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第二十話

last update 最終更新日: 2025-03-10 09:50:26

 備品の買い出しと面談を兼ねたランチから戻ると、オフィスには昼過ぎ出勤の三上の姿もあった。パソコンモニターに隠れるように背を丸めてキーボードを叩いていた三上は、「お疲れさまです」と挨拶した咲月には、静かに無言で頷き返してくるだけ。

 でも、注文していた備品とは別にお菓子の詰まった大きな段ボール箱がオフィス内に運び入れられると、誰よりも目を輝かせていたのは何を隠そう、もうすぐアラフォーになる三上だった。

 羽柴からこのオフィスの人達は甘い物はそんなにという話は聞いていたが、糖分多めのスイーツ系が人気ないというだけで、塩気のある駄菓子は喜んでくれるみたいだ。詰め合わせになっている袋を片っ端から開封し、自分のお気に入りのスナック菓子ばかりを選んで抜き取って、三上は自分のパソコンの横に積み上げていた。

「あ、三上さん、コンポタ味ばっか確保してません? あとはチーズとかコンソメしか残って無いんすけど! 俺にも一本くらい分けてくださいよー」

「ふんっ、こういうのは早い者勝ちっていうんだよ……」

 袋によって入っている味が違ったらしく、箱の中に頭を突っ込んで漁っていた平沼が同僚のデスクに山積みになっている駄菓子を指差して物言いを入れる。まさか末等の景品がこんなに喜んでもらえるとは思ってなかったし、少しびっくりだ。

 咲月は先輩達の様子を横目に、買って来たばかりの備品を棚へ片づけていく。笠井も洗剤詰め合わせセットの中に自宅で愛用しているのと同じメーカーの商品が入っていたらしく、ちゃっかりそれだけはデスクの引き出しにしまい込んでいた。

 駄菓子をネタに賑やかになった平沼達のことを、咲月は珍しい物でも見るかの視線を送る。意気揚々とお菓子を持って帰っても、そこまで子供っぽい反応はもらえないものだと思い込んでいた。社会人というのは駄菓子の取り合いなんてしない、もっと大人な生き物と思っていたから。

「あ、泉川さんが軽蔑の目してるー。いい歳して馬鹿だなって思ってる顔だ!」

 平沼が、咲月に向かって揶揄うように言ってくる。咲月は慌てて、首を振って否定する。たとえ思っていたとしても、認める訳にはいかない。

「いえ、そんなことは思ってないで

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     ハガキの束のチェックが終わり、名刺ファイルにも手を伸ばす。社名の五十音順で管理されているから、ハガキの時よりもリストから探し出すのには時間がかからなかった。こちらは担当者の肩書が変更されているのが結構あって、それがちょっとややこしい。分からないことが出てくる度に笠井へ確認するのだが、作業を中断させられてあからさまに迷惑だという顔をされるのがちょっと堪える。「あの、付箋があればいただけませんか? 分からないのは飛ばしておいて、後でまとめて質問させて貰いたいので――」 さすがに頻繁に笠井の作業の手を止めるのも申し訳ないと、咲月は遠慮がちに聞いてみる。デスクの引き出しの中を探ってみたけど、ボールペンと修正液くらいしか入っていなかった。このデスクはいつから空席だったんだろう。ふとそんな疑問が浮かび上がる。「ああ、そういう備品を後で買いに行って貰うつもりでいたのよ。そうね、せっかくだから一旦作業を止めて、必要な物を揃えて貰う方が先かしら」 言いながら、咲月に頼むつもりの買い物リストを差し出してくる。「前もって注文していた物も一緒に引き取って来てね。いつもは店長さんが配達してくれるんだけど、今日は出られないそうなのよ」 馴染みの文具用品店が、通りを二つ越えたところにあるのだと説明してくる。こういうのはオフィス用品専門のネット通販のイメージだったが、この会社では羽柴の方針で地元との繋がりを大切にしているのだという。 ――もしかして、市民マラソンのロゴデザインしたのもその一環なのかな? 店の場所をもう一度確認してから、咲月はオフィスの建物を出る。就業時間中に買い物に行くなんて、まるでサボっているみたいでちょっとドキドキする。勿論、これも仕事のうちなんだけど。 一旦は駅に戻る方角に向かって歩き、駅前大通りに出てから、一本奥の道を入っていく。地図で見ても簡単な道順だったし、迷う心配はなさそう。万が一には電話するよう言われているし、オフィスの電話番号もアドレス登録を済ませてある。 せっかくのお使いが曇り空なのを残念に思いながら、足取り軽く進んでいく。 と、大通りを渡り切ったところで、信号待ちしていた車にクラクシ

  • ジンクス・不運な私を拾ってくれたのは・   第十六話

     翌朝、咲月がオフィス前の駐車場を歩いていると、背後から自転車のブレーキをかける音が聞こえてきた。驚いて振り返ると、駐輪スペースに自転車を停めた平沼がヘルメットを脱いでいた。そして、咲月に向かって笑顔を見せながら手を振っている。相変わらず、人懐っこい人だ。「うっす」 「おはようございます」 確か、彼は普段は昼前の出社が多かったはず。今日は朝からの仕事でもあるんだろうか。とくに気にせず先に行こうとする咲月のことを追いかけてきて、平沼はちょっと照れたような表情でヘルメットを小脇に抱えている。「たまには朝から出てくるのも悪くないかな、って」 たまたま今日は早起きできたとかなんだろう。出勤時間が決まっている咲月達と違って、フレックスが適応されるデザイナー達は自由で羨ましい。  平沼と共にオフィスのドアを入っていくと、ハンディモップを片手に棚の埃を払っていた笠井が、珍しいものでも見たと目を丸くする。「え、平沼君、どうしたのっ?!」 「うっす」 「今日って朝から何かあったかしら……?」 「いや、何もないっす。たまには早めに出勤してみようかなって思っただけっす」 「そ、そうなの、ね……?」 何年も一緒に働いているはずの笠井がそんなに驚くくらい、どうやらとても珍しいことみたいだ。なんだか落ち着かない表情の笠井に反して、平沼本人は昼前に来る時と同じように、いつも通りデスクの上にノートパソコンを置いてタスクリストの確認を始めている。本当にただ早く来ただけみたいだ。笠井はまだ「信じられない」とでもいうように小首を傾げている。 駐車場に車が無かったから、羽柴はまだ来ていない。壁掛けのホワイトボードを確認すると、直行で営業で外へ出ているらしい。けれど、本日分の指示は既にちゃんと用意されていたみたいで抜かりない。社長はちゃんと毎日家に帰って休んでいるのかと、心配になってくる。「うわー、やっぱ修正入ったかぁ……っしゃ、頑張ろっ」 任されていたデザイン案に羽柴からのダメ出しがあったらしく、目に見えて肩を落とす。が、すぐに気合いを入れ直して、平沼はパソコンモニターに向き直していた。一発オッケー

  • ジンクス・不運な私を拾ってくれたのは・   第十五話

     食事後、自宅の最寄り駅とは別の駅まで車で送って貰うと、咲月は敦子達と別れて一人になった。三人での食事もそれなりに楽しいけれど、やっぱり子供の頃から知っている叔母と二人だけの方が気が楽だ。 スマホで時間を確認してから、駅前商店街の中をぶらぶらと見て歩く。古くからある商店街だけれど、お洒落な雑貨屋やセレクトショップもあり、意外と客層は幅広い。  咲月のお目当ては、この辺りでは一番大きな手芸用品店。もう常連と言ってもいいくらいに通い慣れた店の中を、咲月は奥の棚へと進んでいく。入園グッズに最適と書かれた大判のポップを一瞥して、カット売りする為にロール状のまま陳列されているキルティング生地を順に見て回る。そして、お目当ての生地を見つけて、安堵の台詞を漏らす。「良かった、まだあった……」 たくさんある生地の中、小さな女の子が好きそうな淡いピンク色のゆめかわ柄のロール2種類を抱えてレジへと運んでいく。全く同じ柄の生地をひと月前にもここで購入したことがある。人気のありそうな柄だったし、もしかしたら完売しているかもと諦め半分で来たけれど、追加納品したのか前よりもロールの巻きは大きい。 特技というほどではないけれど、実家にいる頃からミシンを使って布から何かを作るのが好きだった。キッカケは入学した高校のテニス部が軟式ではなく硬式で、咲月に入れそうなクラブ活動が手芸部以外に無かったから。放課後になると家庭科室に集まって、みんなで好きな物を作った。近所の幼稚園からバザー用にシュシュやマスクを大量に頼まれたこともある。 バッグの中に入れている化粧ポーチも咲月が自分で制作した物だ。普段から持ち歩いている物はそれくらいだけれど、部屋に置いているクッションカバーもカーテンもこの店で布を買って来て縫い上げた。多分、既製品を買った方が安いと分かっていても、つい自分で縫いたくなるのだ。これは裁縫好きあるあると言っていい。 今さっき購入したばかりの布は、もちろん自分用なんかじゃない。ケーキ屋のバイトが無くなった時に、少しでも生活費の足しになればとフリマサイトで入園グッズの注文販売を始めてみた。そしたら、シーズンというのもあって予想以上に注文が貰えた。 勿論、H.D.Oでアルバイト

  • ジンクス・不運な私を拾ってくれたのは・   第十四話

     提出していた卒業論文を教授の研究室へ引き取りに行った後、咲月は大学構内にあるカフェでコーラフロートを味わっていた。やや強めの炭酸が喉にピリピリくる。溶けかけたバニラアイスをスプーンで掬い取って食べていると、ここが大学内だということを忘れそうになる。 窓際のハイテーブルは芝生で覆われた中庭に面しているが、今日のような曇り空の下だと誰の姿もない。昨夜に少し雨が降ったみたいだから、余計にか。 このカフェは咲月が入学した年に建て替えが始まって、昨年ようやくオープンした。全開できる大きな窓と、季節によってはウッドデッキにテラス席も設けられる開放的な空間。どちらかと言うと女子の利用者が多いのは、メニューに占めるデザート率の高さだろう。ケーキセットで選ぶことができるケーキは隣駅前の人気店の品。しかも、そのケーキの価格だけで珈琲か紅茶も一緒に頼めるという、超が付くほどお得なセットだったりする。 咲月は座っている椅子をくるりと回転させて店内を見回した。ランチタイムにはまだ早い時間だから、今カフェにいるのは講義までの時間潰しに来ている学生達だろうか。卒業間近の咲月が知っている顔は見当たらない。 ――確か、ここも誰かのデザインだったんだよね。えっと、誰だっけ……? 何とかという空間デザイナーが携わったカフェだと、リニューアルオープン時にはタウン誌でも掲載されているのを読んだ記憶がある。残念ながら、デザイナーの名前までは全く覚えていないけれど。しばらくは近隣住民までもがここ目当てにやってきて、一時期のランチタイムには入口前に行列が出来ていた。 H.D.Oのデザイナー見習いの平沼も空間デザイナーを目指してると言っていた。きっと彼もこういう仕事がしたくて、あの会社に入ったんだろう。明確な目標もなく、ただ流されるままの咲月には、はっきりとした夢を持っているのはすごいとしか言えない。いつか咲月にも何か目指すものが出来るようになるんだろうか……。 何かに対して真っ直ぐに突き進んでいこうとしている人を前にすると、じゃあ自分はどうなんだと問い詰めたくなる。漠然とどこかに就職して社会人になりたいとは思っていたけれど、そこには何かが大きく

  • ジンクス・不運な私を拾ってくれたのは・   第十三話

     あまり深く考えず無責任に言ったつもりの咲月の言葉に、平沼は「なるほど……」と頷き返しながら口の端をキュッと上げた。何か良い案が浮かんだらしい。再びメジャーを引き伸ばして、部屋の寸法を測り始める。 咲月へ指示してくる声はかなりご機嫌で明るい。「えっとじゃあ、そっちの端っこの棚の位置はそのままにするから、そこにある資料から並べてって貰える?」「は、はい」 いきなり生き生きとし出した平沼に指示され、咲月も慌てて作業を始める。咲月が黙々と棚にデザイン集やパンフレット類を収納している時、平沼は隣の社長室へと入って行ったらしく、ドアを開け閉めするのが聞こえてきた。そして、しばらくするとゴトゴトと家具を移動する音。「泉川さーん、ごめーん。ちょっとドア開けてくれるー?」 資料室の前から平沼が呼んでいる声がして、咲月は急いで入口ドアへ駆け寄る。ガチャリとノブに触れて開いてみると、見覚えのある二人掛けソファーを平沼と羽柴が運び込もうとしているところだった。意気揚々とご機嫌で入ってこようとする平沼とは対照的に、羽柴は苦虫を嚙み潰したような表情をしている。「いやー、ちょうどいい感じにハマりそうなサイズなんだよね、これ。広くなったボスの部屋にはもっと大きくて立派なのを買い直して貰うってことで」 社長室にあったソファーセットを、どうやら新たに作る休憩スペースに置くつもりらしい。対になるもう一脚も羽柴の手を借りて運び入れた後、平沼は嬉しそうにテーブルも運んで来てから笑いを堪えながら言った。「これ持ってくって言ったら、最初は反対されたんだけどね。泉川さんのアイデアだってバラしたら、渋々だけど了承してくれたよ。後で隣の部屋見て来ておいで、何にも無さ過ぎて笑えるから」 思い出し笑いか、堪え切れずに平沼が噴き出している。あんなに窮屈だった社長室が、平沼によって家具を強奪されたせいで今はデスクくらいしか無いのがおかしくて仕方ないらしい。新しいソファーが届くまでは、平沼曰く「ぽつんと一軒家状態」なのだとか。要はガランとして殺風景。「別に、私のアイデアって言うほどでは……」

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