部屋には80年代特有の古びた木製のタンスと、その上に置かれた白黒テレビ。 外の庭からは、懐かしいラジオの放送が流れている。 間違いない、私は戻ってきたのだ。 机の上には、描き上げたばかりでインクが乾ききっていない絵「星空」。 それを見つめるうちに、自然と涙がこぼれていた。 ――この人生は、私が自分で選ぶ。 「星空」を丁寧に包んでいると、隣の部屋から物音がした。 聞こえてきたのは、桜井颯真(さくらい そうま)と藤原綾音(ふじわら あやね)の声だった。 この音......まさか―― しばらく布が擦れるような音がしてから、颯真が抑えた声で言った。 「もう少し静かに......」 しかし、綾音はまったく意に介さず、わざと大きな声で答える。 「何を心配してるの?あの人は耳が聞こえないんだから!私がどれだけ叫んだって、気づきっこないわよ!」 そう言うと、彼女はわざと数回声をあげた。 前世、死ぬ間際に朧げに聞いた綾音の名前。 でも、自分の耳ではっきり聞くのは初めてだった。 まるで雷に打たれたような衝撃だった。聞こえるというのも、時には残酷だ。 過去の甘く温かい記憶が、ガラスのように砕け散る。破片は心に突き刺さり、胸が締めつけられる。 思い返せば、もともと私の結婚相手は颯真ではなかった。 だけど、あの事故が人生を狂わせた。 颯真は当時珍しい大学生で、背が高くてハンサムだった。大学卒業後に工場へ技術者として配属されると、たちまち女性たちの注目を浴びた。 その頃、私は絵が得意で、工場の宣伝係をしていた。 颯真とは関わることがないと思っていたけど、ある日、彼がやってきて「広報用の掲示板を描いてほしい」と頼まれた。 そのときだった。彼と掲示板を描きに行った先で、古い木が突然倒れかけてきた。 私は彼を突き飛ばして助けたが、枯れ木の破片が私の頭を打ち、聴力を失った。 そのせいで決まっていた婚約話は白紙に戻り、すべてが変わった。 それでも颯真は、「自分が責任を取る」と言ってくれた。そのときの私は、彼に心から感謝していた。 でも、前世で彼と生涯を共にした末、死の間際にようやく気づいた。彼は綾音と裏で関係を持っていたのだと。 それも、こんなにも早い段階からだったなんて。 道理で、息子が
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