LOGINShare
第568話 引き渡せない
Related chapters
離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった 第569話 彼女から金を取る
工事現場は会場から近く、ちょうど望愛が現場を視察しているところだった。三井鈴と三井助が出てくると、望愛はすぐに気づいた。相見さんが腰を低くして、彼女の顔色を窺いながら言った。「赤穗さん、何見てるんですか？」望愛は不機嫌そうな顔で言った。「お前の首がいつ落ちるか見てるんだ」相見さんは驚き、「もう終わった話だ、工事班も俺の部下だから、絶対に漏れはない、赤穗さん、怖がらせないでください」望愛は冷たく笑った。「あなた、私をこの泥船に乗せたくせに、降りる方法は考えなかったのか？」相見さんは冷や汗をかきながら、「赤穗さん、どうか教えてください」望愛はにやりと笑って、目を細めて言った。「私が言った通り、どんな方法でも金を補填しろ！これは冗談じゃないプロジェクトだ」望愛は冷静ではないけど、さすがにこの部分は考えていた。もし本当に追及されたら、刑務所行きだ！相見さんは震えながら言った。「俺...もう金がない、これ以上の方法がなければ、一日でも工事が進まない！」「金がない？」望愛は彼に迫った。「だったら取ってこい！何度も言っただろ、どんな方法でも！」「俺は...」望愛は目をキラリとさせて、突然顎を上げ、指を指して言った。「あそこ、見えるか？帝都グループの現場責任者だ。あの人、金を持ってるから、なんとか方法を考えろ」相見さんは目を見開いて、望愛の意図を理解した。「でも、あれは帝都グループの人だ。そんな人物、俺が手を出せるわけないだろ」「手を出せなくても、出せ！もう行き詰まりだ、同じ死ぬなら、あの人のところで賭けてみろ、まだ生きる道があるかもしれない」望愛は顔をしかめて、三井鈴と三井助の背中をじっと見つめていた。二人が車に乗り込んで、その場を離れていった。「......」車が工事現場を通り過ぎると、視界の外で三井鈴は望愛の姿を見逃した。フェンスに赤い布で「赤穗グループ建設」と大きく書かれていた。三井助は彼女がぼーっとしているのを見て、「何見てるんだ？」と聞いた。「何でもない」三井鈴は運転席の土田蓮に注意を促した。「あの足立って名前の社長、調べといて」「城東建設に何か疑いを持ってるんですか？」三井鈴はにやっとして言った。「だって、うちの佐々木取締役がこのプロジェクトに関わってるんだから、私たちが自分の人の
離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった 第570話 お決まりの言葉
たった一杯のお茶が終わると、土田蓮は茶室の前で、浜白の有名な建材業者、伊吹を迎えた。彼は車から降り、土田蓮に向かって五歩ごとにお辞儀をし、「三井さんの召集、急すぎて何も持ってきてなくて、本当に申し訳ありません！」と言った。土田蓮は優雅に答えた。「三井さんはそんなこと気にしない方ですから、来てくれるだけでありがたいです」伊吹は土田蓮について茶室に入り、額の汗を拭いながら、目を周囲にきょろきょろと動かした。彼はもともとクライアントと酒を飲んでいたが、突然アシスタントが「大物の方が会いたい」と言われ、すぐに来ることになったので、何があったのか詳しく聞けなかった。「土田さん、ご苦労様です。三井さんが僕を呼んだのは、どういったご用件でしょうか？」土田蓮は前を歩きながら答えた。「会えばわかりますよ」伊吹は心配そうに思っていた。土田蓮が扉を開け、薄いカーテンが降りると、テーブルの上でお茶が沸いている音が静かに聞こえて、霧が空中に漂っていた。それが外の初冬の空気とぴったり合っていた。三井鈴はテーブルに座っていて、白い肌が雪のように美しく、穏やかで静かな雰囲気を持っていた。「足立さん」彼女は微笑んで手を伸ばし、「どうぞお座りください」と言った。伊吹は思わず見惚れてしまった。帝都グループの新任取締役が、戦略家であり勇敢だと聞いていたが、姿も美しいとは思わなかった。土田蓮は扉を閉め、外の音も隔てた。「僕の知る限り、帝都グループは最近実業面での動きはないはずですが、三井さんが私に呼びかけてきたのは、何か指示があるのでしょうか？」三井鈴は彼にお茶を注ぎながら、すぐに本題に入った。「最近は何もないけど、足立さんは浜白建材の中核の人物ですよね。もし将来何かあれば、あなたの力が必要です」伊吹は座ったり立ったりしながら、ビジネスマンとしてこれは社交辞令だとすぐに感じた。「足立さん、緊張してますか？」「いや、そんなことは。三井さんがもしお手伝いしてくれるなら、いつでもお申し付けください。何でもします」伊吹は目の前のお茶を一気に飲み干した。三井鈴は後ろに背をもたれ、彼を数秒じっと見て、「足立さん、顔色が悪いですね。何か後ろめたいことでもしてるんですか？」と言った。「本当に誤解です」「一年前、浜白の平柳町で観光地として開発されてい
離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった 第571話 茶室で火事が起こる
土田蓮はベランダで伊吹が車に乗るのを見送ってから、部屋に戻った。三井鈴は電話中で、声のトーンがだいぶ軽くなった。「田中さん、さっきの言い方、何か心当たりないの？」電話の画面に30分の通話時間が表示されていた。田中仁は電話の向こうでクスリと笑った。「彼がやったかどうかなんて、君には分からないだろ」「分からないけど、ちょっと圧かけてみたら、まさか本当に何か出てきたよ」「悪事を働かなければ、恐れることはない。彼の反応、明らかに怪しいよね」田中仁は言った。「気をつけて、もし伊吹がこれから城東との協力をやめたら、間違いなく前に彼らと繋がりがあったってことだ」三井鈴は目を細めて笑った。「私もそう思う」もし何もなければ、伊吹とのネットワークを築いたってことで、このお茶は無駄じゃなかったってこと。「でも、もし本当なら、望愛がなんでそんなことをしたんだろう？」「多分、お金が絡んでるんじゃないかな」三井鈴は考え込んだ。「このプロジェクトにはかなりのお金が投入されてたよね、佐々木取締役の分も合わせると、百数億。もし横領なら、自分の金じゃん」「横領じゃなくて、もし損失だったら？」田中仁が指摘した。「このプロジェクトの施工業者、ギャンブル好きだったでしょ」そうだ！三井鈴はハッとした。「......実は前から気になってたんだ。望愛、デザイナー時代にかなりお金を失ったって言ってたけど、このプロジェクトのお金はどこから出てきたんだろう」三井鈴はその疑問に大胆な予想を立てた。「翔平が出したお金とか？」田中仁はその名前を聞いて、平然と答えた。「どんな関係があれば、何億もお金を出せるんだ？」確かに。三井鈴が沈黙している間、田中仁はその動きに気づいた。「お茶は入れる？」「もちろん。あなたが好きなお茶を、帰ったら入れてあげるよ」「君が入れてくれるお茶なら、何でもいい」三井鈴は自然に口元を緩めて笑った。その笑顔は優しくて甘かった。土田蓮はそれを見て、そっと振り返って窓を開けて換気した。部屋の防音が良いから窓を開けると外の騒音がすぐに入ってきた。土田蓮は茶室からたくさんの人が出てきて、大量の煙が立ち込めているのを見た。「火事だ！消防呼んで！火事だ！」土田蓮はすぐに振り返り、「三井さん、火事だ、急いで外に出よう！」三井鈴も
離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった 第572話 命を救ってくれた恩
男は彼女の手を強く握り、湿ったタオルで口と鼻を覆い、三井鈴にもタオルを渡し、二人で急いで逃げた。茶室内にはもう一つの通路があった。ここは火の勢いが少し弱く、二人が通れるほどの広さだった。火は木をバチバチと燃やして、三井鈴はその音にハラハラしながら、湿ったタオルで呼吸が楽になった。「社長！なんでここにいるんですか！」この通路には他にも逃げている人たちがいて、彼を見て驚いた。社長と呼ばれた男はかすれた声で怒鳴った。「早く逃げろ！」足音が慌てて響いていた。三井鈴は急いで階段を降り、男の黒い背中を追った。彼は高身長で暗い印象の男性で、年齢はそんなにいっていないようだ。彼の声、なんだか聞いたことがある......どこかで。でも考える暇はなく、頭の中はただここから出ることしかなかった。茶室の三階を降り、最後の一段を降りた時、三井鈴はやっと肩の力が抜けた。彼女は湿ったタオルを投げ捨て、大きく息を吐いた。ここは裏口だろう。ここから逃げたのは内部の人間で、今は皆後ろめたい気持ちを抱えているようだった。「めっちゃ残念やん、できたばっかなのに、一発で全部燃えちゃって……」話してた人は肘でつつかれて、男の方向をチラ見して、すぐに黙った。三井鈴が落ち着きを取り戻して、「助けてくれてありがとう。お名前は？」男は深くて鋭い目をしてて、目尻が上がってて、なんかすごく意味深な感じ。彼はずっと湿ったタオルで口と鼻を覆ってて、三井鈴の視線を避けてた。「いや、別に。逃げてる時にたまたま見かけて、見殺しにはできなかっただけ」声は確かにかすれてて、聞き覚えがある感じ。三井鈴は眉をひそめて、「たまたまでも何でも、とにかくありがとう。さっきみんなが『社長』って呼んでたけど、この茶室の……」「経営者だ」彼は茶室をチラ見して、スタッフの方に歩いて行った。「なんで急に火事になった？」「わからないんです。火は階下から上がってきて、多分冬で乾燥してたから、客が火の始末をちゃんとしなかったのかも……」男は黙ってた。街中の茶室が燃えてて、たくさんの人が見物してた。三井鈴の視線は彼から離れなかった。できたばかりの店が一瞬で灰になってしまったのに、この男はパニックにもならず、冷静で、心が強いんだなって思った。彼女は前に出て、「うちで
離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった 第573話 本社に戻る決意
三井鈴は返信した。「無事だよ、心配しないで」彼女は見えないけど、携帯の向こうで田中仁は握りしめてた手を緩めて、やっと安心した。咲茉が急いで入ってきた。「田中さん、秘書課から、帰国のチケットを予約するって聞いたんですけど……」田中仁は携帯を置いて、冷静に言った。「もういい、キャンセルして」咲茉は一瞬驚いて、彼の額に汗があるのに気づいた。浮き出た血管がゆっくりと引いていく。彼女の頭に三井鈴の姿が浮かんで、黙ってうなずいてから言った。「田中陸が事故に遭いました」田中仁の目が鋭くなった。「どうした？」「臨野で工事の監督をしてたんですが、夜に現場で爆発があって、巻き込まれて緊急搬送されました」田中仁は立ち上がって、窓の前に歩いて行った。「爆発の原因は？」「作業員が材料を適当に置いてたのが原因で、爆発の範囲は小さくて、工事には影響ないそうです」咲茉はちょっと間を置いて、「でも病院の話だと、田中陸のけがは重くて、こちらの病院に転院する必要があるかもって」「命に別状は？」「今のところないそうです」それを聞いて、田中仁は笑った。「なるほどな」「田中陸は自分に厳しいんだ。豊勢グループの本社に戻る決心は固いってことだ」「彼がそこまで厳しくなければ、俺が離れてたこの2年で独裁して実権を握ることもできなかっただろう」咲茉は眉をひそめて、「田中会長の動きを探ってみます。今日はお母様の展示会があって、彼も手伝ってるみたいです。このことを知ってるかどうかはわからないですが」「行ってみよう」田中仁は深く考え込んでた。菅原麗は今日郊外で展示会を開いてた。フランスは浜白と違って、天気が良くて雲一つない空。陽大はスタッフと一緒に写真を運んでて、まったく偉ぶってない感じで、あの大企業の会長だとは思えない。「気をつけて、ぶつけないで。これは麗が一番気に入ってる写真なんだから」菅原麗は上品な感じで、来場者と話しながら写真のコンセプトを説明してて、陽大のことはまったく気にしてないみたい。田中仁はしばらく見てから、前に出て行った。「父さん」陽大は驚いて顔を上げて、すぐに笑った。「仁君、お前もお母さんの展示を見に来たのか？」田中仁は目で合図して、咲茉がすぐに口を開いた。「社長、さっき入った連絡ですが、田中陸さんが臨野で爆発に巻
離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった 第574話 自分で行く準備
「けがの状況は……」「私が病院の一番良い外科医を手配して、彼が無事になるようにします」田中仁が話を続けた。「彼が戻ってくれば、工事現場の爆発のニュースは隠せなくなります。豊勢グループにそんな汚点はつけられません。父さんもそう思いませんか？」陽大は息子を見つめて、「お前の手配は周到だな」田中仁は口元を上げて、「ただ、丹下さんが心配するかもしれません」「もし彼女が心配するなら、一緒に臨野に行って田中陸の面倒を見させればいい。お前が処理しろ」田中仁は丁寧に答えた。「はい」咲茉はその裏事情をよく理解してて、心から田中仁のために快哉を叫びたくなった。田中仁は他にもいくつかの仕事の報告をして、帰ろうとした時に陽大に呼び止められた。「お前は2年間豊勢グループを離れてたが、ずいぶん成長したな。いいと思う、この調子で続けろ」田中仁の冷静な顔に少し波が立った。「父さんのご指導のおかげです」車に乗って、咲茉は我慢できずに聞いた。「どうして会長に、国内市場を開拓する意向があることを伝えなかったんですか？」窓の外の景色がどんどん後退して、田中仁は何かを考えてるようで、袖の端を指でなぞってた。「まだ時期じゃない」豊勢グループに戻って、秘書課を通りかかった時、一人の秘書が資料を渡した。「三井さんが危険に遭った場所を調べました。浜白の市中心で、新しく建てられた茶室です。現在は火事は消し止められて、死者は出ていないそうです」田中仁はそれを受け取って、数ページめくった。茶室の名前を見て、思わず声に出して読んだ。「落花茶室」咲茉が横で言った。「なかなか風流な名前ですね」浜白。土田蓮も同じことを言ってた。その時にはもうこのニュースは浜白の話題になってた。「ただ、残念だな。聞くところによると、オーナーが半年かけて建てたんだって。内装も全部自分でやったらしい。一発で全部燃えちゃった」三井鈴もそう思ってた。彼女が落花茶室を選んで伊吹と話をしたのは、その環境を気に入ったからだ。「厚いお礼の品を準備して、この住所に送って」三井鈴は住所を携帯にメモして、土田蓮に送ろうとしたけど、突然手が止まった。「いや、やめておこう。準備はしておいて、私が直接行く」命の恩には、直接会いに行くべきだ。「それと、私があそこで危険に遭ったことは
離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった 第575話 もし彼が出場できなかったら
会議室には熱烈な拍手が響いた。しかし、ドアの外からは冷笑する声が聞こえ、佐々木取締役は手を振り払って去っていった。「自惚れが過ぎる！」部下が彼の後ろについて行きながら言った。「そんなに簡単じゃないですよ。今のイーシー市場はもういくつかのプラットフォームで分けられてるんです。極光が参入するのは簡単じゃない！」佐々木取締役もそう思っていたが、三井鈴の自信に満ちた様子を見て、不安を感じた。「もし本当に彼女が成功させたら……」「佐々木取締役、この前の食事会で、楽天の社長が言ってましたよね。彼らのプラットフォームの特典は極光には回さないって。両社は競合関係だし、消費者はバカじゃない。どこに特典があるかで勝負が決まります！」そう言ったのは、佐々木取締役に十数年仕えてきた秘書で、二人は年齢も近く、若者のやり方が好きではなかった。佐々木取締役はそれを聞いて、少し安心した。ふと見上げると、三井助がエレベーターから出てくるのが見えた。彼は目を細めて、「こいつ、最近よく会社に来てるな」「噂では、仕事がなくて、妹がここにいるから、よく来てるんだとか」佐々木取締役は冷ややかに笑った。「この前の食事会でも見かけたぞ」「この前ですか？」あの夜、レストランで、三井助の後ろに女性がついてきていた。距離はあったが、一目で二人の関係が深いことがわかった。ましてや、後で佐々木取締役がトイレに行った時、二人が隅でキスしているのを目撃した。佐々木取締役は目をきょろきょろさせて、「イベントで、三井助さんは出場するのか？」「もちろんです。彼は今、帝都グループの社員ですから。三井鈴のプロジェクトには必ず参加します。聞くところによると、トリを務めるそうです」「ふん……もし彼が出場できなかったら、このイベントの効果は大きく減るだろうな」「それはどういう意味で……」佐々木取締役は声を荒げて、「あの日の写真はまだあるか？」「……」最近は忙しくて、秋の大買い物祭りのイベントの最後のリハーサルの時、仕事の関係で、珍しくみんなが集まった。広いステージで、三井助はバンドとリハーサルをしていて、横にはガラス張りの小さな部屋があり、スタッフが設備の調整をしていた。その夜、一颯がライブ配信で商品を売る予定だ。結菜はニュースのために自ら現場に来て、撮影
離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった 第576話 金持ちか貴族
田村幸は恥ずかしそうに顔を赤らめて、周りをそっと見回した。「そんなこと言わないで、誰かに聞かれたら大変だよ！」芸能人と恋愛するのはこれが嫌なところで、以前三井助と三井鈴の写真が流出した時も大きな騒動になったが、後に二人が兄妹だとわかって、うやむやになった。世間的には、三井助はトップスターで、絶対に恋人の噂があってはいけない。田村幸は世間の注目を浴びたくないし、彼のキャリアに影響を与えたくないので、特に気をつけていた。三井鈴は仕方なくスマホを返して、「こんなに堂々としてたら、そのうちバレるよ」田村幸はまだ微笑んでいた。「大丈夫、私は彼のファンだって言えばいいから」それを聞いて、みんなは抱き合って嘆いた。「甘ったれるな！」騒ぎが終わると、結菜が突然言った。「田村幸のこと言ってるけど、あなたも最近楽しそうだよ。笑顔が絶えないじゃん」三井鈴は一瞬固まって、ほとんど我慢できなかった。「そうかな？」「顔に書いてあるよ」三井鈴は無意識に避けて、「大丈夫じゃない？」田村幸はそれを見て、宝石を持ってくる口実で三井鈴を誘った。階段を下りるとき、彼女は小声で聞いた。「今回のパーティー、田中仁さんは帰ってくるの？」「約束してた」田村幸は嬉しそうに笑って、「なんか甘いね」三井鈴はバッグからタバコを取り出して、一服した。「秘密にしてくれてありがとう」田村幸が突然思い出したように、「翔平が伊織の息子を助けて、そのおかげでこのパーティーのスポンサー権を手に入れたって聞いたよ」遠くに広がる横断幕には、安田グループのロゴが目立っていた。翔平は隙間をうまく見つけて、ビジネスの感覚に優れてる。三井鈴は目を上げて、ちょうど翔平が近くに立っているのを見た。その横には何人かのスタッフが報告していた。気温が低くて、彼は黒いコートを着ていた。視線を感じて、こちらを見てきた。その瞬間、三井鈴がタバコを持つ手が少し震えた。数年前、空港でのあの一瞬を思い出させた。田村幸もその場面を見て、眉をひそめた。「鈴ちゃん、田中仁さんとのこと隠してるの、翔平のため？」この言葉を聞いて、三井鈴は少し驚いて眉を上げ、「そんなことないよ」と即座に否定した。田村幸はそれ以上は聞かず、ステージに向かって三井鈴に宝石を渡しに行った。何も行き過
Latest chapter
離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった 第838話 あなただけの命令に従う
「明は空気の読めない男じゃない。あなたたち教え子の中でも、いちばん規律を守って、本分を弁えてるやつだ。絶対に一線を越えたりしない」電話の向こうで、山本哲は諭すように語っていた。「じゃあ私は？」「あなたが？よく聞けたもんだな？表向きは素直なフリをして、裏ではいちばん手に負えん。あと少しで先生の頭の上に乗るとこだったぞ！」もし菅原麗との縁がなければ、山本哲は田中仁のやり方をとっくに止めていたはずだ。商人の分際で政界の人間にまで手を伸ばし、浜白の大物ふたりを失脚させたのだ。あまりにも常軌を逸している。師弟の情けでここまで助けてきたが、もうこれ以上は無理だ。それが限界だった。田中仁は薄く笑っただけで、それ以上何も言わなかった。山本哲がいちばん可愛がっていたのは、田中仁でも木村明でもなく、今は姿を消したあの優等生だった。電話を切ると、愛甲咲茉がドアをノックして入ってきた。今日の業務報告を終えると、彼女は口を開いた。「田中会長が再び豊勢グループを掌握しましたが、体力的には厳しいです。田中陸があちこち奔走して、表向きは補佐してるふりをしながら、実質は権力を掌握しています。理事会も委員会も、彼には頭が上がりません」「皆、思っています……」愛甲咲茉は言いかけて、ためらった。「続けて」「皆さん、あなたはもう完全に支持を失って、豊勢グループでの立場も無くなったと思っています。もともと支持していた理事たちも、今では揺れていて、私に探りを入れてきます」愛甲咲茉は口にはしなかったが、田中仁がMTの案件に全力を注いでおり、豊勢グループでの権力低下などまったく気にかけていないのは明らかだった。「どう答えた？」「豊勢グループの調達部と経理部には、私たちの人間がいます。だから私はこう言いました。田中様は豊勢グループを諦めるつもりはない。落ち着けば戻ってくるから、信じて待ってほしい、と」田中仁は静かに顔を上げた。愛甲咲茉は思わず身をすくめた。「それは私の指示だったか？」「いえ……」愛甲咲茉は歯を食いしばって言った。「でも、豊勢グループはあまりにも大きすぎて、ここまで築き上げるのに時間もかかりました。三井さんのために全部捨てるのは、あんまりです」田中仁が怒るのを恐れてか、彼女はさらに弁解した。「田中様がこの数年で成し遂げた
離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった 第837話 保釈は認められない
三井鈴はあっさりと言った。「この件は任せればいい。それより、ひとつ頼みがあるの」「言ってください」「秋吉正男のことを調べて。全部よ、隅々まで」三井鈴は念を押すように言った。土田蓮は怪訝そうに聞き返した。「秋吉店長？どうして急にそんなことを？」このところの出来事のほとんどに、なぜか彼が関わっている。本来なら接点すらないはずなのに。「奨学金で学費を賄ってた孤児が、どうして別荘に住んで茶屋まで経営できるのか、ちょっと勉強させてもらうわ」土田蓮はうなずき、さらに報告した。「山本先生が近く視察で浜白に来る予定で、東雲グループもそのリストに入ってます。青峰会長が接見されるかもしれません。その合間に、三井さんに会える時間が三十分ほど取れそうです」「何日？」「明後日です」三井鈴は心の中で予定を組みながら、首の傷をそっと撫でた。「今日のこと、絶対に仁くんには言わないで」彼に余計な心配をかけたくなかったし、これ以上波風を立てたくもなかった。あの日に愛甲咲茉が言った言葉は、彼女の胸に深く刺さっていた。彼女は実際、田中仁に少なからぬ迷惑をかけていた。土田蓮は気まずそうに笑った。「まさか、私は三井さんの秘書であって、田中さんのじゃないですからね」三井鈴は横目でにらんだ。「あなた、口軽いからね」墓地を後にした秋吉正男は、まっすぐ茶屋へ向かった。石黑和樹はすでに長い時間そこで彼を待っていた。「電話で済まない用事でも？私も忙しいんだけどな、秋吉店長」石黑和樹は冗談めかして言った。「安田遥による故意の傷害未遂。監視映像、証人、物証、全部揃ってる。すぐに拘束させろ。安田家の件がすべて片付くまで、絶対に保釈させるな」秋吉正男は歯切れよく命じた後、冷笑を浮かべた。「もっとも、あいつを保釈できる人間なんてもういないけどな」その様子に石黑和樹は少し驚いた。ここ数年、彼はチームのことにはほとんど関与してこなかった。それが安田家の件で動いたということは、本気で地雷を踏まれたらしい。「安田家を本格的に潰す気なら、あなたが前に出るのか？」その問いに、秋吉正男は沈黙し、ややあって口を開いた。「私は出ない」石黑和樹の心にざわりと不安が走った。「でもな、山本先生があなたのことに目をつけたって話だ。すでに調べを入れてる。今は鈴木さんが
離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった 第836話 大崎家の人間が浜白にやって来た
三井鈴の瞳孔が大きく見開かれた。まさか安田遥がこんな大勢の前で本気で襲ってくるなんて！彼女の動きはあまりに素早く、秋吉正男が咄嗟に手を伸ばしても、掴めたのは袖口だけ。安田遥はそのまま三井鈴を押し倒し、匕首を振り下ろした。周囲には悲鳴が響いた。三井鈴は反射的に頭を逸らし、間一髪で致命傷を避けた。「安田遥！あなた本当に狂ってるの！」三井鈴は必死に両手を押さえたが、安田遥の目は血走り、目的を果たすまで絶対に止まらないという凶気を放っていた。「私の人生はめちゃくちゃよ！だからあなたにも一緒に死んでもらうのよ！安田家の墓に！」さらに数度、刃が振るわれるも三井鈴はなんとか避け、膝を思い切り蹴り上げて相手の下半身に当て、そのまま体勢を逆転させた。「安田遥ッ！」三井鈴は叫び、思いきり彼女の頬を平手打ちした。「あなたの兄はもう捕まったのよ！あなたも同じ道を行きたいの！？」「もう捕まったって同じよ！」安田遥はナイフを離さず、周囲を警戒しながら唸った。「全部あなたのせいなのよ！」「大崎家が来たのよ！うちらを潰すつもりで！安田家を完全に乗っ取るつもりなのよ！その裏にあんたがいないとでも思う？」安田遥は冷たく笑い、突然動きを止めた。「最初から兄があなたなんかと結婚すべきじゃなかったのよ。敵を家に入れるなんて、あなたは疫病神だったんだ！」そう言って、彼女は唾を吐きかけた。三井鈴の服には、生々しい汚れが広がった。彼女の顔が固くなる。大崎家からはまだ返答がなかった。だが安田遥が知っていたということは、彼らが本当に安田家を動かす気なのだ。これでは、彼女が狂気に走るのも無理はない。「安田家が滅んだのは、三井鈴のせいじゃない」秋吉正男は安田遥の前にしゃがみ込み、軽々とナイフを取り上げた。その声には重みがあった。「欲を抑えられない人間がいれば、安田家の破滅は時間の問題だった」安田遥は彼を横目でにらみつけた。「私のこと言ってるわけ？」「あなたたち一家のことだ」秋吉正男の声には、はっきりとした嫌悪がにじんでいた。安田遥は荒い息を吐きながら、その目にいつもと違うものを見ていた。「あなた、何者よ？そんなに偉そうに語る資格があるの？」秋吉正男は足でナイフを遠くへ蹴り飛ばし、ちょうど駆けつけた警備員たちに命じた。「故意による傷害だ。警
離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった 第835話 追い詰められた安田遥
彼らは弔問に訪れた人々の後方に立っていた。すすり泣きが響く中、秋吉正男の声は不思議と穏やかで自然だった。悲しみに沈む空気を、少しでも和らげようとしているようだった。三井鈴は思った。これだけのことを共に経験してきた彼とは、もう他人とは言えない。むしろ、友人に近い存在かもしれない。彼女は素直に口を開いた。「そうかもね。私たちの関係って、簡単に切り離せるものじゃないから」他人の感情には立ち入りすぎないのが、秋吉正男の流儀だった。それ以上は何も言わなかった。「おめでとう」「秋吉」三井鈴は、彼が少し顔を背けた瞬間に何かを思い出し、呼び止めた。彼は少し近づき、「なに？」そのとき、紙銭を燃やしていた小野雪が突然立ち上がり、声を荒げた。「あなた、何しに来たのよ！」現れたのは安田遥だった。黒ずくめの人々の中、彼女だけが真紅の服に妖艶な化粧で現れ、誇らしげに近づいてきた。「小野さん、娘さんが亡くなったって聞いたから、香を手向けに来たの。歓迎してくれないの？」小野雪は怒りで全身を震わせ、そばにいた人が慌てて支えに入った。「歓迎なんてしてないわよ！今すぐ出ていきなさい！」安田遥は聞く耳を持たず、そのまま墓前へと進んだ。「こんなに綺麗な顔だったのに、もったいないわね。どうして寝たきりになっちゃったのかしら。もういなくなったほうがマシだったんじゃない？自分を苦しめて、人まで巻き込んで」その言葉を聞いた三井鈴は、すぐに前に出ようとしたが、秋吉正男が腕を伸ばして止めた。「あなたが行くべきじゃない」「でも彼女が……」「お説教なんていらないから、今すぐ出てって！さもないと警備を呼ぶから！」小野雪は怒りのあまり、今にも気を失いそうだった。「小野さん、随分おもてなしの心がないのね。昔、私の母が援助してなかったら、娘さんの命、繋げたのかしら？私たち、同じ立場だったはずでしょ。今さら嫌いになるなんておかしいわ」安田遥はおかしくてたまらないといった様子で笑い出し、呼吸も荒くなった。「ここにいる人たちの前で、あなたがやったことを全部ぶちまけてやろうか？」小野雪の顔は赤くなったり青ざめたり、目の前の親族たちの前で、それでもまだ恥というものがあった。「私は娘のためにやった。でもあなたとお母さんは？金のため？男のため？虚栄心？それとも嫉妬よ！」
離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった 第834話 葬式に参列
「バカな子、何を言ってるのよ……」小野雪は声にならない嗚咽を漏らした。小野綾子が咳き込み、口元から血がにじんだ。三井鈴は息を呑み、咄嗟に手を差し伸べた。「綾子！」ステージ前は一瞬で騒然となった。田中仁がすぐさま立ち上がり、スタッフに指示を飛ばした。「通路を空けろ！緊急搬送だ！」木村明は眉をひそめた。車椅子の前にひざまずいた三井鈴の顔には、深い不安と焦りが浮かんでいた。血に染まった手にも、ためらいや嫌悪はなかった。それは、心からの焦りだった。「これを使ってくれ」彼は携帯していたハンカチを差し出した。三井鈴は持ち主など気にも留めず、それを受け取り、すぐに止血に使った。小野綾子は救急車で搬送された。乗れるのは親族だけで、三井鈴はその後ろ姿を見送った。息を切らしながらその場に立ち尽くし、動揺した声で言った。「大丈夫だよね？」田中仁は彼女のよろける身体をすぐに支えた。だが何も答えなかった。彼女自身も、もう結果を悟っているのを知っていたからだ。「きっと大丈夫だ」夏の風が三井鈴の長い髪を揺らし、彼女は力が抜けたように田中仁の胸に身を預け、肩で息をしていた。この光景を、少し離れた場所から去り際に見た木村明。その隣では幹部が媚びるように言っていた。「まったく三井さんも困ったものですよ。あんな状態の子をこんな場に連れてくるなんて。木村検察官も驚いたでしょう」木村明は即座に表情を正した。「あんな状態の子とは、どういう意味だ？」「い、いえ……そんなつもりじゃ……木村検察官……」木村明は三井鈴のほうへ一瞥を送り、一瞬足を止めたが、すぐに歩を速め、その場を後にした。アイドルグループのデビューは大成功を収めた。卓越したダンスと歌唱力で瞬く間にファンを獲得した。その裏で、小野綾子は十時間にもおよぶ救命措置を受けていた。深夜、三井鈴のもとに一本の電話が入った。受話器の向こう、小野雪の泣きじゃくる声が響いた。「綾子が逝ったわ」彼女の手からスマートフォンが滑り落ち、布団の上に鈍く落ちた。彼女はしばらく、言葉を失っていた。「最後の時間を、とても幸せに過ごせたって、ありがとう」小野綾子の葬儀は簡素なものだった。火葬の後、彼女は浜白の墓地に埋葬され、弔問に訪れたのはわずかな親族だけだった。土田蓮はここまでやれば十分です、もう行
離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった 第833話 木村検察官の厚意
「まさか木村検察官まで賑やかな場が好きとは。ここの配信が記録更新したって聞いて、いてもたってもいられなかったんでしょう？」隣の幹部が冗談めかして言った。木村明は微笑んだがその言葉には答えず、田中仁の向こうにいる三井鈴に視線を送った。「帝都グループの子たちだと聞いた」人目もはばからず彼が話しかけてきて、三井鈴は少し驚いた。「はい、彼女たちはずっと準備してきましたから」「悪くないな」木村明はそう評した。田中仁はウェットティッシュで指を一本ずつ丁寧に拭きながら、皮肉を込めて言った。「木村検察官ってこういう趣味もあるんだね。東都でも美女見物は欠かさなかったってことか」木村明は彼をまっすぐ見つめて返した。「東都の娘たちはみんな学院育ちで、どれだけ美しくても似たり寄ったりだ。田中さんがお望みなら、改めてご紹介するよ」「興味ない」田中仁はようやくステージに目を向けた。今風の音楽とダンス、後方の観客はすでに熱狂して歓声を上げていた。「それより、公務以外で木村検察官と顔を合わせることのほうが興味深いね。評判を何より大事にするって聞いてるけど、アイドルグループのステージ見に来たなんて、噂になったらまずいんじゃないか？」木村明は微動だにせず言った。「私的な場？いやいや、同僚と田中さん、それに三井さんも一緒にいる。これが私的だとは思わないが」それを聞いて、幹部たちはすぐに同調し、中でも一人が三井鈴にじっと視線を送った。山本夫人が浜白に来た際、木村明と三井鈴を引き合わせた。その噂はすでに広まっていた。幹部たちも察していた。彼がここにいる理由は、ほぼ間違いなく彼女だったのだ。二人の間に何かがある。そう思わせるには十分だった。だが田中仁も……そう簡単な男じゃない。彼も山本先生の門下生だと聞く。ただ官の道は選ばず、別の道を歩んでいる。もし同じ道を選んでいたら、今頃どれほど鮮烈だっただろうか。幹部たちはまだどちらの味方につくべきか判断がつかず、ひとまず三井鈴に取り入る道を選んだ。「三井さん、ライチがお好きだとか。来月にはうちの奥さんの果樹園で観音緑がちょうど食べごろになります。ぜひ、遊びにいらしてください」観音緑はライチの中でも最高級品だ。「ちょっと不適切かもしれません」三井鈴は慎重に返した。「大規模ってほどじゃないですよ。百数十畝ほど
離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった 第832話 賭けてみようか
公の施設では、専用エレベーターは基本的に幹部専用だ。木村明が三井鈴のために動いたのは、彼女が不便にならないよう配慮したからだろう。小野綾子の様子を見て、幹部たちはすぐに頷いた。「すぐに手配させましょう」その様子を見て、小野雪が一歩踏み込み、「友達なの？」三井鈴は木村明が幹部たちに囲まれて去っていくのを見送りながら答えた。「会ったのは三回だけ」今回を含めてまだ三回目だった。「それなら友達とは言えないね」小野雪は歩きながら軽やかに続けた。「あの人、あなたに気があるんじゃない？将来は友達じゃなくて、恋人になってるかもよ」三井鈴は返事をしなかった。小野雪の考えは単純すぎる。彼女には分からない。木村明の胸の内には、きっと別の思惑がある。小野綾子の席は最前列。三井鈴は女の子たちを呼び寄せ、挨拶させた。今回のイベントでジュエリーのスポンサーを務める田村幸が、彼女と顔を合わせた。「さすが三井さん、お優しいことで。そこまで気を使うなんて」三井鈴は彼女の皮肉には取り合わず、首を傾げた。「三井助はまだ来てないの？来るって言ってたのに」彼の登場で場が盛り上がる必要はないが、来てくれたら、それはそれで華やかさが増す。その言葉を聞いて、田村幸の表情が一瞬揺れた。視線を外し、「私がいるから、来ないのかもね」「ケンカでもしたの？」田村幸は答えず、入口のほうを見やった。観客が続々と入場していた。「田中仁が来たよ」三井鈴は顔を上げた。彼は特別扱いを受けず、雑踏の中に紛れて入場した。まだらな陽射しが彼の白いシャツと黒いパンツに差し込み、落ち着いた装いながら、ひときわ目を引いた。多くの通行人が思わず振り返るほどだった。田中仁は真っ直ぐ彼女のもとへ。「まだ始まってない。遅れてないはずだ」「来ないって言ってなかった？」「そんなこと言ったっけ？」田中仁は手を伸ばし、彼女の髪を整えた。「乱れてた」「田中さんもアイドルグループの誘惑には勝てないってことか。やっぱり男ってそういう生き物なんだね」三井鈴は冗談混じりに言った。「私が見るのは君だけ」田中仁は何も言わず、今回は一人きりで来ていた。完全なプライベートで、彼女との時間だけが目的だった。二人は並んで腰かけ、ライブ配信がすでに始まっていた。「安田翔平が白状したって。で
離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった 第831話 これって友達なのか
そのとき三井鈴は、ここ数日の滞っていた仕事を片付けていた。声を聞いて書類から顔を上げた。「何の情報？」「安田家のおばあさんが、今行方不明になってます」自主的な自白とは言えないが、高圧的な取り調べの中で、きっと彼女への憎しみが限界に達して、つい漏らしたのだろう。安田祖母のことだと聞いて、三井鈴はすぐ立ち上がった。「他には？」「それだけです。あいつはそれ以上話したがらないです。うちの者が今、手当たり次第に捜索中です。念のため三井さんにも確認しておきたくて」三井鈴はオフィスの中を行ったり来たりした。以前、小泉由香里の口から安田祖母が故郷へ帰ったと聞いていたから、何か起きるかもしれないとは思っていた。しかしその後、次から次へと予想外の事態が起き、そこまで気を回す余裕などなかったのだ。「祖母の居場所なんて知らないよ。あれは彼の実の祖母なのに、手をかけるなんて！」「追い詰められれば、自分すら犠牲にする奴が、身内をどうこうするのにためらいがあるわけないでしょう」石黑和樹は有力な情報を得られず、電話を切ってすぐに秋吉正男へ連絡した。安田家に隠れた親類として、彼には知る義務があった。「知ってる」秋吉正男の声は冷たかった。「すぐに人を故郷に送ったけど、おばあさんはいなかった」「じゃあもうダメじゃないか。おばあさんの身体で、そんな無茶に耐えられるはずないだろ」「私が辿った痕跡からして、おばあさんは安田翔平の残党の手にはないはずだ。ただどこへ行ったかは……まだ調べてる。そっちも手を止めるな」前回、安田翔平とやり合った時、彼の様子から察するに、安田祖母を人質として使ったようだった。秋吉正男はすぐに人を送って守らせたが、手がかりは見つからなかった。これだけの時間が経ち、安田翔平自身が四面楚歌なのに、安田祖母に手を出す余裕などないだろう。ただ、北沢雅人の方が問題だ……安田翔平が捕まってから、彼の行方は知れずじまいだ。……アイドルグループのデビューは人気バラエティ番組の生配信に決まった。三井鈴はこのプロジェクトを非常に重視しており、幸いにも少女たちも努力を惜しまず、手を抜くことはなかった。その日、三井鈴はまず病院へ寄った。小野綾子は驚くほど元気そうで、小野雪が身なりを整えてくれていたおかげで、疲労の色は見えず、車椅子に座ってい
離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった 第830話 足りない
「うん、ちょうど前に奥様が私と三井さんを引き合わせてくれたんだ。まだお礼を言えてなかったんだよな」エレベーターがちょうど開き、木村明はその言葉を残して、さっさと立ち去った。二時間に及ぶ救急処置の末、小野綾子はかすかな命の兆しを取り戻した。三井鈴は疲れきった足取りでフロアから出たところで、怒りを露わにした木村明の姿を見た。偶然にも、木村明も彼女を見つけた。彼はくるりと向きを変え、声をかけた。「三井さん」あの剛直な検事長が不意に微笑を浮かべ、三井鈴は驚いた。「木村検察官」「仕事の場じゃないんだ。名前で呼んでくれていい」年上の彼に対し、三井鈴は気軽には呼べなかった。「お見舞いに？」今日は天気がよく、陽射しの中に立つ三井鈴は、透き通るような白い肌を輝かせていた。大人びた雰囲気と少女らしさが入り混じり、花よりも美しかった。木村明はふと戸川が言っていたことを思い出し、表情が曇った。「部下の管理が甘かった。三井さんには謝らせてほしい」三井鈴は頭の回転が早く、すぐに彼の言っていることに気づいた。でも木村明が謝るなんて、ちょっと意外だった。噂通り、やっぱり正直な人だ。「人にはそれぞれの品格があります。謝るなら、本人が直接私に言うべきです。あなたが気に病むことじゃないです」初めて会ったときも、彼女はこうして毅然としていたっけ。「三井さんは、どうしたい？」「謝罪の誠意って、相手がどう償うかであって、こっちが条件を出すことじゃないと思いますよ。木村検察官は、どう思います？」彼女は困ったように笑った。木村明は口元を緩め、ふいに手を伸ばし、三井鈴の髪に引っかかった合歓の花をそっと払った。彼女はぽかんとした。「もっともだと思うよ。あとの手配は、私がやる」そう言い残し、木村明は踵を返して去っていった。指先にはまだあの花が挟まれていた。広い背中は真っ直ぐで、年齢は十ほど上のはずなのに、鍛え抜かれた体は歳月を感じさせなかった。その後ろ姿からは、いつもの真面目さよりも、少しばかりの色気が漂っていた。三井鈴はその場でしばらく呆然としていた。その光景を、階段の上に立っていた田中仁が正面から見ていた。彼は両手を背中に回し、目には荒れ狂う感情が浮かんでいた。「村上先生が言ってた。綾子はもう、この数日を越せないかもしれ
