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5.アーティスト

last update Last Updated: 2025-04-18 06:37:59

蛍の要求した材料のメモ。

 一つ目は女性と赤子の遺体。

 二つ目は男性の焼死体と十二人の男の遺体。

 三つ目は──

「古川 香澄は参加者で、まだ生存してます ! 」

 蛍の三つ目は『香澄の遺体』だった。

「どうしますか ? 」

『何それ ! ふふ ! そっかぁ』

 電話口からルキの楽しんだ声色がする。

『ケイがそう書いたんでしょ ? じゃあ、問題ないよ。きっとね』

「えぇ ? 」

 その時、教室の扉が思い切り開く。

「蛍 !! 」

 香澄だった。

 どれだけの制止を振り切ったのか、制服のブレザーは最早血塗れだった。よく見ると引っかき傷や鋭利な物で斬られた跡があるが、どれも致命傷では無い。暴れ、制止させる時に付いた傷だろう。

「蛍ちゃん ! こいつらそんな強くないよ…… ! 早く逃げよう !? さぁ、早くぅ ! 」

 だが、蛍は振り向きもしなかった。

 窓の外を眺め、教室の電気を点ける。そして置かれていた児童用机をガタガタと移動させ始めた。

「なんだよ ! なんでだよ、蛍ちゃん〜 !! 」

 直後、西校舎担当の黒服が駆け付け、懐から銃を抜いた。

「仕留めろ ! 」

パンッ !!

「あぁっ !! 」

放った銃弾が、いとも簡単に香澄の心臓を貫いた。

「う、うわ ! 危ねぇな ! 」

「こいつ、俺の足を噛みやがったんだ ! 」

糸の切れた人形のように、目を見開いたまま香澄は床に崩れ落ちた。

「殺して良かったのか ? 」

「マニュアル通りだろ ? 脱走者や戦意喪失で飛び出して行った参加者は射殺していい決まりだ。覚えておけ」

「は、はい」

片方の黒服はまだ新人なのだろう、戸惑いはするが、目の前に崩れたまだ幼い女子高生の骸をただ商品としてしか見ていない。

「あ……じゃあこれって……」

『銃声……。もしも〜し。

 香澄ちゃんは死んだのかい ? 』

 立ちすくんだ黒服のスマートフォンからルキの声がする。

「は、はい。西から脱走してしまいました。マニュアル通りに……。

 一人、足を噛まれて怪我を……いえ、軽傷だしうです」

『はは…… ! ケイは流石だね。長年付き合った友人の行動パターンなんて、手に取るように分かるって事か。先を読むのは造作もないんだよ。

 それじゃ、要求通りに古川 香澄をケイに譲渡して』

「は、はい」

 香澄
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    8888「蛍って……高校生の男の子 ? 」「ああ、そうなんだ。 ケイならきっと ! きっと、答えを持ってるって思えるんだよね」「葬儀屋さんって言ってたんだっけ ? 元々知り合いなの ? 」「ううん。今日初めて会ったんだよ。部下に軽く調査させたけど、目立つような学校生活を送ってないし、成績も普通。帰宅部で放課後は家の手伝いをしてる、どこにでもいる高校生さ。 でも、今朝の駅前の自殺現場。彼はそこにいた。まさに俺の一目惚れさ」「え ? はぁ ? 一目惚れ ? 」「気に入ったって事だよ。 美果ちゃん、俺はねぇ。結構、人を見る目があるんだよ ? ケイはきっとイイよ」 階段を降りるルキに続き、美果はエスニック柄のチュニックを羽織った。葬儀屋と言っていた蛍の顔をぼんやりと思い出しながら、自分もルキと同じく興味が湧く事に何故か罪悪感は無かった。 階段を降りる二人の後ろに椎名が気配を消すように付いてくる。ルキと美果が並んで話す姿は親しげであった。 不思議な事ではなく、ルキはゲームマスターではあるが、ゲームの参加者には対等な人間として接している。少なくとも、彼女が処分されるまではそれを続けるのだ。中には媚びる者も、命乞いをする者もいる。その最後を含めて全てが観覧者への見世物なのだ。「自殺現場を見てた人は他にもいたんでしょ ? どうしてあの子が特別って言い切れるの ? それに、わたしがここに連れてこられた理由は ? 」 問われたルキが振り返って椎名を見る。「あ……今回は人体アートでしたので、本来は芸大の貴女が一番人気でした」「あれ ? 皆んな、美果ちゃんに賭けてたの ? 」「はい」「芸大生だからって単純だね」「……まぁ、そんなに評価が高い生活してないわ。貴方見る目無いのね」「……」「ねぇ。わたしのデスマスクは、完成さえしてれば生き残れたの ? 」 美果の最後の抵抗か、突っかかりながらの会話だ。「ん〜。あれは素晴らしい出来栄えだった。それも初めてやったんでしょ ? そうだね。作品だけなら完璧だ。けれど、制限時間を考慮しないのは論外だよ。そんなのフードファイターだってサッカー選手だって同じでしょ ? 」「限度があんでしょうよ。このルールじゃ、組立加工するだけじゃな

  • PSYCHO-w   7.山本 美果

    「湊市周辺の個人病院で検索し、ネットのレビューで一番低かったのが加藤歯科だったもので。レビューが酷いということは、 乱雑な治療をしている可能性が考えられる……つまり、このゲームに適性があるかもしれないと思いましたので」「だってさ。あの文句だらけのレビューサイトが原因だって。  あんなもの、アテにならない他人の感想不満の捌け口だ。自分の理想にそぐわないものを晒しあげて、商売人の価値を落とすだけのだよね。 それが真実なら仕方がないけど……レビュー記事の治療は適切なものだってさっき言ってたし。多分、加藤歯科の評判は実際は異なるんだろうね。  でも、それは別の話」 ルキが椎名の胸元に手を入れ、装備していたホルスターから銃を抜いた。  純白の上質なスーツに無機質な黒塊がよく映える。「残念だけど……動かない玩具は要らないんだ」 そう言い、銃口を加藤に向ける。  しかし加藤は微動だにせず、下を向いたままだった。「あんた方が恐ろしい存在なのは理解した。  だが、君らも身体を患えば医者にかかる。絵が欲しければ画家を探す……。必要じゃない人間なんていない。いないんだよ。  だとしたら、俺にも価値がある。  価値があれば、誇りが芽生える。  俺は腐っても医者だ。歯医者とて、人を殺める存在だけにはならん。  構わん。殺せ」「……そう。素晴らしい思想だ。まさに医者の鏡。 そのプライドに免じて、 一瞬で逝かせるよ。 さようなら、加藤 純平」 暗い教室が二度、小さな光を伴いパンと渇いた音を二度立てた。  窓の外からでも分かる、蛍のような小さな光。「片付けはゲーム後でいい」 グリップを椎名に向け、ルキは教室を後にする。「椎名」「はい」「ネットのレビュー……さぁ。 俺が『他人の感想』なんか一番興味無いの……知ってるよねぇ ? 」 安易に作業をすると、必ずルキは見抜く。ここに連れてくるのが、本当に誰でもいいという訳では無いのだ。他の被検体と同等程度に、必死に動かないと観覧者に萎えられてしまう。  椎名の喉がゴクリと上下する。「は、はい ! 」「人生に捨てるものが無いクズに用は無いけど。こういうタイプも考え物だね。 何としてでも生還を果たそうって人間じゃないとならない。 動きが無い人

  • PSYCHO-w   6.医者

     観覧者はモニター越しに皆、ルキの側近に着信を入れ始めた。特に男性観覧者を中心に、ルキに取り次ぐよう話が来る。 美果の作ったデスマスクが欲しいのだ。  それほど、希少な物だからだ。  そもそも現代においてデスマスクの製造は違法では無いものの、貴重な物な事には変わりは無い。正しく作れる者も多くは無い。 購入した観覧者も、飾るには身内のマスクでは心が痛むし、客人が来た時も心象が悪い。 だが、あれはどうだ ?  美果の作り上げた女性のマスクは、まさにレリーフのように美しい。  遺体の女性が誰もが認めるほどの美女だった為、余計にだ。 二体目は男性。恐らく日本人だろうシワの多い、老年の男だ。 石膏がシャツに付くのも構わず、美果は作業を開始する。しかし、この老人にはエンバーミングは施さない。苦悶の表情で息絶えた時のままだった。  やがて出来上がったそのマスクは、正確に男性を写す。 神経質そうなシワの入り方と毛量の多い上向きの眉。堅物そうなへの字口がガバッと開き牙を剥くかのような表情。  それがマスクにすると、まるで仁王の様に仕上がった。東洋独特の男性神の強い畏怖のイメージ。和のテイストが好きな観覧者達は次々と連絡を入れ始める。 それだけ綺麗な美しさが無くとも、作品の個性は色濃く仕上がったのだった。 三体目は子供を選んだ。男女の双子で、この子らもまさに天使のようだ。  必死に型を取り石膏の準備をする美果は、自身の信じた芸術の道を行く……アーティストだった。しかし目の前にあるのは紛れもなく幼子であり、嫌でも死因を想像してしまう。並の人間なら精神的に摩耗が激しいはずだ。現に美果も作業は進むが、目の下が窪み、顔色は決していいとは言えない状態だった。 ルキは校長室の椅子に凭れ、美果をモニターで観ていた。その側には二人の黒服が立っていた。「随分、反応あるね」 二人のプリペイドスマートフォンに、ひっきりなしに来る観覧者からの着信。ルキが鬱蒼しそうに、音のなる黒服のポケットを一瞥する。 この二人は他の黒服達とは装いが違う。タイがシルバーで、武装も充実している。「はい。購入希望の話が立て続けに来ています……」 二人のうち、ルキに報告をしたのは褐色肌の大柄な男性の方だ。「……ま〜、

  • PSYCHO-w   5.アーティスト

    蛍の要求した材料のメモ。  一つ目は女性と赤子の遺体。  二つ目は男性の焼死体と十二人の男の遺体。  三つ目は──「古川 香澄は参加者で、まだ生存してます ! 」 蛍の三つ目は『香澄の遺体』だった。「どうしますか ? 」『何それ ! ふふ ! そっかぁ』 電話口からルキの楽しんだ声色がする。『ケイがそう書いたんでしょ ? じゃあ、問題ないよ。きっとね』「えぇ ? 」 その時、教室の扉が思い切り開く。「蛍 !! 」 香澄だった。  どれだけの制止を振り切ったのか、制服のブレザーは最早血塗れだった。よく見ると引っかき傷や鋭利な物で斬られた跡があるが、どれも致命傷では無い。暴れ、制止させる時に付いた傷だろう。「蛍ちゃん ! こいつらそんな強くないよ…… ! 早く逃げよう !? さぁ、早くぅ ! 」 だが、蛍は振り向きもしなかった。  窓の外を眺め、教室の電気を点ける。そして置かれていた児童用机をガタガタと移動させ始めた。「なんだよ ! なんでだよ、蛍ちゃん〜 !! 」 直後、西校舎担当の黒服が駆け付け、懐から銃を抜いた。「仕留めろ ! 」 パンッ !! 「あぁっ !! 」 放った銃弾が、いとも簡単に香澄の心臓を貫いた。「う、うわ ! 危ねぇな ! 」「こいつ、俺の足を噛みやがったんだ ! 」 糸の切れた人形のように、目を見開いたまま香澄は床に崩れ落ちた。「殺して良かったのか ? 」「マニュアル通りだろ ? 脱走者や戦意喪失で飛び出して行った参加者は射殺していい決まりだ。覚えておけ」「は、はい」 片方の黒服はまだ新人なのだろう、戸惑いはするが、目の前に崩れたまだ幼い女子高生の骸をただ商品としてしか見ていない。「あ……じゃあこれって……」『銃声……。もしも〜し。  香澄ちゃんは死んだのかい ? 』 立ちすくんだ黒服のスマートフォンからルキの声がする。「は、はい。西から脱走してしまいました。マニュアル通りに……。  一人、足を噛まれて怪我を……いえ、軽傷だしうです」『はは…… ! ケイは流石だね。長年付き合った友人の行動パターンなんて、手に取るように分かるって事か。先を読むのは造作もないんだよ。  それじゃ、要求通りに古川 香澄をケイに譲渡して』「は、はい」 香澄

  • PSYCHO-w   4.覚醒

    黒服がそれぞれを連れていくが、香澄だけは暴れて黒服の腕を振り払い蛍の元へ戻って来た。「い、嫌 ! 蛍ちゃん、逃げよう ! こんなのおかしいよ ! わたしたち、何で連れてこられたの !? 」 蛍が困ったように香澄を見下ろす。 屈強な大人達の護衛。それに連れてこられた時に見た、夕暮れの中。駐車場の車の台数はかなり多かった。おそらく外にも見張りがいるはずだ。逃げ切れるわけがないのだ。「け……い…… ? なんでそんな顔するの ? 」「分からない。俺もこいつらに初めて会った。何も知らないし、やらなきゃ帰れないだろ」 そう言うしか無い。しかし蛍は望んでルキの車に乗って来た。その間なんの会話も無かったが、直感で分かる。蛍自身の何か、ドス黒い欲望を満たしてくれる男だと。「う、うぅぅ…… ! こんな、人の遺体を触って……何かするなんて…… ! どう考えても狂ってるよぉっ」 香澄も頭では理解しているはずだ。  こんな山奥では走って逃げたところですぐに追いつかれるだろうし、黒服たちは傍目で分からずとも武装をしていないとも限らない。「ルキ。一つ質問が」「何 ? ケイ 」「作品が評価されなかったら、そいつはどうなるんだ ? 」 全員がドキリと、恐怖に慄いた顔でルキを振り返る。「ん〜。基本、処分にするけど……。でも、次ならいいもの作りそうだなって思ったら優勝しなくても帰してあげるよ。前例はあるしいつも同じゲームしてる訳じゃないし。向き不向きも考慮してるつもりなんだぜ ?  でも、どうかな。ケイと香澄ちゃんさ……今日の自殺現場にいたよね ? 」 これには蛍がドキリとする。「あの子ね……折角逃がしてあげてたのに、あちこちに言いふらして助け求めたりしたんだよ。 ああいうの、揉み消すのも大変なんだ。一般人の目撃者が一番タチが悪い」「そんな……」「だから死んでもらった。あ、脅迫はしたけど、ちゃんと自殺だよ。君らも見てたでしょ ? 自分で飛んだの。 次はいいアクションしそうだなって期待してたんだよねぇ、残念〜」「……っ ! 」 香澄が両手で顔を覆う。「頭おかしいんじゃないのっ !? 」「ふふ……そうだよ ? 問題あるかい ? 他にも生存者は沢山いるから諦めないで ! って話しさ。希望が持てたろ ?

  • PSYCHO-w   3.素材パーツ

    「蛍 ! 蛍ちゃん〜 ! 」 内陸部の山林地域に存在する廃校。 木造建築で、学校を利用した再生カフェや当時の学生気分が味わえるイベントを開くとして、去年どこかの資産家に買い取られたという噂が流れた。 しかし、いつまで経ってもカフェどころか、廃校は放置されていた。 蛍とルキが到着すると、香澄が縋り付くように駆け寄ってきた。その身体に拘束は無い。制服のままという事は下校途中、親と合流する前に連れて来られたのだろう。汚れや服の乱れも無かった。「ケイも来るって部下に連絡したんだけど、その子信じなくてさぁ……手をやいたみたいだ」 ルキが黒服達の乱れた髪と汚れたスーツを見て苦笑する。「蛍ちゃん、どこにいたの ? こいつら誰なの !? 」「香澄、冷静に」「なんでぇっ !? なんで落ち着いてられるのっ ! 」 泣き出す香澄を見てルキはクスクスと笑う。「そうだよね〜 ? 不安だよね ? 今のはケイが酷いよ。ちゃんと心配してやらないとさぁ〜」「心配はしてますよ」「香澄ちゃん、もっとケイと無事を確認し合ったりしたかったよねぇ ? 」 ヘラヘラと笑うルキに、香澄は噛み付かんばかりに睨みつける。「あぁ、ごめん。俺の言う言葉じゃないか !  さぁ、皆さんこっちに来て」 ルキの他に、部下が二人横に付く。更に蛍と香澄の背後、逃走防止に二人の黒服がついた。電気は通っているものの古いせいか今にも消え入りそうな光量だ。 通されたのは一階、校舎中央の階段下。 校舎は二階建で、中央階段から東と西に教室が存在する。 一階の中央階段前は校長室だが、そこにはあらゆる監視モニターがある様子だった。即席のケーブルが束になり、閉まりきれない扉の隙間から液晶が見える。学校の内部が映し出されているようだ。 蛍がその場へ来るとすぐに黒服が防火シャッターを締め、簡易取り付け型の鍵をする。逃げ道を防ぐのだろう。くぐり戸はあるが、完全に溶接されている。「何をするんだ ?」「そう焦らず、ね ? 」 ルキと黒服以外に、蛍、香澄、他二人がいた。「さ、自己紹介だ !  君からどうぞ ! 」「ひっ…… ! 」 香澄より酷く怯えている女性。 エキゾチックな派手目の服装だが不潔感がない。激しくかかったスパイラルパーマが個性的で、そばかすのある素肌感が穏やかな印象の面持ちだ。

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