Home / 恋愛 Short Story / 行き過ぎた愛 / Chapter 11 - Chapter 14

All Chapters of 行き過ぎた愛: Chapter 11 - Chapter 14

14 Chapters

第11話

隼人は、私に婚約者がいるという事実を、どうしても受け入れられないらしい。 慎也が、静かにその言葉を遮った。 「もういいだろ。別れた相手をいつまで縛ると思う?」 「はっ、8年だぞ、8年。8ヶ月じゃない。お前にわかるはずがない。そもそもお前ら、知り合ってどれだけだ?結局、俺の代わりでしかないんだよ」 隼人は鼻で笑いながら皮肉を飛ばす。それに対して慎也も、ピシャリと言い返した。 「で?8年付き合って、尻尾振ってすがるだけの男よりマシだな。悪いけど、彼女と結婚するのは俺だ」 言い負かされた隼人は、私に向き直った。 「結月、お前、そいつのことどこまで知ってるんだ?こんなすぐに結婚決めるなんて、どうかしてる。そいつの立場で、たった数回しか会ってない女と結婚なんてするか?俺は聞いたんだよ。そいつ、今まで誰とも付き合ったことないって。それって、どこかおかしいからじゃないのか?あんなの、お前に結婚という名の仮面をかぶせてるだけだ!」 私はひとつ、ため息をついた。 「あんた、間違ってる」 高校に入ったばかりの頃、「藤沢慎也」って名前は何度も耳にした。けど、当時の私は、ただの噂程度にしか思ってなかった。 実際に彼を見て、初めて気づいた。あのときの評判じゃ全然足りない。そんな男だった。 私は遥との関係で、彼と何度か顔を合わせた。その後、生徒会でも少しの間、一緒に活動した。 人を好きになるのって、本当に一瞬だったりする。ひとつのしぐさ、ひとつのまなざし。 それだけで、心に深く刻まれてしまうこともある。 私にとっての慎也は、まさにそうだった。 彼と関わるあいだ、私はずっとその想いを胸の奥に隠していた。 遥にさえ、一度も話したことはなかった。 やがて彼は卒業し、最難関の大学に進学した。 私はただ静かに応援することしかできず、 たまに遥の話の中から、断片的に彼の近況を拾い集めていた。 高校から大学にかけて、私に好意を寄せてくれた人は少なくなかった。 でも―― 最初に好きになった人が完璧すぎた。 そのせいで、その後に出会った誰にも、心が動かなかった。 そして、大学二年のある日。 彼が海外に行くという話を聞いて、私はようやく気づいた。 ……私たちは、もう交わることのない道を歩いているのだと。
Read more

第12話

私はただ、彼をじっと見ていた。冷ややかに。そして、一言も返さなかった。 たぶん――彼は、いまだに自分が何を間違えたか、わかっていない。 彼は、私が藤咲りおとのことを知らないと思っている……たとえ、ふたりが一緒にいる場面に出くわしても、私は何も聞かなかったから。 でも――聞かないのは、気にしていないからじゃない。 ただ、もう心が冷めてしまっただけ。 藤咲は、ずっと前に私の連絡先を手に入れて、わざわざ見せつけてきた。隼人がどれだけ彼女を可愛がってるかって。 でも、私は彼にそのことを言うつもりはなかった。 彼のSNSの投稿を見たことも――話す気はない。 言う必要なんて、どこにもない。 彼には何度も立ち止まるチャンスがあった。 それでも彼は何もしなかった。 ただ、私が気づいていないことに安堵していただけ。 ……今ごろになって隼人が焦り出したって、もう遅いのにね。 私の誕生日は6月。あの頃、慎也はすごく忙しかった。元々が有名な仕事人間だし、関係が深まってからは毎日のように会っていたけれど、最近は出張続きで顔を合わせることも減っていた。 その間、私は彼の後押しもあって、ずっと昔に諦めかけていた絵をまた描き始めていた。小さい頃から10年も続けていたのに、家族に「芸術なんて将来性がない」と言われて、結局、理系に進んだ私。 それでも大学では絵を描き続けていて、デザインも副専攻で学んだ。卒業してからはフリーのデザイナーとして活動していたけど、当時は隼人に振り回される日々で、貴重な時間をずいぶんと無駄にしていた。 先月、大きな案件を受けてからは、スケジュールがパンパンで、慎也の仕事の付き合いにもなかなかついていけなかった。 そんなある日、遥から連絡が来た。 「結月~、今日は誕生日でしょ?夜、碧海ホテルね!絶対に来てよ~!」 ホテルは海沿いにあって、私は車を走らせて向かった。到着すると、遥がニヤニヤしながら待っていて、「サプライズあるよ~」と目隠しをされ、そのまま手を引かれて砂浜へ。 「はいっ、ここだよ結月!目、開けていいよ!」 スカーフを外すと、目の前には夢みたいな光景が広がっていた。 海辺に立つ巨大な光の城。夜空には花火が咲き乱れ、地面には無数のバラの花びら。 その真ん中に、久しぶりに見る慎也が
Read more

第13話

隼人が私を追いかけてきた時は、確かに必死だった。毎日会いに来て、あれこれ気を遣って、周囲の男たちを遠ざけていた。 あの頃の慎也にも、誤解を与えていたかもしれない。 でも、ぐるぐると時間が巡っても、こうして私たちはまた出会えた。 あの時の「ただのお見合い」――それが、10年越しの運命だったなんて。 プロポーズの映像はあまりにも幻想的で、式場のスタッフが動画をSNSにアップした瞬間、爆発的に拡散されていった。 「藤沢慎也の婚約者は、桐島結月」 たった一夜で、私の名前はネットの海を駆け巡った。 隼人が、慎也のプロポーズ動画を見たのは、夜中のことだった。 誰もいない部屋。結月のいなくなったその部屋は、空っぽで、生気すら感じられなかった。 最近は、夜になると眠れない。というか、ちゃんと眠れた日なんて、もういつからなかっただろう。 なんとなくスマホを開いて、SNSをぼんやり眺めていた。そこで目に飛び込んできたのは、バズっている1本の動画―― 「プロポーズ映像」という文字と一緒に、サムネイルには、結月の満面の笑顔が映っていた。 その瞬間、彼の体は凍りついた。 最後にあんな風に笑う彼女を見たのは、いつだったろう。 ……ああ、そうか。彼女は、俺のそばでは、あんな風に笑えなかったんだ。 彼女の幸福は、世界中の人が見られるのに――その隣にいるのは、俺じゃない。 胸の奥がズキンと痛んで、鼻の奥がつんとした。何かが抜け落ちたような喪失感に襲われる。 「……本当に、失ったんだな」 隼人は、映像を一コマずつ噛みしめるように見続けた。笑う彼女。泣きながら指輪を受け取る彼女。幸せそうに見上げる彼女。 これでもう、完全にわかった。 「俺……本当は、まだ彼女を愛してたんだ」 あんなに思ってたじゃないか。もう気持ちは冷めたって。りおと一緒になれば、それでいいって。 でも、結月が完全にいなくなった今、心の奥底がスカスカで、どんなものにも興味が湧かない。 りおが何度も連絡してきた。でも、画面を見る気にもなれなかった。 ――結月がいないと、俺の世界には、何の彩りもない。 今になってやっとわかった。彼女は俺にとって、水みたいな存在だったんだ。 特別な味はない。でも、ないと生きていけない。そんな、当たり前のようで
Read more

第14話

……そう考えると、彼がこの2年でやらかしてきたことの数々が、後悔とともに蘇る。 あの馬鹿げた日々を思い出すたび、胸がヒリつく。 せめて、彼女が――結月が、りおとのことを知らないままでいてくれたのが、唯一の救いだった。 もし知っていたら、どんな目で自分を見ただろうか。想像しただけで、背筋が凍る。 私たちが結婚してから―― 私はずっと自分の仕事を続けてきた。慎也も相変わらず仕事人間で、寝る暇もないくらい忙しい日々だったけど、私の夢を誰よりも応援してくれた。 それから5年。私の事業も安定し、小さなデザインスタジオを構えるまでに成長して――そして、ついに子どもが生まれた。 あの「海都のカリスマ実業家」とも呼ばれる藤沢慎也が、今では毎日娘のミルクの飲み具合や、私がちゃんと休めてるかどうかを気にするパパになってるなんて――誰が想像できただろう。 普段は保育士さんが面倒を見てくれてるけど、慎也が帰宅するや否や、すぐさま「交代!」とばかりに抱っこを奪っていく。 「自分で育ててこそ、絆が深まるんだよ」 そう信じて疑わない彼の子育てスキルは、もうプロ顔負け。おむつ替えもミルクもお風呂も完璧。正直、私よりも手際がいいかもしれない。 出産後の数ヶ月を除いて、私はずっと仕事に関わってきた。 娘が4歳になり、幼稚園に通い出したある日―― 慎也が娘を連れてスタジオまで迎えに来てくれた。その時、ふたりの可愛いやり取りが耳に入ってきた。 「ねぇパパ、どうしてママって働いてるの?パパがすっごくお金持ちって、知らないの?」 慎也は優しく娘の頭を撫でながら、笑った。 「もちろん知ってるよ。パパのお金はすべてママのものだから、ママが知らないわけないでしょ」 「じゃあなんで働くの?うちの幼稚園のお友達のママたちは、働いてない人多いんだよ。そしたらずーっと一緒にいられるのに」 「ママはね、まず『ママ』の前に『桐島結月』っていう一人の人間なんだ。やりたいことも夢もある。だから、そんなママを応援するべきだと思わない?」 娘は、よくわかってない顔をしながらも、コクリとうなずいた。 「うん、じゃあママが帰るまで、おりこうに待ってようね」 そんな父娘の会話をこっそり聞きながら、私は胸がじんわりとあたたかくなった。 ――そうだよね、夫婦
Read more
PREV
12
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status