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第18話

Author: 五ちゃん
それにびっくりした遙華はよろよろと後ろに下がって、「高すぎでしょ!?」と言った。

その瞬間、色々な感情が遙華の心に渦巻いた。冬夢がそこまで自分の子を大切にしてくれているとは思わなかった。

まだ結婚しないのに、自分の娘と血も繋がっていないのに、そんなに自分たちのことを大切にしている。

そう思うと、遙華の瞼は一瞬で濡れた。

自分はまだこれ以上の愛で答えられない時、まだ未来のことで躊躇っている時、冬夢は何も求めずに、先に自分の愛を全部遙華とその娘に捧げた。

その涙目を見て、冬夢の心がギュッとなった。慌てて涙を拭いてあげて慰めていた。

最後、遙華は冬夢のダジャレに笑わされた。

「冬夢からのプレゼントを全部持って行っちゃったらどうするの?」

冬夢は「ふふ」と笑って、遙華の額にキスした。

「遙華はしないよ……」

「何してんだ!?」

怒鳴り声が遠くから届いて、二人の甘い雰囲気を完全に壊した。

遙華は少し眉を顰めてドアのほうを向いた。険しい表情で自分たちを見ている景市がすぐに目に入った。

黙っている二人を見て、景市は急にイライラしてきた。早足で歩いてきて、遙華の手を掴もうとした。

しかし冬夢に即座に振り払われた。

「広瀬、何をするんだ?遙華と僕が何をしてもお前とは関係ないだろ?」

遙華も景市のせいで気分がドン底に沈んだ、そのまま冬夢の手を掴んで外へ連れ出した。

沈黙だけの車内で、雨が窓に落ちる音以外、遙華と冬夢の心臓の鼓動しか聞こえなかった。

遙華が黙りながらただ窓の外を眺めている姿を見て、冬夢は複雑な気持ちが一瞬目から溢れ出した。

何も言わずに、ただ遙華の手の上にそっと手を置いて、ギュッと握りしめた。

長い沈黙を経て、遙華はようやく冬夢のほうを向いて、申し訳無さそうに「ごめんね。せっかくの休みなのに」と言った。

本当は家に帰りたくなかった。でも景市はずっと自分と話がしたいと後ろから追いかけてきていた。

それがどうしても嫌だった。景市を見るだけで、遙華は彼が記憶を失った時に自分にしたことを思い出してしまう。

景市と二人きりなんてできないのだ。

冬夢がそれを聞いて、呆然とした。本能で遙華を慰めようとした時に、車の後ろから繰り返し鳴らされたクラクションが聞こえた。

振り返ったら、冬夢は後ろから自分たちを追い詰めようとするあのラングラーを
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    言い終わった瞬間、景市の濡れた瞼が遙華の目に入った。遙華の記憶で、景市の涙は稀なものだった。数回だけ涙を流したのは、全部自分のためだった。景市の涙を見たら、遙華はどれほど冷たい態度を取ったとしても、すぐに慰めたから。自分の涙は遙華の弱みだと知って、景市は毎回遙華に傷つけられた時、瞼を濡らした。しかし今、景市がどれくらい泣いても、遙華は何もしてあげなかった。興味も持たずに、後ろを向いて外に出ようとした。次の瞬間、遙華はその人に後ろから抱きつかれた。そのドキドキする心臓の鼓動と、震えている声が遙華の耳に入った。「遙華、君と娘が離れてから、俺は死ぬほど苦しんでた。どんな説明でも通じないのは分かってる。でもやっぱり『もしかしたら』って思って、もしかしたら、遙華は情けをかけて許してくれるかもしれないって」遙華は微動もしなかった。言葉も発さなかった。ただ静かに立っているだけだった。その姿を見て、景市はますます辛くなってきた。ここ数日、遙華は自分に手を出したり、怒ったり、無視したりしてきた。情けだけどうしてもかけてくれなかった。景市は震えながらポケットから数珠つなぎになっているお守りを取り出して、遙華に見せた。「遙華が言ったんだ。俺が一回遙華を傷つけてしまたら、お守り1本を取ってあげるって。ほら、こんなにもお守りを取ってあげたぞ。どうか許してくれないか?」自分でも無理やりすぎると思っていたか、景市はまた譲歩して、「少なくとも、償うチャンスがほしいんだ。本当に悪かったんだ。俺たちにはまだ娘もいるし、そういうチャンスをくれないか?」といった。遙華はただ黙り続けて、自分を抱きついている腕から抜け出した。そして、振り返って景市を見ていた。「景市、あんたはいつもそう。毎回私を傷つけた後、いつも自分が謝れば償えば済むって思ってる。しかしあんたがいくら謝っても、償っても、娘と私が負った傷は変わらないよ」遙華は深く息を吸って、言い続けていた。「それに、それはもう傷つけるレベルじゃないわ。娘と私は命を落としそうなところだったよ」景市が何か言いたそうなところで、焦っている声が後ろから届いてきた。「遙華!」次の瞬間、遙華は急いで帰ってきた冬夢に腕に抱きしめた。「何かされてないよな?」帰ってきた冬夢を見て、遙華は

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    でかい衝撃の音が前から耳に入った。エアバッグがすぐに出てきて、勢いで前にぶつかる遙華をしっかりと受け止めた。その一瞬、遙華は心臓が止まると思っていた。まだ息も整えていないうちに、そのラングラーが自分たちの車を越して、そのままその白い車にぶつかった光景が目に映った。「パーン!!」一瞬で、事故現場は大騒動になった。パトカーと救急車のサイレン音と周りの人の泣き声が混ざりあって、そのすべてが顔色が真っ青になった遙華の目に入った。隣の冬夢にギュッと肩を掴まれえ、焦っている声で自分の名前を呼ばれて、遙華はようやく我に返った。不意に後ろのジュニアシートのほうを見て、娘は無事だと確認したら、遙華はやっと娘を冬夢に渡した。そして片手で髪を揉みながら、ドアを開けて車から降りた。道中は惨状だった。景市の車は前の白い車に入り込んで、フロントバンパーは丸ごと凹んでいた。運転席で、景市の頭はすでに血だらけなのに、両手はハンドルを握りしめたままだった。遙華は深呼吸して、広い歩幅でその車の前まで行って、ドアを開けて、その中から死にかけた人を引っ張り出した。「遙華……」目の前の遙華を見て、景市は目を輝かそうとするところで、遙華からビンタを食らった。「景市、あんたはあと何回娘と私を殺そうとするの!?娘と私が追い詰められて死んじゃわないと、許してくれないの?」景市は傷ついたような目をした。そして慌てながら口を開いた。「ち、違うんだ、遙華……俺はただ遙華を止めて、そして遙華と……」「もういい、景市!」遙華は怒りのあまり全身が震えていた。絶望に満ちた口調で、「あんたの言い訳なんか聞きたくない。今すぐ消えてください。もう娘と私を邪魔しないで」と言った。そして、遙華はもう二度と振り返らずに、後ろを向いて戻ろうとした。それを聞いた景市は一瞬で焦りだした。本能で追いかけようとしたが、次の瞬間、視界が暗くなって、完全に意識を失ってしまった。それからの数日間、娘にまた何かあるのが怖くて、遙華は一歩も離れずにずっと娘のそばで守っていた。冬夢も子どものことが心配で、毎日早めに病院から帰ってきた。しかし今日だけ、冬夢がずっと家に帰ってこなかった。遙華はどんどん不安になってきて、すぐに冬夢に電話をした。だが、向こうから届いたのか助教の声

  • あの人のいない春   第18話

    それにびっくりした遙華はよろよろと後ろに下がって、「高すぎでしょ!?」と言った。その瞬間、色々な感情が遙華の心に渦巻いた。冬夢がそこまで自分の子を大切にしてくれているとは思わなかった。まだ結婚しないのに、自分の娘と血も繋がっていないのに、そんなに自分たちのことを大切にしている。そう思うと、遙華の瞼は一瞬で濡れた。自分はまだこれ以上の愛で答えられない時、まだ未来のことで躊躇っている時、冬夢は何も求めずに、先に自分の愛を全部遙華とその娘に捧げた。その涙目を見て、冬夢の心がギュッとなった。慌てて涙を拭いてあげて慰めていた。最後、遙華は冬夢のダジャレに笑わされた。「冬夢からのプレゼントを全部持って行っちゃったらどうするの?」冬夢は「ふふ」と笑って、遙華の額にキスした。「遙華はしないよ……」「何してんだ!?」怒鳴り声が遠くから届いて、二人の甘い雰囲気を完全に壊した。遙華は少し眉を顰めてドアのほうを向いた。険しい表情で自分たちを見ている景市がすぐに目に入った。黙っている二人を見て、景市は急にイライラしてきた。早足で歩いてきて、遙華の手を掴もうとした。しかし冬夢に即座に振り払われた。「広瀬、何をするんだ?遙華と僕が何をしてもお前とは関係ないだろ?」遙華も景市のせいで気分がドン底に沈んだ、そのまま冬夢の手を掴んで外へ連れ出した。沈黙だけの車内で、雨が窓に落ちる音以外、遙華と冬夢の心臓の鼓動しか聞こえなかった。遙華が黙りながらただ窓の外を眺めている姿を見て、冬夢は複雑な気持ちが一瞬目から溢れ出した。何も言わずに、ただ遙華の手の上にそっと手を置いて、ギュッと握りしめた。長い沈黙を経て、遙華はようやく冬夢のほうを向いて、申し訳無さそうに「ごめんね。せっかくの休みなのに」と言った。本当は家に帰りたくなかった。でも景市はずっと自分と話がしたいと後ろから追いかけてきていた。それがどうしても嫌だった。景市を見るだけで、遙華は彼が記憶を失った時に自分にしたことを思い出してしまう。景市と二人きりなんてできないのだ。冬夢がそれを聞いて、呆然とした。本能で遙華を慰めようとした時に、車の後ろから繰り返し鳴らされたクラクションが聞こえた。振り返ったら、冬夢は後ろから自分たちを追い詰めようとするあのラングラーを

  • あの人のいない春   第17話

    景市は冬夢の腕の中の娘を見て、少し目が濡れた。色々傷つけられすぎたからか、娘は景市を見てものすごく怯えていた。ずっと冬夢の腕に入り込もうとした。そのような娘を見て、景市の心が急にチクッとして、体の両側に垂れている手も震えが止まらなかった。あれは自分の実の娘で、自分の一番可愛がりたかったお姫様なのに、今はこんなに自分のことを拒んでいる。景市は悔しそうな顔で、手を伸ばして娘を抱っこしようとしたら、隣の遙華に力強く振り払われた。「この子に触らないでよ!」その手に気づいて不安になってきたか、冬夢の腕の中の子どもはいきなりギャーギャー泣き出した。それにびっくりした冬夢はすぐに子どもを慰めながら部屋のほうに戻ろうとした。「いやだ!」中に飛び込もうとしている景市を見て、遙華はすぐ景市の前で塞いでいた。「景市、あんたは入っちゃだめ!」娘の泣き声を聞いて、景市の心は激しく動揺していた。それで焦っているような顔で、「一回入らせてその顔を見させてくれ。俺の娘でもあるんだぞ!」といった。遙華は「ふふ」と皮肉な笑い声を上げて、「あんたの娘?自分の娘の命に関わることでもどうでもよくて、何度も何度も娘のことを呪ってきた父親なんかいる?」と答えた。景市は顔色が真っ青になった。何度も何か言いたそうで、何も言えなかった。しかし遙華はそれで逃すこともなく、逆に一歩ずつ距離を縮んで景市を詰めていた。「景市、あんたはあんだけあの子を傷つけることをしてきて、あの子にとって、最初から父なんかじゃないわ」ずっと黙っている景市を見て、遙華はようやく元の位置へ戻ってきた。そして振り返ってドアを閉じた。景市はそのままぼんやりして何分間もそのドアを見つめていた。大丈夫だ。自分にはまだ時間がある。必ず遙華を振り返らせるから。そう思って、景市は早足でエレベーターのほうへ行った。その時、横の家のドアに貼ってある「ショートセール」という広告ポスターが突然景市の目に入った。景市は足を止めてじっとポスターを見ていた後、さっとそれを剥がした。翌日の朝、遙華はドアを叩いている「コンコン」の音に起こされて、まだ完全に夢から覚めていない時に、そばにいる冬夢はそっとそのほっぺたにキスをした。「そのまま寝てていいよ。僕が見てくる」遙華は「うん」と答え

  • あの人のいない春   第16話

    「いや、遙華、汚れてなんかない!」景市は無理してベッドから降りて、遙華の手を掴もうとした。「会いに来る前からもうきちんと体を洗ったから!」遙華はすうっとその手を振り払って、冷たい声で怒鳴った。「触らないでよ!あんたを見るだけで、奈々子と二人でやった光景が頭から離れないの!景市、あんたには本当に反吐が出るわ!」それを聞いて、景市は心が壊れそうなくらい苦しかった。「遙華、そんなこと言わないで。本当に全然汚れてないから」そう言いながら、慌てている景市はまた遙華の手を掴もうとした。「確認してもいいよ。本当にきれいなんだ」次の瞬間、強い風がいきなり横から襲ってきて、「パーン」と景市に当たった。「遙華に触るな!」ドアの前で待っている冬夢はずっと外から病室の状況を覗いていた。景市が止められたにもかかわらず、遙華の手を掴もうとしている姿を見て、冬夢はすぐに駆けつけて、景市を押し倒した。「広瀬、もう一度言うよ。また遙華に触ろうとしたら、絶対に許さないから」そう言って、冬夢は遙華の手を引いて外へ歩き出した。「遙華!」景市に後ろからどれだけ呼ばれようとも、遙華は全然振り返らなかった。それから、遙華は毎日家のドアの前で色々な花束とプレゼントを見かけていた。全部自分があっちの世界で好きだった花束とプレゼントだったから、すぐに誰からの贈り物か分かった。最初、遙華は気にしていなかった。ただ清掃員に清掃している時についでに捨ててもらった。しかし捨ててもらったたびに、翌日に景市からより多くのプレゼントを持った。耐えられなくなった遙華は、次に景市からプレゼントをもらった時に、地に置かれているプレゼントをそのまま景市に投げつけた。「景市、あんた一体何がしたいのよ!?あんたのこと好きじゃないし、あんたなんかのために振り返ったりしないって言ったでしょ?何をしても無駄だよ」景市は投げられたプレゼントをギュッと抱えて、悔しそうな口調で言葉を発した。「遙華を振り返らせる以外、俺には何ができるんだ?遙華は俺の妻なのに、まだ離婚もしてないのに、なんで他の男と一緒にいるんだよ!」そう言いながら、嫌そうな顔をして遙華の後ろの部屋に目を向けた。遙華が今住んでいる家も一応立派で広い家だが、景市と結婚した後一緒に

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