春先とはいえまだまだ早朝は肌寒い。プラットフォームで汽車を待ちながら吐く息は白かった。薄手の長袖ワンピースを着ていたルルーシアの肩に後ろからそっとショールがかけられた。従兄のカイルだった。彼はそのまま後ろから震える手でルルーシアを抱きしめて耳元で擽る様に囁いた。「待ってるから」背中から回されたカイルの腕に触れながらルルーシアはコクンと頷いた。「これで最後だから⋯待ってて」恋人達の抱擁は幸い始発であるこの駅は人も疎らで好奇の目に晒されるのは幾人か数えるほどだ。数年前まではマサラン帝国からカザス王国へ向かう道は往復で10日を擁したが、鉄道が轢かれて寝台車を使えば半分の日数で事足りる。ルルーシアが王国へと向かう旅は今年で8回目だ。年に一度だけ彼女は生まれ育った王国への旅を許されていた、何故なら両親のお墓があるからだった。今年もいつものように両親の命日に合わせて旅立つことになっていた。毎年旅立つ時にカイルが見送りに来ていたけれどいつもと違うのは、この抱擁であった。ルルーシアはある決意を持って今回の旅に臨む。少しの衣類が入ったトランクをカイルから渡されてルルーシアは汽車に乗り込む、一段上がって振り向くとカイルは寂しそうに微笑んでいた。ルルーシアは少しだけ俯いて、でも次に顔を上げたときはニッコリと微笑んだ。「じゃあ⋯行って来ます!」「あぁ⋯気を付けて」もう一度目を合わせて挨拶を交わした後、ルルーシアは自分の寝台へと向かった。今回はカイルが旅費を出してくれたから少しだけ贅沢な部屋で個室だった。彼の気遣いが嬉しくてまだ組み立てられていない座席に腰をおろしてから「ありがとう」と呟いた。ギリギリまで別れを惜しんでいたからだろう、座った途端に汽車がユックリと動き出した。汽笛の音がルルーシアの耳に響く。さぁ出発ね幸せの選択を告げる為にルルーシアは王国へと向かった。
Last Updated : 2025-04-16 Read more