稲葉実雄はスマホを握りしめ、複雑な表情で私を一瞥して病室に入っていった。私は足を引きずりながら立ち上がり、一緒に中に入っていった。そして、我慢できずに口を開いて説明し始めた。「言ったじゃない。嘘なんてついてない。ほんとうに腎臓は一つしかないんだ......」「そんな!」息子が真っ先に問い詰めた。「腎臓が一つ?母さん、ずっと健康だったじゃない?入院したこともないし、腎臓を寄付するなんてありえないよ!」「毎日忙しいし。朝はご飯作って、子どもを学校に送って。その後は昼ご飯、晩ご飯を作って家事をこなして、退職する前は仕事もしてた。そんな時間があるわけないだろう?」息子の言葉を聞いた瞬間、私の心は思わずぎゅっと痛んだ。私が勤勉にやってきたこと、彼らは知らないわけではなかった。ただ、全く気にしていなかった。当然のことだと思っていた。私は苦しそうに稲葉実雄を見つめた。彼は眉をひそめ、少し迷っているようだった。しかしその時、ずっと黙っていた小林涼子が突然口を開いた。「大丈夫です......」「実雄さん、あなたのおかげで、三十年後の世界を見せてもらえました。もう十分ですよ」「もし実雄さんがいなかったら、私は三十年以上前に死んでいましたわ......」彼女の目は感謝の気持ちでいっぱいだった。「人は誰しも自分勝手ですよ。彼女は自分の命のためにこんな嘘をついているのも理解できますわ。だから美佳さんを責めないであげて......」顔色が急激に変わった稲葉実雄は、冷笑を漏らし、はっと悟ったように言った。「そうだ。忘れてたよ。お前が退職前、あの病院で働いていたね」「これがお前が考えた方法か?看護師と一緒に芝居をするとは!そんな嘘をつくな!もし本当に一つしか腎臓がないなら、毎日元気いっぱいで、息子と孫たちの面倒を見れるわけないだろう!全然病気があるには見えない!」息子の顔には、さらに嫌悪の色が深まった。「母さん、どうしてこんな嘘をつくんだ?」「母さんが腎臓を寄付して体調を崩したとき、家事はすべて嫁に任せると相談して、母さんには家でゆっくり休んでもらうつもりだったのに。結局、こんな嘘をつくとは!」息子は冷たく言った。「今はもっと父さんが本命と一緒にいるべきだと思うよ。だって、今の母さん、どう見ても老けすぎてるじゃない。それでも、
続きを読む