Chapter: 007 で? いつ死ぬつもりだ? 食事が済むと、大地は「ごちそうさん」そう言って片付け始めた。「いいよ、大地は座ってて。私がするから」「いや、海は飯を作ってくれたんだ。座ってていいよ」「でも」「ちょっとはくつろげよ。そんなに気を使うな」「……」 素っ気ない物言いだが、どこか温かい。そう感じ、海は照れくさそうにうなずいた。 * * *「それで? いつ死ぬつもりだ?」「……」 この男、本当にデリカシーがない。 さっき優しいと感じた気持ちを返せ。そう思った。「どうだろう……分かんない……」「分からないって、自分のことだろ? 裕司〈ゆうじ〉に会いたいんじゃないのか」「勿論会いたいよ。でも……あの場所に立つまでにだって、ものすごい勇気がいったんだから。あんな勇気、簡単に出来ないよ」「ちなみにその勇気とやらは、どうやって育てるんだ?」「分かんないよ……死のうとしたのなんて、初めてなんだから」「お前にとって、人生はそんなに嫌なものじゃなかった訳だ」「そういう大地はどうなのよ。本当は大地こそ、度胸なくなったんじゃないの?」 意地悪そうな笑みを浮かべ、海が問い返す。しかしすぐに、その問い自体が間違いだと後悔した。「俺は今すぐ死ねるぞ」 真顔でそう言った大地の目には、輝きが全くなかった。 人生に何の希望も見出してない、絶望の瞳だった。「大地あんた……もう目が死んでるわよ」「そうなのか? 自分では分からないけど、そう見えるのか」「自覚なし……なんだ……」 大きなため息をつき、海が呆れた眼差しを大地に向けた。「ため息をつくと、幸せが逃げるんじゃなかったのか?」「いちいち癇に障ることを言うのね、大地って」「悪い悪い、馬鹿にしてる訳じゃないんだ。気にしないでくれ」「全く……じゃあ何? 大地はこれから死ぬの?」
最終更新日: 2025-04-04
Chapter: 006 また朝を迎えてしまった 枕元の時計を見ると、朝の8時だった。 もう二度と、迎えることがないと思っていた朝。 ため息を吐き、頭を掻いた。「あいつは……」 隣で寝ていた海がいない。 もう出ていったのか? そう思い起き上がった大地の背後から、海の声がした。「おはよう」「……」 振り返ると、コーヒーカップを持った海が自分を覗き込んでいた。 笑顔で。「……おはよう。もう起きてたのか」 海からカップを受け取り、一口飲む。「……うまいな。コーヒー淹れるの、得意なのか?」「裕司〈ゆうじ〉が好きだったからね。結構練習した」「……そうか」「うん、そう」「よく眠れたか?」「うん。大地のおかげ」「何もしてないと思うけど」「一緒に寝てくれたじゃない」「間違ってはないんだけど……人が聞いたら誤解されそうだな」「困る?」「いや……どうでもいいよ」「裕司がいなくなって2か月。ずっと一人で過ごしてきたの。本当、寒くて寂しくて辛かった」「そうなのか? 俺はてっきり、昨日のように毎晩男を漁ってたんだと」「見境のない女みたいに言わないで。あんな風に声をかけたの、昨日が初めてだったんだから」「じゃあ、これまでずっと我慢してたのか」「そうだよ。死んで裕司の元に行くんだから、それまでは操を守るって決めてたの」「じゃあなんで、昨日はその誓いを破ったんだよ」「あれはその……仕方ないじゃない。死ぬ決意が揺らいじゃったんだから。これから決心がつくまで、また一人で寝なくちゃいけないんだって思ったら耐えられなくて」「まあどっちにしろ、死んでまでして会いたい男への操なんだ。守れてよかったな」「大地のおかげだけどね」「そうだな、だから感謝しろ。そして二度と、ああいうことはしないでくれ」「なんで大地、そんなに気遣っ
最終更新日: 2025-04-03
Chapter: 005 ひとつの布団で 2階建てのハイツの前で、タクシーが止まった。「降りるぞ」「うん……」 車内で二人は、外の景色を見つめ無言だった。 ルームミラーで二人を見ながら、運転手は「喧嘩中かな」そう思った。 タクシーから降りた大地は、階段で2階に上がり部屋の鍵を開けた。「入れよ」 大地の声に小さくうなずき、中に入る。部屋は10畳のワンルームだった。 最初に目についたのは、部屋の大半を占めているダブルのベッド。あとは衣服のケース、ラックとテレビ。整頓された小綺麗な部屋だった。「適当に座ってろ」 フローリングにクッションとテーブルを置き、大地はケトルの電源を入れた。「コーヒーと紅茶、どっちが好きだ?」「あ、うん……じゃあ紅茶で」「分かった。ティーバッグしかないけど我慢してくれ」 そう言って海にカップを渡し、ベッドに腰を下ろした。「……あったかい」「ちょうど茶葉を切らしててな、そんなんで悪い。てか、寒いのか? 暖房入れるか?」「ううん、そういう意味じゃなくてね。大地の気持ちがあったかくて、少しほっとしてるの」「……そうか」 照れくさそうにそうつぶやき、額を掻く。「それでどうだ? 少しは落ち着いたのか?」「うん……ありがとう」 そう言ったまま、海は口をつぐんでうつむいた。 室内に重い空気が広がる。大地は立ち上がり、風呂場に向かった。「……大地?」「今お湯をはるから、用意が出来たら入れ。今日はまあ……色々あった訳だし、お前も疲れただろ」「お風呂なら、先に大地が」「いいから先に入れ。あ、でもあれだぞ? 俺に気を使って湯船に入らない、なんてのはなしだからな。ちゃんと肩までつかって、しっかり体を暖めるんだ」 そう言って再びベッドに腰を下ろし、ゆっくりと背伸びした。「……色々あったって言うなら、大地もでしょ」「ん
最終更新日: 2025-04-02
Chapter: 004 一人は嫌だ「……はい?」「だから、大地の家に泊めてって言ってるの」「……」 こいつ今、何を言った? カップを置き、海を見る。 冗談を言ってる顔には見えなかった。「いやいやいやいや、おかしいだろ。自分の家に帰れよ」「私の家、解約してるから」「……」「逃げられない状況にしないと覚悟も出来ない、そう思ったから」「いやいや、それならホテルにでも泊まれよ。金はあるだろ」「そうね。お金はそこそこ持ってるわ」「ならそうしろ。何で出会ったばかりの男の家に泊まるんだよ。その発想おかしいから」「おかしくなんか……ないって言ったら?」「いやいやいやいや、おかしい、おかしいから。あと、その小動物が餌をねだるような顔で俺を見るな。お前ずるいぞ」「だって……寂しいんだもん」「もん、じゃねえよ。寂しいってんならぬいぐるみでも買って抱いとけ。見ず知らずの男の家に泊まるだなんて、何考えてんだよお前。男なら誰でもいいのかよ」「そうだよ」 海が真顔で答えた。躊躇なく。 その言葉に大地の顔が強張った。「誰でもいい、そばにいて欲しいの。一人でいるのは……もう嫌だから。辛いから」 濡れた瞳を見せないよう、海がうつむく。その姿を見て、大地はようやく海の本当を見れたような気がした。 でも。「……大切なパートナーを失ったんだ。辛いし寂しいだろう」 レシートを手に立ち上がる。「でも、それとこれとは話が別だ。俺は海のパートナーじゃないし、保護者でも友達でもない。それに今日会ったばかりの女を泊めるほど、肝の据わった男でもない。悪いがその要求には応えられない」 大地がそう言うと海は涙を拭い、小さくうなずいた。「そうだよね……我儘言ってごめんなさい。今の言葉、忘れて」「ああ」 支払いを済ませ外に出ると、海は大地に
最終更新日: 2025-04-02
Chapter: 003 しぼんだ覚悟「それで? 俺はいつまでお前に付き合えばいいんだ?」「海」「はい?」「う・み。折角自己紹介したんだから、ちゃんと名前で呼んでよね」 アイスティーを飲み干し、海がにっこりと笑った。「分かったよ。それでその……海。俺はいつまでここにいればいいんだ」「別に。好きにしていいよ」「そうかよ」 大地はため息を吐くとレシートを取った。「おごってくれるの?」「じゃあ払うか?」「いいえ。こういう時は男を立てるって決めてるから」「理解ある女を演じてるんじゃねえよ」「あ、でもその前にひとつ、聞いていい?」「まだ何かあるのかよ」「大地はどうして死のうと思ったの?」 世間話をするような口ぶりで海が聞く。「どうだっていいだろ。くだらない話だ」「そのくだらない話、聞いてみたいんだけどな。あ、すいませーん」 そう言ってウエイトレスに手を上げ、海がサンドイッチとアイスティーのお代わりを頼んだ。「大地は何にする?」「あのなぁ……この状況でよく食えるな」「だってお腹が空いてたんだもん。今日はずっと緊張してて、朝から何も食べてなかったし」「……俺もサンドイッチ、お願いします。あとホットと」 注文を済ませると、大地は居心地悪そうに座り直し、またため息をついた。「さっきから気になってたんだけど、大地、ため息多くない?」「余計なお世話だ、ため息ぐらい好きに吐かせろ。と言うか、誰のせいだと思ってるんだよ」「言いたいことは分かるけど、でもそれ、やめた方がいいよ。幸せが逃げてくし」「だから死のうとしてるんだよ」「違いない、あはははっ」 屈託のない海の笑顔に、大地が再びため息をつく。「ほらまたー。こっちまで気が滅入るから控えてよね。あ、サンドイッチサンドイッチ。いただきまーす」 塩を
最終更新日: 2025-04-02
Chapter: 002 袖振り合うも 改札を出た二人は、そのまま全速力で走った。 息が続かなくなり振り返る。 駅員の姿はなく、何とか逃げ切れたようだった。 男は安堵の息を吐き、膝に手を当て息を整えた。「……お前なあ!」 男が憮然とした表情で女を怒鳴る。しかし女の方は、まだ肩で息をしていた。「全く……」「ちょ、ちょっと待って……言いたいことはいっぱいあるけど、とりあえずタイムで……」 そう言って咳き込む女に、男は呆れ気味に大きなため息をついた。「落ち着いたか?」「駄目、無理……とにかくちょっと、休みたい……」「休みたいってお前……はあっ、分かったよ。そこの喫茶店にでも入るか?」「ええ、そうする……お願い、ちょっと肩貸して……」 もう一度大きく息を吐くと、男は女の手を取り喫茶店へと入っていった。 * * *「全力ダッシュなんて、高校以来だよ」 アイスティーを一口飲み、ようやく女がほっとした表情を見せた。「俺だってそうだよ。でもお前、せいぜい25、6歳だよな。その歳でその体力のなさはどうなんだ」「おおっ、当たってる当たってる。私、25歳だよ」「いや、そこじゃないから」 呆れ気味にそうつぶやき、コーヒーを口にする。「で? 落ち着いたところで聞きたいんだけど、なんで俺の邪魔したんだよ」「邪魔したのはそっちでしょ。あんたがいなければ、今頃私はあの世に逝けてたんだからね」「お前なあ……それはこっちのセリフだよ」「ところで。さっきから気になってたんだけど、初対面の女相手にお前を連呼する男ってどうなの?」「お前だって俺のこと、あんた呼ばわりしてるじゃねえか。大体今から死のうとしてるやつ相手に、敬意もクソもねえだろ」「あんた、絶対モテないでしょ」「ほっとけ」「ふふっ」 そう言って女はもう一口アイスティーを飲み、一息吐くと男に言った。「私は海、星川海〈ほしかわ・うみ〉よ。苗字より名前で呼ばれる方が好き」「なんで唐突に自己紹介が始まるんだよ」「それぐらいいいじゃない。袖振り合うも他生の縁って言うでしょ? それにこんな馬鹿げた出会い、そうそうあるものでもないし。まあカウントダウンの人生、最後の出会いってことでさ」「何なんだよお前」「う・み。海よ」「……分かったよ、海」「よろしい」 そう言って笑顔を向ける海に、「こいつ、本当に死のうとしてたやつなのか
最終更新日: 2025-04-02
Chapter: 第3章 お隣さん・弥生 1/4 悠人〈ゆうと〉と川嶋弥生〈かわしま・やよい〉の出会いは、二年ほど前になる。 大学入学を機に悠人の隣室、702号室に越してきた弥生。 入居の挨拶で悠人の家に来た時、焼き物で有名な滋賀県の信楽〈しがらき〉から越してきたことを弥生は話していた。 眼鏡の似合うポニーテールの女の子。どこか垢抜けていない、素朴で純粋そうな子、と言うのが悠人の印象だった。 隣同士なので顔を合わせることも少なくなかったが、互いに挨拶をする程度で、それ以上の関係になるとはお互い思ってもいなかった。 それから一年近くたった冬のある日。 悠人が仕事から帰ってくると、玄関前で鞄の中をひっくり返し、途方に暮れている弥生を発見した。「……」 こんな鉄板イベント、実際見ることになるとは。 鼻の頭を真っ赤にし、弥生が溜息をもらす。相当長い時間、そうしているように見受けられた。 白いコートタイプのダウンジャケットの前を開け、紫のハイネックが見え隠れするそこから、大きな胸であることが見てとれた。「あの……こんばんは、えーっと……お隣さん?」 悠人は弥生の名前を覚えていなかった。 人付き合いに無頓着な悠人にとって、他人の名前を覚える行為は特に必要ではなかったからだ。会話をすることもなく、「お隣さん」で十分だったのだ。 悠人の声に顔を上げた弥生。その瞳は潤んでいた。「お隣さんって……酷いじゃないですか工藤さん。一年も住んでるのに私の名前、覚えてくれてないんですか? 私は弥生、川嶋弥生です」(ええっ? そっち? 引っ掛かるとこ、そっち?) そう思いつつ、悠人が頭を掻きながら言った。「あ、いやすいません、川嶋さん……じゃなしに、こんな寒い中、こんなところで何してるんですか」「あ、そうでしたそうでした。実は鍵を無くしてしまったみたいで、家に入れなくて困ってたんです。くすん」(……くすんって擬音を口にするやつが、リアルに生息していたとは……)
最終更新日: 2025-04-04
Chapter: 第2章 小鳥と始まる日常 3/3「さ……流石に買いすぎだろ……」 ここに越してきた時でも、ここまで買い物をした記憶はないぞ。 そう思いながら悠人が鍵を開けようとした時、ドアの隙間に挿してある一枚の紙に気付いた。 宅配便の不在表で、家に入り連絡すると、15分ほどして業者が荷物を持ってきた。荷物はダンボール二箱と、細長く厳重に梱包された筒状の箱だった。 ダンボールには小鳥の服、その他もろもろの日用品が入っていた。「女子にしては少ない荷物だな。まぁ3ヶ月だからこんな物か……で、これは何なんだ?」「ふっふーん、これはね」 そう言って小鳥が筒状の梱包を外していくと、中から三脚と望遠鏡が出てきた。「結構高そうなやつだな」「これは小鳥がバイトしまくって買った宝物。悠兄ちゃんの天使の次に大切なものなんだ。悠兄ちゃんと一緒に星が見たかったから、これは持っていこうって決めてたんだ。でもね、そのつもりだったんだけど…… ここって星、ほとんど見えないんだね」「昔はもう少し見えてたんだけどな、街が明るくなりすぎたから。過疎ってきてるとはいえ、これでも都会なんだよな。 ま、3ヶ月ここにいるんだから、そのうち山にでも連れていってやるよ」「楽しみにしてるね。でも悠兄ちゃん、春先でこんなんだったら、夏なんて見える星ないんじゃない?」「間違いなく見えるのは、月ぐらいかな」 その言葉に反応した小鳥が、「月って言えば……」 そう言ってダンボールの中に手を入れ、冊子のような物を取り出した。「じゃーん!」「だから……じゃーんなんて擬音、リアルで口にするやつはいないぞ……ってこれ」 それは月の土地権利証書だった。「お前、月の土地持ってたのか」「悠兄ちゃん、ここここ。ここ見てよ」 小鳥が指差すそこは権利者の欄だった。そこには悠人の名前が記載されていた。「俺の土地なのか?」「悠兄ちゃん、小鳥に約束してくれたでしょ? 大きくなったら小
最終更新日: 2025-04-03
Chapter: 第2章 小鳥と始まる日常 2/3 あの歌が聞こえる。 まどろみの中、その優しい歌声に悠人〈ゆうと〉がゆっくりと目を開けた。「小百合〈さゆり〉……」 歌声の主は小百合の一人娘、小鳥〈ことり〉。(小百合そっくりだな……) 小鳥は台所で朝食の準備をしていた。 そういえば昨日から、小鳥が家に来てるんだったな……そのせいか。あんな夢を見たのは……悠人の頭が徐々に覚醒してくる。 ゆっくりと起き上がり、机の上の煙草に手をやり、火をつけた。その気配に気付いた小鳥が、勢いよく部屋に入り悠人に抱きついた。「おはよー、悠兄〈ゆうにい〉ちゃん!」「わたったったったっ……待て待て小鳥、火、火っ……」「だめだよ悠兄ちゃん、寝起きにいきなり煙草吸ったりしたら。寝起きにはまず水分摂らないと。癌になる確率が上がるんだからね」 どこでそんな知識を仕入れてるんだか……大体癌のことを言い出したら、煙草そのものが駄目だろうに。 そう思いながら煙草をもみ消す。「あーっ、そうだった!」 いきなり小鳥が大声を上げた。「なんだどうした」「悠兄ちゃん、なんで隣の部屋に移ってたのよ。起きたら隣に悠兄ちゃんがいないから、寂しくて泣きそうになったんだからね。朝から半泣きで探し回って、最っ低ーな目覚めだったんだから。プンプン」「……プンプンって擬音を口にするやつ、初めて見たぞ……まぁあれだ、小鳥。寂しいかもしれないけど、同じ屋根の下なんだから我慢してくれ。いくら小鳥でも、流石に18の娘と一緒には寝れんよ」「結婚するんだからいいじゃない。それに歳も18だし、条令もクリアしてる訳なんだから」「条令ってお前、何の話を……この話は長くなりそうだな。朝ごはん作ってくれたんだよな、食べようか」 話をかわされ、少し不満気な表情を浮かべた小鳥だったが、「だね。まずは食べよっか」 そう言って立ち上がった。
最終更新日: 2025-04-03
Chapter: 第2章 小鳥と始まる日常 1/3 悠人〈ゆうと〉と小鳥〈ことり〉の母、水瀬小百合〈みなせ・さゆり〉は物心ついた時からいつも一緒だった。 閑静な住宅街にたたずむ一軒家。それが悠人の生まれ育った家だった。その隣に二階建てのハイツがあった。 電機メーカー工場の社宅。そこに小百合は住んでいた。 二人はいつも一緒だった。互いの家を行き来し、一緒にいることが当たり前だった。 物静かで運動音痴、いつも家で本を読んでいる悠人とは対照的に、小百合はいつも元気に走り回る少女だった。 言いたいことをはっきりと口に出す小百合と、いつも周りを気にして、自分の思いを口にしない悠人。そんな相反する二人は、同じ年にも関わらず、小百合が姉で悠人が弟、そんな奇妙な関係の中でバランスを保っていた。 小学校に入ると、朝の弱い悠人を起こしに、毎日小百合は迎えに来るようになった。 赤と黒のランドセルが仲良く並んで歩く姿は、そのまま6年間続いた。 しかしそれが悠人のいじめにつながった。 活発でクラスの中心になり、男子からも人気の高かった小百合と一緒にいる悠人は、当然のように男子生徒の嫉妬の対象となった。クラスの男子から「いつも女と一緒にいる泣き虫」とバカにされる様になった。 逆らったりすると余計にいじめられる、そう思い、悠人はその中傷を黙って受け入れていた。クラスの違う小百合からそのことを問いただされることもあったが、そのことについて語ろうとはしなかった。 悠人は自分にコンプレックスを持っていた。運動も出来ず、持病の喘息の発作も定期的に起こり、ある意味いじめの対象になっても仕方ない存在だと思っていた。 そんな自分と一緒にいてくれる小百合のことが、本当に好きだった。異性としてはまだ意識してなかったが、彼にとって一番必要な、大切な存在だった。だからこそ小百合に、彼女が原因でいじめられていると告げることは出来なかった。心配もかけたくなかった。 悠人は自然と、そんな現実から自分を守る習性を身につけていった。きっかけは小百合と、小百合の父と三人で行ったファ
最終更新日: 2025-04-03
Chapter: 第1章 幼馴染の娘・小鳥 2/2「何の冗談だ、これは……」 この40年、幼馴染の小百合〈さゆり〉以外に心を奪われたことのなかった魔法使いの俺に今、こいつは何を言った? アニメにしてもクレームものだぞ。 幼馴染からのとんでもない話に、悠人〈ゆうと〉の頭は混乱した。その悠人に、小鳥〈ことり〉が背後から抱きついてきた。 さっきとは違う感覚。自分との結婚を望む少女の抱擁に、悠人が顔を真っ赤にして小鳥を振りほどいた。「待て待て待て待て、冗談にしても質が悪い。エイプリルフールもまだ先だ」「大好き」「人の話を聞けえええっ」「聞いてるけど……あ、ひょっとして悠兄〈ゆうにい〉ちゃん、好きな人とか付き合ってる人とかいるの? お母さん以外に」「いや、そんなやつはいないが……」「よかった、なら小鳥にもチャンスあるよね。3ヶ月の間に小鳥の想い、いっぱい伝えてあげるからね」 悠人の混乱ぶりを全スルーして、小鳥がそう言って無邪気に笑った。 時計を見ると22時をまわっていた。「もうこんな時間。ご飯まだだよね、ごめんね」 そう言って小鳥は、悠人が買ってきたコンビニ弁当を電子レンジに入れた。「悠兄ちゃん、こんなのばっかり食べてるの?」「腹が膨らめばなんでもいいんだよ、俺は」「そっかぁ……やっぱり男の一人暮らしはダメだね。これからは小鳥が毎日、おいしいもの作ってあげるからね」 そう言って小鳥は、リュックからパンを出した。「そういうお前はそれなのか」「うん。今日はバタバタすると思ってたから」 悠人がそのパンを取り上げる。「育ち盛りがこんなんでいい訳ないだろ。これ食べろ」 そう言って、レンジから出した弁当を小鳥の前に置いた。「でもこれは、悠兄ちゃんのお弁当で」「俺は腹が膨らめば何でもいい、そう言っただろ。お前こそしっかり食べないと。色々とその……栄養偏ってるみたいだし」 と言い
最終更新日: 2025-04-02
Chapter: 第1章 幼馴染の娘・小鳥 1/2「悠〈ゆう〉兄ちゃん、泣いてるの?」 夕焼けに赤く染まった公園。 ベンチに座り、肩を震わせている男に少女が囁く。「悠兄ちゃん寂しいの? だったら小鳥〈ことり〉が、悠兄ちゃんのお嫁さんになってあげる」 そう言って、少女が男の頭をそっと抱きしめた。 3月3日。 終業のベルがなり、作業を終えた彼、工藤悠人〈くどう・ゆうと〉が事務所に戻ってきた。「お疲れ様でした、悠人さん」 悠人が戻ってくるのを待ち構えていた、事務員の白河菜々美〈しらかわ・ななみ〉が悠人にお茶を差し出す。「ありがとう、菜々美ちゃん」 悠人が笑顔で応え、湯飲みに口をつける。 その横顔を見つめながら、菜々美が深夜アニメ『学園剣士隊』について話し出した。感想がしっかり伝わるよう、一気にまくしたてる。「やっぱり悠人さんの言ってた通り、生徒会が絡んでるみたいでしたよね。最後のシルエット、あれって生徒会長ですよね」 悠人に心を寄せる菜々美にとって、悠人と話せる昼休み、そして終業後の僅かな時間は貴重だった。 工場主任で、作業が終わってから書類整理の仕事が残っていると分かってはいるが、限られた時間、少しでも悠人と話したいとの思いに負け、こうして話し込んでしまうのだった。 机上の納品書に判を押しながら、悠人もそんな菜々美の話に、いつも笑顔でうなずいていた。 アニメの話がひと段落ついた所で、菜々美が映画の話を切り出してきた。「実家からまた送ってきたんですよ、優待券」「ほんと、よく送ってきてくれるよね、菜々美ちゃんのお母さん」「民宿組合からよくもらうんですよね。で、よかったらなんですけど……悠人さん、また一緒に行ってもらえませんか」「そうだね……次の連休あたりになら」「あ、ありがとうございます!」 菜々美が嬉しそうに笑った。 コンビニに入った悠人は、ハンバー
最終更新日: 2025-04-02