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第17話

作者: 明眸
奏音が一言も返せない様子を見て、皆は即座に真相を悟った。担当者には睨みつけることもできず、まして大きなチャンスを掴んだ芽依に文句を言う勇気もない。結局、奏音に対して皮肉めいた言葉を投げかけることしかできなかった。

機転の利く芸能人たちは素早く芽依側に寝返り、取り入ろうと後を追った。しかし芽依は、そんな日和見主義者たちに興味も示さず、悠然とステッキをつきながらエレベーターホールへ向かった。

廊下の突き当たりまで来たところで、後ろから声がかかった。「梅原さん、国際デビュタントパーティーの招待状は追ってお送りさせていただきます。それと、健康診断書のご提出をお願いしたく」

牧谷グループのスタッフは強調した。「ご存知の通り、健康面での確認が必要となりまして。指定の項目に従って、検査をお受けいただければ......」

芽依はスタッフから健康診断の項目表を受け取り、頷いた。

「分かりました」

牧谷グループの懸念は単なる健康面だけではない。不適切な嗜好の有無も確認したいのだろう。今回は奈津城を代表しての参加。その意味は重大だ。理解できる。

牧谷ビルを出た芽依はタクシーを拾うと、バッグから牧谷大騎から渡された名刺を取り出した。医師の名前はなく、漢方医院の住所だけが記されている。少し考えを巡らせた後、すぐにその場所まで行ってみることにした。

漢方医院は高級私立病院の一角にあった。外来棟を通り抜けると、そこに辿り着く。

身分を告げると、程なくして長衫を纏った老医師が現れ、診察と鍼治療を施してくれた。

三十分後、芽依が立ち上がってみると、なんと二年間まともに力を入れられなかった左足に、体重をかけて歩けるではないか!

「この二日ほど、足の調子は良くなってきているようですね。これが処方した湿布薬です。毎晩就寝前に貼ってください。三日も経てば、自由に動けるようになりますよ」老医師は丁寧に説明した。

最初の疑念は完全に消え、芽依は心からの感謝を述べた。

「牧谷社長からのご紹介です。お気になさらずに」

老医師が言い終わると、助手が薬箱を持って共に退室した。芽依も湿布薬を受け取り、部屋を出た。

漢方医院から戻る道は外来棟を通る。どうせ健康診断を受けなければならないのなら、ここで済ませてしまおう。そう考えた芽依は、牧谷グループの指定項目に従って検査を受けた。

検査を
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    車から一人の男が降り立ち、恭しく彼女たちの車の前に立った。芽依は一目で彼を認識した。オーディションの時、牧谷大騎の車椅子の後ろに控えていた秘書だった。昨日の牧谷諒との約束を思い出し、芽依は愛瑠に簡単に状況を説明すると、秘書の車へと乗り換えた。「梅原様、牧谷家の本邸へご案内に参りました。老夫人様がお待ちです」と秘書は丁寧に言いながら、数枚の書類を差し出した。「週末の予定ではなかったでしょうか」と芽依は尋ねた。「老夫人が予定より早くご帰国なさいまして、到着されるなり芽依様にお会いしたいとのことで」と秘書は説明した。「分かりました」芽依は自身の華やかなドレス姿を見下ろし、少し間を置いて「申し訳ありませんが、先に自宅で着替えてもよろしいでしょうか」と切り出した。秘書は独断では決められないと判断し、恭しく電話をかけ、牧谷大騎に確認を取った後、芽依に受話器を渡した。「梅原様、社長がお話を......」「車に用意した資料に目を通しておけ。質問されることもあるだろう。絶対に矛盾のないように」大騎の冷たい声が響いた。芽依は眉を寄せた。やはり牧谷諒は当てにならない。まるで子供のよう。自分の妻のふりをさせておきながら、叔父に全て段取りをさせるなんて。資料に目を通すと、誕生日や趣味、習慣などが細かく書かれていた。趣味の欄に「読書・瞑想」とあるのを見て、思わず噴き出してしまった。「どうかしましたか?」電話の向こうで不審げな大騎の声が響く。感情を抑えながら、芽依は「ご心配なく、しっかり覚えておきます」と答えた。牧谷家の老夫人様の目には、諒は読書好きで瞑想までする孫に映っているのだろうか。普段の諒からは想像もつかない姿。家族の前でずいぶん良い子を演じていたようね――と、少し可笑しくなってしまう。牧谷家の本邸に到着すると、古風な趣きの庭園が広がっていた。玄関に足を踏み入れた途端、芽依の目に車椅子に座る牧谷大騎の姿が飛び込んできた。彼を見るたびに、パリのホテルであの夜の光景が鮮明に蘇る。大騎ではないと分かっているのに、思わず胸が高鳴ってしまう。叔父と甥、あまりにも似すぎている。しかも、大騎の身に纏う沈着さと決断力は、数々の試練を乗り越えてきた証。諒には到底及ばない深みがそこにはあった。「来たか」思いがけない大騎の

  • 電撃結婚したらボスの掌中の玉になった   第25話

    「ガシャン!」謙人の父の手からワイングラスが落ち、床に砕け散った。「この畜生め!」自分の立場も忘れ、激怒した声が轟いた。「早く!!早くあの映像を止めろ!」部下たちが必死に調べ回ったが、謙人と奏音の居場所は特定できない。高層ビルの制御システムも何者かによって掌握されており、映像を止めることもできなかった。奈津城の街全体が、朝倉グループの御曹司と人気女優の生々しい映像配信に沸き立っていた。通りを行き交う人々は足を止めて指を差し、朝倉グループの記念式典会場は騒然となり、ライブ配信のサーバーは一時ダウンするほどのアクセスが殺到した......しかし、街中が騒然となる中、高層ビルに映し出される二人は周囲の状況など知る由もなく、艶めかしい光景は続いていった。「昨夜、芽依お姉さまと一緒だったんでしょう!まだ私を騙すの?」「違う!お前は狂ってる!」謙人が奏音の体を振り払おうとするも、彼女は即座に飛びかかり、彼の肩に噛みつき、そのまま首筋に唇を這わせた。「あなたが言ったじゃない。私としか感じられないって。他の誰も代わりになんてならないって!」謙人はすぐに快感の虜となり、その後の映像は目を覆いたくなるような内容となっていった。メディアは騒然となった。「清純派として売り出していた梅原奏音が、姉の婚約者を誘惑し、密かに子まで宿していたなんて......常識を疑うレベルです!」「未婚での妊娠も、堕胎を企てていたことも、全て隠蔽しようとしていた。モラルも人間性も完全に欠如しています」「朝倉謙人は妻想いを演じていたけど、全て嘘だったんですね。梅原奏音という不倫相手が、正統な婚約者との関係を阻止しようとする。まさに前代未聞のスキャンダルです!」10分後、ようやく朝倉グループの関係者が高層ビルの映像を遮断することに成功した。しかし、先ほどまでの映像は既に奈津城中の人々のスマートフォンに、そして記憶に深く刻み込まれていた。朝倉家の両親と株主たちは慌てふためいて本社ビルに逃げ込み、扉を閉め切った途端、激しい言い合いが始まった。「会長!我々は謙人様の取締役就任に反対です!」「それでも強行されるなら、朝倉グループの破産も時間の問題でしょう!」謙人の父は言葉を失い、目を血走らせながら叫んだ。「早くあの不埒な者を見つけ出せ!必ず裁き

  • 電撃結婚したらボスの掌中の玉になった   第24話

    芽依は謙人の隣に立ち、彼から贈られた大振りな薔薇の花束を抱えていた。その派手な花束は否が応でも人目を引いた。「朝倉さん、梅原さんが国際デビュタントパーティーへの招待状を獲得されたと伺いましたが」予想通り、記者たちは一通りの質問の後、朝倉・梅原両家の婚約に関する騒動へと話題を向けてきた。「その通りです!」謙人は即座に芽依の手を取り、誇らしげな眼差しを向けながら、より一層彼女を抱き寄せた。「改めて婚約パーティーは開催されるのでしょうか?」「もちろんです!」謙人は強い確信を込めて答えた。「将来の奥様が結婚後も外で活躍されることについては?」記者が重ねて尋ねた。「今の時代ですからね。女性にも自己実現の機会があって当然です」謙人は作り笑いを浮かべながらも、とろけるような優しい声で続けた。「彼女が好きなことをして、幸せならそれが私の幸せです」会場は歓声と笑い声に包まれ、朝倉・梅原両家の不仲や謙人の不倫疑惑は雲散霧消した。「さすが朝倉さん、理想の恋人ですね!」「理想の恋人どころか、理想の後継者じゃありませんか!」メディアは競うように賞賛の言葉を投げかけた。「これまで奈津城の名家で、これほどの後継者は稀有な存在でした」「そうですね。朝倉さんはいつも謙虚で、私生活で朝倉グループに迷惑をかけることなど一度もありません!」朝倉家の両親は満足げに頷きながら微笑んだ。「確かに。謙人は幼い頃から向上心が強く、分別のある子でしたね」「私は幼い頃から謙人を朝倉グループの後継者として育ててきました。謙人の品格は即ち朝倉グループの品格。清廉潔白そのものです!」追従するメディアを見つめながら、芽依は感情の欠けた微笑みを浮かべ、瞳の奥には冷たい光が宿っていた――もうすぐ、謙人がどれほど清廉潔白か、皆さんにお分かりいただけるわ。「それでは皆様、こちらへお移りください。10分後、対岸の奈津城最高峰ビルにて、朝倉グループ創立30周年記念の映像をご覧いただきます」朝倉家の秘書がメディアと来賓を広場へと案内し始めた。謙人が歩き出そうとした時、背後から腕を掴まれた。振り返った彼の目が驚きで見開かれた。「なんでお前がここに?!」帽子とマスクで顔を隠した奏音は、混乱に紛れて謙人を人気のない場所へ引きずり込んだ。「謙人さん、今日こそ

  • 電撃結婚したらボスの掌中の玉になった   第23話

    既に謙人のオフィスには隠しカメラが設置してあり、全ての映像が芽依のスマートフォンの九分割画面に映し出されていた。芽依は運転手に自宅への帰路を指示した。しばらくすると、愛瑠の手配した偽装パパラッチたちが朝倉グループのビル前に集結した。奏音が謙人のオフィスから外を覗き見る位置に、まさに絶妙なタイミングで。まさかパパラッチがこんなに早く追跡してくるとは。奏音は慌てふためき、謙人の携帯に電話をかけた。その時、芽依は振動するスマートフォンを手に取り、謙人に成り代わって電話に出た。「謙人さん......私、朝倉グループのビルで囲まれちゃった。早く来て......」芽依は奏音の言葉を遮り、パソコンの再生ボタンを押した。愛瑠が用意していた音声が流れ始めた。「謙人~誰からの電話?」「どうでもいいことだよ。俺の目には君しか映らない」「本当?」「もちろんさ。君がいて、取締役会の支持があれば、俺の人生は勝ち組だ。他のことなんてどうでもいい!」「でも普段、奏音と親しそうにしているから、ああいうタイプが好みかと思ってた」「まさか。あいつは芸能界で、誰にでもあんな風に媚び媚びしているじゃないか。君は上品で、頭も良くて、有能だ。俺だってバカじゃない。どっちが良いか分からないわけないだろう?安心して、あいつは会社の金づるとして利用してるだけさ」技術的に合成された芽依と謙人の声は、あまりにも生々しかった。奏音は立っていられなくなり、震える体で床に崩れ落ちた。なるほど。今日、謙人が警告してきた理由が分かった。夜は会社の周年記念パーティーの準備で忙しいから連絡するなと言い、目立つなと釘を刺してきたのは。こんなことをしていたなんて!奏音は憎しみで掌に爪を立てた。だが次の瞬間、耳に飛び込んできたのは、謙人の艶めかしい吐息だった。この声......間違いようがない。奏音が一番よく知っている本物の声。謙人は芽依に手を出したことはないと言っていたのに。まさか姉妹両方と関係を持ち、二股をかけていたなんて!ずっと、騙されていた!奏音は怒りと焦りに駆られ、謙人に詰め寄ろうとしたが、ビル前に集まるパパラッチやファンの数は増える一方。身動きが取れない状況に、謙人のオフィスを行ったり来たりと落ち着かない様子で歩き回っていた。しかし次第に、体から力が

  • 電撃結婚したらボスの掌中の玉になった   第22話

    二人が入室するなり、芽依は見覚えのある香水の香りを察知した。自分がいつも使っているブランドと同じ。ふん。芽依は目を伏せ、冷笑を浮かべた。以前、謙人の服から女性用香水の香りがすると二度ほど問いただしたことがある。その後、奏音が偽善的な態度で近づいてきて、芽依の愛用している香水のブランドを聞き出した。それ以来、奏音は同じ香水を使い続けていた。姉の婚約者との不倫を隠蔽するため......僅かな知恵も悪事にしか使えないとは。芽依の心中など知る由もない奏音は、取り繕った笑みを浮かべている。「お姉様、わざわざ謙人さんにも来てもらったんです。直接説明させていただいて、誤解を解きたくて」「国際デビュタントパーティーの参加権を手に入れた私に対して、まだ誤解という言葉を使うの?」芽依は皮肉を込めて返した。奏音は慌てて手を振り、作り笑いを浮かべた。「まさか、むしろ嬉しく思っています」その時、謙人が前に出て、芽依を強引に抱き寄せた。「芽依、あの夜は酔っ払っていたんだ。約束する。もう二度とあんなに飲まない。でも奏音とは何もないんだ。信じてくれ、俺が愛してるのはお前だけだ。数日後には、改めて婚約しよう!」恋って本当に人を愚かにするのね。こんな薄っぺらい言い訳を、以前の自分はどうして信じられたのだろう。深いため息をつき、その場で罵倒する衝動を抑え込む。謙人は芽依が信じたと思い込み、さらに探りを入れた。「芽依、明日は朝倉グループの周年記念パーティーなんだ。父が記者会見で正式に私の取締役就任を発表する。明日からは、もっと素晴らしい生活を君に約束できる!」巨大な利権に目が眩んだ様子で、謙人は急いで付け加えた。「だから芽依、明日の朝、一緒に出席してくれないか?そうすれば、メディアの疑惑も消えるはずだ......」「ええ」芽依は奥歯を噛みしめながら頷いた。謙人は歓喜の表情を浮かべ、興奮して芽依の頬にキスを落とした。「よかった!安心して、数日後の婚約パーティーでは、もっと素敵なサプライズを用意するから!」「楽しみにしてるわ〜」芽依は長い睫毛を瞬かせながら、これから実行する計画を思い浮かべ、瞳に冷たい光を宿した。「私からも、素敵なサプライズを用意させていただくわ〜」そう言いながら、芽依は謙人を抱きしめたまま、さりげなく彼のスマートフォ

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