優しい日差しが映り込み、川面が輝いていた。 昭和58年5月。 奈良県北部に位置する、この街に越して一ヶ月。 この小川にまで足を運んだのは初めてだった。 腰を下ろし木にもたれかかると、柚希〈ゆずき〉は少し顔をしかめた。 まだ痛む。殴られた頬が、そして蹴られた脇腹も、時間と共にずきずきとしてきた。 頭もまだ朦朧としている。制服の詰襟を外し、ベルトを緩めると呼吸が少し楽になった。 両手の親指と人差し指を使ってフレームを作り、小川や土手を眺める。 今度の休み、ここで写真を撮ろうか。 今しがた起こり、そしてまた、明日もあさっても続くであろう現実から目を背けるように、柚希は木にもたれたまま、フレーム越しに辺りを見渡した。 その時、柚希が気配を感じた。 今日はまだ許してくれないのか……あと何回殴られるんだ……勢いよく彼に近付いてくる足音に、柚希は目をつむり、諦めきった表情を浮かべた。 その時だった。 まだ少し血がにじんでいる彼の頬を、何者かが舐めてきた。「うわっ!」 予想外のことに、柚希が驚いて声を上げた。 振り向くと目の前に、太い眉を持った犬の顔があった。「え……犬……?」 息を荒げて柚希を見つめるその犬に、思わず柚希が微笑む。 そして次の瞬間、その犬に舐められた頬の傷に痛みが走り、顔をしかめた。 しかし犬はおかまいなく柚希の上に乗り、再び顔を舐めだした。「え? え? ちょ……ちょっと、やめろ、やめろってお前……ははっ、あははははははっ」 尻尾を振りながら顔を舐めてくるその犬に、いつしか柚希は声を上げて笑っていた。 散々殴られた後なので、犬を払いのける気力も残っていない。 柚希は笑いながら、しばらく犬にされるがままになった。 しかし不思議と、さっきまでの重い気持ちが軽くなっていくような気が
Last Updated : 2025-04-26 Read more