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森田つばさ殺害事件 のすべてのチャプター: チャプター 1 - チャプター 10

11 チャプター

第1話

2011年8月10日。森田建設グループの社長、森田義雄の息子である森田つばさが亡くなった。遺体はビルの最上階にある父のオフィスで発見された。午前10時半頃、義雄はデスクに天井から垂れてくる血の跡を見つけた。スタッフが天井を外すと、そこには手足を縛られたまま喉を切られたつばさの遺体があった。白いシャツは暗い赤色に染まり、自らの血溜まりの中で息絶えていた。検死結果によると、つばさは喉を切られた後、出血がゆっくりと進むよう傷口を処理されていた。つまり、手足を縛られ、声も出せないまま天井裏で、長く苦痛に満ちた死を迎えたのだ。さらに義雄の背筋を凍らせたのは、つばさが死亡してから発見されるまでの時間がわずか一時間足らずだったことだ。もし一時間早く発見していれば、つばさは救われたかもしれないのだ。犯人はあざ笑うように、「お前の縄張りで、お前の息子を殺した。本来なら助けられたのに、何もできなかったな」と。そして、「次はお前を殺すこともできる」と言わんばかりだった。
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第2話

2011年8月13日午前9時、私は警視庁の重犯罪捜査班から指令を受けて、たった一人で長平市へ向かい、森田つばさ殺害事件の捜査にあたることになった。列車を降りると、田村刑事が車で迎えに来てくれていた。警察署へ向かう途中、名門ホテルの前で道路が高級車で完全に塞がれていた。「何があったんだ?」と私は田村に尋ねた。田村が顔を上げて見ると、「森田建設グループの社長の息子の追悼式みたい」と言った。私はうなずいた。一般的に追悼式が行われるのは高齢で社会に多大な貢献をした人に限られるものだが、25歳のつばさが盛大な追悼式を開いてもらえるとは、父親である義雄が長平市においてどれだけの影響力を持っているかが伺える。私が入手した資料によると、義雄は1962年に長平市の普通の家庭に生まれている。一家の長男で、父親は早くに他界したため学校を中退して十代で社会に出た。彼は24歳まで下積みを続け、25歳の時に輸送業で共同事業を始め、それを機に次第に頭角を現したのだ。20年も経たないうちに、彼の事業は輸送業から土木建材へと拡大し、最終的には長平市のほとんどの都市開発事業を一手に引き受ける森田建設グループを設立するに至った。「せっかくだから少し様子を見てみるか。どうせこのままじゃ通れないし」と私は田村に言った。私たちは車を降り、ホテルの入り口前に集まる人々を見渡した。彼らは皆、追悼式に参列するために集まった人々のようだった。1〜2分が過ぎた頃、突然人々は静まり返り自然とホテルの入り口へ続く道を作り出した。私と田村もそれに倣って少し横に避けた。すると、ベンツが路肩に停まり、運転手が降りて後部座席のドアを開け、そこから堂々とした体格の中年男性が現れた。彼は何も言わず、そのままホテルの入り口へと向かって歩き始めた。顔には疲れが見えたものの、威厳を感じさせる堂々たる雰囲気があった。「彼が森田義雄だ」と田村が私の耳元でささやいた。私は黙ったまま、その場の人々とは異なる雰囲気を漂わせる水色のシャツを着た痩身の若者に視線を向けていた。その間に義雄はホテルの中へ入り、他の人々も次々に続いてホテルに入っていったため、最後に残ったのは私と田村だけになった。「戻ろう、警察署へ」と私は田村に言った。警察署に着くと、田村は私を仮設のオフィスに案内し、そこには事件
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第3話

まさか犯人は義雄を狙っていたのか?とはいえ、もし犯人の目的が義雄なら、彼を直接殺すこともできたはずだ。その手段を持っているならなおさらだが、そうはしなかったのが疑問だ。午前中、オフィスで頭を悩ませていたが結論にたどり着けず、昼食の時間が近づいた頃、田村が急いでオフィスに入ってきて私を応接室に連れて行った。応接室に入るとこの事件を担当している他の刑事たちがすでに集まっており、そこで待っていたのは、ホテル前で見かけたあの水色のシャツを着た若い男だった。部屋に入ると他の刑事たちが私を一瞥したが、私は気にせずに席に着いた。田村も私の隣に腰を下ろした。「彼は誰なんだ?」と私は小声で田村に尋ねた。「彼がつばさの友人、オノク」と田村が答えた。「オノクさん、全員揃いましたので、何か手がかりがあればお話しください」と一人の刑事が言った。オノクは頷き、話を始めた。「つばさは中学三年生の頃、同じクラスの女子に片思いしていたそうです。その女子が好きだったのは彼だけではなく、岡本武という悪ガキも同じ相手に気があった。どういうわけかつばさの気持ちが武にバレてしまい、彼はつばさに絡み始めました」「つばさは何度か殴られ、耐えられなくなって、父親に頼んで武を懲らしめてもらうことにしました。武が怯えるかと思いきや、逆に恨みを抱き、ある雨の日に男子トイレでつばさを待ち伏せして半殺しにしたんです」「その事件で武は少年院に送られましたが、つばさもそれ以降、人と関わるのが怖くなり、誰とも接触を避けるようになりました。僕は留学中にルームメイトになり、避けられない状況で親しくなった唯一の友人です」話を聞き終えた私は顎に手をやりながら尋ねた。「つまり?」「つばさはそれ以来、僕以外の誰ともほとんど関わりがなかったので、武が恨みを晴らすために戻ってきた可能性があると思うんです」「分かりました。貴重な情報をありがとうございます」と刑事の一人が言った。「僕はただ、つばさにとっての唯一の友人として、真実を突き止めていただきたいだけです」とオノクは言い残して去っていった。オノクが帰ると他の刑事たちはあまり興味を示さず、「古臭い話を持ち出しやがって」と小声で不満を漏らしていた。誰もこの情報を真面目に捜査する気はなさそうだった。正直、私もオノクの話をそれほど真に受けて
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第4話

私はこの出来事に非常に興味を持ち、ここには何か隠された事情があるのではないかと薄々感じていた。今はまだ直接的な証拠がないので、犯人の動機を突き止めることが最善の選択だ。そこで、田村に車を出してもらい武の戸籍の住所へ向かった。車で約10分後、武家の玄関を叩いた。二度ノックすると、家の中からぼんやりとした声が聞こえてきた。「誰だ?」田村が私より先に答えた。「こんにちは、私たちは武さんに会いに来ました」「出てけ!」と、中の人が荒々しく怒鳴りました。私は田村と顔を見合わせ、状況がつかめずにいた。再度ドアをノックして、「すみません、私たちは刑事です。少しお話を伺いたいのですが」と声をかけた。数十秒ほどしてようやくドアの向こうから足音と怒声が聞こえ、60代くらいの小柄な老人がドアを開けた。「お前たち、何しに来たんだ?」と老人は怒鳴り、顔の筋肉が声とともに震え膨らんだ血管が今にも破裂しそうだった。私は微笑みを浮かべ、落ち着いて答えた。「武さんに会いに来ました」「奴は死んだ!」老人は投げやりに答えた。「ですが、彼の戸籍はまだ抹消されていません。つまり、法律上では彼はまだ生きていることになります」老人はもう一度「死んだ!」と答え、ドアを閉めようとした。「では、武さんがどうして亡くなったのか教えていただけませんか?なぜ彼の戸籍が抹消されていないのか、もし何か事情があるのなら、お話していただければ助けになれるかもしれません」私がそう言うと、老人は半ば閉めかけた体を戻して、「中に入れ」と言い、私たちにお茶を出して話し始めた。「俺は武の父親だ」「今でも覚えている。あの日、警察から電話があって、武が人を殴って、重傷を負わせたって」「俺と家内は急いで警察署に駆けつけたが、警察は武に会わせてくれず、武が少年院に入るまで会わせてもらえなかった」「武が何をしたのかも分からず、警察官が、義雄の息子を殴ったんだと教えてくれたんだ」「そのとき、俺たちはすべてが崩れたように感じた。毎日、義雄の報復が怖くてたまらなかった」「だが、武が少年院を出るまで、報復はなかった。しかし、その日、俺と家内は朝早くから武を迎えに行ったのに——」「彼らは、武はすでに誰かに連れられて行ったと言った。そのとき、俺は呆然とした」「数日後、これを受け
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第5話

田村はそれを見て驚き、私も眉をひそめた。 「これは……」 武の父親は目を赤くし、歯を食いしばって涙をこらえていた。「その時、俺たちに送られてきたのはこの指一本だけで、驚いてすぐ警察に通報したんだ」 「だが、警察はどうしても事件として扱ってくれなかった。裏で義雄が邪魔していることはわかっていた。武もきっとあいつにやられたんだ」 「武は生死もわからないままで、俺たちも彼の戸籍をそのままにしてある」 「そして妻は……耐えきれず、川に身を投げたんだ……」武の父親は声を詰まらせ断続的に話した。 「この指が武さんのものだと確認できたのですか?」と私は尋ねた。 「そ、その時には無理だった……その後、俺のDNAと指で鑑定してもらって……武のものだってわかったんだ……」 老人は歯を食いしばったまま、涙を堪えきれずこぼし落ちてしまった。その姿はまるで子供が泣いているようだった。 彼はまだせいぜい50歳前後のはずだが、外見はもう60歳を超えているように見えた。 彼をここまで変えてしまった苦痛がどれほどのものか想像もできなかった。 隣で田村も目を潤ませていたが、私は深く眉を寄せたままだった。 どうやら、武に関する手がかりはここで途絶えたようだ。そして、どうして警察署の者たちがこの件を誰も調べたがらないのか理解できた気がした。 「武の件、警察署のみんなは知っているか?」武の家を出た後、私は田村に尋ねた。 田村はしばらく沈黙してから、ようやく口を開いた。「もう10年近く前のことだし、詳しいことは知らないけど、仮に知らなくても、誰も森田家に関わることは調べたがらないよ」 私は数秒考え込んだ。 「武が通っていた中学校に行ってみよう」と私は田村に言った。 武に関する手がかりは断たれたが、当時、彼がつばさを殴って重傷を負わせたのは学校内での出来事だった。まだ知っている人がいるかもしれないし、そこに行けば新しい手がかりが見つかるかもしれない。 まず私たちは警察署に戻り、当時の記録を調べて、武の担任教師と最初に武がつばさを殴った現場を目撃した清掃員の情報を見つけた。 それから学校に向かったが、武の当時の担任は今や校長になっていた。 彼女は最初私たちにとても親切だったが、武の話をした途端、
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第6話

「それは雨の日だった。休憩中に作業場から女トイレの方で音がするのが聞こえたんだ」 「音を頼りに行くと、武が誰かを殴っていた」 「武は良い子だよ。学校の金持ちの子たちは俺みたいな掃除人を馬鹿にしてるけど、武はいつも俺を人間扱いしてくれて、たまには手伝ってくれた」 「殴っていた相手は森田つばさだ。普段、家が金持ちだからって、学校で横暴に振る舞っていた」 「慌てて武を押さえつけたら、横であの娘、西村桜子が地面に倒れていて、下半身に服を着ていなくて、泣いていた」 「その時やっと理解した。つばさがあの娘をいじめていて、武があんなに強く手を出した理由もわかった。武はあの娘と付き合っていたから」 「俺は警察に通報しようと思ったんだけど、ちょっと気を抜いた隙に、武は俺を振り切って、何度もつばさを蹴りつけ、あいつの下半身を壊してしまったんだ。もし俺がもっと早く止めていたら、武は少年院に送られなかったかもしれない」 「それに、あの久能はおってヤツも。普段、武やつばさと仲が良かったくせに、その時は何もせず、あいつの手下も二人連れてただけだ」 私はその話を聞いて、思わず息を呑んだ。 なるほど、事件の真相はこうだったのか。つばさが武の彼女をいじめ、武がそれを理由に半殺しにしたというわけだ。しかも、そのことで彼は生殖能力に影響を与えるほどの重傷を負わせられたかもしれない。 そして、武はオノクが言っていたような不良ではなかった。清掃員の言う通り、彼はむしろ良い子だったのだ。 その後、少年院を出た後武は行方不明になり、家族には彼の切断された指が送られてきた。 最初は、武の死が義雄に関係しているのではないかと疑ったが、もしつばさが本当に不妊になったら、義雄が彼を殺した理由も納得がいく。 だんだんとこの事件の背後には予想以上に大きな秘密が隠されているように思えてきた。そして、つばさの死はそのほんの氷山の一角にすぎないのではないか。 そして、この新たに浮かび上がった久能はおという人物は一体誰なのか? 調査が元々の目的から外れているような気もしたが、それでも背後に隠された真実を知りたいと思った私は田村に言った。 「田村、警察署に戻ろう」田村はすでに少し酔っていて、顔が赤くなっていた。「どうしてだよ?警察署は
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第7話

「そうだ」と言いながら、彼は手を振って私に座るよう促した。「警察が俺に用があるのか?」 私はその手招きを無視して聞いた。「岡本武のことを知っているか?」 彼は一瞬驚いたがすぐに平静を取り戻した。「知らないね」 その一瞬の驚きは、明らかに無意識の反応だった。「岡本武」という名前に反応していたのだから、何らかの形で彼が武を知っているのは間違いない。 私は深追いせず、続けて尋ねた。「じゃあ、森田義雄のことは知っているか?」 彼は笑って答えた。「もちろん知ってるさ。誰だって知ってるだろう?ただ、向こうは俺のことなんか知らないけどな」彼が話す間、ある仕草が気になった。真夏の八月だというのに、彼は右手に革の手袋をはめていて、話しながらずっと左手の人差し指と親指で手袋をした右手の小指を触っていた。この仕草には何か特別な意味があるのだろうか? 「他に聞きたいことはあるか?」と、はおが言った。 「いや、ご協力に感謝するよ」と言って、私は立ち去ろうとした。 「待てよ」はおが呼び止めた。 振り返ると、彼が古い金属製のライターを投げてよこした。「よくも俺のところに一人で来れたな。度胸があるじゃないか。俺は度胸のある奴が好きだ。これはお前にやるよ」 「タバコは吸わないんだ」 「関係ねぇさ。どうせそのうち必要になるからな」 メイフラワーバーを出て、タクシーでホテルへ戻った。 はおの態度から見て、彼と武には何かしらの関係があることは明白だった。田村が言っていたように、はおは義雄の人間だと言われていたが、彼の答えには一切の感情がなかったため、確証は得られなかった。 翌朝、私は警察署に着くなり田村に頼んで86年生まれの久能はおという人物の戸籍情報と資料をすべて調べてもらった。 田村が出かけようとした瞬間、私は彼を呼び止めた。なぜか、「すべてはあのオノクが私を導いているのではないか」という考えが頭をよぎったからだ。さもなければ、どうして彼がこんな古い事件である武のことを話したのか? 「田村、ついでにオノクの資料も調べてくれ」 しばらくして田村が数枚のプリントアウトを私のデスクに置いた。 久能はおの資料によると、彼は1999年に義雄に養子として迎えられ、その後は武と同様に、社会的な記録が一切な
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第8話

久能の両親の死には、義雄が深く関与していた。そして、久能も武について少なくとも何かを知っているのは明らかだが、彼はそれ以上何も話すつもりはないようだ。そこで、彼の関係者から手がかりを探るしかない。久能の両親は既に他界しており、親戚も皆遠方に住んでいる上、彼には社会的な記録が一切ない。関係者を見つけるのは至難の業だった。しかし、この仕事は再び田村の担当となった。30分後、田村が興奮気味にドアを開けて言った。「見つけたよ!鉄北刑務所に、一緒に久能とつるんでた人がいる!」鉄北刑務所に到着すると、刑務官が面会の場を手配してくれた。現れたのは痩せ細った男で、鋭く鼠のような目つきをした眼に、首には目を引く横一線の傷跡があった。しかし彼と30分以上も話し合い、田村と私で様々な手を尽くし、さらに刑務官も説得したが、彼は頑なに久能を知らないと言い張った。私は椅子にもたれ、眉をひそめた。 「そのうち、この物が役に立つだろう」ふと、久能がライターを渡してきたときの表情が脳裏をよぎった。私は急いでズボンのポケットからその金属製のライターを取り出し、男に見せた。「この物、知っているか?」彼は驚き、信じられないという様子でライターを見つめた。「あんた……はおさんの指示で来たのか?」私はうなずいた。彼は顔を歪め、泣きそうな表情で言った。「やっと来てくれたのか!」そして彼は、久能について話し始めた。「あの頃、俺はまだガキで、いわゆる不良ってやつだったんだ」「それで、『内田組』っていう組に入ったんだが、はおさんはその時のボスだった」「すぐに俺もはおさんの手下になって、よく一緒に義雄に会いに行っていた。でも、義雄ははおさんを怖がっていたのか、見下していたのか分からないが、ほとんど目を合わせようとしなかった」「後から分かったのは、俺たちは義雄のために動いていたことだった。俺たちが取り立てたみかじめ料や、女の子を売らせて稼いだ金の大半は義雄のところに入っていたんだ」「それに加えて、少しずつ分かってきたのは、義雄に使われているのは未成年ばかりだったことだ」「組の奴らは、大人になるといつの間にか消えていたんだ」「ある時、はおさんに連れられて森田家の坊さんの学校へ行き、外で待っていろと言われたんだが、はおさんが何をしていたのかは教えてくれ
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第9話

田村がすぐに車を出し、私を市内へと向かわせた。道中、彼は一枚のプリント用紙を私に手渡した。「これ、何?」「オノクの資料だ。さっき調べたんだが、君に渡すのが遅くなった。君が久能に関わる人物を調べてほしいと言ったからな」私は頷き、その紙を見つめた。それにはオノクの身分証と顔写真のコピーが載っていたがこれだけでは何も見えてこない。唯一知らなかったのは、オノクのフルネームがオノク・オウハウで、英語表記がonuk ouhaであることだった。四十分後、田村は私をある和食店へと連れて行った。この名前は以前に資料で見かけたことがあり、つばさが死の直前に最後に訪れた店だった。私は田村に玄関で待つよう指示し一人で店内へと入った。案内係により個室に通されると、オノクは既に席に座り、少しずつお酒を口にしていた。私が来ると、彼は軽く手を挙げて座るよう促した。「君、日本語がうまいんだな」と私は冗談を交わした。「それは重要ではない」私はさらに話そうとしたが、個室のドアが開き、入ってきたのは義雄だった。義雄は私を見ると少し驚きながらも席に着いた。席につくと、低い声で尋ねた。「俺をここに呼んだ理由は何だ?」オノクの頬は少し赤みを帯び、少し酔った様子だった。「森田叔父さん、つばさを殺したのは僕」義雄は腕を組み、低い声で言った。「武、あの時、久能が見逃したお前を、俺が見つけて殺すべきだったんだ。今さらつばさを殺して、よくもここへ来れたものだ」オノクは微笑み、少し狂ったように笑い始めた。「ははは……森田叔父さん、何を言ってるのか?僕には何のことやら、武って誰のこと?」「ちょっと教えてやろうか。俺が誰かを思い出させてやるよ」「1999年12月4日、お前は酔って、16歳の高校生をわいせつした。つばさが桜子を汚したのも、お前からの遺伝かもしれないな。だが、あいつはお前ほど残酷じゃなかった。お前のように、その一家を皆殺しにしなかった」オノクの言葉に、義雄の顔色が変わった。「お前……お前は誰だ?」オノクは笑みを浮かべ続けた。「2000年2月5日、大晦日の夜、酔って妊婦を襲っただろう。その妊婦と胎児はその場で死んだ」オノクはあまりに冷淡に、残酷な事実を淡々と話した。まるでお酒の味を語るように。「森田おばさんがあんたのこんな獣にも劣る所業のせい
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第10話

義雄は荒い息をつき、私を振り返って睨みつけた。「刑事さん、お前も見たよな?となれば、生かしてはおけない!」そう言いながら、真っ黒な銃口が私の頭に向けられた。その瞬間、ドアの外から急な足音が聞こえ、倒れたオノクが笑っているのが目に入った。ドアが開き、私と義雄は一緒に振り返った。「パン!」という銃声とともに、義雄がその場に倒れた。刑事課の山下課長と私は顔を見合わせ、互いに呆然としていた。「どうしてここに?」と私は尋ねた。「銃撃事件が発生したと通報を受けてね。それに君がここにいると聞いて急いできたんだ」その時、オノクは壁を支えながら立ち上がり、冷ややかな目で森田義雄を見下ろした。「あの時、君が僕の父に顔向けできず僕を見つめることができなかったり、つばさが事件を起こした後に助けに行ったりしてさえすれば、武の顔を一度でも見たなら、こんな無残な死を迎えることはなかったのに」「さあ、一緒に地獄へ行こう」義雄は倒れたまま、微動だにしなかった。この劇はようやく幕を下ろしたのか?もしかして、これがオノクの目的だったのか——警察の手を借りて義雄を殺すために。しかし、それなら初めから義雄を殺せば済む話ではなかったのか?オノクは私が眉をひそめているのを見て、笑いながら尋ねた。「君はきっと、こんなことまでして面倒だと思っているだろう?」私は頷いた。オノクは息も絶え絶えながらも勝者のような口調で続けた。「僕が求めているのは、ただの死じゃない。彼が苦しみ、恐怖すること。そして、僕の親友へのけじめだ」彼の言葉の意味がすぐには理解できなかったが、私にはまだ気になることがあった。「君はどうやって全ての監視を避けて、つばさを殺したんだ?」オノクの顔は青白く、それでも笑みを隠しきれなかった。「知ったところで、つまらないと思うだろう」「そうだ、もし武に会うことがあったら、謝罪を伝えてほしい」そう言うと、オノクは壁に寄りかかりながら崩れ落ちた。その後、救急車が到着し、義雄とオノクを連れて行った。そして私もパトカーに乗り込んだ。帰りの車内で、山下課長はこう話してくれた。この和食店は久能はおが経営していて、はおは警察の武器庫より多くの銃を持っているらしい。彼らは武装して駆けつけ、銃声を聞いた途端、義雄が私に銃を向けているのを見て反射的に
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