世界は第二の性を忘れた。 オメガも ベータも アルファも みんな平等に みんな普通に 産まれながらにして優劣があってはいけないと新薬の開発が進み、国主導で老若男女問わず全国一斉に行われた遺伝子操作。 当初、国民には死をもたらす重篤な伝染病のワクチン接種だと知らされた。 先人が抗う事なく受け入れてきた遺伝を、無理やり捩じ曲げるような試み。 国を挙げての人体実験。 第一世代から産まれた子供は、粒を揃えたように全てがベータになり、知能も運動能力も皆、同じ程度。 ずば抜ける者もいなければ、落ちこぼれる者もいない。 そんな結果を受け、男女関係なく産まれてすぐこのワクチン接種は義務化され、新薬がさらに改良された第二世代は、最良の結果をもたらした。 人類が背負った業に、勝ったとも言われた研究。 神に勝ったとも揶揄された。 そして、 世界は全てが平らになった。♢♢♢「また、来よる」「天狐様は、お行きください」「クク……。あのわらべは、甲であるな。鬼殿が可愛がるのがようわかるわ」「私はそういうわけでは」「あの芳しい香りが、我は堪らなく好きでの」 佐加江は、人がせわしなく出入りしている蔵を横目に、茅葺屋根の古い屋敷のある庭を出た。 田んぼのあぜ道を通り、黄金色した穂先を垂らした稲を指先でシャラシャラと撫でながら、イナゴが跳ぶと恐れおののき、真っ赤な鳥居が幾重にも建つ鬼治稲荷へ走る。 六歳にしては身体が小さい佐加江は途中、曼珠沙華を折り、片手に三本づつ花火のような紅い花弁の花を握りしめ、鳥居をくぐった。向かったのは、狐が祀られている社を通り過ぎ、その裏手にひっそりと佇む傷だらけの寂れた小さな祠。「鬼様、今日もお花とってきました」 昨日、供えた曼珠沙華が枯れている。背後に深い洞窟を背負った祠の扉が細く開いていることに気づいた佐加江は辺りを見回した。「鬼様!」 社裏の縁に腰掛けながら、天狐と茶をのんびり飲んでいた青藍に向かって、佐加江は蹴られた毬のごとく両手を広げて走ってくる。「なぜでしょうか。あの童には私の姿が見えてしまうのです。天狐様の結界が強く張られている、この境内であっても」「見えているのは、霊力の弱い鬼殿だけだ。我は見えておらん」 フワフワの尻尾で青藍の背中をひと撫でした天狐は、姿を消した。
Huling Na-update : 2025-04-22 Magbasa pa