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14品目:魔ココジュース

last update Last Updated: 2025-04-18 11:00:33

「おいおいエリィ、もう少しそっちへ寄らせてくれよ」

「うるさい。肘から先を失いたくなければ気をつけの姿勢で黙っていろ」

「酷いぜまったく。なあ、新人監督官殿?」

「ううっ、苦しい……」

 ぎゅうぎゅう詰めの檻の中で、エルドリスはできる限りネイヴァンから距離を取ろうとしていた。しかし、狭い空間では限界がある。逆にネイヴァンはこれ幸いとばかりにエルドリスに密着しようとし、そのたびに肘打ちや足蹴りを食らっていた。その流れ弾が僕にも当たる。

 通常、この転送用の檻は、死刑囚一人を島へ送るためのものだ。ゆえに狭い。極端に狭い。なのに今、この中には僕、エルドリス、ネイヴァンの三人が詰め込まれている。身動きはほとんど取れない。僕はエルドリスの肩に頭を押し付けられ、ネイヴァンの膝に挟まれたまま、完全に潰されそうになっていた。三人の中で一番背が低い僕にとって、この圧迫は地獄そのものだ。

「うっ……死んじゃう……」

「ネイヴァン・ルーガス。私に膝を当てるな、気色悪い。脚まで切り落とされたいか」

「エェェリィィ……俺は今、最高に傷ついてるぜぇ?」

 こんな状態で、本当に転移できるのだろうか。

「準備はいいか」

 檻の前に立った上官の声が響く。いいわけがない。

「転送開始!」

 合図とともに、檻の周囲に魔法陣が展開し、光が視界を満たした。

 次の瞬間、僕たちは檻ごと別の場所へと投げ出された。

 転移の衝撃で、体がぐちゃっと潰されそうになる。視界がぐるぐる回り、気づけば僕は檻から転がり出て、黒い砂の広がる砂浜に転がっていた。

「うっ……」

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