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第196話
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乃亜は妊娠を知られることを恐れ、あらゆる言い訳を考えていた。凌央は冷ややかに「甘ったれるな！」と一喝した。しかし、そう言いながらも家庭医に電話をかけた。電話を切ると、彼は乃亜のズボンの裾を捲った。皮が剥がれかけた傷口が乾いた血に覆われ、無残に広がっている様子を見た瞬間、凌央の怒りは爆発した。凌央は携帯を取り出し、山本に電話した。「山本、乃亜の両親を徹底的に『教育』してこい！」怒声でそう命じると、電話を切った。あの二人は親と呼ぶに値しない。まったくの鬼畜だ！母親が娘の脚の皮を食い千切るなど、正気の沙汰ではない。乃亜は凌央の電話の内容を聞き、はっと息を詰めた。実は傷の手当てを済ませた後、自分で彼らに仕返しをするつもりでいた。凌央が先に山本に直接命令するとは思っていなかった。乱暴な方法だが、最も効果的だと彼女も承知していた。両親の惨状を想像すると、唇が自然と緩む。凌央は電話を切ると、ふと乃亜の笑顔が目に入った。すると、さっきまでの怒りがすうっと霧散していくのを感じた。きっと彼女は、彼がさっきかけた電話で笑顔がこぼれているのだろう。凌央は力強い口調で宣言した。「これからあいつらが手を出してきたら、即座にやり返せ！どんなにめちゃくちゃになっても、俺が後始末してやる！」自分が守るべき女を護れないようでは、男として失格だ。乃亜は笑みを収め、「わかった。ありがとう！」と答えた。凌央は車に乗り込み、エンジンをかけた。個室で、拓海は食卓の前に立ち、漆黒の瞳で全員を見渡すと、低く重い声で宣言した。「思い出したが、啓明法律事務所が開業したばかりで数多くの案件を抱えており、会社側でも進行中のプロジェクトが複数ある。これらが重なり、現在は結婚式の準備をする余裕がない！恵美との婚期は一旦延期する」幸恵があのように残忍にも乃亜の脚の皮を噛み千切る姿を見て、拓海は悟った。あの女の心は本当に冷酷で、残忍だ。そして今、恵美も同じような人間ではないかと危惧していた。こんな女を側に置くことは、時限爆弾を抱えるようなものだ。いつ爆発するかわからない。ようやく取り戻したこの命を、簡単に失うわけにはいかない。彼の言葉が終わるやいなや、恵美が金切り声を上げた。「いやだ！絶対に駄目！」ずっとずっ
永遠の毒薬 第198話
「婚約解消なんて許さない！約束を無しにするなんて！」幸恵の声は激情に震え、早口になっていた。桜華市の四大家族の中で、田中家は蓮見家に次ぐ名家だ。恵美が田中家に嫁げば、久遠家に多大な利益をもたらす。もし解消されれば、もうどこからそんな利益を引き出せようか！隆も慌てて同調し、こくりこくりとうなずいた。「その通りだ！婚約解消は認められん！婚約を破棄されたら、娘の顔が立たないじゃないか！世間の冷たい目を一身に受けることになる！」ついこの間まで順調で、結婚式の日取りまで決まっていたではないか。どうして突然翻すのだ！「婚約解消を公表すれば、私が全責任を負う。加えて、凌央への借金を肩代わりし、さらに4000万を支払おう。この金額なら、倹約すれば一生食べていける」拓海の表情は冷たく、声にも温もりがなかった。たとえ恵美や久遠家が乃亜に危害を加えるとしても、彼は婚約を解消する気だった！これからは、どんな犠牲を払っても乃亜を守ると心に誓っていた！隆の目がきょろきょろと動き、幸恵と恵美を見ると、こう言った。「凌央への借金を全額返済し、さらに2000万くれれば、承諾しよう！」2000万あれば、小さな店を開き、家を買い、車を手に入れ、愛人と息子とのんびり余生を送れる。幸恵が猛然と隆に襲いかかった。「隆！この恥知らずめ！誰があなたに娘のことを代わりに決める権利を与えたのよ！婚約は解消しないわ！恵美は田中家に嫁ぐのよ！」さっき乃亜が暴露した隆の愛人と隠し子については、まだ確証がつかめていないが、幸恵はもう信じていた。この数年、隆が自分にどう接してきたか、身に染みてわかっていた。これまでは、年を取れば愛情も薄れるものだと自分に言い聞かせていた。夫婦の情愛は失せても、最も身近な家族になったのだと。だが乃亜の言葉で、はっと目が覚めた。愛情は薄れたのではなく、とっくに腐っていたのだ。どうりで隆がいつも「金がない」と言っていたわけだ。すべて愛人に注ぎ込んでいたのか。だが今は隆とやり合うつもりはない。まずは愛人と小憎らしい子どもを見つけ出し、計画を立てなくては。「婚約を解消しなければ、田中家が数千万の結納金をくれると思うか？全く目先の利益しか見えていない！」隆は30年近く連れ添った妻をまったく眼中に置いていなかった。い
永遠の毒薬 第199話
真澄は眉をひそめながら立ち上がった。「久遠様、こうしましょう。ひとまずご自宅でご相談ください。明日改めてお会いして、一気に解決しましょう」 このところ拓海と恵美の結婚のことで、彼女はよく眠れない夜を過ごしていた。ようやく、拓海自ら婚約解消を申し出た今、彼女も内心ほっとしている。 久遠家が求めるのは金なら、支払ってもいいと思っていた。多少高くついても構わない！ 恵美さえ振り切れれば、それでいい！ 誠仁も続いて立ち上がり、厳しい口調で言った。「拓海が金を出すと言っても、田中家の財布は無限ではない。節度を持つんだ！」そして拓海に向かって、「帰るぞ」と告げた。 数十年の隣人関係だった。最後ぐらいはきれいに別れたかった。しかし隆が数千万などと大口を叩く様は、まるで田中家は簡単だとでも思っているようだ。 拓海は短く「はい」と答えると、礼儀正しく隆と幸恵に会釈して、きっぱりと踵を返した。今回ばかりは、彼の決意がひときわ固く、背中に迷いがなかった。すると恵美が追いかけ寄り、彼にしがみついた。「お金はいらない！一銭も要らないわ！ただあなたと結婚したいの！拓海、私を嫁にもらって！」 拓海のような容姿と温和な性格の男は、死んでも手放せない！ 「恵美、自重してくれ」拓海は彼女の指を一本ずつ剥がし、冷ややかに言い放った。 「拓海、もし本当に婚約を解消するなら、乃亜と心中してやる！」激情に駆られた恵美の声は甲高く、顔には憎悪がむき出しだった。 拓海はゆっくりと振り向き、恵美の顔を両手で包み込むと、穏やかながらも一語一句を刻むように言った。「死ぬ覚悟があるのなら、どうぞ。乃亜と心中すればいい！」 彼にはわかっていた。恵美にそんな勇気はない。 あれほど虚栄心の強い女が、死ねるはずがない。 「心中する勇気もないなら、今あるものに感謝するべきだ！でなければ、またあの頃の生活に逆戻りするかもしれないよ」 そう言い終えると、拓海は手を離し、ハンカチで丁寧に指を拭った。 温和でも、怒らないわけではない。 もうすでに面目を失わせた以上、こいつに畏れを植えつけておく必要がある！ 「拓海、私が乃亜を襲っても平気なの？」恵美は驚愕の表情で彼を見つめた。 どうして今日に限って
永遠の毒薬 第200話
隆は幸恵を見つめ、突然質問をぶつけた。「どうしてお前はそこまで乃亜を憎むんだ？」さっき乃亜の脚を咬んだ時、彼女は明らかに全力を込めていた。乃亜だって、幸恵が十月間お腹で育てて、腹を痛めて産んだ娘ではないか。幸恵の表情が一瞬曇ったが、すぐに平静を取り戻した。「あの子はわざと恵美を捨てたのよ。幼い頃から心が歪んでいたの。そんな娘を憎まないで、好きになれというの？」隆は不自然な表情を浮かべた。「ただ聞いてみただけだ。そんなに熱くなるな」声は思わず大きくなっていた。「隆、さっきの質問にまだ答えてないわよ！とぼけるのはやめて！」幸恵も決して穏やかな女ではない。隆も昔から知っていた。以前は、幸恵は家族のために物言いが強くなったのだと思っていた。だが次第に、彼女が本当に愛しているのは自分自身だと気づいた。「金が入ったら折半だ。さあ、早く食事をしよう！」隆がこの話題を続けることは当然できなかった。実際、彼の魂胆は彼女の言う通りだったからだ。これ以上話せば、必ず本性がばれてしまう。「何であなたが分け前をもらうのよ！」幸恵は嘲笑った。「隆、それは恵美の金よ。妄想はやめてちょうだい！」このたった一言で、隆のすべての野望が水泡に帰した。この瞬間、隆の胸中で怒りの炎が轟き上がった。このくそ女！「幸恵、生意気だぞ！そんな口の利き方！」隆は幸恵を睨みつけ、拳を固く握った。「手を出したら、命懸けでやり返すわよ！」幸恵も怯まなかった。怒りをあらわにして隆に向って言い放った。隆はカッとなり、幸恵の頬を平手打ちした。「やってみろ！」頬に焼けつくような痛みが走り、幸恵は信じられないという表情で目を見開いた。「隆、信じられないわ、私に暴力を振るうなんて！」そう言うと、隆の胸に突進し、歯を立てた。「幸恵、反抗するのか！俺を噛もうとするなんて！」隆は幸恵の髪を掴み、引き離した。この女を殺してやりたいと思った。そうすれば離婚の手間も省ける。深い悲しみの渦にいる恵美は両親の喧嘩に気づかなかった。母親の悲鳴でようやく我に返り、父が母の上に乗り、激しく殴りつけているのを見た。彼女はただ茫然としていた。家では、両親が喧嘩すらしたことがなく、ましてや暴力など思いもよらなかった。そんな両親の、長年連れ添う姿に、彼女
永遠の毒薬 第201話
「死んでしまえ！」家庭の中で、恵美を最も愛していたのは母親だった！隆があんなふうに母を殴るなんて、許せなかった！しかしその瞬間、個室のドアが突然勢いよく開き、数人が素早く入ってくると、すぐに扉が閉ざされた。一方、御臨湾では―家庭医が乃亜の傷の手当てをしていた。妊娠中のため、彼女は麻酔を拒否し、歯を食いしばって耐えていた。凌央は脇で、痛みに額に汗を浮かべる乃亜を見つめ、眉をひそめた。この女、なぜここまでして麻酔を拒むんだ？処置が終わると、乃亜はまるで水中から出てきたかのように全身がぐっしょりと濡れていた。「傷口を水に濡らさないように。消化の良いものを食べ、薬は時間通りに飲んでください」医師は念を押して去っていった。乃亜はベッドに倒れ込み、話す気力もないほどぐったりしている。それは激痛だった！凌央は冷たい表情で「自業自得だ！」と吐き捨てた。乃亜は顔を背け、彼を相手にしなかった。まさか母親が腿に噛みついてくるなど、予想もしていなかった。それもあんなにも残忍に！凌央が家庭医を呼んでくれたとはいえ、そもそも今夜彼によってあの場所に連れて行かれなければ、こんな目に遭わずに済んだのだ。結局、すべて凌央のせいだ。それなのに、この男は高みの見物を決め込んでいる。本当に嫌な男だ。凌央は彼女の態度に可笑しくなり、腰を下ろすと柔らかな黒髪に指を絡めながら、軽く笑った。「乃亜、その態度は何だ！」乃亜は振り向きざまに言い返した。「どんな態度を望んでるの？」今夜の全ては凌央のせいだった。罵倒しないだけでも感謝すべきだというのに、礼儀正しくしろというのか？そんなのふざけている！「野郎に気を取られすぎだ。噛まれても反応しないとは、馬鹿げている」凌央の声には明らかな嫉妬が混じっていた。乃亜は冷笑した。「あなたが無理やり連れ出したから拓海さんに会えたの。過ちはあなたにあるのよ！」凌央の目が険しく光った。「拓海と乃亜は本当に仲睦まじげだな！」乃亜は彼のことは蓮見社長や苗字でしか呼ばなかった！その差は大きかった！乃亜は笑みを浮かべて返した。「美咲さんがあなたを凌央と呼ぶ時、私は何か言ったことがある？」凌央は怒りで彼女の首をしめようとしたその時、携帯電話が鳴った。乃亜がほっとした。
永遠の毒薬 第202話
凌央は冷たい表情で言い放った。「乃亜、何もかも美咲と張り合おうとするな！」乃亜は一瞬たじろいだ。彼女は怪我を負った。そばにいてほしいと願うことまで、美咲と張り合っていることになってしまうのか？しかしすぐに平静を取り戻し、微笑んで言い返した。「それほど美咲さんが忘れられないなら、どうして私と離婚して彼女と結婚しないの？」離婚さえすれば、彼が誰を愛そうと、誰と会おうと、自分には関係ない。それなのに凌央は離婚を拒みながら、美咲と曖昧な関係を続けている。彼女にとってはどうでもいいが、目障りでしかない。「拓海は間もなくお前の妹と結婚する。お前が今離婚したところで、お前を嫁にもらうことは無理だ。まさか姉妹で一人の男を共有するつもりか？」凌央の言葉は鋭い矢のように乃亜の心臓を貫き、彼女は呆然とした。この男の目には、彼女ははそんな軽い女にみえているのか！「乃亜、言っておくが、離婚すればお前の祖母への治療は即刻停止する。よく考えろ」凌央の声は冷たく、彼女を見下すような視線を向けた。彼はわかっていた。乃亜が離婚を選択できないことを！祖母は凌央の提供する特効薬と医療チームなしでは生きられない。離婚は、祖母の死を意味した！長年、祖母の治療を諦めずに続けてきた彼女にとって、ようやく見えてきた希望を今さら捨てられるはずがなかった。凌央は確かに人心を読み取るのがうまかった。乃亜の胸中は、彼にとって筒抜けだ。彼の言葉は耳に突き刺さり、苦しく、やりきれなかった。しかし凌央の言い分は、一つ一つ道理にかなっている。間違ってはいなかった。もし離婚を選べば、凌央は間違いなく祖母への治療を打ち切る。待ち受けるのは、祖母の死だけだ。これだけの年月を耐え抜き、ようやく光が見えてきたというのに、今さら諦めることなど、自分自身を許すことができなくなるだろう。「ごめんなさい。もう二度と離婚の話はしないわ」乃亜は心から反省した様子で謝罪した。彼女は凌央と表向きだけの夫婦でいると決めていたのに、なぜ余計な口をはさんでしまったのか。凌央が何かを言い出す前に、続けて言った。「行ってあげて。美咲さんがあなたを必要としてるわ。もう遅いから、私もそろそろ休むわね」この一言を言うときに、微笑みながら凌央を見つめる彼女
永遠の毒薬 第203話
一瞬の曖昧な空気が打ち破られた。乃亜は慌てて凌央を押しのけた。「下ろして！」凌央は仕方なく彼女を地面に降ろした。乃亜は片足でソファまで跳び、本を手に取って読み始めた。凌央が電話に出ると、山本の焦った声が響く。「蓮見社長、高橋さんが意識を取り戻しました！社長に会えないなら自殺すると泣き叫んでいます！いつ来られますか？」山本の声はとても焦っている様子だった。「今すぐ出る！」電話を切った凌央は、ソファで本を読む乃亜を見つめた。彼女の姿は穏やかで、美しく、優雅に映った。この一瞬に不思議な安らぎを覚え、こんな暮らしも悪くないと思った。乃亜が視線を感じて顔を上げると、二人の目が空中で交差した。「どうして早く行かないの？」その優しい声に、凌央は現実に引き戻される。そして淡々と言った。「そんなに俺を追い払いたいのか？デートでもするつもりか？」乃亜は唇を緩めて返した。「あなたがそう思うなら、どうしようもできないわ」彼女が適当に放った一言も彼を誤解させかねない、これからは口数を少なくしよう。「もう行くよ」凌央は何も言わずに振り返り、去った。結局、美咲こそが彼にとって最も重要な存在なのだ。乃亜は単に「蓮見夫人」という肩書を持つ女に過ぎない。乃亜は視線を本に戻し、読書を続けた。法律関連の書籍に集中して読みふけっていたが、突然の着信音で思考が中断された。電話に出ると、それは拓海からの着信だった。乃亜はその美しく繊細な眉をわずかにひそめ、一瞬躊躇してから電話に出た。「拓海さん、どうしたの？」こんな時間に電話するなんて、恵美に知られたら大変ではないのか？「今すぐ会いたい。時間はあるか？」拓海の優しい声は彼女に断ることを難しくさせた。「拓海さん、私……」断ろうとした乃亜の言葉を遮って、彼は続けた。「婚約を解消したんだ！今回は絶対に妥協しない！僕のせいで君に迷惑がかかるかもしれないから、直接話したい！」乃亜は驚いた。普段は慎重な拓海は、決めたことは普通変えないのに、なぜ恵美との婚約に関してだけは変えたのだろう。「長くはかからないよ」「わかった。位置情報を送って。今向かうわ」「君は怪我したんだ、僕が迎えに行くよ！」「大丈夫。そこまで重い傷じゃないわ。自分で運転する
永遠の毒薬 第204話
以前、家で嫌なことがあれば拓海の元へ駆け込んだ際、いつも入口で待っていてくれた。彼女はその姿を見るだけで、ほっとしたものだった。時が経った今、同じような光景を目にして、懐かしい記憶がよみがえらずにはいられなかった。拓海は彼女が車から降りるのを見て、近寄ると、手を差し出した。「脚の具合は大丈夫か？」「大丈夫よ！」乃亜は彼の手を避け、「外は少し肌寒いわ。中で話しましょう」もう二人は過去のように、手をつなげる関係ではない。今の二人は周囲の目を気にしなければならない。拓海は少し落胆しながら手を引っ込めた。乃亜は適度な距離を保ちながら、店内へと進んだ。席に着くと、乃亜はミルクとティラミスを注文した。夕食を取っていなかったので、お腹が空いていた。拓海はコーヒーを頼んだ。「夜にコーヒーを飲んで、眠れるの？」と乃亜は思わず尋ねた。「大丈夫さ」拓海は穏やかに微笑んだ。最近は不眠症気味で、たとえコーヒーを飲まなくても眠れないのだ。「拓海さん、どうしてまた婚約解消を？せっかく式の日取りまで決まっていたのに」乃亜の質問は直接的だった。普段慎重な拓海が、結婚をこんなに軽く考えるとは信じられなかった。「恵美とは合わないんだ。僕だって彼女の時間をこれ以上無駄にしたくない。だから婚約解消したんだ」拓海は運ばれてきたコーヒーを手に取り、湯気が顔にかかった。「婚約を解消すれば、彼らは君のせいだと誤解し、恨みを抱くかもしれない。陰で君に危害を加える恐れがある」結婚を承諾したのも、恵美が乃亜に手を出さないと約束したからだった。しかし今はその縛りもなくなり、恵美はきっと乃亜を狙うだろう。「あなたがいなくても、あの人たちは私を憎んでいる。何か仕掛けてくるのは当然よ」その、ミルクとティラミスが運ばれてきた。スプーンで一口食べながら、あの家族のことを考えた。彼女は、隆と恵美の恨みは理解できた。しかし、十か月身ごもって、腹を痛めてまで自分を産んだ母親までが自分を憎む理由がわからなかった。「今日会ったのは、君にボディーガードを増やす話と、周囲に不審な人物がいないか注意するよう伝えるためだ」言いながら、彼はポケットから箱を取り出した。「明日は君の誕生日だろう？プレゼントだ」乃亜は首を振った。「結構よ！」以前も彼女は断ったのに
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永遠の毒薬 第222話
「邪魔が入って追えません！」裕之の表情が一瞬で固まった。「誰だ？」「渡辺家です」ペンを握りしめた手に力が入り、ペン先が指に食い込み鋭い痛みが走った。しばらく気持ちを整えた後、冷たい声で言い放った。「ならもういい！ところで、あの件の調べは終わったか？」「28年前、確かにお父様は漁村を訪れています。その後すぐに安藤氏がその土地を買収し、リゾート開発しました。ただし、あの人物がご子息かどうかは、DNA鑑定が必要です」「調査を続けろ。DNAは俺が手配する」電話を切った後の裕之の顔は険しかった。ちょうどその時、オフィスのドアが勢いよく開かれた。「裕之！あの私生児を始末しろと言ったのに、なぜまだ手を付けていないの！」美奈子の怒声が耳に入った。裕之が顔を上げると、逆上した母親が詰め寄ってくるのが見えた。裕之は思わず眉をしかめた。「母さん、どうしてここに？」「あなたが電話に出ないから直接来たのよ！」美奈子は息巻いていた。「この状況をどうする気？説明してちょうだい！何も教えてくれないから、家で考えすぎて頭がおかしくなりそうだわ！」裕之は眉間を抑えながら言った。「落ち着けって言っただろう？ いつも通り、買い物に行き、エステに行き、麻雀を楽しめばいい。彼らに自分の生活を乱させるな！」「何年も警戒してきたのに、今さら愛人と私生児が現れるなんて！ それに、その私生児はもう27歳だわ！ あなたとたった2歳差よ！ 落ち着けだなんて、どうやって冷静でいられると言うの！？」美奈子はすっかり逆上していた。上流社会では愛人を持つ男は珍しくないが、美奈子はプライドが高く、20年以上も前に夫が不倫していた事実など到底受け入れられなかった。それに、その愛人の子が自分の息子と数歳しか離れていないだなんて。「母さんは安藤家の夫人だろう？ 上流社会の誰もが、その優雅で気品ある姿を知っている。しかし今の母さんのどこに名門の夫人らしさがあるというんだ！」裕之は立ち上がり、美奈子に近寄ると、肩に手を置き、優しく諭すように言った。「まだ父との血縁関係すら確定していないのに、自分から混乱してどうする。もし本当に、もしあの男が父の子だとしたら、母さんは気が動転しておかしくなってしまうんじゃないか？」しかし内心ではわかっていた。
永遠の毒薬 第221話
「紗希、後ろの車が私たちについてきているのに気付いた？」彼女は紗希に小声で囁いた。高架道路での不愉快な記憶があったため、彼女は高架道路にトラウマを抱えており、何か起きるのではないかと心配していた。「手すりにつかまって。加速するわ」紗希はルームミラーを見ながら、後続車も突然スピードを上げたことに気づいた。彼女が減速すると、後ろの車も減速した。曲がれば、後ろの車も曲がった。まるで彼女の軌跡をなぞるように。もはや二人には、あの車が明らかに自分たちを追跡していると確信できた。「私の携帯はカバンの中にあるわ。乃亜、取ってくれる？彼に電話するわ！」紗希は冷静を装おうとしたが、震える声が緊張を露わにしていた。「運転に集中して。いったん彼のことは考えないで」乃亜は彼女のカバンからスマホを取り出したが、ダイヤルする前に着信が入った。「渡辺さんからの電話よ、出る？」「出て！」紗希はブルートゥースイヤホンを装着し、電話に出た。「寝たら逃げるつもりだったんだな、紗希。俺を挑発してるのか！」男の声は低く抑えられており、電話越しでも怒気が伝わってきた。「今日の昼は乃亜と外食なの。彼女の誕生日だから」紗希は自分と男の関係を十分に理解しており、常に一定の距離を保っていた。決して深みにはまらないようにしていた。そうでなければ、最終的に傷つくのは自分だとわかっていた。「紗希、わざと俺を舐めているんだな？」男は歯を食いしばりながら言った。「明日にしましょう、ね？」紗希は男が逆上して昼食を作れと迫るのを恐れ、なだめるように言った。「今夜だ！」男はそう言い残し、電話を切った。ブチっと電話が切れる音を聞いて、紗希はようやく彼に本来伝えるべきことを思い出した。ルームミラーでナンバープレートを確認すると、折り返し電話をかけた。「用はなんだ？」男の声は依然として不機嫌だった。「高架で車に追われてるの。誰か助けてくれる人をよこしてくれない？」紗希は甘えるような柔らかい口調で頼んだ。頼み事がある時は、態度を低くするのが当然だ。「ナンバーは何だ！」紗希は急いでナンバーを伝えた。「スピードを落とすんだ。焦るな。すぐに車を止めさせる！」「ありがとう！」「感謝は別の方法でだ。口先だけじゃないぞ
永遠の毒薬 第220話
「乃亜、誕生日おめでとう！」祖父の力強い声が電話から聞こえ、その声には楽しげな笑い声が混じっていた。乃亜は一瞬呆然とした。今日が自分の誕生日だということをすっかり忘れていた。昨日、拓海がわざわざ会いに来てブローチを贈ってくれたが、凌央にゴミ箱へ捨てられてしまったことを思い出した。「おじいちゃんはお前にプレゼントを準備しただけでなく、誕生日パーティーも用意している。今日もし時間があるなら、早めに来ておじいちゃんとおしゃべりしてくれ！」祖父は数日も彼女に会っておらず、心から会いたがっていた。年を取ると、子や孫に囲まれてたいものだ。乃亜の胸は温かくなり、思わず目頭が熱くなった。「うん、ありがとう、おじいちゃん！」蓮見家で、彼女に真心から接してくれるのは祖父だけだった。彼女は彼の言うことを断ることなどできなかった。「よし、もう遅いから早く出勤しなさい。これ以上お前の貴重な時間を奪うわけにはいかん！」蓮見おじいちゃんはそう言うと、さっと電話を切った。彼は心から乃亜のことを思っていた。彼女がさらに優れた女性になることを願っていた。凌央が乃亜と一緒にいる理由も、彼女の優秀さゆえだと理解していたからだ。無意識に男が惹かれていくような女性だと。もちろん、美しい容姿も一因ではあった。乃亜は携帯を握りしめ、複雑な思いに駆られた。紗希はすぐに到着した。乃亜は車に乗り込んだ。彼女はさっと紙袋を差し出し、彼女に渡した。「乃亜、誕生日おめでとう！」乃亜は、袋からジュエリーボックスを取り出し、開けると、MKブランドのネックレスが入っていた。価格は6桁に届くもので、乃亜は紗希を見つめて優しく言った。「こんな高価なものをどうして！ あなたのスタジオは資金繰りが大変なんでしょう？」「あの人がクレジットカードをくれたの。お金が必要なら、好きなだけ使っていいって」紗希は明るく笑った。乃亜は眉をひそめ、心配そうに言った。「あなたが彼のお金に目がくらむ人じゃないのは知ってるわ！私のためにそうしてるんでしょう？」誰もが口を揃えて言う。あの男は骨の髄までしゃぶり尽くす残忍な男だと。紗希があの男と再び一緒になるなんて、身を滅ぼすようなものだ。もし彼女がいなければ、紗希は再びあの男に近づかなかったのに！「乃亜、考えすぎな
永遠の毒薬 第219話
彼女は何もしていないのに、すぐ罪を着せられた。しかし……彼が彼女にこんな態度をとるのは初めてじゃなかった。それでも彼女はやはり辛かった。「この目で見たことしか信じないと言っただろ！美咲の世話に行け！二度も言わせるな！」凌央の表情はさらに冷ややかになり、声は鋭く硬かった。「それに、昨夜のネットにトレンド入りした件もまだ清算していないぞ！」乃亜はぎくりとした。「どういう意味？」まさか彼女の仕業だと思っているのか？「この件を知っているのは我々だけだ。なぜトレンド入りに？お前の企みは手に取るようにわかる。乃亜、小細工などするな！痛い目に会うぞ！」凌央は考えた。乃亜がネット工作で炎上させたのは、二人の夫婦関係を認めさせるためだ！三年前、同じ手口で結婚を強いたように。彼は彼女のこの汚い手段が心底嫌いだった。乃亜は深呼吸して胸の痛みを抑え、無意識に背筋をぴんと伸ばして一言一言はっきりと言った。「トレンド入りは私の仕業じゃない！私も後から知ったの！信じるかどうかはあなた次第よ！」彼女は知っていた。彼は信じないに決まっている。でも彼女も不当な罪は受け入れられなかった。凌央は冷笑した。「三年前、メディアに写真を撮られたときも同じことを言っていた！俺に責任を求めないと言いながら、陰で祖父を唆して結婚させただろ！乃亜、お前の言葉に信用などあるのか？」乃亜はもはや弁明の意味がないと悟り、苦笑いした。「ええ、私の言葉は信用できないわね。もう何も言わないわ。あなたがそう思うなら、それでいい！」乃亜はもう弁明する気も失せた。だが、証拠を見つけて、やがて潔白を証明してみせる。凌央は彼女の態度に眉をひそめた。「自分の行いを認めないくせに、被害者ぶるな！」乃亜は靴箱から靴を取り出し、靴を履くと、ドアを開けて出て行った。やってもいないことを押し付けられたのに、被害者面をするなとはどういうことだ？女性の寂しげな後ろ姿に、凌央は不機嫌そうに眉を寄せた。この女、誰に向かってそんな態度をとっているんだ！小林さんが近づき、ブローチを差し出した。「旦那様、今朝ゴミ箱で見つけたのですが、奥様が間違えて落としたものでは？」凌央はそれを見るなり、ますます苛立ちを募らせ、焦るように言った。「捨てろ！」小林さんはそれ以上何も言えず、すぐ
永遠の毒薬 第218話
「もういい、もう話すな。すぐ救急処置室に連れて行く！」凌央は優しく言い終えると、まだ突っ立っている乃亜を見て表情を険しくした。「外で大人しく待ってろ。責任逃れは許さないぞ！」「私たちの子供」という言葉に、乃亜の胸は思わず締めつけられたが、落ち着いてから口を開いた。「凌央、私が押したわけじゃないわ！ 監視カメラがあるでしょ、自分で確認して！」「カメラなど見る必要ない。この目で見た事実で十分だ！乃亜、もしお腹の子に万一があれば、お前にも償わせてやる！」凌央の声は刺すように冷たく、その目はまるで刃のようで、乃亜を真っ二つに切り裂きそうだった。乃亜は深く息を吸い込み、唇をかすかに震わせたが、結局何も言わなかった。もし美咲のお腹の子に何かあったら、彼女も負い目を感じるだろう。結局、私の言葉が彼女を転ばせたのだから。医師が駆けつけ、乃亜は閉まる救急処置室のドアを見ると、その場を後にした。振り向いて去っていく後ろ姿はどこか寂しげだった。階段を降りた彼女は一階ロビーで長いこと座り、やっとのことで力が回復してから、病院を出た。自宅に着くと、そのままベッドに倒れ込むように眠った。彼女は空がすっかり明るくなるまで、眠っていた。目を開くと、隣の枕には誰の気配もなかった。手を伸ばし、触れてみると冷たく、まったくの温度が感じられなかった。どうやら一晩中帰って来なかったようだ。まあ、美咲のことで病院に残っていたとしても不思議はない。もう慣れたはずだろう？思考を切り上げ、ベッドから出た。今日は紗希と病院に行く約束があることを思い出し、急いで支度をして朝食をとった。妊娠してからはすぐにお腹が空くようになった。昨夜の騒動で体力を使い果たし、普段より一碗多いお粥を平らげた。小林さんは思わず笑みを浮かべた。「奥様、お食事が進むようになりましたね」乃亜は一瞬ぎくりとしてから、微笑んで答えた。「少しお腹が空いていたから多めに頂いたわ。これから出かけるから、凌央が戻ってきたら伝えておいて」箸を置き、ハンカチで口元を拭って立ち上がると、振り返って外に向かった。彼女が去る姿を見た小林さんは目をしかめた。乃亜は上の階の部屋に戻り、身分証をバッグに入れ、携帯を手に階段を下りた。しかし玄関で靴を履き替えようとした瞬間、ドアが開いた
永遠の毒薬 第217話
乃亜は軽く笑い、目尻を優しく下げた。「彼があなたを愛してるなら、なぜ結婚しないの？ 愛人のままにさせてるなんて、本当に最低な男ね！」以前だとしたら、美咲からこんな言葉をかけられたら、乃亜は長い間傷ついていただろう。しかし今は凌央を単なる「ビジネスパートナー」と割り切っている。生涯の伴侶ではない相手に、一途さや誠実さを求めることなどできるだろうか？もちろん無理だ！だから美咲からの言葉にも、もはや何も感じなかった。「あなたがあの時、厚かましくも彼のベッドに潜り込まなければ、彼はあなたと結婚することもなかったでしょうに！」三年前、凌央が乃亜と結婚すると聞いた時の、矢で心を貫かれるような痛みは、今思い出しても美咲の胸を締め付けた。美咲は凌央が一生自分を守り、待ち続けてくれると信じていた。まさか何の前触れもなく、結婚という爆弾を投げつけられるとは思ってもみなかった。乃亜を恨んで三年だ！何度も乃亜を殺そうと思った！「あなたも彼のベッドには入ったんでしょう？ なぜ結婚しないの？ 私より醜いから？ それとも私より価値がないから？ 自分でよく考えなさいよ！」廊下を行き交う人々を気にして、乃亜は声を抑え、淡々と話した。あたかも日常的な会話のように。乃亜の言葉は刃のようで、美咲は理性を失い、乃亜に飛びかかり、両手で顔を掴もうとした。乃亜は驚いて後退し、背中が壁にぶつかり痛みが走った。美咲は勢いあまって床に倒れた。その瞬間、救急処置室のドアが開いた。額に包帯をした凌央が現れた。乃亜は心の中でしまったと呟いた。美咲はきっと全てを自分のせいにするだろう。思わず天井の監視カメラを確認すると、少し安心した。「凌央……お腹が、すごく痛い……」美咲の声は涙に震えていて、頬を伝う涙が光っていた。今回は本当の痛みだった。決して演技ではなかった。凌央は呆然と立ち尽くす乃亜を一目見ると、低く唸るように問いかけた。「乃亜、これはどういうことだ？」なぜ美咲がここにいるんだ？ 誰が彼女に連絡を入れたんだ？「凌央、乃亜さんのせいじゃないわ。私が転んだの」美咲は涙ながらに訴えかけた。まるで豪雨に打たれた花のように、見る者の胸を締めつける可憐さだった。凌央は乃亜を凝視し、返答を待った。「彼女自身が転んだって言ってる
永遠の毒薬 第216話
頬がヒリヒリと痛んだ。乃亜が顔を上げると、殺気立った美咲の視線とぶつかった。乃亜は手で頬をさすりながら立ち上がった。身長の高い乃亜が美咲を見下ろし、冷笑を浮かべた。「これは私と凌央の夫婦の戯れよ。あなたに干渉する権利なんてないわ！」「このくそ女が！恥もないのね！」美咲が再び手を上げると、乃亜の目が冷然と光り、素早くその手首を掴んだ。そして反動をつけて美咲の頬を打ち返した。「私がくそ女ですって？ 恥なんかないわよ！ 忘れないで、 法律上凌央は今でも私の夫よ！愛人でいるのが長すぎて、妄想を膨らませてるんじゃない？」これまで凌央と美咲に関するトレンド入りしている話題を見ても、なるべく気にしないようにしてきた。自分自身をわざわざ疲れさせる必要はない。自分の人生は自分で守るべきものだ。つまらない人間のために心をすり減らすつもりはない。だが、美咲が平然と暴力を振るってきたことで、悟った。美咲は彼女を舐めきっている。もう耐える必要なんてないだろう。美咲は頬の熱い痛みに驚愕し、両目を見開き、乃亜を見つめた。「よくも……私に手を上げられたわね！」乃亜といえば、凌央のためにこれまでずっと耐え忍んできた女だ。どんな挑発にも動じなかったのに、今日はどうしたことか？ まさか反撃してくるとは！「あなたが自分で手を出しただけでしょう？ 私が何をしたというの？」乃亜は冷ややかに言い放った。「ここで宣言しておくわ。これからあなたが挑発してきたら、そのたびにこうして仕返しするから覚悟しなさい！」元々は早く凌央と離婚し、美咲と彼の邪魔をしないつもりだった。だが祖母の事情でこの結婚に留まることを余儀なくされた今、美咲との衝突は避けられなかった。彼女はもうすでに彼からの愛を受けられない。どうして厚顔無恥な愛人にまで譲歩しなければならないのだ！乃亜の表情は冷徹そのもので、声は鋭く切り裂くようだった。美咲は彼女を見つめ、一瞬たじろいだ。目の前の女の威圧感は、凌央とそっくりだった！夫婦で寝食を共にして長い月日が経ったからか？ 美咲は頭を振って思考を払い、小声で毒づいた。「私に手を出したら、凌央が許さないわよ」彼女はわざと小声で嘲笑いを浮かべながら、そう言った。乃亜は涼やかに笑った。「自殺未遂したんだって？ でも見たところ、大した傷
永遠の毒薬 第215話
凌央は彼女に支えられて車から降り、ほとんど全身の重みを乃亜に預けた。エレベーターの中では、乃亜はすでに頭に汗をかいていた。凌央はエレベーターの壁にもたれかけ、そんな彼女の姿を眺めた。頬を赤らめ、まるで運動を終えたかのようだった。美しい女は見ていると心地よく、気分も幾分か晴れてきていた。上に着くと、凌央は救急処置室へと運ばれた。だがしかし……救急処置室が必要なほどの重傷ではなかった。だが病院側は気が張り、過剰に彼の心配をしていた。救急処置室のドアが閉まるのを見届け、乃亜は椅子に座って深く息を吐いた。ここまで、彼は骨抜きにされたみたいに彼女に寄りかかっていたため、彼女はぐったりと疲れていた。一息つこうとした瞬間、携帯電話が鳴った。彼女は携帯を取り出すと、それは紗希からの着信だった。今日の診療をすっぽかしたことを思い出し、急いで電話に出た。「紗希、聞いて」「乃亜、 あなた凌央を病院行き送りにしたの？」紗希の甲高い声が乃亜の言葉を遮った。乃亜は呆然とした。「え？ どうして知ってるの？」まさか携帯の盗聴機能が紗希にまで繋がっているのか？「あなたのとこの蓮見凌央の話題がトレンド入りしてるわよ！ あなたが病院で凌央を支えてる写真まで拡散されてる！ 彼、バスローブ姿なんて！」紗希は一気に話し終えると、突然爆笑した。「乃亜、やるじゃない！ あのクソ男、ちょっと懲らしめてやるべきだったのよ！」「確かに私が傷を負わせたけど、家庭内暴力じゃないわ！ 凌央が無理矢理迫ってきたから、スマホで殴ったの！」乃亜は気まずそうに弁解した。しかし考えてみた。もしトレンド入りしたということは、もう世間に知れ渡っているのではないか？おじいちゃんは怒りから体調を崩してしまわないだろうか？元々自分を疎ましく思っている姑は、今頃きっと殺意を抱いているだろう。これからは、一層気を引き締めて、真子に付け込まれる隙を与えてないようにしなくては。自分が転んだり、傷ついたりするのは構わないが、お腹の子供に万一のことがあってはならない。「あのクソ男、自業自得よ！」 紗希の声には、鬱憤が晴れたような喜びがにじんでいた。乃亜は汗を拭いながら言った。「本当に自業自得だわ！ いつも私をいじめるからよ！ そうだ、紗希、明日の朝時間ある？ 一緒に
永遠の毒薬 第214話
「凌央、あなたは先に降りて。私は車を停めに行くから」乃亜はできるだけ自然な声を装った。凌央は眉を跳ね上げる。「お前が殴っておいて、責任を取りたくないのか？」彼女は、明らかに付き添う気がない。逃げたがっていた。しかしそう簡単には行かなかった！「そんなことないわ！」乃亜は強く否定した。彼女はただ気まずく感じていただけだ。責任放棄なんてするわけがなかった！「なら一緒に駐車場へ行く！」外で待つ人々をまったく気にしない様子で、凌央は淡々と言った。乃亜は唇を噛んだ。「早く降りてよ。たくさん血が出てるじゃない」この男、本当にわがままだ。なぜ彼女にここまで付き添わせたがるんだ？「乃亜、はっきり言え。俺への責任を回避したいのか？」凌央は彼女の態度を見るにつけ、逃げたいという本心を見抜いていた。そんなことがありえるか！「もういいから、降りて！」乃亜はエンジンを切り、ドアを開けて降りた。彼女はこうなることなら、パーカーを着てくればよかったと思った。そうしたらフードで顔を隠せたのに。車内の凌央は微動だにしなかった。乃亜は深呼吸し、仕方なく彼のドアを開けた。「降りて」すると彼は虚弱なふりをした。「支えてくれ！」乃亜……どうしてまだこんなフリをするんだ。内心で毒づきながらも、血の滲んだバスローブを見ると、素直に手を差し出した。「頭をぶつけないように、ゆっくりね」小声で付け加えた。凌央がまぶたを上げ、彼女を見つめた。灯りに浮かぶ乃亜の横顔が朧げに美しかった。「もし傷のことを聞かれたら、『誤ってぶつけた』と言ってね。余計なことを言わないで！」乃亜は低い声で言った。頬は赤く染まっていた。人前で恥をかきたくなかった。凌央は眉を動かし、苦笑した。「家庭内暴力をしたくせに、世間に知られるのが怖いのか？」実際、殴られた瞬間は彼女を絞め殺そうとさえ思った。だが、蒼白になった顔を見て手を出さなかったからこそ、今の愛らしい姿が見られたのだ。乃亜が反論しようとした時、耳元で整然とした声が響いた。「蓮見さん」彼女は言い訳は飲み込むしかなかった。もういい、彼の言う通りにさせよう！凌央は唇を引き締め、先ほどまでの不真面目な態度を消し、冷たく一言言った。「うん！」その時、ストレッチャーが押
