「そういえば、話したいことがあるの」内海唯花は話題を変えた。彼女の相変わらずのはつらつとした声を聞いて、結城理仁は彼女がさっきの沈黙に何の不満も抱いてないことがわかった。彼女のその怒りのない様子に、なぜだか結城理仁はもやもやした。「なんだ?」「おばあちゃんが週末の二日間うちに泊まりたいって言ってたわ。先に結城さんの許可を得るように頼まれたの。おばあちゃんの実の孫だから、同意しないわけじゃないでしょ」結城おばあさんは夫婦の邪魔になるのを恐れているに違いない。それはおばあさんの考えすぎだ。そもそも夫婦の邪魔になるわけがない、本当の夫婦じゃあるまいし。二人は昼間各々の仕事をしている。夜になると、二人とも自分の部屋で寝るのだ。用事がある時だけ少し会話を交わすようなもので、普段一緒に世間話をしながら暇をつぶすこともあまりないのだ。前に、スピード婚をするうえで、この婚姻はただルームメイトと一緒に同じ屋根の下で生活するようなものに過ぎないと思っていた。今は本当にその通りになっていた。内海唯花は確かに結城理仁に少し好感を抱いてこの先のことを期待していたが、ただ自分が迎えに来るだけで、彼を沈黙させるほど不愉快にさせるのに気がついて、彼女はその好感が生まれそうな芽を摘んだ。やはり契約書の通りに暮らしたほうがいい。五か月後、また独身に戻るまでだ。結城理仁は確かに祖母に来てほしくないのだ。おばあさんはずる賢い狐のように、よく孫たちに罠を仕掛けてくる。おばあさんは彼と内海唯花がただ夫婦のふりをしているだけだとを知っていたのだ。もし家に来たら、使える手を全部使って二人を同じベッドに送ろうとするに違いない。「週末でもそれぞれやることがあるだろう、ばあちゃんと一緒にいる時間はあまりないと思うけど。うちに来るより実家にいた方がいい、父さんと母さんはすでに退職してるから、ずっとばあちゃんの傍にいられるんだ」結城理仁の話を聞きながら、内海唯花は首を傾げ、彼を見つめた。どうりで、おばあさんは絶対彼の同意を得る必要があると、勝手に決めちゃいけないと何回も注意してきたわけだ。この人は本当に祖母に来てほしくないのだ。「おばあちゃんに泊まりに来てほしくないの?長くいるわけじゃないし、二日間だけよ。来ても午後に着くっておばあちゃ
彼とは、まったく話ができない。内海唯花はこれ以上何も言わず、ただ大人しく助手席に座って黙って、外の景色を眺めた。店に戻ると、佐々木唯月も戻ってきた。「お姉ちゃん」内海唯花は車を降り、姉を呼んだ。佐々木唯月は振り向いて、妹夫婦を見ると、ふっくらした顔に笑顔を浮かべながら聞いた。「結城さんとどこへ行ってきたの?」「一緒にご飯を食べるために、会社まで迎えに行ったのよ。お姉ちゃんは?仕事が見つかった?」結城理仁も車を降りると、佐々木唯月に挨拶した。佐々木唯月は笑って彼に会釈し、妹が仕事について聞くと、顔色を曇らせた。彼女は力なく首を横に振って言った。「まだよ。履歴書いっぱい出したけど、まだ返事がないか、そのまま断られるかの二択ね」途中で少し言い淀んで、また口を開けた。「私に2歳の子供がいるのを知って、子供がまだ小さいから、手を焼くことが多くて、絶対仕事に集中できないって言い張ったの。本当にムカつく。子供がいる母親が仕事に専念できないって誰が言ったのよ。子供の世話をする人がいて、私はちゃんと仕事をこなせるって言っても、相手は全く聞く耳を持たなかったの。いつから子持ちの女性が就職するのに差別されるようになったの?」佐々木唯月は午前中ずっと就活していたが、疲れた体とお腹が空いた以外、何も得られなかった。佐々木俊介と離婚したらまともに生活できるかという夫の家族に罵られた言葉を思わず思い出した。これは三年間のブランクだった。取柄がない以上、彼女が好きなように会社を選べるわけじゃなく、会社に選ばれる状態なのだ。また経理部長の仕事ができると思っていたが、今の状況からみると、どんな仕事も関係なく、仕事がもらえるだけで幸運だということだ。「お姉ちゃん、大丈夫だよ、焦らずゆっくり探せばいいの。きっといい仕事が見つかるから」内海唯花は姉を慰めながら、彼女の腕を組んで店に入った。「先にご飯を食べて、休憩して、午後になったらまた探しに行こう。ネットで履歴書を出してみてもいいと思うよ。面接のお知らせが来たらまた出かけるの」「ネットにも出したのよ、でも面接の連絡はいまいちなの」職場復帰に自信を持っていた佐々木唯月は、午前の成果のなさのせいで、急に自信がなくなってきた。もしかしたら、経理の仕事だけではなく、他の仕事も視野に入れ
食事を終えた後、佐々木唯月は家に帰って休むと言った。午前中ずっと仕事探しをしていて、とても疲れていたのだ。仕事も見つからなかったし、それにショックも受けていた。家に帰ったら、もう少し自分の要求を低くして履歴書を書かなければならなかった。それで仕事が見つかるかやってみよう。「お姉ちゃん、家まで送るよ」妹に言われて佐々木唯月は妹の夫を見た。結城理仁はタイミングよく言った。「義姉さん、私は会社に戻ります」「ええ、気をつけてね」佐々木唯月はそう彼に言い、彼が去った後、まだ寝ている息子を抱き上げて妹の車に乗った。「結城さんが昼ご飯を食べる時間がそんなにないなら、会社までご飯を届けてあげたらいいわ。わざわざここまで来てまた行くのは昼休憩ができなくなるから」「わかった」内海唯花は車を出した。彼女はもう二度と結城グループには行かない。この言葉は言わなかった。姉に叱られるからだ。姉は明らかに妹の夫を気に入り認めていた。結城理仁が会社に戻った頃にはもう仕事開始の時間になっていた。エレベーターを出てすぐアシスタントの一人が彼を見て恭しく言った。「結城社長、九条さんがお待ちですよ」結城理仁は頷き、どっしりとした歩みでオフィスへと向かった。それと同時にそのアシスタントに「コーヒーを頼む。何も入れないでくれ」と言った。彼はブラックコーヒーを好む。彼はそれを聞いてすぐ反応して言った。「社長は午後、コーヒーをお飲みにならないのでは?」結城理仁は普通、朝一杯のコーヒーを飲めば、一日中目は冴えている。もし午後にまた一杯飲めば、夜はもう寝られなくなるのだ。だから、彼は午後にはコーヒーを飲まない。結城理仁が何も答えなかったので、アシスタントはそれ以上は何も言えなかった。理仁がオフィスに入った後、彼は急いでコーヒーを入れに行った。ドアを開けて入ると、九条悟が望遠鏡を持って窓から何かを見ているようだった。結城理仁は顔を曇らせ、大股で彼に近づくとその望遠鏡を奪い取った。「勝手に俺の物に触るな」「なんだ、なんだ、落ち着かない様子だな」九条悟はからかって言った。「君がデスクの上に置きっぱなしにしてたから、ちょっと借りて外を見てただけだよ」二人はデスクの前に座り、結城理仁は望遠鏡を置いた。「昼、奥様は来たか?」「悟、お前は
結城理仁は淡々と言った。「伊集院善は確かに腕っぷしは大したことないだろうが、彼ら伊集院家はA市において結城家と同様トップの名家なんだ。安全のために彼が何人かのボディーガードを連れているのも別にお前だって今になって知ったわけじゃないだろう。なんでそんなに驚く必要があるんだ。お前もああいう光景に憧れるってんなら、毎日ボディーガードを十人くらい侍らせたらどうだ」九条悟はボディーガードを連れなくても、自身の護身術で十分だ。しかも、ほとんどの人は彼の正体を知らないので、もしボディーガードを侍らせていたら余計に人目を引いてしまうだろう。二人は仕事の話をしていて、そこへアシスタントがドアをノックして入ってきた。「社長、コーヒーをお持ちしました」アシスタントはできたてのコーヒーを持って来て、さっと結城理仁の前に置いた。アシスタントが退室した後、九条悟は親友兼上司をからかって言った。「昼は会社から飛び出して奥さんとイチャイチャしといて、午後は元気がなくなったのか。二杯くらい飲んどけよ、な」結城理仁は暗い表情になった。何がいちゃつくだ。彼は内海唯花との間にまたギャップが生じたと感じているというのに。彼女が彼を会社まで迎えに来たのを嬉しく思っておらず、彼女もまた何も言わないし怒りもしない。結城理仁は彼女が今後、二度と結城グループまで彼を迎えに来ることはないとはっきり断言できる。「なんだ?顔色が良くないぞ。まさか夫婦喧嘩でもしちゃったのか?見たとこ奥さんの性格は良さそうだけど」理屈が通じない相手というわけではない。結城理仁は暫くの間黙っていて、いくら待ってもその原因を口にはしなかった。九条悟の口は堅いと言えば堅いほうだが、噂が好きな男だ。彼は九条悟がいろんなことを知りすぎて、ある日酔った勢いで全て暴露してしまわないか心配なのだ。しかし、彼はまた九条悟から内海唯花との、このなかなか先に進まない硬直した状況を打破する方法を聞きたいとも思っていた。それで、彼はこう答えた。「もしかしたら、少し、彼女を傷つけてしまったかもしれない」九条悟の瞳がキラリと光り、立て続けに質問した。「どんなふうに?聞かせてくれよ」結城理仁は机の下で悟の足をひと蹴りした。九条悟は彼に蹴られて、ケラケラと笑って言った。「中途半端にしか教えてくれないって、理仁、そ
「隼翔が明日いつもの店で食事しようって言ってきたぞ。あいつ、毎回俺たちを誘う時はいつもビストロ・アルヴァに行くよな。確かにあの店の料理は最高だけど、隣が結城おばあさんがオーナーのルナカルドじゃなきゃなぁ。あのカフェでお茶でも飲んでリラックスできるってのに、さすがにあそこには行きたくないだろ」「あそこは俺たちが以前よくたむろしていた店だから、隼翔は昔からの情に厚いやつだな」以前、彼らがお互い今の立場にある前のこと。結城理仁がまだ社会経験を積んでいる途中、社長にも就任していない頃、自分の結城家の子息という身分を人に知られるのが好きではなかった。三人の親友たちはそれでよくこの中レベルのレストランで食事をしていた。カフェ・ルナカルドはここでは一番大きく高級なカフェだ。その周辺はアパレルにしろレストランにしろ比較的高級な店が多い。もしそれらの店のレベルが低ければ、ルナカルドに来る客の集客につながらないからだ。この高級カフェに来る客は普通、エリート揃いだ。このエリートたちは常に自分に対してお金は惜しまず使っている。カフェでお茶をした後はよく周辺にあるグルメを満喫したり、服を買ったりする。だから、この繁華街はカフェ・ルナカルドを中心にして中高級の消費エリアとなっているのだ。「行くか?」「ご馳走してくれるっていうなら、もちろん喜んで行くさ」結城理仁は珍しく笑顔を見せた。彼と九条悟、そして東隼翔の友情は厚く固い。東隼翔が食事に誘ってくれて彼がその誘いに乗るのはまた別の話で、主に家にいて内海唯花と顔を合わせるのが気まずいから、彼女と一緒にいる時間をなるべく減らすためだった。「じゃあ、俺も行こうっと。せっかくの週末なんだし、やっぱり羽を伸ばさなくっちゃな。食後は君のばあちゃんが経営しているカフェでだらだらしてさ、夜は海辺にバーベキューでもしに行くか?」結城理仁は断った。バーベキューに行くくらいなら、ゴルフに行ったほうがましだ。九条悟はぶつくさと暫く呟いてから去っていった。彼がいなくなってから、結城理仁は祖母に電話をかけた。「理仁、唯花ちゃんから何か連絡あった?」「うん」結城理仁は声を低くして言った。「ばあちゃん、もう年も取ったし記憶力が悪くなってるんだろうから、もう一度言っておくよ。俺はもうばあちゃんの希望を叶えて内海さ
少し迷って彼は結局食卓に座り、再びその袋の結びを解いて、食べる気のなかったおにぎりを黙々と食べ始めた。内海唯花と生活するようになって、彼も少し普通の人の暮らしをするようになったと言わざるを得ない。今までの彼だったら普段食べることのない、多くの食べ物を口にするようになった。朝食を食べ終わると、結城理仁はベランダに行き、ハンモックチェアに腰掛け彼女が育てている草花を観賞した。十一時頃までそこに居続け、九条悟からの催促の電話を受け取り、彼はようやく部屋に戻って服を着替え出かけて行った。内海唯花が姉の家に行っているので、結城理仁は夫婦二人がばったり出くわすこともないと思い、ホンダ車には乗らずいつもと同じようにあの高級車ロールスロイスを運転していった。ボディーガードが乗った数台の車に送られて威勢よくビストロ・アルヴァへと向かって行った。付近まで来ると、車を祖母のカフェの前に駐車し、歩いてレストランへと向かった。そうすることであまり目立つことはない。結城理仁がレストランに到着した時、東隼翔と九条悟はすでに来ていて、彼に手招きしていた。彼はボディーガードを引き連れて中に入っていった。ボディーガードたちは三人のすぐ隣の席に座った。こうすれば近くで主人を守ることができるし、友人たちとの食事の邪魔をすることもない。東隼翔と九条悟の誘いだからこそ、結城家の坊ちゃんをここまで来させることができるのだ。結城理仁たちの選んだ席は静かな端の方の席だった。「理仁、注文どうぞ」東隼翔はメニューを結城理仁の前に置いた。結城理仁はそのメニューは置いたまま淡々と言った。「よく来ていた店だぞ、店長にいつものと言えばいい」「他のを試してみないのか?」九条悟がその言葉を受け取りこう言った。「彼はこだわりがあるから、他の料理にしたら食べられないかもしれないぞ。俺もいつものにしようっと」東隼翔は友人二人がいつもの料理を注文すると言ったので、店員を呼んで三人の料理を書いて渡した。「ちょっとお手洗いに」結城理仁は立ち上がって行った。ボディーガードが一人立ち上がり彼について行った。彼らはここで主人が何か都合の悪い状況になるかもしれないと心配しているわけではなく、彼に女性が付き纏うのを心配しているのだ。結城家の御曹司はまるで大きな移動式の磁
結城理仁は自分の席に戻ると、平常心を保っていた。注文した料理が運ばれてきて彼は食べ始めた。友人二人がどんな話をしても、彼は一向に黙ったまま何も話さなかった。頭の中には内海唯花が笑顔で金城琉生に料理を分けていた様子が浮かんでいた。「理仁、なんかお前今日変だぞ」東隼翔は料理を一口食べた後、向かいに座っている結城理仁を見ながら言った。「なんでずっと食べるばっかで、一言もしゃべらないんだ?」九条悟もそれを聞いて頷いた。結城理仁は淡々と「腹が減ってるんだ」と言った。朝食食べたくもないおにぎりを食べたが量は多くなかったので、彼は本当にお腹がすいていた。もちろん、機嫌が良くないのは言うまでもない。気分がすぐれないので、彼はひたすら食べ続けた。彼女が金城琉生に自分の料理をあげるのを彼は別に羨ましいわけではない。彼もそうしてほしいとでも?彼がヤキモチを焼くとでも思ってるのか?彼は以前言ったが、ヤキモチなど焼かない人間だ。ネチネチしたものなんて好きじゃない!彼ら夫婦はもともとルームメイトとして日々暮らしているだけだ。それに契約書にもサインして、プライベートなことはどちらもお互いに干渉したりしない。彼女が契約期間中に次の相手を見つけたいと思ったとして、金城琉生と同居して不倫などしない限り、彼は見て見ぬふりをするつもりだ。結城理仁は心の内で自分に言い聞かせていた。しかし、彼の頭の中には、やはりさっきの内海唯花と金城琉生が楽しそうに笑っておしゃべりしている光景が浮かんできた。親友二人はどちらも結城理仁がおばあさんからグチグチ言われて、それに耐えきれず結局おばあさんの命の恩人と結婚したことを知っていた。彼からお腹が空いていると聞いて、九条悟はからかって尋ねた。「君は奥さんがいるだろ?どうして腹が減るんだよ。今朝は何も美味しい物を作ってくれなかったのか?」これまで会社で彼に会った時には、毎回妻が彼と一緒に朝食を食べようと誘ってくると言っていた。結城理仁はいつも妻がいる人間なんだと自慢しキラキラした顔をしていたじゃないか。九条悟は手を伸ばし、結城理仁がこの日着ていた服を引っ張って言った。「妻がいる人間が、どうして自分で買った服を着ているんだよ」結城理仁は冷たい表情になり、九条悟の手を叩いて払うと、冷ややかな声で言った。「俺と彼女は
たとえ名義上の夫婦でも、結婚を秘密にしているのは東隼翔も面白くないと思った。結城理仁は友人二人がからかってくるのを聞きながら、それ以上は話さず、引き続き食べていた。そしてすぐにお腹いっぱいになった。「俺はばあちゃんのカフェで座ってるから、二人はゆっくり食べてくれ」箸を置いて、ティッシュで口元を拭くと、結城理仁は立ち上がり、そこから離れようとした。「俺らも腹いっぱいになったし、一緒に行くよ」東隼翔と九条悟も箸を置き、結城理仁と一緒に隣にあるカフェ・ルナカルドへと行くことにした。ボディーガードたちもすでに食事を終えていて、自分たちの主人が店から出ていこうとするのを見て、何も言わず立ち上がり主人を守るようにそっと外へと向かって行った。女主人に気づかれないように。女主人は金城家のお坊ちゃんと食事をしている。金城坊ちゃんは彼らの主人と顔を合わせたことがある。だから女主人には気づかれてはいけないのだ。もしそうなれば主人の正体がばれてしまうから。東隼翔はお会計に行った。九条悟は彼が会計を終わるのを待って一緒に外に出た。歩きながら小声で話した。「隼翔、今日理仁のやつ、なんかおかしいと思わないか?いや、店に着いた時にはいつも通りだったろ。表情だってあんなに冷たくなかったしさ」結城理仁が落ち着いていて、冷たく厳しい感じの人だというのは誰もが知っている。しかしプライベートで友人たちと付き合う時には、ある程度その冷たさは消え、友人に対しては和らいだ表情を見せる。「あいつがトイレから戻って来て、ちょっとおかしくなったよな」九条悟は突然足を止め、後ろを振り向いて中へと進み言った。「ちょっとトイレに行って、あいつに何があったのか確認してくる」東隼翔は彼を引き留め、外に向かって歩き出すと、笑って言った。「あいつが何か見てたとしても、もう時間が経ってるんだから、今行ってそれが見られると思うか?理仁はずっとあんな感じだ。お前の考えすぎだよ」東隼翔は誰かが、あるいは何かが結城理仁の顔色を一瞬にして変えることはできないと思っていた。結城理仁は落ち着き払っていて、たとえ山崩れが起きても顔色を変えやしないだろう。「考えすぎじゃないよ。あいつは絶対に何かに出くわして、突然冷たくなったんだ」九条悟は本当に興味津々で、結城理仁が一体トイレで
「おばあちゃんは外にいるの。あなたの店で一緒に朝食を食べようと思って。そうだわ、唯花ちゃん、朝食を買って来る必要ないわよ、おばあちゃんが三人分を用意しておいたから。持って行って、あなたと明凛お嬢さんと一緒に食べましょ」「わかったわ。じゃあ、おばあちゃん、お店で私を待っててね。すぐ行くから。でも、これからはこんなに早起きしないで、もっとたくさん寝たほうがいいよ。私朝そんなに焦ってご飯食べる必要もないから」「おばあちゃんはね、年取ったから睡眠が浅くてお天道様が昇ったら目が覚めちゃうようになったの。あなたがお腹空かすんじゃないか心配してるんじゃなくて、ただ私があなたと一緒に食べるのが好きなだけよ。そのほうが同じ朝食でも美味しく感じるんだから」内海唯花はそれを聞いて笑った。過去数か月の中で、彼女はよくおばあさんと一緒に食事をしていた。おばあさんは星城にある美味しい店をたくさん知っていて、彼女と牧野明凛を連れて星城でも有名な地元料理を食べ回っていた。彼女と明凛はおばあさんが若かりし頃、絶対に大食いだっただろうと確信していた。今は年を取ったので、食べる量も少なくなった。それに、生活条件も良くなったから、選り好みをするようになったのだ。おばあさんの食欲はそれで低下したのだ。二人は暫くおしゃべりしてから、おばあさんは電話を切った。電話を切った後、顔を上げるとそこには沈んだ黒い瞳で彼女をじいと見つめる孫の顔があった。おばあさんは驚いた後、彼に尋ねた。「そんなふうに私を見つめてなんなの?おばあちゃんに何を聞いてもらいたかったの?」結城理仁は一の字に結んでいた唇を動かして言った。「電話はもう切ったろ、俺が何を言っても意味ないじゃないか」「なんでさっき言わなかったの?」結城理仁は顔をこわばらせて何も言わなかった。おばあさんは彼の腕をぱちんと叩いて言った。「見てごらんなさい、あなたっていっつもこうね。頑固者なんだから。言いたいことや聞きたいことはその口を少し動かして言葉にすればいいでしょう?そんな口を固く閉じて、厳しい顔つきで生まれつき口がない人間みたいよ。私もおじいさんも口下手な人じゃないのに、なんであなたはこう育っちゃったのよ。ちゃんと口があるってのに、どうやって使っていいのかわからないのかしら」結城理仁の整った顔が少し赤く
おばあさんは孫のこのやり方が気に食わず、その場を動きたくなかった。そのまま道の端にある石造りのスツールの上に腰掛けた。彼女が一体どれほどの労力をかけてこの孫の結婚に取り付けたことか。その結果が……結城理仁は少し黙って、おばあさんの方へとやって来ると、横に座り落ち着いた声で言った。「ばあちゃん、無理に押しつけてもうまくはいかないって知ってるだろう。ばあちゃんに代わって恩返しするために、育ててくれたあなたの言うことを聞いて彼女と結婚したんだ。ばあちゃんと約束したろ、結婚後の生活には関わらないって。結婚の申請をしに行ったあの日もばあちゃんに言ったじゃないか。俺は彼女の人柄をしっかり見て、俺が一生をかけてもいい相手かどうか見極めるって。もし、彼女にその価値がなければ、半年後に終止符を打つだけだ」おばあさんは心中面白くなく、こう言った。「このねじ曲がった性格の坊ちゃんめ、もしあなたが唯花を好きになったとしても、絶対にそれを認めないだろうね」結城理仁「……」「もういい、結構よ。あの時、あなたに強制して唯花さんと結婚させた私が悪かったわ。あなたの言う通りね、無理に押しつけられたらうまくいかないって。もう自分の好きなようにしてちょうだい。あなたの言葉を借りれば、あなた達は結婚を秘密にしているし、このことを知っている人もほとんどいない。離婚した後、唯花さんが受ける影響は本当に少ないしね」おばあさんはため息をついた。「でも、後悔してほしくないわ。後悔しておばあちゃんのところに泣きついてきてもどうしようもないからね」結城理仁は唇をきつく結び、一言もしゃべらなかった。「運転手に連絡して迎えに来させて。私はもう行くわ。まったく、あなたに会うたびに腹が立って、頭に血がのぼったら早めにおじいさんに会いに行くことになるかもね。彼は亡くなる前、あなたの結婚を心配していたのよ。一生一人で生きていくんじゃないかってね」……彼のおじいさんが亡くなった時、彼はまだ今よりずっと若かったじゃないか。結婚のことなど全く焦る必要もなかったはずだ。もちろん、彼は今でも若い。まだ30歳なんだぞ。「ばあちゃん、朝食をとってから帰ったらいい」結城理仁はやはりおばあさん思いだ。彼は祖父母に育てられた。祖父が亡くなって祖母は独りになってしまった。彼は昔、長い時間をおばあさんと
「唯花さんが何をしたの?あなたに家には帰って来るなって?」「彼女は何もしていない」「理仁、あなたは私の傍で大きくなったのよ。この家であなたのことをよくわかっているのはおばあちゃんよ。あなた達夫婦が何もトラブルがないっていうなら、あなたがこんなところまで来て暮らすわけないでしょ。唯花さんは一体何をしたの?あなたが言わなくてもいいわ、後で彼女のお店まで行って聞いてくるから」結城理仁は足を止め、おばあさんを見つめ少しイライラしていた。「ばあちゃん、言っただろ、俺と内海さんとの結婚生活に関しては何も首を突っ込むなって」「おばあちゃんは首なんか突っ込まないわよ。ただ二人に何があったのか心配で知りたいだけよ。あなたは傲慢でプライドが高く、金持ちであることも結婚自体も隠してるし、唯花さんはあなたの正体を知らないわよね。もしあなたが間違っていたとしても、そう簡単には自分から謝りに行かないだろうし、こんな時こそおばあちゃんの助けが必要でしょう。あなた達のそのギクシャクした状態を解いてあげるわ」おばあさんは結城理仁と内海唯花が結婚した後、夫婦二人の結婚生活については何も干渉しないと約束していた。しかし、おばあさんはずっと夫婦二人の一挙一動を見続けてきた。夫婦が出会って、だんだんお互いを知り、結城理仁が内海唯花に少しずつ優しくなっていき、おばあさんは、ほれ、見たことかと思っていた。やっぱり自分の目には狂いがなかったのだと、夫婦は彼女の期待通りに関係を近づけている。まさかそれが、見たことかと言い切る前に、夫婦が別居してしまった。それでおばあさんはかなり焦っていた。まだかまだかとひ孫を抱く準備をしているというのに。「少しすれ違いがあっただけで、そんなに大きな問題じゃないよ。ばあちゃん、心配しないでくれ。内海さんのところにも行く必要はないから。あと数日したらフラワーガーデンのほうに戻るよ」結城理仁はやはりその元の原因を白状したくないのだ。九条悟に言われた後、結城理仁は実は自分がヤキモチを焼いているみたいだと思っていた。九条悟は理仁が今内海唯花を気にしていると言っていた。しかし、いつもプライドが邪魔して、それを死んでも認めたくないのだ。内海唯花が金城琉生とご飯を食べて浮気している疑いがあり、彼に恥をかかせたと思っている。実際は二人は
内海唯花が家に着く頃、すでに夜中の一時をまわっていた。玄関のドアを開けて入ると、部屋の中は真っ暗だった。結城理仁は帰って来ていないのか、彼の部屋にいるのだろう。内海唯花は黙って玄関を閉め、内鍵もかけた。リビングの明かりをつけ、静かに一分ほど黙っていた。そして、結城理仁の部屋の前まで行き、ドアをノックしようと思ったが、もう夜も遅いし、おばあさんも結城理仁の寝起きが悪いと言っていたのを思い出した。彼女はそれでノックをするのをやめておいた。彼が家にいたとしてもだからなんだというのだ?彼ら夫婦は今冷戦状態なのだ。内海唯花は結局彼の部屋に背を向け、自分の部屋へと戻っていった。この夜も静かだった。翌日の朝、夜寝るのが遅かったので、内海唯花はまだ寝ていた。屋見沢の住宅地に戻っていた結城理仁はいつもの時間に目を覚まし、スポーツウェアを来て朝のジョギングに出ようとしていた。一階に降りてきた時、執事の吉田が彼に言った。「若旦那様、おばあ様がいらっしゃいました」それを聞いて、結城理仁の顔は少し曇ったが、立ち止まらずどっしりした歩きで母屋を出た。そして、おばあさんはちょうど車から降りてきたところだった。おばあさんが突然やって来て彼の生活を邪魔されるのが好きではなかったが、結城理仁は急ぎ足でおばあさんの体を支えに向かった。おばあさんは彼のその優しさを拒むことはなかった。彼がスポーツウェアを着ているのを見て、尋ねた。「今から朝のジョギングに行くのかい?」「うん」「私もあなたと一緒に二周するわ」結城理仁は眉間にしわを寄せた。「ばあちゃん、もう年なんだからさ」「私はまだまだ足腰しっかりしてるわよ」結城理仁はどうしようもなかった。おばあさんが一緒に走ると言うのだから、彼は言うことを聞くしかない。祖母と孫は一緒に屋敷を出て、家の周辺の舗装された道路をゆっくりと走った。おばあさんは確かに年は取っているが、体は丈夫で、普段家にいるときでも家で働いている人たちと一緒に畑仕事をしている。彼女は全くお高くとまった人間ではなかった。結城家の本宅で働いている者達はみんなこの老主人のことが好きだった。「トキワ・フラワーガーデンにはよく住んでいたじゃないの。どうしてまたここにやって来たの?」おばあさんがここにやって来たのは、実は孫のこと
「そうよ、私はひどい人間よ。義理人情のかけらも持ち合わせてないわ。だけど、あんたたちはどうなのよ?当時、あんたの両親が私にどうしたのか、小さい時は知らなくても、大人になった今も知らないっての?もう過去のことだから、今になっても騒ぐななんて言わないでよね。あいつらが私に何をしたのか、私は全部覚えているわ。一生ね!」内海陸は口を開いて反論しようと思ったが、できなかった。最後に彼は起き上がると、唯花に背中を向けて逃げ出した。内海唯花はそれを追いかけ、ひと蹴りで彼を地面に倒し、荒っぽく彼の服を掴み元の場所へと引きずり戻した。地面との摩擦で痛みが走り内海陸はまたわあわあと叫び声をあげた。彼を仲間たちの方へと放り投げ、内海唯花は彼らに警告して言った。「ここで大人しく警察のおじさんが来てあんたらを救ってくれるのを待ってなさい。また誰か逃げようものなら、その時は本気で容赦しないわよ」彼らは内海唯花の凶悪さに恐れおののき、誰一人として逃げようとはしなかった。内海陸はひたすら内海唯花に罵声を浴びせていた。内海唯花の顔色がだんだん暗くなり、もう一度彼に警告した。「もう一度言ってみなさい。そうしたら私も容赦しないから」それを聞いて恐怖した内海陸は黙りこくった。そしてもうそれ以上内海花唯を悪く言う度胸はなかった。しかし、心の中では彼女の先祖にまで文句を言っていた。……唯花の先祖って、それはあんたと同じだろう?内海家の先祖の方々に知られたら、絶対「全く不孝者の子孫どもめ」と叱られるだろう祖先まで出してきて罵るというなら、お前らの責任だ、子々孫々を呪ってやるぞ。結城理仁は内海唯花が完全に優勢なのを見ていた。そこには彼がヒロインを救う白馬の王子になる機会などなかった。もちろん唯花が劣勢になったとしても、彼はその場に姿を現すつもりはなかった。最悪、七瀬以外のボディーガードに指示して彼女の助けをするくらいだ。彼は内海唯花が空手を習っていたことは知っていたが、まさかこれほどまで強いとは思っていなかった。さっき彼女がやられるのではないかと心配してまったく損した。あの数人の不良たちは、彼女の袖に触れる機会さえなかった。「車を出してくれ」結城理仁は低く落ち着いた声で指示を出した。「七瀬、彼女に見られるなよ」結城理仁は七瀬に一言注意するの
失策だ。人を襲う場所を間違えた。ここは信号機のある交差点で、近くには監視カメラが設置されていたのだ。彼らが先に襲ってきたのは明らかで、内海唯花はただ正当防衛したまでだ。内海陸は、自分が七、八人仲間を連れて来たから、内海唯花のような弱い女をやっつけるのは朝飯前だと思っていた。それがまさか、内海唯花が腕の立つ人間だとは思ってもいなかった。家族はどうして唯花が空手ができると教えてくれなかったんだ?「さあ、どうするつもり?」内海陸は引っ張られている耳をどうにかしたいと思ったが、内海唯花はさらに力を入れるので、あまりの痛さにわあわあ叫んだ。口から出るのは罵る言葉だった。「てめえ、その手を放せ、俺の耳を引っこ抜きでもしてみろ、父さんと母さんが許さないからな!」「従姉のお姉さんと呼びなさい」「はっ、ざけんな。何がお姉さんだよ?」「それもそうね。私はあんたの姉じゃないし、私だってあんたみたいな従弟はくれると言われても要らないわよ」内海唯花がさらに力を込めると、内海陸は痛みでさらに大きな叫び声をあげた。彼のあの仲間たちは早々に内海唯花の空手の腕に驚愕し、今は全員彼女の手によって打ち負かされ、内海陸がこのような仕打ちに遭っているのを見て、こっそりと後ろに下がった。「動くんじゃないわよ!」内海唯花の恐ろしい咆哮に、その不良たちはピタリと動きを止めた。みんな怯えた顔をしていた。「内海さん、俺たち人を見る目がなくて、失礼しました。俺らが間違っていました。内海陸の野郎に金つかまされてノコノコついてきちゃったんです。あいつが全部悪いんですよ。姐さん、どうか俺らのことは大目に見て、見逃してくれませんか」不良たちは唯花のことを姐さんと呼び始めた。内海陸「……」気骨のないやつらだ。あいたたた、彼の耳はものすごく痛かった。このクソ女、本気でこのまま耳を引っこ抜いてしまうつもりか?「内海……姉さん。お姉さん、もうちょっと力を、緩めてもらえませんか。お姉さんと呼んでもダメですかね?」内海陸はもう泣きそうだった。内海唯花は彼の耳を掴む手を緩めた。そして、二度彼の顔をパンパン叩き、笑っているのかいないのかわからない表情で言った。「私ってあんたの姉さんだっけ?」「はい、はい、その通りです。私たちは同じ祖父母の孫同士ですんで。あなた
そして、深夜になり車や人通りが少なくなってから、内海唯花がやって来るのを待ってその車を無理やり止めるような行動に出たのだ。「おばあさんがいくらお金を使ったかなんて、私には関係ないね。彼らがお金で祖父母と孫の関係を断ち切った時、私たちに老後の世話も墓のこともする必要はないと言っていたんだから。当時あんたはまだ物心ついていなかったから、何があったのか知らないでしょう。私が書いたツイートを読み直すか、あんたの両親にでも聞いてみればわかるわ。だけど、あんたの両親は恐らく認めないでしょうね。あんた達が私の両親が命と引き換えにした賠償金を使っていなければ、今のような優雅な生活が送れていたかしらね?」内海唯花はとても冷ややかな顔つきで内海陸に反論した。「んなことどうだっていいんだよ。さっさと車から降りてこい。三つ数える、それでも降りてこないってんなら、てめえの車を壊すぞ」内海陸は仲間が多いので、かなりのさばっていた。彼が連れて来たその仲間たちは、すでに内海唯花の車の周りを囲っていた。その頃、後ろからも車がゆっくりと近づいてきていた。内海陸たちは若く血気盛んで、このような不良たちに普通の人はなるべく関わりたくないと思っているから、後ろからゆっくり来ている車なども彼らは全く気にしていなかった。内海唯花の車が内海陸に遮られていた頃、運転手はすぐに車のスピードを下げた。彼と七瀬は後ろを振り返り、結城理仁を何度も見た。結城理仁は顔をこわばらせていて、何も言わなかった。それで運転手はさらに車を減速させるしかなかった。主人は、奥様が危険な目に遭いそうな瞬間に助けに行くつもりなのだろうか?内海唯花は従弟が連れて来た仲間たちの中に、鉄の棒を持っている人がいるのを見て、彼らは本当に彼女の車を壊す気なのだと悟った。彼女は車の中をあさり、傘を見つけ出すと、それを強く握りしめ車のドアを開けて降りて行った。彼女が車を降りる瞬間、内海陸は仲間の一人からその鉄の棒を奪い取り、内海唯花に向かって振り下ろした。内海唯花は覚悟を決めていて、まずは傘でその棒を遮ると、動きを止めずに足ですぐに内海陸の腹を蹴り飛ばした。内海陸はその衝撃で後ろに数歩後退し、最後には地面に倒れてしまった。あの鉄の棒も一緒に地面に転がった。内海陸のそばにいた二人の少年がそれ
運転手はそれを聞いて後ろを向き後部座席に座っている結城理仁を見た。理仁の冷え切った表情を見て、彼はすぐに前へと向き直し、車を運転することに集中した。車のスピードをうまくコントロールし、女主人の車から遠くもなく近づきすぎもしない距離を保っていた。七瀬はある重要なことを思い出し、後ろを振り向いて結城理仁に尋ねた。「若旦那様、今夜はどちらに戻られますか?」主人は昨日、屋見沢にある高級住宅地のほうへ帰っていた。今女主人の車の後についているから、トキワ・フラワーガーデンのほうに帰るのではないだろうか。結城理仁は黙っていた。暫くして、彼はようやく口を開いた。「屋見沢のほうに、だが……」彼は前方にいるあの見慣れた車を見つめていた。その続きを言わなくてもどうするのかは明らかだった。彼らは静かに内海唯花の車がトキワ・フラワーガーデンに到着するのを見届けて、彼は自分の別の家へと帰るのだ。七瀬は頭の回転が速い人物で、すぐに主人の意図を理解し、運転手に詳しく告げた。内海唯花は後ろから一台の車が続いて来ているのはわかっていた。ここ星城の大都市は夜中でも交通量が多い。しかし、彼女は後ろに結城理仁が乗っている車が続いているとは気づいていなかった。彼女があの数台の高級車を見たとしても、それが理仁のだとは知りもしないのだ。もうすぐ交差点に差しかかるという時、道端に立っていた七、八人の少年たちが突然どっと車道に出て来た。そして、内海唯花はすぐに急ブレーキを踏んだ。あと少しで彼らにぶつかってしまうところで、車はなんとか止まった。内海唯花は驚き全身に汗をかいていた。暫くしてからようやく我に返った。「ドンドン」その中の一人の少年が彼女の車の窓を叩いた。内海唯花は誰かにぶつかってしまったのだと勘違いし、急いで窓を開けた。しかし、そこにいたのは彼女の親戚の一番下の従弟だった。「あなただったの?」内海唯花は眉間にしわを寄せた。「死にたいの?さっきみたいにいきなり飛び出て来て、私がもしすぐに急ブレーキをかけてなきゃあんた死んでたわよ?死にたいなら、私の近くで死なないでよね。私の車を汚す気?」彼女のその一番下の従弟である内海陸はまだ十何歳かで、まさに反抗期だ。なにも怖くない年齢だ。以前、彼女のいとこ達が彼女の店に押し寄せて、和解しようとした時、内
まさか、彼は本当に九条悟が言うように、ヤキモチを焼いているのか?そんなバカな。黒の社長椅子に座り、結城理仁はまた携帯を取り出すと、暫くの間考えていた。そして、プライドを捨てて、内海唯花のメッセージに返事をすることにした。LINEを開いた時、彼は内海唯花をLINE友だちから消してしまったことを思い出した。幸いにも、彼は内海唯花の携帯番号を覚えていた。そしてまた暫く悩んでから、結城理仁は勇気を出して内海唯花に電話をかけた。「お客様がおかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないためかかりません」結城理仁「……」内海唯花は携帯を切っているのか?それとも、彼女は彼をブロックしているのか?結城理仁はすぐにデスクにある固定電話から彼女に電話をかけてみた。その電話はちゃんと繋がり、待たずに内海唯花はその電話に出た。そして彼はそれを切ってしまった。なぜなら、彼は唯花が本当に彼の電話をブロックしていることを確認できたからだ。本来プライドを捨ててまで夫婦の仲を改善したいと思っていた結城理仁は、内海唯花からブロックされているのがわかり、その考えを消し、またふりだしに戻ってしまった。先に彼が彼女のLINEを削除し、続けて彼女が彼の電話をブロックしたのだ。うん、夫婦どちらもどっこいどっこいだろう。もうこのままでいればいい。結城理仁は内海唯花に電話をかけるのはやめて、立ち上がりオフィスを出ていった。ボディーガードたちに囲まれて会社を離れ、スカイロイヤルホテルに食事しに行った。一方、お金を使うことで気晴らしをした人は、宝石店で買いまくって何十万も消費してその怒りをやっと静めたのだった。内海唯花が店に戻ると、佐々木唯月は就職活動から戻ってきていた。彼女の表情を見るからに、今日もやはり何も収穫はなかったようだ。内海唯花が数十万円も使って買った物は車から降ろそうとしなかった。姉に見られたら、必ず何か言われるからだ。牧野明凛はおしゃべりなタイプではない。内海唯花の許可がない限り、この夫婦がちょっとした誤解で冷戦状態に入っているということを佐々木唯月には教えていなかった。「結城さんを迎えに行って、一緒にご飯を食べるのかと思ってたわ」佐々木唯月は妹が息子を抱きかかえて車から降り、義弟の姿が見えなかったので、何げ