手術を終えた直後、携帯が鳴り響いた。「絵里、どこにいるんだ?教務課からの落第警告がまだ取り消されてないって、本当なのか?」和馬の低い声が受話器越しに響いてきた。私は乾いた唇を舐めながら、かすれた声で答えた。「今、病院にいるの」「もう離婚しよう」子どもを引き裂かれるような喪失感と、掻爬手術の鋭い痛みが体の奥底まで染み渡る。震える手で受話器を握りしめながら、息を呑んだ。電話の向こうで、和馬は沈黙を保った。数秒後、苛立ちを隠しきれない声が返ってくる。「絵里、冗談じゃないぞ。こんなふうに俺を脅して、何がしたいんだ?お前もいい歳なんだ、嫉妬なんて子どもの遊びはやめろ」「梨奈を連れて気分転換に出かける。お前はその間にしっかり頭を冷やせ」一方的に電話が切れた。呆然とスマホを見つめ、心の中でじわじわと込み上げてくる痛みが胸を締め付ける。和馬の言葉には、私への気遣いもなければ、手術の話を聞こうとするそぶりすらなかった。赤の他人のようだ。この7年間の結婚生活は、一体何だったのだろう。私はもともと妊娠しにくい体質だった。最初のころは、和馬が私を守ってくれていた。母が子どもを催促するたびに、彼は間に立ち、諌めてくれていた。「お義母さん、絵里が子どもを欲しくないって言ってるんです。まだ仕事も軌道に乗ったばかりですから」当時の彼の言葉に救われていた。だが振り返ると、私は妊娠が難しいと分かった時点で、自分なりの道を選んだ。山間部の子どもたちのスポンサーになることを決めたのだ。しかし、その活動が皮肉にも、彼と梨奈が出会うきっかけになった。いつからだろう。彼が母の味方になり、私に嫌がらせのように漢方薬を毎日飲ませるようになったのは。「絵里、もうこんな歳なんだから、そろそろ子どもを産んでもいい頃だろう?」彼の言葉に押し流されるように、私は半年間、苦い漢方薬を飲み続けた。もともと苦いものが苦手だったのに。そんな努力の末にようやく授かった命を、私は彼の無神経な行動で失ってしまった。彼に知らせる間もなかった。家に戻ると、自分で飾り付けた温かみのある部屋が、皮肉にも見えて仕方なかった。スマホを開くと、梨奈からLINEが届いていた。モルディブ旅行の写真が何枚も送られてきている。「さすがロマンの都。川原さんのおかげで素敵な思い出ができ
Last Updated : 2024-11-20 Read more