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Novels by mako

見えない世界で出会った二人の約束

見えない世界で出会った二人の約束

一夜の過ちが、予期せぬ運命を引き寄せる――家族の厳しいお見合い話に追い詰められ、やけになってバーに飛び込んだ美優。彼女はそこで、目の見えないミステリアスなバーテンダーと出会い、酔いの勢いで一夜を共にしてしまう。しかし、彼に祖母の形見の指輪を託してしまったことに気づき、翌朝慌てて逃げ出す美優。数年後、偶然にも彼の会社で再会する二人。彼は大手企業のCEOだった――果たして、二人の運命の糸は再び交わるのか?見えない視線の中で織り成される恋物語。
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Chapter: 第十八夜
「弟さんのことを大切にしてるんですね」私の言葉に、陽介さんは一瞬だけ目を伏せた。「向こうはそうは思っていないだろうけどな」少し悲しげな表情を浮かべながら、彼は苦笑する。その顔には、どこか諦めが滲んでいた。「俺と弟は母親が違うんだ」その言葉に、私は小さく息を飲む。なんとなくそんな気がしていたが、やはりそうなのかと確信に変わる。義母――彼のお母様の言動や態度からも、何かしら考えがあるのだろうと薄々感じていた。「お母様は、神崎さんとのご結婚を望んでいらっしゃったんですよね?」彼は無言のまま、視線を遠くに投げる。「でも、それはどうして……」私は勇気を振り絞って問いかける。彼と神崎さんの結婚が望まれていたのなら、なぜ私のような存在を選んだのか、その理由をどうしても知りたかった。陽介さんは少し間を置いてから、低い声で答えた。「母にとって、神崎は都合が良かったんだろう。彼女なら自分の思い通りにできると思ってる」確かに、神崎さんはお母様の言いなりのように見える部分もあった。「それはたしかに……」「もしかして母もここに来たのか?」その話をしていなかったなと思いつつ、「初めのころに」それだけ答えると、陽介さんは髪をかきあげて大きく気を吐いた。「すまない」その言葉には、冷たさの中にどこか悔しさのような感情が垣間見えた。彼の母親――義母が、陽介さんの人生にどれほどの影響を及ぼしてきたのかを想像すると、胸が締め付けられる思いだった。「じゃあ、神崎さんとの結婚を拒むために、私を……?」私の問いに、陽介さんは初めて正面から私を見つめた。その瞳には、冷静さの奥に隠された迷いが映っていた。「そうだと言ったら、君はどう思う?」なんとなく彼の瞳は揺れていて、後悔が滲んでいるようにも見えた。私はつとめて明るく言葉を発する。「その理由なら、他の女性でもよかったんじゃないですか? いくらでも利益になる方はいますよね?」思わずそう問いかけた私に、陽介さんは少し驚いたように目を細めた。しかし、気を悪くすることもなく、むしろアルコールが入っているせいか柔らかな雰囲気のまま、申し訳なさそうに言葉を続けた。「自意識過剰だと思うかもしれないが……みんな、なんだかんだ俺にいろいろ求めたり、本当の結婚にしたがるんだ」その言葉に、私は一瞬言葉を失った。彼のような人だからこそ、
Last Updated: 2024-12-26
Chapter: 第十七話
あの日から、なぜか陽介さんは家へ帰ってくるようになった。最初は理由が分からず戸惑っていたが、何度か神崎さんが来た際、陽介さんが冷たく対応してくれているのを見て、彼が私の状況を察してくれているのだと気づいた。仕事を終え、今日は特に変わったこともなく普通に帰宅した陽介さんに、私はお礼を言おうと決意した。キッチンで飲み物を手にしている彼に向かって、そっと頭を下げる。「あの、ありがとうございます」突然の言葉に、陽介さんは少し驚いた様子で私を見た。何のことかと尋ねるような視線を送ってくるが、すぐに意味を理解したのだろう。一瞬、バツの悪そうな表情を浮かべる。「俺が持ち掛けた話だからな」そう短く答える声は素っ気なくも、どこか優しさが含まれているように感じられた。その時、当麻が小さな声で「ね、いっしょにごはん?」と陽介さんを見上げながら言った。「こら、当麻。わがまま言わないの」私は慌てて当麻をたしなめる。この結婚はあくまで形だけのものであり、彼に気安く接していい立場ではない。そう思っているのに。「いいよ、一緒に食べよう」陽介さんは意外なほどあっさりと了承した。私にはどこか距離を保っている彼が、当麻には驚くほど柔らかい表情を見せている。その様子が妙に温かくて、胸がくすぐったくなる。食卓を囲み、まるで本当の家族のように食事をする時間。私は陽介さんと当麻のやりとりをそっと見守りつつ、料理に視線を落とす。「水、飲めるか?」優しい声色に、当麻が頷いた……。(……どこかでこの声を聞いた気がする)曖昧な記憶が脳裏をよぎる。あの夜――バーで過ごしたあの夜、酔った私に同じような優しい声をかけてくれたバーテンダーの彼。(でも、あの人は目が見えないはず……それに、もうこの世にはいないかもしれない)妊娠が分かったあと、私は一度だけあのバーを訪れたことがあった。しかし、そこにいた別の男性に、「彼はもういない」と告げられた。その言葉が何を意味するのか、聞き返す勇気もなかった。だから当麻の父親はわからいままだ。当麻が大きくなったら、あの指輪を渡そう。あの日の気持ちのまま交換した指輪。どこかで、彼も形見の指輪を大切にしてくれているといい。そんな考えを抱えながら、目の前で笑顔を見せる陽介さんと当麻の姿をぼんやりと見つめていた。「ママ!」当麻の明るい声が、私のぼんやり
Last Updated: 2024-12-25
Chapter: 第十六夜
それからというもの、陽介さんはなぜか家に帰ってくるようになった。その理由は分からない。ただの形式的な結婚だと思っていた私には、彼のその行動がまったく理解できなかった。当麻はというと、初めは少し緊張した様子を見せていたけれど、驚くほど早く陽介さんに懐き始めた。それが何よりも私には不思議でならなかった。意外だったのは、会社で見せる冷淡で感情を感じさせない表情とは違い、当麻に向けて柔らかい表情を見せることがあることだ。その姿に、私の中にある彼への印象が少しずつ揺れ始めていた。「ねえねえ、陽介さん!」当麻が声を張り上げて、陽介さんの袖を引っ張る。私は止めようとしたが、彼は困ったように眉を下げただけで、声を荒らげることもなく応じた。「どうした?」「これ見て!」当麻は手に持っていたおもちゃの車をテーブルの上で動かして見せた。陽介さんはそれに目を向け、ほんの少し微笑む。「かっこいいな。それはパトカーか?」「うん! ママが買ってくれたんだよ!」「そうか。ママは優しいな」その短いやり取りに、私はなんとも言えない気持ちになった。普段から見せる陽介さんの無表情が、当麻の前では少しだけ和らぐ。それが少し意外だった。しかし、陽介さんの変化に驚く一方で、私は気づいてしまったことがある。リビングや廊下で、ふと目をやると、彼が額に手を当てて目の上を押さえる仕草をしている。まるで頭痛に耐えているかのように見えた。(何か余計なことかもしれないけど……)放っておけない性分の私は、頭痛に効果があるというハーブティーを淹れて、彼の部屋に持って行くことにした。ノックをして部屋に入ると、陽介さんはデスクに向かって何かの資料に目を通していた。「お茶をお持ちしました」そう声をかけると、彼は視線だけをこちらに向けた。「そこに置いておいてくれ」指示通り、そっとデスクの隅にカップを置こうとしたとき、ふと目に入った資料の一部に心臓が跳ねた。そこには、弟である悠馬さんが担当している案件の資料が並べられていた。(これは……)一つの会社名が目に飛び込み、つい声に出してしまった。「これ……」その小さな呟きに、陽介さんは怪訝そうな目で私を見上げる。「なんだ?」その鋭い問いに、慌てて首を横に振る。「いえ……」掃除婦が余計な口を挟むべきではないと思いつつ、口が勝手に動いてしまった。
Last Updated: 2024-12-21
Chapter: 第十五夜
朝日が差し込むリビングに足を踏み入れた瞬間、私は思わず立ち止まった。そこで見たのは、普段は顔を合わせることもないCEOが、静かに朝食をとっている姿だった。「……どうして?」思わず呟いた言葉が彼の耳に届いたのか、彼は顔を上げることもなく、冷静に答えた。「ここは俺の家だ」当たり前のように返され、私は一瞬、言葉を失った。この結婚は形式的なもの。彼がこの家にいることは何もおかしくないはず――頭では分かっているのに、胸の奥がざわつく。今まで顔すら見せなかったのに。当麻が「ママ、何してるの?」と小さな手を引っ張る。その無邪気な声にハッとして、私は慌てて考えを切り替えた。「当麻、旦那様がお食事中だから、少し待とうね。あとで一緒に食べよう」CEOの食事の時間を邪魔をしないようにしようとしたつもりだった。しかし、次の瞬間、不意に彼の声が聞こえる。「それは嫌味?」低く鋭い問いかけに、驚いた私は思わず彼を見つめた。そんなつもりは全くなく、慌てて首を横に振る。「いえ、まったくそんなことは……」「じゃあ、早く席について。当麻、だったよな?」CEOが当麻に向けて、少しだけ表情を柔らかくしながら問いかける。普段の冷たい印象が少し和らいで見えたのは、気のせいだろうか。「うん! 当麻だよ!」当麻が笑顔で応じると、CEOは軽く頷き、隣の席を指差した。「ここに座ればいい」その言葉に私は戸惑った。彼と同じテーブルで食事をするなんて――。「でも……」「いいから」短く言い切るCEOに、これ以上の反論はできなかった。私は当麻の手を引いて席につき、心臓の鼓動が早まるのを感じながら椅子に座った。すると、タイミングよく安田さんがにこやかに現れる。「奥様、当麻ちゃん、おはようございます」「安田さん、おはようございます」いつもと変わらない彼女の姿に、少しだけ緊張が解けて、私は挨拶を返した。「食事すぐに準備しますね」「あっ、私やります」「今日はいいですよ、私に任せてくださいな」安田さんが楽しそうにそう言ってくれる。きっと、CEOがいるから私が気を遣っているのを感じ取ったのだろう。内心、感謝しながらも当麻に視線を向けた。いきなり知らない男性がいたら緊張するだろう、と思っていたが、意外にも当麻はCEOに対してにこにこしている。「あの……CEO……」「家でその呼び方は
Last Updated: 2024-12-18
Chapter: 第十四夜
そんな気持ちを引きずりながら迎えた週末。朝から何か嫌な予感がしていた。 午後から当麻と遊びに出かけようと思い立ったが、その判断は遅すぎた。 神崎さんが家に現れたのは午後のことだった。安田さんが当麻を連れて別室に行ってくれたことだけが、せめてもの救いだった。「まだいたのね。あんなにCEOに呆れられても懲りないなんて」 リビングの高級ソファに堂々と座りながら、神崎さんは冷たい視線を向けてきた。「それはあなたが仕組んだことですよね?」 溜まっていた思いが抑えきれず、つい口にしてしまった。「なっ……!」 顔を真っ赤にして神崎さんが睨み返してくる。「本当に往生際が悪いわね。あなたみたいな人が彼の妻でいるなんて、あり得ない」「それは彼に言ってください。私は彼に望まれてここにいるんですから」 ずっと我慢してきたが、あまりにも幼稚で身勝手な行動に、苛立ちが抑えられなかった。「ねえ、誰にものを言ってるのよ? 本来なら、あなたと私は会話すらできない立場なのよ」「どうしてですか? 今こうして話しているじゃないですか」 身分や家柄を振りかざすなんて、なんてくだらない人なんだろう。そんなことでしか人を評価できないなんて、哀れにすら思えた。「いい加減にしなさい!」 彼女の手が振り上げられるのを見て、叩かれる――そう覚悟した瞬間だった。突然、リビングのドアが開く音が響いた。「何をしている?」冷ややかな声がリビングに広がる。振り返ると、そこにはCEOが立っていた。鋭い視線が神崎さんと私を交互に捉えた瞬間、空気が一変した。「CEO!」 驚いた神崎さんの声。普段の傲慢な態度は消え失せ、まるで別人のようにしおらしい様子に呆れを覚える。「いえ、あの……奥様と少しお話をしていただけで――」「話……ね」 短く言い放つと、CEOは私に視線を向けた。どうなのか、と無言で問いかけられているようだった。しかし、私が答えようとするより早く、神崎さんが彼の腕に縋るような仕草を見せた。「本当です。奥様が私を誤解しているみたいで……」「誤解?」 つい口に出してしまい、神崎さんを見据える。「それはどういう誤解なんだ?」 CEOの冷静な声が神崎さんを追い詰めるようだった。「それは、えっと……」 もちろん、彼女が嫌がらせをしていることや、先日の件を話せるわけがない。「
Last Updated: 2024-12-13
Chapter: 第十三夜
朝の日差しがダイニングテーブルを照らし、穏やかな空気が流れていた。当麻はいつものように元気いっぱいで、スプーンを持ちながら笑顔を見せる。 今朝の朝食は、オムレツにケチャップで顔を描いてみた。「これ、ママがかいたの?」 「うん、ニコニコの顔」当麻はその顔を崩さないように、慎重にスプーンを運んでいる。その無邪気な姿に思わず私も笑顔になる。しかし、すぐにあの日のことがよみがえる。招待状を私は捨てていない。きっと神崎さんがわざとやったことだろう。それをきちんとCEOに弁明するべきじゃなかったのか。今でもそう思ってしまう。彼からあんな瞳を向けられる理由はなかったのに……。しかし、あの場で何かを言ってもきっとどうにもならなかったような気もする。 きっとCEOも役立たずだと思っているだろう。それなのに。「安田さん、またクローゼットに新しい洋服が入っていたんだけど知ってますか? それにあれも……」 リビングの隅に用意されたキッズコーナー。男の子が好きそうな電車や車のおもちゃはもちろん、床にはクッション材が敷かれているそこに視線を向ける。「ああ、旦那様からの依頼ということで、昨日百貨店の外商の方が持ってきたんですよ。何か足りないものはありましたか?」当たり前のように言う安田さんに、私は苦笑する。便宜上結婚した私たちのことなど放置しておけばいいのに。 招待状の件にしても、使えない人間を妻にしてしまった。それぐらいにしか思っていないと思っていた。 なのに、こんな気遣いをされるなんて。複雑な思いになりつつ、安田さんに視線を向ける。「まさか。私たちには十分すぎるなって」 「いいんですよ。旦那様は忙しい忙しいって何も夫らしいことしてないんですから」少し怒りつつそう言ってくれる彼女に、心が温かくなった。「ママ、きょうもがんばってね」 そう言いながら、小さな口でご飯をモグモグと食べている息子の姿を見て、私は自然と微笑んだ。「ありがとう」正直なところ、神崎さんが初めて来たころは契約を破って、この会社から離れたいと考えたこともある。それでも、今の仕事を無責任に放り出すのも許されない気がして、結局は行動に移せずにいた。(それに、会社を辞めたとしても、あの家には義母も神崎さんも自由に出入りしている。状況は変わらないのかもしれない)一人でため息をつきながら、私
Last Updated: 2024-12-13
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