病院を出る頃には、医者の言葉が頭の中で何度も繰り返されていた。「現在、記憶障害や意識喪失の症状が出ています。治療を受ければ半年から一年は生きられるでしょう。早めにご家族を呼び、治療方針を決めてください」「もし治療しなかったら?」「せいぜい三か月です」……その時、スマホが鳴った。画面に表示された名前を見るまでもなく、冷え冷えとした中年女性の声が耳に届いた。「週末は帰ってきなさい。紗彩の誕生日会があるから」その声には温もりなど微塵もなく、ただ機械のように通知するだけの口調だった。声の主は母――佐藤加奈子だ。彼女が言った紗彩は叔母の娘。叔母が早くに亡くなって以来、紗彩はよく我が家に預けられていた。16年の間に、母と紗彩の関係は、私と母の関係よりも遥かに親密なものに育っていた。そんな二人の絆を見せつけられる観客役なんて、やりたくもなかった。「私は行かな――」そう言いかけた瞬間、電話越しに母の怒声が炸裂した。「恵理、もし紗彩が『家族は揃っているべきだ』なんて言わなかったら、あんたみたいな厄介者を呼び戻すわけないでしょう?本当にいつも自分勝手で、もしあんたがいなかったら、お兄ちゃんは……無理して来なくてもいい!」母はそう吐き捨てると、ためらいもなく電話を切った。暗くなったスマホの画面を見つめながら、私は手に握った診断書をさらに強く握りしめた。その瞬間、不思議なことに、私は自分がこの病気になったことを少しだけ幸運だと感じていた。脳腫瘍……それは、母の望み通りに私を終わらせてくれるし、私自身、過去の全てを忘れて死ねるのだから。結局、週末に私は家へ戻った。どうしても取りに行かなければならない、大切なものがあったからだ。もう少し時間が経てば、それが何だったのかさえ思い出せなくなる気がしていた。家に着いた頃には、紗彩の誕生日パーティーはすでに終わっていた。それでも、屋敷の中にはまだパーティーの名残が残っていた。数千万もの価値がある花々、最高級の楽団の演奏……どこまでも豪華で、心のこもったパーティーだった。かつて、私もこんなふうに祝われていた時期があった。けれど、私はもう18年も誕生日を祝ったことがなかった。その日が、兄の命日でもあったからだ。十歳までは、私はこの世で
Last Updated : 2025-01-02 Read more