しとしとと、雨が降っていた。 そんな中、番傘を差して歩く青年がいた。 青年の名は宮森司。とあるお屋敷に下宿しているいわゆる書生である。 スタンドカラーの白い書生シャツの上から茶色の着物を身に着け、紺色の袴を着つけている。 足元は白い足袋に黒い鼻緒の塗りの下駄だった。 白い足袋をからかわれることもあったが、彼は白い足袋を使い続けた。 二枚の歯がカランコロンと小気味よい音を奏でる。 彼の髪は短い黒色をしていて、丸眼鏡をかけた姿はどこにでもいる書生だった。 しかしその瞳は黒曜石のように輝いており、彼の学問に邁進する心を表しているようだった。 ふと彼の耳に、美しい笛の音が聴こえてきた。 その音色はあまりにも美しく、そして儚げだった。 一瞬で虜になってしまった司は、キョロキョロと辺りを見回し、音色の出どころを探した。 すると山に続く石の階段を見つけ、その上から音色が聴こえていることに気付いた。 そして音色に導かれるように、彼は階段を一段飛ばしに上っていったのである。◆◆◆ 階段を駆け上ると、そこには大輪の花を咲かせる一本の桜の木があった。 その桜のあまりの美しさに、司は息を飲んだ。 その間も桜は雨に打たれ、ひらひらとその花びらを散らしていく。 司が再び息をできるようになるころ、桜の木の根元に一人の女性がいることに気が付いた。 まるで天女のような女性だった。 長くつややかな黒髪は腰まで伸び、その肌は透き通るように白い。 その白い肌に薄紅色の着物が映えていた。 そんな天女を、司はただ黙って見ていた。 見とれていた、といってもいい。 天女は司の視線に気づき、吹いていた笛から口を離した。そして彼を見つめる。 司と同じようで違う、吸い込まれるような黒い瞳が彼を捉えたのだ。 次いで天女はにこりと微笑んだ。その微笑みが司の金縛りを解いてくれた。「う、美しい音色でした」 絞りだすように司が言った。「ありがとう。あなたはこの笛の音色を聴くことができるのですね」 笛の音色くらい、誰でも聴けるだろう。司は頭に疑問符を浮かべた。「……? それはもちろん。あまりに綺麗な音色でしたので、聴き入ってしまいました」「この音色を美しく感じたのなら、きっとあなたの心は美しいのでしょうね」「そ、そんなことは……」 天女との会話はどこか不自然な
Последнее обновление : 2025-03-27 Читайте больше