「その顔、嫌がってるに見えるな。これくらいも我慢できないなら、行くのを止めろ」晋太郎は注意した。「先生、携帯を没収してもいいけど、少なくとも僕たちの代わりに僕たちの状況をお母さんに知らせてもらえる?」念江は慌てて隆久の方を見て話題を変えた。「それなら約束しよう。定期的に生活の様子を動画に撮って送る」それを聞いて、二人は安堵の息をついた。「ただお母さんが心配しすぎて体を壊すのが心配なだけなんだ」佑樹は説明した。「ゆみは修行に出ているけど、よくお母さんと連絡取ってる。もし僕たちが急に連絡絶ったら、お母さんは食事も睡眠もまともに取れなくなる」「それは理解できる」隆久は言った。しばらく雑談をしたら、晋太郎は子供たちを連れて帰宅した。彼は人を遣ってメイドリン学園に、子供たちの退学手続きを済ませ、残りの時間は可能な限り彼らと紀美子を外に連れ出し、気分転換を図った。この先、こんな機会はほとんどなくなるのだから。「旅行に連れて行ってやるから、行先を選んで」黙ってソファに座る二人の子供を見て、晋太郎は言った。「お母さんも一緒に行くの?」念江が顔を上げて尋ねた。「行かなければ強制連行するまでだ」晋太郎は答えた。「本当に紳士じゃないね。どうしてお母さんがお父さんのような男を好きになったのか理解できない」晋太郎は佑樹の言葉に反応せず、腕時計を覗いた。「もうすぐ昼だ。お母さんの会社まで一緒に行く」……11時半。紀美子と佳世子は会議を終え、昼食に行こうとしていた。書類を置いた瞬間、紀美子の電話が鳴った。受話器を取ると受付の声が聞こえた。「社長、MKの森川社長がお見えです。お子様たちも一緒です」「わかった、今すぐ行く!」紀美子は答えた。「佳世子、晋太郎と子供たちが来たの。昼食を一緒に食べない?」電話を切り、佳世子に尋ねた。「遠慮しとくわ」佳世子は言った。「家族団らんの邪魔はしたくないし」「わかった、じゃあ先に行くね」「行ってらっしゃい!」紀美子は急いで1階に降りると、晋太郎と子供たちは待合エリアで待っていた。紀美子が近づくと、三人が揃って立ち上がった。その動作はまるで同じ型から抜き出したように似ていた。「ごめんね、今朝は朝食を用意できなく
そう言われると、佑樹と念江は慌てて紀美子の顔を見上げた。落ち着いている母の顔を見て、佑樹はほっと胸を撫で下ろした。「出発は来週の月曜日」「あと6日一緒に過ごせるけど、お母さん……休暇取れないの?」「とれるわ!」紀美子は迷わず即答した。「この6日間、お母さんがずっと付き合ってあげるわ」念江と佑樹は目を見合わせて笑った。「お母さん、父さんが旅行に連れて行ってくれると言ってたけど、行きたいところある?」「そうね、どこに行くか迷っちゃうわ……」紀美子は考え込むふりをした。「僕、いい提案があるんだけど……」念江が話し終わらないうちに、個室のドアが突然開き、男性店員がトレイを持って入ってきた。トレイの上にはアイスクリームが2つ乗っていた。「お客様、本日の特別サービスで、ご来店のお子様全員にアイスクリームをプレゼントしております」「ありがとう、テーブルに置いてください」紀美子は頷き、笑顔で答えた。店員は手に持っていたアイスクリームをテーブルに置いた。しかし、彼が手を引こうとした瞬間、紀美子の目に何かが光るのが見えた。それが何か確認する間もなく、店員の視線が晋太郎に固定された。紀美子の胸に不吉な予感が走り、すぐに叫んだ。「晋太郎、危ない!!」晋太郎が気づいた時、店員はすでにナイフを抜き、自分の首をめがけて素早く突き出してきた。彼は瞬時に目の前の皿を掴み、刃が首に届く直前で受け止めた。「カチャッ」と、お皿が割れる音が響いた。晋太郎はもう一方の手で店員の手首を素早く掴んだ。一気に力を入れると、店員の手は不自然な形に折れ曲がった。「ああっ――手が、手が!!」店員は悲鳴を上げた。晋太郎は息つく暇も与えず、立ち上がって店員の胸元に強烈な蹴りを叩き込んだ。その蹴りの衝撃で、店員はドアにぶつかり、ドアごと後方に倒れ込んだ。大きな音に、レストランの客全員がこちらを見つめた。店長も慌てて駆けつけてきた。床に転がったナイフを見た店長の顔色が一変した。店長は店員の状態など気にも留めず、すぐに晋太郎と紀美子に向かって頭を下げた。「申し訳ありません入江さん、森川社長、驚かせてしまい……こいつをすぐに処分いたします!」「結構だ」晋太郎は怒りを込めて制止した。「
「ちょうど今日、あんたが同行してるから、あの店員は悟の指示で襲撃を仕掛けてきたと思う」考えれば考えるほど、紀美子は怖くなってきた。もしさっき晋太郎の反応が少しでも遅れていたら、きっとエリーに首を切られたボディガードと同じ運命をたどっていただろう。悟は暗闇に潜んでいて、いつ子供たちにまで手を出すか分からない。そう考えると、紀美子は子供たちに視線を向けた。彼らが早く隆久について行けば、もっと安全かもしれない。晋太郎は紀美子の手を握って慰めようとした。「余計なことは考えなくていい。この件は俺が解決する。君たちは明日の午前中までに、旅行の目的地決めて」晋太郎の冷静な表情を見て、紀美子はそれ以上何も言わなかった。午後1時半。食事を済ませ、晋太郎は一人でMKに向かった。オフィスの前に着くと、ボディガードが晋太郎にドアを開けた。 中では、瀕死状態に殴られた店員が血だるまになって倒れていた。「起こせ」晋太郎は彼を一瞥し、ボディガードに指示を出した。ボディガードは頷き、すぐに塩水を持ってきて実行した。傷口に塩水を流され、気絶していた店員は痛みで目を覚ました。「お願いです、逃してください!」彼は苦痛の叫び声を上げ、恐怖を堪えながら懇願した。「今更ここで助けを乞うなんて、覚悟を決めて俺を殺そうとしたんじゃなかったのか」晋太郎は冷たい目で彼を見下ろした。「何でも話します!だからお願いです!」晋太郎は冷たく笑った。本当に話す気なら、そんな言葉は出てこない。「ウソ発見器を持ってこい。こいつが嘘をついたら、その親を刺し殺せ」店員の顔は一瞬で蒼白になり、驚きのあまりしばらく声が出なかった。ボディガードがウソ発見器を装着し終えると、晋太郎は指で軽く肘掛けを叩きながら低い声で言った。「お前に聞くことは三つだけだ」店員は緊張で唾を飲み込んだ。恐怖で彼の心拍数が乱れ、機械は警告音を発した。「もう嘘の答を考え始めたのか」晋太郎は目を細めた。「準備させろ」そう言うと、彼はボディガードに指示した。ボディガードが頷こうとした瞬間、店員は慌てて呼び止めた。「待ってください!話します!本当のことを話します!」 「一つ目の質問だ。今日の襲撃計画はいつ指示された?」
晋太郎はメッセージを数通だけ読んで、ボディガードに携帯を返した。「美月にこの番号を調べさせろ」 ボディガードはすぐに美月と連絡を取った。晋太郎は再び店員を見て、冷たく笑った。「貴様のメンタルは想像以上のものだな」店員はきょとんとした表情を装った。晋太郎は立ち上がり、オフィスデスクの方へ歩み寄った。「貴様はずっと嘘をついている」彼はデスクの上にボディガードに用意させたナイフに指を滑らせながら言った。「俺は別に貴様の身元など調べていないし、親の話もただの試しだった。なのに貴様はわざと驚いたふりをして、俺の話に合わせた」店員の表情が徐々に固まっていった。晋太郎はナイフを手に取り、淡々と彼を見た。「そのやり取りのメッセージも、貴様が俺を騙すための芝居だ。貴様は賭けをした。俺が貴様の嘘に騙されるかどうかをな」「それに、レストランで貴様が長期間働いているなら、店長は即座に貴様をその場で叱責するはずだった。しかし、奴はそうしなかった。貴様があの店で働くようになってから、1週間も経っていないだろう!」晋太郎の分析を聞いて、店員の表情が次第に固まった。「なめられたもんだな!だが、これで終わりだと思うな」晋太郎は冷ややかに笑った。「こいつの目を隠せ」「何をするつもりだ?」反応する間もなく、ボディガードが取り出した黒い布で彼の目は覆われた。晋太郎はナイフを店員の左腕の内側に当てた。そこには、一本の黒い線だけのタトゥーがあった。晋太郎にナイフを当てられた部位から金属の冷たさが伝わり、彼の心拍数が一気に上がった。傍らの機械が激しい警告音を発した。「やはり俺の予想通りだった」晋太郎の黒い瞳に冷たさが浮かんだ。店員が返答する前に、晋太郎は素早くナイフを彼の腕に突き刺した。悲鳴がオフィス中に響き渡った。ちょうどドアの前に来た美月は、中の物音を聞くと、興奮した表情を浮かべた。彼女は楽しげに口角をあげ、ドアを押し開けた。晋太郎が店員の腕から、肉血がついた小さな黒い塊を取り出すと、美月は言った。「新型のマイクロ爆弾ですね?」「いつまでそこで見ているつもりだ?」美月は急いで近づき、途中で何枚ものティッシュを取った。晋太郎の横に来ると、彼女は慎重にそのマイクロ爆弾
「後片付けは任せた」晋太郎はナイフをゴミ箱に投げ捨て、美月から視線を外した。「かしこまりました」美月は唇を引き締めて笑いながら答えた。晋太郎はオフィスを出て、紀美子と子供たちのいる客室に戻った。ドアを開けると、紀美子が二人の子供と旅行先を選んでいる最中だった。音に気づき、彼らは晋太郎の方を見た。「あの店員、白状したの?」佑樹が興味深そうに尋ねた。「そう簡単にはいかない」晋太郎は反対側のソファに座った。「奴の悟への忠誠心を甘く見ていたようだ」 「悟は人の心を操るのが上手い人だから、部下が忠誠を誓うのも当然でしょう」紀美子は言った。「で、行き先は決まったか?」晋太郎は話題を変えた。「田舎に行きたい」念江は携帯画面を晋太郎に見せた。「田舎?」晋太郎はてっきり彼らが海外や他の都会を選ぶかと思っていたため、少し驚いた。「どこの田舎だ?」「この辺りは行ったことがないけど、民宿がたくさんあるみたい。お母さんもこういうのどかな場所が好きだって言ってたよ」念江は携帯画面に指さしながら言った。「わかった。荷物を準備して、今夜出発だ」森の奥にある小さな荘園。ドアが開き、ボディガードが慌ててソファで資料を読む悟のもとへ駆け寄った。「社長、晋太郎たちは琢山方面へ旅行に行くとの情報が入りました」 悟は資料を握る手に力を込め、一瞬だけ感情が瞳をよぎった。 「二人だけか?」悟が少し首を傾げて尋ねた。「子供たちも同行するようです。社長、手配しましょうか?」「まだいい」悟は言った。「今手を出したら、子供たちを巻き込んでしまう」 「なぜそこまで子供たちのことを気にするのですか?」ボディガードは不思議そうに尋ねた。「余計なことを聞くな」悟は資料を置き、不機嫌そうに言った。「失礼しました。すぐに仕事に戻ります」ボディガードはハッとして姿勢を正した。ボディガードが去ると、悟は窓の外の景色を眺めた。 彼は子供たちのことを躊躇っているわけではなかった。たとえ今の状況でも、彼は紀美子が子供を失う姿を見たくないだけだった。彼の標的はあくまで晋太郎だけで、紀美子には……まだ未練があった。また、今すぐ行動を起こさない理由は、情報が簡単
悟の計画は、晋太郎の帰還により砂のように崩れた。退路を考えていなかったことが、今の窮地を招いた。だが、彼はその状況をいつまでも続けさせるつもりは無かった。そう考えながら、悟は再び紀美子の資料を手に取った。子供たちを除くと、晋太郎の弱点は紀美子だけだった。……夜。晋太郎は紀美子と子供たち、運転手だけを連れ、都江宴ホテルを出発した。「ボディガードは本当に連れていかないの?」紀美子は周囲を見回して尋ねた。「後ろに大勢ついて回らないと護衛にならないのか?」晋太郎はシートベルトを調整しながら言った。紀美子はしばらく考えて、ボディガードたちはおそらく密かについてきているのだと理解した。だが普段なら派手に車列を組んでいたはずでは?いつもと違うのは、何か目的があるから?幾つかの疑問を抱えていたが、紀美子はそれ以上聞かなかった。代わりに、子供たちと一緒に晋太郎が用意したレゴで遊んだ。道中、紀美子は子供たちと遊びながらも、晋太郎に注意を向けていた。晋太郎は終始真剣な表情で何かのメッセージを返していた。誰かが話しかけない限り、彼は一言も発しなかった。「お母さん、お父さんは仕事で忙しいの?それともあの人の件?」念江もその状況に気づいて母に尋ねた。「お母さんもわからないわ」紀美子は首を振って答えた。「一緒に遊びに行くって言ったのに、一人で忙しそうにしてるなんて」佑樹は唇を尖らせた。「佑樹、急な旅行だったから、お父さんは処理しないといけない仕事が沢山あるのよ」佑樹の不満を察し、紀美子は慌てて説明した。「人のことを話すなら、聞こえないようにしたらどうだ?」突然、晋太郎の声が会話を遮った。紀美子は顔を赤らめた。確かに声を潜めていなかった。「用事を片付けていたが、もう終わった」晋太郎は携帯を置き、姿勢を正した。「他にも何かやってたんでしょ?」佑樹が容赦なく聞いた。 母の言い分はわかるが、ボディガードを連れていないのは不自然だ。今朝も襲われたし、普段ならもっと多くの護衛をつけるはずだが、後ろに誰もいないなんてあり得ない。高速で何かあったら、ボディガードはすぐに駆けつけられるのか?「何をしていたと思う?」晋太郎は佑樹を見て尋ねた。「ボディガ
「なるほど」晋太郎は軽く頷き、興味深そうに頬杖をついて続けた。「他に補足はあるか?」「お父さんはボディガードに情報を流させて、計画を変更したと見せかけるんだ。僕たちと旅行に行くはずが、急用で一人で出張することになった。そして何人かのボディガードをお父さんに成りすまさせ、大勢の護衛を連れて出発させる」子供たちの分析を聞いて、紀美子は呆然とその場に立ち尽くした。彼女は茫然と晋太郎を見つめ、答えを待った。「隆久について行かせるのを許可したのは正解だったようだ」晋太郎が言った。「じゃあ、子供たちの分析は当たったの?」紀美子は尋ねた。晋太郎は頷いた。「ああ。俺は奴のターゲットを混乱させた。護衛なしで堂々と出かけるなんて、バカでも手を出さない。だが、俺が一人で護衛を連れて出かけるなら、君がいない時が奴にとって最高のチャンスだ」「違うわ!」紀美子はすぐに反論した。「あの時だって、悟は大勢の護衛を連れて銃を撃ちながら追ってきたじゃない!今回私がいるいないで何が変わるの?私がいるからって彼が手柔らかにしてくれるとでも?忘れないで、彼は龍介さんに爆弾を仕掛けて、こっそり私の会社に置いていたのよ!」「要するに、奴は龍介を殺すつもりはなかった」晋太郎は説明した。「君の会社を破壊したり、社員を傷つけるつもりもなかった」「どういう意味?」紀美子は呆然とした。「爆弾は偽物だった」晋太郎は話を続けた。「奴が本当に俺たちを殺す気なら、あの夜の船上で、君を一人で残しておけば良かった。俺が到着した時に爆弾を爆発させれば、奴にとって最も手っ取り早い選択だったはず」「じゃあ、その後の追撃は何だったの?」紀美子は驚愕して尋ねた。「あれは単に俺たちの注意をそらすための手法だ。人間は危険に晒されると、他のことに気を回せなくなる」紀美子はまだ混乱しており、悟が自分のために手を出さなかったなんて納得できなかった。紀美子の表情を見て、晋太郎は彼女がまだ理解していないのが分かった。そして彼は再び説明を始めた。「その件を遡ると、実は俺が奴を会社から追い出した時点に起因する。奴は俺が対抗措置を取ることを理解し、潤ヶ丘がどんな場所で、どんな強力なネットワークがあるかも把握してい
「悟が育てているのは、昔で言えば雇い主のためなら命をも捨てられる兵士だね」念江は真剣な口調で言った。「その通りだ」晋太郎は頷いた。佑樹は話を続けた。「つまり、お母さんがいる場所では悟は手を出さず、いない時は父さんを狙ってくる。だから、僕たちは今安全だけど、ボディガードたちは危険にさらされることになる」「俺のボディガードもただの飯食いじゃない」晋太郎は言った。「それに、出発させたのはボディガードだけじゃない。都江宴ホテルの従業員も何人か同行させている」「従業員?」佑樹と念江は不思議そうに尋ねた。「都江宴ホテルの従業員は全員殺し屋なのよ」紀美子は龍介から聞いた話を子供たちに説明した。しかし、二人はそれほど驚かなかった。前に隆久と話した時、晋太郎が「隆久は殺し屋並みの訓練をさせる」と言っていた。そして、隆久が否定しなかったことが何よりの証拠だった。都江宴ホテルの従業員が全員殺し屋だというのもあり得なくなかった。我に返った紀美子は、子供たちの知能がすでに自分の想像をはるかに超えていることに気づいた。こんなに優れた遺伝子を、自分の未練で引き止めていたら、彼らの人生を台無しにするところだった。――別荘。悟はボディガードから晋太郎側の情報を聞くと、上着を手に外へ歩き出した。「情報は確かか?」悟は再確認した。「はい、今の状況から分析すると、今朝の情報は彼が意図的に流したダミーかと」ボディガードが急いで後を追った。「奴は自惚れているのか、それとも俺をこれまでの相手と同じレベルだと見くびっているのか」悟は笑った。「社長の知略には誰も及びません」車に乗り込むと、ボディガードが言った。「おだてるな」悟の目つきは寒気を帯びた。「今すぐ晋太郎を始末しなければならない。紀美子の方はどうなっている?」「手配の者から、都江宴ホテルの前で晋太郎を見送っていたとの報告がありました。社長、途中で始末しましょうか?」「油断は禁物だ。晋太郎の手下もただ者じゃない。もう少し時機を待て」悟は注意した。「承知しました。すぐに連絡します」――1時間後、うとうとしていた紀美子は晋太郎の携帯の着信音で目が覚めた。彼女は子供たちの様子を確認してから、晋太
二人は紀美子と佳世子の後ろに歩み寄ったが、彼女たちは後ろに二人の男が立っていることに気づかなかった。佳世子は相変わらず紀美子をからかっていた。「ねえ紀美子、知ってる?鼻が高い男はあの方面も強いらしいわよ!龍介の鼻がすごく高いじゃない!」晋太郎の黒い瞳が紀美子を鋭く見つめた。「そう?」紀美子は考え込みながら言った。「でも晋太郎の鼻も高いわよ」「じゃあサイズはどうなの!?」佳世子は悪戯っぽく追及した。紀美子は困った様子で言葉に詰まった。「私……知らないわ……」晋太郎の表情が目に見えて暗くなった。傍らで晴は必死に笑いをこらえていた。なんと、紀美子は知らないだって!サイズが気に入らないから答えたくないのか!?晴の笑いを含んだ顔に気付いた晋太郎は、歯を食いしばりながら睨みつけた。「晴なんてたった数秒で終わるよ、チッ……」佳世子がぽろりと漏らした。ふと、晴の笑顔が凍りついた。彼は目を見開いて佳世子を見つめ、言い訳しようとした。晋太郎の鼻から微かな嘲笑の息が聞こえ、晴の言葉は途切れた。仕方なく、晴は喉元まで上がってきた言葉を飲み込んだ。何も気づかない佳世子は調子に乗って続けた「紀美子、やっぱり晋太郎がダメなら龍介を試してみなよ!人生、性的な幸せのために一人の男に縛られる必要ないわよ!」紀美子はもうこの話を続けたくなかったので、適当にうなずいた。しかし、その仕草が晋太郎の目には、自分の欲求を満たすために龍介を選ぶつもりだと映った。……そうか。ならばそれでよい!晋太郎は顔を引き締め、無言でその場を離れた。晴も腹を立てながら後を追い、テントへ戻った。バーベキュー中でさえ、晴は怒りを晴らすように鶏の手羽先を串で激しく刺し続けていた。紀美子と佳世子がテントに戻ってきた時、明らかに空気が張り詰めていることに気付いた。二人の男がほぼ同時に彼女たちを睨みつけ、怒りを露わにしていた。ただ、彼女たちにはなぜだかわからなかった。佳世子は仕方なく、隅に座っている子供たちに視線を落とした。彼女は紀美子を引き寄せて一緒に串焼きを食べながら、念江に尋ねた。「念江、彼らはどうしたの?」佳世子は肉を噛みながら聞いた。佳世子は佑樹が本当のことを言わず、逆にからかって
念江は眉をひそめた。「佑樹、そんな言い方はよくないよ。君の方が僕よりゆみを甘やかしてるじゃないか」佑樹は鼻で笑った。「僕が?ありえない。あいつは甘やかしていい子じゃない。調子に乗るだけだ」念江は静かに佑樹を見つめた。ゆみの話になると、彼の目元には明らかに笑みと寵愛が浮かんでいた。それでも甘やかしてないと言うのか?佑樹は本当に素直じゃないな……視線をそらすと、念江はゆっくりとしゃがみ込み、手を小川に差し入れて小石を拾い上げていた。「佑樹、いつゆみに僕たちが離れることを話すつもり?」魚を捕まえていた佑樹の手がふと止まり、唇をきゅっと結んだ。「話すつもりはない」「黙って行ったら彼女は怒るよ」念江が諭すように言った。「怒ればいいさ」佑樹は立ち上がり、後ろの大きな岩に座って重々しく言った。「ママとパパが説明してくれるから」「ゆみの性格は君も知ってるだろう。普段はうるさいくらいに騒いでるけど、本当は根に持たない子だ。でも本当に怒らせたら……君もよくわかってるはずだよ。彼女の気性はママにそっくりで、簡単には許してくれない」佑樹の整った眉間にいらだちが浮かんだ。決めかねた彼は、念江の背中に向かって尋ねた。「どうすればいいと思う?」念江は長い間黙っていたが、佑樹が待ちきれなくなりそうな瞬間、ようやく立ち上がった。「隠すより正直に話した方がいいと思う」振り向きながら念江は言った。「佑樹、ゆみは素直な子だ。行くなら行くとはっきり言う彼女に、僕たちも同じように接するべきじゃないかな」佑樹は拳を握りしめた。「あいつ、泣き叫ぶぞ」念江はほほえんだ。「やっぱりゆみのことが心配なんだ」佑樹はむっつりと顔を背けた。「そのメッセージはお前が送れ。僕は嫌だ。あいつを泣かせるならお前がやれ!」「分かった」念江はその役目を引き受けることにした。なぜなら、自分は彼らよりも先にこの世界に来たのだから。兄としての責任を果たすのは当然のことだ。二人は靴下を履くと、テントの傍らへ向かった。丁度その時、晴がバーベキューの串焼きを焼き上げたところで、子供たちを見つけると声をかけた。「お皿を持ってきなさい、食べるぞ!」佑樹は皿を持ってきて晴が焼いた串を取り分けた。晴は佑
紀美子は頷き、少し遠くにいる晴をちらっと見てから言った。「そういえば、晴の体調は今どうなっているの?」佳世子は顎を支えながら、晴の方を見て答えた。「毎週私が無理やり検査に行かせてるけど、これまで一度も何も問題が見つかったことはないわ」「彼はあなたと……」「したわよ」佳世子は言った。「先生にこの状況を聞いたの。エイズには潜伏期間があるし、血液感染の確率は最大0.5%、性行為での女性から男性への感染率も低いって」「じゃあ、晴は感染しない可能性もあるの?」紀美子は驚いたように尋ねた。佳世子はうなずき、少し憂鬱そうな声で言った。「先生によると、女性の方が感染しやすく、私がこんなに早く症状が出たのは体質の問題らしいわ」「じゃあ、子供のことは考えているの?」紀美子はさらに尋ねた。佳世子は自嘲気味に笑った。「決めてるの。子供は作らないって。子供に辛い思いをさせたくないから」そう言うと、佳世子は眉を上げて紀美子をからかった。「ねえ、紀美子がもう一人産んで、私と晴に譲ってくれない?」紀美子は顔を赤らめた。「私を豚だと思ってるの?子供ってそう簡単に産めるものじゃないわよ」そう言いながら、紀美子は帝王のような風格を漂わせて座る晋太郎をちらりと盗み見た。「晋太郎が記憶を取り戻したら、試してみなよ!」佳世子が言った。「でもまあ、本当に譲ってくれるの?」紀美子はためらわずに答えた。「佳世子、私たちの仲じゃない。もしまた妊娠したら、あなたに譲るわ」佳世子は悪戯っぽく笑いながら紀美子の腕を軽く突いた。「そういえば、紀美子、最近ずっと晋太郎と……そういうことを考えてるんじゃない?」紀美子は慌てて距離を取った。「そんな考え方はやめてよ!今は同じベッドで寝てたって、そんな気は全然ないわ!」「えっ!?」佳世子は驚きの声を上げた。「一緒に寝てるのに何もしてないの!?」紀美子は慌てて晋太郎の方を確認した。幸い、彼らには聞こえていないようだった。紀美子は佳世子の袖を引っ張りながら囁いた。「そんな大声で言わないでよ」佳世子は声を潜めて言った。「紀美子、そんな状況で子供の話なんてしてる場合じゃないわよ!私は本気で思ってるんだけど、晋太郎ってもしかして……ダメになった
その言葉を聞いた佑樹と念江は、突然顔を上げて晋太郎を見つめた。二人は何の打ち合わせもなく、同時に同じ言葉を口にした。「僕らが決めたことだ。だから必ず最後までやり遂げる!」その場にいた全員は、二人の子供たちの顔に現れたと決意を見て、心の中で感嘆した。さすがは晋太郎の息子たちだ。まさに父の血を濃く受け継いでいる……昼食後、数人は少し休憩を取った。午後2時ごろ、彼らは民宿を出て、近くの森の小川キャンプ場に向かった。この場所は紀美子が選んだもので、バーベキュー台なども紀美子が事前にオーナーに予約していた。清らかな小川の近くで、スタッフがバーベキューの台をセットし、食材を運んできてくれた。スタッフが焼き手として手伝おうとしたのを見て、晴は前に出て言った。「ここは任せて!君は他の客の相手でもしてきな」スタッフはうなずいて離れていき、佳世子はゆったりとした椅子に座り、晴に言った。「あなたって本当にじっとしてられないのね」「数人分の食事を他人任せにはできねえよ」晴は答えた。「火の通りが不十分だったらどうする?君の体調だと、食中毒なんて冗談じゃないだろ」その言葉を聞いた紀美子が佳世子の方へ視線を移した。彼女の頬が微かに引き攣った。どうやら晴の何気ない一言が、まだ彼女の癒えていない傷に触れたようだ。紀美子は周りを見渡し、すぐに立ち上がって言った。「佳世子、あっちで子供たちと水遊びをしよう」佳世子は少し遅れて反応した。「あ……うん、いいよ」そして二人は子供たちを連れて小川のほとりへ向かった。小川の水は穏やかで澄んでいて、子供たちは楽しそうに遊んでいたので、紀美子はあまり心配しなかった。彼女は川辺の平らな場所を見つけ、佳世子を座らせると、切り出した。「佳世子、ちょっと話したいことがある」佳世子は少し落ち着かない様子で笑いながら聞いた。「どうしたの?いきなり真顔になって」「あなたがまだ自分の病気を気にしているのは知ってる。でも、佳世子、あなたは普通の人と何も変わらないと思う」紀美子ははっきりとそう言った。佳世子は目を伏せた。「紀美子、慰めようとしてくれてるのはわかるけど、自分でなんとかするから大丈夫よ」紀美子は首を振った。「あなたは見た目には楽しそうにしてい
「僕の言う通りだろ?あんたたちこそ、勝手にこっそりと付いてきたんじゃない」「おばさんが来るのを嫌がってるの?」「別に嫌だなんて一言も言ってない」佑樹は面白そうに跳ね回る佳世子を見て言った。「佑樹くん、佳世子さん、喧嘩はやめよう……」念江が困って仲裁に入った。念江の言葉に感動され、佳世子は心が温まったが、すぐにまたカッとなった。「佑樹、念江くんを見習いなさい!なんてひどい言い草なの!」「もうすぐこんな言葉も聞けなくなるんだよ」佑樹は面倒くさそうな表情をした。その話になると、佳世子は言葉に詰まった。「あんたたち……外に出てもちゃんと連絡を寄越してね」「それは僕たちが決められることじゃない」念江は重苦しそうに紀美子を見た。「お母さん、前もって言っておかなきゃいけないことがある」「どういうこと?」紀美子は不思議そうに尋ねた。「先生から、しばらくはお母さんと直接連絡を取れないけど、先生を通して状況は知らせると言われた」「どうしてそんなことするの?」紀美子は焦って聞き返した。「修行しに行くんでしょ?パソコンも持ってるるのに、なぜ連絡できないの?」ちょうどその時、晋太郎が紀美子のそばに来て、会話を聞きながら説明した。「彼らは隆久に付いていくが、技術を学ぶためではなく、ある島に送られる」紀美子は驚いて彼を見た。「詳しくは部屋の中で話そう」10分後、一行は部屋に集まった。紀美子は焦りながら晋太郎の説明を待ち、佳世子と晴も驚いた表情で彼を見つめた。「島というのは、隆久が殺し屋を育てるために買い取ったものだ。ほとんど知られていない島で、外部との連絡は完全に断たれている」「もし情報が漏れると、島にいる者たちに大きな危険が及ぶ。隆久を狙う勢力も少なくない」「彼たちがまだ6歳なのに、そんな場所に送るの?隆久さんと相談して、もう少し段階を踏めないの?」晋太郎は彼女を見た。「島に入る連中がどんな年齢だと思う?」「少なくとも10代後半か20代じゃない?」佳世子が口を挟んだ。「おそらく佑樹や念江と同じ年齢だろう。殺し屋という稼業は、大抵幼少期から訓練を受ける」晴は眉をひそめた。「ああ、彼らの黄金期は20代から30代だ。30を超えると身体能力が大幅に低下する
子供たちが安心して眠れるよう、車内の照明は薄暗いナイトライトのみが残されていた。淡い光に照らされ、紀美子の憂いを帯びた澄んだ瞳が晋太郎の目に映り込んだ。最近の出来事で少し痩せた彼女の顔を見て、晋太郎の胸に痛みが走った。無意識に手を動かし、紀美子の頬に触れてしまった。その温もりを感じた瞬間、我に返った晋太郎は慌てて手を引こうとした。紀美子は素早く両手で彼の手を捕まえた。「晋太郎、あんた…もしかして……」彼女の目には驚きが浮かんでいた。「顔に着いてたゴミを拭いただけだ、何を考えてるんだ?」晋太郎はいつもの表情に戻ったが、紀美子の顔は見る見る赤くなった。「別に…何も考えてないわ」彼女は慌てて晋太郎の手を離した。そして、紀美子はきまり悪そうに視線をそらした。先ほどの彼の挙動を見て、彼女はてっきり晋太郎は記憶が戻ったと思った。紀美子はナイトライトの方を見つめた。もしかしたらこの光のせいで、錯覚したのかもしれない。「早く休め。着くまでまだ時間がかかる」晋太郎が言った。「少しでいいから、状況を教えて。でないと安心して休めないわ」紀美子は目を伏せた。「同じルートではない。俺は別件で出かけることにしてるから、同じルートで行くと疑われる」しつこく聞く彼女に、晋太郎は答えた。これで、紀美子は自分らが安全圏内にいることが確信できた。「あんたも少し休んで。私は子供たちを見てくるわ」彼女は安堵の息をつき、立ち上がった。「ああ」翌朝8時。紀美子たちが民宿に着いた途端、佳世子から電話がかかってきた。「紀美子、もう着いた?」佳世子は尋ねた。「ええ、ここ、空気がとてもきれいで気持ちいいわ」紀美子は周りの山々を見回しながら答えた。「私もそう思う!」佳世子はクスっと笑った。「どうして電話越しにここの空気がわかるのよ?」紀美子は笑いながら尋ねた。すると、紀美子の背後から佳世子が忍び寄り、笑いをこらえながら横に立った。「だって私の鼻は敏感だもの」「佳世子、あんたどうして……」突然現れた佳世子に、紀美子は驚いた。「どうして私も来たのかって?」佳世子は大笑いしながら電話を切った。「晴が晋太郎を説き伏せて、場所を教えもらったわ」紀美子が横
「悟が育てているのは、昔で言えば雇い主のためなら命をも捨てられる兵士だね」念江は真剣な口調で言った。「その通りだ」晋太郎は頷いた。佑樹は話を続けた。「つまり、お母さんがいる場所では悟は手を出さず、いない時は父さんを狙ってくる。だから、僕たちは今安全だけど、ボディガードたちは危険にさらされることになる」「俺のボディガードもただの飯食いじゃない」晋太郎は言った。「それに、出発させたのはボディガードだけじゃない。都江宴ホテルの従業員も何人か同行させている」「従業員?」佑樹と念江は不思議そうに尋ねた。「都江宴ホテルの従業員は全員殺し屋なのよ」紀美子は龍介から聞いた話を子供たちに説明した。しかし、二人はそれほど驚かなかった。前に隆久と話した時、晋太郎が「隆久は殺し屋並みの訓練をさせる」と言っていた。そして、隆久が否定しなかったことが何よりの証拠だった。都江宴ホテルの従業員が全員殺し屋だというのもあり得なくなかった。我に返った紀美子は、子供たちの知能がすでに自分の想像をはるかに超えていることに気づいた。こんなに優れた遺伝子を、自分の未練で引き止めていたら、彼らの人生を台無しにするところだった。――別荘。悟はボディガードから晋太郎側の情報を聞くと、上着を手に外へ歩き出した。「情報は確かか?」悟は再確認した。「はい、今の状況から分析すると、今朝の情報は彼が意図的に流したダミーかと」ボディガードが急いで後を追った。「奴は自惚れているのか、それとも俺をこれまでの相手と同じレベルだと見くびっているのか」悟は笑った。「社長の知略には誰も及びません」車に乗り込むと、ボディガードが言った。「おだてるな」悟の目つきは寒気を帯びた。「今すぐ晋太郎を始末しなければならない。紀美子の方はどうなっている?」「手配の者から、都江宴ホテルの前で晋太郎を見送っていたとの報告がありました。社長、途中で始末しましょうか?」「油断は禁物だ。晋太郎の手下もただ者じゃない。もう少し時機を待て」悟は注意した。「承知しました。すぐに連絡します」――1時間後、うとうとしていた紀美子は晋太郎の携帯の着信音で目が覚めた。彼女は子供たちの様子を確認してから、晋太
「なるほど」晋太郎は軽く頷き、興味深そうに頬杖をついて続けた。「他に補足はあるか?」「お父さんはボディガードに情報を流させて、計画を変更したと見せかけるんだ。僕たちと旅行に行くはずが、急用で一人で出張することになった。そして何人かのボディガードをお父さんに成りすまさせ、大勢の護衛を連れて出発させる」子供たちの分析を聞いて、紀美子は呆然とその場に立ち尽くした。彼女は茫然と晋太郎を見つめ、答えを待った。「隆久について行かせるのを許可したのは正解だったようだ」晋太郎が言った。「じゃあ、子供たちの分析は当たったの?」紀美子は尋ねた。晋太郎は頷いた。「ああ。俺は奴のターゲットを混乱させた。護衛なしで堂々と出かけるなんて、バカでも手を出さない。だが、俺が一人で護衛を連れて出かけるなら、君がいない時が奴にとって最高のチャンスだ」「違うわ!」紀美子はすぐに反論した。「あの時だって、悟は大勢の護衛を連れて銃を撃ちながら追ってきたじゃない!今回私がいるいないで何が変わるの?私がいるからって彼が手柔らかにしてくれるとでも?忘れないで、彼は龍介さんに爆弾を仕掛けて、こっそり私の会社に置いていたのよ!」「要するに、奴は龍介を殺すつもりはなかった」晋太郎は説明した。「君の会社を破壊したり、社員を傷つけるつもりもなかった」「どういう意味?」紀美子は呆然とした。「爆弾は偽物だった」晋太郎は話を続けた。「奴が本当に俺たちを殺す気なら、あの夜の船上で、君を一人で残しておけば良かった。俺が到着した時に爆弾を爆発させれば、奴にとって最も手っ取り早い選択だったはず」「じゃあ、その後の追撃は何だったの?」紀美子は驚愕して尋ねた。「あれは単に俺たちの注意をそらすための手法だ。人間は危険に晒されると、他のことに気を回せなくなる」紀美子はまだ混乱しており、悟が自分のために手を出さなかったなんて納得できなかった。紀美子の表情を見て、晋太郎は彼女がまだ理解していないのが分かった。そして彼は再び説明を始めた。「その件を遡ると、実は俺が奴を会社から追い出した時点に起因する。奴は俺が対抗措置を取ることを理解し、潤ヶ丘がどんな場所で、どんな強力なネットワークがあるかも把握してい
悟の計画は、晋太郎の帰還により砂のように崩れた。退路を考えていなかったことが、今の窮地を招いた。だが、彼はその状況をいつまでも続けさせるつもりは無かった。そう考えながら、悟は再び紀美子の資料を手に取った。子供たちを除くと、晋太郎の弱点は紀美子だけだった。……夜。晋太郎は紀美子と子供たち、運転手だけを連れ、都江宴ホテルを出発した。「ボディガードは本当に連れていかないの?」紀美子は周囲を見回して尋ねた。「後ろに大勢ついて回らないと護衛にならないのか?」晋太郎はシートベルトを調整しながら言った。紀美子はしばらく考えて、ボディガードたちはおそらく密かについてきているのだと理解した。だが普段なら派手に車列を組んでいたはずでは?いつもと違うのは、何か目的があるから?幾つかの疑問を抱えていたが、紀美子はそれ以上聞かなかった。代わりに、子供たちと一緒に晋太郎が用意したレゴで遊んだ。道中、紀美子は子供たちと遊びながらも、晋太郎に注意を向けていた。晋太郎は終始真剣な表情で何かのメッセージを返していた。誰かが話しかけない限り、彼は一言も発しなかった。「お母さん、お父さんは仕事で忙しいの?それともあの人の件?」念江もその状況に気づいて母に尋ねた。「お母さんもわからないわ」紀美子は首を振って答えた。「一緒に遊びに行くって言ったのに、一人で忙しそうにしてるなんて」佑樹は唇を尖らせた。「佑樹、急な旅行だったから、お父さんは処理しないといけない仕事が沢山あるのよ」佑樹の不満を察し、紀美子は慌てて説明した。「人のことを話すなら、聞こえないようにしたらどうだ?」突然、晋太郎の声が会話を遮った。紀美子は顔を赤らめた。確かに声を潜めていなかった。「用事を片付けていたが、もう終わった」晋太郎は携帯を置き、姿勢を正した。「他にも何かやってたんでしょ?」佑樹が容赦なく聞いた。 母の言い分はわかるが、ボディガードを連れていないのは不自然だ。今朝も襲われたし、普段ならもっと多くの護衛をつけるはずだが、後ろに誰もいないなんてあり得ない。高速で何かあったら、ボディガードはすぐに駆けつけられるのか?「何をしていたと思う?」晋太郎は佑樹を見て尋ねた。「ボディガ