Chapter: 1ー13.響カリンは地元企業で社畜する「ちょっ、ちょっと北村シニアマネ」 「なんだい?」 「あの、聞きたいことがありまして」 「僕に聞くより、ウキペディヤだったかな? あれの方がよっぽど有意義な答えが載ってるんじゃないかい?」 大方はそうでしょうが、これは北村シニアマネしか知らないことなので。 「あの、辻沢不動産の千福オーナー落とした時、芸者ごっこした話を聞かせていただけないかと」 「なぜそれを? そうか、社長が話したのか。社長は君には腹を割って何でも話すんだもの、知ってて当然か」 なんだろな。北村シニアマネの台詞、そのままあたしもトレースしたことがあるような気が。 「いいよ。望まれて何ぼのサラリーマンだ。お話して進ぜよう」 うーん、誰の言葉だろ。松下幸太郎か稲森和夫ってところか。世代的に。 「芸者ごっこっていうのは誤解があるな。まあ、ジョーロリのお稽古なんだけどね」 お稽古してたの? 3か月間。二人で? 「君は知らないと思うけど、ジョーロリの演目で……」 うおー、そんな情報いらない。失礼ですけど、そんなだからダラダラと仕事が進まないんじゃないですか? もっと考え廻らして、相手の欲しいものをダイレクトに提示しましょうよ。 ナニナニ? 父親が殺されて、母親も死んじゃったイナカ娘が、江戸で花魁やってる姉を頼って上京して涙の再会を果たしたのち、二人で剣術を習って親の仇を見事果たすって話なの。ふーん。どっかで聞いたことあるような。そんで? お稽古の合間に二人で衣装付けて遊んだんですか。 北村シニアマネが姉の|花魁《おきの》、千福オーナーが妹の|イナカ娘《おのぶ》で、ちょっと二人の姿を想像できない。というかあたしの脳内にそれを拒否る何かがある。 でも、なんでそんなに楽しそうなんですか? 北村シニアマネ。 「キレイだったのよ。おのぶさんが。とっても。色が白くてが肌が透き通るようでね。鼻筋がすっと通ってて、ふっくらとしたほっぺ、黒目が闇のようで。前歯がちょっと出てるのが玉にキズなんだけど、それも愛嬌でゆるせちゃえるほどなの。それが、『ござるチャー』ってかわいらしくいうのなんて、もう」
最終更新日: 2025-03-10
Chapter: 1ー12.響カリンは地元企業で社畜する センプクさんのところから直行して子ネコちゃんに会いに行った。いつになく心がぞわぞわしたから。ミルクをあげてたらまた時間忘れて明け方になっちゃって、そのままカイシャ来た。まだ頭がボーとしてる。幸い、社長も朝から外出で、「デイケアセンター」は平和そのもの。「ねーさん。ホントに山車、この外形でいいんすか? どう見てもチ○コですけど」 こいつは後輩のカワイ。イケメンを自認してやがって生意気なくせに小心者。芸人でもないのに人のことねーさん呼ばわりする。 カワイしつこいぞ。いいつったらいいんだ。ったく、コマイこと気にすんなっての。 「いいよ」 「でも、町長から苦情来ますよ、絶対。その時は、ねーさんが社長に変な屋号で怒られてくださいよ」 「いい? カワイくん。まず、これは町長サイドの要望。次に、町長はうちに文句を言える立場にない。分かったらさっさと設計書仕上げる」 「りょーかいっす。でも、なんで町長はうちの社長に頭上がんないんすか?」 「そりゃーね、キミ」 お、吉田エグゼクティブ。机間巡視専任役員。高下駄履いてんのかってくらいの背丈。カイシャに3人いるエライ吉田さんの一人。 「ヤクザ破門になって野垂れ死にしそうになってたところを、うちの社長に拾ってもらったからだよ。青物市場で」 「「そーなんですかー」」 カワイ。顔がニンギョーになってるぞ。ビジネスは表情からだ。眉毛くらいは動かせな(無声)。ねーさんこそ(無声)。 あたしらに何の反応もないから吉田エグゼクティブ行っちゃったよ。次の獲物探してる。 さてと、設計書仕上げなきゃね。 「それにでっかく町長の名前入れとけな」 「おーけーっす」 「でっかく」 「っす」 廊下を歩いてるのは北村シニアマネだ。また厚生室の方に消えてった。ちょっと聞きたいことあるからお邪魔しちゃお。 あれ? 中でうろうろしてる。変だな、黄緑のバランスボールはあるのに。どうしたんだろ。前に社長からいただいた屋号=怒号、バランスボールだけじゃ癒されなかったの? 「北村シニアマネ。ちょっといい
最終更新日: 2025-03-09
Chapter: 1ー11.響カリンは地元企業で社畜するセンプクさん、あのさ。って心ここにあらず。早いとこ用事すませて帰ろ。この時間ならまだ子ネコちゃんにミルクあげに寄れるから。 「これなんだけど、センプクさんのハンカチだよね」 カマ掛けて言ったのに、すごい動揺。あらら、泣き出したよ。まさか一枚かんでる? 会長の悪事に。 「で、このガラケーだけど」 ちょっと、そんなに握りしめたら壊れちゃうよ。あーあ、これじゃ話しもできやしない。収まるまで少し待つか。 この部屋広いねー。こんなの修学旅行以来。あの時、女バスだけ大広間に寝かされたんだよね。 「ぜってーなんか壊すだろお前ら」 川田先生に隔離されたんだけど、朝起きたらやっぱり誰かがフスマ蹴破ってた。全員2日目、3日目の自由行動なし。 「2度とフスマは蹴破りません」 って旅行ノートにずっと書かされてた。結局犯人は分からずじまい。誰の仕業だったんだ、でっかい穴、4つは開いてた。 センプクさん、落ち着いたと思ったら何だよ。今度はべらべらと。辻沢には古い家で構成する六辻会議っていうのがあって影の世界を支配してるとか、それが全部宮木野の家系だとか、センプクさんとこや町長の家もその一つだとかって。辻っ子ならなんとなく知ってるような話し始めて。どうでもいいっての。町長が昔、東京でヤクザやってたなんて、カイシャじゃ掃除のオジサンまで知ってる有名な話だよ。あ、でも町章にある6つの山椒の実の意味が分かったのは勉強になった、その六辻会議ってのが表象されてるのね。え? 志野婦神社の隠された真実聞きたいかって? いいよ、もう。感情に起伏ありすぎだよ、センプクさん。一応聞いとくけども。 例のメッセージを聞かせたら、しばらく黙ったままでいて、 「わかった、こいつはあたしが始末つけるから」 って。全部ヤリ方教わってるからって、あんたら何もん? あたしは何のネットワークにアクセスしちゃったんだ? いまいち不安だけどガラケーもハンカチも置いてきた。雄蛇ヶ池に捨てに行く手間が省けたって考えることにする。
最終更新日: 2025-03-08
Chapter: 1ー10.響カリンは地元企業で社畜する 六道辻。やっぱりここに来るのはしんどい。嫌なこと思い出すから。ツジカワさんがここで行方不明になって、すぐにシオネが、そして……。事件の発端の場所。バス停に立つと、ツジカワさんの家はほんのすぐそこ。この短い距離で何があったんだろうって思う。 センプクさんち、すんごいお屋敷。蔵が3つもある家ってどーよ。辻沢の中でも1位、2位じゃないかな。しかし、女バスのセンプクさんと辻沢不動産の千福オーナーがどうして結びつかなかったかね。あたし頭どうかしちゃった? センプクさんのおじーちゃんが千福オーナー。 玄関先の垣根、いい香り。クチナシだね。フツーは、いくつかくたって汚くなった花があるものなのに、全部真っ白。手入れが行き届いてる。「ヒビキ様。どうぞこちらへ」 電話した時はさんざん女バスの頃の話して盛り上がってたくせに、なんなの他人行儀なこの態度。しかし、広いにもほどがあるよ。玄関からどれだけ歩かせるんだ。冗談じゃなく迷子になりそう。 「しばらく、こちらでお待ちください」 「すみません。お手洗いを貸してもらえないかな」 お腹こわした。コンビ二に売り切れ続出のオレンビーナ・スカンポあったから買って飲んだのがいけなかった。あれ飲むと必ずお腹こわす。 「この前の廊下を、あちらにまっすぐ行かれて、突き当たりを左に行ったところに雪隠がございます」 雪隠ってまさか外でしろって? したものを雪で隠すから雪隠っていうって、ウィキに載ってなかったっけ。 まっすぐね。まっすぐって、ずいぶん長い廊下だ。突き当たってと、あれか。なるほど、これを雪隠って。ただの和風の便所じゃない。一応屋内で安心した。それに水洗だし。わざわざ雪隠っていうことあるか? 洗面台、天然岩? 水つめたい。きっと井戸水だ。格子窓の向こうに裏庭か。って、普通の庭より広いし。殿様がこうやって格子越しに裏庭を見ながら手を洗ってて、「そろそろ、あの枯れ枝も払うときよのう」なんてつぶやくと、隠密が下でそれを聞いてて、シュタタタって走り去るの。それで城代家老が暗殺されるっていう筋書き。 「ごきげんよう」 なんだ? センプクさんのお姉さん? じゃない。青洲女学館の制
最終更新日: 2025-03-07
Chapter: 1ー9.響カリンは地元企業で社畜する 昨日はなんとなく過ぎちゃったし、今日も午前中、何もしないでボーと過ごしてた。たまにはこんな休日もいいよね。でも今日は3時に高校の女バスで一緒だったセンプクさんのとこ行く約束してるからそろそろ出かけなきゃ。車ないからバスで。 「出かけてきます」 「あなた何言ってるの? 今日お客様来るって言っといたわよね」 占い師は客じゃないよ、おかーさん。あいつの言葉信じても幸せなんかにならないから。 「今日はあなたのためにいらっしゃるのよ。特別料金なのよ」 なんだよ特別料金って。見料、月額定額制なんだろ? そもそも占いでサブスクって何なのだけど。 「占い師に用はないから」 「占い師じゃないのよ、霊媒師さんよ。何度言ったら分かるの」 知るか! ったく、むかつく。おとーさんがいなくなってからああいうのにどんだけボラれたか。占いだ、宗教だ、オカルトだ、健康グッズだって、他人の言うことに振り回されてさ。前を向いて自分の頭を使わなきゃ人生は見つからないって。 ……あたしにそんなこと言う資格ないか。 久しぶりのバス。あれ、小銭切らしてら。 「ゴリゴリカード、2000円のください」 お、辻女冬服バージョン。辻女コンプ。これ使えない。 「すみません。もう一枚、2000円のください」 青洲女学館の夏服か。使うの惜しいけど、いっか。運転手さん、なに? その目。あたし制服フェチじゃないから。 「六道辻まで」 ゴリゴリーン。 目の前、成女工の生徒たちだ。土曜にガッコ? そっか、もう学生休みでなくなったんだった。「なんか、よく変な人見んの、ウチ」 「どんなよ」 人の前で足開いて座んなよ、見えちゃってるぞ、P。 「それがさ、ノースリーブで半ズボン履いてる女の子で、夜一人で歩いてんの」 「夕涼みっしょ。最近暑いし」 「いや、それが冬も同じカッコして歩いてるんだって」 「はあ? それはツリだわ」 「いや、マジでマジで」 「ツリツリ。だまされねーし」
最終更新日: 2025-03-06
Chapter: 1ー8.響カリンは地元企業で社畜する「あ、あたし」 社長、どなたにお電話ですか? 「北村、今何してる? そうか。なら、大門前のいつものバーまで私のポルポル取りに来て。うん。そう。わるいな。10時半? 了解。お、そうだ。この間の企画書よかった。うん。お前主導で立ち上げてくれ。じゃあ、あとで」 「北村シニアマネですよね。大丈夫なんですか?」 車とプロジェクトの運転、両方とも。 「うん。大丈夫。あいつ運転は慎重だから。まあ、いっつも怒鳴ってるの見せてるから、あいつのことそんなふうに思うのも仕方ないけど、あいつはあいつでいいところあってね。昔、辻沢不動産をうちの傘下に入れようってた時……」 社長。その話、もう何度も聞きました。辻沢不動産の千福オーナーに3か月張り付いて、うんって言わせた。あいつは泥のように這いつくばって粘り強く仕事する昔ながらのビジネスマン、「二枚腰の北」と呼ばれてたっていう話ですよね。で、創業時一緒に汗したやつは特別とくる流れ。ちょっとうらやましい気がするけど、そこは踏み込んじゃいけない領域ってわきまえてますから。 「二人で3か月間、何してたと思う?」 え? それ初めて聞くな? わかりません。 「芸者遊びだよ」 「3か月間芸者遊びって、お金かかりそうですね」 「いや。一銭もかかんなかったんだ、それが」 全部、向う持ちってこと? 「ごっこ遊びだったんだ。千福と北村が姉妹の芸者って設定で、千福んとこで3か月間」 芸者ごっこって、アタマオカシイ? どっちが? オーナー? 北村さん? 「北村の芸者姿もまんざらじゃなかったって」 北村シニアマネ、見方180度変わった。 北村シニアマネ来た。お疲れ様です(無声)。この人が白粉塗って着物着て踊ってたんだ。3カ月も。20年前はどんなだったか知らないけど、想像するのが恐ろしい。 社長をお店の前でお見送り。 「ヒビキんち、ここから近かったよね。じゃあ、また来週。あっちのほうも期待してるよ」 行っちゃった。ポルポル、もう点になってる。あたしんち、車だと陸橋渡れるからすぐだけど、歩くとなるとソートーかか
最終更新日: 2025-03-05