新宿総合病院。七海が検査を受けた病院である。七海と、九頭龍の人格のままの凛太郎の二人は、ある入院患者の部屋にやって来た。表札には、「阿賀川 光」とある。『見せた方が早いから』と、七海は九頭龍凛太郎に対し説明をせずに病院に連れてきた。「…お姉ちゃん!」読んでいた本から顔を上げて精いっぱい元気そうな声を絞り出したのは、小学校3,4年生くらいの少年だった。入院生活が長いのだろう。痩せているうえに髪の色も淡く、|儚《はかな》げな雰囲気が漂っている。よほど本が好きと見えて、大人が読むような分厚い難しそうな本が何冊も病室のベッドの周囲に積みあがっている。好きなミュージシャンなのだろう、病室に貼ってある女性歌手のポスターと、図書館にしかないような専門書の束とのコントラストが奇妙な感覚を与える。よく見ると、ベッド横に設置された大きな箱型の装置から2メートルほどの管が出ていて、少年の体につながっている。一体、何の装置だろうか。「|光《ひかる》、また勉強してたのね。今日は会社の友達を連れてきたの。 …紹介するね。この子が弟の光。光、こちら会社の同僚の葛原さんよ。挨拶できる?」「こんにちは、阿賀川光です」光はニッコリと人懐こい笑顔で微笑む。「おう、葛原凛太郎じゃ。よろしくの」「葛原さんは、七海姉ちゃんの彼氏なの…?」「ち、チガウワヨ」「ま、そういうことにしとこうかの」七海と凛太郎の返答はほぼ同時だった。「よかった!… お姉ちゃん、働き過ぎでなかなか彼氏ができなかったんだよ。こんなに綺麗なのに」「こーら、あんまり大人をからかうんじゃないの」「からかってなんかないよ。僕のことなんか気にしないで、姉ちゃんは自分のために生きて欲しいって、何回も言ってるじゃないか」「光、その話はもう終わりって約束したでしょ。わたしの幸せはあなたが元気になることなの。お金は心配しなくて大丈夫。心臓のドナーもきっと見つかるわよ」七海は優しく諭すように言い聞かせるが、かなり感情が|昂《たかぶ》っているのがアリアリとわかる。心の底から、弟の幸せを願っているのだ。「…なるほどの」横で見ていた九頭龍凛太郎は一人で呟いた。少年の体と管でつながる大きな装置は、人工心臓の駆動装置らしい。と、突然、誰かの携帯のバイブ音が鳴りはじめた。 ヴーッ、ヴーッ…七海が携帯を取り出し、画面の表示を確認
Terakhir Diperbarui : 2025-04-18 Baca selengkapnya