「結婚した後、彼女は無職だから、収入がもちろんないじゃない?全部俺が養ってやってるんだよ。家のものは全部俺の金で買ったんだ。俺の財産を分ける資格があると思うか?」佐々木俊介は偉ぶった顔で言った。「俺と離婚したら、彼女が家から持っていけるものはなにもないさ」前に、離婚するなら、当時家のリフォームの代金を返してくれと佐々木唯月は言っていたが。佐々木俊介はお金は一円たりとも渡さないと当然のように返事した。今離婚しないのは、息子がまだ小さくて、世話をする人が必要だからだ。それまで、佐々木唯月をただのベビーシッターにしよう。この金のかからないベビーシッターは息子を虐待する心配もなく、献身的に世話をしてくれるだろう。成瀬莉奈が言いたいのは彼の貯金も夫婦二人の共有財産に含まれるということだ。佐々木唯月が訴えたら、貯金の半分も取ることができる。それに、佐々木俊介が普段浮気相手の彼女に使ったお金さえ佐々木唯月に知られ、まとめて訴えられたら、そのお金や買ったものなど全部返さなければならないのだ。しかし、内海姉妹はただごく普通の一般人で、逆に佐々木俊介は大企業の部長だ。職場でうまくやっていて、顔も広い。離婚した後、佐々木唯月がどう足掻いても、彼に敵わないはずだから、成瀬莉奈はあえて考えていたことを言わなかった。言ったところで、佐々木俊介に彼女がお金目当てで近づいたと思われるかもしれない。成瀬莉奈は佐々木俊介に対して、いくつかの真心をもって付き合ってきた。会社の多くの重役のうちで、佐々木俊介だけが一番若かった。まだ30代前半で、普段自分のメンテナンスにはとても気を配っていて、毎日スーツと革靴姿でびしっと決めて、落ち着いた大人のイケメンに見える。もちろん、一番重要なのは、お給料が高いことだ。彼女の兄は佐々木俊介の一ヶ月分の給料が、彼の一年分の収入に匹敵すると言っていたのだ。彼女が佐々木俊介と結婚したら、実家の近所の娘の中で、誰よりもいい結婚相手を捕まえたことになる。その時、ホテルの警備員が素早く出入りしているお客たちを両サイドに誘導すると、黒いスーツを着た大勢の男たちが一人の男性を囲みながら、ホテルを出てきた。警備員に案内され、ボディーガードの大男たちに視界を遮られていた。ホテルから大物が出ていったことがその場にいる全員はわかったが、その真ん中に囲
結城家の御曹司だと聞いて、佐々木俊介は少しぼうっとしながら言った。「さすが結城家の坊ちゃんだな。悔しいぜ、彼だとわかってれば、一目でもいいから拝みたかった」噂によると、結城家の御曹司は非常に端正な顔をしているという。そのおじさんは佐々木俊介を一瞥し、笑いながら言った。「お前さんもなかなかのイケメンだけど、結城家の坊ちゃんと比べたら、さすがに勝ち目が見えないな」それを聞いた佐々木俊介は全く気にしなかった。「わかるよ、レベルが違い過ぎると。星城で結城さんと張り合えるのは神崎社長くらいだろう?今日は結城さんに会えて、もう結構ついていると言えるよ。あとで宝くじでも引いて、大当たりが出るかもな」おじさんは佐々木俊介の話を聞いて、思わず笑い出した。成瀬莉奈はうっとりした顔で話を聞いていた。おじさんと別れた後、佐々木俊介の腕を組みながら、ホテルのカフェテリアに向かった。「結城さんは星城で神様のような存在ね。どのような女性が彼の心を手に入れるでしょうね。」結城家は大都市である星城の名家でトップに君臨しているものだ。結城家の御曹司は当代の当主で、結城グループを仕切りながら、副業もやっているそうだ。彼は間違いなく他の人が到底及ばない大金持ちなのだ。それに、結城家の御曹司には彼女がいないと聞く。彼を慕っている女性もそんなに多くいないが、おそらく普段直接彼に会える人が限られているからだ。会えなかったら、彼を好きになる可能性も低くなるに決まっている。もちろん、彼のことを深く愛している人が確かにいた。それは神崎家の令嬢である神崎姫華だ。神崎姫華は公に結城家の御曹司に告白しただけでなく、一心に彼を追いかけていた。成瀬莉奈はもし自分が神崎姫華のような出身なら、彼女にも彼を追いかける自信があると思った。「さっき結城さんの姿を見て、なんだか見覚えがあるようで、どこかで会ったことがあるかもな」佐々木俊介は自分の疑問を口にした。成瀬莉奈は水を差すようなことを言いたくないが、事実に背を向けることができず、口を開けた。「それは難しいんじゃないの?うちの会社は結城グループとの取引がないでしょ。あったとしても、私たちのような人間は結城さんに会うこともできないわ。それに、うちは結城グループの支社と競争関係だから、今後も提携するはずがないの」少なくとも今のと
財力と権力を持っている結城家と義妹の状況を比べて、佐々木俊介は嘲笑した。もし結城理仁が本当に結城家の御曹司で、内海唯花が彼の妻になったのなら、内海家の先祖の方々が代々徳を積んできたおかげだろう。内海唯花は確かに容姿端麗ではあるが、他のところでは神崎家のお嬢さまに到底及ばないのだ。結城家の御曹司はそのお嬢様ですら相手にしないのに、内海唯花と結婚するわけがない。そう考えると、佐々木俊介はその考えを捨て、気のせいだと思い込んだ。結城理仁は断じて結城家の御曹司などではない!「見間違えた。朝ごはん食べに行こう」成瀬莉奈は密かに佐々木俊介が結城社長と実は知り合いだということを望んでいた。そうすれば、彼女も結城社長と知り合いになって、上流社会に入るきっかけを掴めるかもしれないからだ。しかし、現実は残酷だ。それは不可能なことだった!やはりあまり夢を見すぎないほうがいい。しっかり佐々木俊介の心を掴んで、嫁にしてもらえば、それが一番いい結果だ。これ以上の望みは無理な話なのだ。結城理仁は佐々木俊介のことに気づいていないが、七瀬は見ていた。幸い、佐々木俊介は結城理仁のボティーガードを知らなかったが、ボディーガードは社長夫人の身近な人をしっかりと覚えるのも仕事の一つなので、とっくに佐々木俊介の顔を覚えていた。車に乗ると、七瀬は結城理仁に報告した。「若旦那様、さっきホテルの前で、奥様の義兄を見たような気がしましたが、隣にいる女性は奥様のお姉さんではないと思います。一瞬だけしか見ていないので、見間違えたかもしれませんが」その男がもし本当に社長夫人の義理の兄だったら、彼は既婚女性の夫が浮気しているという残酷な事実を知ってしまったことになる。結城理仁はすぐには返事をしなかった。暫くすると、冷たい声で言った。「言ったはずだ。彼女のことは俺に関係ないと」七瀬は口を開け、何か言いたそうにしたが、何を言ったらいいかわからなかった。彼の主人は妻と喧嘩した。今でも絶賛冷戦中だ。内海唯花は結城理仁に電話をかけなくなり、結城理仁もトキワ・フラワーガーデンへ帰らなくなった。しかし、彼らのようなボディーガードはこの夫婦が何のために喧嘩したのかを知るすべがなく、仲直りさせようにもできないのだ。これだけを言って、結城理仁はまた黙った。七瀬は首を
佐々木唯月はまた仕事を探しに行った。内海唯花は甥を連れて店に行った。牧野明凛は非常に佐々木陽を甘やかしていた。ほとんどの時間は彼女が遊び相手をしていて、おかげで内海唯花はハンドメイドに専念することができた。彼女は自分でレトロ風のヘアアクセサリーを作ってネットショップで販売してうまくいくか試してみようと思っていた。もしそれなりの売り上げがあったら、もう一つのネットショップを開くつもりだ。今はネット通販が流行っていて、実店舗での商売よりも儲かることがある。もしネットショップが儲かるなら、内海唯花は喜んでもう一つをやろうと思っていた。昼になると、牧野明凛は親友に声をかけた。「唯花、今日はまた結城さんを迎えに行って一緒にご飯を食べる?家から新鮮な海鮮を持ってきたの、昼ご飯にしよう。結城さんが来るなら、ご飯を多めに作るよ」牧野明凛は昼食の準備をするため、親友に聞いたのだ。ちゃんと確認しないと、人数分足りないかもしれない。「呼んでも来ないと思うよ。明凛、私は結城さんと喧嘩したっぽいんだよね」内海唯花はお客さんが注文した招き猫を作り終わって、一休みすることにした。それを聞いて、牧野明凛は心配そうに聞いた。「どうして喧嘩したの?最近うまくいってたじゃない?結城さんはおいしいものを食べさせるために、スカイロイヤルホテルに頼んで、ご馳走を持ってきてくれたし」内海唯花はため息をつき、続いて言った。「土曜日に琉生君と明凛にご馳走してる時、私たちが一緒にご飯を食べているのを彼が見たらしくてさ、私は彼の影も見てないのに。それで、私が浮気して、琉生君を次のターゲットにするつもりだと言われて、頭にきたの。琉生君は私の弟のようで、ずっと彼を弟としか見てないのに、琉生君を次の結婚相手にするはずがないでしょ。もし本当に琉生君のことが好きだったら、当時お姉さんの家から引っ越した時、彼に頼めばいい話でしょ。結城さんと結婚する必要ないじゃない?普段余裕そうに見えるけど、実は器は針の先より小さいのよ。ケチだし、疑い深いし、口まで悪いの。本当のことも知らないくせに、私が浮気しただなんて言い出して勝手に騒いだの。これって私が尻軽な女だと言ってるのと同じよ」結城理仁が酒乱で強引に彼女にキスしたことについては言わなかった。牧野明凛「……三人で一緒にご飯を食
十月の東京は残暑でまだ汗ばむほど暑く、朝夕だけ秋の気配があり涼しさを感じられた。 内海唯花は朝早く起きると姉家族三人に朝食を作り、戸籍謄本を持ってこっそりと家を出た。 「今日から俺たちは生活費にしろ、家や車のローンにしろ、全部半々で負担することにしよう。出費の全部だからな!お前の妹は俺たちの家に住んでるんだから、彼女にも半分出させろよ。一ヵ月四万なんて雀の涙程度の金じゃ、タダで住んで飲み食いしてるのと同じじゃないか」 これは昨夜姉と義兄が喧嘩している時に、内海唯花が聞こえた義兄の放った言葉だった。 彼女は、姉の家から出ていかなければならなかった。 しかし、姉を安心させるためには結婚するのがただ一つの方法だった。 短期間で結婚しようとしても、男友達すらいない彼女は結城おばあさんの申し出に応えることにした。彼女がなんとなく助けたおばあさんが、なかなか結婚できない自分の孫の結城理仁と結婚してほしいと言ってきたのだった。 二十分後、内海唯花は役所の前で車を降りた。 「内海唯花さん」 車から降りるとすぐ、内海唯花は聞きなれた声が自分を呼ぶのが聞こえた。結城おばあさんだ。 「結城おばあさん」 内海唯花は速足で近づいていき、結城おばあさんのすぐ横に立っている背の高い冷たい雰囲気の男の姿が目に入った。おそらく彼が結婚相手である結城理仁なのだろう。 もっと近づき、内海唯花が結城理仁をよく見てみると、思わず驚いてしまった。 結城おばあさんが言うには孫の結城理仁は、もう三十歳なのに、彼女すら作らないから心配しているらしかった。 だから内海唯花は彼がとても不細工な人なのだと勝手に思い込んでいたのだ。 しかも、聞いたところによると、彼はある大企業の幹部役員で、高給取りらしいのだ。 この時初めて彼に会って、自分が誤解していたことに気づいた。 結城理仁は少し冷たい印象を人に与えたが、とてもハンサムだった。結城おばあさんのそばに立ち、浮かない顔をしていたが、それがかえってクールに見えて、人を近づけない雰囲気を醸し出していた。 目線を少しずらしてみると、近くに駐車してある黒い車はホンダの車で、決して何百万もするような高級車ではなかった。それが内海唯花に結城理仁との距離を近づけされてくれた。 彼女は同級生の友人と一緒に公立星城
「もう決めたことですから、後悔なんてしませんよ」 内海唯花も何日も悩んだうえで決断した。一度決めたからには決して後悔などしないのだ。 結城理仁は彼女のその言葉を聞くと、もう何も言わずに自分が用意してきた書類を出して役所の職員の前に置いた。 内海唯花も同じようにした。 こうして二人は迅速に結婚の手続きを終えた。それは十分にも満たない短い時間だった。 内海唯花が結婚の証明書類を受け取った後、結城理仁はズボンのポケットから準備していた鍵を取り出し唯花に手渡して言った。「俺の家はトキワ・フラワーガーデンにある。祖母から君は星城高校の前に書店を開いていると聞いた。俺の家は君の店からそんなに遠くない。バスで十分ほどで着くだろう」 「車の免許を持っているか?持っているなら車を買おう。頭金は俺が出すから、君は毎月ローンを返せばいい。車があれば通勤に便利だろうからな」 「俺は仕事が忙しい。毎日朝早く夜は遅い。出張に行くこともある。君は自分の事は自分でやってくれ、俺のことは気にしなくていい。必要な金は毎月十日の給料日に君に送金するよ」 「それから、面倒事を避けるために、今は結婚したことは誰にも言わないでくれ」 結城理仁は会社で下に命令するのが習慣になっているのだろう。内海唯花の返事を待たず一連の言葉を吐き捨てていった。 内海唯花は姉が自分のために義兄と喧嘩するのをこれ以上見たくないため喜んでスピード結婚を受け入れた。姉を安心させるために彼女は結婚して姉の家から引っ越す必要があったのだ。これからはルームメイトのような関係でこの男と一緒に過ごすだけでいいのだ。 結城理仁が自分から家の鍵を差し出したので、彼女も遠慮なくそれを受け取った。 「車の免許は持ってますけど、今は車を買う必要はないです。毎日電動バイクで通勤していますし、最近新しいバッテリーに交換したばかりです。乗らないともったいないでしょう」 「あの、結城さん、私たち出費の半分を私も負担する必要がありますか?」 姉夫婦とは情がある関係といえども、義兄は出費の半分を出すように要求してきた。いつも姉のほうが苦労していないのに得をしていると思っているのだろう。 子供の世話をし、買い物に行ってご飯を作り、掃除をするのにどれほど時間がかかるか知りもしないだろう。自分でやったことのない男
「おばあちゃん、頼りにしてるよ」 内海唯花は適当に答えた。 結城理仁は血の繋がった孫で、彼女はただの義理の孫娘だ。結城おばあさんがいくら良い人だといっても、夫婦間で喧嘩した時に結城家が彼女の味方になるだろうか。 内海唯花は絶対に信じなかった。 例えば彼女の姉の義父母を例に挙げればわかりやすい。 結婚前、姉の義父母は姉にとても親切で、彼らの娘も嫉妬してしまうほどだった。 しかし、結婚したとたん豹変したのだ。毎回姉夫婦間でいざこざがあった時、姉の義母は決まって姉を妻としての役目を果たしていないと責めていた。 つまり、自分の息子は永遠に内の者で、嫁は永遠に外の者なのだ。 「仕事に行くのでしょうから、おばあちゃんは邪魔しないことにするわね。今夜理仁くんにあなたを迎えに行かせるわ。一緒に晩ご飯を食べましょう」 「おばあちゃん、うちの店は夜遅くに閉店するの。たぶん夜ご飯を食べに行くのはちょっと都合が悪いわ。週末はどうかな?」 週末は学校が休みだ。本屋というのは学校があるからこそやっていけるもので、休みになると全く商売にならなくなる。店を開ける必要がなくなって彼女はようやく時間がとれるのだ。 「それもいいわね」 結城おばあさんは優しく言った。「じゃあ、週末にまたね。いってらっしゃい」 おばあさんは自分から電話を終わらせた。 内海唯花は今すぐ店に行くのではなく、先に親友の牧野明凛にメッセージを送った。彼女は高校生たちが下校する前に店に戻るつもりだった。 人生の一大イベントを終え、彼女は姉に一言伝えてから引越しなければならなかった。 十数分が経った。 内海唯花は姉の家に戻ってきた。 義兄はすでに仕事に行って家にはおらず、姉がベランダで服を干していた。妹が帰ってきたのを見て、心配して尋ねた。「唯花ちゃん、なんでもう帰ってきたの?今日お店開けないの?」 「ちょっと用事があるから後で行くの、陽ちゃんは起きてないの?」 佐々木陽は内海唯花の二歳になったばかりの甥っ子で、まさにやんちゃな年頃だった。 「まだよ、陽が起きてたらこんなに静かなわけないでしょう」 内海唯花は姉が洗濯物を干すのを一緒に手伝い、昨晩の話になった。 「唯花ちゃん、あの人はあなたを追い出したいわけじゃないのよ。彼ストレスが大きいみたい
「お姉ちゃんもさっき言ったでしょ、あれは彼の結婚前の財産であって、私は一円も出していないのよ。不動産権利書に私の名前を加えるなんて無理な話よ。もう言わないでね」 手続きをして、結城理仁が家の鍵を渡してくれたおかげで、彼女はすぐにでも引越しできるのだ。住む場所の問題が解決しただけでも有難い話だ。 彼女は絶対に結城理仁に自分の名前を権利書に加えてほしいなんて言うつもりはなかった。彼がもし自分からそうすると言ってきたら、彼女はそれを断るつもりもなかった。夫婦である以上、一生覚悟を決めて過ごすのだから。 佐々木唯月もああ言ったものの、妹が自分で努力するタイプでお金に貪欲な人ではないことをわかっていた。それでこの問題に関してはもう悩まなかった。一通り姉の尋問が終わった後、内海唯花はやっと姉の家から引っ越すことに成功した。 姉は彼女をトキワ・ガーデンまで送ろうとしたが、ちょうど甥っ子の佐々木陽が目を覚まし泣いて母親を探した。 「お姉ちゃん、早く陽ちゃんの面倒を見てやって。私の荷物はそんなに多くないから、一人でも大丈夫よ」 佐々木唯月は子供にご飯を食べさせたら、昼ご飯の用意もしなくてはいけなかった。夫が昼休みに帰ってきて食事の用意ができていなかったら、彼女に家で何もしていない、食事の用意すらまともにできないと怒るのだ。 だからこう言うしかなかった。「じゃあ、気をつけて行ってね。昼ご飯あなたの旦那さんも一緒に食べに来る?」 「お姉ちゃん、昼は店に戻らなくちゃいけないから遠慮しとくね。夫は仕事が忙しいの、午後は出張に行くって言ってたし、もうちょっと経ってからまたお姉ちゃんに紹介するわね」 内海唯花はそう嘘をついた。 彼女は結城理仁のことを全く知らなかったが、結城おばあさんは彼が忙しいと言っていた。毎日朝早く出て夜遅くに帰ってくる。時には出張に行かなければならず、半月近く帰ってこないそうだ。彼女は彼がいつ時間があるかわからなかった。だから姉に約束したくてもできないのだ。適当に言って信用を裏切るようなことはしたくなかった。 「今日結婚手続きをしたばかりなのに、出張に行くの?」 佐々木唯月は妹の旦那が妹に優しくないのではと思った。 「ただ手続きしただけ、結婚式もあげてないのよ。彼が出張に行くのは仕方ないことよ。なるだけお金を稼いだほうがい
佐々木唯月はまた仕事を探しに行った。内海唯花は甥を連れて店に行った。牧野明凛は非常に佐々木陽を甘やかしていた。ほとんどの時間は彼女が遊び相手をしていて、おかげで内海唯花はハンドメイドに専念することができた。彼女は自分でレトロ風のヘアアクセサリーを作ってネットショップで販売してうまくいくか試してみようと思っていた。もしそれなりの売り上げがあったら、もう一つのネットショップを開くつもりだ。今はネット通販が流行っていて、実店舗での商売よりも儲かることがある。もしネットショップが儲かるなら、内海唯花は喜んでもう一つをやろうと思っていた。昼になると、牧野明凛は親友に声をかけた。「唯花、今日はまた結城さんを迎えに行って一緒にご飯を食べる?家から新鮮な海鮮を持ってきたの、昼ご飯にしよう。結城さんが来るなら、ご飯を多めに作るよ」牧野明凛は昼食の準備をするため、親友に聞いたのだ。ちゃんと確認しないと、人数分足りないかもしれない。「呼んでも来ないと思うよ。明凛、私は結城さんと喧嘩したっぽいんだよね」内海唯花はお客さんが注文した招き猫を作り終わって、一休みすることにした。それを聞いて、牧野明凛は心配そうに聞いた。「どうして喧嘩したの?最近うまくいってたじゃない?結城さんはおいしいものを食べさせるために、スカイロイヤルホテルに頼んで、ご馳走を持ってきてくれたし」内海唯花はため息をつき、続いて言った。「土曜日に琉生君と明凛にご馳走してる時、私たちが一緒にご飯を食べているのを彼が見たらしくてさ、私は彼の影も見てないのに。それで、私が浮気して、琉生君を次のターゲットにするつもりだと言われて、頭にきたの。琉生君は私の弟のようで、ずっと彼を弟としか見てないのに、琉生君を次の結婚相手にするはずがないでしょ。もし本当に琉生君のことが好きだったら、当時お姉さんの家から引っ越した時、彼に頼めばいい話でしょ。結城さんと結婚する必要ないじゃない?普段余裕そうに見えるけど、実は器は針の先より小さいのよ。ケチだし、疑い深いし、口まで悪いの。本当のことも知らないくせに、私が浮気しただなんて言い出して勝手に騒いだの。これって私が尻軽な女だと言ってるのと同じよ」結城理仁が酒乱で強引に彼女にキスしたことについては言わなかった。牧野明凛「……三人で一緒にご飯を食
財力と権力を持っている結城家と義妹の状況を比べて、佐々木俊介は嘲笑した。もし結城理仁が本当に結城家の御曹司で、内海唯花が彼の妻になったのなら、内海家の先祖の方々が代々徳を積んできたおかげだろう。内海唯花は確かに容姿端麗ではあるが、他のところでは神崎家のお嬢さまに到底及ばないのだ。結城家の御曹司はそのお嬢様ですら相手にしないのに、内海唯花と結婚するわけがない。そう考えると、佐々木俊介はその考えを捨て、気のせいだと思い込んだ。結城理仁は断じて結城家の御曹司などではない!「見間違えた。朝ごはん食べに行こう」成瀬莉奈は密かに佐々木俊介が結城社長と実は知り合いだということを望んでいた。そうすれば、彼女も結城社長と知り合いになって、上流社会に入るきっかけを掴めるかもしれないからだ。しかし、現実は残酷だ。それは不可能なことだった!やはりあまり夢を見すぎないほうがいい。しっかり佐々木俊介の心を掴んで、嫁にしてもらえば、それが一番いい結果だ。これ以上の望みは無理な話なのだ。結城理仁は佐々木俊介のことに気づいていないが、七瀬は見ていた。幸い、佐々木俊介は結城理仁のボティーガードを知らなかったが、ボディーガードは社長夫人の身近な人をしっかりと覚えるのも仕事の一つなので、とっくに佐々木俊介の顔を覚えていた。車に乗ると、七瀬は結城理仁に報告した。「若旦那様、さっきホテルの前で、奥様の義兄を見たような気がしましたが、隣にいる女性は奥様のお姉さんではないと思います。一瞬だけしか見ていないので、見間違えたかもしれませんが」その男がもし本当に社長夫人の義理の兄だったら、彼は既婚女性の夫が浮気しているという残酷な事実を知ってしまったことになる。結城理仁はすぐには返事をしなかった。暫くすると、冷たい声で言った。「言ったはずだ。彼女のことは俺に関係ないと」七瀬は口を開け、何か言いたそうにしたが、何を言ったらいいかわからなかった。彼の主人は妻と喧嘩した。今でも絶賛冷戦中だ。内海唯花は結城理仁に電話をかけなくなり、結城理仁もトキワ・フラワーガーデンへ帰らなくなった。しかし、彼らのようなボディーガードはこの夫婦が何のために喧嘩したのかを知るすべがなく、仲直りさせようにもできないのだ。これだけを言って、結城理仁はまた黙った。七瀬は首を
結城家の御曹司だと聞いて、佐々木俊介は少しぼうっとしながら言った。「さすが結城家の坊ちゃんだな。悔しいぜ、彼だとわかってれば、一目でもいいから拝みたかった」噂によると、結城家の御曹司は非常に端正な顔をしているという。そのおじさんは佐々木俊介を一瞥し、笑いながら言った。「お前さんもなかなかのイケメンだけど、結城家の坊ちゃんと比べたら、さすがに勝ち目が見えないな」それを聞いた佐々木俊介は全く気にしなかった。「わかるよ、レベルが違い過ぎると。星城で結城さんと張り合えるのは神崎社長くらいだろう?今日は結城さんに会えて、もう結構ついていると言えるよ。あとで宝くじでも引いて、大当たりが出るかもな」おじさんは佐々木俊介の話を聞いて、思わず笑い出した。成瀬莉奈はうっとりした顔で話を聞いていた。おじさんと別れた後、佐々木俊介の腕を組みながら、ホテルのカフェテリアに向かった。「結城さんは星城で神様のような存在ね。どのような女性が彼の心を手に入れるでしょうね。」結城家は大都市である星城の名家でトップに君臨しているものだ。結城家の御曹司は当代の当主で、結城グループを仕切りながら、副業もやっているそうだ。彼は間違いなく他の人が到底及ばない大金持ちなのだ。それに、結城家の御曹司には彼女がいないと聞く。彼を慕っている女性もそんなに多くいないが、おそらく普段直接彼に会える人が限られているからだ。会えなかったら、彼を好きになる可能性も低くなるに決まっている。もちろん、彼のことを深く愛している人が確かにいた。それは神崎家の令嬢である神崎姫華だ。神崎姫華は公に結城家の御曹司に告白しただけでなく、一心に彼を追いかけていた。成瀬莉奈はもし自分が神崎姫華のような出身なら、彼女にも彼を追いかける自信があると思った。「さっき結城さんの姿を見て、なんだか見覚えがあるようで、どこかで会ったことがあるかもな」佐々木俊介は自分の疑問を口にした。成瀬莉奈は水を差すようなことを言いたくないが、事実に背を向けることができず、口を開けた。「それは難しいんじゃないの?うちの会社は結城グループとの取引がないでしょ。あったとしても、私たちのような人間は結城さんに会うこともできないわ。それに、うちは結城グループの支社と競争関係だから、今後も提携するはずがないの」少なくとも今のと
「結婚した後、彼女は無職だから、収入がもちろんないじゃない?全部俺が養ってやってるんだよ。家のものは全部俺の金で買ったんだ。俺の財産を分ける資格があると思うか?」佐々木俊介は偉ぶった顔で言った。「俺と離婚したら、彼女が家から持っていけるものはなにもないさ」前に、離婚するなら、当時家のリフォームの代金を返してくれと佐々木唯月は言っていたが。佐々木俊介はお金は一円たりとも渡さないと当然のように返事した。今離婚しないのは、息子がまだ小さくて、世話をする人が必要だからだ。それまで、佐々木唯月をただのベビーシッターにしよう。この金のかからないベビーシッターは息子を虐待する心配もなく、献身的に世話をしてくれるだろう。成瀬莉奈が言いたいのは彼の貯金も夫婦二人の共有財産に含まれるということだ。佐々木唯月が訴えたら、貯金の半分も取ることができる。それに、佐々木俊介が普段浮気相手の彼女に使ったお金さえ佐々木唯月に知られ、まとめて訴えられたら、そのお金や買ったものなど全部返さなければならないのだ。しかし、内海姉妹はただごく普通の一般人で、逆に佐々木俊介は大企業の部長だ。職場でうまくやっていて、顔も広い。離婚した後、佐々木唯月がどう足掻いても、彼に敵わないはずだから、成瀬莉奈はあえて考えていたことを言わなかった。言ったところで、佐々木俊介に彼女がお金目当てで近づいたと思われるかもしれない。成瀬莉奈は佐々木俊介に対して、いくつかの真心をもって付き合ってきた。会社の多くの重役のうちで、佐々木俊介だけが一番若かった。まだ30代前半で、普段自分のメンテナンスにはとても気を配っていて、毎日スーツと革靴姿でびしっと決めて、落ち着いた大人のイケメンに見える。もちろん、一番重要なのは、お給料が高いことだ。彼女の兄は佐々木俊介の一ヶ月分の給料が、彼の一年分の収入に匹敵すると言っていたのだ。彼女が佐々木俊介と結婚したら、実家の近所の娘の中で、誰よりもいい結婚相手を捕まえたことになる。その時、ホテルの警備員が素早く出入りしているお客たちを両サイドに誘導すると、黒いスーツを着た大勢の男たちが一人の男性を囲みながら、ホテルを出てきた。警備員に案内され、ボディーガードの大男たちに視界を遮られていた。ホテルから大物が出ていったことがその場にいる全員はわかったが、その真ん中に囲
ためらいながら、佐々木唯月は彼に声をかけた。「朝ごはんを食べないの?」「いいよ、外で適当に食べるから。お前たちだけで食べてくれ」佐々木唯月がただその一言を言っただけで、以前のようにコートとカバンを持ってきてくれ、王様の付き人のように送ってくれなかったので、佐々木俊介は密かに不満を抱いた。佐々木唯月が彼のお金で衣食住を得たのに、彼の世話をちゃんとしてくれなかったからだ。俊介の姉の英子は夫にとてもよくしていて、王様の付き人のようにしていながら、仕事もちゃんとこなしているのだ。逆に佐々木唯月は何もできないくせに、彼にも尽くしてくれなかった。不合格な妻に不満を抱いて、愛してあげないのは当たり前のことだろう。佐々木俊介は勝手に自分の浮気に合理的な理由を見つけた。彼は自分でスーツの上着、カバンと鍵を取り、息子に言った。「陽、パパは会社に行くぞ、じゃあね」息子が彼に手を振ったのを見て、家を出ていった。家を出ると、車でスカイロイヤルホテルへ行った。しかし、成瀬莉奈がスカイロイヤルホテルで彼を待っているとは思っていなかった。「佐々木部長」成瀬莉奈はきちんとスーツを着こなしていて、まだまだ若いのに、しっかり仕事をこなせるエリートに見える。今きれいに化粧を施した彼女は、佐々木唯月より何倍も美しく見えるのだ。「どうして来たんだ?持って行くって言ったじゃない?外で俺のことを俊介って呼んでって約束しただろう。莉奈にこう呼ばれるのが好きなんだ」佐々木俊介は車を降り、愛人に近づくと、手を彼女の肩に回して、自分の胸の中に抱きしめながら、ホテルへ歩いた。「来てくれたなら、ホテルでいっぱい食べてから会社に戻ろう」成瀬莉奈は恥ずかしく笑った。「俊介、一緒にご飯を食べたいから、わざわざここで待っていたの。どう?嬉しくない?」「もちろん、嬉しいさ」佐々木俊介は愛おしそうに返事して、成瀬莉奈の頬に軽くキスをした。成瀬莉奈は顔を赤くして、彼の体を軽く押しながら小声で言った。「やだあ、まだ外だよ。万が一誰かに見られて、奥さんの耳に入ったら、私はみんなに憎まれる泥棒猫になっちゃうわよ。愛しているって言ったでしょ、私はそう言われて本当にいいの?」彼女の目標は佐々木俊介の合法的な妻となり、佐々木唯月に代わって、その家の持ち主の一人になることな
佐々木俊介は振り向き、部屋の中を見た。彼は昨夜自ら帰ってきたのだ。両親と姉に散々言い聞かせられて、彼はやっと帰ると決めた。さもなければ、まだ実家に何日も滞在するつもりだった。実家にいると、何もはばかることなく、成瀬莉奈と二人で一緒にいることができるからだ。普段佐々木唯月はあまり義理の親の家に行かない。行くたびに義母と義姉にけちをつけられるから、煩わしく思い、何事もなかったら夫の実家に行かないのだ。だから、佐々木俊介は遠慮もせずに、図々しく成瀬莉奈と二人の世界を作りあげた。彼が怪我をして休暇を取り、家にいた数日で、成瀬莉奈は仕事が終わるとすぐ彼の世話をしに来て、たくさん栄養食品とおいしいものを買ってきてくれた。これで二人の感情が急速に近づいた。成瀬莉奈は彼の離婚を待つと言い張っていた。何も知らないまま彼と一緒にいてもいいと思っていたら、今頃二人はとっくに最後の一線を超えていることだろう。成瀬莉奈と最後までは関係を持っていなかったが、佐々木俊介は彼女にもっとよくしていた。完全には得られないという状況が、一番良いということだ。それをわかっている成瀬莉奈は、たとえ佐々木俊介と実の夫婦のように仲良くなっても、最後の一線を死守していて、彼の思うようにさせなかった。「彼女が謝ったぞ、今後は二度と俺に手をあげないとも約束した」佐々木俊介は嘘をついた。実際、彼が帰ってくると、夫婦二人は別々の部屋で寝ていたのだ。佐々木唯月に部屋から追い出されたのではなく、一緒のベッドで寝てしまったら、佐々木唯月にズタズタに殺されてしまうのではないかと怯えていたからだ。佐々木唯月は彼に謝らず、逆に、また乱暴したら包丁を持って地獄まで彼を追いかけて、思い切り恥をかかせてやると警告した。佐々木俊介は唯月の恐れも知らない猛々しさに怯えた。帰ってくる前に、両親も彼に注意したのだ。何かあったら佐々木唯月が激しく反抗してくるから、今後彼女に手を出さないほうがいいと。さもなくば、夫婦喧嘩の最後、一体どちらが損するのかは誰もわからないのだ。その返事を見て、成瀬莉奈は嘲笑したように笑った。佐々木唯月が夫に暴力を振るわれたのに、まさか先に佐々木俊介に謝るなんて、本当に気性がいいことで。多分、彼女はまだ佐々木俊介に深い愛情を持っているのかもしれない。それに、佐々木唯月は今無
夜景を眺めているうちに、どんどん眠くなり、内海唯花はブランコにもたれて、何分くらいか居眠りをしようと思って結局寝入ってしまった。目が覚めた時、もう午前五時過ぎで、夜が明けようとしていた。ベランダで一晩中眠っていたなんて。目が覚めると、内海唯花は結城理仁が昨夜帰らなかったことに気づいた。もし帰ってきていたら、彼は必ず彼女を起こすだろう。彼は冷たい性格をしているが、決して冷血無情な人じゃない。彼女にもなかなかよくしていて、妻に与えるべきものは、確かに全部与えてくれたのだ。ハンモックチェアから立ち上がり、リビングに戻って電気をつけた。暫くローテーブルに置いておいた二つのハンドメイドを黙って見ていて、結城理仁の部屋へ向かった。ドアの鍵がかかっていて、その部屋の鍵を持っていない彼女はドアを開けることができなかった。多分、本当に帰って来ていないのだろう。今日は月曜日、また新しい一週間の始まりだ。結城理仁が一晩中帰ってこないし、内海唯花に電話もかけてこなかったから、まだ怒っているに決まっている。彼女もわざわざ彼を気にかける必要はないと思っていた。どうせ彼に電話をかけても、絶対出ないだろう。結城理仁が家にいないので、内海唯花も家で朝食を取らないことにした。外が明るくなると、車の鍵を持ち家を出て、外で適当に食べてから姉の家に甥の佐々木陽を迎えに行こうと決めた。佐々木唯月は今日も仕事を探しに行くから。内海唯花はマンションの下にとまっていた結城理仁のホンダ車を見て、思わず立ち止り、じっくり車のナンバーを確認して、確かに彼の車だと確定した。結城理仁は車で出かけたわけじゃないのか。少し迷ってから、携帯を取りだして、結城理仁にメッセージを送った。彼女は彼に聞いた。『今日は会社へ行かないの?マンションの下に車がとまってるの見たけど』メッセージを送った後、彼女は自分の車に向かった。そして、車のエンジンをかけ走らせた。姉の家に着くと、意外なことに義兄の佐々木俊介が帰ってきていた。「唯花か、おはよう」佐々木俊介は先に義妹に声をかけた。少しきょとんとしていたが、内海唯花は彼にも挨拶して尋ねた。「お姉さんと陽ちゃんはもう起きましたか」「唯月はキッチンで朝食作ってる。陽はまだ起きていないよ」帰ってきた佐々木俊介が随分自分に丁
屋見沢は星城の高級住宅地で、ここに住んでいるのは数少ない大金持ちか、権力のある名家の者ばかりだ。結城理仁は内海唯花と結婚する前、ほぼ毎日ここに住んでいた。実家にはたまに帰り、お年寄りの相手をするくらいだった。彼が住んでいたのは、もともと何軒かの小さな一軒家をまとめて買い取り、一つの大きな家に建て直したもので、前にも後ろにも庭園がついていた。実家ほど広くないが、一人の住処としては十分快適なところだ。執事である吉田は彼が帰ってくるのを知り、お腹をすかせないように、先に昼食を用意していた。結城理仁は起きるのが遅かったので、朝食を食べず、そのまま昼食にした。慣れ親しんだ家で腹一杯食べているうちに、結城理仁の機嫌はいくらか良くなってきた。そして、ソファーに座り、九条悟に電話をした。一方その頃、九条悟はまだ目を覚ましていなかった。昨日東隼翔と一緒に結城理仁に付き合ってがっつりお酒を飲んでいたのだ。結城理仁はお酒に強く、そこまで酔っていなかったが、九条悟は誰かに家まで送ってもらわなければならないほど酔っていた。東隼翔は結城理仁よりお酒が強く、少しも酔っていなかったが、お酒を飲む以上、車を運転することができず、そのままホテルに泊まっていた。「社長」九条悟は少しかすれた声で挨拶した。「おはよう」暫く沈黙した結城理仁は言った。「おはようも何も、俺はもう昼食も食べ終わったぞ」九条悟「……」携帯を少し耳から離し、時間を確認すると、本当にもう昼だと気づいた。どうりで社長様がじきじきモーニングコールしてきたわけだ。少々お腹が痛いが、幸い頭は痛くなっていない。さもなければ、彼は一日中ベッドの中に封印されるかもしれない。「どうした?」「午後はどこかへ遊びに行かないか?」九条悟は、さっと身を起こし、もう一度携帯を耳から離し、着信通知をじっくり確認した。電話をかけてきたのは間違いなく、彼の上司兼親友、結城理仁である。確認すると、彼は笑い出した。「どうした理仁、君からどこかへ遊びに行こうと聞かれるなんて、今日は太陽が西から出てきたのか。奥さんと一緒にいなくてもいいのか」結城理仁の顔色がどれほど不機嫌なものか、九条悟は確認するすべがなかった。夫婦喧嘩したことを結城理仁は口に出すわけがなく、わざと淡々とした口調でいった。「彼女は休み
彼が何か壊したいなら好きにすればいい。どうせこの家は彼のものなのだから。何かが壊れれば、それは彼自身が損するだけだし。結城理仁はその床にこぼれたハチミツ水をちらりと見て、部屋へと戻った。浴室へと向かい、浴槽に冷たい水を溜めてその中に入り、頭をスッキリさせようとした。彼は多くのお酒を飲んでいたが、実際はまだ完全には酔っておらず、理性は保てていた。ただたくさん飲んでしまうと、いつも衝動的に行動してしまう。リビングの電気も後から内海唯花が出てきて消したのだ。これは彼の家だから、電気代を節約してあげようと思ってだ。この夜、夫婦二人はどちらも寝返りを打ってばかりで眠れなかった。二人ともイライラしていたせいだ。内海唯花は結城理仁に疑われたことに腹を立てていた。結城理仁は彼女と金城琉生が一緒にいたことに腹を立てていた。自分が見たものは絶対に間違いなく浮気だと堅く信じていたのだ。彼女は金城琉生と知り合ってからもう十数年間彼の成長を見守ってきただけだと言っていた。彼女と牧野明凛は親友同士で、金城琉生は明凛の従弟だ。結城理仁は彼女と金城琉生が知り合って十数年の仲だということは信じていた。彼女は金城琉生を本当の弟のように見ていると言っていた。しかし、金城琉生は彼女の弟ではないじゃないか。彼らの間には一切血縁関係など存在していない。それに、金城琉生が彼女を見つめる瞳には深い愛情が隠れている。彼は彼女のことが好きなのだ。そのことを彼女は本当に知らないのか、それともただ知らないふりをしているのか。結局、結城理仁のあの怒りはどうしても消し去ることはできなかった。翌日、日曜日。内海唯花は朝早く店に行った。以前なら週末にはお店は普通開けないのだが。彼女と結城理仁は昨夜喧嘩したといえるので、彼と言い争って彼女の気分が悪かったからだ。それに、結城理仁のあの厳しく冷たい恐ろしい顔を見たくないので、朝早くに店に来たのだった。彼女は喜んで店で一日中ハンドメイドしていられる。機嫌が悪かった内海唯花は、朝食も結城理仁には作らなかった。彼女は今日自分の分だけ朝食を作って食べた。結城理仁がお腹が空いて目を覚ました時にはすでに午前十時を過ぎていた。服を着替えた後、結城理仁は部屋の中で長い間沈黙してからようやく部屋を出た。彼は心の中で、これは彼自