舞台は山椒が特産の辻沢町。昔は戦国の世から続いた遊里、今は新興ベッドタウンとして栄えていますが、その裏では吸血鬼の「妓鬼(ギキ)」や人狼の「鬼子(オニコ)」が脈々と息づき、闇には屍人やヒダルといった人外が跋扈するディープな町です。
時代はメタバースがインフラ化している少しパラレルな現代。『辻女ヴァンパイアーズ』から20年が経っています。社会ではメタバースへの長時間没入が引き起こす精神障害が問題視され、政府による未成人保護プログラム(月1カウンセリング、メタバースの使用制限1時間)が施行されています。 主人公は、藤野家の二人の養女、夏波(ナツナミ)と冬凪(フユナギ)の辻沢女子高等学校(辻女)三年生の義姉妹です。 夏波は辻女のVR園芸部に所属し、地元のコングロマリット、ヤオマンHD創業家のお嬢、前園十六夜(イザヨイ)とメタバース内に日本庭園をディストリビュート(=配置)する活動をしています。活動は、ヤオマンHDの伊礼社長から強力なサポートを受け業界で評判が高まっていて、高校卒業後は十六夜と環境ディストリビュート会社を起業する予定でいます。 かたや冬凪は養母(=藤野ミユキ:N市立大学社会学科准教授)の影響から、辻沢のヴァンパイア伝承についてフィールドワークをし、20年前に起きた辻沢要人連続死亡事案との関連を調査をしています。辻沢ヴァンパイアの実在を信じる冬凪は、それをヴァンパイアの権力闘争のせいと考えているのです。 二人の日常は、同年代の間で同じ夢を見たり瀉血(=ブラレ/ブラッドレッティング)という自傷行為が流行したり。夏波と冬凪はそれぞれの道を歩みながらいつの間にか辻沢の暗部へと引きずり込まれていきます。 そして舞台はあのころの辻沢へ……。夏波&冬凪は、響カリン、遊佐セイラ、千福ミワ、蘇芳ナナミたち辻女ヴァンパイアーズたちと出会います。そこで二人が見た物は、調レイカが起こした大爆発の真実の姿でした。 また、辻沢ヴァンパイアの影に隠れるように息づき、伝説の夕霧太夫と伊左衛門の流れをくむ人狼「鬼子」たちが、迫り来る危機をどう乗り越えるのか? 夏波や冬凪とは次元の異なる「ボク」の独白で綴ります。※死語構文とは
この世界のVゲーニンが流行らした、わざと死語を使う構文。使用時は両手の指でバックエアクオーツを作る。言葉のオーバードーズ(使い過ぎ)と生存確認とに注意が必要。構成: 第一章10万字、第二章20万字、最終章10万字で全43万字の長編小説です。
夏波の一人称語り(第○話)と時折挟まれる鬼子の「ボク」の心内話(No.○)で辻沢ワールドを語り尽くします。 長い物語になると思いますが、最後までお付き合いいただけると幸いです。よろしくお願いいたします(*ᴗˬᴗ)⁾⁾⁾ヨロシクデス
更新:毎日19時
本編開始は2025/7/3 19時です。
(7/1(火)に【概要】を、7/2(水)に【キャラクター紹介】を公開します)
辻沢シリーズの時系列:
夏波と冬凪の現在<--『ボクにわ』第1章&第3章
| 町役場倒壊事故&要人連続死亡事案(20年前)<--『ボクにわ』第2章&『辻女ヴァンパイアーズ』 | 藤野ミユキの大学生時代(22年前)<--『辻沢のアルゴノーツ』(辻沢シリーズ第3弾) | 辻女バスケ部員連続失踪事件(24年前)<--『辻女ヴァンパイアーズ』歩き出して少しして屍人に出会った。その屍人は妾のことを見るなり近づいて来て、「鈴風。妾たち友達だよね」 と妾の本名で話しかけて来た。よく見るとそれは、妾が千福楼に来たばかりのころに仲良くしていた千景だった。千景は早くに金回りがいい男に見受けされだけれど、姑のいびりにあい手首を切って亡くなったと聞いていた。「お可哀想に、吸血鬼に嫁いでしまったようです」 赤さんが屍人の千景の首に明かりを灯した。暗闇の中から薄ぼんやりと浮き出た千景の細首は真っ白で黒血管が浮き上がり、その近くに赤黒い点々が見て取れた。それは信夫との邂逅の後妾の首に付いていたものと同じだった。吸血鬼に牙を突き立てられた跡なのだ。意外さと懐かしさとで思わず返事をしようとしたら、「受け答えをすれば襲われます」 赤さんの声がそれを制した。屍人の問いに応えれば襲われる。それは辻沢の人間なら当たり前に知っていることなのに、知り合いだからと屍人に心を預けてしまうところだった。妾は咄嗟に口を押さえて出かかった声を止めた。どんなに千景の問いかけに応えたかったか。そしてまだ幼いままの、妾がどこかへ置き去りにした純真さそのままの千景を抱きしめたかったか。 千景はいつまでも返事をしない妾を虚な眼で見つめながら、「鈴風は、返事をしてくれないんだ」 と一言呟くと、来た道をゆらゆらと戻って行ったのだった。 千景が去ったあとも、暗い道を赤さんの照らす微かな明かりを頼りに進んだけれど青墓の杜は静かだった。「今日はあまり屍人に出会わないのね」 古参の遊女の言葉からもっといっぱい屍人に出くわすと思っていたのだ。「今夜は特別な夜ですので」 それは知っていた。「潮時なんでしょう? あの世とこの世が近づいて屍人が集まるって」 声の
流砂穴を避けながら柊の根を渡っていると時折、暗い鼠色をした表面に獣毛に覆われた砂疱が上がってくることがあった。それは流砂の中をしばらく漂って、弾けることなく再び砂の中に沈んで行く。妾のすぐ足もともに近づいてきて再び沈んで行くのを見たが、大きさといい、形といい、どうみても人の頭だった。もしかして屍人は、昼は流砂の中に潜み、夜になると這い出て来るのではないか? 青墓に屍人がいると言う噂は、辻沢の吸血鬼伝承から来ている。その伝承は辻沢の鎮守社である宮木野神社と志野婦神社の祭神が戦国時代に流れてきた双子の吸血鬼で、その血縁が今も辻沢で脈々と息づいているというものだ。さらに子孫には度々吸血鬼が生まれ、代々夜の闇に紛れて人を襲ってきたと言われている。襲われた人間は死ぬことを許されず濁世を永遠に彷徨う。それが屍人なのだった。 そして古参の遊女が教えてくれたことがある。「青墓はあの世とこの世の狭間にあって、満月になるとそれらが極限まで近づくから成仏したい屍人が青墓に殺到する」 それを潮時と言うのだそうだ。 夜空を見上げると、柊の梢の先に満月が見えていた。今夜はその潮時なのだった。 何度か流砂穴に落ちそうになりながらも、微かに届く月明かりのおかげでなんとか柊林を抜けることができた。ここから先は青墓の杜。いつ屍人が襲いかかって来るかわからない領域だ。それよりまず明かりの心配をしなければならなかった。青墓は鬱蒼と茂った木々のせいで木漏れ日も通さず昼さえ真っ暗なのだ。真夜中の今、月など梢を見上げようとも見る影もない。ここから先どう進めば良いのか、漆黒の闇に慄いていると、「風鈴太夫。こちらへ」 下世話人の赤さんの声だった。すぐ近くから聞こえてきたけれど、またも姿は見えなかった。「赤さん? どうしてここに?」 赤さんの声はそれには答えず、「柊太夫の元へお連れしますので、私めの後へついてきて下さい」
オートバイタクシーが去った後、バス停の表示にマッチの火をかざして見てため息がでた。やっぱりそうだ。ここは青墓の杜に入るには厄介な方のバス停だった。 青墓には二つのバス停がある。 一つは、青墓に来るほぼ全ての人が降り立つ青墓北堺。そこで降りれば踏み固められた細道があり、まだ浅い杜の中の広場に出ることができる。その広場は逡巡の広場と言われ、さらに戻るか奥へ進むか、つまり生きるか死ぬかをいったん立ち止まって考えるために用意された場所だ。多くの人はそこで青墓の異様な森相に怖気付き引き返す。さらに踏み込む者はほんのわずかで、入れば二度と戻ってくることはない。 もう一つのバス停は雄蛇ヶ池入り口。そこからは北に位置する雄蛇ヶ池へも南の青墓の杜に入ることも出来る。ただ、青墓へ行くには荒れ野を渡りさらに行く手を遮る黒々とした柊林を通って行かなければならない。そこが青墓でもっとも人を寄せ付けない場所といわれているのは、柊の葉の棘ばかりでなく、沸き立つように砂が踊る流砂穴がその柊の根と根の間にいくつも口を開けているせいだった。一歩間違えて流砂穴に落ちれば、そこは文字通り地獄の入り口で砂に呑まれて永遠に浮き上がって来れない。つまり、このあたりのことをよく知った人間か青墓の住人の屍人でなければ通り抜けることなど不可能なのだった。 妾はもう一度、オートバイタクシーが去った道を振り返り、その後部ランプの赤い光が遠くの暗闇に消えてしまったのを見て、さっきより大きなため息をついた。青墓北堺はあのさらに先だ。いったいどれだけ歩けばいいのか?それより、ぐずぐずしていれば柊が屍人に喰われてしまう。やはりここは危険を犯しても柊林を抜ける他なさそうだった。 妾は意を決して踵を返し拒絶の様相を見せる柊林に向かった。そこまでの荒れ野も一筋縄では行かなかった。蔦が絡まる虎杖の茂みが行手を遮ってなかなか先に進めない。
妾は返事を待たずに廊下を駆けて部屋に戻ると、馴染み客が不思議そうに見ているのを尻目に、外行きの浴衣に着替えお札が詰ったガマ口を懐に突っ込むんだ。そして再び廊下を駆けて路地に出ると、路地に一台だけ停まったオートバイタクシーを拾い、「青墓まで」「こんな時間に? 屍人がうじゃうじゃいるってのに?」 驚いている運転手は顔見知りの気のいい男だった。「お願い」 頭を下げたが、「いくら太夫の頼みでもいやですよ」 頼みはこのオートバイタクシーしかない。妾はすぐさま懐のがま口を出して1000円札を5枚取り出し、「これでお願い」 と言った。流石に大金なので運転手はそれを受け取りながら、「近くまでですよ」 と言うとサイドカーの扉を開いて妾を乗せてくれた。そしていやそうにオートバイにまたがると青墓に向けノロノロと出発したのだった。 昼でも暗い青墓の夜は、奈落の深黒が滲み出しているかのようだった。オートバイは青墓前のバス停の近くで停まり、「ここで勘弁してください。太夫」「妾が出てくるまでここで待っててください」 運転手は血相を変えて、「それは絶対に嫌です」 妾が懐に手をやると、「お金の問題じゃない! こんなところで屍人に喰われたら家族が路頭に迷うことになる」 これ以上は無理だと思ったので、「じゃあ、夜が明けたらここに迎えに来てくれる?」 夜明けまで1時間くらい。それも断られるかと思ったけれど運転手が妾の懐をちらっと見たので、ガマ口から残りのお札を出して渡した。すると、「では、夜明けに」 走り去るオートバイタクシーの後ろ姿を見送って振り返ると、青墓の闇が夜空を覆い妾に乗りかかるように大きな口を開けて待ち構えていた。そしてその闇の中から、こ
「柊が逃げた。客を刺して逃亡しやがった!」 深夜、静まりかえった楼に誰かが叫ぶ声が響き渡った。続いてドタバタと廊下を走り回る音がして、あちこちの遊女の部屋の扉が開く音がした。柊は羽振りのいい鉄道関係の客がついて部屋に上がったのは知っていた。逃げる? 客を刺した?柊がそんなことするわけない、と考えていたら、体を酷使しすぎて大いびきをかいていた馴染み客も流石に目を覚ました。「何事?」「遊女が一人抜け出したようです。心配いりませんよ。すぐに掴まります」 と言うと、馴染み客はそのまま目を閉じて寝息を立て始めた。妾はそれを見て寝床を抜け出し、柊の部屋へ向かった。 柊の部屋の前には人だかりが出来ていた。こういう時、遊女は部屋で客を取りなす決まりで部屋にいなければいけないのに、男衆や客に交じって数人の遊女が中を覗いていた。妾は人だかりの後ろからその中の一人の肩を掴んで振り向かせた。それは露草だった。ニヤけた笑いを顔に張り付けたままだったのが、妾の顔を見て小難しそうな顔に変わった。「あら、風鈴姉さん。柊のやつ、イタズラする前に逃げちゃいましたよ。残念です」 妾は露草の周りの遊女たちの顔を確かめた。みんな露草の取り巻きだった。それで部屋の中を確かめる必要がなくなった。露草の胸ぐらを掴み、「柊をどうした。言わないと酷いよ」 と脅しを掛けた。「知りませんよ」「シラを切るな。言わないと楼主に頼んで路地裏行きにしてもらうよ。あすこへ行けばさぞや酷い扱いをされるだろうね」 もちろんはったりだ。あれ以来信夫に会っていない妾に進言する方法などない。けれど小座敷に上がった遊女は楼主と特別の関係があると思われているので十分威力があった。流石の露草も震え出し、「妾は知らないけど辻沢で行方
しばらくそうして柊の残像に圧倒されたままでいたら、「ったく。生意気なんだよ。ねえ、風鈴姉さん」 背中から同意を求める声がした。声の主は、いつぞや風呂まで押しかけてきて柊を糾弾してやろうとそそのかした露草だった。いつのまにそこにいたのか、妾と柊の真後ろの鏡台の前にいて、鏡の中からあたしの表情を読み取ろうとしていた。「まあ、ここの一番なんだからあれくらいじゃないと」 自分の薄暗い気持ちを見透かされやしないかと咄嗟に答えたけれど、露草の狡猾な目はすでに本心を掴み取られたような気がした。「でも、癪に触るからイタズラくらいしていいだろ? 風鈴姉さん」 その時、妾は露草の毒気にやられてしまっていたのだ。そうでなければ、「あのご祝儀袋、隠してしまうってのはどうだい?」 と言われた時、「そうだね。それくらいなら。でもきっと返すんだよ。いいね」 なんて言わなかった。そしてそれが柊のことを向こうの世界に追いやることになってしまうなんて想像もしなかった。 その夜は満月だった。さやけき月影が辻沢の街を絹のように包み込み、その魔法のせいで千福楼は悠久の時の中に揺蕩っているかのようだった。妾はその乳白色の月光に誘われて窓辺に寄りかかり、中庭に美しい信夫が降り立ちその後、情事に至った全てを思い出していた。「信夫様のお声がかかる時が参りました」 突然、人の心に踏み入ってきたのは下世話人の赤さんの声だった。「何と言ったの?」 虚を突かれ心中を晒してしまった気がして、一旦聞こえなかったふりをした。「信夫様がお呼びになる頃かと申し上げました」 信夫が妾を呼んでいる。その声を思いだすだけで脳髄が痺れるような愉悦の境地へ引き摺り込まれそうになる。気が遠くなるのを必死で我慢しながら、これだけは確かめたいと思って欄干から身を乗り出して、