俺はバランスを崩して数歩よろけ、後ろに倒れ込んだ。その勢いで、首元のマフラーが少しずれてしまった。 美智瑠の目つきが一瞬で変わり、憎悪と嫌悪感が混じった色を帯びる。 歯を食いしばりながら低い声で怒鳴りつけた。 「陽真、あんた、マフラーをちゃんと巻き直してよ!気持ち悪いその傷をこれ以上あたしに見せないで!」 俺は胸が締めつけられるような感覚に襲われ、慌てて手で傷を隠そうとした。 しかし、頭の中には過去の光景が次々と浮かんできた。 美智瑠が夜遅くに帰宅したとき、彼女の肌には見覚えのない赤い痕がいつもあった。 恭一が彼女を家まで送ってきたとき、二人の間には明らかに不自然な雰囲気が漂っていた。 その全てが、鋭い刃物のように俺の心を切り刻んできた。 「美智瑠、お前に俺を責める資格なんてあるのか?」 俺の声は怒りに震えていた。 その言葉に彼女の表情はさらに険しくなり、突然、俺の上に馬乗りになると、両手で俺の首を掴んだ。 その目には、今にも炎が噴き出しそうなほどの怒りが込められていた。 「やるだけやって今さら怖気づいたわけ?子供にばれるのが嫌だって?だったら、なんでこんなことしたのよ!」 俺は必死に抵抗したが、退院したばかりの体は言うことを聞かず、完治していない傷口が再び開き、鋭い痛みが全身を駆け巡った。 「金が足りなかったの?それとも、愛人と遊ぶだけじゃ物足りなくて、わざわざ私のカードを使ってまで楽しみたかったわけ?陽真、あんた、本当に最低よ!」 娘をあやし終えた恭一が、慌てて間に入ってきた。 「霧島社長、落ち着いてください。副カードはもう停止しましたから、これ以上怒る必要はありません。今は目の前の問題を解決しましょう」 その言葉で、美智瑠の手の力が少し緩んだが、冷たさに満ちた声は変わらなかった。 「陽真、あんたなんて二度と帰ってこなくていいのよ。むしろ、なんで外で死ななかったの?この家の空気を汚さないでよ!」 俺は冷笑を漏らし、全身の力を振り絞って彼女を突き飛ばした。 「二度と帰らない?その間にお前とこいつが堂々と居座れるようにってことか?ふざけるな!娘を連れてここを出て行くまでは絶対に許さないからな!どれだけ頼まれても、お前を見ることなんてもう二度とない!」 痛みを堪えながら立ち上がると
美智瑠の顔が瞬間的に真っ白になり、驚いた表情でこちらを振り向いた。その目には信じられないという色が浮かんでいた。 「あ、あんた......これは一体どういうこと?警察からの電話?私、何も聞いてないけど。外で一体何があったの?」 その声には、明らかな動揺と困惑が滲んでいた。 恭一もどこか焦った様子を見せ、俺が彼の隠してきた事実を暴露するのを恐れるかのように、慌てて口を挟んできた。 「陽真さん、夫婦間での問題は落ち着いて話し合えばいいじゃないですか。わざわざ人を巻き込んで霧島社長を騙すなんて、良くないですよ。彼女だって最近疲れてるんですから」 しかし、今回は美智瑠が珍しく冷静に恭一の言葉を遮った。 彼女は俺の首元の傷をじっと見つめ、厳しい口調で問いただした。 「陽真、その首の傷は何?この1カ月間、あんたはどこに行ってたの?私は法律上、あんたの妻よ。知る権利があるわ」 俺は口元を歪ませ、軽く笑ってみせた。 「おいおい、お前の愛人が何も言ってないのか?俺が必要な時にはいなかったくせに、今さら俺のことなんて気にしなくていい。くだらない芝居なんてやめろ、見てて反吐が出る」 そう言い捨てると、俺は体を支えながら地面から立ち上がった。彼女に向ける目には、もはや一切の温かみがなかった。 「もう何も要らない。ただ、娘の親権だけくれ。それだけでいい。娘はとりあえずお前に預ける。離婚届は後で送る」 俺がその場を離れようとすると、美智瑠は慌てて駆け寄り、俺の手首を強く掴んだ。 「陽真、あんた、このままじゃダメよ!私たち、ちゃんと話をしなきゃ!」 だが、俺は冷たい表情のまま彼女の手を振り払った。視線を娘に向けると、彼女は恭一の後ろに隠れてしまった。その光景に胸が締め付けられるような痛みを覚えた。 娘に近づこうと腰をかがめて頭を撫でようとしたが、彼女はそれを拒むように身を引き、さらに恭一の後ろへ隠れた。 俺は深く息を吸い、目に浮かぶ涙を必死で堪えながら、持っていた荷物を掴んで歩き出した。 腰の痛みがさらに激しくなり、顔が青ざめていくのが自分でも分かったが、なんとか体をまっすぐに保ち、部屋を出た。 その時、恭一がわざとらしく申し出た。 「送りますよ。この辺りはタクシーも捕まりにくいですから」 そう言うと、当然のように美
結局、俺は美智瑠に押し切られ、彼女の車に乗り込む羽目になった。 1カ月の間に、彼女の車内はすっかり様変わりしていた。至る所に小さな飾りやチャームが掛けられ、以前の彼女の雰囲気からは想像もできないほど「家庭的」な空間になっていた。 その様子を眺めながら、俺は思わず皮肉を言った。 「霧島社長、いつからこんなにロマンチックな趣味になったんですか?商用車までこんな風に飾り立てるなんて」 俺がそう言うと、車内は一瞬で重苦しい静寂に包まれた。 しばらくして、彼女はようやく低い声で口を開いた。 「今はそんな嫌味を言ってる場合じゃないのよ」 その言葉を最後に、彼女はアクセルを踏み込み、車を警察署へと走らせた。警察署に足を踏み入れると、俺の事件を担当している刑事、小林高嶺(こばやし たかみね)と鉢合わせた。 彼は一歩後ずさりし、俺を頭の先からつま先までじっくりと見た後、無事を確認してようやく安堵のため息をついた。 「霧島さん、ずっと連絡が取れなかったので心配しましたよ。ようやく電話に出ても無言だったので、本当に焦りました。あと少しで自分で探しに行くところでした」 焦りのためか、浅黒い彼の肌が少し赤らんでいる。その姿に、胸が締めつけられるような思いがした。 俺の不幸を最も気にかけてくれたのが、七年連れ添った美智瑠ではなく、この刑事だったとは。 「俺は大丈夫です。さっきは電波が悪かっただけで。これから出かけるところですか?忙しいなら後でまた来ますよ」 高嶺は慌てて手を振った。 「いえ、ちょうどあなたを探しに行くところでした。でも、無事なら安心しました」 彼の後について事務所へ向かうと、後ろに立ち尽くしている美智瑠のことは無視した。 事務所に入ると、高嶺が水を一杯差し出してくれた。俺の顔色が優れないのを見て、彼は眉をひそめた。 「霧島さん、本当にカウンセリングを受けなくていいんですか?こんな重大な事件を経験した方は、普通は......」 俺は首を横に振り、彼の言葉を遮った。 「本当に大丈夫です。お気遣いは感謝しますけど、俺には娘がいます。この夜を乗り越えられたのもそのためです。もし俺が弱かったら、すでに終わってましたから」 俺が生きているのは、娘の成長を見守るためだけ。それ以外のことに割ける余力は残されてい
驚くべきことに、彼女の目には本当に涙が滲んでいるようだった。 俺は思わず笑ってしまった。 俺の生死を気にも留めなかった女が、今さら涙を流すなんてあり得るのか? 俺の姿を見るなり、彼女は慌てて立ち上がり、声を張り上げた。 「なんで一言でも早く教えなかったの?それとも、私が妻としてふさわしくないから知らせる必要がなかったの?」 俺は軽く笑いながら答えた。 「美智瑠、記憶力が悪いのか?思い出させてやろうか。あの日、俺が奴らに車から引きずり下ろされ、刺されたとき、お前が先に俺をブロックしたんだよ」 俺の声は冷たく、まるで感情がないかのようだった。 その言葉に、彼女は硬直し、言葉を失った。 俺はその様子を見て、妙な爽快感を覚えた。 「それに、お前、自分が妻としてまともだと思ってるのか?」 その言葉がさらに彼女を追い詰め、目を大きく見開かせた。 彼女はその後半の質問を無視し、反論を試みた。 「私がいつあんたをブロックしたっていうの?」 だが、その目は泳ぎ始め、記憶を辿っているようだった。しばらくして、彼女の声は止まった。 俺は嘲笑を浮かべながら背を向けた。 「俺が落ち着いたら、離婚届を送る。あの車も警察の調査が終われば返すから心配するな」 不思議と、彼女に対する怒りや憎しみは感じなかった。ただ、平静だった。 俺を何度も失望させたこの女に対して、ようやく感情が枯れ果てたのだ。 彼女は慌てて言った。 「そ、そんな必要ないわ!そのまま乗ってていいのよ!気に入らなければ、別の車を用意するから!」俺は一切の情けを捨て、その場を背を向けて立ち去った。 退院後すぐ、俺は不動産仲介業者に連絡を取り、新しい住まいを探し始めた。 運よく、今は賃貸のオフシーズンだったため、当日中に物件を決めて契約金を支払うことができた。 新居はまだがらんとしていたが、俺にとっては新たなスタートを切る希望を感じさせてくれる場所だった。 だが、鍵を持って買い出しに出かけようとしたとき、思いがけず玄関先で美智瑠と鉢合わせた。 俺の表情が一瞬で険しくなる。 「お前、もう全部わかったはずだろ?それなのに何で俺を追いかけ回してる?それともまだ俺が浮気したと疑ってるのか?証拠を集める気か?」 声に怒りを込めながら続ける
耐え切れず、俺は彼女の言葉を遮った。 ゆっくりとした口調で吐き捨てるように言う。 「美智瑠、お前、耳がないなら目で見ればいいし、目がないなら頭を使えばいいだろう?」 「反発?笑わせるな。娘が俺に反発してる理由がわからないのか?全部、お前の『親切な秘書さん』が後ろで何か吹き込んだからだろう。俺が戻らなければ、娘はもう俺を親だと認めなくなってたかもしれない」 美智瑠は不満を露わにした表情で反論する。 「もう謝ったじゃない。これ以上、いつまで引きずるの?誰にでもいいところはあるでしょ?短所ばかり見てたらキリがないわ。 それに、恭一は私をたくさん助けてくれた。彼がいなかったら、会社の運営は回らなかったのよ。彼が一体何をしたっていうの?私が全部説明するわ」 俺は呆れ果て、思わず笑ってしまった。 ここまで来ても、まだ恭一を庇うのか。俺が一人で病院のベッドで過ごした一カ月のことを知った後でさえも。 俺よりも、目的を隠して娘に近づく恭一を優先するとは。 深く息を吸い、冷静になろうと努めながら口を開いた。 「娘の部屋に監視カメラを設置したのはお前だろう?一度その映像を確認してから話せよ。それで彼が本当に誠意を持って娘の面倒を見てたなら、俺が直接謝りに行ってやるよ。それで満足だろ?」 俺がそう言うと、美智瑠の顔が少しずつ冷たくなっていった。 「陽真、あんたがどれだけ苦しんだのかはわかってる。私がそばにいられなかったのも本当に申し訳ないと思ってる。でも、恭一のことはきちんと調べるわ。お互い誤解が解けない限り、私も気持ちが落ち着かないから。 だって、私たちはまだ一緒に暮らさなきゃいけないし、未来のことも考えなきゃいけないから」 その自分勝手な物言いに、俺は心の中で冷笑を浮かべた。 「お前にもまだ心があったのか」 それだけ言い残すと、俺は彼女を避けるようにしてその場を離れた。ほどなくして、弁護士から離婚協議書が送られてきた。 俺は迷うことなく、それを美智瑠に転送した。 だが、しばらく経っても彼女からの返信はなかった。 家に戻り、娘を一刻も早く迎え入れられるよう、一晩かけて部屋を整えた。生活用品を一つひとつ整理し、使いやすい場所に配置した。 翌朝、俺は急いで幼稚園へ向かった。だが、園内をどれだけ探しても娘の
その時、美智瑠がエプロン姿でフライパンを手にキッチンから出てきた。 結婚して七年、彼女が自分で料理をしたのはこれが初めてだった。 俺がどうして電話に出なかったのかを問い詰めようとすると、先に娘が俺の袖を軽く引っ張った。 「パパ、ママと一緒にご飯食べられる?」 娘の声にはどこか期待が込められており、無邪気な瞳で俺を見上げていた。 俺は娘から視線を美智瑠に向け、冷たい声で言った。 「前にも言ったよな。娘を使って俺を操ろうとするな。お前も、朝比奈もだ」 美智瑠は俯き、すぐには何も言わなかった。 だが娘が待ちきれない様子で俺の手を引っ張り、テーブルに誘った。 「パパ、早く!ママがたくさん美味しいの作ったんだよ!」 椅子に座ると、ようやく美智瑠が勇気を振り絞ったように口を開いた。 「......恭一は会社を辞めさせた。全部私が悪かった。彼の本性に気づかず、あなたを誤解してしまった。ごめんなさい。本当にそんなつもりじゃなかったの」 俺は深く息を吸い、複雑な目で彼女を見た。 「お前、会社の経営はあんなにしっかりやってるのに、人を見抜けないわけがないだろ。真実を知りながら黙ってたんだろう?家庭のぬくもりを享受しつつ、外で別の男と続けてただけだ。 もし自分の間違いを正直に認める勇気があったなら、俺も少しくらいは敬意を持てたかもしれない。けど今のお前は、全部『知らなかった』で済ませようとしてる。それが心底気持ち悪いんだよ」 彼女の目が少し赤くなり、涙を堪えているのがわかった。 俺はそのまま首元のネクタイを外し、目立つ縫い跡の傷を露わにした。醜く歪んだその傷を彼女に見せつける。 続けて娘をそっと椅子に降ろし、俺は立ち上がった。シャツの裾を持ち上げると、胸から腹部にかけて大きく伸びた傷跡を晒した。まるで蛇のように体に絡みついたその傷跡は、見た者を凍りつかせるような生々しさだった。 「そしてこれだ。この傷を見て、どうやってお前を許せるんだ?」 美智瑠の目に涙が浮かび、今にも溢れそうだった。彼女は嗚咽混じりの声で言った。 「全部私が悪いのはわかってる。責任は全部取るから......でも、娘だけは私のそばにいさせて。母親として、ちゃんと育てたいの」俺は美智瑠をじっと見つめながら、胸の内でさまざまな感情が渦巻いてい
その日を境に、生活は一見すると1カ月前の平穏に戻ったかのようだった。 娘はお気に入りの玩具を持ってよたよたと歩きながら、満面の笑みを浮かべて俺の元へやってきた。 「パパ、見て!これ、さっきママがくれたんだよ!」 彼女は小さな手で玩具を掲げ、目をキラキラと輝かせていた。 俺はその姿を見て、目頭が少し熱くなるのを感じた。 そうだ。この瞬間のために、俺は命を懸けて生き延びたんだ。 死に瀕したあの時、俺の心にあった唯一の願いは「娘のそばに帰り、彼女の成長を見守ること」だった。 彼女が大きくなる姿を、頭の中で何度も想像した。それでも、現実に彼女の成長の一瞬一瞬を見届ける喜びには到底かなわない。 病院で意識を失っていた二晩、俺は極度の衰弱にあったが、どこかで娘の幼い声が耳に響いていた気がする。 医者は目覚めたことを奇跡だと言ったが、俺はわかっている。それは娘への愛がくれた力だったと。 その夜、娘を寝かしつけてから部屋をそっと出ると、美智瑠がダイニングテーブルに離婚協議書を置き、すでにサインをしていたのを見つけた。 俺は無言でその書類を手に取り、バッグにしまおうとした。 その時、美智瑠が小さな声で尋ねた。 「本当に、もう挽回の余地はないの?私たち......」 俺は立ち止まることなく、靴を履き替え続けた。 そして、出る直前に振り返ることなく淡々と言った。 「この七年、何度もチャンスをあげたつもりだった」
離婚後、俺は娘を迎えに行き、彼女を新しい家へ連れてきた。 毎朝、俺は娘を幼稚園へ送り、帰りには迎えに行く。 週末になると、美智瑠とも協力して娘を遊園地に連れて行くことがあった。 その日も、三人で楽しい時間を過ごした後、美智瑠がスマホを取り出し、三人で写真を撮ろうと言った。期待に満ちた表情だった。 しかし、彼女がその写真をSNSに投稿しようとしているのを見て、俺は静かに首を振ってそれを止めた。 かつて、俺はどれだけ彼女のSNSに自分の存在を載せてもらいたいと願っただろうか。 自分や娘が彼女の生活の一部として、彼女の投稿に映ることをどれほど望んだか。 だが、その願いはすべて冷たく拒まれた。 恭一が初めて彼女のSNSに登場した日、俺の心は完全に凍りついた。 その瞬間から、俺は彼女の心の一部にいたいという願いを捨てた。 今では、それすらもどうでもよくなっていた。 娘が遊び疲れて俺の腕の中で眠りに落ちると、俺は彼女を抱えたまま美智瑠に別れを告げた。 別れ際、美智瑠はいつも何かきっかけを探すように、再び一緒にやり直せないかと望みを託しているように見えた。 だが俺はいつも同じ答えを繰り返す。 「仕事が落ち着いたら。また暇になったら連絡するよ」 俺が彼女を愛していたのは、あの日の草むらに倒れ込んでいた時までだった。 これからの人生、俺が望むのはただ一つ。 娘が幸せに、笑顔で成長していくこと。 生きて彼女の笑顔を見届けられること、それだけが、俺の残りの人生の最大の慰めだ。
離婚後、俺は娘を迎えに行き、彼女を新しい家へ連れてきた。 毎朝、俺は娘を幼稚園へ送り、帰りには迎えに行く。 週末になると、美智瑠とも協力して娘を遊園地に連れて行くことがあった。 その日も、三人で楽しい時間を過ごした後、美智瑠がスマホを取り出し、三人で写真を撮ろうと言った。期待に満ちた表情だった。 しかし、彼女がその写真をSNSに投稿しようとしているのを見て、俺は静かに首を振ってそれを止めた。 かつて、俺はどれだけ彼女のSNSに自分の存在を載せてもらいたいと願っただろうか。 自分や娘が彼女の生活の一部として、彼女の投稿に映ることをどれほど望んだか。 だが、その願いはすべて冷たく拒まれた。 恭一が初めて彼女のSNSに登場した日、俺の心は完全に凍りついた。 その瞬間から、俺は彼女の心の一部にいたいという願いを捨てた。 今では、それすらもどうでもよくなっていた。 娘が遊び疲れて俺の腕の中で眠りに落ちると、俺は彼女を抱えたまま美智瑠に別れを告げた。 別れ際、美智瑠はいつも何かきっかけを探すように、再び一緒にやり直せないかと望みを託しているように見えた。 だが俺はいつも同じ答えを繰り返す。 「仕事が落ち着いたら。また暇になったら連絡するよ」 俺が彼女を愛していたのは、あの日の草むらに倒れ込んでいた時までだった。 これからの人生、俺が望むのはただ一つ。 娘が幸せに、笑顔で成長していくこと。 生きて彼女の笑顔を見届けられること、それだけが、俺の残りの人生の最大の慰めだ。
その日を境に、生活は一見すると1カ月前の平穏に戻ったかのようだった。 娘はお気に入りの玩具を持ってよたよたと歩きながら、満面の笑みを浮かべて俺の元へやってきた。 「パパ、見て!これ、さっきママがくれたんだよ!」 彼女は小さな手で玩具を掲げ、目をキラキラと輝かせていた。 俺はその姿を見て、目頭が少し熱くなるのを感じた。 そうだ。この瞬間のために、俺は命を懸けて生き延びたんだ。 死に瀕したあの時、俺の心にあった唯一の願いは「娘のそばに帰り、彼女の成長を見守ること」だった。 彼女が大きくなる姿を、頭の中で何度も想像した。それでも、現実に彼女の成長の一瞬一瞬を見届ける喜びには到底かなわない。 病院で意識を失っていた二晩、俺は極度の衰弱にあったが、どこかで娘の幼い声が耳に響いていた気がする。 医者は目覚めたことを奇跡だと言ったが、俺はわかっている。それは娘への愛がくれた力だったと。 その夜、娘を寝かしつけてから部屋をそっと出ると、美智瑠がダイニングテーブルに離婚協議書を置き、すでにサインをしていたのを見つけた。 俺は無言でその書類を手に取り、バッグにしまおうとした。 その時、美智瑠が小さな声で尋ねた。 「本当に、もう挽回の余地はないの?私たち......」 俺は立ち止まることなく、靴を履き替え続けた。 そして、出る直前に振り返ることなく淡々と言った。 「この七年、何度もチャンスをあげたつもりだった」
その時、美智瑠がエプロン姿でフライパンを手にキッチンから出てきた。 結婚して七年、彼女が自分で料理をしたのはこれが初めてだった。 俺がどうして電話に出なかったのかを問い詰めようとすると、先に娘が俺の袖を軽く引っ張った。 「パパ、ママと一緒にご飯食べられる?」 娘の声にはどこか期待が込められており、無邪気な瞳で俺を見上げていた。 俺は娘から視線を美智瑠に向け、冷たい声で言った。 「前にも言ったよな。娘を使って俺を操ろうとするな。お前も、朝比奈もだ」 美智瑠は俯き、すぐには何も言わなかった。 だが娘が待ちきれない様子で俺の手を引っ張り、テーブルに誘った。 「パパ、早く!ママがたくさん美味しいの作ったんだよ!」 椅子に座ると、ようやく美智瑠が勇気を振り絞ったように口を開いた。 「......恭一は会社を辞めさせた。全部私が悪かった。彼の本性に気づかず、あなたを誤解してしまった。ごめんなさい。本当にそんなつもりじゃなかったの」 俺は深く息を吸い、複雑な目で彼女を見た。 「お前、会社の経営はあんなにしっかりやってるのに、人を見抜けないわけがないだろ。真実を知りながら黙ってたんだろう?家庭のぬくもりを享受しつつ、外で別の男と続けてただけだ。 もし自分の間違いを正直に認める勇気があったなら、俺も少しくらいは敬意を持てたかもしれない。けど今のお前は、全部『知らなかった』で済ませようとしてる。それが心底気持ち悪いんだよ」 彼女の目が少し赤くなり、涙を堪えているのがわかった。 俺はそのまま首元のネクタイを外し、目立つ縫い跡の傷を露わにした。醜く歪んだその傷を彼女に見せつける。 続けて娘をそっと椅子に降ろし、俺は立ち上がった。シャツの裾を持ち上げると、胸から腹部にかけて大きく伸びた傷跡を晒した。まるで蛇のように体に絡みついたその傷跡は、見た者を凍りつかせるような生々しさだった。 「そしてこれだ。この傷を見て、どうやってお前を許せるんだ?」 美智瑠の目に涙が浮かび、今にも溢れそうだった。彼女は嗚咽混じりの声で言った。 「全部私が悪いのはわかってる。責任は全部取るから......でも、娘だけは私のそばにいさせて。母親として、ちゃんと育てたいの」俺は美智瑠をじっと見つめながら、胸の内でさまざまな感情が渦巻いてい
耐え切れず、俺は彼女の言葉を遮った。 ゆっくりとした口調で吐き捨てるように言う。 「美智瑠、お前、耳がないなら目で見ればいいし、目がないなら頭を使えばいいだろう?」 「反発?笑わせるな。娘が俺に反発してる理由がわからないのか?全部、お前の『親切な秘書さん』が後ろで何か吹き込んだからだろう。俺が戻らなければ、娘はもう俺を親だと認めなくなってたかもしれない」 美智瑠は不満を露わにした表情で反論する。 「もう謝ったじゃない。これ以上、いつまで引きずるの?誰にでもいいところはあるでしょ?短所ばかり見てたらキリがないわ。 それに、恭一は私をたくさん助けてくれた。彼がいなかったら、会社の運営は回らなかったのよ。彼が一体何をしたっていうの?私が全部説明するわ」 俺は呆れ果て、思わず笑ってしまった。 ここまで来ても、まだ恭一を庇うのか。俺が一人で病院のベッドで過ごした一カ月のことを知った後でさえも。 俺よりも、目的を隠して娘に近づく恭一を優先するとは。 深く息を吸い、冷静になろうと努めながら口を開いた。 「娘の部屋に監視カメラを設置したのはお前だろう?一度その映像を確認してから話せよ。それで彼が本当に誠意を持って娘の面倒を見てたなら、俺が直接謝りに行ってやるよ。それで満足だろ?」 俺がそう言うと、美智瑠の顔が少しずつ冷たくなっていった。 「陽真、あんたがどれだけ苦しんだのかはわかってる。私がそばにいられなかったのも本当に申し訳ないと思ってる。でも、恭一のことはきちんと調べるわ。お互い誤解が解けない限り、私も気持ちが落ち着かないから。 だって、私たちはまだ一緒に暮らさなきゃいけないし、未来のことも考えなきゃいけないから」 その自分勝手な物言いに、俺は心の中で冷笑を浮かべた。 「お前にもまだ心があったのか」 それだけ言い残すと、俺は彼女を避けるようにしてその場を離れた。ほどなくして、弁護士から離婚協議書が送られてきた。 俺は迷うことなく、それを美智瑠に転送した。 だが、しばらく経っても彼女からの返信はなかった。 家に戻り、娘を一刻も早く迎え入れられるよう、一晩かけて部屋を整えた。生活用品を一つひとつ整理し、使いやすい場所に配置した。 翌朝、俺は急いで幼稚園へ向かった。だが、園内をどれだけ探しても娘の
驚くべきことに、彼女の目には本当に涙が滲んでいるようだった。 俺は思わず笑ってしまった。 俺の生死を気にも留めなかった女が、今さら涙を流すなんてあり得るのか? 俺の姿を見るなり、彼女は慌てて立ち上がり、声を張り上げた。 「なんで一言でも早く教えなかったの?それとも、私が妻としてふさわしくないから知らせる必要がなかったの?」 俺は軽く笑いながら答えた。 「美智瑠、記憶力が悪いのか?思い出させてやろうか。あの日、俺が奴らに車から引きずり下ろされ、刺されたとき、お前が先に俺をブロックしたんだよ」 俺の声は冷たく、まるで感情がないかのようだった。 その言葉に、彼女は硬直し、言葉を失った。 俺はその様子を見て、妙な爽快感を覚えた。 「それに、お前、自分が妻としてまともだと思ってるのか?」 その言葉がさらに彼女を追い詰め、目を大きく見開かせた。 彼女はその後半の質問を無視し、反論を試みた。 「私がいつあんたをブロックしたっていうの?」 だが、その目は泳ぎ始め、記憶を辿っているようだった。しばらくして、彼女の声は止まった。 俺は嘲笑を浮かべながら背を向けた。 「俺が落ち着いたら、離婚届を送る。あの車も警察の調査が終われば返すから心配するな」 不思議と、彼女に対する怒りや憎しみは感じなかった。ただ、平静だった。 俺を何度も失望させたこの女に対して、ようやく感情が枯れ果てたのだ。 彼女は慌てて言った。 「そ、そんな必要ないわ!そのまま乗ってていいのよ!気に入らなければ、別の車を用意するから!」俺は一切の情けを捨て、その場を背を向けて立ち去った。 退院後すぐ、俺は不動産仲介業者に連絡を取り、新しい住まいを探し始めた。 運よく、今は賃貸のオフシーズンだったため、当日中に物件を決めて契約金を支払うことができた。 新居はまだがらんとしていたが、俺にとっては新たなスタートを切る希望を感じさせてくれる場所だった。 だが、鍵を持って買い出しに出かけようとしたとき、思いがけず玄関先で美智瑠と鉢合わせた。 俺の表情が一瞬で険しくなる。 「お前、もう全部わかったはずだろ?それなのに何で俺を追いかけ回してる?それともまだ俺が浮気したと疑ってるのか?証拠を集める気か?」 声に怒りを込めながら続ける
結局、俺は美智瑠に押し切られ、彼女の車に乗り込む羽目になった。 1カ月の間に、彼女の車内はすっかり様変わりしていた。至る所に小さな飾りやチャームが掛けられ、以前の彼女の雰囲気からは想像もできないほど「家庭的」な空間になっていた。 その様子を眺めながら、俺は思わず皮肉を言った。 「霧島社長、いつからこんなにロマンチックな趣味になったんですか?商用車までこんな風に飾り立てるなんて」 俺がそう言うと、車内は一瞬で重苦しい静寂に包まれた。 しばらくして、彼女はようやく低い声で口を開いた。 「今はそんな嫌味を言ってる場合じゃないのよ」 その言葉を最後に、彼女はアクセルを踏み込み、車を警察署へと走らせた。警察署に足を踏み入れると、俺の事件を担当している刑事、小林高嶺(こばやし たかみね)と鉢合わせた。 彼は一歩後ずさりし、俺を頭の先からつま先までじっくりと見た後、無事を確認してようやく安堵のため息をついた。 「霧島さん、ずっと連絡が取れなかったので心配しましたよ。ようやく電話に出ても無言だったので、本当に焦りました。あと少しで自分で探しに行くところでした」 焦りのためか、浅黒い彼の肌が少し赤らんでいる。その姿に、胸が締めつけられるような思いがした。 俺の不幸を最も気にかけてくれたのが、七年連れ添った美智瑠ではなく、この刑事だったとは。 「俺は大丈夫です。さっきは電波が悪かっただけで。これから出かけるところですか?忙しいなら後でまた来ますよ」 高嶺は慌てて手を振った。 「いえ、ちょうどあなたを探しに行くところでした。でも、無事なら安心しました」 彼の後について事務所へ向かうと、後ろに立ち尽くしている美智瑠のことは無視した。 事務所に入ると、高嶺が水を一杯差し出してくれた。俺の顔色が優れないのを見て、彼は眉をひそめた。 「霧島さん、本当にカウンセリングを受けなくていいんですか?こんな重大な事件を経験した方は、普通は......」 俺は首を横に振り、彼の言葉を遮った。 「本当に大丈夫です。お気遣いは感謝しますけど、俺には娘がいます。この夜を乗り越えられたのもそのためです。もし俺が弱かったら、すでに終わってましたから」 俺が生きているのは、娘の成長を見守るためだけ。それ以外のことに割ける余力は残されてい
美智瑠の顔が瞬間的に真っ白になり、驚いた表情でこちらを振り向いた。その目には信じられないという色が浮かんでいた。 「あ、あんた......これは一体どういうこと?警察からの電話?私、何も聞いてないけど。外で一体何があったの?」 その声には、明らかな動揺と困惑が滲んでいた。 恭一もどこか焦った様子を見せ、俺が彼の隠してきた事実を暴露するのを恐れるかのように、慌てて口を挟んできた。 「陽真さん、夫婦間での問題は落ち着いて話し合えばいいじゃないですか。わざわざ人を巻き込んで霧島社長を騙すなんて、良くないですよ。彼女だって最近疲れてるんですから」 しかし、今回は美智瑠が珍しく冷静に恭一の言葉を遮った。 彼女は俺の首元の傷をじっと見つめ、厳しい口調で問いただした。 「陽真、その首の傷は何?この1カ月間、あんたはどこに行ってたの?私は法律上、あんたの妻よ。知る権利があるわ」 俺は口元を歪ませ、軽く笑ってみせた。 「おいおい、お前の愛人が何も言ってないのか?俺が必要な時にはいなかったくせに、今さら俺のことなんて気にしなくていい。くだらない芝居なんてやめろ、見てて反吐が出る」 そう言い捨てると、俺は体を支えながら地面から立ち上がった。彼女に向ける目には、もはや一切の温かみがなかった。 「もう何も要らない。ただ、娘の親権だけくれ。それだけでいい。娘はとりあえずお前に預ける。離婚届は後で送る」 俺がその場を離れようとすると、美智瑠は慌てて駆け寄り、俺の手首を強く掴んだ。 「陽真、あんた、このままじゃダメよ!私たち、ちゃんと話をしなきゃ!」 だが、俺は冷たい表情のまま彼女の手を振り払った。視線を娘に向けると、彼女は恭一の後ろに隠れてしまった。その光景に胸が締め付けられるような痛みを覚えた。 娘に近づこうと腰をかがめて頭を撫でようとしたが、彼女はそれを拒むように身を引き、さらに恭一の後ろへ隠れた。 俺は深く息を吸い、目に浮かぶ涙を必死で堪えながら、持っていた荷物を掴んで歩き出した。 腰の痛みがさらに激しくなり、顔が青ざめていくのが自分でも分かったが、なんとか体をまっすぐに保ち、部屋を出た。 その時、恭一がわざとらしく申し出た。 「送りますよ。この辺りはタクシーも捕まりにくいですから」 そう言うと、当然のように美
俺はバランスを崩して数歩よろけ、後ろに倒れ込んだ。その勢いで、首元のマフラーが少しずれてしまった。 美智瑠の目つきが一瞬で変わり、憎悪と嫌悪感が混じった色を帯びる。 歯を食いしばりながら低い声で怒鳴りつけた。 「陽真、あんた、マフラーをちゃんと巻き直してよ!気持ち悪いその傷をこれ以上あたしに見せないで!」 俺は胸が締めつけられるような感覚に襲われ、慌てて手で傷を隠そうとした。 しかし、頭の中には過去の光景が次々と浮かんできた。 美智瑠が夜遅くに帰宅したとき、彼女の肌には見覚えのない赤い痕がいつもあった。 恭一が彼女を家まで送ってきたとき、二人の間には明らかに不自然な雰囲気が漂っていた。 その全てが、鋭い刃物のように俺の心を切り刻んできた。 「美智瑠、お前に俺を責める資格なんてあるのか?」 俺の声は怒りに震えていた。 その言葉に彼女の表情はさらに険しくなり、突然、俺の上に馬乗りになると、両手で俺の首を掴んだ。 その目には、今にも炎が噴き出しそうなほどの怒りが込められていた。 「やるだけやって今さら怖気づいたわけ?子供にばれるのが嫌だって?だったら、なんでこんなことしたのよ!」 俺は必死に抵抗したが、退院したばかりの体は言うことを聞かず、完治していない傷口が再び開き、鋭い痛みが全身を駆け巡った。 「金が足りなかったの?それとも、愛人と遊ぶだけじゃ物足りなくて、わざわざ私のカードを使ってまで楽しみたかったわけ?陽真、あんた、本当に最低よ!」 娘をあやし終えた恭一が、慌てて間に入ってきた。 「霧島社長、落ち着いてください。副カードはもう停止しましたから、これ以上怒る必要はありません。今は目の前の問題を解決しましょう」 その言葉で、美智瑠の手の力が少し緩んだが、冷たさに満ちた声は変わらなかった。 「陽真、あんたなんて二度と帰ってこなくていいのよ。むしろ、なんで外で死ななかったの?この家の空気を汚さないでよ!」 俺は冷笑を漏らし、全身の力を振り絞って彼女を突き飛ばした。 「二度と帰らない?その間にお前とこいつが堂々と居座れるようにってことか?ふざけるな!娘を連れてここを出て行くまでは絶対に許さないからな!どれだけ頼まれても、お前を見ることなんてもう二度とない!」 痛みを堪えながら立ち上がると
その動作で、首に巻いていたマフラーがずれてしまった。 途端に、美智瑠の瞳にこれまでにない怒りの炎が灯った。 俺は慌ててマフラーを引き上げ、目立つ縫合痕を隠そうとした。 だが、美智瑠は一歩前に詰め寄り、俺の手首を乱暴に掴んで叫んだ。 「あんた、それ何!?首にそんなものつけて帰ってくるなんて!外で女とイチャついてた証拠でしょ?本当に最低だね!こんなに汚らしい格好で、娘を狙うなんて?あんた、一体どこまで恥知らずなのよ!」 彼女は俺の手を振り払い、俺の腕が顔を強打する。衝撃で鼻血がどっと溢れ出た。 恭一は急いでティッシュを持ってきて俺に差し出した。 「触るな!」 俺は彼を睨みつけ、怒りの声を上げた。 こいつが俺の車のナンバーを調べ、事故車であることを知りながらも、その真相を隠し、俺を陥れたことを思い出す。 鼻血を拭いながら、その怒りはさらに燃え上がっていった。 その時、騒ぎを聞きつけた娘が部屋から出てきた。 「パパ、ママ、何してるの?」 小さな声でそう尋ねる娘は、不安げに俺たちを見つめていた。 だが、その視線はすぐに恭一に向かう。 彼がわざとらしく目を伏せて涙を拭う仕草をすると、娘は慌てて駆け寄った。 「朝比奈おじさん、泣かないで......パパが悪いの。パパが一番悪い!」 その言葉は、鋭い刃のように俺の胸に突き刺さった。 「そんなことないよ!」と娘に言おうとする俺の言葉を、美智瑠の怒鳴り声が遮った。 「陽真、あんたいい加減にしてよ!娘の前でこんなことして、私の夫が浮気した挙句、人を責め立てる最低野郎だって全世界に宣伝したいわけ!?」 娘はその声に驚き、大声で泣き始めた。 俺が手を伸ばして彼女を抱きしめようとすると、娘は俺を拒み、恭一の胸に飛び込んだ。 その瞬間、自分が悪魔扱いされたように感じた。 「陽真さん、冷静に考えてください。子供は無垢なんです。感情的になるのはやめましょうよ」 恭一はわざとらしく俺にそう諭してきた。 俺はその言葉に堪えきれず、怒りを爆発させた。 「ふざけるな!彼女がこんな風に言うのは、誰かが吹き込んでるに決まってるだろうが!」「朝比奈、お前、どれだけ俺の家庭に手を突っ込めば気が済むんだ?これまでは我慢してきたけど、娘を使ってお前の下劣な企み