バルコニーから吹きつける冷たい風に乗って、永瀬優太の声が漏れ聞こえてきた。彼の返事を耳にした瞬間、布団の中で私の体が強張り、喉が締め付けられるような息苦しさを覚えた。電話の向こうで、久藤葵が甘えるように泣きじゃくった。「優太さん、みんな私たちの結婚を楽しみにしてるの。もう待てない......早く私を迎えに来て」バルコニーに佇む優太は、薄暗がりの中でより柔和な表情を浮かべながら、愛おしそうに言い聞かせた。「いい子だから、心配しないで。約束は必ず守るからね」深夜の電話にも関わらず、彼は同僚の女優を宥めることに心から喜びを感じているようだった。寝室に戻った優太の目尻には、まだ笑みが残っていたが、ベッドに座る私を見た途端、表情が一変した。「陽菜、こんな夜中に起きて座ってるなんて、驚かせたいのか?」目の奥の痛みを押し殺しながら、私は顔を上げて微笑んで尋ねた。「あなたこそ、夜更けまで起きて愛人を甘やかすのは、さぞ楽しいでしょうね?」「愛人だと?」優太は苛立たしげに私を睨みつけた。「随分と悪意のある言い方だな。葵とは今はただの仕事上のカップル設定なんだ。そんな汚いレッテルを貼るなんて、君は葵に対して失礼すぎる」彼の厚かましい態度に、私の声は自然と震えていた。「私が失礼?芸能界で既に結婚している人が、営業上のパートナーと結婚式の話までするなんて聞いたことある?」優太は言葉に詰まり、急に目を逸らした。「今のを、聞いてたのか」落ち着かない様子で鼻を掻きながら、「仕方ないだろう。ファンが強く望んでいるんだ。俺と葵のカップリングファンは世界中にいる。ここまで葵が頑張ってきたんだ。最後まで演じ切らないと、彼女に申し訳が立たない」「彼女に......申し訳が......立たない?」心臓が痺れるような痛みを覚え、私の体は意志と関係なく震え始めた。結婚して三年。世界中が永瀬優太と久藤葵を恋人同士だと信じ込み、カメラの前で甘い雰囲気を醸し出す二人を、私はただ黙って見守るしかなかった。永瀬優太の本当の妻である私は、まるで日陰者のように隠され続けてきた。それなのに、この数年間、優太は私に対して一度も申し訳なさそうな素振りを見せたことはなかった。まさか久藤葵への気遣いを口にするなんて。では、私のこれまでの我慢は、いったい何だったというの?
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