All Chapters of 愛されている時は掌中の珠、愛されていない時は足元の泥: Chapter 1 - Chapter 10

私がコメント欄を楽しんで読んでいる最中、優斗から電話がかかってきた。電話越しに彼の低くて魅力的な声が響く。「うちの広報部がお前に聞いてきた。例のトピック、削除するか？」私は思わず笑ってしまった。「必要ないわ。そんなお金があるなら、全部結婚式に使って。私はあなたが他人に無駄遣いするのを許さないから」電話の向こうで彼が低く笑った。「分かった。じゃあ今日はドレスの試着に行くぞ。それと、結婚式の花。お前が好きな薔薇の種類を選べるように、3つの品種を空輸しておいた。後で選んでくれ」昨日結婚を決めたばかりなのに、もう薔薇の品種を3つも用意してくれたなんて。その迅速な対応に驚かされる。結婚を決めてから、全ての準備は優斗と彼のグループが進めてくれた。私はほとんど何も関わっていない。それでも彼は嫌な顔一つせず、全てを整えて、私が選ぶだけにしてくれる。思い返せば、陽介と結婚を決めた時は真逆だった。すべての準備を私が一手に引き受け、彼に相談すればいつも面倒くさそうな返事ばかり。「こんな小さいこと、自分で決めろよ。いちいち俺を煩わせるな」その時はそれが当たり前だと思っていたけど、今こうして優斗の振る舞いを見ると、これこそが本当の婚約者のあるべき姿だと感じる。ドレスの試着では、50着近くの選択肢が用意されていた。どれも私のサイズぴったりに仕立てられている。デザイナーがそばで声をかけてくれる。「松本さんの指示で、昨晩急遽、サイズ直しを行いました。合わないところがあればその場で直せるよう、我々はいつでも待機しています」デザイナーは私の着ている輝くドレスを見て微笑みながら言った。「松本さん、本当にあなたのことを大事に思っているんですね」私は顔が少し熱くなるのを感じながら、こっそりと優斗に視線を向けた。彼はどこか掴みどころのない笑みを浮かべていた。1日が終わり、ドレスやアクセサリー、薔薇の花まで選び終えると、私は疲れ果て、帰宅してソファに倒れ込んだ。その瞬間、陽介からの着信に気づいた。さらに十数件の不在着信もある。電話を取ると、彼の苛立った声が響いた。「お前どこにいるんだ！何度も遅れるなって言ってるだろ！自分の価値を見せつけたいのか？」私は困惑して聞き返す。「どこへ？」陽介は冷笑した。「何を装ってるんだよ、結

私は面白がるように二人を見つめながら、軽く言葉を足した。「ごめんね、別に他意はないのよ。そんなに敏感にならないで」「それに、アクセサリーってセットじゃないと綺麗に見えないでしょ。このブレスレットはルビーの端材で作ったものみたいだから、あなたに返すわ」由美は唇を噛みしめながら、小さな声で言った。「結衣お姉さん、安心して。陽介お兄さんは私にくれるつもりだったかもしれないけど、これがあなたたちの結婚祝いだって知ってたら、私、絶対もらわないよ。画展が終わったら返すから、それでいいでしょ？」陽介の友人たちは、それを聞いてすかさず助け舟を出した。「結衣、いい加減にしろよ。見ろよ、由美がどれだけ怯えてるか。一つのネックレスごときで、そこまで大事にするか？せっかく由美が帰国したのに、こんな雰囲気にして全員が不機嫌になれば満足するわけ？」「ほんとだよ、小林さん。君の家もそれなりに名のある家系だろうに、まるで破産寸前みたいだな。一つのネックレスで他人と争うなんてさ」陽介の取り巻きたちは昔から私のことが気に食わなかった。彼らにとって、由美こそが陽介に相応しい「女神」だった。私がどんなに努力しても、彼らは一度も私を認めたことがなかった。私が陽介にふさわしくないと、いつも影で嘲笑っていた。由美は焦った様子で私に向き直り、仲裁するように言った。「みんな、そんなこと言わないで。結衣お姉さんはこれが陽介お兄さんからのプレゼントだなんて知らなかったのよ。ちゃんと説明すれば、きっと分かってくれるはずだから」その一方で、陽介は冷ややかな目で私を見ながら吐き捨てた。「お前、来ないほうがよかったよ。来た途端に雰囲気を壊してばかりだ」私は立ち上がり、あっさりと言った。「じゃあ、帰るわ」ドアの近くまで歩いたとき、ふと考えが浮かび、振り返った。「そうだ。そういえば、あなたたちの家の客室は少し狭いみたいね。由美が泊まるには窮屈かもしれない。いっそのこと、主寝室を彼女に譲ったらどう？」陽介は眉をひそめ、不機嫌そうに返した。「何を言ってるんだよ。俺の家もお前の家も関係ないだろ。そこは俺たちの家だろ？まだそんな幼稚なことを言ってるのか？田中家の嫁になる身なら、少しは大人になれよ」「お前、結婚した後も俺の両親にそんな態度を取るつもりか？」私

陽介は慌てて由美を抱いていた手を放した。由美は深紫色のナイトドレスを着ていた。精緻なレース模様が施され、とてもセクシーだ。前は大胆なVネックで、背中は腰まで大きく開いたデザイン。それは、私が新婚初夜のために特別に用意したものだった。まさか由美がそれを着るとは思わなかったし、ここに住み着いただけでなく、自分をこの家の女主人だと思い込んでいるかのようだった。由美は私の視線がドレスに向いているのに気づくと、慌てて髪を整え、うつむいて恥ずかしそうに言った。「結衣お姉さん、ごめんなさい。私の荷物がまだ届いてなくて……陽介お兄さんが、あなたの服を着ていいって言ったんです。新しいものがこれだけだったからって……結衣お姉さん、気にしませんよね？」私は微笑みながら答えた。「気にしないわ」そのまま二人を避けて主寝室に向かい、スーツケースを取りに行った。半開きのドアからは、濃厚な香りが漂ってきた。床には男性の下着や女性のストッキングが散乱していて、一目で何が起きたのか分かるような光景だった。後ろから陽介が追いかけてきて、慌ててドアを閉めながら弁解した。「誤解するな！俺たちは……最後の一線は越えてないんだ」私は胸の奥に湧き上がる嫌悪感を抑えきれず、口を押さえてスーツケースを引き、彼の手を振り払った。「どいて」ドアの外に出ると、由美が怯えたように尋ねてきた。「結衣お姉さん、出て行くの？」私は振り返らず、スーツケースを手渡すために優斗の運転手に近づいた。運転手はすぐにスーツケースを受け取り、車のトランクに入れるために動いた。私はそのまま車のドアを開けた。陽介が急いで駆け寄り、私の腕を掴んだ。「お前、何やってんだよ？一晩帰ってこないかと思ったら、帰ってきた途端に荷物を持って出て行くのか？ここをホテルだとでも思ってるのか？」「いい加減にしろよ。これ以上騒ぐな。俺がお前のために作った体面を壊すつもりか？」「今出て行くなら、二度とお前を迎えに行かないぞ！」私はもう無理して笑う気力もないし、彼にこれ以上誤解されるのも嫌だ。「陽介、もう終わりにしましょう。これからはそれぞれ別の道を歩むの。二度と会わない」車に乗り込むと、陽介は車の外で冷笑しながら叫んだ。「いいさ！好きにしろ！どうせお前は何日か経てば後悔するだろ

「一度目、結婚式の日程を決めた時、あなたは手術を受けたばかりで、海外で一人暮らしが大変だと泣きついてきたわよね。食事も睡眠もまともに取れないから、陽介にそばにいてほしいと頼んだ。それで結婚式の招待状まで発送していたのに、陽介はあなたのために飛んで行った」「二度目、結婚式の日程を再度決めた時、今度は山奥に取材に行くからと言い出した。そこは電波状況が悪く、安全も保証できないから連絡が取れなくなるかもしれないって。陽介は心配して、あなたについて行った」「三度目、あなたは個展の日程を結婚式の日と同じ日に設定した。その意図なんて、道端の犬でも分かるわよ。今さら私に向かって『どうして陽介を裏切ったのか』なんて聞く前に、自分に問いかけたらどう？」「そんなに彼がいい男なら、なぜ自分が結婚しないの？それどころか彼を引き止めて、何年もあなたのためだけに尽くさせてきたのは誰なの？」由美の顔は真っ青になり、目には涙が浮かんでいた。彼女は口元を押さえ、悲劇のヒロインを演じるような態度で言った。「違う！そんなつもりはなかった！結衣お姉さん、私のことを誤解してる！私は陽介お兄さんとお姉さんの関係を壊そうなんて思ったことは一度もなかった！」陽介はようやく我に返り、警備員に阻まれながらも私を見つめて叫んだ。「結衣！お前は俺を愛していると言ったじゃないか！それなのにどうして他の男と結婚するんだ！？お前は俺を騙したんだ！」私は腕のレースリボンをゆっくりと指で弄びながら、静かに答えた。「そうね、愛していたわ。でも今は違うの。もう疲れたのよ」「今は別の人を愛している。その人と結婚することが、私の願いなの。それに、あなたもずっと好きな人がいたんじゃない？」「ちょうどいいじゃない。あなたはあなたの愛する人と結婚して、私は私の愛する人と結婚する。それでお互い幸せになれるわ」陽介はなおも必死で抵抗した。「俺はお前と別れるなんて一度も認めてない！」優斗が一歩前に出て、冷静な声で言った。「結衣は既に通知済みだ。お前の同意は必要ない。これだけの人が見ている前で、自分のやったことを全て晒したいのか？」彼は私の肩を抱き寄せ、優しい声で続けた。「結衣、この前話していた教授を今日招待したよ。あなたの論文の件、ぜひ相談してみるといい」陽介はなおも発狂し、ついに

優斗は陽介からのメッセージを見て、あまりの馬鹿らしさに怒りを抑えきれず、歯を食いしばりながら「田中家全員を国外に追放してやる」と息巻いていた。その子供じみた姿に、私は思わず大笑いしてしまった。「こんな奴と本気でやり合うなんて、自分の格を下げるだけじゃない？」そう言いつつも、私も確かにうんざりしていた。優斗は私を気遣い、新しく完成した新居に移るよう提案し、引っ越しを機に親しい友人たちを招いたホームパーティーを開くことになった。パーティー当日、驚いたことに由美が現れた。以前と比べて彼女は随分と静かだったが、私を見つめる視線は執拗で、話しかける機会を伺っているようだった。すると、私の親友がさっと立ち上がり、彼女を遮るように前に立ちはだかった。「何しに来たの？ここはあんたを歓迎する場所じゃないから、さっさと帰りなさい」側に立っていた警備員も鋭い視線を向けていた。由美は私に近づけないとわかると、突然大声で叫び出した。「結衣！あんたは既婚者なのに、どうしてまだ二股をかけてるの！？旦那さんにバレたら離婚されるのが怖くないの！？」その言葉に、ちょうどエビの殻を剥いていた優斗が顔を上げ、冷たい視線を向けた。「この人、頭おかしいんじゃないの？」由美は勢いよく親友を押しのけ、私と優斗の間に割り込むようにして叫んだ。「優斗さん、騙されないでください！陽介は毎日彼女に謝りに行ってるんです。結衣が心を許して、あなたに隠れてまた陽介とやり直すつもりかもしれない！」優斗はゆっくりと手を拭き、私に向かって手招きをしながら穏やかに言った。「おいで、エビ剥けたよ。冷める前に食べないと美味しくなくなる」そして由美に向き直り、淡々とした口調で言った。「そんな小細工、俺の前で通用すると思うなよ。俺は陽介みたいなバカじゃない。お前の言葉に簡単に乗せられるほど愚かじゃないんだよ」由美は憎悪に満ちた目で私を見つめ、声を荒げた。「結衣、あんた満足してるの？陽介がもう私に会いに来ないことがそんなに嬉しいの？」私は心の中で呆れながら、冷静に答えた。「陽介？そんなにいい男だと思う？ゴミを捨てるのにすら躊躇するくらい汚い存在だと思うけど。あんたが彼を宝物みたいに思ってるのなら、さっさと拾いに行けばいいじゃない」由美が反論しようとしたその時