食事を終えて八つ星ホテルを出て、背後のホテルの入口で中村薫が数人のスタッフを率いて深々と頭を下げて見送っているのを見た瞬間、森岡翔は世界が突然素晴らしく見えるようになった。沙織なんてどうでもよかった。今の自分は、望むなら後宮に美女三千人を集めることだって可能だ。次は何をしよう?もちろん、家を買うに決まっていた。学校の寮なんてとっくに住みたくないと思っていた。四人部屋の寮には、今は二人しか住んでいなかった。残りの二人は彼女ができて、外で部屋を借りていた。そして、残っているもう一人も彼女といい感じで、出て行く予定だという話も聞いていた。森岡翔も最初は外でアパートを借りて沙織と一緒に住もうと考えたが、沙織はどうしても同意しなかった。沙織がたった数日の付き合いで高坂俊朗と寝たことを思い出すと、胸が締め付けられるような痛みを感じた。「くそっ、あの時無理にでも押し切っておけばよかった。結局、俊朗にいい思いをさせただけじゃないか…」と心の中で悪態をついた。その時、森岡翔のボロい中古の携帯が鳴り始めた。携帯を取り出して見ると、ルームメイトの村上祐介からの電話だった。彼は今や彼女と一緒に外で生活していたが、一年以上一緒に過ごした仲だったので、関係は悪くなかった。さらに、学校の宿泊費は学費と一緒に支払っていたため、たとえ学校に住んでいなくても宿泊費は払っていた。それで、他の人が住んでいない時には、時々部屋に戻ってゲームをすることもあった。森岡翔は電話に出た。「翔、今どこにいる?俺たち三人は今、保健室にいるんだが、佐藤先生が君はもう帰ったって言ってた。君のこと聞いたけど、絶対にバカなことしないでくれよ。前のことは忘れて、新しい出会いが来るって。気分が良くなったら、合コンでもやろうぜ。もっといい子を紹介してやるから」と、村上祐介の焦った声が電話から聞こえてきた。その言葉に少し気持ちが楽になった、森岡翔は「祐介、何を考えてるんだ?俺がそんなことするわけないだろう。心配するなよ、すぐに戻るから」と言った。「本当に大丈夫か?」「本当に大丈夫!」「じゃあ今どこにいるか教えてくれよ。俺たちが迎えに行くから」「いや、もう家に帰ってるから。安心して、2、3日で戻るからさ」「本当か?」「もちろん本当だ!」「家に戻っ
ドアを開けた瞬間、森岡翔は衝撃を受けた。さすが「王様」と呼ばれるだけあって、豪華絢爛な内装に圧倒された。 森岡翔は、高さ3メートル、横幅10メートル以上もある大きな窓へと歩み寄り、眼下に広がる景色を眺めた。まるで、自分が世界の頂点に立っているかのような、そんな錯覚さえ覚えた。 「森岡様、こちらが1号棟の『王様』でございます。こちらの窓ガラスは、海外から輸入した防弾ガラスで、厚さは10センチあります。通常のミサイルでは、びくともしません。それでいて、この透明度、日当たりも抜群でございます。窓一枚だけでも、軽く2億円はします。そして、天井のシャンデリアも、フランスから輸入したもので、10種類以上の色に変えられるんですよ」 「こちらがキッチンです」 「こちらが寝室です」 「こちらが書斎です」 「こちらがワインセラーです」 「こちらがトイレです」 「こちらがリビングです」 「こちらが娯楽室です」 そして二人は28階へと移動した。 「こちらには室内プールがありまして、毎朝決まった時間に水質検査をしたお水を入れ替えております。浄化された無菌水ですので、直接お飲みいただいても大丈夫でございます」 そう言うと、山田佳子は手で水をすくい、口元に運んでみせた。森岡翔に、この水がいかに綺麗なのかをアピールしたかったのだ。 こうして、物件を見て回るのに1時間以上が経過した。 一通り見終わった後、山田佳子は森岡翔に言った。「森岡さん、先に販売センターに戻って休んでいてください。床を拭いてから、すぐ後を追いかけますので」 そして、山田佳子はタオルを取り出し、床を拭き始めた。 「拭かなくていい。この家、買う」 山田佳子は、森岡翔の言葉を聞いて、手を震わせた。 「も、森岡さん?いま、なんて?」 「だから、拭かなくていいんだって。この家、買うって決めた」 「ほ、本当ですか?」 「ああ、もちろんだ」森岡翔は、きっぱりと言った。 「ありがとうございます!森岡さん!じゃあ、さっそく契約の手続きを…」山田佳子は、興奮を抑えきれない様子で尋ねた。 「ああ、頼む」 二人は販売センターへと戻っていった。 販売センターへと戻る間、山田佳子は、現実感がなかった。 森岡翔が、本当に家を買うと言っていた。 先ほど計
森岡翔はラインの画面を閉じ、ティックトックアプリを開いた! 暇な時、森岡翔はティックトックを見るのが好きだった。 自分がフォローしている配信者、雪薇がライブ配信をしているのを見つけ、森岡翔はアクセスした。 この雪薇は、森岡翔がティックトックでフォローし始めた当初から見ている配信者で、もう一年以上になっていた。 森岡翔は彼女の最初のファンの一人であり、数人しかいなかった頃からずっと応援し続けてきた。今では、彼女のフォロワーは5万人を超えている。 ライブ配信の視聴者も、数人、十数人から始まり、今では200人から300人にまでなっていた。 しかし、森岡翔は一度も彼女にギフトを贈ったことはなかった。ただ、彼女の声と歌が好きで聞いていただけなのだ。 実は雪薇はもっと人気を集めることもできたが、彼女は顔出しせずに声だけのライブ配信をしていた。このような配信は、ティックトックで人気者になるのは難しかった。歌だけを聴きに来る人がどれだけいただろうか?ほとんどの人は可愛い女の子を見に来たのだ。 そのため、声も歌も良いにもかかわらず、彼女は依然として無名で、それほど人気が出ることはなかった。 このところ、相川沙織のことで頭がいっぱいで、森岡翔は雪薇のライブ配信を1ヶ月近く見ていなかった。 ライブ配信にアクセスすると、森岡翔は聞き覚えのある声で歌われる「痴心絶対」という曲を耳にした。 捧げたこの悲しみ、あなたは永遠に知らないでしょう。 なぜ私は無理してまであなたのすべてを愛そうとしたのだろう。 あなたは冷たくも私の心の壁を崩し、扉を閉めて私の涙を静かに数えていた。 森岡翔はこの歌を聞いて、思わず目が潤んだ。 卑しい愛は、いつも実を結ぶことはなかった。 尽くしても尽くしても、最後は何も残らなかった。 一つの歌が終わると、ライブ配信の画面にはまたギフトが飛び交い始めた。 しかし、それはどれも数百円、数千円の小さなギフトばかりで、1万円を超えるものもなかった。 それでも雪薇は一つ一つ、ギフトを贈ってくれた視聴者の名前を読み上げて感謝の言葉を述べた。 彼女はもともと小さな配信者であり、ギフトを送ってくれる人がいるだけでもありがたいことだった。 「心雨さん、ギフトありがとうございます」 「高山さん、ギフトありが
石川雪薇は寮のベッドに横になったが、全く眠れなかった。 今夜は寮のルームメイト3人とも、他の男子寮と合同コンパに出かけてしまっている。 雪薇は体調が悪いと嘘をついて行かなかったが、実際はこういう集まりには滅多に参加しなかった。彼女の家庭環境は他の3人とは比べものにならず、音楽大学に通うために、実家はほぼ財産を使い果たしていた。どうしても断れない時だけ、仕方なく参加する程度だった。 今、雪薇は心から行かなくて良かったと思った。もし行っていたら、このマッチ棒さんの高額スパチャを逃していたところだった。 一度に5200万円ものスパチャは、人気のある配信者でも滅多にないことだ。ましてや、彼女のような小さな配信者にはなおさらだった。 ライブ配信が終わるか終わらないかのうちに、すでにいくつかの配信者事務所から連絡が来ていた。彼女を売り出してランキング上位に押し上げ、有名配信者とコラボ配信をして、マッチ棒さんを刺激したいと。彼の太っ腹な性格からして、ひょっとしたら一度に2億円もスパチャしてくれるかもしれないと。 事務所は、こういう大金持ちの心理を熟知している。大金持ちが一番気にしているのは、もちろんプライドだ。好きな配信者の前で恥をかかせるわけにはいかない。この一点さえ押さえていれば、彼らは惜しみなくお金を使ってくれる。 もちろん、事務所がランキング操作をするのは、お金を落とさせるためだ。彼女自身の手元には、1円も入らないどころか、カモからの投げ銭の一部を事務所に持っていかれることすらある。 しかし、雪薇は断った。彼女はそんなやり方で森岡翔のお金を巻き込みたくなかった。結局、相手は、配信者業界で生きていけなくさせてやると脅迫してきた。 雪薇は、自分のしたことを後悔するかどうか、まだ分からなかった。森岡翔が単なる気まぐれで、もう二度とスパチャしてくれなかったらどうしようという不安もあった。 それに、今回手に入るであろう2000万円以上の収入…彼女は、このお金を有効活用して、どうやって家計を助けるか、考えなければならなかった。 だから、彼女は今夜もきっと眠れなかっただろう。 一方その頃、森岡翔のラインのモーメンツは大賑わいだった。森岡翔が投稿した臨江の夜景写真には、すでに100件以上のコメントがついていた。 あまりに良いアングルだっ
森岡翔は中村薫を連れて、ポルシェのディーラーへと向かった。 二人が店内に入ると、美しい女性販売員が近づいてきた。 彼女は、二人が新車のメルセデス・ベンツGクラスから降りてきたのを見ていた。しかも、森岡翔の服装からして、お金持ちの息子であることを察した。 そこで、とても愛想良く尋ねた。「いらっしゃいませ。お客様、お車をお探しですか?」 「ああ」森岡翔は答えた。 「かしこまりました。どのような車種をお探しでしょうか?」 「ポルシェ911の在庫はあるのか?」 「はい、ございます」 「じゃあ、案内してください」 「こちらへどうぞ」 美人販売員は二人をポルシェ911の展示車へと案内した。 「ただいま、こちらの車種は2台在庫がございます。赤と黒になりますが、どちらをご覧になりますか?」 森岡翔はチラッと見ただけで言った。「この赤いのにする。すぐに請求書を作ってください」 「え?」美人販売員は面食らった。まだ何も見ていないのに、即決?なんてすごいお金持ちだ。 「お客様、ご覧になりませんか?」 「見たよ。この赤いのでいい。かっこいいだろう」 美人販売員はここで長く働いていたが、こんな買い方をする客は初めてだ。外見を一目見ただけで、内装も見ずに請求書作成を依頼してきたなんて。 「かしこまりました。では、こちらへどうぞ」 そして、二人をカウンターへと案内し、森岡翔にこの車の性能について説明し始めた。 「お客様、こちらの赤いポルシェ911は、最新型の最上位モデルでございます。水平対向6気筒ツインターボエンジンを搭載しておりまして…」 説明が終わらないうちに、森岡翔は遮るように言った。「もういい、説明はいいから。いくらなのか、早く言ってくれ」 「オプションのご希望はございますでしょうか?」 「一番いいやつを全部つけといて」 「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」 2分後… 「お客様、合計で6560万円になります」 支払いを済ませた二人は、ロビーのソファに座って手続きを待っていた。 中村薫は、森岡翔が車を買いに来たのは、運転を手伝ってもらうためだと思っていた。さすがに一人で二台も運転して帰れないだろう。なぜ赤い車を選んだのかは分からなかったが、それでも彼女は提案した。 「翔く
「そうだ、薫姉さん、俺と一緒に住まないか?こんなに広い家、一人じゃ住みきれないし、家賃も節約できるだろう?」 森岡翔も、なぜ自分がこんなことを言ったのか分からなかった。考えてみれば、中村薫と知り合ってまだ2日しか経っていない。一緒に住もうなんて誘ったら、失礼にあたるかもしれない。それでも、彼はそう口にしてしまった。しかも、心の中では密かに期待している自分がいた。 実は森岡翔は、相川沙織と付き合っていた時、彼女の前ではいつもおとなしく、彼女の言うことを聞いているだけだった。ほとんど発言権はなかった。 しかし、中村薫といる時は違った。彼女は、何をするにも彼を優先し、どんなことでも彼の意見を聞いてくれた。 男なら誰だって、多少は亭主関白なところがある。女性に自分を立ててほしいと思うのは当然だ。だから、中村薫の振る舞いや話し方は、森岡翔をとても心地よくさせ、彼は無意識のうちに彼女と一緒にいることを好んでいた。 「そんな…いいのかしら?」中村薫は少し戸惑ったように尋ねた。 口ではそう言いながらも、心の中では興奮を抑えきれないでいた。もし一緒に住むことになったら、森岡翔という大木にしっかりとしがみつくことができた。 森岡翔が自分に手を出してくるかどうかは、全く気にしていなかった。むしろ、彼を誘惑しようとさえ考えていた。 中村薫は、子供の頃から自分の意志をしっかり持っている女性だった。高校時代も大学時代も、常に学園のマドンナ的存在で、彼女を慕う男性は後を絶たなかった。中には、イケメンや裕福な家庭の息子もいたが、彼女はすべて断っていた。 つまり、中村薫は今まで一度も恋愛経験がないのだ。彼女は自分が何を望んでいるのかを分かっていた。もし、普通の男性と平凡な人生を送ることを望むなら、恋愛をしても良かった。10人でも20人でも、付き合う相手には困らなかっただろう。 しかし、彼女はそんな人生を望んでいなかった。彼女は自分の価値を実現し、自分の運命、そして家族の運命を変えたいと思っていた。将来、自分の夢を実現してくれるような男性にとって、誰かのものだった女と誰のものでもない女では、天と地ほどの差があるんだ。 だから、彼女は今まで恋愛をせず、この日を待っていたのだ。森岡翔こそ、彼女の人生を変えてくれる存在だ。彼の力があれば、頂点まで登りつめなくてもい
その頃… 金葉ホテル最上階、33階。 会長室の中。 金葉ホテルの支配人、村上洋一は、30代半ばの男性の前に立っていた。 男性は会長の椅子に座り、浅く腰掛けて両足を机の上に投げ出していた。 この男性こそ、金葉ホテルの会長であり、最大の株主である田中鷹雄だった。 「村上、最近、ホテルで何か問題は起きていないか?」田中鷹雄が尋ねた。 彼は江南省に仕事で来ており、ついでにホテルの様子を見に来たのだ。今回はたまたまだったが、普段は年に1、2回しか来ない。 「田中会長、ホテルはすべて順調に稼働しており、売上も順調に伸びています。昨年同期比で約20%増です」村上洋一は答えた。 「そうか。村上、よくやってくれているな。年末のボーナスは倍にする。ホテルの従業員全員のボーナスも、50%アップだ」 「ありがとうございます、田中会長!」村上洋一は深々と頭を下げ、恭しく言った。 「よし、他に報告することがなければ、仕事に戻ってくれ。私はちょっと様子を見に来ただけだ。そろそろ行くから」田中鷹雄はそっけなく言った。 村上洋一は心の中で考えを巡らせ、言った。「田中会長、一つ、ご報告したいことがございます。昨日、お客様がホテルの会員カードを作り、一気に20億円のチャージをされたのですが…」 「ほう?個人名義か?会社名義か?」田中鷹雄は興味を示した。 「個人名義でございます。しかも、昨日だけで3000万円も食事に使われておりまして、毎日一人分の食事を、それも最高級の食材を使って用意しておくようにと指示がありました。もし、彼が来られなかった場合は、破棄するようにと」 「成り金か?年齢はいくつだ?」 「資料によると、21歳で、江南大学の学生のようです」 「21歳?学生?20億円もチャージして食事をする?お前、その客に会ったことがあるのか?」 「田中会長、私は会っておりません。昨日はずっと、ロビーマネージャーの中村薫が担当しておりました」 「ならば、中村薫を呼べ」 「かしこまりました、田中会長!」 村上洋一は無線機に向かって言った。「中村マネージャー、聞こえますか?応答願います!」 しばらくすると、無線機から声が聞こえてきた。「村上支配人、中村マネージャーは午前中に出かけており、まだ戻っておりません」 村上洋一は田中
森岡翔は個室で、世界最高級の料理を味わっていた。 金持ちって、本当に最高だ。 以前は夢にも思わなかったような料理を、今では半分食べて半分残している。 そんな贅沢な食事を楽しんでいると、個室のドアが開いた。 森岡翔は中村薫が来たと思い、「薫姉さん、一緒に食べないか?」と言った。 振り返ると、30代半ばの男性が入ってくるところだった。中村薫は最後尾を歩き、その前には40~50代の男性がいた。中村薫以外、二人とも見覚えのない顔だった。 しかし、中村薫の顔色が悪く、目が少し赤くなっているのを見て、森岡翔は何が起こったのか察しがついた。 「森岡様、初めまして。私はこちらのオーナーの田中鷹雄と申します。お口に合いますでしょうか?何かご要望がございましたら、何なりとお申し付けください。必ずご満足いただけるよう努めさせていただきます」田中鷹雄は、森岡翔の前に歩み寄り、丁寧に言った。 彼は森岡翔に非常に興味を持っていた。食事や遊びに20億円もの大金を使えるとは、しかも、こんなに若くて、きっと、大富豪の息子に違いない。知り合っておいて損はないだろう。 彼はビジネスマンであり、多くの友人がいれば、それだけ多くの道が開ける。金葉ホテルは彼の事業の一つに過ぎず、彼は他にも多くの事業を経営している。もしかしたら、将来、森岡翔や彼の背後にいる一族と協力関係を築けるかもしれない。 「田中社長、どうも。とても満足しています」 「それは何よりです。森岡様は江南大学の優秀な学生だと伺っております。若くて素晴らしいですね」田中鷹雄は、少しお世辞気味に言った。 「ええ。ですが、若くて素晴らしい…なんて、とんでもない。自分の実力は分かっていますから」 「森岡様は謙遜ですね。江南大学は全国でもトップ5に入る名門校です。入学できるのは、将来、各業界で活躍するエリートばかりです。これは私の名刺です。もし、私に何かできることがございましたら、いつでもお電話してください」 田中鷹雄は、金色の名刺を一枚、森岡翔に差し出した。 「田中社長、ちょっとお伺いしたいことがあるんですが…」森岡翔は名刺を受け取りながら言った。 「何でしょうか、森岡様」 「このホテル、売っていただけませんか?」 「え???」田中鷹雄は、予想外の質問に面食らっていた。 田中鷹雄