ち着かない様子で尋ねた。「なぜ君の母に言う必要がある?」晋太郎は冷たく言った。「君の父に頼むほうが容易いだろう」「君の言う通りだな……でも、父の方は希望がもっと少ない気がする」晴は少し考えてから答えた。「もしもう一言でも口答えするなら、今すぐ肇にUターンさせるぞ」晋太郎は袖口を直しながら言った。「わかった、わかった」晴はすぐに言った。「今は君がボスだ、君の言う通りにするよ!」「佳世子は今、何ヶ月目の妊娠だ?」晋太郎は尋ねた。「もうすぐ四ヶ月だ!」晴はこの話になると、顔に幸せ
「何で?バーとかで遊んでたから素行が悪いと決めつけるの?」「妊婦を殴るなんて、人間がやることか?」「自分の息子に聞かず、嫁に聞くのはどういうことだ?」「帝都の三大名門?笑わせんな!恥知らずにもほどがあるよ!」「Tycの女性社長っていい人だよね。きっと彼女の友達もあんな人間じゃないはず。私は彼女達を応援する!」「……」ネットユーザー達のコメントを読んで、入江紀美子はほっとした。そしてすぐ、田中晴が到着した。彼の他に、森川晋太郎と鈴木隆一も一緒に来た。紀美子達は現れた3人の男達を不思議な目で見た。5人はお互いを見つめるだけで、どこから話したらいいか分からなかった。晴は杉浦佳世子の前に来て、心配した様子で佳世子の顔を持ち上げ、泣きそうな声で尋ねた。「佳世子……まだ痛いのか?」佳世子は首を振って返事した。「ううん、もう大丈夫よ」「すまない」晴は悔しかった。「俺がちゃんと君を守れなかったから、母がちょっかいを出してきたんだ」佳世子は晴の手を握り、優しく微笑んだ。「分かってるよ、心配しないで、あんただって頑張ってるの分かってるから」2人の会話を聞き、不安を抱えていた紀美子はやっと安心できた。晋太郎は紀美子の傍に座り、口を開いた。「君は大丈夫だったか?」紀美子は首を振って答えた。「いいえ、ただ佳世子があんなことをされるのを見て、辛かった。しかし今の状況で、私はどうしようもないの」そう言って、紀美子は晋太郎達にお茶を注いだ。「君から見て、佳世子が田中家に嫁入りしたら、将来はどうなると思う?」晋太郎は紀美子を見て、いきなり聞いてきた。「将来がどうなろうと、佳世子がその子を産むと決めたなら私は親友として、無条件に彼女を支えるわ」紀美子の回答を聞いて、晋太郎は暫く躊躇った。そして、彼は頷いた。「分かった」その昼食の間、隆一はずっと複雑な気持ちだった。大親友の2人には自分の女がいるのに、自分だけ未だに一人だった。このままではいかん!自分の恋を探さなきゃ!金曜日。狛村静恵は退院して森川家旧宅に戻った。玄関に入ると、すぐボディーガード達に森川貞則の所に連れていかれた。書斎にて。貞則はお茶を飲んでいた。静恵が戻ってきたのを見て
「晴のせいじゃないわ!」杉浦佳世子は否定した。「もともと彼の母がそう言う人間なの。彼もきっと頑張ってくれてたはず!」そう言って、佳世子は入江紀美子の懐に飛び込み、力いっぱいに彼女を抱きしめた。彼女は紀美子の腹を擦って、悔しそうに言った。「紀美子、顔がめっちゃいたいんだけど、ちょっと腫れてないか見てくれる?」紀美子は笑いながら佳世子の顔を触った。「もうこんな時なのに、まだ顔のことを気にしてるの?本当に能天気だね」「だってきれいでいたいんだもん……それと、さっき私の肩を持ってくれてありがとう……」「何言ってるの?当たり前でしょ?親友だもの」家から出てきた田中晴は、憂鬱な気分で森川晋太郎の所を訪ねてきた。MK社・事務所にて。放心状態の晴がソファに横たわって、無力に天井を見つめていた。「またどうしたんだ?MKはお前のリハビリ施設か?」「母と喧嘩したんだ」晴は疲れた声で答えた。「佳世子のことでか、無理もない」晋太郎は淡々と言った。「無理もないだと?」晴は体を起こした。「そんな涼しい顔をしてないで、どうにかしてくれよ」「お前のプライドの問題を、何故俺が口を出さなきゃならないんだ?」晋太郎は手元の資料を読みながら、落ち着いた顔で言った。この時、事務所のドアが急に押し開かれ、鈴木隆一が焦った顔で入ってきた。「晋太郎!大変だ!佳世子が晴の母にぶん殴られたんだって!」「何だと?!」晴はすぐに立ち上がり、緊張して大きな声で聞いた。隆一は隣から聞こえてきた声に驚いた。「ちょっ、何でお前がここにいるんだ?」「俺がここにいちゃまずいのかよ?」晴は飛びついた。「一体どっからそんなことを聞いたんだ?」隆一は自分の携帯を晴に見せた。「ほら、ネットで話題になってるぞ!」晴は隆一から携帯を受け取り、動画を開き、自分の母が思い切り佳世子の顔にビンタを入れ、そして彼女を罵るのを見て、顔色が段々と悪くなってきた。彼は隆一の携帯を捨て、突風のように晋太郎の事務所を飛び出していった。晋太郎は絶句した。「お前ら、ここをどんな場所だとおもってやがる?井戸端か?!」しかし隆一は話を逸らした。「ところで、晴のやつはいつからいたんだ?あいつ、自分の母と喧嘩でもしにい
入江紀美子と杉浦佳世子はエレベーターに乗って1階に降りた。病院のビルから出る途端、急に現れた人影が彼女達の道を塞がった。2人が反応できていないうちに、その人が思い切り佳世子の顔を打った。驚いた紀美子は慌てて佳世子を自分の後ろに引き寄せた。そして、いきなり現れて佳世子を殴った晴の母を見て問い詰めた。「何をすんのよ?」「何してるのか、だと?」晴の母はあざ笑った。「君の友達がうちの息子に黙ってどんな破廉恥なことをやらかしたかを聞きたい?」晴の母は大きく尖り切った声で言った。彼女の声に惹きつけられ、周りの人達が皆面白そうに見学している。佳世子は妊娠しているため、ただでさえ情緒の制御が容易でなかった。そんな彼女が顔を打たれた挙句に酷い言葉で罵られたことにより、怒りが一瞬で爆発した。佳世子は紀美子を押しのけ、晴の母に向かって叫んだ。「あんたに私を殴る資格などあるの?」「あなたのような破廉恥な女、殴られて当然よ!他の人との子供を作って、その責任をうちの息子に擦り付けた!晴は、決してそんなことを甘んじて受けるようなことはしない!」「私が他の人と子供を作ったですって?」佳世子は彼女が何を言っているかさっぱり分からなかった。「何の証拠もなしに人を侮辱するんじゃないよ!」「よくバーとか行ってたじゃない?」晴の母が佳世子に問い詰めた。「そこで他の人としたんじゃないの?」佳世子が反論しようとすると、紀美子に再度横から打ち切られた。「佳世子、こんな判断力のない人と喧嘩しても無駄だよ、行こう!」紀美子は佳世子を引っ張って離れようとしたが、晴の母もついてきて、絶えず佳世子を罵り続けた。佳世子は晴の母を殴り返したくて仕方なかったが、紀美子にきつく腕を掴まれていた。駐車場に着くと、紀美子は佳世子を車に押し込み、振り向いて晴の母に向かって言った。「その話は誰から聞いたのか知らないけど、佳世子はそんな人間ではないとはっきり言っておくわ!」「フン、あなたはあのビッチの友達だから、彼女の肩を持つに決まってるじゃない!」「あんた『ビッチ』何て口にしてるけど、それでも名門のつもりなの?教養のかけらもないわ!」紀美子はそう言いながら、晴の母に一歩近づいた。「さっきの喧嘩は恐らく沢山