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第4話

食事を終えて八つ星ホテルを出て、背後のホテルの入口で中村薫が数人のスタッフを率いて深々と頭を下げて見送っているのを見た瞬間、森岡翔は世界が突然素晴らしく見えるようになった。

沙織なんてどうでもよかった。

今の自分は、望むなら後宮に美女三千人を集めることだって可能だ。

次は何をしよう?

もちろん、家を買うに決まっていた。

学校の寮なんてとっくに住みたくないと思っていた。四人部屋の寮には、今は二人しか住んでいなかった。残りの二人は彼女ができて、外で部屋を借りていた。

そして、残っているもう一人も彼女といい感じで、出て行く予定だという話も聞いていた。

森岡翔も最初は外でアパートを借りて沙織と一緒に住もうと考えたが、沙織はどうしても同意しなかった。

沙織がたった数日の付き合いで高坂俊朗と寝たことを思い出すと、胸が締め付けられるような痛みを感じた。

「くそっ、あの時無理にでも押し切っておけばよかった。結局、俊朗にいい思いをさせただけじゃないか…」と心の中で悪態をついた。

その時、森岡翔のボロい中古の携帯が鳴り始めた。

携帯を取り出して見ると、ルームメイトの村上祐介からの電話だった。

彼は今や彼女と一緒に外で生活していたが、一年以上一緒に過ごした仲だったので、関係は悪くなかった。

さらに、学校の宿泊費は学費と一緒に支払っていたため、たとえ学校に住んでいなくても宿泊費は払っていた。それで、他の人が住んでいない時には、時々部屋に戻ってゲームをすることもあった。

森岡翔は電話に出た。

「翔、今どこにいる?俺たち三人は今、保健室にいるんだが、佐藤先生が君はもう帰ったって言ってた。君のこと聞いたけど、絶対にバカなことしないでくれよ。前のことは忘れて、新しい出会いが来るって。気分が良くなったら、合コンでもやろうぜ。もっといい子を紹介してやるから」と、村上祐介の焦った声が電話から聞こえてきた。

その言葉に少し気持ちが楽になった、森岡翔は「祐介、何を考えてるんだ?俺がそんなことするわけないだろう。心配するなよ、すぐに戻るから」と言った。

「本当に大丈夫か?」

「本当に大丈夫!」

「じゃあ今どこにいるか教えてくれよ。俺たちが迎えに行くから」

「いや、もう家に帰ってるから。安心して、2、3日で戻るからさ」

「本当か?」

「もちろん本当だ!」

「家に戻って気分転換するのもいいさ。君を愛してくれる家族や俺たち仲間のことも忘れないでね」

「分かったよ、そんなにバカじゃないって!心配するな、じゃあ切るぞ!」

江南インターナショナルマンション。

ここは、江南省で最も高価な物件が揃っていた。

坪あたり1200万円だったから。

もちろん、地理的にも最高の場所だった。

江南インターナショナルマンションは、川に囲まれ、出口は一つだけ、三方を川に囲まれていた。

眺めの良さは言うまでもなかった。

ここには6棟しかなく、各棟は38階建て、最小のユニットでも600坪以上、最大のものは3000坪を超えた。

こここそが、本物の富豪たちが集まる場所だった。

駐車場には高級車がずらりと並び、1000万円以下の車では入るのも恥ずかしいほどだ。

森岡翔は江南インターナショナルマンションの販売センターに向かった。

販売センターに入ると、広々としたホールには五、六人の販売員が集まっておしゃべりをしていたが、森岡翔が入ってきても、誰も近寄ろうとしない。

江南インターナショナルマンションは、すでに3年間販売されていたが、まだ完売していない。あまりにも高価で、最小のユニットでも何億円もするため、誰もが買えるわけではない。

初めて発売された時は、見学者や購入者が多かったが、2年が経ち、買える人はすでに購入していて、買えない人は依然として買えないままだ。

そのため、販売センターの初期のスタッフはほとんどがすでに退職し、多くの販売員は数千万円を手にして去っていった。

何しろ、一つのユニットが億単位するため、わずかの歩合給でもかなりの額になる。当時の歩合給は0.2%だったが、今では1%にまで引き上げられている。それでも、年に2つ売れればいい方なのだ。

多くの人が、ここで基本給を稼ぐために働いている。

森岡翔が入ってくると、彼の服装から家を買いに来たわけではないとすぐに判断し、みんなはおしゃべりを続け、彼に対して全く関心を示さなかった。

森岡翔は気まずくなった。話している人たちは明らかに自分を無視していることに気づいる。受付にも誰もおらず、誰に聞けばいいのかも分からない。

しかし、森岡翔が2、3分立っていると、販売センターのトイレから26、7歳くらいの若い女性が出てきた。

山田佳子は、先月から江南インターナショナルマンションで働き始めたばかりだ。叔父が知り合いに頼み込んで、20万円ものお祝儀を渡して、ようやく入社できたのだ。

彼女は地方出身で、こんな高級な場所で家を売れば大金を稼げると思っていたが、1ヶ月以上が経過しても、まだ一人さえ接客できていない。

1ヶ月以上で見学に来た人は両手で数えるほどしかおらず、入ってきた途端、先輩のスタッフが競って対応してしまい、彼女には全くチャンスがなかった。しかも、彼女が来てから1ヶ月以上、江南インターナショナルマンションでは1戸も売れていなかった。

今日、トイレから出てくると、彼女と年が近い若者がホールに立っているのを見かけた。先輩のスタッフは対応する気がないようなので、彼女は彼に近づいていった。

「お客様、家を見に来られたんですか?」と山田佳子は森岡翔の前に歩み寄り尋ねた。

「はい」と森岡翔が答えた。

山田佳子は内心で喜んだ。ようやく客を案内するチャンスが巡ってきた。

「では、お客様、どのタイプの間取りをご覧になりたいですか?」

「こちらにはどのような間取りがありますか?」

山田佳子は一気に森岡翔に多くの情報を伝えた。

実際にここに残っている部屋は少ないため、森岡翔が選べる物件も限られていた。

最終的に森岡翔は、3号棟22階の1500坪の広いフロアを選んだ。

山田佳子が受付で鍵を受け取り、二人は物件を見に行く。

二人が去った後、ホールではすぐに話題になった。

「あいつ、家を見に来たって?あんな安物の服を着てる奴が?どう見ても貧乏人だろうが。ここがどんな場所か分かってんのか?」

「そうだよ、一坪でもあいつの一生分の稼ぎが必要だ。山田みたいな新人だけがあんな奴を連れて行くんだよ。時間の無駄だ」

「田舎者だから、ここの価格を知らないんだろう。知ったら腰を抜かすんじゃないか、ははは!」

「そうだな、選び終わったら笑いものにしてやろう」

2時間後。

森岡翔と山田佳子は販売センターのホールに戻った。

二人はホールの端の椅子に座り、山田佳子は森岡翔にお茶を淹れた。

「森岡さん、ご覧になってどうでしたか?」

山田佳子は森岡翔の向かいに座って尋ねた。

「特に満足ってわけじゃない。3号棟の場所があまり良くないな、1号棟にはまだ空きがあるか?」

森岡翔は1号棟の場所が最も良いと感じており、どうせ買うなら、金に困っているわけでもないし、最高のものを選ぶつもりだった。

「森岡さん、少々お待ちください。調べてみますね」

山田佳子は手に持っていたタブレットを取り出し、森岡翔のために調べ始めた。

「森岡さん、1号棟は場所が良いので、残っているのは一つだけです。それは最上階にある大型の複式の広いフロアで、1号棟の37階と38階を占めています。1号棟の『王様』と呼ばれる物件で、総面積は4000坪。しかも、価格がかなり高いので、あまりお勧めはしません」

「そうか、見に行けるかな?」森岡翔は価格を聞くことなく、すぐに見に行きたいと言った。

「行くことはできますが…」

「じゃあ、それでいい、先に見に行こう!」と森岡翔は話を遮った。

山田佳子は少し考えた後、「分かりました。森岡さん、少々お待ちください。鍵を取ってきますね」と答えた。

山田佳子が鍵を持って戻り、二人が物件を見に行こうとした時、少し離れたところにいた30代半ばの美しいベテラン社員が話しかけてきた。

「佳子ちゃん、1号棟の『王様』を見に行くの?」と、彼女は近くにいたので二人の会話が聞こえた。

「はい、村上さん」

「佳子ちゃん、これは忠告だけど、ここにある物件は誰でも簡単に見られるわけじゃないのよ。ましてや1号棟の『王様』なんて、全部が海外のマスターによるデザインなのよ。もし壊したら、誰がその損害を補償できるの?」

「村上さん、気をつけます!」

「佳子ちゃん、あなたはここに来たばかりだから、この業界のルールをまだ知らないのよ。この業界では見極めが重要よ。彼を見てみなさい。ここで家を買えるような人に見える?」

村上さんは遠慮なく森岡翔を指さして言った。

「村上さん、私は森岡さんがそんな人じゃないと信じています」

「まあ、言うことを聞かないのなら好きにすればいいけど、でも出てきた後は、必ず床をしっかり拭いて、一切の足跡を残さないようにしてね、分かった?」

「分かりました、村上さん」

山田佳子はそう言い終えると、森岡翔を連れて1号棟の最上階にある「王様」へと向かった。

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