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第2話

Author: 陸小白
last update Last Updated: 2024-11-29 13:31:17
間もなく、一台の長いリムジン──まるで映画に出てきそうな高級な黒いリ○カーンが目の前に滑り込んできた。

俺は少しも迷わず、実の両親が期待に満ちた目で見守る中、車に乗り込んだ。

窓を少し開けると、外で騒がしく見送っているのは、俺の仲間たちだ。特に、気のいい友人・矢野湊(やの みなと)が、声を張り上げてこう叫んだ。

「悠真!ヒマができたら絶対戻ってこいよ!」

俺は軽くうなずき、手を振って「分かった、任せろ」と合図を送る。

だが、振り返ると、車内には奇妙な空気が流れていた。天川家の人間──俺の新しい家族が、全員揃って何とも言えない微妙な表情で俺を見ていたからだ。

特に父親が印象的だった。あのわずかに眉をしかめた表情……目の端に浮かんだ「嫌悪」の色。それを見逃すほど俺は鈍くない。

奴らのような「上流階級」にいる人間からすれば、スラム街育ちの俺は目を向ける価値もない存在だろう。

もし俺の血が「天川」の名を背負っていなければ、連中は俺のことなど見向きもしなかったはずだ。

だからこそ、そんな態度に一切心を乱すつもりはなかった。車窓を閉めた後、俺はゆったりとシートに身を預け、目を閉じて休むことにした。

「何も起きないに越したことはない」それに、相手が実の親なら、いきなり俺に喧嘩を売るようなことはしないだろう……少なくともそう信じていた。

だが、俺は一人の「お坊ちゃま」の存在を忘れていた。

「兄さん……」

隣の席から、か細い声が聞こえてきた。

「僕、舜……君の弟だ。ごめん……本当に、ごめん。君が27年間も辛い思いをしてきたのは僕のせいだって分かってる。だから、恨むなら僕を恨んでくれていい……けど、お願いだ。父さんや母さんには、その怒りをぶつけないでほしい。二人は何も悪くない……ただ、ただ僕たち家族がこんなことになってしまったのが辛いんだ……」

俺のこめかみがズキズキと脈打ち始める。眉をひそめつつ、うっとうしそうに目を開け、奴を見やった。

大の男が、こんな風に涙を浮かべながら訴える姿……家族の前で泣きじゃくるなんて、まるで子供みたいだ。いや、むしろ「泣き虫な女」にしか見えない。

俺が黙っていると、母親がいたたまれなくなったのか、舜の手をそっと握り、なだめるように声をかけ始めた。

一方、父親は眉をひそめ、どこか俺に不満を抱いているような表情をしている。だが、何も口にすることはなかった。

連中には俺を非難する資格なんてない。27年間、俺がどんな人生を歩んできたか、何も知らないんだから。

そもそも、泣いたところで何が変わる?涙で問題が解決するなら、世の中の誰もが泣いて済ませばいい。それで努力や苦労が要らないなら、みんな最初からそうしてるはずだ。

……バカげてる。

俺は腕を組み、片足をもう一方の膝の上に乗せて彼を見下ろし、鼻で軽く笑った。

車内は決して広くないから、俺のわずかな動作にもすぐに気づいたらしい。

「そんなに泣くほどのことか?」

俺が冷たくそう言い放つと、舜──俺の弟と名乗る男──は驚愕の表情で俺を見つめてきた。

「お前、男だろ?3歳のガキじゃあるまいし、ことあるごとに涙を流して恥ずかしくないのか?それに、お前、やけに想像力が豊かだよな。俺が『お前に会いたくない』なんて言ったか?両親に怒鳴ったり、何か文句を言った覚えがあるか?少なくとも俺の記憶では、お前と会話したのはゼロ回だぞ。俺の気持ちをそんなに正確に読めるなら、占い師でもやったらどうだ?」

舜の顔色がさらに白くなっていくのを、俺は冷ややかに見下ろした。

「あとさ。俺の27年間がどうだったか、お前にどうこう言われる筋合いはない。お前が俺の代わりに育ったことも、俺が戻ってきたことも、どっちも過去の話だ。俺がそれについて口を開かない限り、お前に意見する資格はないだろ?」

その場が静まり返る。舜は俺がこうまではっきり言うとは思っていなかったらしく、怯えたように顔を引きつらせた。母親も弟の星司も、目を見開いたまま俺を見ている。

車内にはしばし沈黙が流れ、耳元には窓の外を駆け抜ける風の音だけが響いた。

俺は彼らに背を向けるように窓をさらに開けた。外の風を浴びていると、不思議と苛立ちが少し和らぐような気がした。

こんな高級車に乗るのは初めてだったが、道端の人々が俺に向ける羨望の視線を目にしても、心の中は妙に静かだった。

沈黙を破ったのは母親だった。彼女は小さく咳払いをしてから、穏やかに口を開いた。

「悠真、そんなに怒らないで。舜はね、ただ緊張してるのよ。あなたが今までどれだけ大変な思いをしてきたか、それを考えるとどうしても胸が痛むのよ」

星司も隣でうなずき、母親の言葉に同意を示した。

だが、父親は違った。俺が先ほど口にした言葉に、明らかに不機嫌そうな顔をしている。その表情から目をそらさずにいると、彼は息を深く吸い込み、苛立ちを抑えようとするが、結局言葉を発した。

「悠真、もう帰ってきたんだから、ここはお前の家だ。我々は家族なんだぞ。家族が争ってどうする?和やかに過ごすべきだろう?

舜の言葉には確かに行き過ぎた部分があったかもしれないが、君は兄なんだから、もっと寛大な心を持つべきだ。そして、もう一つだ──君は今や天川家の長男だ。これからはスラム街で知り合った連中と縁を切りなさい。それからその腕のタトゥーも消すんだ。天川家の人間がこんな姿でいるなんて、許されるわけがない。

舜を見習え。彼のように大人しく従順でいれば、我々を困らせることもなくなるんだからな」

父の言葉に、俺は思わず鼻で笑った。

俺たちが知り合ってまだ1時間も経っていないというのに、俺にあれこれと指図をしてくる。「変われ」と言いたいのかもしれないが、その実は俺の生い立ちが気に入らないだけだろう。

だが、俺がこうなったのは……誰のせいだ?

それが一番おかしい話だ。

母親は俺の表情の変化に気づかず、さらに言葉を重ねてきた。その横で舜がそっと俺を一瞥し、どこか気後れしたような様子で口を開いた。

「お兄さん、父さんの言うことは正しいよ。兄さんは今や天川家の長男だ。だから、あの……その、スラム街の人たちとはもう縁を切ったほうがいい。あの人たちはケンカとか酒とか、そういうのばっかりだし……そんな人たちと一緒にいたら、いずれ兄さんまでダメになっちゃうよ」

舜は言葉を選びながら続けた。

「それからね、母さんは兄さんが帰ってくるって分かった時、すごく喜んでたんだよ。兄さんの部屋もちゃんと用意してあって、僕と一緒に家具や服も選びに行ったんだ。兄さんが気に入ると思うものをたくさん買ったんだよ。きっと、新しい部屋を気に入ってくれるんじゃないかな」

俺は舜の顔をじっと見つめた。初めは「泣き虫な弟」だと思っていたが、その実態は全然違ったらしい。

この一連の発言──巧妙に家族の愛情をアピールしつつ、天川家の価値観に沿った助言をする。見事に父親や母親のご機嫌を取る術を心得ているようだ。

まるで一流の「おべっか使い」じゃないか。

俺は彼の言葉に答えず、代わりに笑い声を漏らした。そのあまりに素直な反応に、父親は険しい顔をして俺をじっと睨みつけたが、俺はその視線を無視して言葉を紡ぐ。

「へぇ。君たちにとって、彼らはそういう存在なんだね。でもさ、どうする?俺の27年間の命をつないでくれたのは、君たちが蔑むその『スラム街の人たち』なんだよ。

彼らの助けがなければ、俺なんてとっくに路上で飢え死にしていたはずだ。だからむしろ感謝すべきなんじゃないのか?」

視線を父に向けると、さらに声を低めてこう続けた。

「そもそも、俺を育ててくれたのは君たちじゃないんだ。それに、俺の人生をめちゃくちゃにしたのはあの鷹崎だろう?本来責めるべきは彼であって、助けてくれた人たちに矛先を向けるなんて、筋が違うんじゃないのか?」

俺の言葉が終わると同時に、車内には重苦しい沈黙が漂った。誰もが言葉を失い、顔を伏せた。さっきまで偉そうに説教していた父親でさえ、視線を落とし、俺と目を合わせようとしなかった。

俺はふと視線を舜に移した。彼の顔は真っ青で、拳をぎゅっと握りしめている。その様子を見ると、彼が今必死に何かをこらえているのが明白だった。

俺はそんな家族たちを見回し、口元に笑みを浮かべた。

彼らは俺を見下している。スラム街で育った俺を「何も知らない愚か者」と思っている。

でも、皮肉なことに、そんな環境で育ったからこそ、俺はどんな逆境にも負けない心を手に入れた。

そして──人間がどれだけ巧妙に自分を偽ることができるのか、誰よりもよく知っている。

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    その後、天川家がどうなったか、俺は深く関わるつもりはなかった。だが、俺が無関心を装っていても、話は自然と耳に入ってくるものだ。 聞いたところによると、父は怒り心頭で舜を天川家の籍から外し、家から追い出したらしい。 そして母も、あの醜聞が原因で父と離婚させられ、一切の財産を持たずに家を去ったとか。 今では舜と一緒に路上生活をしているという噂まである。 一方、星司は冷ややかな態度でこの一連の出来事を見守るだけだった。 父の行動を止める様子もなく、ただ静かに受け入れている。いや、むしろそれを歓迎しているのかもしれない。 「蟷螂蝉を取らんと欲して黄雀の其の傍らに在るを知らず」──つまり、星司は漁夫の利を得る立場だ。財産が自分に流れ込む状況をわざわざ阻む理由はないだろう。 翔也の正体について、俺もかねてから疑念を抱いていた。 だが、彼は用心深く、自分の過去を隠すのがうまかった。手掛かりらしい手掛かりは一切見つからなかった。 それが変わったのは、彼が酒に酔って「私生児」という言葉を口にした日だった。 その一言が、俺に翔也の背景を調べる機会を与えてくれた。 調査を進めると、案の定、彼には隠された過去があった。 翔也と天川家の母は幼い頃に婚約していたらしい。だが、母は裕福な生活に目がくらみ、翔也を捨てて父を選んだのだ。 翔也はその裏切りに傷つき、酒に溺れる生活を送るようになった。 彼は金を手にするために、何度も母を脅しに現れた。そして「このことを夫に話す」と繰り返し脅迫した。 母はやむを得ず、翔也の要求に従い続けた。 だが、ある日、母が金を持って翔也を訪ねたとき、彼に襲われた。そして、舜が生まれることとなったのだ。 母は自分の身を守るため、舜を天川家の子供だと偽り、一連の騒動が生まれたというわけだ。 これを知ったとき、俺もまた驚きを隠せなかった。だが冷静さを取り戻すと、こうした秘密こそ、俺が持つ数少ない「武器」だと気づいた。 必要なときまで、このカードは切るべきではない──そう思っていた。 だが、天川家の振る舞いが俺を失望させ続けた結果、その決断を覆さざるを得なくなった。 その後、父が再び俺を訪ねてきた。彼が言ったのは、これまでと同じ言葉だった。 「悠真、帰ってきてくれ。天川家には、どうしても君

  • 真実を知らない親たち   第8話

    俺がカイメイの社長だと知った途端、星司は以前の態度を一変させ、電話を何度もかけてくるようになった。 だが、俺はそのすべてを無言で切った。 それでも星司は諦めず、熱心にこう伝えてきた。 「兄さん、父さんも母さんも君がカイメイ社の社長だと知って、本当に喜んでるんだ。それでね、家でお祝いのパーティーを開こうって話になったんだ。 一つは兄さんがカイメイ社を率いていることへの祝賀会、もう一つは天川グループとカイメイ社の新しい契約を記念するためだよ」 俺は指で机をトントンと叩きながら、一瞬考え込んだ後、静かに答えた。 「分かった。そのパーティー、出席してやるよ」 もちろん行くつもりだった。行かない理由がない。特等席で「一番の見もの」を観るには、絶好の機会だったからだ。天川家の祝賀パーティーは、屋敷ではなく、豪華な五つ星ホテルで開かれることになった。多額の費用をつぎ込んだらしく、会場の扉が開くやいなや、招待客たちが次々と俺の元に集まってきた。だが、俺の目はすぐに遠くの車椅子に座っている舜を見つけた。彼の顔には怒りが浮かんでいる。それもそのはずだろう。舜は、元々自分のものだと思い込んでいたものすべてを、今や俺に奪われたと感じているのだから。だが、舜には理解できていない。奪われたのではない。最初からそれは、俺のものだったのだ。 俺はそのまま舜のいる方へ歩み寄った。彼の傍らには見覚えのある男が立っている。 以前、俺を歓迎するパーティーで侮辱してきた男だ。 「いやあ、驚きましたよ。天川家の長男がこんなに隠し持っているとはね。さすがに見た目じゃ分からないものだ」 男は皮肉な笑みを浮かべながら続ける。 「でもまあ、残念ですね。舜がこんな状態にならなければ、今日の主役も君一人だけじゃなかっただろうに」 俺は彼に軽く視線を向け、眉をわずかに上げた。 「それは同感だね。じゃあ、せっかくだから今日はみんなの前で弟にちょっとした『補償』をしてあげようか」 俺の言葉に、周りの人々が一斉に困惑の表情を浮かべる。 その中で俺は舜の車椅子をつかむと、そのまま彼を壇上へと押しやった。 壇上で簡単に事情を説明した後、俺はスマホを取り出し、動画を再生した。 その動画には、あの日リビングで起きた「真相」が記録されていた。俺が舜

  • 真実を知らない親たち   第7話

    俺が天川家を追い出されたという話は、瞬く間に世間に広がった。 多くの人間が噂話に花を咲かせ、俺を「心の冷たい人間」だと決めつけた。中には「実の息子より、育てられた子供のほうがましだった」なんて声も聞こえてきた。 湊がその話を耳にすると、すぐに激怒してこう言った。 「悠真、俺が行って舜をぶん殴ってやる。あいつ、調子乗りすぎだろ!」 だが、俺は手を上げて湊を制止した。その目をじっと見つめ、警告の意思を込める。 その後、俺はふっと笑った。 「舜なんて、ただの駒だ。あいつに価値なんてないんだ」 そして肩をすくめて冗談めかして続ける。 「それより、俺は今ポケットに一億円を持ってる。この金で飲みに行こうぜ!」 俺には分かっている。湊たちはいつだって俺を信じてくれている。その信頼があれば十分だ。 血の繋がりなんかよりも、彼らの存在のほうがよほど心強い。 もちろん、この件で舜を簡単に許すつもりはない。だが、焦ることはない。俺が仕掛けた「舞台」で、これから本番の幕が上がるのだから。 一億円を手にした俺は、そのうちの一部を切り分け、かつて俺を助けてくれた人々に渡していった。家族ごとに少しずつ、俺の感謝の形として。 また、俺と行動を共にしてきた仲間たちにも、それぞれの家族が少しでも楽になるよう支援した。大きな額ではないが、彼らの暮らしが少しでも楽になるようにと願いながら。 「いい子だよ、お前は。天川家なんかお前には釣り合わない」 家路に戻る途中、その言葉が耳に残っていた。 天川家を出た後、俺は自分のマンションに戻った。このマンションは、大学を卒業して1年目に全額一括で購入したものだ。職場から近く、通勤に便利だったのが理由だ。 その「職場」というのが、舜が自慢げに口にしていたカイメイ社だった。そして俺こそが、そのカイメイの創業者兼社長だった。 誰も知らなかった。俺がこれほどの地位に上り詰めるまでに、どれだけの屈辱を耐え、どれほどの努力を重ねてきたかを。 毎日が地獄のようだった。だが、それを乗り越えなければ、俺を待ち受けるのはさらに過酷な運命だと分かっていた。だから俺は歯を食いしばり続けた。 天川家から捨てられた大少が、これほどの力を持つとは──このニュースが広まると、商界は驚きに包まれた。 マンションの大き

  • 真実を知らない親たち   第6話

    医師と救急隊が到着し、舜はすぐに屋敷から搬送された。 俺は冷ややかな視線で家族たちが慌ただしく舜を見送る様子を眺めていた。そして、喧騒のあったリビングに、俺一人だけが取り残された。 ポケットからタバコを取り出そうとしたが、風呂上がりでバスローブ姿の俺には持ち合わせがなかった。 イライラを抑えきれず、外で轟く雷鳴が、まるで俺を責めているかのように思えた。 だが、本当に心を冷たくしているのは俺ではない。 あいつが何かやるとは思っていたが、自分の体を傷つけてまで俺を追い出そうとするとは……正気の沙汰じゃない。 だが、舜の行動には確かに勇気があると言わざるを得ない。彼の計画が成功すれば、天川家は俺に失望し、俺がここを出て行くのは確実になる。そして、家族はもう「鷹崎翔也の話」を蒸し返さないだろう。 つまり、俺は舜の「駒」にされただけだ。 ……だが、それでも構わない。これが俺から舜への「贈り物」だと思えばいい。 翌朝、身支度を整えた俺は、家を出ようとしていた。ちょうどその時、病院から戻ってきた両親と星司に鉢合わせた。 夜通し病院で過ごした後なのだろう、彼らの表情には疲れが滲んでいた。 だが、それは舜の容態が安定しているからこそ、家に戻ってこれた証拠でもあった。俺が外出の準備を整えて玄関に向かおうとすると、星司が突然怒り狂ったように俺の前に飛び込んできた。 次の瞬間、彼は勢いよく俺の顔を殴ろうとして拳を振り上げた。 だが、育ちの良い星司の動きなんて、俺にとってはスローモーションみたいなものだ。 軽く身をかわして拳を避けると、星司はバランスを崩して床に顔面から突っ込み、「犬が餌を食うみたいな姿勢」になった。 星司は床に手をつきながら顔を上げ、怒りで震えた声を絞り出す。 「てめえ……まさかこんなゲスな真似をするとは思わなかった!高翔と毎日一緒にいたから、あの男のクズっぷりが染みついたんだろう?本当に、悪い影響を受けやすい奴だな!」 声を荒げながら星司は立ち上がり、さらに言葉を重ねる。 「舜が今、病院で寝てるのを分かってるのか!?それなのに、お前はこんな風に着飾って、病院に見舞いに行くでもなく謝罪するでもなく、友達と遊びに行くつもりか!お前には良心ってものがないのかよ! 俺は何度も言っただろう!鷹崎のことは

  • 真実を知らない親たち   第5話

    その夜、俺は天川家の屋敷には戻らなかった。家族も、俺を探しに外へ出ることはしなかった。 だが、そんなことにいちいち気を煩わせるつもりもなかった。27年間、俺は一人で十分生きてきたのだから。 俺はバーの裏口から外へ出て、用意してもらった別の車に乗り込むと、自分が育った家へ向かうよう指示を出した。 車が止まったのは、古びた小屋の前。 窓からは酒の匂いが漏れ出ていて、近寄らなくても中の状況が想像できる。 無表情のまま、少し開いていたドアを足で押し開けると、案の定、鷹崎翔也が床に転がっていた。顔は真っ赤に染まり、空の酒瓶を胸に抱え込んでいる。 そのすぐそばには竹の鞭が転がっていた。 あの鞭は人を一瞬で意識を失わせるほどの痛みをもたらす──俺はそれをよく知っている。 無言でその光景を冷めた目で眺める。今日ここに戻ってきたのは、別れを告げるためでも、懐かしむためでもない。ただ、どうしても持ち帰るべきものがあっただけだ。 再び天川家の屋敷に戻ったのは翌日の夜だった。 明るい光が窓から漏れる中、玄関へ向かおうとすると、中から楽しげな笑い声が聞こえてきた。 その声に混じって、舜の言葉が耳に入る。 「父さん、母さん、やりました!今回、自分一人の力でカイメイとの契約をまとめました!これで我が社にも大きな利益がもたらされるはずです!」 父と母が嬉しそうに舜を褒めちぎる声が続く。まるで、舜こそが本当の息子であるかのように。 俺は冷笑しながら、玄関の扉に手をかけた。胸の奥には冷たい怒りが渦巻いている。 ふと、大学を卒業したときのことを思い出した。 あのとき、俺は優れた成績を武器に、ある一流企業から内定をもらった。それを翔也に報告すれば、彼もさすがに少しは喜んでくれると思った。だが、帰宅して待っていたのは竹鞭と罵声だった。 「お前みたいな身寄りのない出来損ないが、一流企業に入れるわけがねえだろ!馬鹿げてる、笑わせるな!」 あの日、俺は初めて気づいた。翔也が俺の実の父親ではないことに。そして、実の子でもない俺を鞭打ち、罵るほどの狂気を持つ人間だったことに。 あの日から俺は変わった。 タバコを吸い、タトゥーを入れ、悪い連中とつるむようになった。 それを見た翔也は逆に満足そうな顔をしていた。俺への鞭打ちの回数が減り、あ

  • 真実を知らない親たち   第4話

    翌日の夜、俺は夕食を終え、リビングのソファで何となくテレビを眺めていた。たまたま流れていたのは、誘拐事件を扱ったドラマだった。 両親が果物皿を持ってリビングにやってきて、熱心に俺の口元へとフルーツを差し出してくる。俺は別に断る理由もなく、そのまま受け取った。 「そういえば、俺を誘拐したあの鷹崎翔也ってどうするつもりだ?警察に通報するのか、それとも別の方法で片を付けるのか?」 口に放り込んだスイカの果汁が弾け、予想以上の甘さに思わず眉をひそめた。 俺の言葉に、天川家の面々は一瞬顔色を変えた。まるでこの話題そのものが地雷のようだった。 隣でキーボードを叩いていた舜の指もピタリと止まる。 リビングは不自然な静けさに包まれた。しばらくの沈黙の後、父がようやく口を開く。しかし、その言葉はため息混じりだった。 「悠真、あれはもう随分昔のことだ。警察に頼るのは、適切な解決策ではないだろう」 俺は眉をひそめた。父が俺の目の前でこんなことを言うとは思ってもいなかった。彼はその言葉が何を意味するのか、分かっているのだろうか? 家族は俺の微かな苛立ちに気づかないのか、母も続けてさらりと言い放つ。 「そうよ、彼のことなんてもう重要じゃないのよ。それよりも大事なのは、あなたが無事に帰ってきたこと。家族みんなでこうして一緒にいられることが一番大切なのよ」 弟の星司も、俺の言葉に賛成する様子はない。彼はただ手元の書類をじっと見つめているだけだった。 俺は手に持っていたリモコンをいじりながら、それを隣のクッションに投げ出す。 「つまり……あいつを許すつもりだってことか?」 俺の言葉は静かなリビングに響き渡った。 両親は視線をさまよわせ、誰も俺の目をまともに見ようとしなかった。 彼らは俺が何も知らないと思っているのかもしれないが、実際には俺の方がよく分かっている。 「お前らがあいつを簡単に許そうとしている理由……それは俺のためじゃないよな?本当の理由は、舜があいつの実の息子だから、だろ?」 俺の言葉は、まるで爆弾が炸裂したかのような衝撃を与えた。 天川家の面々は全員が驚愕の表情を浮かべ、俺を見つめた。 当然だ。俺はすべてを知っている。天川家に身を置くようになってから、調査を進めるのは簡単だった。 そのままリビングに沈

  • 真実を知らない親たち   第3話

    俺を歓迎するために、天川家は豪華な別荘で盛大なパーティーを開いた。目的は27年越しにようやく俺を見つけたことを祝うためだという。さらには、俺のことを重視しているという証なのか、さっそく名前を変えられた。俺の新しい名前は「天川悠真」だそうだ。母親は俺を天川家御用達のオーダーメイドスーツ店へ連れて行き、職人に徹夜で俺専用のスーツを仕立てさせた。だが、彼らが予想しなかったのは、スラム街育ちの俺が、一度きちんと装いを整えるだけで、どこから見ても立派な「お坊ちゃま」に化けたことだろう。不思議なもんだ。人間がどこで生まれ育とうと、その人間の「根っこ」にあるものは消えない。俺の中に流れる天川家の血が、自然とそういう雰囲気を醸し出すらしい。衣装部屋の前、舜が俺の姿を目にした瞬間、彼の手が拳を作るのが見えた。垂れた手の震えと、その瞳に一瞬だけ浮かんだ嫉妬と悔しさ──俺の目を逃れるわけがなかった。夜になると、別荘は華やかなゲストで溢れていた。俺は2階の階段の手すりに寄りかかりながら、1階の広間でシャンパン片手に社交辞令を交わしている連中を冷めた目で見下ろしていた。俺が階段を降り始めると、両親が熱心に俺の手を引き、ゲストたちの前に立たせた。そして、大袈裟なくらいの笑顔で、俺が「天川家の長男」として戻ったことを紹介し始める。こういう家のニュースは広まるのが早い。当日中に俺のことはみんな知れ渡ったようだ。だから、ゲストたちも俺に驚きの表情を見せることはなかった。だが、俺が視線を台下の隅に向けると、そこにいる舜が他の誰かと小声で話しているのが見えた。その顔を見て、俺は薄く微笑む。どうやらこの後「何か」面白いことが起きるに違いない。俺は壇上を降りた後、息抜きに外の庭へ向かった。広間の中はきつい香水の匂いと、偽りだらけの笑顔に溢れていて、息苦しいだけだった。それに加えて、身に着けているこの服もまた、俺にとっては一種の「拘束具」みたいなものだった。ポケットからタバコを取り出し、火をつけたところで舜が近づいてきた。「お兄さん、こんなところにいたんだね。ずっと探してたんだよ」俺は彼を真っ正面から見ることもせず、ゆっくりと煙を吐き出すだけだった。「何か用?」冷淡な態度に、舜は一瞬たじろいだようだったが、すぐに笑顔を作り直した。「お兄さん、ちょ

  • 真実を知らない親たち   第2話

    間もなく、一台の長いリムジン──まるで映画に出てきそうな高級な黒いリ○カーンが目の前に滑り込んできた。 俺は少しも迷わず、実の両親が期待に満ちた目で見守る中、車に乗り込んだ。 窓を少し開けると、外で騒がしく見送っているのは、俺の仲間たちだ。特に、気のいい友人・矢野湊(やの みなと)が、声を張り上げてこう叫んだ。 「悠真!ヒマができたら絶対戻ってこいよ!」 俺は軽くうなずき、手を振って「分かった、任せろ」と合図を送る。 だが、振り返ると、車内には奇妙な空気が流れていた。天川家の人間──俺の新しい家族が、全員揃って何とも言えない微妙な表情で俺を見ていたからだ。 特に父親が印象的だった。あのわずかに眉をしかめた表情……目の端に浮かんだ「嫌悪」の色。それを見逃すほど俺は鈍くない。 奴らのような「上流階級」にいる人間からすれば、スラム街育ちの俺は目を向ける価値もない存在だろう。 もし俺の血が「天川」の名を背負っていなければ、連中は俺のことなど見向きもしなかったはずだ。 だからこそ、そんな態度に一切心を乱すつもりはなかった。車窓を閉めた後、俺はゆったりとシートに身を預け、目を閉じて休むことにした。 「何も起きないに越したことはない」それに、相手が実の親なら、いきなり俺に喧嘩を売るようなことはしないだろう……少なくともそう信じていた。 だが、俺は一人の「お坊ちゃま」の存在を忘れていた。 「兄さん……」 隣の席から、か細い声が聞こえてきた。 「僕、舜……君の弟だ。ごめん……本当に、ごめん。君が27年間も辛い思いをしてきたのは僕のせいだって分かってる。だから、恨むなら僕を恨んでくれていい……けど、お願いだ。父さんや母さんには、その怒りをぶつけないでほしい。二人は何も悪くない……ただ、ただ僕たち家族がこんなことになってしまったのが辛いんだ……」 俺のこめかみがズキズキと脈打ち始める。眉をひそめつつ、うっとうしそうに目を開け、奴を見やった。 大の男が、こんな風に涙を浮かべながら訴える姿……家族の前で泣きじゃくるなんて、まるで子供みたいだ。いや、むしろ「泣き虫な女」にしか見えない。 俺が黙っていると、母親がいたたまれなくなったのか、舜の手をそっと握り、なだめるように声をかけ始めた。 一方、父親は眉をひそめ、どこか俺に不

  • 真実を知らない親たち   第1話

    俺が生まれたのはスラム街の片隅。そこからどうして「天川グループ」の社長の息子だなんていう身分にたどり着けるのか、自分でも意味が分からない。これがドラマの話なら「あり得ない!」と笑い飛ばしてたかもしれないが、現実はもっとバカバカしいもんだ。あの日、実の親だと名乗る二人が俺を見つけたのは、街道の片隅。俺は子分たちを従えたまま、他のチームと大乱闘を終えたばかりだった。そのとき、二人の視線が俺の腕のタトゥーに吸い寄せられたのが分かった。そして彼らの目に映ったのは、「恐れ」と「嫌悪」。俺を「ろくでなし」と見る、典型的な反応だった。一瞬の後、彼らはその表情を取り繕い、慌てて駆け寄ってきた。そしてやたらと感極まった様子で俺の顔を撫で回し、ついには耳の後ろにある傷跡に触れた。「あなた……悠真(ゆうま)……なのよね?」どうやらそれは傷じゃなく、生まれつきの痣らしかった。俺は吸いかけのタバコを指先で弾き、地面に押し付けて消した後、ただ無言で頷いた。子分たちは何が起きているのか理解できず、「またどこかのチンピラの親が仕返しに来たのか?」なんて思っていたのだろう。警戒してさらに一歩俺の側に寄ってきた。「悠真!」と呼ばれているのに気づき、俺が声の主を見ると、きらびやかな服を着た中年女性が俺に抱きつき、声をあげて泣き始めた。「悠真、やっと会えたわ!27年……27年も探して……やっと見つけたのよ!」俺は眉を少し動かしただけで、状況がまるで飲み込めていなかった。何をどう解釈すればいいのか……頭が追いつかない。そこに現れたのが、俺と年の近い若い男。俺をまじまじと見つめるその顔立ちは、どことなく俺に似ている。「俺は天川星司(あまかわせいじ)。君の弟だ」と、彼は名乗った。そして「なぜ家族が27年もバラバラになったのか」を話し始めた。27年前、天川家の宿敵・鷹崎翔也(たかさきしょうや)が、生まれたばかりの俺を誘拐したらしい。翔也は身代金を要求し、家族はそれを支払ったものの──彼らのもとに戻ったのは「俺」じゃなく、偽物の赤ん坊だったそうだ。星司が語るのを俺は黙って聞き、無表情を保ったままだった。だが、気づくと俺よりもさらに顔色を悪くしている男がひとり、星司の背後に立っていた。その男の手は大きなコートのポケットの中で震えており、目も泳いでいた。

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