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第665話
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契約終了、霜村様に手放して欲しい 第666話
彼女が承諾したのを見て、池内蓮司はほっとしたように唇を少し上げたが、目は辛うじてドアの方に向けられた。そこにはまだ冷たく高貴な姿が、防護ガラスのドア越しにまっすぐ立っていた。その言葉にしなかった答えは、ドアの外のあの男には分かっているはずだ。しかし、そんなことはもう重要ではなかった。彼の一生は、春奈だけを愛していたのだから。いつからだったのか、おそらく彼女が自転車に乗って、彼の車の後ろを追いかけていた時からだろう。彼はバックミラー越しにその姿と自信に満ちた笑顔を見るたびに、微笑んでいた。愛を知らない人もいる。失って初めて気づくのだが、彼はもっと遅くに悟った。死が近づき、人生の断片が走馬灯のように頭の中を駆け巡る時に——彼は春奈を骨の髄まで愛していたことに気づいたが、もう遅すぎた。彼は目を閉じる前に、震える手を伸ばし、最後に春奈の心臓に触れ、こう言いたかった。「春奈、ごめん、俺も君を愛している」しかし、彼にはもう力が残っていなかった。結局、死ぬまで「愛している」の三文字を言えなかった。そして春奈も彼を迎えに来なかった。ドアの外には誰もいなかった。病床の男は、そのような後悔を抱えながら、静かに目を閉じた。耳元には医療機器のビープ音と、ジョージが駆け寄って泣き叫ぶ声が聞こえた。これらの音は、和泉夕子には全く聞こえなかった。ただ呆然と座り、池内蓮司を静かに見つめていた。彼の顔には血の気がなく、真っ白で、まるで天使が地上に降りてきて修行を終えたかのように、今その体は塵に帰り、魂は静かに離れていった。彼は自分の場所に戻ったのか、あるいは姉のいる場所に行ったのか、とにかく彼はもうこの世界にはいなかった。和泉夕子は彼を長い間見つめた後、白い手を伸ばし、池内蓮司が空中に伸ばして落ちた手を掴んだ。この瞬間、彼女は池内蓮司が死ぬ前に何をしたかったのかを知っているかのように、その手を心臓の位置にそっと置いた。彼の手にはまだ温もりがあり、彼の聴覚が完全に消える前に、和泉夕子は彼の耳元で震える声で言った。「蓮司、あなたの答えを聞いたわ。あなたが私をとても愛していることを知っている。来世でまた会いましょう——」彼女がこの言葉を言い終えると、心臓の痛みは少し和らいだ。まるで姉のために何かを成し遂げたかのよう
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第667話
柴田南が知らせを聞いて駆けつけた時、池内蓮司の体はすでに凍りついていた。彼は霊安室に立ち、信じられない思いで白布をかけられた池内蓮司を見つめていた。和泉夕子が見た時とは違い、今の池内蓮司はすでにきれいに洗われ、清潔な衣服に着替えさせられていた。まるで眠っているかのように、静かにそこに横たわり、普段と変わらない穏やかな表情をしていた。柴田南は足を動かし、近づいていき、手を伸ばして池内蓮司の顔に触れようとしたが、その勇気がなかった。「師匠……」彼は呟いた。普段なら、誰かが師匠の眠りを妨げたら、師匠は必ず起きてその相手を叩きのめすだろう。彼の師匠は寝起きが悪いのだ。しかし今、彼は安らかに横たわり、彼の妨害に耳を貸さなかった。柴田南は鼻をすすり、目が赤くなった。「師匠、どうしたんだよ。俺が君を倒すのを待つって言ったじゃないか？」彼が独り立ちした日、池内蓮司は彼の肩を叩き、「南、お前が師匠より多くのトロフィーを手に入れたら、師匠が黄金の小屋を作ってやる」と言った。師匠は彼が黄金を好きなことを知っていて、時々小さな黄金を買って彼の黄金庫に投げ入れていた。明らかに彼のために買ったのに、口では「いつか金がなくなったら、お前の黄金庫を空にする」と言っていた。彼の師匠は、良い人でも悪い人でもなかったが、悲しい人だった。彼は表現が下手で、言葉にするといつも逆のことを言ってしまい、多くの人に嫌われていた。しかし、柴田南だけは師匠が孤独だと感じていた。時々、彼が春奈のオフィスで一人でぼんやりしているのを見ると、とても可哀想に思えた。そんな時、柴田南は師匠を笑わせようとあれこれ工夫した。ネタはつまらなかったが、師匠はいつも口元を少しだけ緩め、無関心に「南、お前は皮が痒いのか？」と罵った。柴田南は恥ずかしげもなく「皮は痒くないけど、肉が痒い。師匠、掻いてくれないか？」と返した。彼は池内蓮司の凍りついた体を見つめ、泣きながら言った。「師匠、俺の皮が痒いんだ。起きて掻いてくれないか？」明らかに冗談のつもりだったが、ジョージにはとても悲しく聞こえた。彼の二人の親友は、彼が四十歳前後の時に次々と彼の元を去った。彼は知っていた。春奈が去った後、池内蓮司も早く逝きたがっていたことを。池内蓮司にとって、死は最良の解放だ
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第668話
柴田南は地面にひざまずき、池内蓮司に向かって深々と三度頭を下げた。彼は師匠と約束していた。もし自分が手に入れたトロフィーの数が師匠を超えたら、師匠は彼のために黄金の小屋を建ててくれると。しかし、明らかにそれはこの生では不可能だった。次の生でなら、きっと。次の生でも、彼は池内蓮司の弟子でありたい。その時は、自分が師匠のために黄金の小屋を建てよう。結局、この世ではまだ師恩に報いることができないまま、師匠は逝ってしまったのだから。柴田南は地面にひざまずき、涙が止まらないほど泣き続けていた。ジョージが彼の肩に手を置いた。「池内さんは臨終の際、会社を君に託したんだ……」「彼は君が会社を世界一に導くことを望んでいる……」それは非常に難しい要求だったが、柴田南を強く生き続けさせるためのものだった。彼の師匠は、生前彼を支援し、教え、死ぬまで彼のことを考えていた。生来明るい性格の柴田南は、この瞬間、突然崩れ落ちてしまった。和泉夕子はまだ病室に座っており、霜村冷司の肩に頭を軽く寄せて、静かに知らせを待っていた。霜村冷司は沢田をケイシーの専用機を阻止するために派遣したが、果たして阻止できたのかどうか。彼女はジョージから、ケイシーが穂果ちゃんを学校に行かせず、銃の使い方だけを教えていることを聞いた。ケイシーがそうする目的は簡単で、穂果ちゃんに自分の父親を手にかけさせるためだった。たとえ池内蓮司が遺言を残さなかったとしても、彼女は絶対に穂果ちゃんをそんな狂気の養父に任せることはできない。彼女は穂果ちゃんを取り戻し、安心して育てる家を与えるつもりだった。それが、彼女が姉と義兄のためにできる唯一のことだった……おそらく翌朝になって、沢田からの電話がかかってきた。和泉夕子はすぐに身を起こし、緊張した顔で霜村冷司の携帯電話を見つめた。男は彼女の前で隠すことなく、スピーカーモードにして、すぐに沢田の澄んだ声が聞こえてきた。「サー、申し訳ありません。少しトラブルがあり、相手を阻止できませんでした……」その言葉を聞いて、霜村冷司の顔色は一気に暗くなった。「こんなこともできないのか、お前たちは一体何をしているんだ？」彼は以前から位置情報、情報、スピードを求めていたが、Sはどれも要求を満たしていなかった。今や子
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第669話
和泉夕子は水原紫苑に二度しか会ったことがないが、そのたびに彼女から異なる美しさを感じ取っていた。その美しさは、目を引き、心を奪い、一度見たら目を離せなくなるほどだった。同時に、彼女の全身から放たれる高貴さは、自然と自分を卑下させるものだった。和泉夕子は頭を垂れ、隣の男は彼女の手を取り、指を絡めて安心感を与えた。霜村冷司は和泉夕子の手をしっかりと握り、自分の長い脚の上に置いた後、片手で顎を支え、水原紫苑を冷淡に見つめた。「ケイシーの件、説明してもらおう。さもなくば本部に戻って自ら罰を受けることになる」彼が挨拶もせずに直接話を切り出したのを見て、水原紫苑は彼が小さな妻に誤解されるのを恐れていることを察した。水原紫苑は心の中で彼を「恋愛脳」と嘲笑しながらも、表情には出さずに一歩踏み出した。彼女も彼と多くを語る気はなく、バッグから白黒の仮面を取り出し、霜村冷司の前に差し出した。「これが何を意味するか、わかるでしょう？」これは彼女の養父の仮面であり、霜村冷司に池内家と王室の間の争いに介入しないようにという意味だった。池内蓮司がケイシーに追い詰められて死んだというニュースは池内家の人々に知られており、現在イギリスは非常に不安定な状態にあった。さらに、王室の一部のメンバーは霜村冷司の正体を知っており、彼が介入すればSにまで影響が及ぶ恐れがあった。「私の父は大局を考えて、あなたにこの件に関わらないようにと説得するために私を送りました……」霜村冷司はその仮面を受け取り、指先で数回撫でた後、それを脇に投げ捨てた。「池内家と王室の件には関わらないが、私の妻の姪は必ず自分で取り戻す」水原紫苑は彼が養父の言葉を聞かないのを見て、彼を一瞥し、視線を和泉夕子に移した。「霜村社長、養父はあなたが和泉さんと結婚したことに不満を持っていますが、彼はあなたの選択を尊重しています。ですから、あなたも彼の決定を尊重してください」Sは養父が一から組織したものであり、霜村冷司はリーダーであっても、最終的には彼の養父を尊重しなければならなかった。「水原さん」水原さんの懸念を全く気にしない霜村冷司は冷たく言った。「彼に伝えてください。私は霜村家の当主としてこの件に関わる」つまり、この件は彼が必ず関わるものであり、誰もそれを止めること
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第670話
和泉夕子が目を覚ましたとき、霜村冷司はすでにイギリスに向かっていた。彼女が霜村冷司に怒ることは滅多にないが、今回は体が震えるほど怒り、心臓が激しく鼓動していた。一緒にイギリスに行く約束だったのに、霜村冷司は彼女を寝かしつけた後、一人で出発してしまったのだ。和泉夕子は不安でたまらない心臓を押さえながら、携帯電話を取り出し、彼に電話をかけたが、相手は電源を切っていた。和泉夕子は震える手で携帯電話を握りしめ、彼がまだ専用機にいることを察しながらも、狂ったように電話をかけ続けた。沙耶香がノックして部屋に入ってきたとき、彼女は冷たい床に座っていた。沙耶香は急いで彼女を助け起こした。「夕子、どうして床に座っているの？」和泉夕子は不安で立っていられず、壁際に寄りかかってようやく少しの安心感を得ていた。「沙耶香、彼はいつ出発したの？」沙耶香は彼女をソファに座らせ、携帯電話の画面を一瞥した。「朝出発したわ。今頃はまだ専用機にいるはずよ。心配しないで、彼が飛行機を降りたらきっと電話をかけてくるわ」和泉夕子は携帯電話を置き、疲れた様子で眉間を押さえた。「ケイシーが池内蓮司を追い詰めたときも心配でたまらなかったけど、今はもっと不安で仕方ない。彼が無事でいるかどうか、本当に心配なの」そう言いながら、彼女は再び携帯電話を取り出し、予約アプリを開いてイギリス行きのチケットを予約しようとしたが、沙耶香に止められた。「夕子、霜村冷司はあなたに家でゆっくり休むように言っていたわ。彼は必ずあなたのお姉さんの子供を連れて帰ってくるわ」沙耶香は彼女の携帯電話を取り上げ、こう言った。「今、あなたに処理してほしいことがあるの。池内蓮司の両親が遺体を引き取りに来ているの。ジョージが言うには、池内蓮司は遺言で春奈と一緒に葬ってほしいと言っていて、両親に遺体を渡さないようにしているの。杏奈があなたに決断を求めているわ」池内蓮司の両親が息子の遺体を引き取りに来るのは当然のことだが、池内蓮司が姉と一緒に葬られたいという遺言は厄介だった。遺言は和泉夕子に託されており、彼女が決断を下す必要があった。和泉夕子は心の不安を抑えながら、沙耶香と一緒に病院に向かい、霊安室の前で池内蓮司の両親に会った。成熟した穏やかな中年男性が、立っていられないほど泣いている中年女性を抱きしめて
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第671話
彼女は和泉夕子をじっと見つめ、しばらくして、やっと声を取り戻した。「和泉さん、あなたのお母様のことをご存知ですか？」和泉夕子は、息子を亡くしたばかりの池内奥さんが、最初に自分の母親のことを尋ねてきたことに違和感を覚えながらも、正直に首を振った。「いいえ、存じません……」池内奥さんの張り詰めた表情が明らかに緩んだ。知らないならそれでいい。春日家の秘密は、春奈の死とともに永遠に地中に埋もれればいい。何も知らないこの遺児など、まったく脅威にはならない。答えを得た池内奥さんは、もう和泉夕子を見ることなく、安置室へと向かった。中年の男性が和泉夕子の前に残された。「蓮司の遺体は持ち帰らせていただきます」和泉夕子は困ったように眉をひそめた。「義兄は姉と一緒に埋葬してほしいという遺言を残しています。申し訳ありませんが、お持ち帰りいただくわけにはまいりません」池内蓮司の父親である池内さんは、彼女の声は柔らかいものの、態度は強気なことに気付き、顔を曇らせた。「私の息子だ。引き取るのは当然の権利だ。それに、春奈とは正式に結婚もしていない。何の権利があって義兄だなどと呼ぶのか？」和泉夕子は感情を表に出すことなく、淡々と答えた。「結婚はしています」姉の名義で池内蓮司と結婚し、教会で式を挙げ、正式な書類も作成している。すべて有効なものだった。池内さんもこの突飛な出来事については聞いていたようで、「後で離婚しただろう」と言い、話題を変えた。「池内家の子孫は池内家の墓所に埋葬される。これは譲れない。ここで待っていたのは、ただそのことを伝えるためだ」和泉夕子は確かに池内蓮司の遺体を強引に留める権利はなかった。しばらく考えてから提案した。「私はちょうどイギリスに行く予定です。では、姉の墓をイギリスに移して、姉と義兄を一緒に池内家の墓所に埋葬させていただくのはいかがでしょうか？」しかし、池内さんは首を振った。「だめだ。春奈は息子の人生を台無しにした。正気を失わせ、最後には相続権まで失った。二人を一緒に埋葬するなど認められない」和泉夕子は疲れたように深いため息をついた。「池内さん、私は譲歩のつもりでした。もしご同意いただけないのでしたら、義兄の遺言通りにさせていただきます」彼女がその言葉を残して立ち去ろうとすると、池内さんが前に出て止めようとした。しかし、その手が和泉夕子の服に触れ
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第672話
池内柏麟は儒雅な顔に困惑の色を浮かべた。「息子の遺体をどこに埋葬するかを相談しているだけです。どこが失礼だというのでしょうか？」なるほど、和泉さんがあれほど強気な態度を取れたのも、霜村氏という大きな後ろ盾があったからか。所詮は男の力を借りての自信だ。池内柏麟は内心軽蔑していた。春奈と同じように、何の身分も背景もない女が蓮司に取り入ろうとし、一生騒ぎを起こし続け、死んでからも皆の平穏を乱し、挙句の果てに蓮司の命まで奪った。そんな女に何の価値があるというのか。和泉夕子は池内柏麟の軽蔑の眼差しに気付いたが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。「池内さん、よくお考えください。四時間以内にご返事をいただきたいと思います」四時間後には霜村冷司の飛行機がイギリスに到着しているはずだ。その時までに、自分もイギリスへ行くかどうかを決めなければならない。池内柏麟は息子の遺体を引き取る権利があった。ただ、息子の遺言があるため和泉夕子に知らせに来ただけだった。彼女の同意があればよし、なければ強制的に持ち帰るつもりだった。だが、彼女が霜村冷司の婚約者だと知り、事態は複雑になってしまった......池内柏麟は状況を池内奥さんに説明し、決断を求めた。「春奈を池内家の墓所に入れ、彼女を義理の娘として認めるか、それとも霜村氏の社長夫人と対立し、強引に蓮司を連れ帰るか、どうすべきだと思う？」和泉夕子が霜村氏の社長の婚約者だと聞いて、池内奥さんはしばらく我を失っていた。「彼女が霜村冷司の婚約者だって？」池内柏麟はいらだたしげに頷いた。「私も彼女には何の背景もないと思っていたが、図らずも霜村冷司の婚約者だったんだ」池内奥さんは涙を拭う手を震わせながら、「あの二人が誰の娘か知っているの？」と尋ねた。池内柏麟にはそんなことを気にする余裕などなかった。「誰の娘だろうと、私には関係ない......」確かにあなたには関係ないかもしれない。でも私には大きな関係がある。そうでなければ、息子があれほど春奈を愛していたのに、なぜ私が彼女を家に入れることを拒んだだろうか。和泉さんは何も知らず、バックグラウンドもないと思っていたから心配はなかった。まさか、こんな高い枝に手が届くとは。もしかして、あの秘密は永遠に隠し通せないのかもしれない。池内奥さんは恐怖に震えながら、棺の中の冷たくなった息
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第673話
和泉夕子が電話を切ると、すぐに霜村冷司からメッセージが届いた：［夕子、君が役に立たないわけじゃない。ただ危険に巻き込まれるのが心配で、関わってほしくないんだ］［約束する。二日後には必ず戻る。怒らないでくれ、いいかい？］和泉夕子は携帯の背面を指でなぞりながら、メッセージを見つめ、しばらく考えてから返信した：［わかったわ。家で待ってる］確かに彼女には何もできない。イギリスについて行けば、きっと彼の弱みになってしまう。足手まといにならないよう、行かないほうがいい。自分のことをよく分かっている和泉夕子は、霜村冷司の返信を確認してから携帯を置いた。池内蓮司の両親に会いに行こうとした時、ジョージが院長室に入ってきて、USBメモリを手渡した。「これはケイシーの家で見つけたものです。お姉様が池に残したビデオです。まだお姉様にお会いしたことがないでしょう。ご覧になってください......」ジョージは目を真っ赤にしていた。特にこのビデオを見た後、より一層泣いていたようだった。姉のビデオだと聞いて、和泉夕子の心臓が痛んだ。USBメモリを受け取る手が小刻みに震えた。杏奈がパソコンを貸してくれ、沙耶香と共に院長室を出て行き、彼女に空間を与えてくれた。和泉夕子がUSBメモリを差し込んでビデオを再生すると、すぐに画面に姉の顔が映し出された。この時の春奈は既に病状が進行しており、肌は黄ばみ、筋肉も萎縮し、写真のような美しさはなかった。しかし病気の中でも、その端正で優雅な気品は保たれていた。カメラを見つめる姿は、穏やかな微笑みを浮かべ、美しかった。化粧も衣装も丁寧に選ばれていた。きっと池内蓮司に最も美しい姿を残したかったのだろう。かつて自分も死期が近いことを悟った時、化粧で隠しながら、愛する人に最高の瞬間を残そうとしたように。姉が池内蓮司の名を呼ぶ声を聞いた瞬間から、その愛が骨の髄まで染み付いていることが分かった。和泉夕子は姉の姿、話し方、微笑む表情を食い入るように見つめた。すべてが親しみやすく感じられた。まるで長年の知り合いのように、画面越しでさえも懐かしく感じられた......血のつながりを感じたことはなかったが、春奈を見た瞬間、家族とはこういうものだと分かった。春奈の淡々とした説明と、本当に池内蓮司を裏切ったと
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契約終了、霜村様に手放して欲しい 第910話
春日椿はもう隠し立てせず、直接布団をめくり、萎えた両足を露わにして和泉夕子に見せた。「この世を去る前に、もう一つ願いがあるの。地面に足をつけて、日の光の下で歩きたいの。でも今のこの状態では、血が足りなくて、動けないわ……」彼女は少し間を置いた後、申し訳なさそうな表情で和泉夕子を見つめた。「あなたのお母さんが昔お金を借りに来た時、私に言ったわ。あなたと春日春奈は私と同じAB型だって。彼女は言ったのよ、もし私がお金を貸してくれるなら、いつか私が血液を必要とする時には手助けすると……」ここまで言うと、春日椿は自らの理不尽さを悟りながらも、それでもなお和泉夕子に懇願するかのように、心の底から滲み出るような声で続けた。「あの時の判断ミスは本当に申し訳なく思っている。でも……もし可能なら、あなたの血を400ccほど分けてくれないか？この体が立ち上がれるようになるだけでいいの」春日椿のこの話は、まるで真実のようだった。しかし、よく考えてみれば、矛盾だらけだった。まず、彼女と春日春奈はAB型ではなく、一般的なO型だ。母親が当時春日椿にAB型だと言ったのは、おそらくお金を借りるため、焦って無計画に作り上げた言い訳だろう。しかし、それが春日椿が世界中で姉妹二人を探す理由の一つになるとは誰も思わなかった。次に、春日椿が立ち上がって歩くためには、400ccの血液など全く足りない。春日椿がこう言ったのは、単に彼女の血液を採取して検査する口実を作っただけだ。検査後に何をするのかは、春日椿の芝居に付き合うしかない。しかし和泉夕子が承諾する前に、隣から冷たい声が響いた。「妻の血液は、貸し出しません」男性は言い訳一つせず、直接冷たく拒否した。それに春日椿は表情を凍らせ、ゆっくりと視線を和泉夕子へ移した。「若葉ちゃん、伯母さんはただ少しの血が欲しいだけ。あなたを傷つけるつもりはないわ……」和泉夕子は少し考えた後、隣に座っている大野皐月を見て、そして春日椿に条件を出した。「正直に教えてください。あなたはどうやって大野家に嫁いだのですか。そうすれば少量の採血を許します。もし嘘があれば、申し訳ありませんが、血液を提供することはできません」昨夜、霜村冷司が帰ってきて彼女に話したのは、大野皐月が両親の間の過去を知らず、春日望が横槍を入れたと思い込んでいる。この件について、彼女
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第909話
その言葉は丁寧に言われた。和泉夕子がこれ以上この件にこだわる必要はないと思い、彼女はただうなずいただけだった。彼女がもう口論してこないのを見て、春日椿も賢明にも霜村冷司を追い出す話をやめ、代わりに手を上げ、力を込めて彼女に手を振った。「若葉ちゃん、こちらへ来てくれないかしら？伯母さんにあなたをよく見せてほしいの」ここまでのところ、大野皐月がボディガードを締め出したことと、春日椿が霜村冷司を外そうとして失敗したこと以外は、和泉夕子は安全だった。これにより、夫婦二人は春日椿が一体何をしようとしているのか少し混乱した。和泉夕子と霜村冷司は互いに視線を交わした後、手を取り合って春日椿のベッドの前まで歩き、座った。春日椿は霜村冷司の存在を無視し、荒れた手で震えながら、和泉夕子の顔に触れようとした。「春奈とお母さんが似ていると思っていたけど、あなたはもっと似ているわね……」ザラザラした指先が顔をなでる感触に、和泉夕子は少し居心地悪そうに顔をそむけた。「椿さん、私を呼んだ理由は何ですか？」偽りの親族ごっこはもういい、直接用件を言って、さっさと終わらせればいいのに、なぜまだ芝居を続けるのか？春日椿の視線が無表情な霜村冷司をかすかにさまよった後、何事もなかったかのように装い、和泉夕子の手を取った。「若葉ちゃん、私はただあなたに最後に一目会いたかっただけ。今会えて、満足したわ……」ここまで会っても、春日椿はまだこのようなことを言っている。本当に彼女は春日望の娘に最後に会いたかっただけなのだろうか？和泉夕子が混乱していると、春日椿は彼女の手の甲を軽く叩きながら真剣に言った。「あなたのお母さんの死について、私は本当に申し訳なく思っている。ずっと彼女に謝りたかったけれど、機会がなかった。だから彼女の娘を探して償いたいと思ったの。私が死んだ後に、後悔と罪悪感を持って地獄に行かないように」和泉夕子はこれを聞いて、眉をわずかに寄せた。「私の母を殺したのはあなた？」春日椿は首を横に振り、少し残念そうに言った。「お母さんを傷つけたことはない。ただ、彼女が子供を抱えて私にお金を借りに来た時、断ってしまったのだ。実は彼女に貸すことができたのに、私の両親が許さなかった。春日望にお金を貸す者がいれば、その者の足を折ると言われて……春日家の家訓
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第908話
春日琉生までもが外に閉め出された。引き下ろされたブラインドを見て、春日琉生は眉をひそめた。従兄が霜村冷司のボディガードを入れないのは理解できるが、なぜ彼まで入れないのか？中で、大野皐月はドアを閉めた後、両手をポケットに入れ、二人の前まで歩み、不気味な視線を和泉夕子に向けた。「こっちへ来てくれ」大野皐月が笑うと、割と無害に見えるのだが、その目の奥に浮かぶ表情は悪意に満ちていた。彼の底意地の悪さに和泉夕子は緊張したが、傍らの男性が彼女の手のひらを軽く握り、心配しないよう合図した。ボディガードを装ったSのメンバーたちは入って来られなかったが、霜村冷司がいれば十分な安心感があった。彼女の心が次第に落ち着いてきた後、霜村冷司の手をしっかりと握り、大野皐月について一つ一つの白いドアを通り抜け、最も奥の病室へ向かった……大野皐月がドアを押し開けると、和泉夕子はベッドに横たわる女性──春日椿を一目で見つけた。彼女は既に五十代を過ぎ、その魅力や美しさは、病による苦しみで失われ、年月とともに顔から消え去っていた。彼女は憔悴し、顔色は黄ばみ痩せこけ、末期の様相を呈していたが、その深くくぼんだ目には生きたいという希望の光が宿っていた。「春日望……」酸素吸入をしている春日椿は、和泉夕子が入ってくるのを見た瞬間、突然目を見開いた。「あなたは……私を迎えに来たの？」和泉夕子は少し首を傾げた。春日椿がこれほど驚き、また春日望が彼女を迎えに来るのをそれほど恐れているのは、罪悪感があるからだろうか。「母さん」大野皐月は前に出て、彼女の手を握り、優しい声で説明した。「彼女は春日望じゃない。春日望の次女、和泉夕子だよ」息子の声を聞いた春日椿の眼球がわずかに動き、すぐに目の底の驚きを隠し、弱者特有の茫然とした表情に変えた。「そう、彼女の娘だったのね。私を迎えに来たのかと思った……」春日椿は言い終えた後、手を伸ばし、大野皐月はすぐに彼女を支えた。大野皐月に支えられ、体を起こした春日椿は、疲れたまぶたを上げ、まだドア口に立ったまま無関心な二人を観察した。彼女はまず和泉夕子を見て、それから視線を霜村冷司に移し、彼の全身から発せられる冷気を感じ、眉をひそめた。「霜村さん、お手数ですが少しの間外に出ていただけませんか。私が姪と
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第907話
8時、霜村冷司は和泉夕子を連れて空港に到着し、大野皐月と春日琉生と会った後、それぞれイギリス行きのプライベートジェットに乗り込んだ。沢田は時間通り、午後6時頃、大野佑欣のスープに薬を少し入れ、自ら差し出して彼女に飲ませた……大野佑欣がスープを飲み干し、めまいに耐えながら急いでメイクアップアーティストを呼んで素敵なメイクをしてもらおうとする様子を見て、沢田は眉をひそめた。大野佑欣が彼の「両親」に会うためにこれほど念入りに準備している。彼女は本気で彼に惹かれているのだろうか？しかし、彼女はいつも彼を殴り、すぐに怒りっぽく、行動的には彼のことを好きではなく、ただ彼の体に興味があるだけのはずなのに、どうして本気になるのだろう？大野佑欣は目が回って倒れる直前、沢田に手を伸ばした。「沢田、健二、私のスープに何を入れたの？なぜこんなことを…」言葉を言い終える前に、完全に意識を失ってしまった。沢田は咄嗟に彼女の柔らかな体を受け止め、お姫様抱っこで車に乗せた。安全ベルトを締めながら、彼女の閉じた目を見て、まるで二度と目覚めないかのような様子に、沢田の心にまた罪悪感が湧き上がった。彼は突然本さんのことを思い出し、この瞬間、本さんがなぜ藤原優子に感情を抱いたのかを理解できるような気がした。女性との関係は本当に難しい。しかし、任務対象に感情を抱くこと自体が間違っているのだ。沢田は本さんのようにはならない。本さんの道を歩むこともなければ、夜さんを裏切ることもない。だから……沢田は心の中に芽生えた奇妙な感情を素早く断ち切り、大野佑欣から視線を外し、冷たい表情でエンジンをかけ、ロンドンのトラファルガー広場へと向かった。霜村冷司の専用機が夜8時ちょうどに着陸すると、降機待ちの段階で早くも大野皐月がボディガードを率いて急襲するように現れ、病院へ急行するよう要請があった……「すまないが、ここは俺の縄張りだ。主催者として、これからの予定は全て俺が手配する」大野皐月は両手をポケットに入れ、機内に立ち、高い位置から霜村冷司を見下ろし、冷笑した。「霜村社長、降りないで何をボーっとしているんだ？まさかこの俺が背中におぶさって階段を下りろと？」その生意気で誰をも眼中に入れない態度に、ボディガードを装ったS組織のメンバーたちが一斉に立ち上がった。彼
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第906話
霜村冷司は電話を切った後、窓の外の街灯を遠くから見つめた……明日イギリスに行けば、大野皐月は必ず周到な罠を仕掛けているだろう。無傷で抜け出すためには、大野皐月が最も愛する妹が最大の突破口になる。霜村冷司は視線を戻し、杏奈に電話をかけ、和泉夕子と春日琉生の髪の毛を一晩で鑑定するよう頼んだ。杏奈は本来なら沙耶香のナイトクラブでリラックスするつもりだったが、霜村冷司からの電話を受けて、急いで予定を取り消した……大西渉は杏奈がボディガードから届けられた二つのサンプルを受け取って検査室に向かうのを見て、考えた末、彼女の後を追った。杏奈が手袋をはめている時、ふと顔を上げると大西渉がドアの外に立ち、入りたいけれど踏み込めない様子を見て、一瞬呆然とした。彼女はあの日大西渉と話をはっきりさせた後、ずっと彼を避けてきた。毅然として、大西渉にどんな希望も持たせないようにしていた。今の彼を見ると、どうやら以前よりずっと痩せてきたようで、頬の血色も悪く、目の奥がくぼんで見える。連日の休息不足がはっきりと表れている様子だ。杏奈は心に罪悪感を覚えた。自分が愛されたいという一か八かの賭けが、逆に彼女を本当に愛していた人を傷つけてしまったようだった。杏奈は大西渉をこれ以上見る勇気がなく、目を伏せ、検査に専念した……大西渉も杏奈の邪魔をせず、ただドアの外に立ち、静かに見守っていた……いつまでも、彼は杏奈に対する敬意をわきまえていたのだ……なぜなら、彼らの間にはまだ相川言成がいた。相川言成を除かなければ、再び杏奈へと歩み寄る資格などない。さもなければ、彼の接近は単なる執着に堕し、それでは相川言成と変わるところがあろうか。杏奈は一晩中検査を終え、結果を霜村冷司に送った後、病院を出る頃には既に午前3時だった。彼女は大西渉がとうに帰ったと思っていたが、車で家に戻り、カーテンを閉め、寝ようとした時、別荘の向かいに停まっている車を見た。長い間一緒にいて、ほとんど結婚しかけた相手がどんな車を持ち、ナンバープレートが何なのかは、当然知っていた……カーテンを引いていた手が一瞬静止した後、やがて心を鬼にしてぐいと閉ざした。青い布地の向こうに、階下の喧騒も人影もすべてを遮断するように。大西渉は彼女が無事に帰宅し、明かりを消して眠りについたのを見届け
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第905話
電話につながった瞬間、沢田は霜村冷司に口を開く隙も与えず、早口で叫んだ。「もしもし、お父さん、沢田健二だよ。認知症は良くなった？」霜村冷司:……大野家に行ってから沢田の知能まで下がったのではないかと思った。使った言い訳が、まるで大野皐月並みに酷い。霜村冷司は沢田のそばに誰かいると察し、老人の声を装って協力した。「少し良くなったが、まだ医者に診てもらわんといかん……」電話の向こうから聞こえる低く重厚な男性の声に、大野佑欣は銃を握る手をわずかに緩め、さらに会話を続けるよう沢田に促した。沢田は大野佑欣を見て、疑いの様子がないのを確認すると、リラックスしたふりをして霜村冷司に続けた。「じゃあいつ診察に行くの？予約した？」霜村冷司は指をガラステーブルに置き、叩きながら冷たい声で言った。「明日お前の母さんが私をイギリスの医者に連れていく。時間があるなら、将来の嫁さんを連れてロンドンで会おう」沢田は霜村冷司の言葉を聞きながら、テーブルを叩く音に気づいた。それはリズムがあり、規則正しく、Sのモールス信号だった。彼はすぐに理解した。先生は彼に大野佑欣をロンドンに連れていくよう指示していた。目的はわからないが、沢田は従うつもりだった。「わかった、何時にロンドンで会う？」霜村冷司は無表情に言った。「明日の夜8時、ロンドンのトラファルガー広場だ」沢田は親孝行な息子を演じて頷いた。「問題ない。明日将来の嫁を連れて会いに行くよ」沢田は先生が電話を切った後、携帯をしまい、大野佑欣を見た。「聞いたか？俺の親父がイギリスに来るんだ。お前を紹介してほしいって。嘘じゃないだろう？」すべてをはっきり聞いていた大野佑欣は銃を下ろした。「あなたが言った将来の嫁って……私？」大野佑欣は少し信じられない様子だった。彼女にとっては、沢田との関係は単なる遊びだと思っていた。彼が自分と結婚したいとは全く考えていなかった。沢田は大野佑欣の清潔で白い顔を見つめ、少し後ろめたさを感じた。しかし沢田はいつも霜村冷司を第一に考えていた。誰も霜村冷司の彼の心の中での位置を揺るがすことはできない。そのため、心を鬼にして大野佑欣を騙し続けることにした。「そうだよ、両親にはお前のことを話してある。すごく興味を持っていて、ずっと前から会いたがっていたんだ……」沢田はこう言
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第904話
そう考えて、大野皐月は春日琉生に警告した。「あの悪女の娘を姉さんなんて思うな。さもないと、最後に失望するのはお前だぞ」そう言うと、大野皐月は電話を切った。春日琉生は携帯をしまい、考え込むように別荘に入っていく姿を見た。そうだ、春日家の家訓を忘れるところだった。春日望の娘は身内として扱ってはならないのだ。でも、和泉夕子はすごく優しいと思う。大野佑欣よりも千倍も優しい。そんな姉がずっと欲しかったのに。春日琉生は複雑な思いで視線を戻し、バイクのエンジンを再始動させ、ブルーベイの公道へと走り出した……霜村冷司の車は、ちょうど春日琉生のバイクとすれ違い、二人は一瞬目が合った……こんな遅くにここにいるということは、春日琉生が和泉夕子を送り届けたのだろう……このガキ、和泉夕子のことをかなり気にかけているようだな。霜村冷司はバックミラー越しに、山道を疾走していくバイクを見て、あの四発の平手打ちではまだ足りないなと思った。城に戻ると、最初にしたのは和泉夕子の様子を見ることだった。無事に絵本を持って穂果ちゃんにお話を読んでいる彼女を見て、深く安堵した。和泉夕子も彼が無事に帰ってきたのを見て、眉の間のしわがゆっくりと解け、続いて甘い笑顔を見せた……穂果ちゃんは和泉夕子の視線の先を見て、ドアの外をちらりと見た。ドアに寄りかかる霜村冷司を見ると、急いで目を閉じたふりをし、寝るような様子を装った。「叔母さん、叔父さん、早く寝てよ。私もう眠いから、先に寝るね」そう言うと、ぷっくりした手で布団を引っ張り、頭までかぶった。穂果ちゃんのその可愛らしく機転の利いた様子に、和泉夕子は思わず微笑んだ。「じゃあ穂果ちゃん、おやすみ……」「叔母さん、叔父さん、おやすみ〜」布団の中から聞こえる幼い声に、和泉夕子は笑いながらベッドから降りた。部屋の主照明を消し、霜村冷司の方へ歩いていった。彼の前に立った途端、男は彼女の手を取り、書斎へと向かった。霜村冷司は明日の計画を和泉夕子に伝えた後、彼女をソファに押し倒して自然に少し愛おしんでから、ようやく彼女から手を放した。「夕子、先に上がって休んでいてくれ。沢田に電話をかけるから」大野皐月は間違いなくイギリスで罠を仕掛けているはずだ。彼は無策で戦うつもりはなかった。和泉夕
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第903話
霜村冷司は車の窓を閉め、顔を横に向けて冷たい声で言った。「明日朝8時、空港で」大野皐月も自分と同じで、守りたい人を裏切らない。そして大野皐月が守りたいのは母親だ。だから彼を殺しても理由は話さないだろう。なら策に乗って対応しよう。虎穴に入らずんば虎子を得ず……5ヶ月後、霜村冷司は闇の場に行くことになる。生き残れるかどうかもわからないが、それまでに和泉夕子に危害を加えるものはすべて排除しておきたい。彼女を霜村家の保護下に置いて初めて、後顧の憂いなく旅立てるのだ。現在、和泉夕子にとって最も危険なのが大野皐月の母親であり、次に子供を奪おうとする柴田琳だ。大野皐月の母親の問題を解決した後は、次の標的は柴田琳になるだろう。この道、和泉夕子のために必ず切り開かなければならない。大野皐月は霜村冷司が自分の提案に応じるとは思っていなかったが、こんなに早く同意するとは驚きだった。また何か策略を巡らせているのではないか？一度痛い目に遭った大野皐月もそれほど愚かではなく、すぐに霜村冷司の考えを見抜いた。しかし、まだ危険から脱していない彼は、それを指摘するほど愚かではなかった。今は帰って母親に罠を仕掛けるよう伝えることが、霜村冷司と争うよりもはるかに重要だ。そう考え、大野皐月も策に乗ることにした。「じゃあ、私の専用機に乗れ」すでに車から降りた男は振り返り、見下ろすように彼を見た。「大野様、お忘れのようだが、主導権は常にお前の手にはない」言葉が終わるや否や、車のドアが「バン」と音を立てて閉まり、続いて外から冷たい声が聞こえた。「汚れた、捨てろ！」何が汚れた、捨てろだ？大野皐月が乗っていた車がその場に置き去りにされるまで。やっと理解した、霜村冷司が言ったのは車が汚れたから捨てろということだ！くそっ、はっきり言わないから、考えても分からなかった！……春日琉生はバイクを飛ぶような速さでブルーベイまで走らせた。テールを振り、黒い煙が地面に弧を描いた後、バイクはしっかりと止まった。春日琉生はヘルメットを外し、振り返って魂が抜けたような和泉夕子を見た。「姉さん、大丈夫？」和泉夕子は頭を振って、魂が戻ってきた後、春日琉生に手を振った。「大丈夫、先に降りるわ……」彼女は手すりを握り、高いバイクから降りた。足が地面に触れた瞬間、完全に安心し
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第902話
大野皐月は口の中に広がる血の味を必死に堪えながら、歯を食いしばって霜村冷司に反論した。「和泉夕子の母親こそ、卑劣な手段を使って父を婚約させたんだ。父は幼い頃から母を愛していた。叔母と結婚するつもりなど一度もなかった！」なるほど、大野皐月の両親は道徳的な結婚関係を装うために、春日望に濡れ衣を着せていたのか。さすがの手口だ。だからこそ育てられた息子がこんなにも「純真無垢」なのだろう……霜村冷司は大野皐月とこの件で争う気はなく、冷たい声で言った。「春日家の当時の秘密は、自分で調べろ」両親が自分を騙している、という意味か？そんなはずがない、両親は自分を大切にしてきた。絶対に嘘をつくはずがない。しかし霜村冷司は、母親が妹の婚約者を奪ったと言っている。そんなことがあり得るだろうか？！大野皐月が混乱に陥っている時、霜村冷司は冷たく彼の胸を一瞥した。「あと20分ほど持ちこたえられるだろう。その間に、母親が和泉夕子を探している理由を話せば、助けるかもしれんぞ……」心臓には命中していないが、失血過多でも死に至る。大野皐月は彼と何度も対峙し、何度も損を被り、どれだけの傷を負ってきたか、彼自身がよく理解しているはずだ。当然、よく考えるだろう。我に返った大野皐月は確かに考えたが、霜村冷司に理由を告げる代わりに、妥協を選んだ。「こうしよう、和泉夕子を連れてイギリスに一緒に来てくれれば、母が彼女を探しているのは本当に妹の親族に会いたいだけだとわかるだろう」イギリスなら大野家の縄張りだ。そうなれば和泉夕子も霜村冷司も一網打尽にできる。今日刺された恨みも晴らせるだろう。大野皐月は出かける前に躁病を抑える薬を飲んでよかったと思った。そうでなければどうやって脱出するかをはっきり考えることができなかっただろう。彼の計算は見え見えで、霜村冷司は「信じると思うか？」と尋ねた大野皐月は再び出血速度が速まった胸を見て、少しいらだちを覚えたが、落ち着くよう自分を強制させた。「たぶん君が言った通り、母が叔母に対して何か悪いことをした可能性があって、謝りたいのかもしれない。あるいは和泉夕子に叔母についての秘密を伝えたいのかもしれない。だから最後に会いたいんじゃないかな」大野皐月のこの言い訳は前よりずっと良く、霜村冷司もほとんど動揺しそうになったが……霜村冷司は
