「なぁ、霞(かすみ)。俺が作った特製のスープ、早く飲んでみてくれよ。 六時間も煮込んだんだぞ!君とお腹の子のために、ちゃんと栄養をつけさせてやりたくてさ。ほら、俺の手、火傷しかけてるくらい頑張ったんだぜ?」 エプロンをつけた男が、右手の指をひらひらさせながら冗談めかして甘えてくる。 誰が見ても、こんな姿の彼が世間で「冷徹系」と報じられている一流企業のCEOだなんて信じられないだろう。 私は猛烈な吐き気に襲われ、トイレへ駆け込んでしまった。 すぐに追いかけてきた誠司は背中をさすりながら言う。 「まったく、このガキめ。俺の可愛い霞をまた苦しめやがって!こいつが出てきたら、しっかりお仕置きしてやらなきゃな!」彼の言葉には、私への深い気遣いが込められていた。「霞、本当に苦労をかけたな。俺の子供を産むために、試験管を18回も繰り返して、さらにつわりの苦しみまで耐えて……俺は……」 言葉には心からの心配が込められていて、私が吐いたものを前にしても嫌な顔ひとつ見せず、タオルを手に取って始末をしてくれる。 結婚して五年。 この五年間、誠司(せいじ)は私を第一に考えてくれている。 ちょっとでも頭が痛いとか熱があるとか言えば、どんな状況でも飛んできて看病してくれるのだ。 周囲はみんな、「前世でどんな徳を積んだら、こんな夫と結婚できるんだ?」と羨ましがる。 でも、あの日、彼と桜庭彩乃(さくらば あやの)の会話を聞いてしまわなければ―― 私も、彼がまるでおとぎ話の中の王子様のようだと信じていただろう。 それが実際には羊の皮を被った悪魔だったとしても。 吐き気が少し落ち着いたところで、私は言葉を挟んだ。 「自分の子供だもの。どれだけ大変でも構わないわ」 「自分」という部分を強調して言うと、誠司は一瞬眉をひそめ、すぐに感動した風を装って言葉を返してきた。 「霞、本当に君には感謝してる。だから、この子が生まれたら、君の姓にしてやるよ。 小さいころからちゃんと教育して、優しい子に育てて、しっかり君に尽くさせるさ。で、あいつが成人したら星川(ほしかわ)家の全てを任せるんだ。俺たちは世界中を旅してのんびり暮らそう。これくらいしなきゃ、君が十月十日もお腹に抱えてくれた苦労に報われないからな」 誠司の頭の中でカチカチと計算
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