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All Chapters of 幸せの選択: Chapter 1 - Chapter 5

5 Chapters

1

春先とはいえまだまだ早朝は肌寒い。プラットフォームで汽車を待ちながら吐く息は白かった。薄手の長袖ワンピースを着ていたルルーシアの肩に後ろからそっとショールがかけられた。従兄のカイルだった。彼はそのまま後ろから震える手でルルーシアを抱きしめて耳元で擽る様に囁いた。「待ってるから」背中から回されたカイルの腕に触れながらルルーシアはコクンと頷いた。「これで最後だから⋯待ってて」恋人達の抱擁は幸い始発であるこの駅は人も疎らで好奇の目に晒されるのは幾人か数えるほどだ。数年前まではマサラン帝国からカザス王国へ向かう道は往復で10日を擁したが、鉄道が轢かれて寝台車を使えば半分の日数で事足りる。ルルーシアが王国へと向かう旅は今年で8回目だ。年に一度だけ彼女は生まれ育った王国への旅を許されていた、何故なら両親のお墓があるからだった。今年もいつものように両親の命日に合わせて旅立つことになっていた。毎年旅立つ時にカイルが見送りに来ていたけれどいつもと違うのは、この抱擁であった。ルルーシアはある決意を持って今回の旅に臨む。少しの衣類が入ったトランクをカイルから渡されてルルーシアは汽車に乗り込む、一段上がって振り向くとカイルは寂しそうに微笑んでいた。ルルーシアは少しだけ俯いて、でも次に顔を上げたときはニッコリと微笑んだ。「じゃあ⋯行って来ます!」「あぁ⋯気を付けて」もう一度目を合わせて挨拶を交わした後、ルルーシアは自分の寝台へと向かった。今回はカイルが旅費を出してくれたから少しだけ贅沢な部屋で個室だった。彼の気遣いが嬉しくてまだ組み立てられていない座席に腰をおろしてから「ありがとう」と呟いた。ギリギリまで別れを惜しんでいたからだろう、座った途端に汽車がユックリと動き出した。汽笛の音がルルーシアの耳に響く。さぁ出発ね幸せの選択を告げる為にルルーシアは王国へと向かった。
last updateLast Updated : 2025-04-16
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2

汽車が動き出して直ぐに窓の外は大小の建物が視界を流れていたが、暫くすると自然の木々や草原、畑が広がるのが見えた。長閑なそれを見ながらルルーシアは今までの事を振り返る。ルルーシアの両親は何方も帝国の貴族の子女であった。父のディスターはタイラー侯爵家の三男で、母のマリーヌはドーマ子爵家の次女だった。ディスターとマリーヌの母親同士が友人だったので二人は幼い頃より親しくしていた。その縁で二人は婚約を結ぶことになる。婚姻をしてしまえば何方も生家を離れるため平民になる。ディスターは将来の職として騎士になる事を選んだ。マリーヌも騎士の妻になるために子爵家で働く使用人達から家事を習いながら、婚姻の準備を進めていた。あと2ヶ月で結婚式という所で二人にとっての思いがけない事柄が起きた。帝国の皇女が常から気に入っていたディスターに自分と結婚するようにと言い出したのだ。幸いにしてまだ皇室よりの正式な話ではなく皇女が直接ディスターに話をしただけだったが、何時正式に皇家から話が舞い込むかわからない。断れば何方の家にも不利益になる事を考えたら二人の選択の余地も時間もあまりなかった。ディスターは皇家お抱えの騎士であったが職を辞してマリーヌと手を取り合い隣国のカザス王国へと駆け落ちした。流れの傭兵になるつもりだったが思いがけず王国の騎士団に所属する事が叶った。そこで生活を始めた二人の間にルルーシアが産まれて親子三人の慎ましくも幸せな時間が過ぎていく。だがルルーシアが3歳の頃父ディスターが第二王子の護衛中に命を落とした。本来ならば職務中の事だから王家がある程度の補償をしてくれる筈だった、だが今回の護衛を第二王子は正式に騎士団に要請したものではなく、また何故その場所にいたのも不明な完全なお忍びであった事と肝心の第二王子はそれ以来意識が戻る事も無く2ヶ月後に亡くなってしまった。何もわからぬままマリーヌとルルーシアは異国の地に放り出されてしまったのだ。だが幸いにもマリーヌはセドワ伯爵家の使用人として雇って貰う事が出来た。それはディスターの上司であるセドワ伯爵の温情であった。そこで伯爵家の次男であるマークとルルーシアは出会う。マリーヌが働いている間、幼いルルーシアを伯爵家に連れて行くことを許されていたからだ。ルルーシアは3歳年上のマークに懐き、そしてマークもルル
last updateLast Updated : 2025-04-16
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3

帝国の子爵家ではルルーシアは手厚い歓待を受けた。母の兄である子爵家当主はルルーシアの行く末を案じてくれて、学園に通う事を薦めてくれた。マリーヌが亡くなるまでは簡単な読み書きや計算を教えてくれたから、難しい本でなければルルーシアは読むことができた。自分の境遇を考えてそれ以上学ぶ事はないと思っていたルルーシアは学園に通わせてもらえる事を殊の外喜んだ。ルルーシアは知らないことを知る事に貪欲だった。学園は15歳で入学する事になるため、それまでは貴族のマナーや知識を学んだ。平民でもマナーを覚えておく事は損しないからと伯父には言われていた。14歳の春に伯父からの提案でルルーシアは王国へ行く事を許された。頻繁に届くマークからの手紙を伯父も気にしてくれていた。「ルルーシアは彼の事が好きなのかい?」伯父に聞かれた時、ルルーシアは真っ赤になりながら頷いて「はい」と答えた。「約束をしているの?」「何時か迎えに来てくれると言ってくれました」ルルーシアは嬉しかった言葉を伯父に話した。「そうか、でもまだルルーシアは成人していないからね、それまでは迎えが来ても賛成は出来ないよ。大人になるには心身共に成長しなければならない。それ迄は待てるかい?」「はい、伯父様。私⋯成長します!」きっぱりと言い切るルルーシアを子爵は眩しそうに目を細め、彼女の頭を優しく撫でてくれた。「では、年に一度マリーヌの墓参りを頼めるかな?私も仕事があってなかなか帝国を離れられないからルルーシアが私の代わりに花を手向けてほしい。そして彼にも会いたいだろう?だけど気を付けるんだよ。密室で二人になるのだけは駄目だ。それは私との約束だよ、いいね」伯父の言葉に頷いたルルーシアはそれから毎年春になると王国へと向かった。伯父は護衛と侍女を付けてくれて送り出してくれる。ルルーシアは優しい伯父に常に感謝するのだった。◇◇◇両親の墓はカザス王国の王都の端に位置する少し小高い丘の先の共同墓地にある。孤児院にいた時のお墓参りでは丘に登る手前で毎年マークが待ってくれていた。帝国に行って初めてのお墓参り、マークには手紙で知らせたが来てくれるだろうか?ルルーシアは少しだけ不安だった。果たしてマークは何時もの場所にいた。護衛と侍女に伴われて現れたルルーシアを見て、目を見開きながらも直ぐに笑顔で手を上げて
last updateLast Updated : 2025-04-16
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始めは平民のまま王立学園に通うルルーシアには貴族との軋轢があった。如何取り繕ってもルルーシアは13歳迄は平民達の中で生活していたから、やはり所々にそれは出てしまう。校舎の死角でよく令嬢たちに囲まれた。ルルーシアは平民として入学しているのに身につけているものが明らかに貴族子女と同じ、いやそれ以上の物もあったからだ。ドーマ子爵家は爵位こそ下位だが内情は公爵家並に裕福だったからだろう。マリーヌの兄であるドーマ子爵は商売に関しても領地経営に関しても鬼才を放つ程に優秀な男だった。令嬢達に囲まれてドレスを汚されたり、嫌がらせで文具を壊されたりする度にルルーシアの心のケアをしてくれたのは、従兄のカイルだった。カイルはルルーシアの二歳上だったが、学園にはあまり登校していなかった。成績優秀な彼は学園で学ぶよりも父親の商談に付いて行くほうが、将来的に良いと考えていたからだった。だがルルーシアの学園の様子を知るとそれからは積極的に登校するようになり、昼食も一緒に取ってくれるようになった。それは一年だけの重なりだったけれど、その間にルルーシアは友人を作り学園生活を滞りなく過ごす事が出来るようになった。帝国での生活でカイルの存在はルルーシアの心の支えだった。その感情をルルーシアは“兄の様”と位置付けた。ルルーシアが17歳になった頃、帝国とカザス王国の鉄路が継った。それからは毎年鉄道で王国へと旅した。相変わらずマークは優しく会うと全身で愛情を表現してくれる、言葉にしてくれる、少しも惜しまずに。だからルルーシアもマークへの思いを彼に惜しまずに返していた。それでも何度か誘われたけれど伯父である子爵との約束だけは守った。必ず二人っきりならないように気を付けて、カフェに入ってもルルーシアの侍女が様子を伺えるほどに近くに座っていた。「シアは平民なのに侍女を付けてもらってるの?」マークの疑問は尤もだったが伯父の意向だからルルーシアには、その理由も解っていない。だからそのままをマークに伝えるしかなかった。「ふぅん」ルルーシアの言葉に不満そうにマークは唇を尖らせたが、その様子が可愛いとルルーシアは思ってマークの心理までには考えが及ばなかった。それからも月日は流れ、とっくの昔に成人も過ぎたのにマークはルルーシアを迎えには来なかった。彼からの手紙も態との様に婚約
last updateLast Updated : 2025-04-16
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5

その手紙から夫人の悲痛な叫びの様なものをルルーシアは感じ取った、と同時にそれはルルーシアの叫びでもあった。その手紙にはセドワ伯爵夫人がマークと婚姻に至った経緯も認めてあったのだが、その年月にルルーシアは驚愕する。ー4年ー夫人とマークは既に夫婦となって4年の歳月が経過しているという、二人の間には子も二人いて2歳と1歳の年子だという。元は夫人はマークの兄の婚約者だった、セドワ伯爵家の嫡男であったその兄は夫人と婚姻前に平民の女性と懇意にしており、子供まで儲けていたという、そしてその行為が時期伯爵家当主の資質とは認めないとマークの父である前伯爵が判断して、彼を廃嫡にしたのだそうだ。その際、彼の婚約者であったミレーヌがスライドしてマークの婚約者になったという。それが今から5年前だった。一年の婚約期間を経て二人は婚姻して、そのままマークはセドワ伯爵家を継承している。ルルーシアはそのどれもをマークから一言も聞いてはいない。ミレーヌがルルーシアの存在を知ったのは一人目の男の子を出産した直後だと書いてあった。その際にマークへ確認したところ唯の幼馴染だと聞かされたそうだ。だがその後、よく観察していると頻繁に手紙が届いていることを知り滔々前伯爵夫人を問い詰めて真実を知ったそうだ。手紙には夫の心を返して欲しいと書かれてあった。返して欲しい返して欲しい返して欲しい手紙を読み終えたルルーシアの頭の中でその言葉が繰り返される。どうして?返して欲しいのはルルーシアの方だと思わず目に入ったマークからのプレゼントだったネックレスを掴んで引き千切った。鎖はいとも簡単に千切れてルルーシアの足元に落ちる。「如何して!如何して!如何して!」ルルーシアの嘆きの言葉は段々と大きくなってそれは廊下にも聞こえていたようだ。慌てて中に飛び込んで来たのはカイルだった。彼はルルーシアに駆け寄りその手を優しく握った。「シア!如何したんだ!血が流れているではないか、何故こんな怪我を?」ルルーシアは知らずに文机を叩きながら慟哭していた。鎖を千切ったときか叩いた机での事か、そのどちらもなのか、ルルーシアの手は血塗れになっていた。◇◇◇カイル自らルルーシアの傷の手当をしながら彼は彼女に起こった何らかの出来事に胸を痛めていた。(シアがこんなにも取り乱すなんて今まで無かったこと
last updateLast Updated : 2025-04-18
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