部長は私の申請書を受け取って、少し驚いた様子だった。「戸川さん、以前は海外赴任のためにそれほど頑張ったのに、どうして今になって戻りたいんですか?」私は俯いて、苦笑いを浮かべた。「両親が日本にいますから、やっぱり戻った方がいいかと......」そのとき、川原昭文が部屋のドアを開けて入ってきた。その言葉を聞いて、眉をひそめる。「誰が戻るって?」私は答えず、部長との話を終えてから電話を切った。振り返ると、川原の黒い瞳が私をじっと見つめていた。「今、誰が戻るって言ってたんだ?」私はあいまいに答えた。「同僚が申請するって話よ」川原は皮肉めいた笑みを浮かべた。「てっきり、お前が申請するのかと思った」「まあ、考えてみれば当然か。こんなに苦労して俺と一緒になれたんだ。俺から離れたくないよな」そう言いながら、彼は私の腰に手を回した。「お前、知恵がビザを取れたら、子供を作ろうよ」川原はいつもこうだった。叩いておいて飴をくれる。でも今回は、その飴にもう興味がなかった。私は彼の手を払いのけ、冷たい声で言った。「将来のことは、また今度にしましょう」川原はその言葉に一瞬戸惑い、優しい声に変えて言った。「お前が俺と喧嘩しないなんて、なんか慣れないな。てっきりこの件で必死に争うかと思ってたのに」彼の言葉選びに、私は皮肉な気持ちになった。夫婦が他人のために死に物狂いで争うなんて。私は小さく笑った。「もう喧嘩も疲れたわ」川原はそれを聞いて、私が以前、村上のことで喧嘩していたことを責め始めた。私に思いやりがないと。喧嘩するたびに彼が傷ついていたと。川原はいつもこうだった。調子に乗る。私が一歩下がれば、彼は九十九歩前に出る。だからこの何年も、私ばかりが我慢してきた。彼が海外に行きたいと言えば、私は両親を置いて会社に海外赴任を申請した。彼が早く子供は要らないと言えば、私は両親からのプレッシャーを一身に受けて、自分が産みたくないと言った。でも結局、私のそんな努力も、村上知恵の一言にも及ばなかった。私は立ち上がり、静かに彼を見つめた。「もう喧嘩なんてしないわ」川原は得意げに私を見た。「それでいい。俺と知恵は友達だけだ。やきもち焼くなよ」「もし......」
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