「とりあえず、私は情報収集してくるよ。|小猫《シャオマオ》は宿屋に戻っていてくれ」
体重を感じさせない様子で|櫓《やぐら》から飛び降りていく。瞬間、|華 閻李《ホゥア イェンリー》の眼前を彼の長い黒髪が横切った。
「宿屋!? え!? 僕、どこにあるか知らないんだけど!?」
|櫓《やぐら》の中から|全 思風《チュアン スーファン》を見下ろし、困惑した声で質問する。すると彼は「ああ」と、頭を掻いた。
「仕立て屋さんがあっただろう? あの通りに[|旅宿庵《りょしゅくあん》]ってところがあるんだ。緑色の看板だからすぐにわかるよ。そこで待ってておくれ!」
腰にかけてある剣を手にし、地面に突き立てる。するとそこから灰色の煙が現れ、|蝙蝠《こうもり》の姿に変わっていった。
蝙蝠をむんずと掴み、|華 閻李《ホゥア イェンリー》のいる|櫓《やぐら》へと投げる。
「わわ、|躑躅《ツツジ》ちゃんを投げないでよ! って、ちょっと|思《スー》!」
|華 閻李《ホゥア イェンリー》の説教もむなしく、|全 思風《チュアン スーファン》は既にこの場から姿を消していた。
彼の行動力に感心し、|華 閻李《ホゥア イェンリー》は|櫓《やぐら》から降りていく。頭の上に|蝙蝠《こうもり》の|躑躅《ツツジ》を乗せ、言われた通りの場所へと歩んだ。
◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆
仕立て屋がある|周桑《しゅうそう》区へ到着した|華 閻李《ホゥア イェンリー》は、緑色の看板の家を探す。しばらくすると頭上にいる躑躅(ツツジ)が、ペチペチと羽で叩いてきた。『キュイ』と、かわいらしい鳴き声と一緒に、とある家へと羽を向ける。
「あ、あった! ここが|旅宿庵《りょしゅくあん》だね。確かに緑色の看板だ」
小麦色の外装と、|朱《しゅ》の屋
白い毛並みの仔猫は|華 閻李《ホゥア イェンリー》の腕から逃れようと必死だ。けれど体力がほとんど残っていないようで、すぐにぐったりしてしまう。|華 閻李《ホゥア イェンリー》は急いで宿屋へ戻ろうと踵を返した。 直後、後ろから青い漢服に身を包んだ数人が近づいてくる。彼らは|華 閻李《ホゥア イェンリー》を囲うようにして、腰にさげている剣を抜いた。「……え? な、何!?」 大勢の大人に囲まれた|華 閻李《ホゥア イェンリー》だったが、驚くふりをしながら彼らを観察する。 ──肩と胸の部分に金色の|刺繍《ししゅう》。それに青い服……この人たちって、どこかの貴族の使用人ってところかな。 そんな人たちがなぜ寄ってたかって、見ず知らずの自分を囲うのか。|華 閻李《ホゥア イェンリー》はそれだけが疑問だった。「──そこの子供! その猫を渡せ!」 剣の切っ先を|華 閻李《ホゥア イェンリー》へと向け、数人が砂を踏みつける。「猫って……この仔猫の事?」 腕の中にいる仔猫を注視した。仔猫はぐったりとしており、息も絶え絶えである。 |華 閻李《ホゥア イェンリー》からすれば、仔猫も目の前にいる男たちも、全く知らない者たちであった。けれど仔猫の様子を見ているうちに、放っておくことなどできないと決意する。 仔猫を抱く腕に力をこめ、男たちを睨んだ。そして聞き分けのない子供を演じていく。「い、嫌だ! 僕はこの仔猫の事気に入ったんだ。僕が飼う!」 駄々をこねるだけこねながらも、少しずつ後ろへと下がっていった。「猫、飼いたいもん! 僕、猫好きだもん! ぜーったいに、渡さないからね!」 あかんべーと、普段の|華 閻李《ホゥア イェンリー》からは想像もできないような我が儘ぶりを発揮。地団駄を踏みながら仔猫を抱きしめ、飼うの一点張りに尽きた。 けれど男たちは子供の我が儘ごときにつき合ってはいられないと、剣を容赦なく|華 閻李《ホゥア イェンリー》へと振り下ろす。 |華 閻李《ホゥア イェンリー》は寸でのところで剣による攻撃を回避し、我が儘な子供を演じながら砂浜を逃げ回った。 剣が背に迫れば、泣くふりをしながらしゃがむ。男たちが手を伸ばせば身を低くして彼らの背後に回避し、軽く蹴りを入れた。男たちが倒れていく瞬間を狙い、彼らの肩や背中などを使って側にある木に登っていく。
そよそよと、窓から冬の風が入る。寒気とまではいかないが、それでも冬という季節の風は身を縮ませるほどには体温を奪っていった。「…………」 |華 閻李《ホゥア イェンリー》は丸くなる。しばらくすると、もぞもぞと動いた。 ──何だろう、暖かい。 眠気を無理やり吹き飛ばし、静かに両目を開けた。「……ふみゅ?」 寝ぼけ眼なまま、体を起こす。眠たい目をこすり、ふあーとあくびをかいた。上半身だけで背伸びする。 外を見れば陽は高く昇っており、部屋の中に光が差しこんでいた。 ──あれ? ここ、どこだろう? 確か砂地で数人と対峙した。その後の記憶があやふやであり、なぜ布団で寝ているのか。それすら疑問となっていた。 小首を傾げ、|床《ベッド》から降りる。裸足で板敷の床を歩けば、ある者たちが目に止まった。部屋の隅で、二匹の動物がすやすやと寝ている。一匹は|蝙蝠《こうもり》の躑躅(ツツジ)、もう一匹は白い毛並みの仔猫だった。 仔猫は身体を丸め、躑躅(ツツジ)は野生を忘れたかのようにお腹を出して寝ていた。 その姿に|華 閻李《ホゥア イェンリー》の頬は緩む。近づいて躑躅(ツツジ)のお腹を撫で、白猫へは恐る恐る腕を伸ばした。「うわ、もふもふだあ……」 仔猫は疲れが溜まっているのか、嫌がる素振りすら見せずに深い眠りに入っている。そんな仔猫の毛はお日様のように暖かく、とてもふわふわとしていた。 ふと、仔猫の前肢に赤い塊があったことを思い出す。仔猫の眠りを妨げぬよう、ごめんねと云いながら両前肢を探った。「&hel
太陽が真上に差しかかった頃、|華 閻李《ホゥア イェンリー》たちは昼食をとっていた。 辛さが決め手の|麻婆豆腐《マーボードウフ》、高級食材であるフカヒレを使用したスープ。肉汁たっぷりの|包子《パオズ》、卵とニラの色合いが美しい食べ物などもある。箸休めには、ほうれん草の唐辛子炒めもあった。食後のおやつとして月餅、杏仁豆腐なども置かれている。 それらはざっと十人前ほどはあった。「うわあ、美味しそう……ねえ、本当にこれ食べていいの!?」 数々の料理を前にして両目を輝かせる。|華 閻李《ホゥア イェンリー》は大きな瞳いっぱいに食べ物を映し、頭上を確認した。「うん、いいよ。私も多少食べるけど、|小猫《シャオマオ》は遠慮なくいっちゃって!」 |華 閻李《ホゥア イェンリー》が見上げた先にいるのは|全 思風《チュアン スーファン》である。彼は我がことのように喜びながら、|華 閻李《ホゥア イェンリー》へとご飯を勧めた。 そんな二人は何とも奇妙な姿勢をとっている。どちらも座ってはいた。しかし|華 閻李《ホゥア イェンリー》は床にではなく、|全 思風《チュアン スーファン》の膝上にである。 |全 思風《チュアン スーファン》はがに股になりながら、|華 閻李《ホゥア イェンリー》を乗せていた。 そんな彼の頬は絶賛綻び中で、しまりのない笑顔をしている。その姿はまるで、普段は強面だが小動物を愛でる時だけは優しくなるような……何とも言えない緩み具合だった。 |華 閻李《ホゥア イェンリー》の方は、それを当たり前として受け入れている様子。大きくて逞しい彼を椅子代わりに、満面の笑みで箸を走らせていた。 数分後、ものの見事に全てを平らげる。最後に残った杏仁豆腐すらもペロリとお腹の中へと入れた。「&h
|爛 春犂《ばく しゅんれい》を加え、二人は蘇錫市(そしゃくし)で起きている出来事を再度話し合う。 |華 閻李《ホゥア イェンリー》は窓際に。 |全 思風《チュアン スーファン》はそんな子供にピッタリとくっつくように、隣へと座ってきた。 そして、情報を持ってきた|爛 春犂《ばく しゅんれい》は二人の前に腰を落ち着けている。 彼ら三人の中心には机があり、茶杯の中には緑茶が入っていた。おやつとして胡麻団子が置かれており、三人は各々で好きな物を選んで食す。そんななか、|華 閻李《ホゥア イェンリー》だけが他の二人よりもたくさん食べていた。「ねえ|小猫《シャオマオ》、さっきあんなに食べてたよね? まだ食べるつもりなのかい?」 胡麻団子を何個も頬張る|華 閻李《ホゥア イェンリー》に、|全 思風《チュアン スーファン》は顔を引きつかせながら問うた。 頬についた胡麻を取ってあげると、|華 閻李《ホゥア イェンリー》は無邪気に「ありがとう」と言って微笑む。 ──んん! 可愛い! 愛くるしい見目の|華 閻李《ホゥア イェンリー》に幸せを覚え、満面の笑みになった。「──こほんっ!」 緩い現場を見かねた|爛 春犂《ばく しゅんれい》が、わざとらしい咳払いをする。しまりのない表情をする|全 思風《チュアン スーファン》を睨み、淡々と話を進めた。 |爛 春犂《ばく しゅんれい》が持ってきた話は、以下の通りである。 [|國《くに》中で白服の男たちが目撃されている] [目撃された場所では|殭屍《キョンシー》が出現し、最悪街や村が滅んでしまう。この蘇錫市(そしゃくし)でも白服の男たちの目撃情報があり、何らかの形で関わっている可能性がある] [|殭屍《キョンシー
|華 閻李《ホゥア イェンリー》の背中から|彼岸花《ひがんばな》が生まれた。淡く、蛍のように優しく、それでいて、暖かい光をまとっている。「……っ|小猫《シャオマオ》!?」 いとおしい子へ腕を伸ばして助けようとした。けれど眩しくて直視できない。 |全 思風《チュアン スーファン》も、少し離れた場所にいる|爛 春犂《ばく しゅんれい》ですら両目を閉じてしまうほどだ。 それでも彼は諦めることなく、手探りで|華 閻李《ホゥア イェンリー》の居場所を見つける。子供の細腕を引っ張り、己の胸元へと押し戻した。「|小猫《シャオマオ》!」 未だ、|華 閻李《ホゥア イェンリー》の背中に浮き出ている|彼岸花《ひがんばな》を睨む。触ろうとしても透けてしまい、剥ぎ取ることすら不可能であった。 それでもうつ伏せになっている|華 閻李《ホゥア イェンリー》の喉で脈を測る。トクン、トクンと、弱いが脈はあった。 目映いばかりに煌めく花は背から頭上へと移動する。両腕に包まれている白い仔猫の姿をした|神獣《しんじゅう》は、苦しそうに鳴いていた。「……はあー」 |全 思風《チュアン スーファン》のため息は、場を落ち着かせていく。|華 閻李《ホゥア イェンリー》を|床《ベッド》まで運び、安心の吐息を溢した。結界を維持したままの|爛 春犂《ばく しゅんれい》に目配せし、疲れと心配からくる汗を拭う。 再び|華 閻李《ホゥア イェンリー》を黙視した。 |華 閻李《ホゥア イェンリー》の瞳を隠すのは長いまつ毛で、ときおり苦痛に蝕まれるように濡れる。それは涙で、|全 思風《チュアン スーファン》は何度も雫を己の指先で拭いた。 ──白虎の身体に浮かんでいた青白い血管が薄れていっている
耳をそばだてて聞いた話をしよう。 "月のない丑の|刻《こく》になれば美しき銀の|舞姫《まいひめ》が現れ、使者に抱かれて空を飛ぶ。"のだと。 そう、誰かが|囁《ささや》いた──「──怒らないでおくれよ」 夜空にふたつの影がある。そのうちのひとつが、眉をひそめていた。 それは闇夜に溶けてしまいそうな髪を、三つ編みにした男だ。月明かりがない暗闇のせいか、どんな表情をしているのかはわからない。 ふと、隠れていた月が、ゆっくりと顔を出す。 男が月明かりに照らされた瞬間、姿がはっきりと映しだされた。 腰までの黒髪を三つ編みにしているのは、|瓜実顔《うりざねがお》の美しい男だ。しかし目鼻立ちが整った男は、眉を少しばかり寄せている。 男の両腕に抱えられているのは人形か……|可憐《かれん》な、|輪郭《りんかく》の整った、美しい者だ。何より、月光をそのまま落としたような……とても薄い髪色をしている。「……ねえ|小猫《シャオマオ》、機嫌なおしてくれないかい?」 可憐な人物の機嫌を取ろうと、三つ編みの男は頼りなく声をかけた。 薄い髪色の者は男か女か。可憐かつ、中性的な顔立ちの人物を見れば、心なしか頬を|膨《ふく》らませているようにも感じた。「……怒っているのかい?」 暗い空を背に、三つ編みの男の眉が苦く曲がる。彼は目鼻立ち、それら全てが整っていた。けれど困惑を含む眉根だけは情けなさを持っている。「いい加減、|小猫《シャオマオ》呼びはやめてほしい。僕は、|華 閻李《ホゥア イェンリー》って名前なんだから」 横抱きに対する不満ではなく、呼び名への苦情。これには三つ編みの男は微笑みを通り越して、大笑いしてしまう。 しばらくすると笑い声は止まり、|華 閻李《ホゥア イェンリー》の頬をつついた。もちもちとしている柔らかい頬に触れ、三つ編みの男は微笑する。「……ふふ、ごめんごめん。でも私にとって君は守りたい者であり、唯一無二の存在なんだ」 だから怒らないでと、愛し子の額に優しい口づけを落とした。 |華 閻李《ホゥア イェンリー》は乙女のように恥じらう。それでも彼の腕から逃れようとせずに、甘んじて優しさを受け入れているようだ。「……ねえ、|思《スー》。どうして僕を守ってくれるの?」 おずおずと。大きな瞳を彼へと向ける。 三つ編みの男は笑顔を浮かべた。何だ、
尖った山々がいくつもある。山には|濃霧《のうむ》がたちこめ、雲のように広がっていた。 空は海のように蒼く、太陽が|燦々《さんさん》と地上を照らす。雲はないものの、どこまでも続いていた。 ふと、遠くの空から|鷹《たか》が鳴きながら飛んでくる。鷹は霧を物ともせず、地上目がけて落下した。 そんな鷹の眼には美しく|煌《きら》めく運河が見える。 |鷹《たか》は何を考えるでもなく、運河の上流へと飛んでいった。しばらくすると鷹の視界に大きな街が映る。 街のあちこちに河があり、小舟が置かれていた。人はそれに乗り、河をのんびりと進んでいく。 多くの建物は|朱《あか》い屋根、柱になっている。朱い|提灯《ちょうちん》を何本も飾り、それらが風によって時おり揺れていた。 左右の家屋の間にある道は細いものから太い場所まであり、常に人々で埋め尽くされている。「……ピュイ?」 |鷹《たか》は適当な屋根の上に乗り、かわいらしく小首を傾げた。 せわしなく動く人たちは、桃や白などの色を使った|漢服《かんふく》を着ている。青空のような色もあった。けれど|宵闇《よいやみ》のような暗い色を着ている者は一人もいない。 |鷹《たか》は人を観察することに飽きたのか、翼を空に向けて飛び去った。 しばらく飛んでいると、茶の葉をつけた木々が|鬱蒼《うっそう》と生い|茂《しげ》る山を見つける。一番高い木に足を休ませ、首をかしげては軽く鳴いた。|瞳孔《どうこう》を細め、くるくると首を動かす。 ふと、山の中に、モゾモゾと動く何かがいた。それを|眼《め》に映し、じっと見つめた。 |鷹《たか》が休んでいるのは|静寂《せいじゃく》が走る場所。されど、おぞましいほどの|陰《いん》の気に満ちている山である。 |鷹《たか》が降り立った山は、夔山《きざん》と言われていた。|夔《き》を崇め、神を信ずる者が恐れる|夔山《きざん》と呼ばれている山だ。 獣も、人ならざる者ですら生きていけぬ、不気味な山である。木々は水分を喪い、葉は色落ちしてしまっていた。土はカラカラになり、地面には何かの骨が点々と転がっている。 その骨を、黄土色の肌をした人のような何かが貪っていた。それは一体や二体ではなく、十数体に及ぶ。ヨダレを垂らし、無造作に|嘱《しょく》している。 両目は白く、瞳孔は存在しておらず。『…………』
村の入り口付近で|殭屍《キョンシー》たちと|応戦《おうせん》している者たち。 そんな彼らから少し離れた場所で、同じ服装をした者がひとりだけ、別行動をとっていた。 ボサボサの黒髪は地につくほどに長く、|白髪《しらが》が混じっている。長く伸びた前髪は目を隠し、どんな瞳なのかを|伺《うかが》い知ることはできなかった。 服装にいたっては、入り口付近で戦っている者たちと同じとは思えぬほどにボロボロである。それでも気にする様子はなく、そっと|壁《かべ》の|隙間《すきま》から外をのぞいていた。 「お、お姉ちゃん」 そんな者の背後から、小さな女の子に声をかけられる。振り向けばそこには女の子を含む数人がおり、彼らは|怯《おび》えるように身をよせ合っていた。 女の子が短い手足を、ボサボサな髪の者へと伸ばす。「大丈夫だよ。彼らは仮にも仙人様たちなんだ。君たちを助けてくれるはずだ」 ボサボサな髪の者の声は中性的だった。 よく見れば身長はそれほど高くはない。小柄で線の細い子供といったところか。それでも、性別まではわからなかった。 「う、うん……お姉ちゃん、わたしこわい」「……うん、僕も怖い。でも大丈夫だよ」 そっと少女の頭を|撫《な》でながら、花の|簪《かんざし》を贈る。それは黄色い|山茶花《さざんか》で、かわいらしい少女にとてもよく似合っていた。 少女は|驚《おどろ》きながら|簪《かんざし》に触れる。「僕にできるのは、これぐらいだから」 どこから持ってきたのかもわからぬ|簪《かんざし》であったが、少女はたいそう喜んでいた。泣きそうだった表情には笑顔が浮かび、嬉しそうに大人たちへ見せていく。「ありがとうお姉ちゃん。わたし、|雨桐《ユートン》っていうの。お姉ちゃんは?」 小柄な人物は男か、それとも女か。どちらかもわからぬ|見目《みめ》であったが、|遠慮《えんりょ》なく小柄な者を女性として扱った。 ふいに、小柄な人物は自身の前髪を触る。するとそこからまつ毛の長い、大きな瞳が|零《こぼ》れた。「わぁー! お姉ちゃん、すっごくきれいな人だぁー」 これには少女だけでなく、この場にいた誰もが目を見開く。「……よく、わからないや。だけど、僕は男だよ」 「そう、なの? じゃあ、お兄ちゃん?」「うん」 小柄な人物は自分の見た目に|無頓着《むとんち
|華 閻李《ホゥア イェンリー》の背中から|彼岸花《ひがんばな》が生まれた。淡く、蛍のように優しく、それでいて、暖かい光をまとっている。「……っ|小猫《シャオマオ》!?」 いとおしい子へ腕を伸ばして助けようとした。けれど眩しくて直視できない。 |全 思風《チュアン スーファン》も、少し離れた場所にいる|爛 春犂《ばく しゅんれい》ですら両目を閉じてしまうほどだ。 それでも彼は諦めることなく、手探りで|華 閻李《ホゥア イェンリー》の居場所を見つける。子供の細腕を引っ張り、己の胸元へと押し戻した。「|小猫《シャオマオ》!」 未だ、|華 閻李《ホゥア イェンリー》の背中に浮き出ている|彼岸花《ひがんばな》を睨む。触ろうとしても透けてしまい、剥ぎ取ることすら不可能であった。 それでもうつ伏せになっている|華 閻李《ホゥア イェンリー》の喉で脈を測る。トクン、トクンと、弱いが脈はあった。 目映いばかりに煌めく花は背から頭上へと移動する。両腕に包まれている白い仔猫の姿をした|神獣《しんじゅう》は、苦しそうに鳴いていた。「……はあー」 |全 思風《チュアン スーファン》のため息は、場を落ち着かせていく。|華 閻李《ホゥア イェンリー》を|床《ベッド》まで運び、安心の吐息を溢した。結界を維持したままの|爛 春犂《ばく しゅんれい》に目配せし、疲れと心配からくる汗を拭う。 再び|華 閻李《ホゥア イェンリー》を黙視した。 |華 閻李《ホゥア イェンリー》の瞳を隠すのは長いまつ毛で、ときおり苦痛に蝕まれるように濡れる。それは涙で、|全 思風《チュアン スーファン》は何度も雫を己の指先で拭いた。 ──白虎の身体に浮かんでいた青白い血管が薄れていっている
|爛 春犂《ばく しゅんれい》を加え、二人は蘇錫市(そしゃくし)で起きている出来事を再度話し合う。 |華 閻李《ホゥア イェンリー》は窓際に。 |全 思風《チュアン スーファン》はそんな子供にピッタリとくっつくように、隣へと座ってきた。 そして、情報を持ってきた|爛 春犂《ばく しゅんれい》は二人の前に腰を落ち着けている。 彼ら三人の中心には机があり、茶杯の中には緑茶が入っていた。おやつとして胡麻団子が置かれており、三人は各々で好きな物を選んで食す。そんななか、|華 閻李《ホゥア イェンリー》だけが他の二人よりもたくさん食べていた。「ねえ|小猫《シャオマオ》、さっきあんなに食べてたよね? まだ食べるつもりなのかい?」 胡麻団子を何個も頬張る|華 閻李《ホゥア イェンリー》に、|全 思風《チュアン スーファン》は顔を引きつかせながら問うた。 頬についた胡麻を取ってあげると、|華 閻李《ホゥア イェンリー》は無邪気に「ありがとう」と言って微笑む。 ──んん! 可愛い! 愛くるしい見目の|華 閻李《ホゥア イェンリー》に幸せを覚え、満面の笑みになった。「──こほんっ!」 緩い現場を見かねた|爛 春犂《ばく しゅんれい》が、わざとらしい咳払いをする。しまりのない表情をする|全 思風《チュアン スーファン》を睨み、淡々と話を進めた。 |爛 春犂《ばく しゅんれい》が持ってきた話は、以下の通りである。 [|國《くに》中で白服の男たちが目撃されている] [目撃された場所では|殭屍《キョンシー》が出現し、最悪街や村が滅んでしまう。この蘇錫市(そしゃくし)でも白服の男たちの目撃情報があり、何らかの形で関わっている可能性がある] [|殭屍《キョンシー
太陽が真上に差しかかった頃、|華 閻李《ホゥア イェンリー》たちは昼食をとっていた。 辛さが決め手の|麻婆豆腐《マーボードウフ》、高級食材であるフカヒレを使用したスープ。肉汁たっぷりの|包子《パオズ》、卵とニラの色合いが美しい食べ物などもある。箸休めには、ほうれん草の唐辛子炒めもあった。食後のおやつとして月餅、杏仁豆腐なども置かれている。 それらはざっと十人前ほどはあった。「うわあ、美味しそう……ねえ、本当にこれ食べていいの!?」 数々の料理を前にして両目を輝かせる。|華 閻李《ホゥア イェンリー》は大きな瞳いっぱいに食べ物を映し、頭上を確認した。「うん、いいよ。私も多少食べるけど、|小猫《シャオマオ》は遠慮なくいっちゃって!」 |華 閻李《ホゥア イェンリー》が見上げた先にいるのは|全 思風《チュアン スーファン》である。彼は我がことのように喜びながら、|華 閻李《ホゥア イェンリー》へとご飯を勧めた。 そんな二人は何とも奇妙な姿勢をとっている。どちらも座ってはいた。しかし|華 閻李《ホゥア イェンリー》は床にではなく、|全 思風《チュアン スーファン》の膝上にである。 |全 思風《チュアン スーファン》はがに股になりながら、|華 閻李《ホゥア イェンリー》を乗せていた。 そんな彼の頬は絶賛綻び中で、しまりのない笑顔をしている。その姿はまるで、普段は強面だが小動物を愛でる時だけは優しくなるような……何とも言えない緩み具合だった。 |華 閻李《ホゥア イェンリー》の方は、それを当たり前として受け入れている様子。大きくて逞しい彼を椅子代わりに、満面の笑みで箸を走らせていた。 数分後、ものの見事に全てを平らげる。最後に残った杏仁豆腐すらもペロリとお腹の中へと入れた。「&h
そよそよと、窓から冬の風が入る。寒気とまではいかないが、それでも冬という季節の風は身を縮ませるほどには体温を奪っていった。「…………」 |華 閻李《ホゥア イェンリー》は丸くなる。しばらくすると、もぞもぞと動いた。 ──何だろう、暖かい。 眠気を無理やり吹き飛ばし、静かに両目を開けた。「……ふみゅ?」 寝ぼけ眼なまま、体を起こす。眠たい目をこすり、ふあーとあくびをかいた。上半身だけで背伸びする。 外を見れば陽は高く昇っており、部屋の中に光が差しこんでいた。 ──あれ? ここ、どこだろう? 確か砂地で数人と対峙した。その後の記憶があやふやであり、なぜ布団で寝ているのか。それすら疑問となっていた。 小首を傾げ、|床《ベッド》から降りる。裸足で板敷の床を歩けば、ある者たちが目に止まった。部屋の隅で、二匹の動物がすやすやと寝ている。一匹は|蝙蝠《こうもり》の躑躅(ツツジ)、もう一匹は白い毛並みの仔猫だった。 仔猫は身体を丸め、躑躅(ツツジ)は野生を忘れたかのようにお腹を出して寝ていた。 その姿に|華 閻李《ホゥア イェンリー》の頬は緩む。近づいて躑躅(ツツジ)のお腹を撫で、白猫へは恐る恐る腕を伸ばした。「うわ、もふもふだあ……」 仔猫は疲れが溜まっているのか、嫌がる素振りすら見せずに深い眠りに入っている。そんな仔猫の毛はお日様のように暖かく、とてもふわふわとしていた。 ふと、仔猫の前肢に赤い塊があったことを思い出す。仔猫の眠りを妨げぬよう、ごめんねと云いながら両前肢を探った。「&hel
白い毛並みの仔猫は|華 閻李《ホゥア イェンリー》の腕から逃れようと必死だ。けれど体力がほとんど残っていないようで、すぐにぐったりしてしまう。|華 閻李《ホゥア イェンリー》は急いで宿屋へ戻ろうと踵を返した。 直後、後ろから青い漢服に身を包んだ数人が近づいてくる。彼らは|華 閻李《ホゥア イェンリー》を囲うようにして、腰にさげている剣を抜いた。「……え? な、何!?」 大勢の大人に囲まれた|華 閻李《ホゥア イェンリー》だったが、驚くふりをしながら彼らを観察する。 ──肩と胸の部分に金色の|刺繍《ししゅう》。それに青い服……この人たちって、どこかの貴族の使用人ってところかな。 そんな人たちがなぜ寄ってたかって、見ず知らずの自分を囲うのか。|華 閻李《ホゥア イェンリー》はそれだけが疑問だった。「──そこの子供! その猫を渡せ!」 剣の切っ先を|華 閻李《ホゥア イェンリー》へと向け、数人が砂を踏みつける。「猫って……この仔猫の事?」 腕の中にいる仔猫を注視した。仔猫はぐったりとしており、息も絶え絶えである。 |華 閻李《ホゥア イェンリー》からすれば、仔猫も目の前にいる男たちも、全く知らない者たちであった。けれど仔猫の様子を見ているうちに、放っておくことなどできないと決意する。 仔猫を抱く腕に力をこめ、男たちを睨んだ。そして聞き分けのない子供を演じていく。「い、嫌だ! 僕はこの仔猫の事気に入ったんだ。僕が飼う!」 駄々をこねるだけこねながらも、少しずつ後ろへと下がっていった。「猫、飼いたいもん! 僕、猫好きだもん! ぜーったいに、渡さないからね!」 あかんべーと、普段の|華 閻李《ホゥア イェンリー》からは想像もできないような我が儘ぶりを発揮。地団駄を踏みながら仔猫を抱きしめ、飼うの一点張りに尽きた。 けれど男たちは子供の我が儘ごときにつき合ってはいられないと、剣を容赦なく|華 閻李《ホゥア イェンリー》へと振り下ろす。 |華 閻李《ホゥア イェンリー》は寸でのところで剣による攻撃を回避し、我が儘な子供を演じながら砂浜を逃げ回った。 剣が背に迫れば、泣くふりをしながらしゃがむ。男たちが手を伸ばせば身を低くして彼らの背後に回避し、軽く蹴りを入れた。男たちが倒れていく瞬間を狙い、彼らの肩や背中などを使って側にある木に登っていく。
「とりあえず、私は情報収集してくるよ。|小猫《シャオマオ》は宿屋に戻っていてくれ」 体重を感じさせない様子で|櫓《やぐら》から飛び降りていく。瞬間、|華 閻李《ホゥア イェンリー》の眼前を彼の長い黒髪が横切った。「宿屋!? え!? 僕、どこにあるか知らないんだけど!?」 |櫓《やぐら》の中から|全 思風《チュアン スーファン》を見下ろし、困惑した声で質問する。すると彼は「ああ」と、頭を掻いた。「仕立て屋さんがあっただろう? あの通りに[|旅宿庵《りょしゅくあん》]ってところがあるんだ。緑色の看板だからすぐにわかるよ。そこで待ってておくれ!」 腰にかけてある剣を手にし、地面に突き立てる。するとそこから灰色の煙が現れ、|蝙蝠《こうもり》の姿に変わっていった。 蝙蝠をむんずと掴み、|華 閻李《ホゥア イェンリー》のいる|櫓《やぐら》へと投げる。「わわ、|躑躅《ツツジ》ちゃんを投げないでよ! って、ちょっと|思《スー》!」 |華 閻李《ホゥア イェンリー》の説教もむなしく、|全 思風《チュアン スーファン》は既にこの場から姿を消していた。 彼の行動力に感心し、|華 閻李《ホゥア イェンリー》は|櫓《やぐら》から降りていく。頭の上に|蝙蝠《こうもり》の|躑躅《ツツジ》を乗せ、言われた通りの場所へと歩んだ。 ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ 仕立て屋がある|周桑《しゅうそう》区へ到着した|華 閻李《ホゥア イェンリー》は、緑色の看板の家を探す。しばらくすると頭上にいる躑躅(ツツジ)が、ペチペチと羽で叩いてきた。『キュイ』と、かわいらしい鳴き声と一緒に、とある家へと羽を向ける。「あ、あった! ここが|旅宿庵《りょしゅくあん》だね。確かに緑色の看板だ」 小麦色の外装と、|朱《しゅ》の屋
「綺麗過ぎる? えっと|小猫《シャオマオ》、妓女なんだから化粧はするんじゃ?」 化粧は女性を変える。美しく、それでいて気品もある。それが化粧の魅力でもあった。 二人は女性ではないゆえに、化粧について詳しくはない。けれど女性が化粧を好むということは知っていた。 |全 思風《チュアン スーファン》は、それについて何らおかしいところはない。きれいなのはいけないことなのかと、困惑気味に眉をへの字にした。「これは|姐姐《ねえさん》に聞いたんだけど、女性は着飾る生き物らしいよ。全員がそうとは限らないけど……綺麗にすれば見栄えもよくなって、男性からの求婚も増えるんだってさ」 女の人の考えることはわからないよねと、彼の腕の中で考える。フグのように頬を膨らませ、あーでもないこーでもないとぶつくさ呟いた。 しばらくすると|全 思風《チュアン スーファン》に鼻先をつままれ、ジタバタとする。「|思《スー》!」「ふふ、ごめんごめん」 湿っぽい潮の香が飛ぶなか、|華 閻李《ホゥア イェンリー》を床へと下ろした。「……話を戻すけど、あの遺体は綺麗過ぎると思うんだよね。これは僕の勘でしかないけど」 |櫓《やぐら》は少しばかり高い位置にある。そのせいか、風の影響を受けやすかった。 |華 閻李《ホゥア イェンリー》の長く伸びた銀髪が、さらさらと揺れる。髪を押さえながら運河を見つめた。「あの遺体がどこから来たのか。それだけでも、ハッキリしたかな」 確信めいたものを瞳に乗せ、|櫓《やぐら》の柱へ|凭《もた》れかかる。切れ長の目をした|全 思風《チュアン スーファン》を見、どういう意味かわかるかと問うた。けれど彼はお手上げだ
|華 閻李《ホゥア イェンリー》と|全 思風《チュアン スーファン》の二人は、死体があがったとされる|幸鶏湖《こうちょうこ》地区へ来ていた。 |幸鶏湖《こうちょうこ》地区は街の玄関口でもある食品市場から、まっすぐ北へ進んだ先にある。途中の脇道には職人たちの住む|周桑《しゅうそう》区があるが、そこには行かずにひたすら直進。その先には|周桑《しゅうそう》区や住宅街とは違い、華やかな町並みが広がっていた。 |朱《あか》の屋根や柱が建ち並ぶ区域で、寺院や|櫓《やぐら》が多く建てられている。それ以外にも|妓楼《ぎろう》があり、他地区と比べて一貫性がなかった。 寺院の近くでは|山茶花《さざんか》や|睡蓮《すいれん》なども売られており、花びらが舞っている。「──着いたよ。ここが、|幸鶏湖《こうちょうこ》区だ」 ほら。あそこを見てと、ある場所を指差す。|全 思風《チュアン スーファン》が示したのは、比較的大きな寺だった。 金の屋根に|朱《あか》色の外壁と柱の、美しい寺である。前後左右、東西南北を四つの|櫓《やぐら》で囲み、さらに高く伸びたたくさんの木々が出入り口以外を隠してしまっていた。「この寺は[|百日譚寺《ひゃくにちたんじ》]っていう名前でね、四方にある|櫓《やぐら》から寺を見張る仕組みになっているんだ」 顎をくいっとさせ、古めかしい作りの|櫓《やぐら》を見てと言う。 |華 閻李《ホゥア イェンリー》はいわれるがままに|櫓《やぐら》を凝視した。ただ、木でできている以外特にこれといった変わった様子は見受けられない。 けれど|華 閻李《ホゥア イェンリー》は、とあることに疑問を持った。小首をかしげ、大きな瞳で見つめる。「……何で、寺を見張る必要があるの?」「うん、いい質問だね」
枌洋(へきよう)の村から数里ほど北東へ進むと、大きな街が見えた。そこは蘇錫市(そしゃくし)と呼ばれている都である。 蘇錫市(そしゃくし)は別名、水の都と呼ばれていた。 その別名の通り街へ入れば、そこかしこから潮の香りが漂ってくる。魚介の匂いも混じり、|華 閻李《ホゥア イェンリー》のお腹の虫が騒いだ。 見上げた空は蒼く、海はそれに負けないほどに水面が輝いて見える。|朱《あか》の建物は少なく、黄土色の建造物が多かった。 耳を澄まさずとも聞こえてくるのは人々の活気ある声、犬や鳥の鳴き声である。 街の中を流れる運河の両脇には建物がひしめき、その多くは飲食店だ。そこから脇道に逸れれば、織物工房や鍛治屋などが建ち並んでいる。 そこから奥へと進むと橋があった。橋を渡った先は一般家屋のある住宅街だ。よく見れば、住宅街と職人たちの住む地区を結ぶ道は一つではなかった。赤い橋が等間隔に作られており、どこからでも互いの地域を行き来できるようになっている。「あ、これ藤の花だ」 一部の橋には紫の花が絡みついていた。寒い冬の季節にしては珍しく咲いているなと、|華 閻李《ホゥア イェンリー》は楽しそうに花を観察する。「|小猫《シャオマオ》、こっちだよ」「あ、うん」 |華 閻李《ホゥア イェンリー》とともに街に訪れた青年、|全 思風《チュアン スーファン》が手招きをした。彼は一度住宅街まで進み、東側にある橋を渡って職人たちの住む地域へと足を伸ばす。「あれ? 服屋さんって、そっちなの?」 なぜ、わざわざ住宅街へ向かったのか。それを問いかけた。「私の知っている店は、少々入り組んだ場所にあってね。職人たちの住む地区……[|周桑《しゅうそう》]って言うんだけど、あそこは人が多い。加えて、これから行く店は住宅街からの方が近いんだ」 |周桑《しゅうそう》区は人通りがもっとも多いため、一歩進むだけでも一苦労する。目的地の服屋は住宅街側から橋を渡った目の前にあり、行きやすいのだと説明をした。「へえ……|思《スー》、この街に詳しいの?」「いいや、その服屋だけだよ。私のこの服も、その服屋で作ってもらったんだ」 少しだけはにかみ、|華 閻李《ホゥア イェンリー》の手を取って歩き始める。 ──何か、今の|思《スー》。ちょっと寂しそうに見えた。気のせいかな? 少しばかりの不