第2話

夕食の時間になって、父親の繁幸が帰ってきた。

食卓では、いつも通り真澄が父に甘えながら誕生日プレゼントをおねだりしている。母も気を利かせて父のお皿に料理を取り分けている。

そんな家族団らんの光景を横目に、私は完全に無視されている自分に気づき、思わず考え込んでしまった。

【お父さんが真澄を見る目......あれ、絶対普通じゃないよね。まるで女を見る男の目。お母さんはそれにも気づかず、料理なんて取ってあげちゃって。

ああ、やっぱり真澄が妊娠した子どもって、お父さんの子なんだ。ここにいる男たち、全員ぶりっ子好きってわけね。

でもまあ、お父さんが真澄に惹かれるのはわからなくもないかな。真澄って、お父さんの初恋の人に少し似てるしね。昔、お金のためじゃなかったら、お父さんは母と結婚しなかっただろうし。こうして家を手に入れた挙句、真澄と組んでお母さんを落としめるなんて、さすが手練れね】

バタン。母の手から箸と料理が床に落ちた。兄たちも驚いて、手を止めている。

黒い制服を着た使用人がさっと駆け寄り、落ちた箸を拾いながら母に新しい箸を差し出した。

「ありがとうございます、環さん」

母は顔を真っ青にしながらもお礼を言い、深呼吸して平静を保とうとした。

「どういたしまして、奥様。また何かあればお声かけくださいね」

その「環さん」と呼ばれた女性を私はじっと見た。

【あれ、この環さん......どこかで見たことある気がする。えっと......】

母と兄たちが一斉に視線を向ける中、私は思い出した。

【ああ、そうだ。お父さんの愛人じゃない。やっぱりお父さんは浮気三昧か。環さんも環さんで、この歳でまだそんなに欲求不満だなんて......ほら、首元にちゃんとキスマークまで残してるし。お父さんって、意外と母性に惹かれるタイプだったのね。それで環さんは贔屓してもらって、真澄とも張り合える立場にいるわけか。

でもね、男は結局若い子が好きなんだから、結局二人とも環さんの若い娘に負けるに決まってるわ】

母の手から再び箸が落ちた。

その時、環さんがタイミングよくしゃがんで拾おうとしたが、母は彼女のセーターの襟元を引っ張り、中を覗き込んだ。そこにしっかり残る赤い跡を見て、母の表情が険しくなった。

「これはどういうこと？」母は怒りで息を荒げながら問い詰めた。

環さんは一瞬動揺したものの、すぐに冷静さを取り戻し、穏やかに答えた。

「奥様、これは私のプライベートな問題ですので......」

「そうだよ、お前が口を出す話じゃない。環だって長いこと独身だったんだから、恋人がいても不思議じゃないだろう」父が割って入った。

母は父を鋭く睨みつけると、再び環さんに向き直った。

「あなたに言ってるんじゃないわ。環、もう一度聞くわよ。これはどういうこと？正直に話さないなら、この家から追い出すわよ」

環さんは涙を浮かべながら、必死に訴えた。

「奥様、これは私のプライベートです。尊重していただけないなら、自分から出て行きます......」

真澄が環さんを庇うように声を上げた。

「お母さん、環さんにはこれまでたくさんお世話になってきたんですから。プライベートがあるのも当然です。それをどうして掘り返すんですか？」

そんな光景を見ながら、私は頭の中で考えがぐるぐる回っていた。

【お母さん、さすがだわ。こんなに早く察するなんて。でも、なんで真澄が環さんを庇うの？絶対何か裏があるに決まってる】

「真佑、お前、いい加減にしろ！」他の人が何も言う前に、真弘が私に向かって怒鳴った。「変な噂を広めるのはやめてくれ！」

私は無邪気な顔で笑ってみせた。「真弘兄さん、私、何も言ってないよ？」

「しらばっくれるなよ......」

【あっ、わかった。環さんがいなくなったら、真弘兄さんに薬を盛るのを手助けする人がいなくなるんだ。それがバレるのを恐れてるんだね、きっと。いやらしい方法で手を汚さずに人を追い詰めるなんて、ほんと悪女ね】

真弘は一瞬動きを止め、飲み込むように口を閉じた。