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紅き成女式
紅き成女式
著者: たくや

第1話

著者: たくや
last update 最終更新日: 2024-11-13 10:41:37
私たちの村は深い山奥に位置し、貴重な血石脈が眠っている。

言い伝えによれば、血石で作られた寝台で眠り続けることで、永遠の若さを手に入れることができるのだという。

血石は発見も採掘も困難を極めるため、私たちの村は豊かな暮らしを営んでいる。

だが、この村には女性しか存在を許されていない。

私には二人の姉がいるが、本来なら三人の兄もいたはずだった。しかし彼らはこの世に生を受けた直後に命を絶たれてしまったのである。

私はかつて、氏族による男児の処刑を目の当たりにした。産声を上げたばかりの赤子の口は押さえつけられ、一筋の泣き声すら許されなかった。

「男という存在は生まれながらにして卑しいもの。その泣き声が山の神様の怒りに触れれば、私たち氏族は破滅への道を辿ることになるんだ!」

奥山の深い淵へと連れて行かれた男児は、そのまま水中へと投げ込まれた。わずかにもがく姿を見せただけで、あっという間に闇の中へと沈んでいったのである。

私が恐る恐る覗き込んだ淵の中には、数えきれないほどの頭蓋骨が浮かんでいた。長い年月を経た骨は虫に蝕まれ、もはや人の頭蓋骨とは認識できないほど崩れていた。

祖母は村の宗主として君臨し、大小すべての事柄を采配している。その命令に逆らう者など、誰一人としていない。

さくら姉は十八歳。もうすぐ、成女儀式を迎えることになっているのである。

ところが、普段から溺愛していたはずの祖母は、さくら姉の参加を頑として許さなかった。甘えようとしたさくら姉の頬には、厳しい平手が見舞われたのである。

「生意気な!参加は認めないと言ったはずだろう」

九十九という高齢にもかかわらず、祖母の腕力は衰えを知らなかった。さくら姉の頬は見る見るうちに腫れ上がっていく。

愛しい孫娘の瞳に涙が浮かぶのを見て、祖母は深いため息をつくと、さくら姉の滑らかな頬に手を添えてこう語りかけた。「すべてはさくらちゃんのためなのよ。成女儀式に参加してしまえば、もう宗主の座に就くことはできなくなってしまう」

その言葉を聞いたさくら姉は、喜びに満ちた表情で祖母の腕にしがみついた。「私を、宗主にしてくださるのですね!」

祖母は微笑むだけで言葉を返さなかった。痩せ衰えた手でさくら姉の白磁のような腕を撫でながら、その目には年齢を感じさせない鋭い光が宿っていた。

艶やかな衣装に身を包んだ少女たちが、次々と祭殿へと足を運ぶ。出てきた彼女たちの頬は紅く染まり、はにかみの表情を浮かべていた。多くの娘たちが足を擦り寄せながら、よろめくような足取りで歩いているのである。

さくら姉は儀式を終えたばかりの氏族の姉を呼び止め、成女儀式の真相を問いただした。

なぜ皆、苦痛と歓喜が入り混じったような表情を浮かべて出てくるのだろうか。

氏族の姉の頬は上気し、声には大人の女性めいた色香が滲んでいた。何か話そうとして、ふと思い留まったように神秘的な微笑みを浮かべ、「なんでもないわ。ただ、とても素敵な体験をするだけよ」とだけ告げたのである。

真夜中、さくら姉は私を起こし、見張り役を命じた。祭殿に忍び込んで、その秘密を暴きたいというのだ。

「でも、おばあさまがおっしゃっていたでしょう?宗主となるべき方は、成女儀式に参加してはいけないって」

さくら姉は私の手首を強く握りしめた。「これは私たちだけの秘密よ。もし祖母にバレたら、ゆめちゃんが密告したことにするわ」

「なぜ私だけが儀式に参加できないの。きっとおばあさまは、私に幸せを感じて欲しくないだけなのよ」

さくら姉の瞳は期待に煌めいていた。まるで祭殿の中に待ち受けているものを、既に知っているかのように。

深い闇に包まれた夜。祭殿の中の蝋燭の灯りが、そよ風に揺られてゆらめいている。

私は物陰に隠れながら蚊を払っていた。パチン、パチンと音が夜闇に響く。

あれ?違う。その音は、確かに祭殿の中から漏れ聞こえてくるようだ。

そこへ、さくら姉のか細い声が重なって聞こえてきた。

「さくら姉!ご無事なのか!」

何か異変が起きたのではと思い、扉に手をかけたものの、内側から固く施錠されていた。

「だ、大丈夫よ~」

さくら姉の声は、一音一音が甘く伸びやかで、真夏の蝉しぐれさえも凌ぐ、人の心を焦がすような響きを持っていた。

中からの声が次第に大きくなっていく。不安に駆られた私は、窓から中の様子を窺おうとした。

だが窓は高い位置に設えられており、つま先立ちで窓枠に手をかけても、祭殿の内部を十分に見渡すことはできない。

わずかに見えたのは、四本の柱それぞれに繋がれた鎖の存在だった。床には何かが繋ぎとめられているらしく、鎖が激しく揺れ動いている。

さくら姉は薄衣一枚の姿で座り込んでおり、その艶めかしい背中が、まるで波のように規則正しく上下していた。

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    台の上の遺体は血肉が無惨に損なわれ、皮膚が完全に剥ぎ取られており、もはや男女の区別すらつかない有様であった。特徴的な八重歯がなければ、これがさくら姉だと見分けることすら叶わなかったであろう。皆は野獣の仕業だと言うが、私にはとても信じられなかった。野獣の仕業であれば無秩序な傷跡が残るはずなのに、姉の体には余計な傷が一つも見当たらなかったのである。「誰が姉は野獣に殺されたなどと…!姉は…」その時、祖母の姿に目を留めた私は愕然と目を見開いた。祖母の肌が、信じられないほど艶やかさを増していたのである。そして鼻脇には小さな黒子が―薄い色で、老人斑とほとんど見分けがつかないものの、私の目には一目瞭然であった。さくら姉の鼻脇にも、まさに同じ位置に黒子があったのだ。これより小振りで、より濃い色をしていた。祖母の視線が私に注がれている。その穏やかな眼差しとは裏腹に、私は恐怖で身の毛もよだつ思いであった。私は喉の渇きを感じながら、必死に平静を装おうとした。「ゆめや、なぜさくらが野獣に殺されたのではないと言い切れるのかね?もしや…どのように死んだか知っているというのかい?」祖母の周りに漂う危険な空気。その姿が一歩ずつ、確実に私への距離を縮めていく。脚の力が抜け、私は地面に崩れ落ちた。とっさに号泣を装う。「違います!きっとさくら姉じゃない!姉さんが死ぬはずなんてない、うっ、うぅ…」涙が溢れれば溢れるほど本物の悲しみが込み上げ、私は取り乱したように村人たちを非難し始めたのである。「きっとそうよ!おばあさまが姉さんを可愛がることを妬んで、宗主の座を狙う邪魔だからって、姉さんを殺したんでしょう!」私は狂気に取り憑かれたように、手近な煉瓦を掴むと、群衆めがけて投げつけ始めたのである。「気が狂ったわ!ゆめちゃんが正気を失ってしまった!」「この狂人!誰がさくらを害したっていうの?自分から真夜中に裏山なんかに行くから…野獣に襲われたって因果応報よ!」祭殿の庭院は瞬く間に騒然となった。祖母の金の鳥の装飾が施された杖が床を激しく叩きつけ、ようやく人々は我に返り、総がかりで私を取り押さえたのである。「ゆめや、もう止めなさい」祖母は慈愛に満ちた表情を浮かべて諭した。「おばあさな、姉さんは間違いなく彼らに殺されたんです!」

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    必死で窓枠に手をかけ、中の様子をもっと覗き込もうとした瞬間、手が滑って転落してしまった。その拍子に足首まで捻ってしまったのである。「早く戻りましょう」と急かすと、さくら姉は「もう少し」を繰り返すばかり。結局、たっぷり一時刻も過ぎてから、ようやく姿を現した。私は壁際で痛む足首を摩りながら、さくら姉の姿を待っていた。「ゆめちゃん、少し支えて」さくら姉は荒い息を繰り返し、まるで水浴びを終えたかのように全身を濡らし、私の体に寄りかかってきた。壁を越えようと姉を支えた時、ふと上を見上げてしまい、さくら姉が下着すら身につけていないことに気付いてしまった。祭殿の中で何があったのかと尋ねると、さくら姉は頬を染めて口ごもり、しばらくして「からかわないで。ゆめちゃんも大人になれば分かるわ」とだけ答えた。ふん、教えてくれないのなら、この目で確かめてやる。お腹が痛いと嘘をつき、さくら姉と別れて、こっそりと祭殿へ引き返したのである。そこで目にしたのは、大勢の人々に何かを運び出すよう指示を出す祖母の姿であった。厚手の油紙で包まれた細長い荷物を、二人がかりで運び出している。その時、一人が足を滑らせて階段で転倒し、油紙が破れてしまった。祖母は慌てた様子で荷物を入念に確認すると、幾重にも油紙を巻き直すよう厳命したのである。私は恐怖に震えながら、壁の陰に身を潜めた。破れた油紙の隙間から覗いていたのは、紛れもなく蒼白い人の手であった。「これらを至急処理するように。新しい品が間もなく到着する」祖母は威厳に満ちた声で、先頭に立つ四番目の叔母に命じた。一行は荷車を引いて山の中へと消えていった。私はその場に崩れ落ち、長い間、現実感を取り戻すことができなかった。私は帰宅するなり高熱に見舞われ、その後数日にわたる成女儀式を見ることは叶わなかった。さくら姉は毎晩、祭殿へと壁を越えて通っていた。見張り役が不在のため、すぐに戻ってくると、何やら満ち足りた表情で眠りについていくのである。その間、祖母が見舞いに訪れた。私は殺人の件について問いただそうとしたのだが―言葉が喉まで出かけた瞬間、祖母の荒れた手が私の手の甲を撫で、鋭い痛みが走った。数日ぶりに目にした祖母の手は、もともと痩せ細っていたものの、さらに荒れてひび割れ、まるで剥がれ落ちそうな

  • 紅き成女式   第1話

    私たちの村は深い山奥に位置し、貴重な血石脈が眠っている。言い伝えによれば、血石で作られた寝台で眠り続けることで、永遠の若さを手に入れることができるのだという。血石は発見も採掘も困難を極めるため、私たちの村は豊かな暮らしを営んでいる。だが、この村には女性しか存在を許されていない。私には二人の姉がいるが、本来なら三人の兄もいたはずだった。しかし彼らはこの世に生を受けた直後に命を絶たれてしまったのである。私はかつて、氏族による男児の処刑を目の当たりにした。産声を上げたばかりの赤子の口は押さえつけられ、一筋の泣き声すら許されなかった。「男という存在は生まれながらにして卑しいもの。その泣き声が山の神様の怒りに触れれば、私たち氏族は破滅への道を辿ることになるんだ!」奥山の深い淵へと連れて行かれた男児は、そのまま水中へと投げ込まれた。わずかにもがく姿を見せただけで、あっという間に闇の中へと沈んでいったのである。私が恐る恐る覗き込んだ淵の中には、数えきれないほどの頭蓋骨が浮かんでいた。長い年月を経た骨は虫に蝕まれ、もはや人の頭蓋骨とは認識できないほど崩れていた。祖母は村の宗主として君臨し、大小すべての事柄を采配している。その命令に逆らう者など、誰一人としていない。さくら姉は十八歳。もうすぐ、成女儀式を迎えることになっているのである。ところが、普段から溺愛していたはずの祖母は、さくら姉の参加を頑として許さなかった。甘えようとしたさくら姉の頬には、厳しい平手が見舞われたのである。「生意気な!参加は認めないと言ったはずだろう」九十九という高齢にもかかわらず、祖母の腕力は衰えを知らなかった。さくら姉の頬は見る見るうちに腫れ上がっていく。愛しい孫娘の瞳に涙が浮かぶのを見て、祖母は深いため息をつくと、さくら姉の滑らかな頬に手を添えてこう語りかけた。「すべてはさくらちゃんのためなのよ。成女儀式に参加してしまえば、もう宗主の座に就くことはできなくなってしまう」その言葉を聞いたさくら姉は、喜びに満ちた表情で祖母の腕にしがみついた。「私を、宗主にしてくださるのですね!」祖母は微笑むだけで言葉を返さなかった。痩せ衰えた手でさくら姉の白磁のような腕を撫でながら、その目には年齢を感じさせない鋭い光が宿っていた。艶やかな衣装に身を包んだ少女た

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