退院の手続きを終えた私は、病院の中庭で天音和樹(あまね かずき)とばったり出くわした。如月瑠奈(きさらぎ るな)は彼の胸に甘えるようにもたれかかり、ふたりは耳元でそっと言葉を交わしていた。けれど、私に気づいた瞬間、和樹の顔から笑みはすっと消えた。彼は瑠奈を庇うように背後に隠し、まるで私が何かするんじゃないかとでもいうように、冷たい目で睨んできた。「ここで何してる」その視線があまりにも鋭くて、胸の奥がひやりと凍った。瑠奈が和樹の袖をつまんで、甘えた声で言う。「和樹にい、そんな怖い顔しないで。ありすねえが驚いちゃうよ」私が何か返すより早く、彼女は今にも泣きそうな顔でこちらに向き直った。「ありすねえ、誤解しないで。私、怪我してるから、和樹にいが心配してくれてるだけなの」和樹は彼女を優しく慰めながら、私を見る目にはやっぱりあの、鬱陶しそうな色しかなかった。「用があるなら早く言えよ」唇を開きかけて、けれど言葉が出なかった。結局、私はかすかに首を振っただけだった。「……通りすがっただけ」和樹は、私の様子に何か感じたのか、珍しく少しだけ優しい声をかけてきた。「何もないなら、家に帰れ。おまえ、今お腹に子どもがいるんだから、気をつけろよ」その後ろで、瑠奈はつまらなそうに私を睨んでいた。私は小さく頷く。「……うん」それだけ言って、和樹は瑠奈を連れてさっさと去っていった。ふと見ると、瑠奈の顔には、またしても勝ち誇ったような笑みが浮かんでいた。私は背を向け、自然に両手をお腹へと重ねた。胸の奥から、どうしようもない痛みがこみ上げてくる。今この瞬間、私の夫は――別の女を守り、笑いかけ、寄り添っている。けれど、彼は知らない。彼の背後にいる妻は、すでに、彼との子どもを失っていることを。あの日、ほんの一度だけでも彼が振り返ってくれたら。ほんの一度でも病室に来てくれたら。そしたら、すべてを知ることができたのに。私は、自嘲するように口角を引きつらせた。ふと、ポケットの中の小さなガラス瓶に触れる。ぎゅっと握りしめた瞬間、胸の奥に押し込めた思い出が一気に蘇った。彼が初めて――そして最後に――病院に付き添ってくれた日。そのとき、彼の初恋の人が現れた。それからというもの
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