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灰猫さんきち
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Novels by 灰猫さんきち

ざまあされた廃嫡王太子と悪役令嬢の夫妻が田舎村で生きる力を取り戻すまで

ざまあされた廃嫡王太子と悪役令嬢の夫妻が田舎村で生きる力を取り戻すまで

王都から田舎に追放された廃嫡王太子夫妻が自然の中で生きる力を取り戻していく物語。 わがままな侯爵令嬢シャーロットは、婚約者である王太子エゼルが政争に敗れたために一緒に田舎村に追放されてしまう。 王都に比べて何もかもが不便な田舎村で、かんしゃくを起こすシャーロット。エゼルは無気力。 王都への返り咲きを諦めないシャーロットは、行動を起こそうとするが…… これは、都会の温室育ちだった2人の若者が自然の中で生きる力を取り戻す物語。
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Chapter: 第29話 エピローグ
 シャーロットがシリト村にやってきてから、3度目の春を迎えようとしている。 1度目の春は、王都を追放された失意で八つ当たりをしてばかりいた。 2度目の春は、村人たちと協力しながら農業と農村の暮らしへの学びを深めた。彼らのありようをより深く知り、最適な作物を共に考え、暮らしに足りないものを観察して補うように行動した。農閑期の学校開催などもその1つである。 そして今。3度目の春、エゼルとシャーロットはシリト村を旅立とうとしていた。 2人とも悩んだ末の決断だった。けれども農民たちのより豊かな生活、より幸せな暮らしを幅広く実現するために、王都へ戻って政治に携わる決意をしたのだ。 シリト村を始めとした不正な税の搾取を告発したことで、エゼルの名声は多少の挽回をしていた。かつての「無能王太子」から、少しは見る目のある若者に変わった。 それをもって、エゼル夫妻の王都追放と立入禁止は解かれた。ただし政界へ復帰するには、臣籍降下が条件だった。 以前のように王太子どころか、一貴族からの再出発になる。 それでも彼らは帰還を決めた。 ――自分たちにできる最大限のことを。 あの冬の日に宣言した想いは、今なおエゼルとシャーロットの心に刻まれている。「ご領主様と奥様がいなくなったら、寂しいよ」「オーウェンとメリッサも行っちゃうんでしょ?」 フェイリムとティララの兄妹が、そんなことを言う。この2年で彼らはずいぶん大きくなった。特にフェイリムは、そろそろ子供から若者に変わっていく時期だ。 シャーロットは笑って、兄妹の頭を順に撫でた。フェイリムはもう背丈がシャーロットより高いけれど、照れくさそうに撫でさせてくれる。「また戻ってくるわ。シリト村は、私とエゼル様の第二の故郷だもの。私、王都で頑張ってくる。王都でしか出来ないことを、精一杯やるの」「うん」 うなずいた彼らに、今度はエゼルが言う。「だから、フェイリムとティララもここでしっかりやってくれ。お前たちや他の村人が農村で暮らしているからこそ、僕たちもよりよい未来を描けるんだ
Last Updated: 2025-03-08
Chapter: 第28話 去りゆくもの
 荒れ狂う雪の中に一点、雪よりも白い純白の光が灯った。 それはみるみるうちに大きくなって、やがて一角獣の形を取った。 彼は蹄で空を駆ける。分厚い雪雲を切り裂いて。 彼が足を一蹴りする度に、雪崩が割れた。 彼がたてがみを振る度に、雪が消えた。 雪崩に飲まれて流されかけた人らを、彼はまとめて掬い上げ背に乗せる。 高くいなないて地を蹴れば、雪崩は完全に勢いを失った。 ユニコーンは一度空高く舞い上がると、森に向かって急降下をした。 降り立つのは、あの泉のほとり。 けれど泉に水はなく、枯れて底を晒している。「助かった……の、か……?」 エゼルが呆然として言った。 その声を聞いたユニコーンは、ぶるっと体を震わせて人々をふるい落とした。「ユニコーン様が、本当にいらっしゃったなんて」 村長が地面に伏して拝んでいる。オーウェンとメリッサはまだ自失から戻っていない。 シャーロットはティララを抱きしめながら、ユニコーンに向き直った。「ありがとう、ユニコーン。また助けてもらって……!?」 言葉の途中で絶句した。 久方ぶりに見た純白の獣は、その象徴である一角を失っていたのである。「あなた、どうして?」 するとユニコーンだった獣は、ふんっと鼻を鳴らした。『そりゃあそうだろう。乙女ではないもののために、あんなに力を使えば、魔力がなくなって当然さ』「そんな。守り神であるあなたから、力を奪ってしまったというの?」 守り手を失ったシリト村は、これからどうなってしまうのだろう。 信仰の柱をなくしてしまえば、この村は立ち行かなくなるのではないか。 そんな心配がシャーロットの心に生まれた。 そんな彼女を見つめながら、ユニコーンが言う。『僕は長らく村を見守ってきた。でも、シャーロットが来てから少し考えを変えたんだ。精霊や神様が人
Last Updated: 2025-03-07
Chapter: 第27話 雪の降りしきる山
 山の崖下にティララはいた。崖の途中にへばりつくように木が生えていて、彼女はその枝に引っかかるような格好で泣いている。 木の枝には、冬にふさわしくない鮮やかな緑の葉。不思議なまでに瑞々しい葉。ティララはそれを握りしめて、離すまいとしている。「ティララ!」 村長が叫ぶと、幼子は彼らに気づいた。「おじいちゃん!」「今、助けてやるからな。動くなよ」 村長が崖を降りようとするが、足元の雪がずるりと崩れた。オーウェンが慌てて引き上げる。「かなり足場が脆い。なるべく体重が軽い者が行ったほうがいいだろう」 エゼルが言って、シャーロットがうなずいた。「それじゃあ私ね。一番背丈が小さくて、痩せているもの」「奥様、無茶です」「いいえ、私が一番ちょうどいいの」 メリッサは女性としては上背があり、護衛という職業柄、かなり体を鍛えている。重量という意味ではシャーロットが最適だった。 皆で協力して、シャーロットの胴体にロープを結わえる。ロープの端は残った者たちがしっかりと持った。 シャーロットは慎重に崖に近づいた。村長ならば崩れた雪の足場も、彼女の体重であれば支えてくれた。 凍って滑る崖を少しずつ降りて行く。 時間はかかったが、彼女はついにティララの元へたどり着いた。「ティララ! 怪我はない?」「だいじょうぶ。でも、怖かったよお」 泣きじゃくっていたティララの頬は、涙の跡が凍ってしまっている。シャーロットは頬にそっと手を当ててから、小さい体を抱きしめた。「こんなに無茶をして、皆心配したのよ」「ごめんなさい……。でも、でも、ユニコーン様の薬草を見つけたの!」 ティララの手には輝くような緑の葉がある。この冬の寒さの中で、ひときわ輝くようなグリーンだった。本当に何かの効能がある薬草なのかもしれない。「じゃあそれをしっかり持って。ロープで引き上げてもらいますからね」「うん」 シャーロットは自
Last Updated: 2025-03-06
Chapter: 第26話 冬の訪れ
 彼らは手早く話し合って、森をこのまま探す組と山へ捜索の手を伸ばす組を決めた。 フェイリムと村人は森を、村長とシャーロット、エゼル、使用人2人は山を探すことになる。「捜索者が遭難してはいけません。安全第一でお願いします」 オーウェンが念を押した。皆でうなずいて、散って行く。「ティララみたいな小さい子が、そんなに距離を進んでいると思えないが」 エゼルが言って、メリッサが首を振った。「そうとも言えません。体重が軽ければ、大人なら雪に沈んでしまう場所でも、歩いて行けるケースがありますから」 山へ近づくと雪がだんだんと激しさを増してくる。「これはいけない。エゼル様、シャーロット様、お2人はお戻り下さい」「嫌よ!」 オーウェンの言葉に、シャーロットは強く言い返した。「ティララはきっと、1人で寒い思いをしているわ。大人の私が見捨ててどうするの」「しかし、この雪です。ご領主夫妻に万が一のことがあったら……」 村長の顔には苦悩が見えた。「村長、薬草が生えているという言い伝えの場所に心当たりはないか?」「どうでしょうか。おとぎ話ですので、具体的にどことは……あ」 エゼルの言葉に何かを思いついた村長が、目を上げる。「あの子の母親が言い聞かせていたのを聞いたことがあります。西の崖で、晴れた日には我が家からよく見える場所」「それは、どちらの方角だ?」「あちらです!」 村長が指をさす。「よし。じゃあそちらを重点的に探そう。皆、気をつけて、くれぐれも無理をせずに。雪が激しくなったら、戻るのも決断しなければならない」 エゼルが言って、シャーロットも不承不承、うなずいた。「ティララ、待っていなさい。必ず私が見つけて、家に帰してあげるから」 シャーロットの呟きは、山から吹き下ろす雪風にかき消されて消えていった。
Last Updated: 2025-03-05
Chapter: 第25話 冬の訪れ
 秋祭りが終わってから、シャーロットはユニコーンに会えなくなってしまった。  何度森へ出かけても、彼の姿は見えない。あの青い泉にたどり着くことさえできなくなってしまった。「お礼を言いたかったのに」 落ち葉が舞い散る森の小径で、彼女は残念そうに呟いた。  ユニコーンはシャーロットを助けてくれた。そのおかげでとうとう、エゼルと身も心も結ばれて夫婦になれたのだ。「まったく、『乙女の守り手』なんて面倒よね。お礼も言えないんですもの! ねえユニコーン、聞いてる? 私、あなたのおかげで幸せになれたわ。いつかきっと、また会えるわよね?」 答えはない。木々の梢を渡っていく風が、さわさわと笑い声のような声を立てるばかり。  シャーロットはお土産に持ってきた葉野菜を置いて、その場を去った。  季節は冬に近づいていく。  農民たちは越冬の支度の最中だ。貴重な豚の命をもらってベーコンを作り、野菜を酢漬けにして樽に詰める。森に薪を調達しに行って、軒先でよく干しておく。用水路の水門を閉めて来年に備える。  冬は憂鬱な季節だと、彼らは口を揃えて言った。「けれど今年は、小麦の税が3割でしたから。今まではずっと楽です。餓死者は出さずに済むでしょう」 村長が言う。当たり前の口調で口に出された「餓死者」という言葉に、エゼルとシャーロットは胸が痛んだ。  やがて初冬になり、雪が降り始めた。  シリト村は王国でも北に位置する。しかも山が近いために、一足早く冬が深まるのだ。  雪が積もってしまえば、シリト村はほとんど陸の孤島となってしまう。きれいな雪に喜ぶのは子供たちと犬だけで、大人たちはうんざりとした顔で分厚い雪雲を眺めていた。  その知らせは冬も後半に入ったある日、雪のちらつく朝にもたらされた。「領主様、奥様!」 領主の館の扉を叩く者がいた。フェイリムだ。  朝食を終えたシャーロットが玄関を開けると、フェイリムは泣きそうな顔
Last Updated: 2025-03-04
Chapter: 第24話 秋祭り
 3日目、祭りの最後の日。  この日は夜に、広場の焚き火に藁づくりのユニコーンをくべて燃やす。そして今年の感謝と来年の安寧を祈るのだ。 捧げ物に囲まれている藁のユニコーンを、男たちが担ぎ上げた。村の中を練り歩く。  子供たちがきゃあきゃあと歓声を上げながらついていった。もちろん、フェイリムとティララもその中にいる。  その間に広場の火が灯された。  やがて到着した藁のユニコーンが、慎重に炎の中に降ろされていく。  藁は少しずつ燃えて、ある時一気に燃え上がった。ぱちぱちと火の粉が飛び、村人から祈りの声が上がった。「ユニコーン様、今年もありがとうございました。無事に収穫祭が終わります」「来年もどうか、見守っていて下さい」 若者たちが何人か、この祭りの間にすっかり心を通わせたパートナーと手をつなぎ、炎の前で祈っている。  仲睦まじい様子に、シャーロットの心が痛んだ。 ――私もエゼル様と一緒に、この炎を見たかった。 仕方ないと思っても、泣きたい気持ちになった。  隣に立つメリッサが、そっと背中を撫でてくれる。シャーロットは首を振って強がった。「平気よ。エゼル様がいなくたって、私はちゃんと秋祭りを最後まで見守るわ。だって、後を頼まれたんですもの!」「頼りになるなあ、シャーロットは」 不意に、一番聞きたかった人の声がした。  燃え盛る炎を背に、シャーロットは振り返る。地面に揺らぐ影の向こう、会いたかった人が立っている。「エゼル様!」 藁のユニコーンの炎が一層燃え上がった。シャーロットは短い距離を飛ぶように駆けて、エゼルに抱きついた。  戸惑うエゼルからは、旅の匂いがする。遠い場所の空気と、埃っぽさと、汗の匂い。「どうして? お帰りにはまだ、時間がかかると手紙にあったのに」「弟が、デルバイスが話を取り持ってくれてね。それで思ったよりも早く済んだ。秋祭りを思い出して、せめて最後の日だけでもシャーロットと一緒に祭りに出たくて、急いで戻ってきた」「そうでしたの……」
Last Updated: 2025-03-03
転生したら最弱でした。理不尽から成り上がるサバイバル

転生したら最弱でした。理不尽から成り上がるサバイバル

「気づいたら異世界転生していた——が、詰んでいる」 スキルなし。魔法なし。ステータスはオール1。 雑魚魔物にすらボコられる最弱っぷりで、何なら村人のほうが強い。 おまけに理不尽イベントが次々と襲いかかってくる。 それでもユウは諦めない。 「死にたくない! 生き抜いてやる!」 這い上がるために知恵を絞り工夫を重ね、少しずつ強くなっていく。 レベルを上げ、仲間を増やし、店を経営し、鍛冶に手を出し……気づけば国と交渉して開拓村まで作っていた!? これは最弱からの成り上がりサバイバル。 理不尽だらけの世界でも、生き延びた者が勝つ! ※じっくり成長。序盤は理不尽ですが徐々に道が開けていきます。
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Chapter: 第9話 カツカツの暮らし
 冒険者になった俺は、さっそくギルド内の依頼掲示板を見てみた。 魔物討伐や素材納品依頼が定番らしいが、中にはちょいちょいショボいのもある。 落とし物捜索やら、お年寄りの散歩の付き添いなんてのまである。 流石にそういうのは鉄貨五枚とか、子どもの小遣いの依頼料だ。「すみません。この辺で安い宿屋に泊まったら、一泊いくらかかりますか?」 受付のおっさんに聞いてみると、「素泊まりなら銅貨四枚ってとこだろ」 という話だった。 つまり一日に宿代の銅貨四枚と食費を稼がなければ野垂れ死にするってことだ。 ……厳しくない? 依頼掲示板の誰でもできそうな依頼をやっていたたら、宿代だけでカツカツ。食費が出せなくて飢え死に直行。 かといって毎日野宿していたら、体が持ちそうにない。「あとそれから、解呪の巻物は一枚いくらですか」「銅貨五十枚だな」 げげっ。その日暮らしでいっぱいいっぱいなのに、その金額はなんだ。 この呪われた剣と盾とお別れできそうにない……。 俺は思わずすがるような目で受付のおっさんを見つめたが、目をそらされた。「いいか新入り、いくら厳しくてもギルドは仕事の斡旋以上の手助けはしない。たとえそれで野垂れ死んでもだ」「ちょっと厳しすぎじゃないですか」「世の中そんなもんだよ。それでも生き延びていけば、対価次第で新しいスキルの習得なんぞも紹介してやる。せいぜい一日でも長く生きるんだな」 取り付く島もない。 これ以上、おっさんとぐだぐだ問答する時間も惜しい。 俺はもう一度、依頼掲示板に向き合った。 本日は、いくつかの依頼を受けた。 一つ目は埠頭近くに住むザリオじいさんの散歩の付き添い。 最近足元がおぼつかなくなったじいさんのために、娘さんが手配した依頼だ。 二つ目は港のゴミ拾い。最近ポイ捨てがひどく、
Last Updated: 2025-03-15
Chapter: 第8話 港町カーティス
 酒場のメニューは壁際に木札が張られている。  港町らしく、魚のメニューが多い。  それからこの町は「カーティス」というようだ。「港町カーティスへようこそ!」と天井から木札が吊られていた。「ご注文は?」 さっきの娘さんがやって来た。「……煮干しで」「煮干しだけ?」「お金がないんで……」 手持ちのお金じゃそれ以外のメニューを頼むのが無理なんだよ。「あはは、了解。まあ、煮干しだって魚のはしくれだから。知恵と器用さを鍛えてくれるわよ。きみ、駆け出し冒険者でしょう。頑張ってね」 何? 今、彼女は聞き捨てならないことを言った。「食べ物によってステータスが上がるのか?」「そうよ。そんなの常識じゃない」「じゃ、じゃあ、魔力を上げるには何がいい?」「魔力なら果物じゃない? うちの店にもあるわよ、デザートで」「煮干し、取り消しで! もう一回考える」「はいはい」 何と、まさか食事でステータスが上がるとは。栄養素の問題なのか?  しかしそれにしては、十五歳の俺がステータスオール1なのはおかしくないか?  生きていれば飯は食う。十五年分食べ続けて1ってどういうことだ。  船の難破で死にかけてリセットされたのか、それともこの世界お得意の理不尽かよ。 まあいい、これから魔力を上げて解呪すればいいんだ。  俺はデザートのメニューを眺める。 ……どれも手持ちじゃ頼めない額のものばかりだった。 俺は結局煮干しを頼んで、酒場の閉店まで粘って外に出た。  もう深夜で、辺りは真っ暗。  しかし小銭を使い果たしてしまった俺が、どこかに宿を取れるはずもなかった。 煮干しだけでは腹持ちが悪い。さっきから空腹で仕方がない。  袋の中にはもう一個だけ堅パンがある。干しブドウも少しだけ残っている。  それらは俺の心の支えだ。今、食ってしまうのはためらわれた。 今の季節は春ってとこか。昼間動き回ってい
Last Updated: 2025-03-14
Chapter: 第7話 不注意一瞬、事故のもと
 地面に降り立った俺に、赤グミが体当たりを仕掛けてくる。 その動きの素早さも重量感も白グミより一回り上で、俺はやっとのことで盾で受け止めた。やっぱりこいつ、手ごわい。 呪われた剣を振り下ろす。赤グミにかすったが、大したダメージになっていない。 赤グミの動きは素早く、俺ののろまな剣がまともに当たる気配はない。 二度目の体当たりを受け、俺は降りたばかりの木に背をつけた。 防戦一方に追い込まれて、じりじりと木を回り込みながら反撃のチャンスを探す。 そうして何度目か、赤グミは助走をつけた体当たりを仕掛けてきた。これをもろに食らえば、たとえ盾で受け止めても無事でいられないだろう。 弾丸のような勢いで飛びかかってくる赤グミを、渾身の力で盾で受け――「くらいやがれ!!」 受け止めはせず、受け流すように。 木の幹に沿って勢いを流しながら、赤グミを盾ごと地面に叩きつけた。 ――まだ残っていた硫酸溜まりへと。「ピギ――――――ッ!!」 硫酸に体を焼かれて、赤グミが絶叫する。 何とか逃げようともがくが、必死に盾で押さえつけた。 やがてだんだん抵抗する力が弱まって、ついには何もなくなった。「ハアッ、ハァ……」 硫酸溜まりから盾を引き上げ、何度も荒い息を吐く。「ははっ……ざまあみろ」 ふと盾を見れば、もともと錆びてボロボロだったのがさらにひどい有り様になっていた。硫酸に焼かれたせいであちこち腐食している。 こんなでも呪われていて外せないとか、どんな理不尽だよ。 そして、ふと。『ユウのレベルが2になりました』 奇妙に無機質な声が耳元で聞こえて、俺は飛び上がった。 声はそれだけを告げた後、ふっつりと聞こえなくなる。「レベル上がったって? マジでゲームの世界だな……ステータスオープン」 名前:ユウ 種族:森の民
Last Updated: 2025-03-13
Chapter: 第6話 不注意一瞬、事故のもと
 袋の中身は少々の食料と、何色かのポーション。それに巻物がいくつか。 うち、赤色のポーションは体力を回復する。これは自分の体で体験済みだ。 では赤色以外のポーションと巻物はどうだ。 解呪の巻物は何の役にも立たなかったが、攻撃に使える巻物はないだろうか。 そう思って巻物を取り出してみたがけれど、これがどんな効果を発揮するのか皆目分からん。 そういえば解呪の巻物もニアが「これで解呪できる」と渡してきたからそういうものだと分かったのであって、俺が解読したのではなかった。 だが、それならとりあえず読んでみよう。やってみればよかろうなのだ。 解呪も失敗はしたが、白い光が出てきた。俺程度の魔力でもちゃんと発動はする。 俺はボロボロの巻物を手に取った。 開いて呪文を読み上げる。すると……「――えっ?」 ヒュン! と軽いめまいのような感覚がして、次の瞬間、俺は地面に立っていた。 場所はさっき登っていた木から十メートルちょい離れた場所か。 なんだこれ。瞬間移動した!? 木の上から消えた俺が地面に立っていると気づいて、グミどもがわらわら転がってきた。 ぎゃああああ! 俺は再び猛ダッシュして、手近な木に登った。「なんだこれ! なんだこれ! また死ぬところだったぞ」 何とか別の木に登って、俺はゼエゼエと荒い息を吐く。 やっぱり効果不明のものに思いつきで手を出すのは良くない……。 俺はとても反省した。 次。 反省した俺は、少しでも効果を確かめてから使うことにした。 巻物はもうどうしようもない。だって、いくら眺めても効果の予想ができないからな。 俺はポーションの瓶を取り出した。 赤以外では、緑色、ピンク色、透明(わずかに黄色)がある。 それぞれ瓶のふたを取り、匂いをかいでみる。 緑色のポーションは生臭い匂
Last Updated: 2025-03-12
Chapter: 第5話 異世界転生したんだって
 魔力やスキルでわけが分からなくなってしまったが、俺はもう一つ心配があった。 それは、俺が一体どうして船に乗っていたのか思い出せないことだ。 ステータスでは俺は十五歳の森の民であるらしい。 しかしそう言われても実感がない。 正直俺は、自分がもっと大人のつもりでいた。二十代とか、何なら三十歳くらいのだ。 それに時折自然に脳みそを流れていく、変な言葉や記憶たち。 某国民的RPGやら、底辺高校のヤンキーやら、バトル漫画やら。 俺にとってはこれらの方がよほど馴染みがあって、今の自分は突然どこか別の場所に放り込まれたようにすら感じる。「異世界転生……?」 スキルやらステータスやらがある以上、ここは俺が本来いた場所ではない。そう確信がある。 ならばここは別の世界で、俺自身も前の俺ではない。 それこそゲームやアニメで聞いたことのある、別の世界に生まれ変わる――異世界転生をしてしまったと考えるとしっくり来た。 船が沈没したショックで前世の記憶を思い出したってとこか。 思い出した引き換えに今までの十五歳分の記憶が消えてしまったのが痛いが、今さらどうにもならん。「いやあ、どうするかなぁ……」 俺は心の底からのため息をついた。 異世界転生したらしいと分かっても、事態は何も変わりはしない。 俺の両手は呪われた剣と盾が張り付いており、ステータスはほぼオール1で、頼れる人は誰もいない。 何もかもが絶望的だ。 けれども俺は死ぬのは嫌だった。 というか、こんなわけの分からん状態でわけの分からんままで死ぬとか、誰だって嫌に決まっている。 船の難破も、ルードみたいな性格クソ悪野郎に生肉食わせられたのも、理不尽な目に遭うのはもうコリゴリだ。 死んでたまるか。 生き延びてやる。 俺の願いは生きること……! これからこの世界で、きっちり生ききってやるんだ! 他でもない、俺自身の力で!! そう決めたら、腹の底から力が湧いてきた。 そうだ、このままじゃいられない。やられっぱなしでいられるか!「町に行ってみよう」 このまま洞窟でこうしていても、ただ時が流れるだけだ。 町に行けばスキルが習えるかもしれない。そうしたら呪いも解ける。 生きていくのに必要だった。「腹が減ったな」 これから長時間の移動をするのだ。余裕のあるうちに飯を食っておこう。 俺は
Last Updated: 2025-03-11
Chapter: 第4話 別れとオール1
 床にへたり込んだ俺の目の前に、小瓶に入った液体が差し出された。 少し目を上げるとニアがいる。「お疲れ様。最初としては頑張ったと思うわ。このポーションを飲めば体力が回復するから、どうぞ」 彼女はルードよりはよほど信頼できる。 瓶を受け取って赤い液体を一気にあおった。 味は正直、薬臭くてうまいとは言えない。 それでも渇ききった喉を滑り落ちる感触が心地よい。 すっかり飲み干すと、確かに体が楽になった。 俺は立ち上がって空き瓶をニアに返した。「それから、これも」 ニアは今度は古びた巻物を渡してきた。「これは?」「解呪のスクロール。いつまでも呪われた装備だと、困るでしょう。後で読んでみて」「ありがとう!」 まあその呪われた装備をそうと言わずに寄越したのは、そこにいるルードなんだが。 ちなみにヤツは全く反省のない顔で、肩をすくめている。「親切にしてやるのも、もう十分だな。ニア、そろそろ行くぞ」「うん」 ニアとルードは連れ立って洞窟を出ていく。 洞窟の出口でニアが振り返った。「ここから西の海岸を南に行けば、町があるから。一度行ってみるといいわ。それから焚き火の横の袋は、あなたへのささやかなプレゼント」「俺からも最後の忠告だ。森の民の尖った耳は、差別と迫害の対象になる。町に行くなら隠しておけ」「お互い生き延びていれば、またいつか会えるわ。さようなら」 二人は口々にそんなことを言って、今度こそ本当に洞窟から出て行った。 大して広くもない洞窟の中で、俺は一人になった。「さて、ニアの言う『プレゼント』は、っと……」 俺はまず、袋の中身を確認してみることにした。 背負うのにちょうど良さそうな大きさの袋の中には、カチカチに固いパンと干した果物、さっきもらった赤いポーションがいくつか、それから色違いのポーションと巻物が何枚か入っていた。 ルードの呪われた装備よりよっぽどまともである。ありがとう、ニア。「まずは装備の解呪をしないと」 赤黒く光る剣と盾は手から離れてくれず、しかもやたらと重くて不便で仕方ない。 俺はもらった解呪のスクロールを開いて読んでみた。 口に出して巻物の文字を読み上げると、装備が白い光に包まれた。 おっ、これが解呪か? そう思ったのもつかの間、剣と盾の赤黒い光が抵抗するように強まって、白い光を吹き飛ばして
Last Updated: 2025-03-09
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