-㉕緊張の瞬間- ナル、ゲオル、そして光の3人は固唾を飲んで競争水面を走る6艇を見ていた。片手に丸めた出走表を握っている傍でスピーカーから実況の女性の声がしている。実況「おはようございます、このレースから私カバーサが実況を務めて参ります。 先程から川の流れが強くなっている競争水面でスタートライン上には横風が吹いて参りました、現在この状況でも人気は1番と2番(ふたばん)が集めております。 2連単では1番-2番、1番-3番、2番-1番、そして2番-3番がオッズ1桁代での予選競争第4レースです。」 光は他の2人以上に緊張していた、この世界での初レースだからだ。光「ゴクッ・・・、お願い・・・。」 そして、出走表をより強く握りしめた。実況「スロー3艇、123、かまし3艇、456、枠なり3対3での進入です。 進入はインコースから、1番2番3番、4番5番6番で・・・、いまああああ、スタートしました! 全艇横並び一線でのスタートです、1周目の1マーク、逃げる1番ミイダスと3番フォールドの間を4番ナシュラがぐぐぅっと差し込んで参りました!」ゲオル・ナル「4だと?!何だってー?!」光「来た!」実況「バックストレッチ4番ナシュラが抜け出して参りました。艇間離れて2着を1番ミイダスと6番カンミが争っております、なおスタートは全艇正常でした。 1周目の2マーク、先頭4番ナシュラが落ち着いて旋回していきます、2着争いの2艇が回りますがインコースを取った1番ミイダスの外側から6番カンミが来てずぼぉぉぉぉっと大回りして加速しております。 2着争いの2艇が未だ並走している中レースは2週目へと入って参りました。 2周目の1マーク、先頭4番ナシュラが余裕を持って旋回し、どんどん後ろとの差を広げて行く中2着争いの2艇が同時に旋回し外側握った6番カンミがこれまたずぼぉぉぉぉっと抜け出して参りました。 バックストレッチ、先頭4号艇ナシュラが加速していく中、上位3艇が固まって参りました。 2週目の2マーク、先頭4号艇、2番手6号艇、そして3番手1号艇でこのまま行きますと今回大混戦の決着となりそうな第4レースも最終周回へと入ります。 最終周回の1マーク、先頭4号艇に2番手6号艇3番手1号艇の順番で旋回してバックストレッチです。 オッズ2連単、4-6の組み合わせ、267.5
-㉖豪華な宴会と板前の過去- 貸切った大宴会場で店の女将が日本でも今まで見たことない位の笑顔を見せていた、肌はとてもつるつるで皺1つない印象で年齢を感じさせない。何か秘密があるんだろうか、接客していた女将とは別に若女将が存在しており2人が笑顔で奥から出てきた。女将「何かございまして?」光「あ・・・、いや・・・、女将さんお綺麗な方だなと思いまして。」女将「あらお上手ですこと、でも何も出ませんわよ。」 と言いながら片手に持っていた熱燗をテーブルに置く、どうやらかなり嬉しかったみたいで女将がサービスしてくれた様だ、ただどこから出てきたかは分からないが。若女将「女将、そろそろ・・・。」女将「あら失礼、ではこの辺で一旦失礼致しますわ。」若女将「あれ?また行っちゃった・・・、すみません。では鉄板の電源失礼致しますね。」 知らぬ間に女将は瞬間移動で消えてしまっていた、若女将は気付かなかったらしく首を左右に振っている。一先ず、鉄板の電源を入れ温めだした。 数分後、宴会場の外から女将、若女将、最後に板前の順番に3人が注文したコースのお肉を運んで来た。女将「お待たせいたしました、『特上焼き肉松コース』のA5ランクのサーロインでございます。」板前「1枚ずつお渡しさせて頂きますのでごゆっくりお楽しみください、味付けはシンプルにこちらの岩塩でどうぞ。」 静かで厳格な風貌ながら落ち着きがあり優しさ溢れる口調で板前が説明する、どうやらこの人はここの板長らしい。板前「板長、お待たせしました。」板長「ありがとう、良かったらお客様の前で説明して差し上げて。」板前「は、はい・・・。こ、こちらは・・・、カルビで・・・、ございます。甘く・・・、豊かな脂が・・・、ビールやご飯に・・・、ピッタリでございます。」板前「ハハハ・・・、一応合格にしておこうか。すみませんね、こいつ支店からこの本店に配属になったばかりで緊張しているみたいなんです。でも可愛い奴なんですよ。」 板長は意外と明るい人らしく気軽に声を掛けやすかった。板長「今から2枚目と3枚目のサーロインを焼いていきます。別の鉄板では、ヤンチってんですが、こいつがカルビを焼いていきますのでお好みの味付けでどうぞ。腕は確かなので美味しく焼いてくれると思いますよ。」 ヤンチが別の鉄板にカルビを丁寧に焼いて行った、お肉がゆっく
-㉗運命の出会いの話- ヤンチは少し抵抗した、いくら板長が勧めたからって自分が納得したものを店の商品として出したいらしい。 ヤンチも板長を信頼していた。店を開く前から、いや女将と出会う前からの話だという。板長は唐突に語り始めた。板長「ちょっと昔話にお付き合い頂けますかい。昔、王国軍で料理番と防衛の一部を任されていた一兵卒がいたんです。そいつは仕事と日常に疲れ刺激を求めていましたので定年間近で軍を辞めて冒険者になりました、最初は軍の時に作った貯金で買った装備でゆっくりと採集等の簡単なクエストを進めていたんです。 そんなある日、岩山の上で1人孤独に暮らしていた獣人(ウェアタイガー)がいたんです。そいつは生まれてから孤独の身で親のぬくもりも言葉も知らなかったらしく、ただただ空腹だったみたいなのでそいつに元一兵卒はクエストで捕った魔物の肉を採集で余ったハーブと一緒に焼いて食べさせました。 その味に感動を覚えたらしく獣人はちょこちょこ一兵卒について行くようになり、次第に料理に目覚めていきました。 ただこのままでは一兵卒から料理を学び辛かったからか、獣人はまず言葉を勉強するようになり次第に一兵卒の事を『親父』と呼ぶように・・・。」ヤンチ「親父、やめろよ・・・、照れるだろ!」板長「まぁ、良いじゃないか・・・。おっと失礼、そしてその一兵卒、いや私は獣人のヤンチと小さな屋台を出して暮らして行ったんです、それがこの店の起源でした。 だから私はこいつを信用しているんです。だからこいつの新作、食ってみて頂けませんか、勿論お題は結構ですから。」ヤンチ「でもあれは元々・・・、賄いだし・・・。」板長「良いだろ、それとこれは板長命令だ。」ヤンチ「では・・・、お待ちください・・・。」 ヤンチは調理場へと消えて行った、その間を繋ぐべく板長は焼き肉を続行し光らにビールやお酒を注ぎ続けた。ただその表情は今まで以上に楽しそうに、信頼する息子の成長を楽しみにする父親の様に。 そうこうしている内にヤンチが料理を持って来た、1品目は『黒豚のもみもみ焼き-出汁醤油風味-』。香ばしい香りが光らを楽しませ、薄めの豚肉でご飯を巻くとお代わりが止まらなくなる。隠し味の生姜が手助けしているらしい。 2品目は国産若鶏の混ぜご飯、炙った鶏の切り身を調味料と一緒にふっくらと炊かれた温かなご飯に混ぜて
-㉘買い物する魔獣・・・、さん?- 楽しかった宴会から数日が経過し、光は街のパン屋で仕事をしていた。街の中央ではいつも通り噴水が噴き出ている、ただ店前の市場がいつも以上に活気づいていたので街中を歩く人々はルンルンと楽しそうだ。 串焼き屋が数量多く焼いて在庫を大量に作っていたのでこれには光もテンションが爆上がりとなっていた。しかしやけに行列が多い、ランチタイムまで在庫が持ってくれたら良いのだが。 普段光が住む農耕地を中心とした住宅地は街の北側、銭湯は南側、そして先日の『ネフェテルサ王国レース場公園』が西側にある。さて、気になる東側は何なのだろうか。そしてもう1つ気になるのは大人の遊び場は見つけたが子供たちはどこで遊ぶのだろうかという事だ、きっと遊園地的なものがあるんだろうなと想像を膨らませていた。 それにしてもやたらと街中を右往左往するお客さんが多いので光の仕事もいつも以上に忙しくなっていた。 光はさり気なくミーシャに聞いてみた。ミーシャ「そりゃそうさね、今日から2週間は東側の出入口が開くからだよ。上級魔獣さん達がお買い物に来てんだ。」 上級魔獣・・・さん?!お買い物?!どういう事?!そう混乱する光を横目にお客さんは絶えない、ただ実際に東側の出入口に見に行く余裕がない。とりあえず光は仕事を終わらせてから改めて詳しく話を聞いてみる事にした。 お昼のピーク時を過ぎた頃には3時が近づいてきていた、ミーシャと休憩時間に入り串焼きを買いに行くついでに東側の出入口を見に行くことにした。ミーシャ「ほらご覧よ、700年以上生きてきた経験を重ねて理性と人語を話せるスキルを持つ上級魔獣さん達が出入口の守衛さんにカードを見せてるだろ?あのカードは人に決して危害を加えません、人間の行動に協力しますって約束の印なんだ。 王都が発行する特殊な書類にサインと拇印をして適性が認められた上級魔獣さん達だけがカードを貰えるって話さね、違反したらすぐに王国軍に連絡が入って討伐されるとかいう仕組みらしいわ。 出入口で身分証になるあのカードを提示して人間の姿に化ける事を条件に街に入れるようになるって訳さね。」 実際に東側の出入口へ見に行く事にした、丁度1体のレッドドラゴンが王国軍の守衛に止められている所だった。守衛「だからカードが無きゃ入れないって言ってるでしょ。」レッドドラゴン
-㉙会合の結果- 東側の出入口が開放されて数日、街中の人口密度が一時的に上昇しているこの状況に光がやっと慣れてきた今日この頃、街の掲示板に一際目立つ貼り紙が掲示されていた。『-ネフェテルサ国王・獣人族・鳥獣人族主催 ネフェテルサロックフェス 今年も開催-』 お堅い仕事に就きながらロックが好きな上に全人類平等を日々主張しているこの国の国王が街中に住む獣人族と鳥獣人族と協力して毎年開催しているフェスだそうだ。光の知り合いではパン屋のウェインと、マック・キェルダの双子の兄妹が新聞屋のナルとバンドを組み参加を表明していた。 そんな中、未だ東側の出入口からは上級魔獣や上級鳥魔獣がカードを提示して街に入って来ていた。どうやら今回のロックフェスは彼らの為のイベントらしく、各々に属する者たち同士の交流を主な理由としているものだった。 光がパン屋での仕事を終えると東側の出入口の手前でウェイン、マック、そしてキェルダが誰かを待っている様だった。光「ねぇ、ナルと待ち合わせ?」キェルダ「ああ、光ちゃんか。実はもうすぐあたいら3人の叔父さんが来ることになってんだよ。」光「えっ・・・、3人?!マックとキェルダが双子の兄妹なのは知ってるけど。」ウェイン「俺、こいつらの兄貴なの。そんで俺ら全員鳥獣人族だから。」光「なるほどね・・・、でも鳥獣人族だったら東側の出入口でなくても入れるんじゃない?」マック「俺らの叔父さんはコッカトリス、上級の鳥魔獣なんだ。」 すると、一際煌びやかな翼を羽ばたかせ1匹のコッカトリスが出入口の守衛にカードを提示しスーツ姿の男性に化けて街に入って来た。男性が兄妹に近づいて声を掛けた。男性「皆久しぶりだな、迎えに来てくれたか。」3人「デカルト叔父さん、待ってたよ。」ウェイン「今日はこの後予定あるの?」デカルト「もうそろそろ迎えが来ていると思ったんだが、そう言えばそちらの方は?」光「吉村 光です、3人とは同じパン屋でお仕事頂いております。」デカルト「光さんか、よろしくね。」 すると、街中に真っ黒で長いリムジンが入って来てまさかの国王が隣のバルファイ王国の国王と降りてきてデカルトの元にやって来た。国王「先輩、こちらにいらっしゃいましたか。」デカルト「おう、エラノダ。やっと来たか、早速行こうか。」隣国王「とりあえず早く会合を終わらせましょ
-㉚ロックフェスに向けて-エラノダ「いや、先輩私の台詞ですから。」 エラノダの弱めのツッコミでニュースが終わった瞬間に光の電話が鳴った、林田警部だ。林田(電話)「光さん、報告がありまして。」光「急ですね、唐突にどうされたんですか?」林田(電話)「私と利通、そして先日の板前のえっと・・・。」光「ヤンチさんですか?」林田「そうです、ヤンチ君です。私たち3人でバンドを組むことになりまして、今度のロックフェスを見に来て頂けませんか?」光「いいですけど、どうしてそんな組み合わせに?」林田(電話)「元々親子2人で出ようと話していたんですが、ヤンチ君が参加させてほしいと要望してきましてね、板長さんも推薦してきたんですよ。」光「でも3人共楽器なんて出来るんですか?」林田(電話)「まぁ、何とかなるでしょう。」 電話を切り冷蔵庫を開けて牛乳を1口飲んで学生の時自分もバンドを組んでた事を思い出していた、ただあの時のバンドメンバーとはよくある方向性の違いが理由で解散してしまったのだ。 一方その頃、王宮ではエラノダが他の国王達に相談を持ち掛けていた。自分達も出てみないかと。他の2人もノリ気になって早速練習しようとしていたが、物置に楽器やアンプ等を自分達で取りに行こうとしていた時に場内にいる王国軍の小隊長や大隊長、ましてや将軍クラスの者たちに全力で止められてしまった。将軍「国王様方、ご自分でお持ちになるとお怪我をなされる危険がございます、私共がお部屋までお持ち致しますからこちらに置いて下さいませ。そこのー、大隊長、手伝ってくれ!」 金の鎧の大隊長、そして銀の鎧の小隊長が集まって3人のバンド道具を搬入していった。実はこの3人、昔からバンドを組んで毎年フェスに出場していた。ただ場の空気が変わってしまう事を恐れ正体を隠して出場している。将軍「国王様・・・、あの・・・、恐れ入りますが少々よろしいでしょうか?」エラノダ「どうされました?」将軍「毎年疑問に思っていたですがドラムとベースはどうされているのですか?」エラノダ「今年もこの3人だけでやろうと思っていますが。」 毎年国王達のバンドはギターボーカルのみでベースやドラムが居ないので正直言うと他のバンドに比べたら迫力が無い、そこで将軍がある提案をした。将軍「実は先日より我々でメンバーを組んだのですが、皆音痴ばか
1.「私の秘密-赤鬼-」佐行 院 仕事に追われ1日1日が過ぎてゆき、一般では「花金」と呼ばれる週末。明日からの土日という楽しい2日間をどう過ごそうか、それとも今夜どう楽しもうかを沢山の人たちが考えているこの時間帯、開いている店と言えば飲み屋やコンビニ、そして最近増えてきた24時間営業のスーパーぐらい。他には夜勤で働く人たちがいる工場などがちらほらとあり建物から明かりが漏れている場所がほとんどなく電灯の明かりが優しく照らされる夜の街で独身の冴えない眼鏡女子の会社員、赤江 渚(あかえ なぎさ)は家路を急いでいた。毎日朝の9時から出社しての8時間勤務、1時間休憩を含め18時が定時での退勤なのだがそういう訳にも行かない、金曜日は特になのだが帰り際に上司の取口(とりぐち)部長から必ずと言って良いほど呼び止められて書類を押し付けられ毎日の様に残業が加算されすぎており毎月60時間以上の計算となりため息の日々。正直三六協定はどこへやら・・・。ある週の金曜日、毎度の様に帰り際の渚を取口が呼び止めた。取口「渚ちゃーん、今週も頼むよ、うちのチーム書類が立て込んでいるから進めておかないとね。」渚「はーい・・・。」 正直言ってしまうと原因は取口による書類の記入ミスや漏れによるものなのだが、本人は早々と定時に上がり気の合う仲間と逃げる様に近くの繁華街へ呑みに行ってしまう。今週に至っては残業はタイムカードを切ってから行うようにとも言いだした。何て卑怯な奴なんだと、やはりブラック企業の従業員の扱いは酷いなと身をもって学んだ今日この頃。 そんな中、最近巷で噂になっている事があった。特に地元の暴走族や走り屋を中心になのだが『赤いエボⅢに見つかると警察に捕まる』との事だ。通称『赤鬼』。毎週金曜日の夜に県内の暴走族や走り屋のスポットとなっている山に4WD車1台で行っては暴走行為、走り屋行為をしている奴らを一掃しているらしい。正体は未だ不明で年齢や性別など諸々全てが分かっていない。一部の人間には『赤鬼は警察の人間だ』とも言われている。 会社でもその噂で持ちきりだった。丁度よく今日は金曜日。取口「皆聞いたか、先週の金曜日にまた『赤鬼』が出たらしいぞ。今夜も出るかもな。」女性「怖い、今夜は私も早く家に帰ろう。」渚「何言ってんの、今日も残業でしょ・・・。」女性「噂なんだけどさ、『赤鬼』
2.「最強になるために~社長令嬢の青春奪還物語~」佐行 院-①序章- 私立西野町高等学校、私服登校可能など自由な校風のこの学校に通う宝田 守(たからだ まもる)はまったりとした毎日を友人と共に過ごしていた。1コマ55分の授業を6コマ出席して幼馴染の女の子・赤城 圭(あかぎ けい)と帰る。それが守の日常。他の人と何ら変わらない普通の高校生。因みに、守と圭は同じ1年3組だ。 比較的新しい5階建ての校舎に体育館やグラウンド、また食堂があって皆が各々の時間を楽しく過ごしていた。 部活も勿論存在する。運動部や文化部、そして同行会、沢山ある。因みに守は帰宅部(面倒くさいから)、圭もそうだった。因みに運動部にはクラブハウス(部室棟)があった いつも昼休みは図書室で本を読んで過ごした。読書は大好きだ。自分ひとりの世界に入り込める。ゆっくりと本を読み没頭し、チャイムがなったら教室へと戻って授業。本当に普通の日常。 放課後は必ず寄って帰る場所がある、学校の敷地の一角に佇む「浜谷商店(はまたにしょうてん)」というお店だ。歩いてすぐだから守だけじゃなくて西野町高校に通う生徒はみな好んで寄っている。ご夫婦で経営されているお店で皆顔なじみである。ある意味第二の両親と言っても過言ではない。今日はおばちゃんが担当らしい。 守「おばちゃーん、いつものー。」 おばちゃん「あいよ、あんたもこれ飽きないねぇ。いつもありがとね。」 圭「おばちゃんコーラ無いのー?」 おばちゃん「ごめんねー、裏見てきてもいいかい?」 圭「もう喉カラカラだよー、早くー、死んじゃうよー。」 おばちゃん「そんなんで死ぬわけないだろ、待ってな。」 守は大好きなメンチカツとハムカツを頬張り、圭はコーラをぐいっと飲みながら歩いて帰る。それが僕たちの1日の締めくくりだった・・・、その時が来るまでは。 3学期の終業式の日、事件は起きた。 式を終えホームルームも終わり、守は圭と浜谷商店へと向かっていった。守「あれ食わなきゃ1日が終わらねえよな。」 圭「ウチも早くコーラ飲みたーい。」 守「またかよ、お前好きだよなー。」 いつも通り・・・のはずだった。圭「ねえ・・・、あれ・・・。」 浜谷商店のいつもは開いていた引き戸が完璧に閉まっている。貼り紙が一枚。「お客様各位 日ごろから
-㉚ロックフェスに向けて-エラノダ「いや、先輩私の台詞ですから。」 エラノダの弱めのツッコミでニュースが終わった瞬間に光の電話が鳴った、林田警部だ。林田(電話)「光さん、報告がありまして。」光「急ですね、唐突にどうされたんですか?」林田(電話)「私と利通、そして先日の板前のえっと・・・。」光「ヤンチさんですか?」林田「そうです、ヤンチ君です。私たち3人でバンドを組むことになりまして、今度のロックフェスを見に来て頂けませんか?」光「いいですけど、どうしてそんな組み合わせに?」林田(電話)「元々親子2人で出ようと話していたんですが、ヤンチ君が参加させてほしいと要望してきましてね、板長さんも推薦してきたんですよ。」光「でも3人共楽器なんて出来るんですか?」林田(電話)「まぁ、何とかなるでしょう。」 電話を切り冷蔵庫を開けて牛乳を1口飲んで学生の時自分もバンドを組んでた事を思い出していた、ただあの時のバンドメンバーとはよくある方向性の違いが理由で解散してしまったのだ。 一方その頃、王宮ではエラノダが他の国王達に相談を持ち掛けていた。自分達も出てみないかと。他の2人もノリ気になって早速練習しようとしていたが、物置に楽器やアンプ等を自分達で取りに行こうとしていた時に場内にいる王国軍の小隊長や大隊長、ましてや将軍クラスの者たちに全力で止められてしまった。将軍「国王様方、ご自分でお持ちになるとお怪我をなされる危険がございます、私共がお部屋までお持ち致しますからこちらに置いて下さいませ。そこのー、大隊長、手伝ってくれ!」 金の鎧の大隊長、そして銀の鎧の小隊長が集まって3人のバンド道具を搬入していった。実はこの3人、昔からバンドを組んで毎年フェスに出場していた。ただ場の空気が変わってしまう事を恐れ正体を隠して出場している。将軍「国王様・・・、あの・・・、恐れ入りますが少々よろしいでしょうか?」エラノダ「どうされました?」将軍「毎年疑問に思っていたですがドラムとベースはどうされているのですか?」エラノダ「今年もこの3人だけでやろうと思っていますが。」 毎年国王達のバンドはギターボーカルのみでベースやドラムが居ないので正直言うと他のバンドに比べたら迫力が無い、そこで将軍がある提案をした。将軍「実は先日より我々でメンバーを組んだのですが、皆音痴ばか
-㉙会合の結果- 東側の出入口が開放されて数日、街中の人口密度が一時的に上昇しているこの状況に光がやっと慣れてきた今日この頃、街の掲示板に一際目立つ貼り紙が掲示されていた。『-ネフェテルサ国王・獣人族・鳥獣人族主催 ネフェテルサロックフェス 今年も開催-』 お堅い仕事に就きながらロックが好きな上に全人類平等を日々主張しているこの国の国王が街中に住む獣人族と鳥獣人族と協力して毎年開催しているフェスだそうだ。光の知り合いではパン屋のウェインと、マック・キェルダの双子の兄妹が新聞屋のナルとバンドを組み参加を表明していた。 そんな中、未だ東側の出入口からは上級魔獣や上級鳥魔獣がカードを提示して街に入って来ていた。どうやら今回のロックフェスは彼らの為のイベントらしく、各々に属する者たち同士の交流を主な理由としているものだった。 光がパン屋での仕事を終えると東側の出入口の手前でウェイン、マック、そしてキェルダが誰かを待っている様だった。光「ねぇ、ナルと待ち合わせ?」キェルダ「ああ、光ちゃんか。実はもうすぐあたいら3人の叔父さんが来ることになってんだよ。」光「えっ・・・、3人?!マックとキェルダが双子の兄妹なのは知ってるけど。」ウェイン「俺、こいつらの兄貴なの。そんで俺ら全員鳥獣人族だから。」光「なるほどね・・・、でも鳥獣人族だったら東側の出入口でなくても入れるんじゃない?」マック「俺らの叔父さんはコッカトリス、上級の鳥魔獣なんだ。」 すると、一際煌びやかな翼を羽ばたかせ1匹のコッカトリスが出入口の守衛にカードを提示しスーツ姿の男性に化けて街に入って来た。男性が兄妹に近づいて声を掛けた。男性「皆久しぶりだな、迎えに来てくれたか。」3人「デカルト叔父さん、待ってたよ。」ウェイン「今日はこの後予定あるの?」デカルト「もうそろそろ迎えが来ていると思ったんだが、そう言えばそちらの方は?」光「吉村 光です、3人とは同じパン屋でお仕事頂いております。」デカルト「光さんか、よろしくね。」 すると、街中に真っ黒で長いリムジンが入って来てまさかの国王が隣のバルファイ王国の国王と降りてきてデカルトの元にやって来た。国王「先輩、こちらにいらっしゃいましたか。」デカルト「おう、エラノダ。やっと来たか、早速行こうか。」隣国王「とりあえず早く会合を終わらせましょ
-㉘買い物する魔獣・・・、さん?- 楽しかった宴会から数日が経過し、光は街のパン屋で仕事をしていた。街の中央ではいつも通り噴水が噴き出ている、ただ店前の市場がいつも以上に活気づいていたので街中を歩く人々はルンルンと楽しそうだ。 串焼き屋が数量多く焼いて在庫を大量に作っていたのでこれには光もテンションが爆上がりとなっていた。しかしやけに行列が多い、ランチタイムまで在庫が持ってくれたら良いのだが。 普段光が住む農耕地を中心とした住宅地は街の北側、銭湯は南側、そして先日の『ネフェテルサ王国レース場公園』が西側にある。さて、気になる東側は何なのだろうか。そしてもう1つ気になるのは大人の遊び場は見つけたが子供たちはどこで遊ぶのだろうかという事だ、きっと遊園地的なものがあるんだろうなと想像を膨らませていた。 それにしてもやたらと街中を右往左往するお客さんが多いので光の仕事もいつも以上に忙しくなっていた。 光はさり気なくミーシャに聞いてみた。ミーシャ「そりゃそうさね、今日から2週間は東側の出入口が開くからだよ。上級魔獣さん達がお買い物に来てんだ。」 上級魔獣・・・さん?!お買い物?!どういう事?!そう混乱する光を横目にお客さんは絶えない、ただ実際に東側の出入口に見に行く余裕がない。とりあえず光は仕事を終わらせてから改めて詳しく話を聞いてみる事にした。 お昼のピーク時を過ぎた頃には3時が近づいてきていた、ミーシャと休憩時間に入り串焼きを買いに行くついでに東側の出入口を見に行くことにした。ミーシャ「ほらご覧よ、700年以上生きてきた経験を重ねて理性と人語を話せるスキルを持つ上級魔獣さん達が出入口の守衛さんにカードを見せてるだろ?あのカードは人に決して危害を加えません、人間の行動に協力しますって約束の印なんだ。 王都が発行する特殊な書類にサインと拇印をして適性が認められた上級魔獣さん達だけがカードを貰えるって話さね、違反したらすぐに王国軍に連絡が入って討伐されるとかいう仕組みらしいわ。 出入口で身分証になるあのカードを提示して人間の姿に化ける事を条件に街に入れるようになるって訳さね。」 実際に東側の出入口へ見に行く事にした、丁度1体のレッドドラゴンが王国軍の守衛に止められている所だった。守衛「だからカードが無きゃ入れないって言ってるでしょ。」レッドドラゴン
-㉗運命の出会いの話- ヤンチは少し抵抗した、いくら板長が勧めたからって自分が納得したものを店の商品として出したいらしい。 ヤンチも板長を信頼していた。店を開く前から、いや女将と出会う前からの話だという。板長は唐突に語り始めた。板長「ちょっと昔話にお付き合い頂けますかい。昔、王国軍で料理番と防衛の一部を任されていた一兵卒がいたんです。そいつは仕事と日常に疲れ刺激を求めていましたので定年間近で軍を辞めて冒険者になりました、最初は軍の時に作った貯金で買った装備でゆっくりと採集等の簡単なクエストを進めていたんです。 そんなある日、岩山の上で1人孤独に暮らしていた獣人(ウェアタイガー)がいたんです。そいつは生まれてから孤独の身で親のぬくもりも言葉も知らなかったらしく、ただただ空腹だったみたいなのでそいつに元一兵卒はクエストで捕った魔物の肉を採集で余ったハーブと一緒に焼いて食べさせました。 その味に感動を覚えたらしく獣人はちょこちょこ一兵卒について行くようになり、次第に料理に目覚めていきました。 ただこのままでは一兵卒から料理を学び辛かったからか、獣人はまず言葉を勉強するようになり次第に一兵卒の事を『親父』と呼ぶように・・・。」ヤンチ「親父、やめろよ・・・、照れるだろ!」板長「まぁ、良いじゃないか・・・。おっと失礼、そしてその一兵卒、いや私は獣人のヤンチと小さな屋台を出して暮らして行ったんです、それがこの店の起源でした。 だから私はこいつを信用しているんです。だからこいつの新作、食ってみて頂けませんか、勿論お題は結構ですから。」ヤンチ「でもあれは元々・・・、賄いだし・・・。」板長「良いだろ、それとこれは板長命令だ。」ヤンチ「では・・・、お待ちください・・・。」 ヤンチは調理場へと消えて行った、その間を繋ぐべく板長は焼き肉を続行し光らにビールやお酒を注ぎ続けた。ただその表情は今まで以上に楽しそうに、信頼する息子の成長を楽しみにする父親の様に。 そうこうしている内にヤンチが料理を持って来た、1品目は『黒豚のもみもみ焼き-出汁醤油風味-』。香ばしい香りが光らを楽しませ、薄めの豚肉でご飯を巻くとお代わりが止まらなくなる。隠し味の生姜が手助けしているらしい。 2品目は国産若鶏の混ぜご飯、炙った鶏の切り身を調味料と一緒にふっくらと炊かれた温かなご飯に混ぜて
-㉖豪華な宴会と板前の過去- 貸切った大宴会場で店の女将が日本でも今まで見たことない位の笑顔を見せていた、肌はとてもつるつるで皺1つない印象で年齢を感じさせない。何か秘密があるんだろうか、接客していた女将とは別に若女将が存在しており2人が笑顔で奥から出てきた。女将「何かございまして?」光「あ・・・、いや・・・、女将さんお綺麗な方だなと思いまして。」女将「あらお上手ですこと、でも何も出ませんわよ。」 と言いながら片手に持っていた熱燗をテーブルに置く、どうやらかなり嬉しかったみたいで女将がサービスしてくれた様だ、ただどこから出てきたかは分からないが。若女将「女将、そろそろ・・・。」女将「あら失礼、ではこの辺で一旦失礼致しますわ。」若女将「あれ?また行っちゃった・・・、すみません。では鉄板の電源失礼致しますね。」 知らぬ間に女将は瞬間移動で消えてしまっていた、若女将は気付かなかったらしく首を左右に振っている。一先ず、鉄板の電源を入れ温めだした。 数分後、宴会場の外から女将、若女将、最後に板前の順番に3人が注文したコースのお肉を運んで来た。女将「お待たせいたしました、『特上焼き肉松コース』のA5ランクのサーロインでございます。」板前「1枚ずつお渡しさせて頂きますのでごゆっくりお楽しみください、味付けはシンプルにこちらの岩塩でどうぞ。」 静かで厳格な風貌ながら落ち着きがあり優しさ溢れる口調で板前が説明する、どうやらこの人はここの板長らしい。板前「板長、お待たせしました。」板長「ありがとう、良かったらお客様の前で説明して差し上げて。」板前「は、はい・・・。こ、こちらは・・・、カルビで・・・、ございます。甘く・・・、豊かな脂が・・・、ビールやご飯に・・・、ピッタリでございます。」板前「ハハハ・・・、一応合格にしておこうか。すみませんね、こいつ支店からこの本店に配属になったばかりで緊張しているみたいなんです。でも可愛い奴なんですよ。」 板長は意外と明るい人らしく気軽に声を掛けやすかった。板長「今から2枚目と3枚目のサーロインを焼いていきます。別の鉄板では、ヤンチってんですが、こいつがカルビを焼いていきますのでお好みの味付けでどうぞ。腕は確かなので美味しく焼いてくれると思いますよ。」 ヤンチが別の鉄板にカルビを丁寧に焼いて行った、お肉がゆっく
-㉕緊張の瞬間- ナル、ゲオル、そして光の3人は固唾を飲んで競争水面を走る6艇を見ていた。片手に丸めた出走表を握っている傍でスピーカーから実況の女性の声がしている。実況「おはようございます、このレースから私カバーサが実況を務めて参ります。 先程から川の流れが強くなっている競争水面でスタートライン上には横風が吹いて参りました、現在この状況でも人気は1番と2番(ふたばん)が集めております。 2連単では1番-2番、1番-3番、2番-1番、そして2番-3番がオッズ1桁代での予選競争第4レースです。」 光は他の2人以上に緊張していた、この世界での初レースだからだ。光「ゴクッ・・・、お願い・・・。」 そして、出走表をより強く握りしめた。実況「スロー3艇、123、かまし3艇、456、枠なり3対3での進入です。 進入はインコースから、1番2番3番、4番5番6番で・・・、いまああああ、スタートしました! 全艇横並び一線でのスタートです、1周目の1マーク、逃げる1番ミイダスと3番フォールドの間を4番ナシュラがぐぐぅっと差し込んで参りました!」ゲオル・ナル「4だと?!何だってー?!」光「来た!」実況「バックストレッチ4番ナシュラが抜け出して参りました。艇間離れて2着を1番ミイダスと6番カンミが争っております、なおスタートは全艇正常でした。 1周目の2マーク、先頭4番ナシュラが落ち着いて旋回していきます、2着争いの2艇が回りますがインコースを取った1番ミイダスの外側から6番カンミが来てずぼぉぉぉぉっと大回りして加速しております。 2着争いの2艇が未だ並走している中レースは2週目へと入って参りました。 2周目の1マーク、先頭4番ナシュラが余裕を持って旋回し、どんどん後ろとの差を広げて行く中2着争いの2艇が同時に旋回し外側握った6番カンミがこれまたずぼぉぉぉぉっと抜け出して参りました。 バックストレッチ、先頭4号艇ナシュラが加速していく中、上位3艇が固まって参りました。 2週目の2マーク、先頭4号艇、2番手6号艇、そして3番手1号艇でこのまま行きますと今回大混戦の決着となりそうな第4レースも最終周回へと入ります。 最終周回の1マーク、先頭4号艇に2番手6号艇3番手1号艇の順番で旋回してバックストレッチです。 オッズ2連単、4-6の組み合わせ、267.5
-㉔休日を楽しむ- 銭湯の帰り道、2人は缶ビールを買って歩きながら呑みなおした。ビールを一気に煽ったナルが一言。ナル「いや、幸せです。こんなに楽しい日が待ってるなんて思わなかったな。」光「えっと・・・、どういうことですか?」 光の顔は温泉とビールのお陰でほんのり赤くなっている。ナル「実は初めて会ったあの日、僕仕事が休みだったんですが元々の担当者が急に出れなくなって店長に呼び出されたんです。」光「そうだったんですか・・・、あの日は何か仕事の時間を延ばしたみたいですみませんでした。」ナル「いえ、気にしないで下さい。楽しかったから。」 一瞬シュンとしてしまった光をナルは一言で慰めた。 光はずっと気になっていた事を聞いてみる事にした。光「そう言えば、ナルさんは休日いつも何してるんですか?」ナル「そうですね・・・、ゲオルさんとよく休みが合うので一緒に遊んでます。」光「次、私もご一緒してもいいですか?」ナル「いいですが・・・、休み合いますか?一応、来週の火曜日ですが。」 光はパン屋のシフト表を確認して答えた。光「大丈夫です、行けます。」ナル「では、来週の火曜日に。お楽しみいただければ幸いです。」 そう言うとナルは光を家まで送り自宅へと帰った、本人はルンルンと飛びながら家路を急いだ。 次の火曜日の朝、ナルは光を家まで迎えに行きゲオルの店へと向かった。ゲオルは店の前で待っていた。 光の家は街から北に向かった所にあり、反対にいつもの銭湯は街から南にあった。ただ今日はいつもと違い西の方向に向かって行った、西側にはいつもゆったりとした川が流れていたが街から歩いて行くとけたたましいエンジン音が響き始めた。ゲオル「さぁ、今日は勝たせてもらいますよ!!!」 ゲオルとナルの目が見たことない位に燃えている、看板を見てみると『ネフェテルサ王国レース場公園』とあった。横に場内マップを見ると競輪場、競馬場、ボートレース場、オートレース場が1つの公園に一緒になっていた。 ゲオルとナルはいつもボートレースを選んでいた、2人は出走表を取ると赤ペンを耳に挟み入場料の100円を改札に入れて入って行った。因みに光も日本にいた時やった事があるので違和感は無かった。 場内にはテレビ画面が並びオッズ倍率や先程行われたレースの結果、そして別の画面には展示の結果やリプレイが流れ
-㉓続く食事会- 光はカレーが、そしてナルはトマトが好きすぎて数日に分けて食べる予定だった夏野菜カレーを1日、しかも1食で食べ終わる勢いであった。ただ日本から持って来て『アイテムボックス』に保存しておいたお米が無くなりそうな勢いだった。ナル「ごめんなさい、貴重な食料なのに。美味しすぎちゃってつい・・・。」光「大丈夫ですよ、代用品を作りましょう。」ナル「ご飯以外にカレーに会うものってあるんですか?」光「ずっと米だけじゃ飽きるでしょ、私に任せて下さい。それに私の故郷ではカレールーだけ食べてビールを呑む人までいますので大丈夫ですよ、では作りますか。」 そう言うと光は小麦粉などの材料、そしてヨーグルトを混ぜたパン生地を作り外へ持って行った。光「見よう見まねにDIYで作ったこの子が役に立つ日が来るとはね。」 家の裏に筒状の窯があった、底で薪炭を火属性魔法で燃やし内部は500度ほどになっている。内側に生地を貼り付け数十秒経つと焼きあがりだ。ナル「何ですかこれは。」光「『タンドール』って言う窯なんです、これでパンを焼きます。」ナル「パンですか、それ用の窯なんですか?」光「いや、鶏肉や魚も焼けますよ。外はパリパリ、中はふっくらと焼けるんです。」 ナルが数十秒経過し焼きたてのナンを取り出す。ナル「薄っぺらなパンですね。」光「『ナン』って言うんです、確かゲオルさんのお店にも売ってた様な気がしますが。」ナル「ああ、これですか。結構手軽にできるんですね。」 気を取り直して、あと数枚ナンを焼き家に持ちこんだ。温めなおしたカレーにつけて1口。ナル「これは初めてです、美味しいですね。」 それを聞いて光はナルに微笑みかけた。 一方、トマトと胡瓜のサラダはドレッシングで味変し楽しんでいたが流石にそのまま食べることに飽きてきた。そこでナルが歩いて5分ほどの自宅で手作りしたチーズを加えオリーブオイルとジェノベーゼソースで作ったドレッシングをかけてカプレーゼにした。光の勤め先の店で買ったフランスパンを切ったものに乗せて食べる、これにはナルも驚きを隠せない。ナル「こんな食べ方があるんですね、初めて知りました。」光「『カプレーゼ』って言うんです、簡単に出来るので今度また是非作ってみてください。」ナル「良いですね、ただ母がチーズが苦手なんですが、その場合はどう
-㉒いよいよ収穫- 光は朝一、庭先の家庭菜園を眺めポロっと一言呟いた。光「そろそろ収穫できるかな・・・。」 今日になるまで水やりや草抜きなどのお手入れを欠かさず行い丹精込めて大事に大事に育ててきた野菜たちが美味しそうに実っている。 朝日が照り付け絶好の収穫日和、先日買った麦わら帽子にTシャツ姿になり光は笊を片手に収穫に臨んだ。 まずは真っ赤に熟したトマト、沢山あるので1つ取って試しにつまみ食いしてみる。1口齧るとそこから爽やかで甘酸っぱい果汁がたっぷり口に流れ込み幸せにしてくれる。 そして細長く育った茄子やオクラも収穫、今日は夏野菜カレーにするかとルンルンさせてくれる。完成した料理を想像し腹を空かせながら収穫を進めていった。 胡瓜も育っているのでサラダを作るため収穫することに、お陰で今日のランチは豪華なものになりそうだと微笑んだ。 川沿いの小さな切り株に結んだ紐に持っていた笊を結び付け、そこに胡瓜とトマト、そして缶ビールをおいて川につけ収穫後の楽しみとして冷やしておくことにした。 ニヤニヤしながら収穫していると家の前をたまたま通った新聞屋のナルが声を掛けてきた。以前ゲオルからナルがヴァンパイアだと聞かされたが午前中でも平気でおきているし、普通にカジュアルウェアを着こなしているので実感が湧かない。ナル「光さんおはようございます、収穫ですか?」光「あ、おはようございます。そうなんです、この野菜でカレーを作ろうと思いまして。」ナル「いいですね、僕トマト大好きなんですよ。」 これもゲオルが言っていた様な・・・。ナル「良かったらお手伝いさせて頂けませんか?」光「勿論です、カレーを作った後にあそこで野菜とビールを冷やしているのでご一緒にいかがですか?」 光は川の水で冷やしている野菜の入った笊を指差した。ナル「最高ですね、俄然やる気がしてきました。」光「では、手早く収穫しちゃいましょう。」 2人は手早く、しかし果実を傷つけないように丁寧に収穫を進めてきた。ナルのお陰で思っていた以上にかなり早く収穫が終わった。キッチンに移動して光は収穫した野菜を切っていき、その横でナルは寸胴でお湯を沸かし始めて別に用意したガラスの容器に切ったトマトと胡瓜を入れ冷蔵庫で冷やしておいた。 寸胴にカレールーを入れ溶かしてその横でフライパンで切った野菜を炒めて一