おばあさんはぶつくさと呟いた。「辰巳か、三番目の奏汰(かなた)にしようかしら?」理仁はそれには何も言わなかった。余計な口を挟んで、他の弟たちから彼のせいにされるのを避けるためにだ。「やっぱり、あなたの次に大きい辰巳にしましょう。辰巳には誰がお似合いかしらね?」この時、理仁はやはり何も言わなかった。そもそも彼自身には知り合いの若い女性など、無に等しい。このことを理仁に任せたら、辰巳が一生結婚できないのと同義だろう。おばあさんも理仁に誰かを紹介してもらおうとは、これっぽっちも期待などしていない。「入りなさいよ」理仁は首を傾げておばあさんのほうを見て、その顔にクエスチョンマークを浮かべていた。おばあさんはやきもきした様子で「あなたもうすぐ出張に行くんでしょうもん、中に入って唯花さんとちょっとお話でもしないの?」と尋ねた。何をするにも彼女が彼に教えてやらないといけないとは。まったく、当時この孫を育てる時には何でも教えてあげたというのに。ただ誰かを愛する方法だけは教えていなかった。その結果、この家の男どもはみんな女心が理解できず、どうやって女性のご機嫌取りをすればいいのかもわからない人間に育ってしまった。おばあさんは、誰かを愛するのは人としての本能みたいなものだから、教える必要などないと考えていたのだった。おばあさんは楽天的に考えすぎていたのだ。理仁は少し黙ってから、どもりながら言った。「彼女が荷造りをしながら楽しそうに鼻歌を歌っているのが見えないのか?」おばあさん「……」唯花は荷物をまとめ終わった後、理仁が日常生活に必要な物が全部揃っているかをもう一度確認してからスーツケースを閉めた。そして、携帯を取り出してそのまとめあげた荷物の写真を撮った。そして、携帯をまたポケットになおして、スーツケースを引っ張って持って行こうとした時、数歩歩いてから部屋の入り口に理仁とおばあさんが立っているのに気がついた。「おばあちゃん」唯花は笑っておばあさんにそう声をかけてから、スーツケースを引っ張って彼らのもとへとやって来た。「理仁さんが出張するから、荷物をまとめてあげていたの」孫の嫁が孫に対してとても優しく気配りをしてくれて、おばあさんは心のうちはとても喜んでいたが「次はこの子に自分で用意させていいわよ。お腹が空いたで
朝食を終えると、理仁はまた唯花の携帯に百万円送金した。唯花は彼がお金を送ってきたのを見て言った。「別に必要ないよ」彼が彼女に渡していた家庭内の出費用のカードが空になったことは一度もなかった。「俺が出張で家にいないし、いつ帰るかもまだはっきりわかっていないんだ。もうすぐ年越しだし、その準備にもお金がいるだろうから、これくらい送っておけばその準備に問題ないだろう?適当に使ってくれ」お金を送る理由としては彼が言った言葉は十分だった。「年末の28日に、俺の実家に帰って年越ししよう。うちは親戚が多いからたくさん正月の贈り物を用意しないといけないんだ。ばあちゃんに何を買っておいたらいいか聞いてみてくれ、時間がある時に買っておいたほうがいいよ。さっき送った百万で足りないなら、俺に言って。また送金するから」彼がこう言うので、唯花は彼からもらった百万をおとなしく受け取るしかなかった。結婚してからかなり時間が経っていて、彼がはじめて彼女を実家に連れて行く話をしてきた。以前、お互いの家族が顔合わせをする時に、彼は両親とおじ、おば達も来るように伝えていた。おばあさんはそれを聞いて瞳をキラキラと輝かせたが、何も言わずにただニコニコと微笑んでいた。唯花がベランダの花に水をやりに行っている時、おばあさんはシロを抱きかかえて孫の傍に腰をおろし、小声で彼に尋ねた。「年越しに唯花さんを連れて帰るって、どの家にするの?」理仁の実家である結城家の邸宅か、それとも適当にどこかに部屋を見つけてそこでごまかすのか?「ばあちゃん、うちのご先祖さんが残してくれたほうの実家は片付ければ住めるか?」それを聞いておばあさんはニヤリと笑った。「片付ければ住めるわよ」今、結城家の邸宅はおばあさん夫婦が建てたもので、ある山の上にある家なのだ。そこを琴ヶ丘邸と名付けている。そして結城家の先祖たちが残してくれた邸宅こそが結城家の本当の実家であるのだ。その邸宅は古色蒼然としていて、時代を感じさせる趣ある邸宅だ。そこは琴ヶ丘邸からそこまで遠くなく、車で十分ほどの距離だ。毎年の正月には、おばあさんは子供や孫たちを連れてこの家に行き、先祖たちに新年の挨拶をするのが習わしだった。「今年の正月は、あの家で数日過ごそう」先祖代々続く家のほうが造詣が深い。ただそこは琴ヶ丘邸よ
顔をあげて彼を暫く見つめ、唯花は仕方なく彼の首に手を回し、自分のほうへ引き寄せて甘いキスを彼に捧げた。理仁は妻のほうからキスをしてもらい、上機嫌になって、片手でスーツケースを引き、もう片方の手で唯花の手を繋いで一緒に家を出ていった。おばあさんは一階でこの二人を待っていた。その時、おばあさんと一緒にいて話をしていたのは七瀬だった。唯月の引っ越しを手伝った時、唯花は七瀬も手伝いに来てくれたことに気づき、彼はきちんと報酬がもらえれば、どんな仕事でも請け負うと言っていた。そして、また唯花に会った時、七瀬はもうわたわたと焦ることはなかった。正当な理由をようやく見つけて堂々とできるという感じだ。「結城さん、内海さん、おはようございます」七瀬のほうから挨拶をしてきた。唯花はそれに微笑んで、ついでに「お名前は?あの日、すっかり名刺をいただくのを忘れていました」と言った。七瀬はその時、素早く主人である理仁のほうをちらりと確認し、彼の表情が変わらないのを見て何も恐れることなく彼女に答えた。「私は七瀬と申します」そして、ポケットから一枚の紙を取り出して唯花に渡し、申し訳なさそうに言った。「家に帰って名刺がもう切れていることに気づいたんです。まだ印刷しに行っていないので、携帯番号を紙に書いておきました」唯花は彼の電話番号が書かれた紙を受け取り、自分の横にいる夫に言った。「七瀬さんがどんな仕事でも受けてくれるらしいわ。今後自分でできないことは七瀬さんにお願いしようと思って」こう言って理仁がまたヤキモチを焼き始めるのを阻止しようとしたのだ。理仁は低い声で言った。「七瀬さんはとても頼りになるからね。何か力仕事があれば、彼に頼むといい」七瀬は素直に笑った。「はい、その通りです。きちんとお金をいただければ、どんな仕事だっていたしますよ。ところで、結城さん、出張ですか?」理仁は「ええ」とひとこと言った。「では、私はこれで」七瀬は夫婦二人に挨拶をしてからおばあさんに手を振り、自然にその場を離れた。今回、若旦那様は出張に半分のボディーガードしか連れて行かない。その中に七瀬は含まれておらず、ここに残って若奥様の護衛をするのだった。自分の主人の出張について行けないことを七瀬は少しも残念には思っていなかった。なぜなら、女主人にゴマすりで
十月の東京は残暑でまだ汗ばむほど暑く、朝夕だけ秋の気配があり涼しさを感じられた。 内海唯花は朝早く起きると姉家族三人に朝食を作り、戸籍謄本を持ってこっそりと家を出た。 「今日から俺たちは生活費にしろ、家や車のローンにしろ、全部半々で負担することにしよう。出費の全部だからな!お前の妹は俺たちの家に住んでるんだから、彼女にも半分出させろよ。一ヵ月四万なんて雀の涙程度の金じゃ、タダで住んで飲み食いしてるのと同じじゃないか」 これは昨夜姉と義兄が喧嘩している時に、内海唯花が聞こえた義兄の放った言葉だった。 彼女は、姉の家から出ていかなければならなかった。 しかし、姉を安心させるためには結婚するのがただ一つの方法だった。 短期間で結婚しようとしても、男友達すらいない彼女は結城おばあさんの申し出に応えることにした。彼女がなんとなく助けたおばあさんが、なかなか結婚できない自分の孫の結城理仁と結婚してほしいと言ってきたのだった。 二十分後、内海唯花は役所の前で車を降りた。 「内海唯花さん」 車から降りるとすぐ、内海唯花は聞きなれた声が自分を呼ぶのが聞こえた。結城おばあさんだ。 「結城おばあさん」 内海唯花は速足で近づいていき、結城おばあさんのすぐ横に立っている背の高い冷たい雰囲気の男の姿が目に入った。おそらく彼が結婚相手である結城理仁なのだろう。 もっと近づき、内海唯花が結城理仁をよく見てみると、思わず驚いてしまった。 結城おばあさんが言うには孫の結城理仁は、もう三十歳なのに、彼女すら作らないから心配しているらしかった。 だから内海唯花は彼がとても不細工な人なのだと勝手に思い込んでいたのだ。 しかも、聞いたところによると、彼はある大企業の幹部役員で、高給取りらしいのだ。 この時初めて彼に会って、自分が誤解していたことに気づいた。 結城理仁は少し冷たい印象を人に与えたが、とてもハンサムだった。結城おばあさんのそばに立ち、浮かない顔をしていたが、それがかえってクールに見えて、人を近づけない雰囲気を醸し出していた。 目線を少しずらしてみると、近くに駐車してある黒い車はホンダの車で、決して何百万もするような高級車ではなかった。それが内海唯花に結城理仁との距離を近づけされてくれた。 彼女は同級生の友人と一緒に公立星城
「もう決めたことですから、後悔なんてしませんよ」 内海唯花も何日も悩んだうえで決断した。一度決めたからには決して後悔などしないのだ。 結城理仁は彼女のその言葉を聞くと、もう何も言わずに自分が用意してきた書類を出して役所の職員の前に置いた。 内海唯花も同じようにした。 こうして二人は迅速に結婚の手続きを終えた。それは十分にも満たない短い時間だった。 内海唯花が結婚の証明書類を受け取った後、結城理仁はズボンのポケットから準備していた鍵を取り出し唯花に手渡して言った。「俺の家はトキワ・フラワーガーデンにある。祖母から君は星城高校の前に書店を開いていると聞いた。俺の家は君の店からそんなに遠くない。バスで十分ほどで着くだろう」 「車の免許を持っているか?持っているなら車を買おう。頭金は俺が出すから、君は毎月ローンを返せばいい。車があれば通勤に便利だろうからな」 「俺は仕事が忙しい。毎日朝早く夜は遅い。出張に行くこともある。君は自分の事は自分でやってくれ、俺のことは気にしなくていい。必要な金は毎月十日の給料日に君に送金するよ」 「それから、面倒事を避けるために、今は結婚したことは誰にも言わないでくれ」 結城理仁は会社で下に命令するのが習慣になっているのだろう。内海唯花の返事を待たず一連の言葉を吐き捨てていった。 内海唯花は姉が自分のために義兄と喧嘩するのをこれ以上見たくないため喜んでスピード結婚を受け入れた。姉を安心させるために彼女は結婚して姉の家から引っ越す必要があったのだ。これからはルームメイトのような関係でこの男と一緒に過ごすだけでいいのだ。 結城理仁が自分から家の鍵を差し出したので、彼女も遠慮なくそれを受け取った。 「車の免許は持ってますけど、今は車を買う必要はないです。毎日電動バイクで通勤していますし、最近新しいバッテリーに交換したばかりです。乗らないともったいないでしょう」 「あの、結城さん、私たち出費の半分を私も負担する必要がありますか?」 姉夫婦とは情がある関係といえども、義兄は出費の半分を出すように要求してきた。いつも姉のほうが苦労していないのに得をしていると思っているのだろう。 子供の世話をし、買い物に行ってご飯を作り、掃除をするのにどれほど時間がかかるか知りもしないだろう。自分でやったことのない男
「おばあちゃん、頼りにしてるよ」 内海唯花は適当に答えた。 結城理仁は血の繋がった孫で、彼女はただの義理の孫娘だ。結城おばあさんがいくら良い人だといっても、夫婦間で喧嘩した時に結城家が彼女の味方になるだろうか。 内海唯花は絶対に信じなかった。 例えば彼女の姉の義父母を例に挙げればわかりやすい。 結婚前、姉の義父母は姉にとても親切で、彼らの娘も嫉妬してしまうほどだった。 しかし、結婚したとたん豹変したのだ。毎回姉夫婦間でいざこざがあった時、姉の義母は決まって姉を妻としての役目を果たしていないと責めていた。 つまり、自分の息子は永遠に内の者で、嫁は永遠に外の者なのだ。 「仕事に行くのでしょうから、おばあちゃんは邪魔しないことにするわね。今夜理仁くんにあなたを迎えに行かせるわ。一緒に晩ご飯を食べましょう」 「おばあちゃん、うちの店は夜遅くに閉店するの。たぶん夜ご飯を食べに行くのはちょっと都合が悪いわ。週末はどうかな?」 週末は学校が休みだ。本屋というのは学校があるからこそやっていけるもので、休みになると全く商売にならなくなる。店を開ける必要がなくなって彼女はようやく時間がとれるのだ。 「それもいいわね」 結城おばあさんは優しく言った。「じゃあ、週末にまたね。いってらっしゃい」 おばあさんは自分から電話を終わらせた。 内海唯花は今すぐ店に行くのではなく、先に親友の牧野明凛にメッセージを送った。彼女は高校生たちが下校する前に店に戻るつもりだった。 人生の一大イベントを終え、彼女は姉に一言伝えてから引越しなければならなかった。 十数分が経った。 内海唯花は姉の家に戻ってきた。 義兄はすでに仕事に行って家にはおらず、姉がベランダで服を干していた。妹が帰ってきたのを見て、心配して尋ねた。「唯花ちゃん、なんでもう帰ってきたの?今日お店開けないの?」 「ちょっと用事があるから後で行くの、陽ちゃんは起きてないの?」 佐々木陽は内海唯花の二歳になったばかりの甥っ子で、まさにやんちゃな年頃だった。 「まだよ、陽が起きてたらこんなに静かなわけないでしょう」 内海唯花は姉が洗濯物を干すのを一緒に手伝い、昨晩の話になった。 「唯花ちゃん、あの人はあなたを追い出したいわけじゃないのよ。彼ストレスが大きいみたい
「お姉ちゃんもさっき言ったでしょ、あれは彼の結婚前の財産であって、私は一円も出していないのよ。不動産権利書に私の名前を加えるなんて無理な話よ。もう言わないでね」 手続きをして、結城理仁が家の鍵を渡してくれたおかげで、彼女はすぐにでも引越しできるのだ。住む場所の問題が解決しただけでも有難い話だ。 彼女は絶対に結城理仁に自分の名前を権利書に加えてほしいなんて言うつもりはなかった。彼がもし自分からそうすると言ってきたら、彼女はそれを断るつもりもなかった。夫婦である以上、一生覚悟を決めて過ごすのだから。 佐々木唯月もああ言ったものの、妹が自分で努力するタイプでお金に貪欲な人ではないことをわかっていた。それでこの問題に関してはもう悩まなかった。一通り姉の尋問が終わった後、内海唯花はやっと姉の家から引っ越すことに成功した。 姉は彼女をトキワ・ガーデンまで送ろうとしたが、ちょうど甥っ子の佐々木陽が目を覚まし泣いて母親を探した。 「お姉ちゃん、早く陽ちゃんの面倒を見てやって。私の荷物はそんなに多くないから、一人でも大丈夫よ」 佐々木唯月は子供にご飯を食べさせたら、昼ご飯の用意もしなくてはいけなかった。夫が昼休みに帰ってきて食事の用意ができていなかったら、彼女に家で何もしていない、食事の用意すらまともにできないと怒るのだ。 だからこう言うしかなかった。「じゃあ、気をつけて行ってね。昼ご飯あなたの旦那さんも一緒に食べに来る?」 「お姉ちゃん、昼は店に戻らなくちゃいけないから遠慮しとくね。夫は仕事が忙しいの、午後は出張に行くって言ってたし、もうちょっと経ってからまたお姉ちゃんに紹介するわね」 内海唯花はそう嘘をついた。 彼女は結城理仁のことを全く知らなかったが、結城おばあさんは彼が忙しいと言っていた。毎日朝早く出て夜遅くに帰ってくる。時には出張に行かなければならず、半月近く帰ってこないそうだ。彼女は彼がいつ時間があるかわからなかった。だから姉に約束したくてもできないのだ。適当に言って信用を裏切るようなことはしたくなかった。 「今日結婚手続きをしたばかりなのに、出張に行くの?」 佐々木唯月は妹の旦那が妹に優しくないのではと思った。 「ただ手続きしただけ、結婚式もあげてないのよ。彼が出張に行くのは仕方ないことよ。なるだけお金を稼いだほうがい
結城理仁は何事もなかったかのように言った。「会議を続けよう」 彼に一番近いところに座っているのは従弟で、結城家の二番目の坊ちゃんである結城辰巳だった。 結城辰巳は近寄ってきて小声で尋ねた。「兄さん、ばあちゃんが話してる内容が聞こえちゃったんだけどさ、兄さん本当に唯花とかいう人と結婚したのか?」 結城理仁は鋭い視線を彼に向けた。 結城辰巳は鼻をこすり、姿勢を正して座り直した。これ以上は聞けないと判断したようだった。 しかし、兄に対してこの上なく同情した。 彼ら結城家は政略結婚で地位を固める必要は全くないのだが、それにしても兄とその嫁は身分が違いすぎるのだ。ただおばあさんが気に入っているので、内海唯花という女性と結婚させられたのだから、兄が甚だ可哀想だ。 結城辰巳は再び強い同情心を兄に送ってやった。 彼自身は長男でなくてよかった。もし長男に生まれていたらそのおばあさんの命の恩人と結婚させられていただろう。 内海唯花はこの事について何も知らなかった。彼女は新居がどこにあるのかはっきりした後、荷物を持って家に到着した。 玄関のドアを開けて家に入ると、部屋が非常に広いことに気づいた。彼女の姉の家よりも大きく、内装もとても豪華なものだった。 荷物を下ろして内海唯花は家の中を見て回った。これはこれからは彼女のものでもあるのだ。 リビングが二つに部屋が四つ、キッチンと浴室トイレが二つ、ベランダも二箇所あった。そのどれもがとても広々とした空間で、内海唯花はこの家は少なくとも200平方メートル以上あるだろうと見積もった。 ただ家具は少なかった。リビングに大きなソファとテーブル、それからワインセラー。四つある部屋のうち二つだけにベッドとクローゼットが置いてあり、残り二つの部屋には何もなかった。 マスタールームはベッドルームとウォーキングクローゼットルーム、書斎、ユニットバスがそれぞれあるのだが、非常に広かった。リビングと張るくらいの広さだ。 この部屋は結城理仁の部屋だろう。 内海唯花はもう一つのベッドが置いてある部屋を選んだ。ベランダがあり、日当たり良好でマスタールームのすぐ隣にある。部屋が別々であれば、お互いにプライベートな空間を保つことができるだろう。 結婚したとはいえ、内海唯花は結城理仁に対して本物の夫婦関係を求め
顔をあげて彼を暫く見つめ、唯花は仕方なく彼の首に手を回し、自分のほうへ引き寄せて甘いキスを彼に捧げた。理仁は妻のほうからキスをしてもらい、上機嫌になって、片手でスーツケースを引き、もう片方の手で唯花の手を繋いで一緒に家を出ていった。おばあさんは一階でこの二人を待っていた。その時、おばあさんと一緒にいて話をしていたのは七瀬だった。唯月の引っ越しを手伝った時、唯花は七瀬も手伝いに来てくれたことに気づき、彼はきちんと報酬がもらえれば、どんな仕事でも請け負うと言っていた。そして、また唯花に会った時、七瀬はもうわたわたと焦ることはなかった。正当な理由をようやく見つけて堂々とできるという感じだ。「結城さん、内海さん、おはようございます」七瀬のほうから挨拶をしてきた。唯花はそれに微笑んで、ついでに「お名前は?あの日、すっかり名刺をいただくのを忘れていました」と言った。七瀬はその時、素早く主人である理仁のほうをちらりと確認し、彼の表情が変わらないのを見て何も恐れることなく彼女に答えた。「私は七瀬と申します」そして、ポケットから一枚の紙を取り出して唯花に渡し、申し訳なさそうに言った。「家に帰って名刺がもう切れていることに気づいたんです。まだ印刷しに行っていないので、携帯番号を紙に書いておきました」唯花は彼の電話番号が書かれた紙を受け取り、自分の横にいる夫に言った。「七瀬さんがどんな仕事でも受けてくれるらしいわ。今後自分でできないことは七瀬さんにお願いしようと思って」こう言って理仁がまたヤキモチを焼き始めるのを阻止しようとしたのだ。理仁は低い声で言った。「七瀬さんはとても頼りになるからね。何か力仕事があれば、彼に頼むといい」七瀬は素直に笑った。「はい、その通りです。きちんとお金をいただければ、どんな仕事だっていたしますよ。ところで、結城さん、出張ですか?」理仁は「ええ」とひとこと言った。「では、私はこれで」七瀬は夫婦二人に挨拶をしてからおばあさんに手を振り、自然にその場を離れた。今回、若旦那様は出張に半分のボディーガードしか連れて行かない。その中に七瀬は含まれておらず、ここに残って若奥様の護衛をするのだった。自分の主人の出張について行けないことを七瀬は少しも残念には思っていなかった。なぜなら、女主人にゴマすりで
朝食を終えると、理仁はまた唯花の携帯に百万円送金した。唯花は彼がお金を送ってきたのを見て言った。「別に必要ないよ」彼が彼女に渡していた家庭内の出費用のカードが空になったことは一度もなかった。「俺が出張で家にいないし、いつ帰るかもまだはっきりわかっていないんだ。もうすぐ年越しだし、その準備にもお金がいるだろうから、これくらい送っておけばその準備に問題ないだろう?適当に使ってくれ」お金を送る理由としては彼が言った言葉は十分だった。「年末の28日に、俺の実家に帰って年越ししよう。うちは親戚が多いからたくさん正月の贈り物を用意しないといけないんだ。ばあちゃんに何を買っておいたらいいか聞いてみてくれ、時間がある時に買っておいたほうがいいよ。さっき送った百万で足りないなら、俺に言って。また送金するから」彼がこう言うので、唯花は彼からもらった百万をおとなしく受け取るしかなかった。結婚してからかなり時間が経っていて、彼がはじめて彼女を実家に連れて行く話をしてきた。以前、お互いの家族が顔合わせをする時に、彼は両親とおじ、おば達も来るように伝えていた。おばあさんはそれを聞いて瞳をキラキラと輝かせたが、何も言わずにただニコニコと微笑んでいた。唯花がベランダの花に水をやりに行っている時、おばあさんはシロを抱きかかえて孫の傍に腰をおろし、小声で彼に尋ねた。「年越しに唯花さんを連れて帰るって、どの家にするの?」理仁の実家である結城家の邸宅か、それとも適当にどこかに部屋を見つけてそこでごまかすのか?「ばあちゃん、うちのご先祖さんが残してくれたほうの実家は片付ければ住めるか?」それを聞いておばあさんはニヤリと笑った。「片付ければ住めるわよ」今、結城家の邸宅はおばあさん夫婦が建てたもので、ある山の上にある家なのだ。そこを琴ヶ丘邸と名付けている。そして結城家の先祖たちが残してくれた邸宅こそが結城家の本当の実家であるのだ。その邸宅は古色蒼然としていて、時代を感じさせる趣ある邸宅だ。そこは琴ヶ丘邸からそこまで遠くなく、車で十分ほどの距離だ。毎年の正月には、おばあさんは子供や孫たちを連れてこの家に行き、先祖たちに新年の挨拶をするのが習わしだった。「今年の正月は、あの家で数日過ごそう」先祖代々続く家のほうが造詣が深い。ただそこは琴ヶ丘邸よ
おばあさんはぶつくさと呟いた。「辰巳か、三番目の奏汰(かなた)にしようかしら?」理仁はそれには何も言わなかった。余計な口を挟んで、他の弟たちから彼のせいにされるのを避けるためにだ。「やっぱり、あなたの次に大きい辰巳にしましょう。辰巳には誰がお似合いかしらね?」この時、理仁はやはり何も言わなかった。そもそも彼自身には知り合いの若い女性など、無に等しい。このことを理仁に任せたら、辰巳が一生結婚できないのと同義だろう。おばあさんも理仁に誰かを紹介してもらおうとは、これっぽっちも期待などしていない。「入りなさいよ」理仁は首を傾げておばあさんのほうを見て、その顔にクエスチョンマークを浮かべていた。おばあさんはやきもきした様子で「あなたもうすぐ出張に行くんでしょうもん、中に入って唯花さんとちょっとお話でもしないの?」と尋ねた。何をするにも彼女が彼に教えてやらないといけないとは。まったく、当時この孫を育てる時には何でも教えてあげたというのに。ただ誰かを愛する方法だけは教えていなかった。その結果、この家の男どもはみんな女心が理解できず、どうやって女性のご機嫌取りをすればいいのかもわからない人間に育ってしまった。おばあさんは、誰かを愛するのは人としての本能みたいなものだから、教える必要などないと考えていたのだった。おばあさんは楽天的に考えすぎていたのだ。理仁は少し黙ってから、どもりながら言った。「彼女が荷造りをしながら楽しそうに鼻歌を歌っているのが見えないのか?」おばあさん「……」唯花は荷物をまとめ終わった後、理仁が日常生活に必要な物が全部揃っているかをもう一度確認してからスーツケースを閉めた。そして、携帯を取り出してそのまとめあげた荷物の写真を撮った。そして、携帯をまたポケットになおして、スーツケースを引っ張って持って行こうとした時、数歩歩いてから部屋の入り口に理仁とおばあさんが立っているのに気がついた。「おばあちゃん」唯花は笑っておばあさんにそう声をかけてから、スーツケースを引っ張って彼らのもとへとやって来た。「理仁さんが出張するから、荷物をまとめてあげていたの」孫の嫁が孫に対してとても優しく気配りをしてくれて、おばあさんは心のうちはとても喜んでいたが「次はこの子に自分で用意させていいわよ。お腹が空いたで
佐々木英子は弟に電話をかけた。「姉ちゃん、今向かってる途中だ」俊介は両親と姉たちが皆来るのを知ってすぐに起き、莉奈も起こして二人は簡単に身なりを整え、急いで久光崎のマンションへと向かった。「俊介、私たち、まだ朝ご飯も食べていないのよ」「姉ちゃん、今向かってるからさ。後で朝ごはんを食べに行こうよ」英子は言った。「あんた成瀬さんと一緒に住んでるんじゃないの?彼女に私たちの朝食を用意させればいいじゃない。外で食べたりしたら、人数も多いし、二、三千円はかかっちゃうでしょうもん」「姉ちゃん、俺たちも今はホテルに泊まってるんだ。まだ部屋を探しに行く時間がなくてさ。あっちの家には今何もないから、料理はできないんだって」唯月が自分のやり方で内装費を回収したので、今俊介のあの家は水も電気も使える状態ではなかった。キッチンなんてほとんど何も残っておらず、莉奈が彼らのためにご飯を作ろうにも、どうしようもないのだ。英子は少し黙ってから言った。「唯月のやつ、うちらをブロックしてるのに、あんたはどうやって彼女に連絡するの?陽ちゃんに会いたくたって、会えないんじゃないの?」「陽は普通唯花の本屋にいるから、あそこに行けば会えるさ。別に唯月に連絡する必要もないって」唯月に自分がブロックされても俊介は全く意に介していないようだった。唯月が家の内装をめちゃくちゃにしたので、俊介はかなり怒りを溜めていたが、それでも全く後悔などしていなかった。彼は離婚してから莉奈が嫉妬するといけないので、唯月には連絡したくなかった。「連絡がつかなくったっていいけどね。陽ちゃんの養育費を払えない口実にできることだし。そしたら毎月六万も節約できるのよ」英子はただそう思い込むことでしか、自分を納得させられなかった。俊介は何も返事しなかった。彼は家族に、すでに一年分の養育費を支払い済みだということを教えていないのだ。「姉ちゃん、今運転中だから、後で会った時にまた話そうよ」「わかったわ」英子は電話を切った後、両親に言った。「俊介、今来てる途中だって。家は水も電気も使えない状態だから、料理できないらしいわ。だから外で朝ごはんを食べようって言ってたよ。しばらく朝食なんて外食してなかったし、どこかレストランに行って食べましょうよ」佐々木母はお金を使うことをつらそう
佐々木父は暗い顔で妻を睨んで、問い詰めた。「どのじいさんにそれを頼んだんだ?」「唯花の実のじいさん以外、他に誰がいるんだい?彼女のばあさんが入院しているでしょ?病院へ行ってお願いしたのよ。そしたら、あのじいさんが図々しくて、口を開けるとすぐ二百万を要求してきたのよ。もちろんそれは受け入れられなかったから、散々値切って、結局百二十万渡すことになったわ。絶対唯花を説得するって何度も保証したくせに、全くできなかったのよ。唯花は全然唯月を説得しなかったわ。お金を取って何もしてくれなかったってことでしょ?」佐々木母が言い終わると、佐々木父は彼女の腕をビシッと叩いた。「お前、アホじゃないか!唯月の実家の連中が信用できると思ったのか。それに、唯花は実家の人たちと仲が悪いって知ってるだろうが!誰に頼んでも、あいつらに頼む馬鹿がいるか!普段は賢いのに、とんでもない真似をしやがって!百二十万!百二十万を渡したって?」佐々木父は妻の愚かさに目の前が暗くなり、卒倒しそうだった。佐々木母は悔しそうに言った。「唯花はあまり話が通じないからさ、内海家の人間に出てきてもらったら、どうなっても内海家の家族同士の喧嘩になるし、私が唯花のせいで辛い思いをしなくてもいいって思ったのよ。あのじいさんはちょうど病院に奥さんの医療費を八十万円請求されて困っていて、私が百二十万払ってあげたら、残った四十万を唯花を説得する費用にするって言ったのよ」内海ばあさんの治療費は最初は彼女自身が貯金で支払ったが、後で子供たちに少しずつ出させたのだった。最近そのお金を使い切ったところに、また八十万円を請求され、ちょうど佐々木母が訪ねて来たのを、内海じいさんはチャンスと捉えたのだ。「本当にどうしようもない馬鹿だな。あの連中にお金をやったら、海に水を注ぐのと同じだろう、全く無意味なことなんだぞ!」英子も言った。「お母さん。内海家の人間に頼んでって言ったけど、お金を払えとは言ってないじゃないの」そう言いながら、心の中で母親にはまだそんなにへそくりがあったのかと思った。俊介が普段両親にたくさんお金を渡しているようだ。両親が彼女の家に使ったお金は、俊介が渡したお金の半分しかないだろう。「内海じいさんからお金を取り返さなくちゃ。約束を果たしてくれないんだから、きっちり返してもらわない
唯花は嘲笑するように言った。「佐々木英子さん、今すぐトイレへ行って、洗面器に水を汲んで……あ、すみませんね、蛇口がなかったわね。水道のパイプも姉がお金を出して取り付けたものだから、私たちがそれを外したのよ。じゃあ、仕方ないね、今すぐ雨が降るよう祈っていてね。それで、そこら辺に水溜まりが出来たら、それを鏡にして、自分の顔をちゃんと観察しなさいよ。どれだけ厚かましい顔しているかわかると思うから。姉はお宅の弟ともう離婚して、赤の他人になったのよ。よくもまあ、姉にあんたらの住む場所を探せだなんて言えるわね。姉のせいで住む場所がなくなったって?それは自業自得よ!もしちゃんと話し合って、姉の損失分もきっちり払って別れてたら、今頃ちゃんと住む場所が残ってたはずよ。ああ、今日は本当に寒いわ。あんなボロボロで風が自由に出入りできる部屋でちゃんと寝られるかしら?まあ、あなた達の皮膚は顔と同じように厚いことだし、人も多いから。一緒に詰め寄って寝れば、この寒さも凌げるでしょうね。じゃ、他の用事がなければ、電話切るよ。布団の中が本当に暖かくて気持ちいいから、もう一度寝直すわね。じゃあね」言い終わると、唯花は電話を切った。そして、すぐ佐々木母の電話番号もブロックした。これでしつこく電話をかけてくる心配もなくなった。唯花に電話を切られた英子は怒りが頂点に達し大声で罵った。「あの唯花め、本当にムカつくわ!こんなに口が悪いなんて、あんな女と結婚した男が本気で耐えられるかしら。お母さん、どうすればいいのよ」彼女は母親を見た。「もう家族全員ここまで来たし、実家の人達にも大都市で年越しするって伝えたよ。まさかこのまま帰るの?」「ママ、だっこ!」恭弥が父親の腕の中で目を覚まし、母親に手を伸ばし抱っこをねだってきた。英子はイライラしながら息子を抱き上げた。そして、佐々木父に言った。「お父さん、前も言ったでしょ。こんなに早く唯月の要求を受け入れるんじゃない、お金も送らないでってさ。ほら、今どうなってるのか見てよ。お金をもらったら、もう私たちのことなんて眼中にないわよ。これから陽ちゃんに会いたくても難しくなるでしょう。お父さんたちは彼女に騙されてしまったのよ」英子は最近何をやってもうまくいかず、気性も荒くなってきていた。会社でやるべき仕事がほとん
「内海唯花!あんたのお姉さんは?彼女に電話をかわりなさい!」佐々木母の声は怒りで震えていた。それを聞いたら誰でも彼女が腹を立てているのがわかる。「姉に用事でもあるの?もうあなた達とは何の関係もないけど。それで?要件は?」唯花は怠そうに尋ねた。佐々木母が自分の家から戻り、俊介の家の内装がめちゃくちゃにされていたのを見て、あまりの怒りで姉を責めるつもりだろう。あまりにも反応が遅かった。佐々木母が今まで気づかなかったのも無理はない。あの日、唯月と俊介が離婚手続きを終えた後、佐々木俊介の両親二人は直接タクシーで自分の家に帰った。そして、翌日に引っ越してくるつもりにしていたのだ。しかし、英子の子供たちが学校で成績表を受け取るため、一日遅れることになった。そして今日、小学校はようやく冬休みに入った。佐々木家の両親は娘一家を連れて、車二台に荷物を詰めて星城へ向かい、ここで年越しするつもりだった。こんなに朝早く出発するのも、佐々木母が思うところがあったからだ。それは早く来て、莉奈に朝食を作らせるためだ。つまり佐々木家の威厳を見せつけようとしたのだ。ところが、荷物を持って部屋に入り、目の前の光景に驚いたせいで、荷物まで床に落としてしまった。最初は家を間違えたかと思ったが、何回も確認すると、間違いなくそこは息子の家だった。そして、英子は直ちに弟に電話をした。俊介はここ二日間、ずっと取引先が突然契約を解除しようとした問題に対処していたので、あまりにも忙しくて、家族に家の内装が壊されたことを伝えるのを完全に忘れてしまっていた。姉からの電話を受けた時、俊介は何を言われているのかすぐに理解できなかった。家族全員が星城に来ているのを知り、俊介はようやく内装のことを思い出し、説明したのだ。それを聞いた佐々木母はすぐに唯月に電話しようとしたが、番号がブロックされたため、全く通じなかったので、仕方なく唯花に電話したというわけだ。「お姉さんはそっちにいない?」佐々木母は責めるように言った。「一体どういうつもりなの?うちの息子の家をめちゃくちゃに壊したでしょう?これは犯罪よ、警察に通報するわ!」唯花は冷たく言った。「お宅の息子さんが家を買った時は今のような状態だったでしょ?それを姉が八百万くらいかけて内装したのよ。あな
「私の記憶力そんなに悪くないよ、結婚したばかりの頃じゃあるまいし」唯花はあくびをしながら言った。「理仁さん、寝ましょう。明日出張でしょ?しっかり休んで、英気を養わないと」彼女は上半身を起こし、身を乗り出して彼の唇に軽くキスをした。「理仁、おやすみなさい」理仁は夜空のような黒い瞳で彼女を見つめて、手を伸ばし彼女の腰を抱き寄せ、キスをしてきた彼女が離れようとするのを許さなかった。その目には炎が燃えたような熱さが宿り、彼女の美しい顔に止まった。普段あまり化粧しない彼女はいつもすっぴんだが、肌のケアはしっかりしているので、触るとすべすべで手触りがとてもよかった。彼女の飾らない美しさはとても自然だった。理仁が初めて彼女に会った時、すでにそう思っていたのだ。ただ、彼が出会ってきた美人は多すぎたので、初対面では特に何も思わなかっただけだった。「唯花さん、今なんて呼んだ?」彼が初めて彼女のことを名前だけで呼んだ時、彼女は何の反応も示さなかった。後でそれを考えると、理仁は少し落ち込んでいた。名前で呼んだとき、全く感情が籠っていなかったからだと反省し、それからもうそんな風に呼ばなかった。しかし、彼女が「理仁」と呼んだ時、その声が電流のように彼の心を打ちぬけた。「理仁さん」「そうじゃない、さっき俺の名前だけ呼んだだろう」「そうよ、何?だめだったの?あなたは私の旦那さんでしょ」理仁は彼女の頭を押さえ、熱い唇でその燃えるような感情を表した。濃厚なキスが終わると、唯花は彼の大胆な手を押しのけ、彼に背を向けて横になった。「寝ましょう、もう遅いから」理仁の声がかすれていた。「先に寝て。お、俺はシャワーを浴びてくる」そう言い終わると、彼は布団を剥がし、ベッドをおりて、急いでバスルームに逃げ込んだ。夫婦の感情が絶賛上昇中には、ディープキスは禁物だ。さっき彼は危うく理性を失いそうになるところだった。今はとにかく都合が悪い。寒い日に冷たい水でシャワーをするなんて、本当に散々だ!バスルームから聞こえる水音を聞きながら、唯花は少し姿勢を変え、仰向けになり、ぶつぶつと呟いた。「本当に欲張りなんだから」彼女は今は都合の悪い時期だとよく理解しているから、彼にキスするたびに、いつも軽くキスをして、度を越さないようにして
彼らの家には貸出している不動産がたくさんあり、家賃をもらうだけでもちゃんと食べていけるということを誰が想像できるだろう?牧野家はまさにこれだ。「やっぱり、九条さんと付き合ってみるように勧めてみよう。彼女も九条さんと親しくなれば、きっと愛が芽生えるはずよ」明凛から悟について聞いた後、唯花は悟と明凛が似た者同士だと感じた。二人とも賑やかなのが好きで、悟から一番早く面白いゴシップが聞けるだろうし。「悟に聞いたんだ。彼は牧野さんが印象深い女性だって言ってたぞ。少し時間をあげればきっと行動するよ。今はもうすぐ年越しだろう、社員全員が忙しいから、悟のような立場の人はなおさらだ。年明けの休みに入れば、彼も余裕があって、プライベートに費やす時間ができるよ」彼が出張している間、悟は辰巳と一緒に会社を管理しなければならないから、当然忙しくなるのだ。唯花は頷いた。彼女も明凛が結婚して遠くに行ってしまうのが嫌だった。もし明凛が悟とうまくいけば、そう、理仁にもメリットがあるのだ。彼は悟のバックアップがあり、昇進や昇給もでき、唯花たちは今よりも裕福になるだろう。だがしかし、なんだか友達を売ってお金を稼いでいるようだが……夫婦二入は赤い糸を引く話で盛り上がり、唯花は時間だと気づいて、フェイスパックを外しに立ち上がり、洗面所へ行った。暫くして洗面所から出てくると、まっすぐベッドに向かい、ベッドに上がりながらスリッパを脱いだ。彼女はベッドに横になると、隣のスペースを叩いて理仁に言った。「理仁さん、早くこっち来て。抱き付いて温まりたいの。そうしたらよく寝れるから」理仁は顔色が暗くなった。「俺のことをホッカイロか何かと思っているの?」「ホッカイロは時間がきたら冷めるけど、理仁さんならずっと温かいし、ホッカイロより長持ちで便利なのよ」理仁「……」彼は近づき、彼女の隣に寝た。横向きになって彼女に向き合い、軽く彼女の頭を叩いた。「俺は君にとってただの暖を取るものなのか?他にないの?」「今の私にはほかに何が考えられるっていうの?」唯花は自然に彼の胸に潜り込んだ。「暖房をつけようって言ったら、乾燥して耐えられないってあなたが言ったでしょ?最近特に寒いし、あなたに抱きついて暖かくするしかないよ」ドアと窓をきっちり閉めても、やはり寒い。最大の原因は彼