Share

第487話

Author: リンフェイ
神崎夫人は夫から差し出されたティッシュを受け取り、瞳に溜まった涙を拭いた。そしてやっと口を開いた。「陽君は私の妹と少し似ていたわ。彼のお母様は、唯月さんと言うのだけれど、彼女がちょっと痩せたら、もっと妹にそっくりだわ。

姫華が唯花さんと初めて会った時、なんだか彼女にとても親近感が湧くって言ってた。私が唯月さん親子に会った時にも、姫華と同じような感覚になったわ。

たぶん、それも親戚同士だからなんじゃないかしら。

航さん、今回はたぶん、本当に妹が見つかったんだと思う……」

神崎夫人は妹が早くに亡くなっていることを思い、涙がまた頬を流れた。

「でも、あの子はもうこの世にいないのね。十五年も前に亡くなっていただなんて。だからこんなに長い間探し続けても、見つからなかったわけだわ。他界しているんだから、どこを探しても意味がないはずよね」

夫である神崎航は妻を慰めた。「君は妹なんだろうと感じただけだろう。人と人との縁というのは時に本当に不思議なものだよ。まだ泣くのは早い、DNA鑑定をしてからの話だよ」

一度も会ったことのない義妹がもしも本当に死んでいるのだとしたら、神崎航もとても残念だと思った。

彼が妻と知り合ったばかりの頃、彼女は神崎グループのただの社員だった。その時から妹のことを捜し始めたのだ。

あれから数十年が経っているが、彼女は一度も諦めたことはなかった。子供たちにも手伝ってもらい、彼女の妹捜しは続いていたのだ。

長年の努力と信念が、ある日突然虚しいものへと変わったのだから、妻がそれを受け入れられないのは至極当然のことだ。

「私の直感が教えてくれるの。唯月さんと唯花さんは妹の娘たちなんだって。妹がいなくなってからというもの、あの二人の女の子はとっても辛い日々を過ごして……二人が強く生きてきたおかげでどうにかなったけどね。あの子たちは私と同じようにとっても強い子たちだわ」

彼女は当時たった8歳で幼く、妹を養う力はなかった。

唯月姉妹は彼女よりも少しはマシだった。少なくとも両親が亡くなった時に賠償金が支払われ、クズな親戚たちに大部分を持っていかれはしたが、村役所が二千万を二人のために残してあげていたのだ。当時、唯月は15歳で、なんとか妹の面倒を見て養うことができた。

姫華は母親に唯花は姉にとても良くしていると言っていた。

神崎夫人は、彼女たち姉妹
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Related chapters

  • 交際0日婚のツンデレ御曹司に溺愛されています   第488話

    「私は食欲がないわ」「丸一日、何も飲み食いしていないのに、食欲が出ないのか。私がどれほど心配しているかわかるかい?子供たちだって心配しているんだよ。次男だって君が気落ちしているのを心配して、わざわざ帰ってきたというのに」彼ら神崎家には三人の子供がいる。長男は大人で落ち着いていて、次男は家にじっとしているような性格ではなく自由人だ。一番下は大切に可愛がってきた愛娘だ。以前、毎日のように結城理仁の周りを衛星みたいに付き纏っていた。ここ最近はそれをせず落ち着いている。「ダイエットしてるとでも思ってちょうだい」神崎夫人はベッドに横たわり「私は寝るわ」とひとこと言った。神崎航は彼女の好きにさせるしかなかった。彼女が食べたくないと言うのだから、彼も彼女に食べるよう強制することはできない。彼女は昔からずっと一度決めたらそれを貫く性格だから。娘は彼女に似ていた。長年理仁を想い慕っていて、みんながいくら忠告しても姫華は絶対に諦めなかった。それが超えられない壁にぶつかって、しぶしぶ考えを変えるしかなかった。その夜はそれ以上の会話はなかった。翌日、天はまた小雨を大地に降らせた。もともと少し冷える朝が、雨のせいで余計に冷え込んで寒かった。理仁は先に目を覚ました。隣に寝ている女性は夜中過ぎからぐっと冷え込んでくると、無意識に彼の懐に潜り込み、本当に彼で暖を取っていた。頭を下に向け、まだ自分の体にぴったりとくっついている可愛い妖精を見つめ、理仁の顔はほころんだ。目を開くと真っ先に自分の好きな女性がすぐ傍にいるというのは、こんなに甘く、幸せなことだったのか。唯花を数分間そのまま見つめ続け、理仁はようやく優しく彼女の体を自分から離した。そして、彼女を起こしてしまわないように、音を立てないで、そっとベッドをおりた。窓のほうまで行き、カーテンを開き外の空模様を確認した。雨が降っているので、空は曇りで暗かった。朝のジョギングに出かけるには、あいにくの天気だ。暫くそこに立ったままで、彼は後ろを振り返り窓から離れた。十分後、彼は部屋から出てそのままキッチンへと向かい、一分も経たずにそこからまた出て来た。ベランダに行くと七瀬に電話をかけた。七瀬が電話に出ると、低い声で指示を出した。「七瀬、ホテルに行って三人分の朝食を買ってきて

  • 交際0日婚のツンデレ御曹司に溺愛されています   第489話

    理仁は七瀬に頼んで買って来させた朝食を持ってきて、食卓の上に置き、少し考えてからまたキッチンの中に入っていった。彼は唯花のためにジンジャーティーを入れてあげた。「てっきり朝食は自分で作るのかと思ってたら、なるほどテイクアウトしたものなのね」彼をからかっているような声が聞こえてきた。理仁が振り返って見る必要もなく、それは彼の祖母の声だった。彼は振り向くこともせず、返事もしなかった。「あなた何を作っているの?ショウガの匂いがきついわよ」おばあさんは自分がやりたいようにキッチンに自由に入ってきて、彼に近づくと、鍋の蓋を開けてちらりと見て、またその蓋を閉じた。「なにか進展があったかと思ったけど」おばあさんはぶつくさとひとこと言って、嫌そうな目つきで孫をちらりと一瞥すると、身を翻して離れた。その時、理仁の整った顔がこわばり、耐えきれず自分で自分を弁解した。「俺はもうかなり頑張っている」本来であれば、昨夜は絶好のチャンスだったのだ。それがまさか神様のいたずらに遭ってしまうとは。「もっともっと彼女にアタックしなさいよ。まずは彼女の心を掴むの。唯花ちゃんの両手の指には、なぁにもついていないわよ?」理仁「……」アタックしろと言われても、彼はもう十分努力している。指輪はもうすでに二人分買ってある。彼の分はすでに何回かはめたことがある。しかし、それは神崎姫華を諦めさせるためにしか使っていない。唯花の分は、まだ彼が大切に保管していて、まだ彼女にプレゼントしていない。「私のところにペアのダイヤリングがあるわ。それはあなたのおじい様が生前買ったものよ。本当は私たち夫婦がつけるつもりだったけど、おじいちゃんはダイヤの指輪をたくさん買ったからね、おばあちゃんはそんなにつけられないのよ。ジュエリーを保管している部屋にダイヤの指輪がいくつもあるわ。そこに置いておくのも場所を取るだけだし、あなたにあげるわ。あなたが決めて」おばあさんのジュエリー保管庫にあるものはどれも珍しく高価なものばかりだ。おばあさんが長年つけているダイヤの指輪は結婚指輪で、夫から他にもたくさんダイヤの指輪をプレゼントされても、やはりその結婚指輪がお気に入りだった。「ありがとう、ばあちゃん」理仁はおばあさんのジュエリー保管庫にあるものはどれも外のジュエリー

  • 交際0日婚のツンデレ御曹司に溺愛されています   第490話

    結城坊ちゃんはこの年になるまで、誰かにこんなふうにつねられたことなどないぞ。痛かったじゃないか!「おばあちゃんは起きてる?」唯花は体を起こしてベッドをおりながら彼に尋ねた。彼女はおばあさんがまだ起きてこないうちに、自分の部屋に戻りたいのだ。「起きてるよ」「こんなに早く?」急いで部屋へ戻ろうと思っていた唯花は立ち止まった。「じゃ、私がこの部屋から出てきたら、おばあさんに見つかっちゃうんじゃ……」「俺たちは夫婦だろ」理仁は彼女がこそこそするのは好きじゃなかった。唯花は笑った。「それもそうね、私たちって夫婦なんだし、あやしいことなんかないんだもの。おばあさんが見たらきっと喜ぶし。おばあさんったら、私たちが結婚してからずっと別々の部屋で寝ているのを知ってから、よく私の前であなたを襲えって言ってうるさかったんだからね」理仁は言葉を失い彼女を見つめた。自分の祖母に対しても、彼はとても呆れかえっていた。もちろん、今では感謝の気持ちの方が大きい。おばあさんがうるさく言ってこなければ、彼も唯花と結婚することはなかったのだから。「部屋に戻って着替えてくる。今日何が食べたい?私が作るわ」「もう外で買ってきたから、作る必要ないよ」唯花は彼をまた見て、部屋を出て行った。理仁は顔を暗くした。彼女がここを出る前に彼をまた最後にじっと見つめたのはどういう意味だ?彼が彼女のために朝食を買ってくるのがそんなに意外なのか?太陽が西から昇ってくるみたいに?「おばあちゃん、おはよう」唯花は部屋を出ると、何事もないかのようにおばあさんに挨拶した。「唯花ちゃん、おはよう」おばあさんは慈愛に満ちた瞳で彼女を見つめた。「お腹が空いたでしょ。理仁が朝早く起きて、この冷たい雨が降りしきる寒空の下、頑張ってスカイロイヤルまで行って朝食を買ってきてくれたのよ。彼があなたはあのホテルの料理が大好きだからって」唯花はそれを聞いて心が温かくなった。なんだか大切にされているような感じがする。「私は別に好き嫌いがないから、その辺のコンビニでおにぎりとか、サンドイッチとか適当に買ってきたものでいいのに」おばあさんは笑って言った。「毎日そんなもの食べてちゃ、飽きちゃうでしょ。たまには違うものを食べなくちゃ。ささ、早く着替えていらっしゃい。

  • 交際0日婚のツンデレ御曹司に溺愛されています   第491話

    「ジンジャーティーも作ったんだ。時間がないなら、タンブラーに入れるから一緒に店に持って行って飲んでくれ」唯花は少し意外そうに彼を見つめた。彼が彼女のためにわざわざジンジャーティーまで作ってくれていたなんて。理仁はタンブラーをさっと水洗いし、作っておいたジンジャーティーをその中に入れて、それをまた袋に入れてから彼女に手渡した。「ちゃんと飲んでね」唯花はそのタンブラーの入った袋を受け取り、じいっと彼を見つめてから言った。「行ってきます」それだけで行ってしまった。理仁はその場に立ったまま彼女が出かけるのを見送っていた。おばあさんは彼に「彼女を送ってあげないのかい?」と聞いた。「彼女は出口がどっちかくらいわかってるだろ」おばあさん「……」さっきまで彼が進歩したと褒めようと思っていたのに、結局はまたがっかりさせられてしまった。こいつ、本当に……呆れて言葉も見つからない。「ばあちゃん、彼女のさっき俺を見つめるあの目、たぶん、ばあちゃんがここにいなかったら、きっと俺にキスしてくれたぞ」おばあさん「……」理仁は残念そうにおばあさんの隣に座り、祖母と孫二人で黙々と朝食を食べた。「唯花さん、厚めのコートは着て行かなかったみたいだけど」おばあさんは突然そう言った。理仁は淡々と言った。「彼女に後で持って行くよ」おばあさんは彼がちゃんと話が通じるようになって大変満足した。唯花は急いで出かけたが、姉に電話をするのは忘れなかった。陽の状況を尋ね、姉が会社を休んだと知って、姉の家には行かず、直接店に行った。すでに生徒の登校時間が過ぎた時間だった。彼女はお店を開いた後掃除をした。外は雨が降っているので、店の外には看板やラックなどは置かず、店の中にそのまま置いていて、少し中が狭く感じた。彼女は羽根はたきを持って、本棚のホコリを落とした。数日後には高校生たちは冬休みを迎える。彼女の本屋は基本的に店を閉めて年越しの準備ができる。「唯花さん」聞きなれた声が後ろから聞こえてきた。唯花が後ろを振り向くと、まず目に飛び込んできたのは鮮やかな薔薇の花束だった。その花束を抱えていたのは金城琉生だった。暫くの間彼に会っていなかったら、琉生は少しやつれたようだった。ヒゲも綺麗に剃っておらず、以前のように太陽みたいな男の

  • 交際0日婚のツンデレ御曹司に溺愛されています   第492話

    琉生は辛そうに言った。「唯花さん、あなたが結婚していることはわかってます。だけど、旦那さんとは契約結婚なんでしょう。あなた達はいつか離婚するんだ。俺はあなたが好きです。唯花さん、俺はずっと前からあなたを好きだったんですよ。今は俺のこと、受け入れてもらえないってことはわかってます。俺だってあなたのところに行ったらだめだって、自分を抑えたかったですけど、我慢できません。暇があるとすぐにあなたのことを考えてしまって、頭の中はあなたの声と笑顔でいっぱいです。唯花さん、ただあなたに、俺はあなたを愛してるってわかってほしいだけです」彼はまた花束を唯花の前に差し出し、じいっと彼女を見つめた。「唯花さん、俺、あなたがいつか振り向いてくれるのを待っていてもいいですか?」明凛は彼によく言い聞かせたし、警告もした。それでも琉生はここで諦めることはできなかった。彼は心の底から唯花のことが好きで好きでたまらないのだ。彼も自分が唯花を好きになった時、すぐに彼女に告白しなかったことを後悔していた。もし告白していたら、もしかしたら彼女は知らない男とスピード結婚するという道は選ばずに、彼が大人になるのを待ってくれていたかもしれない。唯花は手を伸ばしてその花束を受け取り、琉生の横を通り過ぎて、その花束を直接店の入り口にあったゴミ箱へ捨ててしまった。そして振り返り琉生に言った。「金城君、自分で出て行く?それとも私に箒で追い出されたい?」「唯花さん!」琉生は悲痛な声を上げた。「俺にそんな冷たい態度取らないでくださいよ。以前はこんなんじゃなかった。以前はずっと俺にとても優しくしてくれましたよね。それなのに、今みたいに冷たくなって、まるで尖ったナイフを体に突きつけられているみたいだ。俺、すごく傷つきました。唯花さん、俺のどこがスピード婚相手に及ばないんですか?俺たちは知り合ってもう十数年経ちます。お互いよく知っている仲なのに、どうして俺を選んでくれないんだ!」明凛は彼に、唯花がどうして彼を選ばなかったのか分析して伝えてある。それは彼女がずっと彼を弟としてしか見ていないからだった。しかし、琉生はまったく聞く耳を持たない。彼は唯花の弟になんかなりたくなかった。彼は彼女の夫になりたいのだ。彼女のたった一人の男に。「私は昔からあなたのことは弟として見てきたか

  • 交際0日婚のツンデレ御曹司に溺愛されています   第493話

    「金城君、私は今夫がいるの。私は彼と結婚しているのよ。確かに私と彼はスピード結婚だけど、でも、今お互いのことを好きになってきたの。私は夫を裏切るようなことはしないわ。それなのにあなたが独りよがりに、私と夫の間に割り込んできて、彼を誤解させて私たちを喧嘩させようとするっていうなら、私とあなたの過去はなかったことにさせてもらうわ。それにそんなことになれば一生あなたを恨み続けて、本当に仇としてあなたを見るわよ」琉生の血の気が引いていき、唯花はため息をついた。彼女は自分が一体いつ、気づかないうちに好きでもなくしつこい人間に気に入られてしまったのか、まったくわからなかった。彼女も言っていたが、彼女がもし金城琉生の自分に対するそんな期待を知っていたら、死んでも絶対に金城琉生には優しくなどしなかったのだ。彼女と明凛は長年の親友で、明凛との交友関係があり琉生とも知り合いになった。彼はずっと彼女のことを「姉さん」と呼んでいたし、彼女は彼よりも3歳年上だ。それでずっと姉としての役でいたのである。だからこんなことになるとはまったく……「金城君」唯花の表情は少しだけ柔らかくなり、言った。「金城君、あなたは太陽みたいにキラキラした男の子だわ。でも私たちはお互いに相応しい相手じゃない。お姉ちゃんから離れてちょうだい。お姉ちゃんも今後あなたには会わないって約束するから。時間と物理的な距離を保って落ち着いた頃には、あなた自身もきっと実は私じゃなきゃいけないわけじゃないって気づくはずだから。諦めて。あなたは何かを失うわけじゃないの、新しい人生がまた始まるのよ。そこからようやくあなたの本当の愛が見つかるわ。金城君、お姉ちゃんのことを好きになってくれてありがとう。あなたにはチャンスをあげられないことを許してちょうだい。だって私は夫のことを愛しているから。一生、彼から離れていかない限り、私は彼から離れるつもりはないわ。私の心は狭いのよ。彼が私の心の中にいるから、他の男性なんて入る隙間がないの。それから、今後は今日みたいなことは絶対にしないでちょうだい。もし次があれば、私は本気で箒を持ってあなたを追い出すわよ。その時は完全に関係を断ち切って、一生会うことはないからね!」琉生は体をふらつかせた。彼は唯花がこんなに残酷だとは思っていなかったのだ。彼女の言葉がど

  • 交際0日婚のツンデレ御曹司に溺愛されています   第494話

    彼らは結婚当初、お互いになんの感情も持っていなかった。まったく知らない相手との交際0日婚なのだ。だから、彼らの結婚は他とはまったく違うので非常に気をかけて生活していかないと、感情が生まれないし一生を共にすることは難しい。唯花は車を運転して行った。琉生も車でその後を追いたかったが、店には彼以外誰もいなかったので、追いかけるのを諦め、唯花の代わりに店番をすることにした。唯花はちょうど高校の前に差しかかるカーブの道で神崎姫華の車に出くわした。お互いの車は危うくぶつかってしまうところだった。双方は共に急ブレーキをかけて、衝突は免れた。姫華は車の窓を開き、ひとこと怒鳴ろうとしたが、相手が唯花の車であることに気づき、彼女を呼んだ。「唯花、どこに行くの?」唯花もまさか相手が姫華だとは思っていなくて驚いた。姫華が運転する車の助手席に中年くらいの綺麗な女性が座っているのを見て、恐らくそれが神崎夫人だろうと思った。彼女はこの親子二人に会釈をして言った。「姫華、ちょっと急用があって急いでいるの。明凛が熱を出して病院に行ってて、お店には誰もいないのよ。申し訳ないんだけど、ちょっとの間だけお店を見ててくれないかしら?」「唯花、私……わかったわ、先にその用事を済ませていらっしゃい」姫華は母親を連れてきて唯花に一緒にDNA鑑定をしてほしいとお願いに来たと言いたかったが、唯花がすごく焦っている様子を見て、なにか急ぎの用があるのだろうと思い、その言葉を呑み込んだ。そして唯花に代わって店番をしてあげることにした。唯花は再び車を出し、すぐに他の車の流れに入っていった。この時間帯はちょうど出勤時間で、交通量が非常に多かった。ほとんどの道で渋滞していた。相当焦っているというのに。自分はスーパーウーマンでもないから、空をひとっ飛びして結城グループに行くことなどできない。こんなことになるなら、電動バイクで出勤すればよかった。自動車は雨に濡れる心配はないが、容易に渋滞に巻き込まれてしまう。それだったら、二輪車で行ったほうがまだマシだ。渋滞に巻き込まれている中、唯花はひたすら理仁に電話をかけ続けた。が、彼は一度も出ない。メッセージを送っても、まったく返信をしない。これには身に覚えがある。彼が彼女に怒って誤解すると、いつもこんな感じで

  • 交際0日婚のツンデレ御曹司に溺愛されています   第495話

    しかし、理仁は暗い顔をしながら、九条悟のことは無視して突風が過ぎるかのように彼の前を勢いよく通り過ぎていった。この時、悟は理仁が氷のように冷たい声で木村に命令するのだけが聞こえた。「全ての役員に会議を開くと通達しろ!」これは大地震の予感?と悟は思った。「かしこまりました」木村は悟よりも反応が早かった。悟のほうは親友のあの怒りに満ちた顔に驚いて動けなかったのだ。理仁はそのまま社長オフィスに入り、二分も経たず、また中から吹き荒れる強風の如く出て来て先に会議室へと向かった。悟は今度は彼に続いていった。会議室にはまだ誰も来ていなかった。今日はそもそも会議を予定していなかったのだ。しかし、理仁が木村を通して管理職役員たちに会議を通達した。これは、何か荒れる予感だぞ!理仁は会議室に入ると、自分の席に腰を下ろし、冷たい顔で管理職の面々が到着するのを待った。悟は一瞬戸惑い、彼の隣まで来ると椅子を引いて座った。「理仁、何があったんだよ?朝っぱらから、また誰が君を怒らせたんだ?」彼は理仁に近づき、探るように尋ねた。「奥さんと喧嘩でもしたのか?」以前、理仁が唯花と誤解があって喧嘩した時も、彼はこのような表情だった。その時は会社の中は数日間荒れ、結局おばあさんが関わることで夫婦仲が改善し、会社に立ち込めていた暗雲はやっと去り晴れたのだった。理仁は何も言わず、携帯を取り出してLINEを開き、唯花から送られてきたメッセージを見た。その内容はさっきの出来事を彼に説明するものだった。彼女と琉生は別にあやしい関係ではないと。そして、彼に琉生が彼女に告白してきたが、彼女はそれを断り、彼に自分を諦めてもらうために話をしていただけだと伝えた。彼女は本当に理仁に対して、何も人に言えないようなことなどしていないのだ。彼女も別に次の男を探しているわけではない。彼女に次の男など存在しない、唯花にとって理仁が一生で唯一の存在なのだから!金城琉生の野郎、彼女に告白しやがった!あのまだ未熟な青二才が、彼女が結婚していると知りながら告白してくるとは、これは堂々と、理仁に喧嘩を売りにきたのと同じことだぞ!「悟、俺たちは金城グループと何か業務提携をしているか?」「本社は別にないけど、傘下の子会社ならあるぞ」「だったらその子会社

Latest chapter

  • 交際0日婚のツンデレ御曹司に溺愛されています   第560話

    「唯花さん、どうしたんだ?」理仁は彼女の異様な様子に気づき、急いで近寄ってベッドの端に腰をおろした。そして手を伸ばして彼女の身体に当て心配そうに尋ねた。「具合が悪いの?」「お腹が痛いの」「お腹が?もしかして夜食を食べた時に、食べ過ぎで痛くなったの?」唯花は彼をうらめしそうに見ていた。「違うの?だったら、どうしてお腹が痛くなった?」唯花は体の向きを変えて彼に背を向けた。「あなたにはわからないわ。ちょっと横になって我慢してたら良くなるわよ」理仁は眉をひそめた。彼は立ち上がって、すぐに腰を曲げ唯花をベッドから抱き上げた。そして整った顔をこわばらせて言った。「俺には医学的なことはわからない。でも医者にならわかるだろう。病院に連れて行くよ。我慢なんかしちゃだめだ。もし何かおおごとにでもなったら、後悔してももう遅いだろ」「病院なんか行かなくていいの。私はその……月のものが来ただけよ。だからお腹が痛くなったの」理仁「……月のもの……あ、あー、わ、わかったよ」彼は急いで唯花をまたベッドに寝かせた。「どうして痛くなるんだ?」彼は女性が生理中にお腹が痛くなるということを知らなかった。彼の家には若い女の子はいないのだ。両親の世代には女性がいるが、若い女性には今まで接したことがない。そう、だから本気でこんなことは知らなかったのだ。唯花が生理になった当日は、彼は彼女にジンジャーティーを入れてあげたが、あれは彼が以前、父親が母親にそのようにしてあげていたのを見たからだった。それで女性は生理中にはジンジャーティーのようなものをよく飲むのだと理解していた。「たぶん昼間たくさん動いたし、寒かったし、それで痛くなったんだわ。またジンジャーティーでも作ってくれない?」「わかった。暫く耐えてくれ。すぐに作ってくるから」理仁はすぐにジンジャーティーを作りに行った。キッチンで彼は母親に電話をかけた。「理仁、お母さんは寝ているぞ。何か用があるなら明日またかけてくれ」電話に出たのは父親のほうだった。「父さん、母さんを起こしてくれないか?ちょっといくつか聞きたいことがあるんだ」「聞きたいことって、今じゃないとダメなのか?言っただろ、母さんはもう寝てるんだって。彼女を起こすな。何だ、どんな問題なんだ?父さんに言ってみろ、解決できるかも

  • 交際0日婚のツンデレ御曹司に溺愛されています   第559話

    俊介はかなり怒りを溜めていた。一方、唯花のほうは今日、かなりスッキリしているようだ。夫婦二人が姉の賃貸マンションから出て来た後、唯花はずっと笑顔だった。理仁は可笑しくなって彼女に言った。「そんなに豪快に笑ってないでよ。お腹が痛くなるよ」「笑いでお腹が痛くなるっていうなら、ウェルカムよ。今頃、佐々木俊介はあの家に帰ってる頃よ。あいつ家に着いてどんな反応をしたかしらね?絶対入る家を間違えたって思ってるわよ。あはははは、あいつの反応を想像しただけで、思わず笑いが込み上げてくるわ。またちょっと大笑いさせて、あはははははっ……」理仁も彼女につられて笑ってしまった。そして危うく街灯にぶつかってしまうところだった。驚いた彼は急いでハンドルを切り、それをなんとかかわした。唯花もそれに驚いて笑いを止めた。安全運転になってから唯花は言った。「理仁さん、あなたの運転技術は如何ほどなの?下手なら、今後は私が運転するわ。私運転は得意なのよ。カーレースだって問題ないわ」「俺は18歳の時に免許を取ったもう熟練者だぞ。さっきはちょっとした事故だ、笑いすぎて集中力が落ちてたんだよ」唯花「……まあいいわ。もう言わないから、運転に専念してちょうだい」彼女は後ろを向いて後部座席に座っているおばあさんを見た。おばあさんが寝てしまっているようだから、夫に注意した。「おばあちゃん、寝ちゃったみたい。音楽をちょっと小さくして」清水はまだ唯月の家にいて、一緒に帰ってきていないのだった。理仁は彼女の指示に従った。そして唯花はあくびをした。「私も眠くなってきちゃった」「もうすぐ家に着くよ」「ちょっと目を閉じてるから、家に着いたら起こしてね」「君は一度目を閉じたら朝までその目を覚まさないだろうが。寝ないで、あと十分くらいだから。おしゃべりしていよう」唯花は横目で彼を見た。「あなたとおしゃべりしたら、優しい神様ですら飽きて寝ちゃうかもしれないわよ」理仁「……」暫くして、彼は言った。「唯花さん、俺は大人になってから、君を除いて俺にそんなショックを与えられる人間は一人もいなかったよ」「私は事実を述べただけよ」唯花は座席にもたれかけ、携帯を取り出してショート動画を見始めた。ショート動画によってはとても面白いので、眠気も全部消えてしまった。そし

  • 交際0日婚のツンデレ御曹司に溺愛されています   第558話

    俊介「……こんなにあるゴミも片付けてねぇじゃねえか!」唯月は可笑しくなって笑って言った。「私が当時、内装を始めた時には同じようにゴミが散らかっていたじゃないの。それは私がお金を出してきれいに片付けて掃除してもらったのよ。その時に使ったお金もあんたは私にくれなかったじゃないの。今日、それも返してもらっただけよ」「人を雇って掃除してもらったとしても、いくら程度だ?そんなちっぽけな金額ですらネチネチ俺に言ってくるのかよ」「どうして言っちゃいけないの?あれは私のお金よ。私のお金は空から降ってきたものじゃあないのよ。どうしてあんたにあげないといけないのよ。一円たりともあんたに儲けさせたりするもんか」俊介「……」暫く経ってから、彼は悔しそうに歯ぎしりしながら言った。「てめぇ、そっちのほうが性根が腐ってやがる!」「私はただ私が使ったお金を返してもらっただけよ。そんなにひどいことしてないわ。あんたが当時、自分のお金で買った家と同じものにしてやっただけでしょ」俊介は怒りで力を込めて携帯を切ってしまった。そして、携帯を床に叩きつけようとしたが、莉奈がすぐにその携帯を奪いにいった。「これは私の携帯よ、壊さないでよね」「クッソ、ムカつくぜ!」俊介はひたすらその言葉を繰り返すだけで、成す術はなかった。唯月の言葉を借りて言えば、彼女はただ自分が内装に使ったお金を返してもらっただけだ。彼が買ったばかりの家はまだ内装工事が始まる前のものなのだから、誰を責めることができる?「俊介、これからどうするの?」莉奈も唯月は性根の腐った最低女だと思っていた。なるほど俊介が彼女を捨ててしまうわけだ。あんな毒女、今後一生お嫁には行けないだろう。莉奈は心の中で唯月を何万回も罵っていた。「こんな家、あなたと一緒に住めないわ」彼女は豪華な家に住みたいのだ。「私もマンションは大家さんに返しちゃったし、私たちこれからどこに住むの?」俊介はむしゃくしゃして自分の頭を掻きむしって、莉奈に言った。「ホテルに行こう。明日、部屋を探してとりあえずそこを借りるんだ。この家はまた内装工事をしよう。前は唯月の好みの内装だったことだしな。また内装工事するなら、俺らが好きなようにできるだろ。莉奈、君のところにはあといくらお金がある?」莉奈はすぐに返事をした。「

  • 交際0日婚のツンデレ御曹司に溺愛されています   第557話

    「ドタンッ」携帯が床に落ちた時、画面がひび割れてしまった。俊介は急いで屈んで携帯を拾い、携帯の画面が割れてしまったことなど気にする余裕もなく、再び部屋の中を照らして見渡してみた。莉奈も携帯を取り出して、フラッシュライトで彼と一緒に部屋の状況を確認するため照らしてみた。豪華な内装がないだけでなく、ただの鉄筋コンクリートの素建ての家屋にも負けている。「俊介、やっぱり私たち入る家を間違えてるんじゃないの?」莉奈はまだここは絶対に自分たちの家ではないと希望を持っていた。俊介は奥へと進みながら口を開いた。「そんなわけない。間違えて入ったんじゃない。それなら、この鍵じゃここは開かないはずだ。ここは俺の家だ。どうしてこんなことになってるんだ?うちの家電は?たったのこれだけしか残ってないのか?」俊介の顔がだんだんと暗い闇に染まっていった。彼は食卓の前に立った。このテーブルは彼がお金を出して買ったものだ。この時、頭の中であることが閃いた。俊介はようやく理解したのだ。唯月の仕業だ。「あのクッソ女ぁ!」彼はどういうことなのか思いつき、そう言葉を吐きだした。「あいつが俺の家をこんなにめちゃくちゃにしやがったんだ!」俊介がこの言葉を吐いた時、怒りが頂点に達していた。莉奈はすぐに口を開いた。「早く警察に通報してあの女を捕まえてもらいましょう。賠償請求するのよ。あなたの家をこんなふうにしてしまったんだから、どうしたって内装費用を要求しなくっちゃ」内装費?俊介は警察に通報しようと思っていたが、莉奈の言った内装費という言葉を聞いて、すぐにその考えを捨ててしまった。そして、警察に通報しようとしていたその手を止めた。「どうして通報しないの?まさかしたくないとでも?まだあの女に情があるから?」莉奈は彼が電話をかけたと思ったらすぐに切ってしまったのを見て、とても腹を立て、言葉も選ばず厳しく責めるような言い方をした。彼女は自分が借りていたあの部屋はもう契約を解消してしまったし、全てを片付けて彼と一緒にこの家に帰ってきたのだ。ここに着くまでは、豪華な部屋に住めると思っていて、家族のグループチャットにキラキラした自分を見せつけようと思っていたというのに。結果、目に入ってきたのは素建ての家屋にも遠く及ばない廃れ果てた家だったのだ

  • 交際0日婚のツンデレ御曹司に溺愛されています   第556話

    「私たちの家は何階にあるの?」「十六階だよ」俊介は莉奈のスーツケースを車から降ろし、それを引っ張って莉奈と一緒にマンションの中へと入っていった。エレベーターで、ある知り合いのご近所さんに出くわした。彼らはお互いに挨拶を交わし、そのご近所さんが言った。「佐々木さん、あなたの奥さん、午後たくさんの人を連れて来てお引っ越しだったんでしょ?どうしてまたここに戻ってきたんですか?」「彼女は自分の物を引っ越しで運んで行っただけですよ」相手は莉奈をちらりと見やり、どういう事情なのか理解したようだった。そして俊介に笑いかけて、そのまま去っていった。なるほど、この間佐々木さんが奥さんに包丁で街中を追い回されていたのは、つまり不倫していたからだったのか。夫婦二人はきっと離婚したのだろう。唯月が先に引っ越していって、俊介が後から綺麗な女性を連れて戻ってきたのだ。もし離婚していないなら、ここまで露骨なことはしないだろう。「さっきの人、何か知っているんじゃないの?」莉奈は不倫相手だから、なかなか堂々とできないものなのだ。俊介は片手でスーツケースを引き、もう片方の手を彼女の肩に回し彼女を引き寄せてエレベーターに入っていった。そして微笑んで言った。「今日の午後、俺が何しに行ったか忘れたのか?あの女と離婚したんだぞ。今はもう独身なんだ。君は正式な俺の彼女さ、あいつらが知ってもなんだって言うんだ?莉奈、俺たちはこれから正々堂々と一緒にいられる。赤の他人がどう言ったって気にすることはないさ」莉奈「……そうね、あなたは離婚したんだもの」彼女は今後一切、二度とこそこそとする必要はないのだ。エレベーターは彼ら二人を十六階へと運んでいった。「着いたよ」俊介は自分の家の玄関を指した。「あれだよ」莉奈は彼と一緒に歩いていった。俊介は預けてあった鍵をもらって、玄関の鍵を開けた。ドアを開くと部屋の中は真っ暗闇だった。彼は一瞬ポカンとしてしまった。以前なら、彼がいくら遅く帰ってきても、この家は遅く帰ってくる彼のためにポッと明りが灯っていたのだ。今、その明りには二度と火が灯ることはない。「とっても暗いわ、明りをつけて」莉奈は俊介と部屋の中へ入ると、俊介に電気をつけるように言った。俊介はいつものようにドアの後ろにあるスイッチ

  • 交際0日婚のツンデレ御曹司に溺愛されています   第555話

    賑やかだった午後は、暗くなってからいつもの静けさへと戻った。唯月は結婚当初、この家をとても大切に多くのお金を使って内装を仕上げた。それが今や、彼女が当時買った家電は全て持ち出してきてしまった。そして、新しく借りた部屋には置く場所がなかった。彼女は中からよく使うものだけ残し、他のものは妹の家にではなく、中古として売ることにした。それもまた過去との決別と言えるだろう。唯月が借りた部屋はまだ片付けが終わっていなかったので、料理を作るのはまだ無理で、彼女はみんなを連れてホテルで食事をすることにした。そして、その食事は彼女がまた自由な身に戻ったお祝いでもあった。唯月のほうが嬉しく過去と決別している頃、俊介のほうも忙しそうにしていた。夜九時に成瀬莉奈が借りているマンションへとやって来た。「莉奈、これだけなの?」俊介は莉奈がまとめた荷物はそんなに多くないと思い、彼女のほうへ行ってスーツケースを持ってあげて尋ねた。「もう片付けしたの?」「普段は一人暮らしだから、そんなに物は多くないのよ。全部片づけたわ。要らない物は全部捨てちゃったの」莉奈はお気に入りのかばんを手に持ち、それから寝る時に使うお気に入りの抱き枕を抱えて俊介と一緒に外に出た。「この部屋は契約を解消したわ」「もちろんそれでいいよ。俺の家のほうがここよりもずっと良いだろうし」「あの人はもう引っ越していったの?」莉奈は部屋の鍵をかけて、キーケースの中からその鍵だけ外し、下におりてから鍵をそこにいた人に手渡した。その人は大家の親戚なのだ。「もう大家さんには契約を解消すると伝えてあります。光熱費も支払いは済ませてありますから。おじさん、後は掃除だけです。部屋にまだ使える物がありますけど、それは置いたままにしています」つまり、その人に掃除に行って、彼女が要らなくなったまだ使える物を持っていってくれて構わないということだ。おじさんは鍵を受け取った後、彼の妻に掃除に行くよう言った。俊介はスーツケースを引いて莉奈と一緒に彼の車へと向かい、歩きながら言った。「暗くなる前に、あいつから連絡が来たんだ。もう引っ越したってさ」同時に唯月は彼女の銀行カードの口座番号も送っていた。今後、彼に陽の養育費をここに振り込んでもらうためだ。そして彼女は俊介のLINEと携帯番号を全て削

  • 交際0日婚のツンデレ御曹司に溺愛されています   第554話

    理仁は悟のことを好条件の揃った男じゃなかったら、彼女の親友に紹介するわけないと言っていた。確かに彼の話は信用できる。一方の悟は、来ても役に立てず、かなり残念だと思っていた。彼が明凛のほうを見た時、彼女はみんなが荷物を運ぶのを指揮していたが、悟が来たのに気づくと彼のもとへとやって来た。そして、とてもおおらかに挨拶をした。「九条さん、こんばんは」「牧野さん、こんばんは」悟は微笑んで、彼女に心配そうに尋ねた。「風邪は良くなりましたか?」「ええ。お気遣いありがとうございます」唯花はそっと理仁を引っ張ってその場を離れ、悟と明凛が二人きりで話せるように気を利かせた。そして、唯花はこっそりと夫を褒めた。「理仁さん、あなたのあの同僚さん、本当になかなかイイじゃない。彼も会社で管理職をしているの?あなた達がホテルから出て来た時、彼も一緒にいるのを見たのよ」「うん、あいつも管理職の一人だ。その中でも結構高い地位にいるから、みんな会社では恭しく彼に挨拶しているよ」そしてすぐに、彼は唯花の耳元で小声で言った。「悟は誰にも言うなって言ってたけど、俺たちは夫婦だから言っても問題ないだろう。彼は社長の側近なんだ。社長からかなり信頼されていて、会社の中では社長の次に地位の高い男だと言ってもいいぞ」唯花は目をパチパチさせた。「そんなにすごい人だったの?」理仁はいかにもそうだといった様子で頷いた。「彼は本当にすごいんだ。職場で悟の話題になったら、誰もが恐れ敬ってるぞ」唯花は再び悟に目を向けた。しかし、理仁は彼女の顔を自分のほうに向けさせ、素早く彼女の頬にキスをした。そして低い声で言った。「見なくていい、俺の方がカッコイイから」「彼って結城家の御曹司に最も近い人なんでしょ。だからよく見ておかなくちゃ。結城社長の身の回りの人がこんなにすごいんだったら、社長自身もきっとすごい人なんでしょうね。だから姫華も彼に夢中になって諦められなかったんだわ」理仁は姿勢を正して、落ち着いた声で言った。「悟みたいに優秀な男が心から補佐したいと思うような相手なんだから、結城社長はもちろん彼よりもすごいに決まってるさ」「お姉ちゃんのために佐々木俊介の不倫の証拠を集めてくれた人って、彼なんでしょう?」理仁「……」彼は九条悟が情報集めのプロだということを彼女

  • 交際0日婚のツンデレ御曹司に溺愛されています   第553話

    部屋の中から運び出せるものは全て運び出した後、そこに残っている佐々木俊介が買った物はあまり多くなかった。みんなはまた、せかせかと佐々木俊介が買った家電を部屋の入り口に置いて、それから内装の床や壁を剥がし始めた。電動ドリルの音や、壁を剥がす音、叩き壊す音が混ざりに混ざって大合唱していた。その音は上の階や階下の住人にかなり迷惑をかけるほどだった。唯月姉妹二人は申し訳ないと思って、急いで外に行ってフルーツを買い、上と下のお宅に配りに行き謝罪をし、暗くなる前には工事が終わることを伝えた。礼儀をもって姿勢を低くしてきた相手に対して誰も怒ることはないだろう。内海家の姉妹はそもそも上と下の住人とはよく知った仲で、フルーツを持って断りを入れに来たので、うるさいと思っても住人たちは暫くは我慢してくれた。家に子供がいる家庭はこの音に耐えられず、大人たちが子供を連れて散歩に出かけて行った。姉妹たちはまたたくさん食べ物を買ってきて、家の工事を請け負ってくれている人たちに配った。このような待遇を受けて、作業員たちはきびきびと作業を進めた。夕方になり、外せるものは全て外し、外せないものは全て壊し尽くした。「内海さん、出たごみはきれいに片付けますか?」ある人が唯月に尋ねた。唯月はぐるりと一度部屋を見渡して言った。「必要ありません。当初、内装工事を始めた時、かなりお金を使って綺麗に片付けてもらいましたから。これはあの人たちに自分で片付けてもらいます。私が当初、人にお願いして掃除してもらった時に払ったお金とこれでチャラになりますからね」唯花は部屋の中をしげしげと見て回った。壁の内装もきれいさっぱり剥がして、床もボロボロにした。全て壊し尽くしてしまった。姉が掃除する必要はないと言ったのだから、何もする必要はないだろう。これは佐々木俊介たちが自分で掃除すればいいのだ。「明凛、あなたの話を聞いてよかったわ。あなたの従兄に作業員を手配してもらって正解ね。プロの人たちだから、スピードが速いのはもちろん、仕上がりもとても満足いくものだわ」明凛は笑って言った。「彼らはこの道のプロだから、任せて間違いなかったわね」「彼らのお給料は従兄さんに全部計算してもらって、後から教えてちょうだい。お金をそっちに入金するから」明凛は頷いた。「もう従兄には言ってあ

  • 交際0日婚のツンデレ御曹司に溺愛されています   第552話

    「あ、あなたは、あの運転代行の方では?」唯花は七瀬に気づいて、とても意外そうな顔をした。七瀬は良い人そうにニカッと笑った。「旦那さんに名刺を渡して何かご用があれば声をおかけくださいと伝えてあったんです。仕事に見合うお給料がいただければ、私は何でもしますので」唯花は彼が運転代行をしていることを考え、代行運転の仕事も毎日あるわけじゃないから、アルバイトで他のことをやっているのだろうと思った。家でも暇を持て余して仕事をしていないのではないかと家族から疑われずに済むだろう。「お手数かけます」「いえいえ、お金をもらってやることですから」七瀬はそう言って、すぐに別の同僚と一緒にソファを持ち上げて運んでいった。明凛は何気なく彼女に尋ねた。「あの人、知り合い?」「うん、近所の人よ。何回か会ったことがあるの。普段は運転代行をしているらしくて、理仁さんが前二回酔って帰って来た時は彼が送ってくれたのよ。彼がアルバイトもしてるなんて知らなかったけどね。後で名刺でももらっておこう。今後何かお願いすることがあったら彼に連絡することにするわ。彼ってとても信頼できると思うから」陽のおもちゃを片付けていたおばあさんは、心の中で呟いていた。七瀬は理仁のボディーガードの一人だもの、もちろん信頼できる人間よ。人が多いと、作業があっという間に進んだ。みんなでせかせかと働いて、すぐに唯月がシールを貼った家電を外へと運び出した。唯月と陽の親子二人の荷物も外へと運び出した。「プルプルプル……」その時、唯花の携帯が鳴った。「理仁さん、今荷物を運び出しているところよ」唯花は夫がこの場に来て手伝えないが、すごく気にかけてくれていることを知っていて、電話に出てすぐ進捗状況を報告したのだった。理仁は落ち着いた声で言った。「何台かの荷台トラックを手配したんだ。きっともうすぐマンションの前に到着するはずだよ。唯花さんの電話番号を運転手に伝えておいたから、後で彼らに会って、引っ越し荷物を義姉さんの新しいマンションまで運んでもらってくれ。もし義姉さんのマンションに置く場所がなければ、とりあえずうちに荷物を置いておいていいから」彼らの家はとても広いし、物もそんなに多くないのだ。「うん、わかったわ。理仁さん、本当にいろいろ気を配ってくれるのね。私たちったら

Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status