トップシークレット☆ ~お嬢さま会長は新米秘書に初恋をささげる~ のすべてのチャプター: チャプター 111 - チャプター 120

137 チャプター

過去なんて関係ない! PAGE4

 それからしばらく、わたしと貢の間には微妙な空気が流れていた。とはいってもギスギスした感じはなく、交際そのものが危うくなるようなこともなかったけれど、内心は穏やかではない、という方が正しい感じだった。 桐島家のご両親には、その週の土曜日に挨拶に伺った。貢がわざわざわたしの家までクルマで迎えに来てくれて、代々木に向かっている間に彼から聞いた。やっぱり、ご両親はわたしのことを悠さんから伝え聞いていたのだと。「両親は絢乃さんにお会いできるのが楽しみだと言っていましたよ。母なんか妙に張り切っちゃって、『今日はウチのキッチンで、絢乃さんと一緒にお料理しようかしら』なんて言ってました。多分、『一緒に夕飯を食べて帰ってほしい』ってことだと思うんで、もしご迷惑じゃなければお付き合い頂けると……」「別に迷惑だなんて……。わたしも楽しみ♪ 桐島家の一員になれるみたいで」「それはよかった。母も喜びます」 わたしの返事を聞いた孝行息子の貢も、運転席で嬉しそうだった。 賑やかな家庭の食卓なんて、もう何年ぶりだろう? わたしが幼い頃には祖父母もまだ健在で、両親と祖父母、わたし、そして寺田さんや史子さんも一緒にダイニングテーブルを囲んでいた。でも祖母と祖父を相次いで亡くし、父も亡くなったその頃には、一緒に食事するのは母とわたし、寺田さんと史子さんの四人だけになっていた。もちろん里歩が泊まりにきてくれた時や、貢も夕食を共にすることもあったけれど、二人は〝家庭の一員〟のカテゴリーから外れていたし(貢はわたしの中で、もう家族も同然だと思っていたけど)。 父亡きあと、実質母子家庭になってしまった我が家ではもう、大勢で賑やかな食卓の風景なんて当分思い描けなかったので、正直憧れていた。それに、桐島家の食事風景に加わることで、「将来はこんな家庭にしよう」というイメージが湧いてきそうな気もしていた。「――父さん、母さん、紹介するよ。この人が篠沢絢乃さん。篠沢グループの会長兼CEOで、俺の彼女。――で、絢乃さん。こちらが両親です」 ごく一般的な二階建て住居である桐島家のリビングで、貢がまずソファーセットのいちばん上座に座ったわたしをご両親に、そしてご両親をわたしに紹介してくれた。「貢! お前は会長さんを軽々しく〝彼女〟なんて呼ぶんじゃない! ……申し訳ありません、絢乃さん。愚息がとんだ失礼を
last update最終更新日 : 2025-02-26
続きを読む

過去なんて関係ない! PAGE5

「貢の父、篤(あつし)です。息子がいつもお世話になっております」「貢の母の、美智枝(みちえ)です。――あ、絢乃さんから頂いたお土産のケーキ、お出ししますね。お飲み物はコーヒーでいいかしら? ウチにはあいにく紅茶は置いてなくて」「はい、コーヒー大好きです。ありがとうございます」「あ、じゃあ俺手伝うよ。会社でいつも淹れてるし。――絢乃さん、僕はちょっと席外しますね」 美智枝さんと貢がキッチンへ行き、わたしは篤さんと二人でリビングに取り残された。「――絢乃さん……いや、会長さんとお呼びした方がいいのかな。貢は、会社でご迷惑をおかけしていませんか? 不器用な子なので、心配していまして。親バカですね」 篤さんはとても温厚そうなお父さまで、なるほどあの兄弟の父親だわ、という感じを受けた。お母さまと同じくらいご子息二人に愛情を注いでいて、きっと育児にも積極的に参加していたんだろうなと思う。「いえ、彼は本当によく気が利く人で、何事にも一生懸命なので、わたしは助けられてばかりです。ミスもたまにありますけど、そんなの誰にだってあることですから。わたしがまだ社会のことをあまりよく知らないので、彼を通して色々と学ばせて頂いている感じですね」「そうですか。それを聞いて安心しました。絢乃さんも大変でしたね。お父さまが亡くなられてから、何もかもが変わってしまわれて。ウチの次男があなたの支えとなれているなら、親としても誇らしい限りです」「そうですね。父が倒れた時から、貢さんはずっとわたしのことを気にかけて下さって、いつもわたしの気持ちに寄り添って下さっています。彼がいなかったら、わたしはきっと今ごろ父を失った絶望感から立ち直れていなかったでしょうね」 そんな彼だからこそ好きになったのだと、わたしはお父さまに打ち明けた。「そうですか……。絢乃さん、これからもウチの貢をよろしくお願いします。ふつつかな息子ですが」「はい、もちろんです」 これじゃ完全に結婚の挨拶だ。そう思うと何だかおかしかった。「――お待たせしました。絢乃さん、お持たせですけどどうぞ」 そこへ、それぞれ大きなお盆を抱えた貢とお母さまが戻ってきた。貢がコーヒーカップを、お母さまがケーキのお皿を配膳していった。
last update最終更新日 : 2025-02-26
続きを読む

過去なんて関係ない! PAGE6

「絢乃さんのコーヒーは、いつもどおり甘めのカフェオレにしてありますからね。今日はインスタントで申し訳ないですけど」「ありがと。大丈夫だよ、インスタントも普通に飲むから、わたし」「ケーキはみんないちごショートだからね、お父さん。――絢乃さん、わざわざすみませんね、気を遣わせちゃって」「いえいえ。みんな同じものなら揉めなくて済むかなぁと思っただけですから」 手土産のケーキを買う時、実は相当悩んだのだ。無難に全部同じ種類で揃えるか、それとも別々の数種類を選んだ方がいいのか。はたまたホールケーキを一台ボンと買った方がいいのか。 でも、後者の二つだとかなりの確率で揉める可能性が高かったので、あえて無難にいちごショートで揃えることにしたのだった。「いただきます。……あれ? そういえば悠さんは?」 さあ食べよう、と思ったところでふとここに一人足りないことに気がついた。「あら、絢乃さんは悠とも面識があるんだったわね。今日は仕事が早番だって言っていたから、夕方には帰ってくるんじゃないかしら」「そうですか。悠さんも頑張ってらっしゃるんですね」「ええ。飲食業界って大変らしいけど、あの子もお給料安くても文句ひとつ言わずに働いてるわ。やっぱり、目標がある人って強いのかもしれないわね。私も結婚前はそうだったもの」「お母さま、ご結婚前は保育士さんだったんですよね。貢さんから聞いてます」「そうなのよ。夫は結婚しても仕事を続けていいって言ってくれたんですけどね、結局退職しちゃったの。銀行員の妻が専業主婦じゃないと、体裁(ていさい)が悪いって聞いたことがあったから」「そうだったんですね……」 というような女同士の会話を小声で交わしていたら、ガチャリと玄関ドアが開く音が聞こえた。「……あ、悠さん、帰ってきたみたいですね」「ただいま。……ってあれ? 絢乃ちゃん、来てたんだ? いらっしゃい!」「おかえりなさい、悠さん。ご無沙汰してます」「兄貴、LINE見てないのかよ。俺昨日送ったけど?」「あ、やっべー。お前からのはまだ見てなかったわ。悪(わ)りぃ悪(わ)りぃ。……あ、ケーキあるじゃん♪ お袋、オレの分もある?」 ――そんなこんなで、桐島家のご家族がやっと全員揃った。
last update最終更新日 : 2025-02-26
続きを読む

過去なんて関係ない! PAGE7

 帰宅された悠さんは、ご両親や貢、わたしが唖然としているのもお構いなしに出されたケーキを食べ始めた。飲み物もなしに。「――うん、うめぇ! これ、絶対にいい店のケーキだよな。生クリームがしつこくなくてアッサリめ」「……ええ、まぁ。分かります?」「うん。オレ料理人よ? 味覚には自信あるから」「…………はぁ」 うまいうまいと満足げにケーキを頬張る悠さんを、わたしは呆然と眺めていた。「あー、うまかった! ごちそうさん。――しかしまぁ、玄関開けたらビックリしたぜ。見慣れない女モノのサンダルがあるんだもんな。絶対にお袋のモンじゃない若向きの」「こら悠、母さんに向かって何て言い草だ!」「そうだよ兄貴。絢乃さんも呆れてるじゃんか」「あー……、いえ。わたしは別に気にしてませんけど。お母さまが……」「いいんですよー、絢乃さん。悠はいつもこんな感じですから、私はもう慣れてます。うるさい家でごめんなさいねぇ」「いえ。むしろ賑やかで楽しくて、こういう家庭っていいなぁって思います」 わたしはこの時、早くも桐島家の一員になったような気持ちになっていた。――実際に貢と結婚したら、わたしがこの家に嫁ぐわけではなく貢が篠沢家の籍に入ることになるのだろうけど。それでも美智枝さんが義母になることに変わりはないから。「……悠さん、あの……。ちょっと、貢のことでお訊きしたいことがあるんですけど」「ん? なに? オレで答えられることなら何でも訊いてよ」 悠さんとヒソヒソ小声で話していると、貢の刺すような視線に気がついた。……これは嫉妬の眼差しなのか、「余計なことを言うな」とお兄さまに釘を刺そうとしているのかどちらだったんだろう?「あの、…………やっぱりいいです」 どちらにしろ、彼の過去について悠さんに訊ねようとしていたことがバレたと思ったわたしは、質問を慌てて撤回した。「……あ、そう? 分かった」 わたしに頼ってもらえて嬉しそうだった悠さんも、ちょっと残念そうに肩をすくめた。 そして、わたしと悠さんがどんな話をしていたのか知らなかったお母さまは、首を傾げながらローテーブルの上のコーヒーカップやケーキ皿を片付けていた。「――さて、そろそろ夕飯の支度をしようかしらね。今日はハンバーグよ」聞いた貢の言葉を思い出したわたしもソファーから腰を上げた。「あ、じゃあわたしもお手
last update最終更新日 : 2025-02-26
続きを読む

過去なんて関係ない! PAGE8

 夕方五時を過ぎた頃、美智枝さんがキッチンへ向かおうとしていた。その時、ふとクルマの中で聞いた貢の言葉を思い出したわたしもソファーから腰を上げた。「あ、じゃあわたしもお手伝いします。ハンバーグ、大好きなんです」「あら、手伝って下さるの? 絢乃さん、ありがとう。助かるわ」 というわけで、わたしとお母さまは女二人で仲良くキッチンに立つこととなった。   * * * * ――桐島家のハンバーグは、我が家のと同じく牛豚の合挽き肉のハンバーグだった。 わたしは捏(こ)ね終えたハンバーグのタネを丸めて空気抜きすることと、ソース作りを任された。ソースはたっぷりキノコのデミグラスソースだ。「お袋、絢乃ちゃん。オレも何か手伝おうか?」 プロの料理人である悠さんがキッチンを覗きに来て、声をかけてくれたけれど。お母さまはそれをやんわり断っていた。「いいわよ。あんたは仕事から帰ってきたばっかりで疲れてるでしょ? 料理は私たちに任せてゆっくり休んでなさい」 彼がキッチンから出ていくと、わたしはブナシメジを裂きながらお母さまに「手伝ってもらわなくてよかったんですか?」と訊ねた。「ええ、いいの。確かにあの子は料理がうまいけど、プロの味と家庭の味って違うでしょ? ウチの家族は私の味で慣れてるから」「なるほど。〝おふくろの味〟っていうやつですよね」「そう。それに、こうしてあなたと二人でお料理するの、楽しみにしてたのよ。ウチには娘がいないから、今日は娘ができたみたいで嬉しいの。もしくはお嫁さん、かしら」「お母さま……」「でも、貢は結婚したら、絢乃さんのお家に行っちゃうのよね。やだわ。もうあなたがお嫁さんに来てくれる気になっちゃって。ごめんなさいねぇ」「ああ、いえ……。実はわたしと貢さん、まだ結婚に向けての具体的な話まではしてなくて」「あら、そうなの? 確かにあの子、結婚に対しては消極的なのよね。抵抗があるっていうのかしら」「え……」 思いがけず、お母さまから貢の過去の話が聞けそうな流れになり、わたしは手を止めた。「……あの、お母さまは何かご存じなんですか? 息子さん……貢さんがそうなってしまった理由を」 お母さまが捏ね終えた肉ダネを成形しながら、わたしは訊ねてみた。「あの子、絢乃さんにも話してなかったのね。そりゃ、あんな思いをしたんだもの。よっぽど耐えられ
last update最終更新日 : 2025-02-26
続きを読む

過去なんて関係ない! PAGE9

 どこの世界にだって、いわゆる〝小悪魔ちゃん〟というのはいるもので、彼が過去に引っかかった女性もおそらくそういう人だったんだと思う。そりゃ、心の傷にもなるだろう。彼が本気で結婚を考えるくらい好きになった相手に、本当は遊ばれていただけだったなんて……。「じゃあ……、彼はそのせいで女性不信になっちゃったってことですか? つらいでしょうね、貢さん」 大切に想っていた人からの裏切りでトラウマを抱えてしまった彼の心情を思ううちに、わたしは涙ぐんでいた。「…………あらあら! あなたが泣くことないのに。本当に優しい人ね、絢乃さんは」 美智枝さんはオロオロしながら、わたしにティッシュペーパーを差し出してくれた。「ありがとうございます……お母さま」「いえいえ。――あの子、そんなことがあったでしょ? だから、『俺、彼女ができたから会ってもらいたいんだ』って連絡もらった時、一体どんな子を連れてくるのかちょっと心配だったの。でも、こんな年の離れた可愛いお嬢さんでビックリしたわ。勤め先の会長さんだって聞いてまたビックリ」「そりゃ、驚かれるでしょうね」 まだ少し鼻声のまま、わたしは相槌を打った。「でも、あの子のために涙を流して下さる優しい女性でよかった。貢から聞いてるわよ。お父さまを早くに亡くされて、悲しむ間もなく跡を継がれたんでしょう? 経営のうえでも会社の利益より、社員一人一人の働きやすさを大事になさってるって」「はい」「そんなあなただから、貢も信じようとしてるのかもね。あなたになら裏切られる心配はないでしょうから」「もちろんです。彼は父が亡くなってから、ずっと支えになってくれているので。わたしも彼がいてくれたから、ここまで立ち直れたようなものです。わたし、絶対に貢さんのこと裏切ったりしません。わたしには彼しかいないので」 彼の過去の恋愛は、本当につらい経験だったと思う。でも、わたしは過去の彼女とは違う。彼には数えきれないほど多くの恩がある。わたしは亡き父と同じく、受けた恩は必ず返す主義なのだ。「よかった。あなたが恋人なら貢も大丈夫そうね。絢乃さん、あの子のこと、これからもよろしくお願いしますね」「はい!」 悠さんとお父さまだけでなく、お母さまとも信頼関係が築けたところで、わたしたち女性二人はお料理を再開したのだった。
last update最終更新日 : 2025-02-26
続きを読む

過去なんて関係ない! PAGE10

 ――わたしとお母さまの共同作業で作ったハンバーグが食卓に並んだのは、夕方六時半だった。 フライパンで表面をこんがり焼いてからグリルでじっくり火を通すのが桐島家流で、そうすることで肉汁たっぷりのジューシーな仕上がりになるのだ。わたしも一つ勉強になった。「――じゃあ、全員揃ったところで」「「「「「いただきます!」」」」」 五人全員がダイニングテーブルに着いたところで、賑やかで楽しい夕食が始まった。「うんめぇ~~! これ、マジでプロ級だって! 店に出しても問題ないレベル!」 調理師免許を持っていて、多分この家ではいちばん味覚が鋭いであろう悠さんがハンバーグの出来を絶賛した。「このソース、マジうまいって。お袋腕上げた?」「それ、わたしが作ったんです。お口に合ったみたいでよかった」「えっ、そうなん!? 絢乃ちゃん天才じゃね!? なあ貢?」「うん。――本当に美味しいです、絢乃さん」「ありがと」 桐島家のみなさんが美味しい美味しいとゴハンを食べながら談笑している光景に交じっていると、わたしもこの家の家族になりたいと本気で思えた。たとえ貢が篠沢家に婿入りしたとしても、この家と親戚関係になることに変わりはないのだ。「やっぱり、みんなでワイワイおしゃべりしながら食べるゴハンは美味しいですね。今日は来てよかった」 みなさんの笑顔を見られるだけで、わたしもお箸が進むのだった。「――じゃあ俺、そろそろ絢乃さんを送っていくから。行きましょうか、絢乃さん」 夜七時半を過ぎ、朝から降っていた雨が小降りになってきた頃、貢がリビングのソファーから立ち上がった。食事の後は、部屋で先に休むと言った悠さん以外はご家族がリビングで思い思いに過ごしていたのだ。もちろんわたしも。「うん。――今日は本当に楽しかったです。お邪魔しました」「こちらこそ、今日は来て下さってありがとうございました。貢のこと、頼みますよ」「またいつでも遊びに来て下さいね。一緒にまたお料理しましょ?」「はい、ありがとうございます。悠さんにもよろしくお伝え下さい。じゃあ、失礼します」 わたしは桐島家のご両親にキチッと挨拶をして、貢と二人でお家を後にした。
last update最終更新日 : 2025-02-26
続きを読む

過去なんて関係ない! PAGE11

   * * * *「――あー、楽しかったぁ♪ みなさんいいご家族だね、貢のお家」 帰る道中の車内で、わたしは彼のご実家やご家族のことを褒めちぎった。「貴方はあのお家で、あんなに楽しいご家族に囲まれて育ったからこんなにまっすぐな人になれたんだろうなぁ、ってわたし思ったよ。いい家柄じゃない!」「絢乃さん、褒めすぎです。ウチはごく一般的な家庭で、名家でもお金持ちでもないですよ?」 ご実家のことをあくまでも謙遜する貢に、わたしは思わず笑ってしまった。「……何ですか?」「ゴメン! わたしが言ってる〝家柄〟っていうのはそういうことじゃなくて、ご家族との関係とか家庭環境のことだよ」「ああ……、そういうことですか」「うん。そういう意味では、貴方は人柄も家柄も、わたしのお婿さんとして合格。あとは……貴方自身の気持ち次第だけど。……お母さまから聞いたよ。貴方が過去に、お付き合いしてた女性から裏切られて傷付いたって。それ以来、女性不信になってるって。……つらかったよね」「…………。それで、絢乃さんは泣かれたんですね」「どうして……」「夕食の時、絢乃さんの目が少し赤くなっていたのが気になって」「気づいてたんだ? じゃあ、それを踏まえたうえで貴方に訊くね。貴方は、わたしのことも信じられない? いつか裏切られるって思ってるの?」 わたしは質問しながら、そうじゃなければいいと信じたかった。彼はわたしのことは信頼してくれているはずだ、そうであってほしい、と。 だって、わたしと彼との間にはその時すでに、確かな信頼関係が築かれていたはずだから。「そんなこと、あるわけないじゃないですか。あなたが純粋でまっすぐな女性だって、僕がいちばんよく知ってますから。そんなあなたが僕を裏切るはずないです。ですが……、やっぱり不安になるんです。一度生まれてしまったトラウマは、なかなか消えなくて――」「わたし、貴方の過去なんて気にしない。過去なんて関係ないから」 彼の必死な言い分を、申し訳ないと思いながらもわたしは遮った。「確かに、貴方は過去の恋愛でつらい思いをして、心に大きな傷を負ったのかもしれない。でもね、貢。わたしはこれからの貴方の笑顔を守りたいの。わたしが貴方のトラウマなんてなかったことにしてあげる。だから、わたしを信じて前を向いてほしい。一緒に前に進もう?」 ……さて
last update最終更新日 : 2025-02-26
続きを読む

過去なんて関係ない! PAGE12

「というか、むしろ大好きです。絢乃さんのお節介は押しつけがましくないので」「…………あ、そう」 お節介を「大好き」って言われても……。わたしはリアクションに困った。「でも、本当に僕でいいんですね? 後悔しませんか?」「うん。わたしは貴方だからいいの。あの夜、もし他の人に助けられたとしても、わたしはきっと別の形で貴方と恋に落ちてたはずだよ。わたし、貴方との出会いは運命だったって信じてるから」「絢乃さん……、ありがとうございます。僕もそう信じたいです」「うん、信じて!」 これでまた、彼との関係が少し前進した気がした。「――ところで絢乃さん、修学旅行ってどちらまで行かれるんですか? 今月下旬でしたっけ?」 ホッとひと安心したところで、貢がまったく別の話題を持ち出した。「うん。行き先は韓国だよ。二泊三日でソウルと釜山(プサン)を回るんだって。ちなみにわたし、韓国語もペラペラだから♪」「えっ、そうなんですか? でもいいなぁ、韓国……。楽しんできて下さいね。僕のお土産のことは気になさらなくていいですから」「うん♪ LINEで写真いーっぱい送るから、楽しみにしててね」  わたしの気持ちはすでに、海の向こうでの楽しい修学旅行まで飛んでいたけれど。わたしたちの絆を試そうとする試練は二人の知らない間に水面下で動き始めていたのだった。
last update最終更新日 : 2025-02-26
続きを読む

大切な人の守り方 PAGE1

 ――わたしと貢の二人が結婚に向けてゆっくりと動き始めた夏は、短くもゆったりと過ぎていった。 その間にわたしは韓国での修学旅行を目いっぱい楽しんできたし、夏休みの間には貢と二人で夏季休暇を利用して、出張という名目で一泊二日の神戸旅行もした。母から「十月に新規開業する篠沢商事の神(こう)戸(べ)支社を視察してきてほしい」という命を受け、「ついでに二人で観光でもしてらっしゃい」ということでそうなったのだ。 もちろん、名目はあくまで〝出張〟だったので、ホテルの部屋はふたり別々のシングルルームだったけれど。視察が早く終わったので神戸の市街地で夕食に美味しいものを食べたり、二日目には観光名所をあちこち回ったりもできて、仕事としてもプライベートの旅行としても充実した二日間になった。 もしかしたら、彼との関係も一歩前進するかなぁなんて勝手に期待していたけれど、それは残念ながらこの旅では叶わなかった。それは、わたしが「待った」をかけたせいでもあったけれど。でも、たとえ体の繋がりがなくても、わたしと貢の心はちゃんと繋がっているから大丈夫だと思えた。わたしは彼を愛していて、彼もわたしのことをちゃんと大切に思ってくれているならそれで十分だった。 貢はその頃から、わたしの知らないところでキックボクシングを始めていた。最初は悠さんから聞かされたのだけれど、知らない間に貢の体つきがカッシリしてきたなぁと思っていたら、まさか運動オンチの彼が格闘技を習っていたなんて。 彼は彼なりに、わたしを守りたいという想いで始めたことらしかった。 そして季節は秋になり、わたしが貢と出会ってから一年が経とうとしていた頃、わたしは里歩や唯ちゃん、貢の勧めもあってやっとSNSを始めた。「経営者には発信力も重要だよ♪ 時代の波に乗っかんなきゃ」というのが親友二人の共通認識であり、貢もそれに賛同した。 わたしは始めたばかりのSNSを活用して、自分自身や篠沢グループのことを大々的に発信していった。インスタグラムではわたしの私生活の様子や、貢のために作ってあげたお料理やスイーツの写真を投稿して、「セレブ=世間とはかけ離れた世界」というイメージを払拭(ふっしょく)しようとした。その一方で、X(エックス)では秘書である貢や社員のみなさんにも協力してもらい、篠沢グループの企業概要や会社の様子、どういう事業に取り
last update最終更新日 : 2025-02-26
続きを読む
前へ
1
...
91011121314
コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status