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第3話

Author: 赤くない柿
last update Last Updated: 2024-12-17 10:39:42
これが娘の最後の切り札だった。

田村美蘭良は夫の姉で、若い頃は遊び好きで、結婚もせず子どもも持たなかった。

かつて夫が病気になった時、彼女は一度も見舞いに来ず、お金を貸してくれることもなかった。

しかし、夫が医療事故で亡くなった時には突然現れて、遺産を分けろと言い出した。

ここ数年、彼女も年を取り、いろいろな病気を患い始めて誰も面倒を見てくれる人がいないことに気づき、娘に近づくようになったのは、老後の世話をさせるためだった。

私は娘が田村美蘭良と関わるのが嫌だった。

だが、田村美蘭良が手を振ると、娘はまるで主人を見つけた犬のように喜び勇んで駆けつけたんだ。

最も困るのは、田村美蘭良と娘が同じ趣味を持っていた。

二人とも人に尽くすのが好きだった。

田村美蘭良は菜食主義者で、毎週児童養護施設でボランティアをしていた。

そのため、娘にとって田村美蘭良は、母である私よりも崇高な存在として映るのだろう。

だが、娘が私に病院で患者の無償看護を頼むたびに、私は必ず「どうして君の伯母さんに頼まないの?」と聞いていた。

娘は決まって「伯母さんは忙しいから」と答えていた。

実のところ、田村美蘭良は病院の老人が汚いと言って嫌がっているのは、私たちには分かりきっていることだった。

私も前世で通報した後に知ったのだが、中秋の日、娘に電話がかかってきたのが病院ではなかった。

それは、田村美蘭良だったんだ。

中秋を一人で過ごすのが寂しくて、田村美蘭良は娘を呼び出したんだ。

そのことを思い出すと、ますます心が冷えていった。

私は娘に構わず、彼女の部屋へ直行した。

娘は私が折れたと思ったのか、口元に笑みを浮かべていた。

しかし、その笑みはすぐに消えた。

私は大きなスーツケースを引っ張り出し、じっと娘を見つめながら言った。

「今すぐ荷物を持って出て行け」

娘の顔は真っ青になり、仕方ないといった様子でスーツケースを持って自分の部屋に戻った。

まもなく、荷物を全部まとめ終えた。

田村美蘭良が車で迎えに来て、引っ越し業者まで雇い、すぐに荷物を運び出していった。

田村美蘭良は私の前で満面の笑みを浮かべて言った。

「琴音、和愛ちゃんがうちに来るなら安心して。母娘の喧嘩なんてすぐに忘れるものよ。私がしっかり説得してあげるから」

私は冷たい声で返した。

「必要ないわ。自分のことだけ心配すればいい」

娘の性格からして、きっとあのホームレスを呼ぶだろう。

だが、田村美蘭良がそのことを受け入れられるかどうかね。

私は平然と娘の荷物が運び出されていくのを見ていた。

最後に出ていったのは娘だった。玄関で一度立ち止まり、後悔したような顔で私に言った。

「お母さん、もし私に......」

彼女が何を言おうとしているのか分かった私は、手を振って追い払うように言った。

「さっさと行きなさい」

娘は怒って唇を噛みしめ、ドアを乱暴に閉めて家を出て行った。

娘が去った後、私は大きく息をついた。

案の定、その夜、田村美蘭良が「あけましておめでとうございます!」と書かれた投稿をSNSに上げていた。

写真には娘とその村上力翔という名前のホームレスが映っていた。

村上力翔の顔を見るだけで吐き気を催しそうだった。

あの男の臭いが画面越しにでも漂ってくるような気がした。

彼は本当に演技がうまかった。

酒を飲んだ時とシラフの時では、まるで別人のように振る舞っていた。

娘は私がその投稿を見逃さないようにと、わざわざ私に動画を送ってきた。

動画では、娘が台所で料理をしていて、田村美蘭良は入口に立ちながら村上力翔と話をしていた。

二人はとても楽しそうに見えた。

村上力翔がなまりのある口調で話し、田村美蘭良はそれを聞いて笑い転げていた。

娘からのメッセージにはこう書かれていた。

【お母さんには本当にがっかりだよ。伯母さんは私の友達を簡単に受け入れてくれたのに、二人がこんなにうまくやってるのを見てよ。

お母さんに一言言うけど、幸せを分け与える人には幸せが戻り、愛を注ぐ人には愛が返ってくる。お母さん、自分の性格を変えないと、将来一人ぼっちで老後を迎えることになるよ。

今日は中秋。伯母さんは、私が怒るべきじゃないって言ってた。だから、お母さんが来てくれるなら、私は許すよ】

この言葉を見て、私もまた失望を感じた。

娘は家で皿洗いすらしなかったのに、自分で料理をするなんてさらに不可能だった。

私は一言だけ返した。

【自分のことをちゃんとしなさい。私に構わないで。

あなたの意図くらい分かるわ。私を呼ぶのは、あんたたちのために料理をさせるためでしょ】

田村美蘭良は自由気ままな生活に慣れている。台所は彼女にとってただの飾りだった。

私の言葉が核心を突いたのか、娘はそれ以上返信してこなかった。

スマホを置いてから、私は外に出て少し散歩をした。

娘がいない生活は、予想以上に快適だった。

寝る前、私は整形外科の診察を予約した。

前世では、娘のためにお金を貯めようとして、自分の治療や服の買うのを我慢していた。

だが、今世では自分のためにお金を使うと決めている。

眠りに落ちたばかりの頃だった。

スマホが鳴り出し、画面を見ると、娘からの着信だった。

電話に出ると、娘は泣きじゃくっていた。

「お母さん、病院に来てくれない?伯母さんと私は......」

彼女の声には絶望感が滲み出ていた。

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  • お人好し娘がいなくなった後、スカッとした   第2話

    娘は私の言葉に反論できず、顔を真っ赤にしていた。「結局、お母さんはこの料理を作る気がないんだよね」私は頷いた。「そうよ。それに、そんな人を家に招きたくないわ」娘は怒りをあらわにしながら言った。「お母さん、ひどいよ!今日は中秋なのに、私はもう彼に家族の温かさを感じさせるって約束したんだから。家に呼んじゃダメなら、どこに連れて行けっていうの?」「好きなところに連れて行きなさい」私は毅然として答えた。「でも、この家には入れない。この家は私のものだから、私がダメだと言ったらダメなの」最後の言葉を発する頃には、私も感情を抑えきれず、娘に向かって怒鳴っていた。娘は目に涙を浮かべ、かばんを掴むと玄関に向かって歩き出した。しかし、ドアの前で立ち止まり振り返った。「お母さん、がっかりだよ。ホームレスを見下すってことは、私のことも見下してるってことだよ。もし彼を家に入れないなら、私はこの家に戻らないから」私は幼い頃から娘を甘やかし、この世の不公平や醜さを見せないように育ててきた。だが、私の教育が間違っていたのだろうか。娘はあまりにも天真爛漫に育ち、この世に悪人がいないと思い込むようになっていた。前世のあの日、私はホームレスの男に性暴行された後、すぐに警察に通報した。娘が警察署に駆けつけてきた時、私は彼女が自分の判断を後悔し、あの男を非難すると思っていた。しかし、彼女が発した言葉は私を愕然とさせた。「お母さん、どうして通報なんかしたの?話し合えば済んだのに。彼の生活はもともと大変なんだから、刑務所に入ればますます世間から見下されるだけでしょ」さらにこう続けた。「お母さん、もうこんな歳なんだから、こういうことに大して感じることなんてないでしょ?そんなにこだわること?早く訴えを取り下げて、これも善意だと思えばいいじゃない」その場にいた警察官でさえ、この発言に驚きを隠せなかった。娘に尋ねた。「お嬢さん、この方本当にお母さんなんですか?」娘はなんと笑顔で答えた。「もちろん私の母です。でも、警察官さん、これは誤解なんです。母は普段からちょっと頭が変で、今回のことも勘違いなんですよ」その言葉を聞いた瞬間、私の頭の中が真っ白になった。「違う!私は絶対に訴えを取り下げない!」と必死で叫んだ。どれだけ娘が説

  • お人好し娘がいなくなった後、スカッとした   第1話

    「お母さん、今日の夜、私の友達を一人家に招待するから、料理を多めに作ってね」娘の声が耳元で響き、私は全身がビクリと震えた。その瞬間、悟った。——そう、私は生き返ったのだ。娘は小さい頃から人一倍お節介で、心優しすぎるところがあった。小学六年生の時、夫が重い病気にかかり、家の全財産を使い果たした。私がやっとの思いで借りた20万円があったのに、ちょうどその時、学校で貧困家庭の子ども達への募金活動があった。娘は私にお金を求めてきたが、私は千円しか渡さなかった。それが気に入らなかった彼女は、夫の薬代として取っておいたお金を盗んで寄付してしまった。後になって夫は手術を受けられるようになったものの、医療事故で命を落としてしまった。病院が示談金を提示してきたが、娘は私に「受け取るのはやめておきなさい。病院の資源だって限られてるから」と言った。そして、「お父さんが亡くなったのは寿命が尽きただけ」と言った。それか、娘との支え合って生きる生活を始めた。彼女は家に野良猫や野良犬を拾ってくるようになり、私に高級キャットフードやドッグフードを買うよう求めた。しかし、家計を一人で支える私には、そんな余裕などあるはずもなかった。仕方なく、彼女が学校に行っている間に、拾った動物たちを自然に放してしまった。娘が帰ってきてそれを知ると、「お母さんは冷酷な人だ」と私を罵り、家出をしようと言った。その後、娘は医者となり、自分の給料でお金のない独居老人の診療費を肩代わりするようになった。一方で私は若い頃に無理をしすぎたせいで腰を痛め、何度か手術を考えたが、経済的な理由でずっと先延ばしにしてきた。結局、湿布薬を買うだけの毎日だった。時には娘の患者で、身寄りのない人がいれば、私に無料の付き添いをするよう頼んできた。私は娘に「まず自分を大事にしてから人を助けなさい」と諭したが、彼女はむっとした顔でこう言った。「どうしてお母さんは一生こんなに苦労してるかわかる?それは、お母さんに共感力がないからよ。世界を愛さない人間を、世界も愛してくれないの」そんな娘が、中秋の夜にホームレスの男を家に招いたのだった。彼女は「この人が可哀想だから、温かさを届けてあげたい。一緒に中秋の夜を家族のように過ごす喜びを教えてあげたい」と言っていた。私は

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