部屋に一週間閉じこもった。欲深い叔父の一家は祖父の財産を奪い取ると、私を学校へ追い返した。席が隣のクラスメートは私の家の事情を知っており、元気づけようと色んな面白い話をしてくれた。「うちのクラスの川瀬が、中学2年生の男の子を溺れそうなところから助けたんだってさ!学校と市から表彰されて、今大注目の人だよ」彼女の勇敢な行動はたちまち広まり、一躍ヒーローになった。聞けば、その少年の父親はもう子ども増えたくないと言っていて、後妻が地位を固めるために子どもを連れて遊びに行くふりをし、川に突き落として事故死を装ったらしい。ルームメイトは「世も末だ」とため息をつく中、私は関連する報道記事を開いた。現場写真に映っていたのは、同じ場所、そして同じ少年だった。川瀬は、私が助けた功績を横取りしたのだ。祖父の最期に間に合わなかったのは彼のせいではない。でも、私はどうしても彼を嫌わずにはいられなかった。だから、何事もなかったかのように無視することにした。その後、彼が川瀬をつけ回しているのを知り、私はますます真相を彼に知らせるべきではないと確信した。誘拐された後、彼は自分が助けた少年だとわかったとき、私の心はもう氷のように冷たくなっていた。ましてや、この人の愛は、憎しみよりも恐ろしかった。だから、私は何も言うつもりはなかった。あの絵を見ても、私の考えは変わらなかった。ところが、思いがけず、彼は私のスマホからあの写真を見つけてしまった。彼は私を睨みつけた。「まだ俺を騙すつもりか!当時、かすかに見えた椿と辮髪を覚えている。でも、俺は彼女じゃないと言ったのに、周りのみんなが彼女だと言うから、自分の記憶を疑って、無理やり納得しようとした。けど、夢に出てくる顔は一度もはっきりしていなかった」彼がこんなに傷ついた表情をするのを見たのは初めてだった。「この写真を見て、確認するのが怖くなった。本当に俺を助けてくれたのが君だったとしたら、俺が傷つけたのが君だったとしたら……」彼は出所して一人暮らしをしている後妻のもとへ行き、ガソリンをかけ、ライターで脅して真実を吐かせたらしい。彼は私を抱きしめ、その顔を私の首筋に埋めた。「鳴海、俺はずっと君を待っていた。でも、君はこんな状態になるまで何も言わなかった。俺がそんなに
「後悔するな、後悔するな!」心の中で何かが崩れ落ちるような音がした。彼は必死に首を振った。しかし、突然何かを思い出したように言った。「あの男を忘れられないんだろ?必死になって、彼に会いに戻ろうとしてるんだろう?あのガキも、お前の愛は全部あいつらに注いだ。何でだ?あいつらはお前を大切にすることもないのに!」彼がだんだんと奇妙なことを言い出すのを見て、私は少し冷静になろうと思い、立ち上がってその場を離れようとした。だが、体を起こした瞬間、突然押し倒された。恐怖が波のように押し寄せてきた。酔った男は力が強く、私の抵抗はまるで蚊の羽音のようだった。窓の外では雷が鳴り、激しい雨が窓を叩いていた。その夜は、混乱と苦痛の中で過ぎていった。朝が来ても、私はそれを忘れようとしたが、無駄だった。その後、森本は数日間姿を見せなかった。しかし、再び現れたとき、彼は花束を持ち、指輪を差し出して結婚を申し込んできた。私はただただ気持ち悪く感じた。彼の愛はこんなに安っぽいのか。誰かに助けられると、その相手を愛するのか。それからの日々、私は死んだように生き、彼は食事も風呂も何もかも細かく世話してくれた。彼を叩いたり怒ったりしても、彼は一切怒ることなく、ただ優しく、そして気を使いながら接してきた。あの時、私を引きずり込んだ時の彼とは別人のようだった。私は一言も発さず、時には壁の隅で夜を明かすこともあった。彼も毎晩一緒に私のそばで過ごしてくれた。短期間で、私は目に見えて急速に痩せていった。ある日、私が茶碗のかけらで手首を切ろうとしたのを見た彼は、狂ったようにその手を奪った。何かが私の手の甲に滴り落ち、私は無表情で彼を見上げた。彼の暗い瞳の中には涙が溜まり、必死にそれをこらえているのがわかった。森本が泣いている?彼にも心の痛みを感じることがあるのか?明らかに彼は誘拐犯だった、数ヶ月前、この場所で泣いていたのは私だったのに。彼は頭を垂れて、低い声で言った。「こんなに君を傷つけてごめん。でも、君を待ち続けたんだ。君が離れるのを受け入れられない」彼は左手を上げ、茶碗のかけらで自分の腕を切り裂いた。傷は深く、骨まで見えた。「これで少しは楽になるか?」赤い血が鮮やかに広がった。私は深く息を吸い、「やめて!」と叫んだ
吐き気が胸から込み上げてきて、急いでトイレに駆け込んで吐いた。その瞬間、体全体に冷たい震えが走った。同じ症状、五年前にも経験したことがある。その時はちょうど卒業を控え、西村との関係が確認されたばかりだった。その後、森本も気づいたようだ。計算してみると、その夜から今まででおおよそ二ヶ月が経過している。彼は非常に喜び、病院には行けないからと妊娠検査薬を買ってきた。結果は何度も繰り返し、八本か九本の検査薬の全てで二本線が浮かんだ。私はなかなか外に出ることができなかった。森本は以前よりもさらに気を使って私の世話をしてくれた。様々な食材を買い込み、スープを煮たり、毎日の料理を変化させたりしてくれた。赤ちゃん用品もたくさん選び、洋服やおもちゃも準備してくれた。毎晩寝る前にはお腹に耳を当てて、赤ちゃんの動きを感じようとした。私は思わず言った。「こんなに小さいのに、何も動かないね」彼は目を輝かせて言った。「時間が経てば必ず聞こえるようになるよ」私は唇の端を引き結んで、「そうだね」と答えた。しかし、彼はもう動きを感じることはできなかった。私はこの子を待ち望んでいるかのように振る舞い、彼と甘い育児の日々を夢見て計画していた。最初からずっと彼の警戒心を解かせ、チャンスを見つけて逃げるつもりだった。だが、あの夜の出来事が私の計画を狂わせた。それは災いでもあり、幸運でもあった。この子ができたことで、彼は私が何かしらの繋がりを持っていると思い込み、警戒心が少し和らいだようだった。ついにチャンスが訪れた。その日、彼がシャワーを浴びている間、私は彼のスマホで警察に通報し、位置情報を開いて、隠していた扉の鍵も見つけた。扉を開けると、光が一気に差し込んできて、自由の匂いがした。道が分からず、ただ闇雲に走るしかなかった。どれくらい走ったのか分からないが、ある川のそばで立ち止まり、休むことにした。お腹が目立ち始め、赤ちゃんができているとすぐに疲れてしまう。ふとスマホを思い出し、急いで開いた。警察には連絡できたが、それ以外に誰に連絡すればよいのか分からなかった。突然、遠くから足音が聞こえた。男性の大きな影がゆっくりと近づいてきている。彼はもう追いかけてきた。私はもう逃げられないと知
電話が突然繋がり、耳に届いたのは西村の馴染み深い声だった。「もしもし」私は彼を呼んだ。「西村」六年の夫婦生活を経て、彼はすぐに私の声を認識した。「鳴海、お前なのか、鳴海?」その声の後に、慌てて走る足音が聞こえた。「ママ、僕は悠真だよ、どこにいるの?悠真、ずっと待ってたんだ」赤ちゃんの頃から言葉を覚え、今まで、何度も「ママ」と呼ばれるたびに、生きる力を感じてきた。けれど今、それを聞くのがもう嫌になった。西村はすぐに怒りを露わにした。「お前、子供か?行方不明なんて、息子がどれだけ心配してるか分かってるのか?早く帰ってこい、そんな駄々はもう通らな……」その言葉が終わる前に、私は彼を遮った。「西村、息子が一番好きなあの女をママにすればいい。私はもうなりたくないし、ならないんだ」今度は、私があなたたち父子を捨てる番だ。電話の向こうで、私の決意を感じ取った彼は焦った様子だったが、それでも強がった。「そんなことを言うな、戻ってこい。俺と川瀬には何もないんだ、もう騒ぐな!」見てよ、彼はなぜ私がこんなにも怒り、失望しているのか理解しているはずなのに、それでもまだ無理に弁解しようとしている。「さよなら」私は電話を切った。その直前、電話の向こうで、西村が慌てて私の名前を呼び、悠真が泣きながら息を切らす声が聞こえた。私は立ち上がり、川のほとりに向かった。夏の時期は土砂降りが多く、川の水は流れが速かった。私が何をしようとしているのかを察した森本は、飛び込んできて私を引き止めようとした。しかし、私が地面を離れるその瞬間、森本の手を掴んで、彼も一緒に水に引きずり込んだ。溺れて以来、森本は川に対して本能的な恐怖を抱いていた。一方で、私が囚われ傷つけられたときに味わった苦痛と恐怖を、この方法で彼にそっくりそのまま返してやった。あの日、彼を水の中から救った。その因果が今日、私の手で断ち切られることになった。水の中に落ちて、私は彼の手を振りほどき、すぐに私たちは流れに流され、もうお互いを見ることはできなかった。水流が速くて、私は泳ぎ上がることができなかった。結末は予測していた。でも諦める前に、神様が私に一縷の希望を与えてくれた。流れに任せているうちに、大きな岩にぶつかり、私は必死でそれにしがみつき、どうにか這
「7号のベッドの患者さん、本当に運が良かったわね。ただ、これからはもう子どもを産むことができないなんて、かわいそうに」窓の外から車のクラクションが鳴り響き、私はその音で目を覚ました。隣の布団が動き、その中から小さくて可愛らしい頭がひょっこり顔を出した。「外、うるさい。ママ、抱っこして一緒に寝て」子どもの柔らかい声が愛らしい。私は彼女を抱きしめ、そのままベッドに寝続けた。どうして突然三年前の出来事を夢に見たんだろう。川辺で倒れた私が見つかったのは、それから間もなくのことだった。警察が信号が消えた場所から川沿いを捜索し、ついに私を発見したのだ。その川は下流で他の川と交わり、いくつもの方向へ分岐しながら勢いよく流れていた。警察は森本の遺体を探して半月以上も捜索を続けたが、結局発見されなかった。私は病院に運ばれたものの、古傷が癒えぬうちに新しい傷が重なり、さらには流産も重なった。救急室で5、6時間の処置を受け、一命は取り留めたものの、子宮が深刻に損傷し、二度と子どもを産むことはできなくなった。警察の捜査で、川瀬が森本を教唆し私を誘拐させたことが判明し、彼女は逮捕された。それだけでなく、彼女が高校時代に同級生をいじめ、さらに誤ってその生徒を階段から突き落とし死亡させた事件も明るみに出た。その生徒は隣のクラスの目立たない存在だった。当時、彼女の突然の転落死は学校中を震撼させた。まさかあれが事故ではなく、彼女の手によるものだったとは。病院のベッド脇にやってきた西村と息子の悠真は、私に謝罪し、許しを請うた。だが、世の中には許そうと思っても許せないことがある。警察が川瀬の家のパソコンから数々の動画を発見した。彼女は森本の部屋に隠しカメラを設置しており、私が拷問される映像をこっそり何度も楽しんでいたらしい。西村父子もその映像を見た。そこでようやく、川瀬がどんな人間かを知り、私がどれだけ非道な仕打ちを受けていたかを理解したのだった。ただ、それでも私は思う。西村はそれでも彼女を愛しているのだろうと。彼がどんな人を愛しても、私を愛することはない。だが、今となってはそれもどうでもいい。退院後、私は西村家に戻り、自分の荷物をすべて持ち帰った。離婚の手続きは不要だった。当時、西村の母は私の身寄りのない境遇や出自の低さを嫌が
私はA市を離れ、B市で新しい生活を始めた。そこで偶然、家出中の反抗期真っ只中の従姉に出会った。私たちは子どもの頃から写真が好きで、その趣味を共有していたこともあり、関係は良好だった。一緒に暮らし始めると息もぴったり合い、共同で写真スタジオを開業することにした。独特なスタイルとセンス、そして幼い頃から培った撮影技術のおかげで、スタジオは次第に人気を集め、小規模ながらも名前が知られるようになった。やがてスターの雑誌撮影の仕事も入るようになった。一生このように平穏に暮らしていくのだろうと思っていたが、ある朝、赤ん坊を拾ってしまった。その赤ん坊は先天性心疾患を抱えており、捨てられていたのだ。私は彼女を養子に迎える手続きをし、「鳴海のぞみ」と名付けた。たぶん体が弱いからだろう、のぞみは生まれたときからとてもおとなしかった。3歳になる頃にはまるで小さな大人のようで、手がかからない子だった。彼女の病気のために無数の病院を駆け回り、たくさんの苦労をしていることを感じ取っているのだろう。だからこそ特別に私の言うことをよく聞いた。それがまた、私の胸を締め付けた。仕事中、のぞみはいつも私たちのそばで静かに座っている。大人たちは彼女をかわいがり、いろいろな美味しいものを持ってきてくれる。ある連休、ある小学校から、科学キャンプのドキュメンタリーを撮影してほしいという依頼が来た。その学校はお金持ちの子どもたちが通う名門学校で、今回のキャンプには学校の成績トップ10の生徒たちが参加しているという。撮影がそれほど複雑ではなかったため、私たちはのぞみも一緒に連れて行くことにした。科学館の隣にあるホテルに泊まり、昼食後、館内を散策することにした。のぞみは中の展示物に興味津々で、私の手を引っ張りながらあちこち見て回った。ちょうどドローンの展示を見ているとき、不意に大きな声で「ママ!」と呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、少し離れたところに悠真が立っていた。興奮した表情で私を見つめているが、近寄って来ようとはしない。彼のそばには、同じ服を着た子どもたちが数人いた。それは今回のキャンプに参加している生徒の制服だとすぐに分かった。瞬間、周囲の視線が一気に集まった。3年の間に、悠真はずいぶん背が伸びていた。のぞみが私の
のぞみは治療の結果、大事には至らず、夜には退院できることになった。学校からの通知を受けて、午後には西村が病院に到着していた。私はガラス越しにのぞみを見守っていた。「西村、私たちはもう別れたんです。私は悠真の母親ではないので、悠真の教育に干渉することはありません。でも、あなたが父親として、彼の習慣や認識を正さないのであれば、今日のようなことはまた起こるかもしれません」西村はスーツを着ていたが、どうやら急いできたようで、着替える暇もなかったようだ。若い頃、彼はTシャツを着ている姿だけで、私は目を離せなかった。しかし今は、どんなに格好良く見えても、もう一度も彼を見ようとは思わない。愛と無関心は、時に非常に明確だ。彼は私の言葉に答えず、静かに尋ねた。「本当に戻らないのか?」「戻る場所はありません。私は自分の家、そして自分の家族がいます。今後、私たちには交わることはありません。西村さん、どうかあなたの息子が私と再び出会う機会を作らないでください」その後、私は病室に戻り、のぞみの元へ向かった。夏令営の引率の先生が、私を少しでも安心させようと教えてくれた。実は悠真のお父さんがこの撮影を提案し、私たちの写真スタジオを推薦したということだった。それを聞いて、私は西村が悠真を使って、私の心を和らげようとしたことに気づいた。翌日、撮影は予定通り進行した。子どもたちはロボット館に集まり、名門の先生たちがロボットの原理やデザインなどを指導していた。「悠真くん、カメラばかり目を向けないで」先生に注意され、私はそちらを見ることなく仕事に集中した。最初から撮影が始まるまで、悠真はもう私を呼ぶことはなかったが、無意識に私を見続けていた。私はずっとそれを無視していた。悠真は私を見続けることはやめた。ただロボットの組み立てを続けていた。彼はとても賢く、いつも最初に完成し、しかも、類推する力が抜群で、他の人よりもかなり速く進んでいた。彼が私に気づいて欲しくて、自慢させて、わざと目立つようにしていることがわかっていた。昔のように泣くことはなくなり、顔にはどこか寂しげな表情が浮かんでいた。悠真を嫌っているわけではない、ましてや憎んでいるわけでもない。彼は私が幾度の妊娠の苦しみと流産の危機を乗り越えて産んだ子だから、血は繋がって
帰宅後、私はいつも通りの生活を送っていた。たまに遠くから私を見に来る悠真を除けば。突然、緊急の撮影案件が入ったので、私はのぞみをビル下のカフェのオーナーに預けることにした。撮影が終わりかけた頃、オーナーから電話があり、のぞみがいなくなったと言われた。すぐ探し回ったが、最後に、もしかしたら家に帰ったかもしれないと思い至った。鍵がないから、きっと外で私を待っているのだろう。急いで家に向かったが、扉の前には誰もいなかった。その瞬間、胸がギュッと締め付けられるような気がした。その次の瞬間、部屋からのぞみの楽しそうな笑い声が聞こえた。私は急いでドアを開けて中に入った。のぞみは確かにいたが、彼女の前に黒い帽子をかぶった男が膝をついていた。男は背を向けていて、私は一瞬硬直して動けなくなった。のぞみは私を見て、嬉しそうに駆け寄ってきた。「ママ、このおじさんとてもおもしろい!私たちと一緒に住んでもいい?」私は慌ててのぞみを後ろに引っ張った。男はゆっくり立ち上がり、顔をこちらに向けた。その瞬間、私の悪夢に日々現れていた顔がそこにあった。森本は死んでいなかった。彼は私を見て、ニヤリと笑いながら言った。「鳴海、久しぶりだな、ようやく見つけたぞ」三年前の悪夢が続く。私はベッドに縛られ、森本はのぞみを抱いて遊んでいた。私は恐怖に震えながら言った。「森本、自首しなさい。いつまで逃げ続けるつもりなの?」彼はまるで聞いていないかのように無視した。「これは私たちの子だろ?本当に可愛いな。お利口な娘だ、パパに挨拶しようか」のぞみが危険に遭うのを恐れて、私は彼に真実を伝えることができなかった。「自首すれば刑が軽くなる。これ以上固執しないで!」彼はまた何も聞いていないようで、笑いながら言った。「二人とも、きっとお腹が空いているだろう。ご飯を作ってくるよ」森本はのぞみを連れてキッチンに向かうと、私はひそかに手を動かして縛られた紐を解こうとした。突然、視線の端で階段の方に誰かの気配を感じた。振り向くと、そこには西村が立っていた。急に思い出した。上の窓を閉め忘れていた。彼はその窓から入ってきたのだ。彼は静かに私の手を解き、私は物置から従姉が置いていたバットを取った。その時、森本がラーメンを持って部屋に入って
二人は全力で戦い、まるで相手を殺さない限り戦いを止めないかのようだった。部屋は荒れ果て、壁には血痕が付いていた。森本は最初に受けた一撃が重すぎて、徐々に西村に劣勢になり始めた。街の警笛が遠くから近づいてきた。二人はベットの横まで戦い続け、西村は必死に拳を振り下ろして森本を窓の外に押し出した。森本は窓枠を掴み、左腕が折れていた。彼はもうそのまま掴み続けることができなかった。西村が彼の手を引き離そうとした瞬間、私は引き止めた。西村の目は血走っていた。「何をしてるんだ!彼があんなにお前を傷つけたのに、なんで助けるんだ?まさか、もう彼を愛してしまったのか?」私は力が足りず、森本の手を引きながら血管が浮き出た。「彼が犯した罪は裁判で裁かれるべきだ。もしみんなが手を出して復讐したら、法律は一体何のためにあるんだ?それに、今彼はもう私たちを傷つける力はない。もし彼を突き落としたら、それは正当防衛ではなく、故意の殺人になるんだ、わかるか?」最終的に私たちは森本を引き上げた。手錠をかけてパトカーに乗せた時、森本は奇妙な笑みを浮かべながら言った。「鳴海、待っててくれ」その瞬間、彼を助けてしまったことを後悔した。彼が出所後、また戻ってくる気がした。悠真が最初に異変に気づいた。彼はこっそり覗きに来ようと思っていたが、私が定時に帰らないことに気づき、家の近くでよく見かけた黒い帽子の男を思い出して、急いで西村に連絡した。私は感謝し、荷物をまとめて海外へ行く準備を始めた。森本は私を放っておかないだろうし、海外の先進医療技術はのぞみの病状にも有利だ。出発の日、早朝、空港で待機していた。従姉と新しく交際している彼女が一緒に見送ってくれた。普段はしっかりしている彼女が、こっそり涙を拭っていた。その後、西村父子も空港に来て見送ってくれた。西村は私に聞いた。「向こうへの準備は全部整っているか?」私は頷いて、あまり言いたくなかった。「気をつけて」彼はそれ以上言うことはなかった。悠真は西村を見て、彼がどれだけ上手に装っているかを感じ取っていた。昨日は酔っ払ってトイレに抱きついて寝ていたのに、今日は完璧に振舞っている。でも、目の下のクマは隠しきれなかった。悠真は涙を堪えながら言った。「お母さん、向こうで写
帰宅後、私はいつも通りの生活を送っていた。たまに遠くから私を見に来る悠真を除けば。突然、緊急の撮影案件が入ったので、私はのぞみをビル下のカフェのオーナーに預けることにした。撮影が終わりかけた頃、オーナーから電話があり、のぞみがいなくなったと言われた。すぐ探し回ったが、最後に、もしかしたら家に帰ったかもしれないと思い至った。鍵がないから、きっと外で私を待っているのだろう。急いで家に向かったが、扉の前には誰もいなかった。その瞬間、胸がギュッと締め付けられるような気がした。その次の瞬間、部屋からのぞみの楽しそうな笑い声が聞こえた。私は急いでドアを開けて中に入った。のぞみは確かにいたが、彼女の前に黒い帽子をかぶった男が膝をついていた。男は背を向けていて、私は一瞬硬直して動けなくなった。のぞみは私を見て、嬉しそうに駆け寄ってきた。「ママ、このおじさんとてもおもしろい!私たちと一緒に住んでもいい?」私は慌ててのぞみを後ろに引っ張った。男はゆっくり立ち上がり、顔をこちらに向けた。その瞬間、私の悪夢に日々現れていた顔がそこにあった。森本は死んでいなかった。彼は私を見て、ニヤリと笑いながら言った。「鳴海、久しぶりだな、ようやく見つけたぞ」三年前の悪夢が続く。私はベッドに縛られ、森本はのぞみを抱いて遊んでいた。私は恐怖に震えながら言った。「森本、自首しなさい。いつまで逃げ続けるつもりなの?」彼はまるで聞いていないかのように無視した。「これは私たちの子だろ?本当に可愛いな。お利口な娘だ、パパに挨拶しようか」のぞみが危険に遭うのを恐れて、私は彼に真実を伝えることができなかった。「自首すれば刑が軽くなる。これ以上固執しないで!」彼はまた何も聞いていないようで、笑いながら言った。「二人とも、きっとお腹が空いているだろう。ご飯を作ってくるよ」森本はのぞみを連れてキッチンに向かうと、私はひそかに手を動かして縛られた紐を解こうとした。突然、視線の端で階段の方に誰かの気配を感じた。振り向くと、そこには西村が立っていた。急に思い出した。上の窓を閉め忘れていた。彼はその窓から入ってきたのだ。彼は静かに私の手を解き、私は物置から従姉が置いていたバットを取った。その時、森本がラーメンを持って部屋に入って
のぞみは治療の結果、大事には至らず、夜には退院できることになった。学校からの通知を受けて、午後には西村が病院に到着していた。私はガラス越しにのぞみを見守っていた。「西村、私たちはもう別れたんです。私は悠真の母親ではないので、悠真の教育に干渉することはありません。でも、あなたが父親として、彼の習慣や認識を正さないのであれば、今日のようなことはまた起こるかもしれません」西村はスーツを着ていたが、どうやら急いできたようで、着替える暇もなかったようだ。若い頃、彼はTシャツを着ている姿だけで、私は目を離せなかった。しかし今は、どんなに格好良く見えても、もう一度も彼を見ようとは思わない。愛と無関心は、時に非常に明確だ。彼は私の言葉に答えず、静かに尋ねた。「本当に戻らないのか?」「戻る場所はありません。私は自分の家、そして自分の家族がいます。今後、私たちには交わることはありません。西村さん、どうかあなたの息子が私と再び出会う機会を作らないでください」その後、私は病室に戻り、のぞみの元へ向かった。夏令営の引率の先生が、私を少しでも安心させようと教えてくれた。実は悠真のお父さんがこの撮影を提案し、私たちの写真スタジオを推薦したということだった。それを聞いて、私は西村が悠真を使って、私の心を和らげようとしたことに気づいた。翌日、撮影は予定通り進行した。子どもたちはロボット館に集まり、名門の先生たちがロボットの原理やデザインなどを指導していた。「悠真くん、カメラばかり目を向けないで」先生に注意され、私はそちらを見ることなく仕事に集中した。最初から撮影が始まるまで、悠真はもう私を呼ぶことはなかったが、無意識に私を見続けていた。私はずっとそれを無視していた。悠真は私を見続けることはやめた。ただロボットの組み立てを続けていた。彼はとても賢く、いつも最初に完成し、しかも、類推する力が抜群で、他の人よりもかなり速く進んでいた。彼が私に気づいて欲しくて、自慢させて、わざと目立つようにしていることがわかっていた。昔のように泣くことはなくなり、顔にはどこか寂しげな表情が浮かんでいた。悠真を嫌っているわけではない、ましてや憎んでいるわけでもない。彼は私が幾度の妊娠の苦しみと流産の危機を乗り越えて産んだ子だから、血は繋がって
私はA市を離れ、B市で新しい生活を始めた。そこで偶然、家出中の反抗期真っ只中の従姉に出会った。私たちは子どもの頃から写真が好きで、その趣味を共有していたこともあり、関係は良好だった。一緒に暮らし始めると息もぴったり合い、共同で写真スタジオを開業することにした。独特なスタイルとセンス、そして幼い頃から培った撮影技術のおかげで、スタジオは次第に人気を集め、小規模ながらも名前が知られるようになった。やがてスターの雑誌撮影の仕事も入るようになった。一生このように平穏に暮らしていくのだろうと思っていたが、ある朝、赤ん坊を拾ってしまった。その赤ん坊は先天性心疾患を抱えており、捨てられていたのだ。私は彼女を養子に迎える手続きをし、「鳴海のぞみ」と名付けた。たぶん体が弱いからだろう、のぞみは生まれたときからとてもおとなしかった。3歳になる頃にはまるで小さな大人のようで、手がかからない子だった。彼女の病気のために無数の病院を駆け回り、たくさんの苦労をしていることを感じ取っているのだろう。だからこそ特別に私の言うことをよく聞いた。それがまた、私の胸を締め付けた。仕事中、のぞみはいつも私たちのそばで静かに座っている。大人たちは彼女をかわいがり、いろいろな美味しいものを持ってきてくれる。ある連休、ある小学校から、科学キャンプのドキュメンタリーを撮影してほしいという依頼が来た。その学校はお金持ちの子どもたちが通う名門学校で、今回のキャンプには学校の成績トップ10の生徒たちが参加しているという。撮影がそれほど複雑ではなかったため、私たちはのぞみも一緒に連れて行くことにした。科学館の隣にあるホテルに泊まり、昼食後、館内を散策することにした。のぞみは中の展示物に興味津々で、私の手を引っ張りながらあちこち見て回った。ちょうどドローンの展示を見ているとき、不意に大きな声で「ママ!」と呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、少し離れたところに悠真が立っていた。興奮した表情で私を見つめているが、近寄って来ようとはしない。彼のそばには、同じ服を着た子どもたちが数人いた。それは今回のキャンプに参加している生徒の制服だとすぐに分かった。瞬間、周囲の視線が一気に集まった。3年の間に、悠真はずいぶん背が伸びていた。のぞみが私の
「7号のベッドの患者さん、本当に運が良かったわね。ただ、これからはもう子どもを産むことができないなんて、かわいそうに」窓の外から車のクラクションが鳴り響き、私はその音で目を覚ました。隣の布団が動き、その中から小さくて可愛らしい頭がひょっこり顔を出した。「外、うるさい。ママ、抱っこして一緒に寝て」子どもの柔らかい声が愛らしい。私は彼女を抱きしめ、そのままベッドに寝続けた。どうして突然三年前の出来事を夢に見たんだろう。川辺で倒れた私が見つかったのは、それから間もなくのことだった。警察が信号が消えた場所から川沿いを捜索し、ついに私を発見したのだ。その川は下流で他の川と交わり、いくつもの方向へ分岐しながら勢いよく流れていた。警察は森本の遺体を探して半月以上も捜索を続けたが、結局発見されなかった。私は病院に運ばれたものの、古傷が癒えぬうちに新しい傷が重なり、さらには流産も重なった。救急室で5、6時間の処置を受け、一命は取り留めたものの、子宮が深刻に損傷し、二度と子どもを産むことはできなくなった。警察の捜査で、川瀬が森本を教唆し私を誘拐させたことが判明し、彼女は逮捕された。それだけでなく、彼女が高校時代に同級生をいじめ、さらに誤ってその生徒を階段から突き落とし死亡させた事件も明るみに出た。その生徒は隣のクラスの目立たない存在だった。当時、彼女の突然の転落死は学校中を震撼させた。まさかあれが事故ではなく、彼女の手によるものだったとは。病院のベッド脇にやってきた西村と息子の悠真は、私に謝罪し、許しを請うた。だが、世の中には許そうと思っても許せないことがある。警察が川瀬の家のパソコンから数々の動画を発見した。彼女は森本の部屋に隠しカメラを設置しており、私が拷問される映像をこっそり何度も楽しんでいたらしい。西村父子もその映像を見た。そこでようやく、川瀬がどんな人間かを知り、私がどれだけ非道な仕打ちを受けていたかを理解したのだった。ただ、それでも私は思う。西村はそれでも彼女を愛しているのだろうと。彼がどんな人を愛しても、私を愛することはない。だが、今となってはそれもどうでもいい。退院後、私は西村家に戻り、自分の荷物をすべて持ち帰った。離婚の手続きは不要だった。当時、西村の母は私の身寄りのない境遇や出自の低さを嫌が
電話が突然繋がり、耳に届いたのは西村の馴染み深い声だった。「もしもし」私は彼を呼んだ。「西村」六年の夫婦生活を経て、彼はすぐに私の声を認識した。「鳴海、お前なのか、鳴海?」その声の後に、慌てて走る足音が聞こえた。「ママ、僕は悠真だよ、どこにいるの?悠真、ずっと待ってたんだ」赤ちゃんの頃から言葉を覚え、今まで、何度も「ママ」と呼ばれるたびに、生きる力を感じてきた。けれど今、それを聞くのがもう嫌になった。西村はすぐに怒りを露わにした。「お前、子供か?行方不明なんて、息子がどれだけ心配してるか分かってるのか?早く帰ってこい、そんな駄々はもう通らな……」その言葉が終わる前に、私は彼を遮った。「西村、息子が一番好きなあの女をママにすればいい。私はもうなりたくないし、ならないんだ」今度は、私があなたたち父子を捨てる番だ。電話の向こうで、私の決意を感じ取った彼は焦った様子だったが、それでも強がった。「そんなことを言うな、戻ってこい。俺と川瀬には何もないんだ、もう騒ぐな!」見てよ、彼はなぜ私がこんなにも怒り、失望しているのか理解しているはずなのに、それでもまだ無理に弁解しようとしている。「さよなら」私は電話を切った。その直前、電話の向こうで、西村が慌てて私の名前を呼び、悠真が泣きながら息を切らす声が聞こえた。私は立ち上がり、川のほとりに向かった。夏の時期は土砂降りが多く、川の水は流れが速かった。私が何をしようとしているのかを察した森本は、飛び込んできて私を引き止めようとした。しかし、私が地面を離れるその瞬間、森本の手を掴んで、彼も一緒に水に引きずり込んだ。溺れて以来、森本は川に対して本能的な恐怖を抱いていた。一方で、私が囚われ傷つけられたときに味わった苦痛と恐怖を、この方法で彼にそっくりそのまま返してやった。あの日、彼を水の中から救った。その因果が今日、私の手で断ち切られることになった。水の中に落ちて、私は彼の手を振りほどき、すぐに私たちは流れに流され、もうお互いを見ることはできなかった。水流が速くて、私は泳ぎ上がることができなかった。結末は予測していた。でも諦める前に、神様が私に一縷の希望を与えてくれた。流れに任せているうちに、大きな岩にぶつかり、私は必死でそれにしがみつき、どうにか這
吐き気が胸から込み上げてきて、急いでトイレに駆け込んで吐いた。その瞬間、体全体に冷たい震えが走った。同じ症状、五年前にも経験したことがある。その時はちょうど卒業を控え、西村との関係が確認されたばかりだった。その後、森本も気づいたようだ。計算してみると、その夜から今まででおおよそ二ヶ月が経過している。彼は非常に喜び、病院には行けないからと妊娠検査薬を買ってきた。結果は何度も繰り返し、八本か九本の検査薬の全てで二本線が浮かんだ。私はなかなか外に出ることができなかった。森本は以前よりもさらに気を使って私の世話をしてくれた。様々な食材を買い込み、スープを煮たり、毎日の料理を変化させたりしてくれた。赤ちゃん用品もたくさん選び、洋服やおもちゃも準備してくれた。毎晩寝る前にはお腹に耳を当てて、赤ちゃんの動きを感じようとした。私は思わず言った。「こんなに小さいのに、何も動かないね」彼は目を輝かせて言った。「時間が経てば必ず聞こえるようになるよ」私は唇の端を引き結んで、「そうだね」と答えた。しかし、彼はもう動きを感じることはできなかった。私はこの子を待ち望んでいるかのように振る舞い、彼と甘い育児の日々を夢見て計画していた。最初からずっと彼の警戒心を解かせ、チャンスを見つけて逃げるつもりだった。だが、あの夜の出来事が私の計画を狂わせた。それは災いでもあり、幸運でもあった。この子ができたことで、彼は私が何かしらの繋がりを持っていると思い込み、警戒心が少し和らいだようだった。ついにチャンスが訪れた。その日、彼がシャワーを浴びている間、私は彼のスマホで警察に通報し、位置情報を開いて、隠していた扉の鍵も見つけた。扉を開けると、光が一気に差し込んできて、自由の匂いがした。道が分からず、ただ闇雲に走るしかなかった。どれくらい走ったのか分からないが、ある川のそばで立ち止まり、休むことにした。お腹が目立ち始め、赤ちゃんができているとすぐに疲れてしまう。ふとスマホを思い出し、急いで開いた。警察には連絡できたが、それ以外に誰に連絡すればよいのか分からなかった。突然、遠くから足音が聞こえた。男性の大きな影がゆっくりと近づいてきている。彼はもう追いかけてきた。私はもう逃げられないと知
「後悔するな、後悔するな!」心の中で何かが崩れ落ちるような音がした。彼は必死に首を振った。しかし、突然何かを思い出したように言った。「あの男を忘れられないんだろ?必死になって、彼に会いに戻ろうとしてるんだろう?あのガキも、お前の愛は全部あいつらに注いだ。何でだ?あいつらはお前を大切にすることもないのに!」彼がだんだんと奇妙なことを言い出すのを見て、私は少し冷静になろうと思い、立ち上がってその場を離れようとした。だが、体を起こした瞬間、突然押し倒された。恐怖が波のように押し寄せてきた。酔った男は力が強く、私の抵抗はまるで蚊の羽音のようだった。窓の外では雷が鳴り、激しい雨が窓を叩いていた。その夜は、混乱と苦痛の中で過ぎていった。朝が来ても、私はそれを忘れようとしたが、無駄だった。その後、森本は数日間姿を見せなかった。しかし、再び現れたとき、彼は花束を持ち、指輪を差し出して結婚を申し込んできた。私はただただ気持ち悪く感じた。彼の愛はこんなに安っぽいのか。誰かに助けられると、その相手を愛するのか。それからの日々、私は死んだように生き、彼は食事も風呂も何もかも細かく世話してくれた。彼を叩いたり怒ったりしても、彼は一切怒ることなく、ただ優しく、そして気を使いながら接してきた。あの時、私を引きずり込んだ時の彼とは別人のようだった。私は一言も発さず、時には壁の隅で夜を明かすこともあった。彼も毎晩一緒に私のそばで過ごしてくれた。短期間で、私は目に見えて急速に痩せていった。ある日、私が茶碗のかけらで手首を切ろうとしたのを見た彼は、狂ったようにその手を奪った。何かが私の手の甲に滴り落ち、私は無表情で彼を見上げた。彼の暗い瞳の中には涙が溜まり、必死にそれをこらえているのがわかった。森本が泣いている?彼にも心の痛みを感じることがあるのか?明らかに彼は誘拐犯だった、数ヶ月前、この場所で泣いていたのは私だったのに。彼は頭を垂れて、低い声で言った。「こんなに君を傷つけてごめん。でも、君を待ち続けたんだ。君が離れるのを受け入れられない」彼は左手を上げ、茶碗のかけらで自分の腕を切り裂いた。傷は深く、骨まで見えた。「これで少しは楽になるか?」赤い血が鮮やかに広がった。私は深く息を吸い、「やめて!」と叫んだ
部屋に一週間閉じこもった。欲深い叔父の一家は祖父の財産を奪い取ると、私を学校へ追い返した。席が隣のクラスメートは私の家の事情を知っており、元気づけようと色んな面白い話をしてくれた。「うちのクラスの川瀬が、中学2年生の男の子を溺れそうなところから助けたんだってさ!学校と市から表彰されて、今大注目の人だよ」彼女の勇敢な行動はたちまち広まり、一躍ヒーローになった。聞けば、その少年の父親はもう子ども増えたくないと言っていて、後妻が地位を固めるために子どもを連れて遊びに行くふりをし、川に突き落として事故死を装ったらしい。ルームメイトは「世も末だ」とため息をつく中、私は関連する報道記事を開いた。現場写真に映っていたのは、同じ場所、そして同じ少年だった。川瀬は、私が助けた功績を横取りしたのだ。祖父の最期に間に合わなかったのは彼のせいではない。でも、私はどうしても彼を嫌わずにはいられなかった。だから、何事もなかったかのように無視することにした。その後、彼が川瀬をつけ回しているのを知り、私はますます真相を彼に知らせるべきではないと確信した。誘拐された後、彼は自分が助けた少年だとわかったとき、私の心はもう氷のように冷たくなっていた。ましてや、この人の愛は、憎しみよりも恐ろしかった。だから、私は何も言うつもりはなかった。あの絵を見ても、私の考えは変わらなかった。ところが、思いがけず、彼は私のスマホからあの写真を見つけてしまった。彼は私を睨みつけた。「まだ俺を騙すつもりか!当時、かすかに見えた椿と辮髪を覚えている。でも、俺は彼女じゃないと言ったのに、周りのみんなが彼女だと言うから、自分の記憶を疑って、無理やり納得しようとした。けど、夢に出てくる顔は一度もはっきりしていなかった」彼がこんなに傷ついた表情をするのを見たのは初めてだった。「この写真を見て、確認するのが怖くなった。本当に俺を助けてくれたのが君だったとしたら、俺が傷つけたのが君だったとしたら……」彼は出所して一人暮らしをしている後妻のもとへ行き、ガソリンをかけ、ライターで脅して真実を吐かせたらしい。彼は私を抱きしめ、その顔を私の首筋に埋めた。「鳴海、俺はずっと君を待っていた。でも、君はこんな状態になるまで何も言わなかった。俺がそんなに