夜が明けても、夫と息子は帰ってこなかった。文香が寝室のドアを開けても、目に映っているのは空っぽのリビングだった。手にあるスマホのバイブがいきなり鳴った。画面を見ると、知輝からのメッセージ通知が届いていた。【ごめんね、会社に急な会議が入って、先に出かけて、ついでに翔明を幼稚園まで送った。朝ご飯はテーブルに置いてあるから、食べてね】そんな下手な嘘をバラさずに、文香はただ【うん】と返事して、そのまま出かけた。文香にはまだやらなければいけないことがあるから、そんな芝居をしている場合じゃないのだ。文香はタクシーで火葬場に向かい、予約手続きをした。スタッフはコンピューターで死者の情報の登記をしながら、「遺体の方はどなたでしょうか?」と尋ねた。文香はただ「私です」と淡々と答えた。スタッフは入力している手が一瞬で止まった、同情にあふれた表情で文香のほうに向いた。まだ若いのに、可哀想だな。不治の病だろうか?と、スタッフが思っていた。文香はその同情な表情を無視して、言い続けていた。「10月22日に浅奈市の9棟別荘に来て、私の死体を火葬場まで搬送してもらえますか?」スタッフは驚いた顔で文香を見た。どうして自分の死ぬ日にちまでそんなにはっきり知ってるんだ?と。「ではお骨はどう処置すればいいのですか?ご家族に連絡しましょうか?それとも……」文香は首を横に振った。「いいえ、追加費用を支払いますので、火葬したら、遺骨をそのままばら撒いてください」と答えた。ミッション世界を抜け出した後、文香の魂は元の世界に戻り、肉体はこの世界で死亡扱いされる。しかし、文香は夫と息子が墓参りもできないように、完全に消えるつもりだった。会計が終わったら、文香はスマホを持って出ていった。遠くないところに座っている3人がはっきり見えた。文香の夫は清良を腕に抱きしめて、優しく慰めていた。文香の息子も気を遣って、涙拭き用にハンカチを渡した。まるで家族のように平和だった。文香が声をかけるまでは。「何をしてるの?」文香を見た瞬間、知輝と翔明は慌て出した。知輝はすぐに腕にいる清良を放して、翔明も父と同じように棒立ちになって、すぐに清良と距離を取るようにした。文香は近づき、知輝を見ながら、「会社に行ったんじゃないの?」と聞いた。
車内の空気は一瞬で気まずくなってきた。知輝が何か言おうとするところで、運転手が車を止めた。「博多会長、レストランに着きました」四人で個室に入ったら、知輝は文香がクーラーに近い席で寒くないか心配し、席を変えてあげたり、お茶を注いであげたり、手を温めたりしていた。表では、確かに完璧な夫に見えた。レストランの店長がいきなり丁寧にプレゼントを持って入るまでは。店長が個室に入ってきた、礼儀正しく知輝、清良と翔明の前に立っていた。「博多会長、奥様、お坊ちゃま、御三方で我がレストランにいらっしゃって、今日で99回目です。去年と同じ日に、お二人はここで結婚記念日のお祝いをなさいましたが、博多会長と家族で毎年、幸せであることをお祝いするために、今年は記念日プレゼントとお祝いのケーキをご用意いたしました。」お祝いの言葉をかけた後、店長はプレゼントを渡した。しかし渡したプレゼントを受け取る人はいなかった。ただ死のような沈黙が続いていた。店長が困惑しているところで、文香が笑い出した。その笑い声で、知輝は我に返った。怒り出した知輝は店長から渡したプレゼントを振り払って、隣の文香に指を差して、冷たい態度で言った。「何を言ってるんだ?あいつはただ俺の秘書で、こっちこそ俺の妻だ」「それに99回ってなんだ?覚え間違えたんじゃないか?俺たち家族でこのレストランに来たのは初めてなんだ!」店長は信じられないような顔で交互にしっかりと文香と清良の顔を確かめて、また言葉を発した。「しかし……」「もういい、出て行け!」今回、知輝の目つきから表しているのは警告と嫌気だった。店長はようやく気づいて、慌てながら謝っていた。「すみません、すみません。覚え間違えてしまいました」店長が出て行ったら、知輝はすぐに文香の手を取って、焦っている顔をしていた。「文香、誤解しないで。このレストランに来るの本当に初めてなんだ」そう言ったら、息子の方に向いた。「そうだよ、ママ」翔明も母のところに来て、隣りに座って、焦りながら母の腕を掴んでいた。「パパに連れられてきたのは本当に初めてなんだ。嘘をついたら針千本!」清良は文香の隣で慌てて文香の機嫌を取っている知輝と翔明を見て、すこし嫉妬しているような顔した。手に隠している爪は一瞬、手のひらを引っ掻いていた
もう一度目が覚めたら、文香の目に映っているのは白い天井だった。消毒液の刺激的な匂いが鼻を突き、鼻が痒くなってきた。ナースカートを押している看護師が入ってきて、薬を替えようとしたら、目が覚めた文香を見て、嬉しそうにベッドの前に駆け寄った。「奥様、やっと目が覚めたのですね!」「奥様が気を失われていたここ数日、博多会長とお坊ちゃまはどれほど心配したことでしょう。寝ずにずっとそばにい続けていらっしゃっただけでなく、全市で一番優れた医者にまでご連絡なさって、奥様のご無事を祈るためにも、市外の昭安寺に参拝にいらっしゃたのですよ」「全部で999段の階段ですよ。額ずきながら上がっていらっしゃったらしいです。トレンドにも乗っていましたよ!」言い終わったら、看護師はスマホを文香の前に渡した。動画で、知輝と翔明の二人は額ずきながら頂上にあるお寺へ上がっていた。昭安寺では願いが叶いやすいらしいから、額ずきながら上がって参拝しに行く人は珍しくない。しかし親子で一緒に額ずきながら上がっていくのは、初めてだった。だから、スマホで撮っていた人もたくさんいた。動画で、二人は三跪九叩頭の礼をしながら、震えている声で文香が早く目が覚めるよう祈っていた。しかしそんな姿を見て、文香は皮肉にしか見えなかった。もし本当にそこまで自分のことを愛しているなら、どうして事故の時には自分を放っておいて、清良を守ったでしょうか?文香は目が覚めたことはすぐに知輝と翔明に知られた。二人は自分の傷口も処置せずに、夜中に車で市外から病院に戻って、文香の病室に入ってきた。文香をギュッと抱きしめてた。男が情緒の制御ができない姿を見たのは2回目。ただ今回は、自分の息子もいた。二人の泣き腫らした瞼と震えている体を見ても、文香は全然感動もしなかった。ただ感情が麻痺しているようだった。自分が死んだほうが望みどころじゃない?あいつらの望んでいるように清良と家族になれるから、そっちのほうがいいんじゃない?どうしてまたそうやって、自分の前でそんな芝居をするの?知輝と翔明は長時間泣いていて、色々話していたけど、文香はやはりなんの反応もなかった。二人は文香を放して、その冷たい表情と嘲笑っているような目を見て、ぼんやりとしていた。事故当日のことを思い出したの
涙が一雫、また一雫画面に落ちていた。文香は不意に頬を触ってみたら、いつの間にかもう涙が止まらなくなったと気づいた。もうすぐ帰るというのに、もう悲しまなくていいと自分に言い聞かせたのに。これだけの挑発的な画像と動画を見て、文香の心はやはり針に刺されたように、息ができないほど痛かった。知輝と翔明は深く文香のことを愛していることは知れ渡っているが、文香自分も本気で愛していた。知輝は億万長者だが、耐えられないくらい孤独だった。そんな知輝に文香はいつも必要な時にそばにいて、一緒に誕生日を祝ってあげたり、雨の日に傘を送ってあげたり、遅くまで知輝の帰りを待っていたりしていた。知輝が少しでも寂しく感じたら、振り返ってみれば、文香は必ずそばにいた。翔明も言うまでもなく、十ヶ月間妊娠して、翔明を産むために命もかけてしまうところだった。文香は翔明の成長を見守って、人との接し方を教えてあげてきた。心の底で一番優しい愛を、文香は全部自分の夫と息子に捧げた。しかし本気な愛で得られるのは本気な愛ではなく、裏切りだけだった。文香はこれ以上見るのをやめた。そのままスマホの画面をオフにした。ずっと向こうから返事が来ないから焦っているのか、清良はまた電話をかけてきた。今回はもう昔のような卑屈で丁寧な口調ではなく、自慢と煽りばっかりの口調で話してきた。「奥様、写真は見たでしょ?この一年間、知輝とお坊ちゃんが私と一緒にいる時間は、あんたよりもずっと長いわ。まだ愛されてると思わないでよね。もしまだあんたを愛してるというのなら、私の存在はなんなの?自覚を持ってるのなら、早く譲りな!」そうね。もし知輝と翔明はまだ自分のことを愛しているというのなら、清良の存在はなんなの?文香は何も言わなかった。ただ静かに録音して電話を切った。知輝が入った時に、ベッドで横になって、瞼を腫らしている文香も見た。見れば泣いたばっかりだと分かるような姿だった。知輝は心が動揺していた。すぐに文香のところに行って、頬を持ち上げて、しっかりと確認していた。「文香、どうして泣いたの?何かあったの?」文香は何秒間もただ静かに知輝の顔を眺めていた。自分の夫はそこまで上手な演技ができるとは、知らなかった。深呼吸をした後、文香は「別に。ただいきなり何枚かの写真と動画が流れてきて、感動しただけ
夜、ずっと沈黙していたシステムがいきなり現れた。「宿主、この世界から解放されるまであと3日間です。準備をしておいてください」文香は「分かった」と頷いた。窓の外を眺めると、満月がどんどん雲に侵食されているのが見えた。もうすぐだ。もうすぐこの世界から永遠に離れて、知輝と翔明とも会えなくなる。そう思いながら、文香は楽そうにニヤけた。解放三日前。文香はこの世界に残した痕跡を全部消した。このミッションの世界に来てから十年間、文香と関わった品物は何箱も詰まった。箱に入れた1個目は、高校時代の国語授業で受けたテストの問題用紙だった。問題用紙は特に目立つところはないが、知輝がその上に書いた【知輝は文香に一心一意】という1行が特別だった。入れた2個目は、プロポーズされた日に知輝が文香につけた指輪だった。知輝が自分の薬指に指輪をつけたあの表情、文香は一生忘れられなかった。商業界で知れ渡ったあの大物が、自分の腕の中で震えながら声を出して泣いていたとは。その上に、何回も何回も、【文香は、ようやく俺のものになった!】と呟いていた。……この中のすべてのものを、文香は気をつけながら保存して、大切に集めていた。知輝と年を取ったら、子どもたちにそれぞれのエピソードを話すつもりだった。今はもう、そんな必要はない。文香は別荘の庭で火をつけて、それらを全部火の中に捨てた。メラメラに燃えている火を見て、文香は未練もなく正反対の方向に歩いて行った。振り向くこともなかった。解放二日前。文香は先日、清良に送られた挑発的な画像と動画、それから電話の録音も全部USBメモリにコピーした。そしてタクシーで都市のビジョン広告センターに来て、USBメモリを広告掲出関連のスタッフに渡した。「明後日、全市に屋外ビジョンにこのUSBメモリにある内容を掲出して、ループ再生してください!」スタッフはちらっとそのUSBを見て、顔に「驚き」しか書いていないようだった。噛み噛みでちゃんと喋る事もできなかった。「い、伊織さん、本気ですか?」それに対して、文香の顔色は落ち着いていた。「本気です。掲出してたら、一番上のところに字幕もつけてください。『伊織文香は博多知輝、博多翔明、江橋清良の3人家族が、幸せで、永遠に離れないように祈っています』と表示して」解
やはり、その着信音を聞いた知輝は、一瞬スマホを見た。そして文香避けているように、少し離れてから電話に出た。向こうの清良と何を話したのか、その男は顔色が微妙に変わって、切る時に翔明のほうも向いた。その後、息子と何か話したのかは分からないが、二人で文香の方に歩いてきた。「文香、翔明とちょっと用事があって、行かないといけないから、先にタクシーで帰って、記念日のお祝いはまた次にしよう、な?」息子も一緒に連れて行かないといけない用事とは?どうせ清良に付き合ってあげるだけでしょう?あまりにも下手な嘘だけど、文香はもうバラす気力がなかった。顔を上げて、目の前で一緒に自分が頷くのを待っている2人を見て、「ふふ」と笑って、ゆっくりと口を開いた。「分かった。気をつけていってらっしゃい」知輝はその一瞬で気を抜いた。息子を抱き上げて、学校の正門へ向かおうとしたら、いきなり何か思い出したかのように、また引き返して、文香のほっぺたにそっとキスをした。「文香、次は絶対に盛大なサプライズを用意してあげるよ」言い終わった後、また後ろに向かって歩いて行った。まだ何秒も経っていないのに、文香の声はまた後ろから届いてきた。「知輝、翔明」その声を聞いて、知輝と翔明は無意識に振り返ろうとした時に、「前を向いて、振り返らないで」「ただ『さようなら』と言いたかっただけ」と、文香が言った。強調しているように、「さようなら」という言葉は、もっとゆっくりに言っていたが、知輝は全く気づいていないようで、ただ笑って文香に手を振った。翔明も小さな手を振って、「ママ、またね」と返事した。そして、一緒に学校から出て行った。文香はただその場に立っているだけで、夫の息子のだんだん遠くなっている姿を眺めていた。完全に消えるまで、じっと見続けた。文香はようやく視線をそらして、1人で校舎で歩き回っていた。あっちこっちも青春を感じて、あっちこっちも知輝との思い出が詰まっていた。教室に入ったら、あの時、自分の後ろに座っていたあの綺麗な顔をした少年の姿が頭に蘇った。少年は顔を赤くして、自分の制服に指を当てながら、「文香、俺たち、付き合わない?」と聞いた。桐の下まで来たら、あの少年が自分の手を取った光景が頭に蘇った。月夜で、少年は桐に丁寧に文字を刻んでいた
一方、上半身を裸にした知輝は腕の中の女を抱きしめ、次第に不安を覚えた。今日息子と一緒に別れを告げた時に、文香のあの淡々で、まるで見知らぬ人のような顔を思い出して、知輝は動揺してきた。しかし、その胸を触っている清良は全く異常に気付かず、桃色の唇を男の頬に落とそうとした時、男はいきなり清良を突き放した。「あなた?」清良は困惑している顔で、知輝を元のところに引っ張ろうとしたが、知輝はそれを完全に無視して、そのままベッドから降りて、ひどく破られたシャツを手にとった。ボロボロなシャツを見て、知輝は少し嫌気が差した。またそのシャツを地面に落として、タンスから新しいシャツを取り出し、ちゃんと着てから出て行こうとした。「あなた、どこに行くの?」急いでドアに向かっている知輝を見て、清良も焦りながら裸足でベッドから降りてきたが、知輝に止められた。「息子とちょっと家に帰ってくる。大人しくしてよな」警告のような言葉を聞いて、清良は足を止めた。仕切りのカーテンの後ろから寝ぼけている翔明を抱き上げてきて、階段を降りていったのをただ見ているだけだった。清良は軽く唇を噛んで、結局スリッパを履いてついて行った。別荘のドアを開けた瞬間、配達員がドアの前で立っていた。「江橋清良さんのお宅ですか?」清良は知輝と翔明より前に出て、頷いた。「私が江橋清良です。どうしましたか?」荷物の邪魔にならないように、配達員は横の方に行って、2つの大きなダンボールが3人の目に映った。「こちらは伊織文香さんからのお届け物です。どうぞお受け取りください」「伊織文香」という名前を聞いて、知輝も不意にダンボールのほうに目が行った。父の腕で寝ぼけている翔明も一瞬で目が覚めた。「ママ?」清良自身も頭がこんがらがって、二人の反応を見る余裕がなかった。サインをして荷物を受け取ったら、清良はしゃがんでダンボールを開けながら、困惑な口調で言った。「あいつからの届け物?」知輝も子どもを下ろして、あの2つのダンボールのほうに行った。次の瞬間、箱に入っているものを確かめたら、清良はいきなり動きが止まっていた。それから、あるものを取り出した。「これは……」男は取り出されたものを見て、すぐにその箱を開けて確かめていた。中に入っているのは、
中身は何もなかった!空っぽなリビングで、まるで誰も住んだことがないように。急いでついてきた翔明は無意識的に文香のことを呼んでいた。「ママ?」「ママ!」しかしどれほど叫んでいても、返事がなかった。翔明はとうとう焦りだした、涙を堪えながら知輝の手を引っ張っていた。「パパ、ママは?」知輝も冷静を失い、すぐにスマホを取って文香に電話をしたが、届いたのは冷たくて機械的な女声だけだった。【この電話番号は現在使われておりません】それを聞いた翔明は、ついにえんえん泣き出した。「ママに会いたい!」文香の行方不明のことはすぐに全市で広がった。しかし、二人にとって一番のピンチは知輝の浮気の噂だった。知輝と清良のくっついている写真は全市の屋外ビジョンで丸一日ループしていた。本人に大金で撤回させられたが、結局それを見た人に容赦なくSNSにアップされて、トレンドに乗ってしまった。それから、博多財団の株は下がっていく一方だった。知輝は株主にまで疑われて、早々と退位した知輝の父に会長を変えるようお願いした株主もいた。一方、翔明は幼稚園でいじめれられるようになった。「お父さんみたいな恥知らず。自分を産んだお母さんを捨てて、浮気相手のことを『ママ』って呼ぶ恥知らずだ」と言われていた。子どもたちはそれらの言葉の意味が分からなが、親の言ったことから学んで、そのまま使っただけだった。翔明はまだ幼いが、悪口だということは分かっていた。更に、先生にも嫌がられて、嫌われて、学校に行くことも怖くなり、毎日別荘の隅っこで隠れてこっそり泣くようになった。しかし、清良が妊娠したことで、知輝は息子のことを構う暇はなかった。清良は浮気相手だということが公開された後、会社でクビになった上で、隣の住人にもゴミなど投げられて、「この住宅団地から出ていけ」とか散々言われていた。最後、行き場のない清良は知輝のところに行くしかなかった。だが、知輝は全く入らせる気はなかった。屋外ビジョンで映された写真と動画はどこからか、調べてもらったら、清良がこっそり文香に送ったものだと分かった。すると、知輝はイライラしてきた。当時、清良と付き合った頃には、自分との間のことを文香にバラしてはいけないと、はっきり注意をした。外で皆から
翔明はその光景を見て、全然嬉しくなかった。でも母に言われたことを思い出して、またすぐに涙を拭いた。もうすぐ小学一年生だから、もう泣いちゃだめだ。新郎新婦が口づけを交わしたあの瞬間、システムがまた現れた。「ミッション達成です。おめでとうございます。すぐにミッションの世界から抜け出しますか?」文香はにこにこしながら、目の前の颯祈を見ていた。笑顔で目と目が合って、二人は同時に頷いた。「はい」白い光に包まれて、すべてが消えた。再び現実世界に戻ってきたら、二人はもう小久江家の別荘にいるが、まだあのドレスとスーツを着ていると気づいた。静かな夜に、二人の結婚式は幸せな笑顔で幕が下りた。翌日の朝、二人は奈々を連れて、颯祈の両親の住んでいる家の前でコンコンとドアを叩いた。ミッションの世界に行く前に、二人はすでに颯祈の両親に海外旅行で結婚式を行うと伝えておいた。文香に渡された結婚写真を見て、颯祈の母は笑いが止まらなかった。ずっと「素敵な写真よ」だと褒めていた。夜に、奈々は颯祈の母と一緒に寝て、夫婦二人は久しぶりに一緒に寝ていた。颯祈は文香の頭を撫でながら、細い声で名も知らない鼻歌を歌っていた。「文香、僕たちの未来はまだ先だよ」文香は微笑みながら、颯祈の手を取った。「うん、ずっと一緒にいよう」また結婚記念日を迎えた。颯祈は奈々がまだ学校にいるうちに、こっそり文香をフランスに連れてきた。ミッションの世界で結婚式を行った教会で、もう一度結婚式を行った。「どうしてここに?」長い口づけで、文香はもう息が絶え絶えになって、ようやく颯祈に唇から離れられた。力が抜けた文香は、荒い息で颯祈の胸に寄りかかるしかなかった。颯祈は文香のほっぺたにそっとキスをしてから、笑顔で気持ちを伝えた。「あの時、僕たちはもう結婚してるけど、文香がウェディングドレスを着て、子どもを連れて僕のところに歩いてくる姿を見て、ようやく実感したんだ。文香は本当に僕の妻になったんだなって」「でも、ミッション世界での結婚式は、あくまでも本当じゃなかった。だからこの世界で、同じ教会で改めて行おうって思ったんだ」「文香、結婚してくれてありがとう。」文香がそれを聞いて、目が濡れていた。愛の言葉は、実はそんなに長く必
文香は深くため息をついた。「翔明、初めてパパに清良のところに連れてってと頼んだ時から、もう私の子じゃないわ」「前回はもう言ったでしょ?あんたの今やるべきことは間違いを認めて、ちゃん直して、立派な大人になること。その他に私に関することは忘れてって」翔明は瞼から零れた涙を拭いて、手を伸ばして抱っこを求めていた。「反省してるよ、ママ。最後にもう一度抱っこしてくれる?」文香は翔明を見て、動かなかった。「反省してももう遅いわ、翔明」それを聞いた翔明はまた涙が零れそうになった。でもやはり諦めずに、もう一度お願いをした。「お願い、ママ。抱っこしてーー」「ママ」その時、颯祈が奈々を抱き上げてやってきた。「お母さん、その子、可哀想。本当に抱っこしてあげないの?」奈々の話を聞いて、文香は奈々の頭を撫でて、微笑みながらこう言った。「もし悪いことをして、奈々を傷つけた人たちはみんな、最後に泣きながら奈々に許しを求めてたら、奈々は許してあげるの?」奈々は少し考えてから、首を横に振った。「許さない」「でしょう?」「知輝、翔明、これが最後のお別れよ」それを聞いて、知輝の顔は真っ青になった。つまり、文香はこの世界から抜け出して、永遠に帰ってこないということだ。翔明はまた泣き出した。「ママ、どこに行くの?行かないで!」「翔明、あんたはもう6歳よ。もうすぐ小学一年生でしょ?もうそんなふうにギャーギャー泣かないで」知輝は文香の手を握りしめながら、目の前の女をじっと見つめて、永遠にその顔を記憶に刻みたかった。最後に、苦笑いが知輝の顔に浮かんだ。「分かった。でも翔明は10ヶ月間も宿していたし、あんたは……」「そう、確かに10ヶ月間も宿して産まれた子だけど、忘れたの?出産した後、私の体調はずっと優れてなかったから、あんたに清良のところに連れて行かれた時間は家で私と一緒にいた時間よりも多かったわ。本当に計算すれば、清良のほうが母親らしいじゃない?」文香が知輝と翔明に言い聞かせたことは全部事実だった。「それに、この世界で、私はとっくに自分の身分に関する情報を全部抹消したわよ。あんたこそが唯一の親よ。私とはただ何の関係もない他人だわ」言い終わったら、文香は二人の反応を見ず、そのまま振り返って、颯祈と奈々を
病院での話が効いたか、知輝と翔明はもう二度と文香に会いに来なかった。文香もあの二人を構う暇はなかった。今一番大事なのは颯祈との結婚式のことだ。人生一度きりの結婚式に、文香は全力を注いでいた。パリで一番人気なデザイナーは全部小久江家に集められて、文香のためにウェディングドレスをデザインしていた。ドレスの様式から生地まで、全部こだわっていた。十数名のデザイナーは午後から夜になるまでずっと文香と相談していて、ようやく大体の様式が決まった。あくびをしている文香を見て、颯祈は文香の腰を軽く揉んで、「疲れた?」文香はにこにこしながら、「ちょっとね」と言った。結婚式の準備は大変だが、幸せが溢れ出ていた。自分のことが大好きな二人は準備中で、ずっと付き合ってくれるから。日曜日、夫婦二人は子どもを連れて、結婚指輪を作ってもらうために店に行った。ついでに奈々にも結婚プレゼントとして、ブレスレットを作ってもらう予定だった。珍しく散歩日和だったから、3人は車ではなく、歩いて街まで行った。楽しく話していた途端、文香の表情が曇った。その視線先に、颯祈は向こうの知輝と翔明が見えた。いい天気だから、知輝は先生の指示で、翔明に日光を浴びらせるために外に連れてきた。街の景色があまりにも綺麗だったからか、二人も遠い所まで来た。これで同じく子どもを散歩しに連れて来た文香とばったり会った。「文香……」「ママ……」二人は色々な感情が混ざった顔で文香のほうを見て、申し訳無さばかりの口調で呼んだ。文香は見向きもせず、そのまま前へ向かおうとしたが、その時に、トラブルが起こった。制御不能になった車がこちらに向かって走ってきた。元々自分の方向に走ってきた車が、何故かいきなり道を変えて、自分の後ろの方にぶつかりに来た。子どもが……!その瞬間、文香はすぐに後ろを向いて颯祈と奈々を突き飛ばした。「危ない!」突き飛ばした衝撃で、3人は路上で転んでいた。一方、知輝と翔明は自分たちを無視して、考えもせずにその夫と娘の方に向かって突き飛ばした文香を見ていた。その制御不能になった車にすぐに気づいて、なんとか避けたが、結局擦り傷ができてしまった。目の前の文香は膝立ちで、焦りながら奈々の体を上から下までしっかり
泣き声は病室の外まで届いた。外で待っている知輝はそれを聞いた瞬間、入ろうとしたら、出てきた文香とばったりぶつかった。文香は知輝の顔を見て、「ちょっと話そう。翔明は看護師に見てもらおう」と言った。廊下の突き当たりの待合室で、文香は目の前の人を見て、色々な感情が心に渦巻いていた。「知輝、なんで浮気したの?」知輝の浮気を知ったあの日、文香は色々考えていた。自分の原因も、周りの原因も、知輝自身の原因も色々考えていた。なのに今でも、知輝の浮気の本当の原因が分からなかった。もしただ飽きて、愛が冷めただけだったら、自分にはっきり言えばいいのに。どうして内緒で清良のところに行くの?文香は分からなかった。理解もできなかった。知輝は表情が固まった。再会してから最初の話題について色々予想していたが、まさかそう聞かれるとは思わなかった。どう説明すればいいだろう?時間を経て、知輝自身も当時浮気した理由を、忘れてしまった。でも1つだけはっきり分かっている。それは、あの時文香との関係を壊して、息子に悪影響をもたらしたのは、全部自分だということだ。文香も知輝からの返事を期待していなかった。ただ窓の外を眺めながら、落ち着いた口調でまた話しだした。「知輝、1つ秘密を教えてあげよう」「実は、私は攻略ミッションの執行者なの」「あんたを落としたのはミッションだからだった。ミッションだったけど、本気で、自分の愛を全部あんたに捧げたの。あんたを好きになったから、ミッションを果たした後でも、帰ることをやめて、誰に何を言われてもこっちに残って、あんたと結婚して一緒に暮らすことを選んだの」だから当時はシステムに笑われた。見てきた執行者の中で、愛のために残ったのは自分だけだと。システムは止めてみた。自分より前にミッションを果たしに来た人たちはみんな、果たした後迷いもせずに、報酬をもらって世界から抜け出したと言った。その人たちは分かっていたから。なぜ童話のエンディングはいつも結婚までだと。だって、結婚した後の生活は理想とはかけ離れてしまうから。それに簡単に攻略できる人なら、他のみんなもきっと簡単にできるということだ。その上、残ることを選んだ方のエンディングもシステムによってすでに決まったものだった。生き別れか死亡のどちらかだった。
「翔明、以前教えたでしょ?礼儀を守って、嘘をついてはいけないって。でもあんたは清良に会いに行くために、私に何度も嘘をついたでしょ?私があげないお菓子やおもちゃを清良があげるからって、事故の時に清良のほうを守って、清良に会いに行くために私に嘘をつくの?」文香はもう怒らないと思っていたが、本当に翔明と再会した時に、やはりイラッとした。命懸けで産んだ子に対して、文香はとても期待していた。だから「翔明」と名付けた。空を翔ける鳥のように、明るい未来を迎えてほしいと願っていた。嘘をつくことを教えた覚えはなかった。なのに知輝の影響で、何度も自分に嘘をついてきた。「チャンスはもうあげたわ。初めて私を避けながらパパと一緒に清良のところに行く時に、私は『どこに行くか正直に言って』って言ったの。『本当に清良の別荘じゃなくてそこに行くのね?』って何度も確認もしたの。なのにあんたの答えは?」知輝の浮気を知った時に、文香は「大丈夫。まだ息子がいるから」と自分に言い聞かせた。だから、すべての愛を自分の息子に捧げた。息子がもう少し成長してから、知輝と離婚して息子を連れて行くことまで考えていた。そんな自分からすべての愛をもらった息子にとって、結局自分のことがどうでも良かった。「お菓子を禁止したのは、あんたの胃が弱いから。食べたらただ下痢だけならまだいいけど、病院に入っちゃったらもう知らないわよ毎回病院で検査を受けた時にも、先生に何度も注意されてたのに、本当にちゃんと聞いてたの?それにそのおもちゃも、あげないわけじゃないけど、バイキンがついててアレルギー反応を起こしちゃうおもちゃもあるからよ。アレルギーで病院に入っちゃったらどうするの?だから私があげたのは全部消毒済みのものよ。けど清良があげたのは全部、質が悪いだけじゃなくて、消毒もしてないものだったよ。本当、今まで生きてこれたのは奇跡だわ」と、少し皮肉に聞こえる語尾で、文香ははっきり言った。1年間の別れを経て、翔明はもう反省していた。母の叱責を聞いて、ただ頭を垂れて、声を殺して涙を流していた。かつてなら文香はきっと心が痛んで、その子を抱きしめながら慰めていた。しかし今は、ただ見守るしかなかった。静かな病室で、文香のスマホはいきなり鳴った。電話に出たら、奈々のちょっぴり寂しそうな声は向こうから
何と言っても10ヶ月間も宿して、産んだ子だった。当時あの子は自分の知らないところで清良に懐いてしまったのは、自分の見落としもあったと分かっていた。もしあの時早く気づいて、適切に対処していれば、自分もあの子もこんな悲劇は避けられたのに。しかし知輝こそ全ての元凶だった。もし知輝は清良の「子どもが好き」の一言で左右されなかったら、幼児教育専門で卒業したから子どもの世話ができると信じなかったら、あの子を清良のところに連れて行くこともなっかたし、あの子は自分を見捨てて、清良を守ることもなかった。颯祈はその隣りに座って、文香と奈々を一緒に腕に抱きしめた。「文香のせいじゃないんだ」ミッションの世界に来たばかりの頃から、文香はすでにすべてを颯祈に話した。十年間の夫婦生活も、翔明のことも。体はこの世界でもう灰になったとしても、その過去はすでに魂に刻んでいた。忘れることもできなかった。「1つだけ分かってほしいんだ。あの時文香はあんなに弱い体で、難産になってもその子を産んだということが、母の愛の証拠だ。その子はまだ幼いが、本当に文香のことを大切にしてたなら、知輝の浮気を知ったあの日からとっくにこっそり文香に教えたんだ。しかし実際、その子は知輝と一緒に清良のところに行くことにした。文香の許されないことを、たとえ命に関わることでも清良が許してくれるから、簡単に清良に懐いちゃった。本当に母のことが大好きな子は他人からもらったちっぽけな恩恵で、事故で自分の母を見捨てて、何度も何度も自分の母に嘘をつくことなどしないんだ」「あの子はもう文香の子じゃない。ただ血の繋がった他人だ。それに、そのすべての元凶は知輝のほうだろ?文香は体が弱いとしても、自分は子どもの世話が苦手だとしても、お手伝いさんを雇えばいいじゃん。博多家にもそれだけたくさんの人がいて、子どもの世話が得意な人は一人二人くらいいるだろ?わざわざあの嘘ばっかりで表裏比興の秘書に頼む必要は別になかった。浮気をしたのは事実、どんな言い訳も立たないんだ」「だから、その子のところに行くとしても行かないとしても、文香は悪くないんだ。もう母としての責任を果たしたから。本当に悪いのは知輝のほうだ。浮気がなければ、こんな惨状にならなかった」文香はそれを聞いて、自分のほっぺたをむにっとして、深呼吸をした。「
静まり返った会場に、突然子供の叫び声が響いた。知輝は目を丸くしてじっと目の前の女性を見つめていた。写真より、肉眼で見たほうがずっと衝撃的だった。腕の上の翔明は更にそのまま声が出た。パパは嘘をついていなかった!ママはやはりまだ生きている。翔明は父の腕から降りようとして、母に抱っこしてほしいと腕を伸ばしてみた。しかし、文香は完全に無視して、隣の女の子を抱き上げて、横側に行こうとしていた。「ママ!」それを見た翔明は、焦りだして泣きそうになった。どうして母は自分を無視して、他の子を抱っこするの!?続々と上がった叫び声を聞いて、ゲストたちの視線がこの親子に集まった。見覚えのある人はすぐに知輝と翔明だと分かった。昔その二人のしたことを思い出すと、その親子に対する悪口は会場に響いた。「妻と母を裏切って、浮気相手のことを『ハニー』と『ママ』と呼んでいたあの親子じゃん?」「よく他の人のことを『ママ』って呼ぶね?」「自分に母いないの?あっ、そういえばあの浮気相手は海外に送り出されたわね」「気持ちわるっ」……不快にさせる声は悪魔の喘ぎのように勝手に翔明の耳に入った。怖くて仕方がない翔明は知輝はの胸に顔を埋めて、細い声で泣き出した。「パパ……ママに抱っこされたい……」知輝の顔色も気まずくなってきた。かつてなら知輝はただ睨むだけで、この人たちを全員黙らせて、謝らせることができた。今、博多家はすでに威光を失われていた。悪意のある話し声のなかで、知輝は子どもを抱き上げて、狼狽した姿で場を去るしかなかった。遠くから、静かにそれを見ていた颯祈はいきなり「ハハッ」と笑い出した。「あれが博多知輝?」文香も笑い出した。当時知輝と結婚した時、知輝は誰でも近づけないような存在だった。あの日、清良と同時に事故に遭って、知輝と翔明は自分より清良を優先したことでネット炎上した。しかし博多家は首都ではトップクラスの存在だった故、たった1時間で、その件に関するポストは全部消されて、トレンドから消えた。すべてのメディアもその件に言及することが禁止された。しかし今、まさかあんな狼狽えて場を去る姿だとは。正直、最初知輝たちを見かけた時、文香は驚いた。知輝は年を取ったような顔色をして、目には血走っていた。翔明
元々事務の処理で集中していた知輝は助手の話を聞いた瞬間、シャープペンで書類の上にシャッと変な線を描いてしまった。しかし、そんなはずがあるか?文香と最後の別れができなかったが、それらの死亡報告と死亡証明書は紛うことなく、本物だった。もし本当に文香なら、幽霊かもしれない。権力の持ち主が文香の死亡証明書を偽造してあげた可能性も極めて低い。文香は孤児だし、友達もいないし、偽造してあげる者すらいない。知輝はシャープペンを机の上に投げて、眉をひそめて助手の方を見た。「目が悪いならメガネを買っとけ」知輝も最初文香の死を信じられなかった。それで大半の財力と気力を使って、全世界で文香の足跡を探していた。しかし、こんなに長い間探してきても、手がかりがなかった。結局は諦めて、文香の死を受け入れるようになるしかなかった。なのに、もう希望が無くなりそうな今、また助手に文香はフランスの街で再び現れたと伝えられた。信じていない知輝の姿を見て、助手はわざわざ撮った写真を知輝の目の前に持ち出した。写真に写っている見慣れたあの人を見て、知輝はそっと瞼を濡らした。それが間違いなく文香だと確信した。10年間も愛し合っていたから。知輝は震えている手で写真を触りながら、考え込んでいた。前回文香を見たのはいつぶりだろう?文香が亡くなったばかりの数日間、自分は毎日毎日酒を浴びていた。泥酔したかった。これで文香はきっと夢に出てくると思っていた。しかし、自分のことを骨の髄まで恨んでいたからか、夢にまで会いに来なかった。今、本物の文香はまた写真に収められた。1年以上ぶりに見たら、文香はまるで若返ったような感じだった。暗い顔もしていなくて、目がキラキラしていた。自分から離れてから、もっと幸せに暮らしているように見えた。心の底の希望はまた取り戻されて、知輝はすぐに顔を上げて助手の方を見た。「文香の動きを調べてくれ」そう言いながら、手に持っている写真を力強く掴んだ。今度こそ、文香の手を放さないから!と決意をした。まだ文香の動きがはっきりしていないまま、小久江家のパーティーの当日を迎えた。クリスタル製の巨大なペンダントライトが天井から吊り下げて、輝いている星のように、会場を照らした。小久江家のコレクションが金色の壁を埋めるほど並んで
小久江家で、現実世界とそう変わらない別荘を見て、颯祈はすぐにここでの生活に慣れてきた。文香の腰を抱きながら、颯祈は窓の外で咲き乱れているバラを見て言った。「来週のパーティーの招待状はもう配った。時間を計算すれば、博多家の方にはもう届いたんだろうな」文香はバラを持ってきた召使いからいい香りをした赤いバラを受け取って、優しく微笑んだ。「面白くなりそうだね」と言った。一瞬、その目から悟ったような眼差しが見えた。ふと思い返せば、自分がミッションをやっていた頃、知輝はいつも裏で清良とイチャイチャして、自分の目の前でしたことはなかった。それだけでも耐え難い苦しみと絶望が溜まってきた。それに、2回も自分の目の前で度を越しす事もあった。もし毎回自分の目の前でイチャイチャしていたら、耐えられないでしょう。ついにこの苦しみを味わせる時が来た。パーティーではすべてがきちんと手配されるが、当日に着る服は、文香はやはり自分で選びたかった。そうと決まれば、家族3人でわざわざ車でリヴォリ通りまで来た。この街でほとんどの店は小久江家が所有しているものだった。どの店に入っても、専用の個室に連れてくれる店員がいた。待ちに待ったお茶とスイーツが出されて、手配されたモデルは様々なドレスを着て、3人の前でファッションショーをしていた。それから、手配された給仕人も色々な稀で高額なジュエリーを一つ一つ文香の前で展示して、色々個性的なジュエリーを見て、文香は選べなくて悩んでいた。このパーティーが急すぎるではなかったら、颯祈はいつも文香のために特別に作ってもらっていた。しかし例え売り出した新商品だとしても、文香に選ばれたら、このドレスは全世界の店から消えて、復刻もしなくなる。最後に、文香はシーグリーンのストラップドレスを選んだ。ドレスに飾っているビーズ刺繍も全部手作りで、セットで同じ様式のネックレスもついていた。試着が終わって、カーテンを開けた瞬間、颯祈も奈々もあまりの美しさで驚いた。「綺麗だな」颯祈は文香の腰を抱いて、その唇にそっとキスをした。「お母さんきれー」奈々も綺麗なドレスを着ている文香を見て、文香の手を繋いだ。3人でまた色々選んでから、ようやく満喫して帰ることにした。文香が車の後席に座ろうとした時、颯祈