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奇妙な旅路、それぞれの行く末

Author: 液体猫
last update Last Updated: 2025-04-23 16:09:00

 ガッポガッポと、|砂利道《じゃりみち》を一台の|荷馬車《にばしゃ》が進む。道の|両脇《りょうわき》には雑草が生い茂り、田畑もあった。|疎《まば》らではあるが、家屋が並んでいる。けれど家のほとんどはボロボロで、人が住んでいる気配はなかった。

 周囲には|尖《とが》った山が多く、側には|運河《うんが》が流れている。水は|透明《とうめい》で、底を泳ぐ魚の姿すら見えた。

 雑草の合間から野うさぎが飛び出しては、どこかへと行ってしまう。

 見上げた空は青く、雲はゆったりと動いていた。太陽の光が|眩《まぶし》しく地上を照らしている。どこまでも続く空には|鳶《とんび》が飛んでおり、鳴き声が遠ざかっていった。

「──うわあ、自然がいっぱいだあ! あ、うさぎがいる。可愛い!」

 |華 閻李《ホゥア イェンリー》は荷馬車の窓から顔を出し、もふもふとしたうさぎを目で追いかける。

 彼らは水の都である蘇錫市(そしゃくし)を後にし、次の場所へ向かうべく馬車に乗っていた。

 黒髪で三つ編み、美しい顔立ちの長身の男は|全 思風《チュアン スーファン》だ。彼は整った顔立ちに笑みを浮かべながら、前の椅子に座って|手綱《たずな》を|曳《ひ》いている。鼻歌を|披露《ひろう》しながら|優雅《ゆうが》に先頭を陣取る様は|吟遊詩人《ぎんゆうしじん》のよう。

 馬の身体に巻きついた|紐《ひも》を操作し、|砂利道《じゃりみち》を進んだ。

 そんな彼を尻目に、荷馬車には|二人《・・》の者がのんびりと座っていた。

 一人は|禿《とく》という|國《くに》では珍しい銀の髪を持つ、|儚《はかな》き見目の美しい少年である。少女のような愛らしい顔立ちと、ぱっちりとした大きな両目、病的なまでに白い肌など。|庇護欲《ひごよく》をそそるほどに神秘的な雰囲気を持っていた。

 金の|刺繍《ししゅう》が施された|朱《あか》の|外套《がいとう》が彼の銀髪に映える。普段は床

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     "約束して" |瓦礫《がれき》の山に埋もれた|腐敗臭《ふはいしゅう》が|漂《ただよ》うなか、優しい声が走る。燃え|盛《さか》る|家屋《かおく》、泣き叫ぶ人々。 それらを耳にしながらも声の主は語った。「──君を必ず迎えにいくよ。だから、私の事を覚えておいて」  悲鳴や|業火《ごうか》で|阿鼻叫喚《あびきょうかん》が飛び交うこの場においても、声の主は笑う。「君が世界のどこにいても、私が見つけるから」 声の主の髪は黒かった。それはそれは長く、顔を隠すほどに暗闇に満ちた髪である。けれど瞳は|焔《ほのお》を移し取ったような、|燦々《さんさん》とした|朱《あか》だった。 |凛《りん》とした姿勢の上には|漆黒《しっこく》の|漢服《かんふく》を着ている。スラリと伸びた身長で、|骨格《こっかく》や声からして男性であることが|伺《うかが》えた。 そんな男の前には、ボロボロになった子供がいる。声が届いているのかすらわからないほどに泣きじゃくり、顔を涙でぐしゃぐしゃにしていた。 けれど子供の周囲には、この場に不釣り合いな色とりどりの花が落ちている。|山茶花《さざんか》、|木蓮《もくれん》、|桔梗《ききょう》などの花だ。それらは子供が泣く度に宙へと舞い上がる。 瞬間、|山茶花《さざんか》は雪になった。|木蓮《もくれん》は炎、|桔梗《ききょう》は小石へと姿を変える。 男はこの光景を見ても美しく笑むだけだった。「……今はまだ、◼️◼️を迎え入れるだけの力がない。私個人にはあっても、全てにはないんだ」 男は舞う花を一つだけ掴み、腰を曲げて片膝をつく。 泣きじゃくる子供の頬に触れ、そっと口づけをした。子供の唇はかさついているが、声の主は嬉しそうに微笑する。子供のもちもちとした|柔肌《やわはだ》を少しだけ|堪能《たんのう》し、やがて立ち上がった。「──ああ、もう行かないと」 泣いている子供へ再度腕を伸ばしかけたが、素早く引っこめる。|踵《きびす》を返し、泣く子供へと背中を向けた。 あちこちから聞こえる悲鳴や、鼻をつくような嫌な臭い。それらをもろともせず、声の主は歩き出した。 ふと、何かを思い出したかのように立ち止まる。そして自身の髪を二本抜いた。髪に、ふーと息を吹きかける。すると不思議なことに一本は|蝙蝠《こうもり》、もう一本は小さな|勾玉《まがたま》へと変わっ

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     |全 思風《チュアン スーファン》は屋根を伝いながら白服の男たちを追った。 下を見れば、街の人々が困惑した様子で道を|塞《ふさ》いでいる。彼らは|殭屍《キョンシー》ではなく人間に戻っているようで、かなりの|動揺《どうよう》が走っていた。 それを屋根上から確認していると、見知った男の姿を発見する。男は|爛 春犂《ばく しゅんれい》で、|全 思風《チュアン スーファン》を見るなり屋根の上へと飛び乗った。「──|全 思風《チュアン スーファン》殿、そちらは終わったのか?」「ああ、終わったよ。|小猫《シャオマオ》は疲れてるみたいだから、安全な場所で休んでもらってる。それより……」 二人はざわつく人々を下に、逃げている白服の者たちを追いかける。ときには木々を利用し、あるときは|提灯《ちょうちん》をぶら下げる太い糸に掴まり、壁を蹴りながら屋根へと登った。 前を逃げる数人の白服へ、|全 思風《チュアン スーファン》は剣を|投球《とうきゅう》する。しかし彼ら白服の者たちには、それぞれの剣で弾かれてしまった。 「……へえ、なかなかにやるね。でもさ?」 ふっと、片口に笑みを浮かべる。右の人差し指をくいっとあげた。 |全 思風《チュアン スーファン》の剣は糸で|操《あやつ》っているかのように空中に浮く。彼は気にすることなく、指先で|空《くう》を斬った。剣は彼の言いつけを守るかのように、|不規則《ふきそく》な動きで白服たちを|翻弄《ほんろう》していく。 「|剣操術《けんそうじゅつ》か。|全 思風《チュアン スーファン》殿は、|仙術《せんじゅつ》にも|精通《せいつう》していたのか?」   |爛 春犂《ばく しゅんれい》は驚きつつ、自身も剣操術《けんそうじゅつ》を|繰《く》りだした。 二人の|剣操術《けんそうじゅつ》は次々と白服の者たちを切り裂いていく。

  • 鳥籠の帝王   裏で蠢(うごめ)く者

     ──これはまずい! ここにいたら、|小猫《シャオマオ》の体が持たない。  |朱《あか》く光る床から|淡《あわ》い|蛍火《ほたるび》のようなものが浮かんだ。それは無数にもなり、部屋中をふわふわと浮いている。 一見すると美しく、幻想的な光景だった。しかし現実はそうではない。この光が|華 閻李《ホゥア イェンリー》に触れるたび、子供は表情を苦痛に歪ませていった。「……っ|躑躅《ツツジ》!」 |華 閻李《ホゥア イェンリー》が名付けた|蝙蝠《こうもり》を|凝視《ぎょうし》する。すると|蝙蝠《こうもり》は黒い|両翼《りょうよく》を羽ばたかせ、天井目掛けて突撃した。 その一回で天井を突き破り、回転しながら外へと出る。「……|躑躅《ツツジ》、この陣を|破壊《はかい》しろ!」  言うが早いか、|蝙蝠《こうもり》の行動の方が先か。それを考える者はこの場にはいなかった。  |全 思風《チュアン スーファン》が後ろへと飛ぶ。 瞬間、|蝙蝠《こうもり》は口を開けた。大きく息を吸い、勢いをつけて吐き出す。放出したそれは|突風《とっぷう》となり、床に|燻《くすぶ》っていた淡い|蛍火《ほたるび》を消していった。|蝙蝠《こうもり》|の躑躅《ツツジ》は満足げに、ふんすと鼻を高く上げる。 |全 思風《チュアン スーファン》は急いで|華 閻李《ホゥア イェンリー》の細い首に指をあて、脈を確かめる。規則正しいとは言えないが、それでも正常に戻りつつあるようだった。 |全 思風《チュアン スーファン》は胸を|撫《な》で下ろし、床を確認する。多少、陣の名残があるものの、ほとんど光を失っていた。彼は|華 閻李《ホゥア イェンリー》を抱えながら、足で|血命陣《けつめいじん》の一部を|擦《こす》る。 そうすることで陣は機能を|喪《うしな》い、発動できなくなると考えたからだ。その|思惑《おもわく》は

  • 鳥籠の帝王   嫉妬と憎悪

     |妓女《ぎじょ》の高笑いは止まることがない。我を忘れて笑い続ける様は、美しさとは無縁なほどに不気味さが|際立《きわだ》っていた。「……|思風《スーファン》って、|思《スー》の事?」 体力が限界を迎えていく。目覚めたばかりだというのに、|華 閻李《ホゥア イェンリー》の|瞼《まぶた》は閉じはじめていた。 けれど知った名を口にされたため、女を見つめながら小首を|傾《かしげ》げる。 |妓女《ぎじょ》は高笑いをやめ、|華 閻李《ホゥア イェンリー》をひと|睨《にら》みした。華やかな美女から一転、憎しみや|嫉妬《しっと》にまみれた瞳となる。|獣《けもの》のように|瞳孔《どうこう》を細め、怒りを足音に乗せて|華 閻李《ホゥア イェンリー》に接近した。やがて、怒りに任せた足取りが止まる。「わたくしの|思風《スーファン》様を、|馴《な》れ|馴《な》れしく呼ぶでないわ! |小僧《こぞう》が!」 |華 閻李《ホゥア イェンリー》の前髪を|掴《つか》んだ。痛みに苦しむ|華 閻李《ホゥア イェンリー》を無視し、|妓女《ぎじょ》は身勝手な腹立ちまぎれに|罵詈雑言《ばりぞうごん》を浴びせる。 彼の頬に爪を立て、白い肌に血を流させた。 けれど|華 閻李《ホゥア イェンリー》は泣くどころか、キッと睨みつける。 それがいけなかったのだろう。|妓女《ぎじょ》からすればその強気な態度がますます|癪《しゃく》に触ったようで、爪をさらに深く食いこませた。 |華 閻李《ホゥア イェンリー》は痛みに|耐《た》えきれず、消えいる声とともに眉をしかめる。「ふふ……あはは! |小僧《こぞう》が生意気な口を聞きおって。そなたなど、わたくしの体の穴を埋める|贄《にえ》に過ぎ……」

  • 鳥籠の帝王   恋の行く先

     |全 思風《チュアン スーファン》は堂々と正面から|妓楼《ぎろう》の中へと|侵入《しんにゅう》した。普通ならばその時点で誰かが姿を現し、彼へ敵意や攻撃を向けてくるものなのだが……「静かだ」 彼の足音のみが|響《ひび》く。それでも|全 思風《チュアン スーファン》の手には剣が握られていた。 周囲を見渡せば|朱《あか》の|絨毯《じゅうたん》や柱、壁までもが|深紅《しんく》に染まっている。天井には異国の地から取り寄せたであろう|枝形吊灯《シャンデリア》が|眩《まぶ》しく輝いていた。「ああ、本当につまらない」 顔を下に向かせながら、そう、|呟《つぶや》く。三つ編みにした長い黒髪がゆらりと揺れた。それを気にする様子すらなく、ただ|朱《しゅ》の階段を登っていく。 そんな彼の周囲には人の姿をした者たちがたくさんいた。 女は白い|漢服《かんふく》を着、美しい|簪《かんざし》を頭につけている。子供は男女問わず着飾ってはおらず、質素な|漢服《かんふく》を着ていた。男たちは青や水色などの|漢服《かんふく》を着用している。 けれど彼ら、彼女たちは、うんともすんとも言わなかった。黒目の部分は消え、どこを見ているのかわからない白目だけを見開いている。 |瞬《まばた》きすらしない。 呼吸もない。 不気味そのものの、人らしき存在たちだった。「……ああ、これは考えてなかった。|小猫《シャオマオ》の事で頭がいっぱいになっていたな」  そこは予想していなかったなあ、と大笑いする。 剣を|一振《ひとふり》し、道を|塞《ふさ》ぐ者たちを|風圧《ふうあつ》で吹き飛ばした。飛ばされた者たちは壁や柱に体を打ちつける。けれど痛みを感じないようで、小さな|唸《

  • 鳥籠の帝王   捕らわれた華

     |全 思風《チュアン スーファン》は自らの鼻を疑った。 彼は死者と生者、そのどちらもを嗅ぎわける能力に自信を持っている。それは間違えるはずがないという絶対的な自信であった。 ──私は|冥界《めいかい》の王だ。その私を|騙《だま》せる者など、そうそういないはず。その私をここまでコケにした奴、か。会ってみたいものだ。 そして殺してしまいたい。そう願った。背景にあるものが何にせよ、大切な子を奪われたのである。|冥界《めいかい》やこことは違う世界のことよりも、それが一番許せなかった。 「……|爛 春犂《ばく しゅんれい》、もしもあんたの言う通りなら、私たちは何を相手にしている? そして、何に馬鹿にされた?」 死者を|統《す》べる王としての怒りは凄まじく、周囲に|強烈《きょうれつ》な突風を|撒《ま》き散らす。 笑う唇の裏にあるのは|静寂《せいじゃく》という名の|怒涛《どとう》。|漆黒《しっこく》を詰めた瞳は|燦々《さんさん》と燃え盛る|焔《ほのお》となった。 |爛 春犂《ばく しゅんれい》は彼の変化に驚きを隠せないのだろう。恐怖とは違う、凍えるまでに|冷淡《れいたん》な表情を見せられグッと拳を握った。額から流れる汗は|妓楼《ぎろう》に集まる人々に対するものではない。|全 思風《チュアン スーファン》という人物への警戒の現れだった。 それでも今だけは頼もしい味方である。唯一正常かつ、目的をともにする者であるのだと、|全 思風《チュアン スーファン》に口を酸っぱくして伝えた。「……ああ、そうだったね。私たちの目的はそれだった」 |全 思風《チュアン スーファン》の瞳は|徐々《じょじょ》に落ち着きを取り戻していく。ふーと深呼吸をし、|爛 春犂《ばく しゅんれい》を見やった。 |爛 春犂《ばく しゅんれい》は心の底から肩を落としている。&n

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